無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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お待たせしました、やっと……やっとロビンフッドが絆レベルMAXになりました!



運命の夜

「あ〜えらい目にあった……」

 

 シャルルの手によって道連れを喰らったロクスレイは精神的にクリティカルヒットを受けた状態で帰宅した。

 

 時刻は既に深夜近く。本当なら先代夫婦とルミアを交えた夕食会になるはずが、残念ながら今の今までエリザに解放してもらえず、ロクスレイを除く面々はとうの昔に寝入っているようだった。

 

「お、わざわざオレの分を残しといてくれくれたのか。ありがたいねぇ」

 

 テーブルの上に用意された夜食を見て頬を緩ませる。ぶっ続けでエリザの相手をさせられていたため腹が減っていたのだ。ロクスレイは席に着くと手早く食事を進めた。

 

「ん? こいつは奥方のと味が違う? どっかで食べたような気がするな……」

 

 懐かしいアンヌの料理とは味付けが違うスープに片眉を上げ、すぐにその理由を察する。というか、今この家にいる人間でアンヌ以外に料理ができる人間など一人しかいない。

 

「お嬢さんか……」

 

 この微妙に拙い味付け、野菜の切り具合からして間違いないだろう。長年主婦を務めてきたアンヌと比べると粗が目立つものの、しかしロクスレイは特に気にした様子もなく、僅かに目を細めて美味しそうにスープを飲み干した。

 

「ご馳走さんっと。オレもさっさと寝ますかね」

 

 手早く食器類を片付け、寝支度を整えて自室に向かう。長いこと空けていたもののアンヌが掃除をしておいてくれたらしく、ロクスレイの部屋は清潔に保たれていた。

 

 窓から差し込む月光だけが頼りの薄暗い室内。物の配置を記憶しているロクスレイは難なくベッドに辿り着く。

 

 洩れ出る欠伸を噛み殺しながらロクスレイは疑いなくベッドに潜り込む。薄手の毛布を持ち上げ、さて寝ようかとしたところで妙な違和感に気づいた。

 

 ──先客が、いた。

 

 その先客は綿毛のように柔らかそうな金の御髪を携え、毛布の中から透き通った碧い瞳でロクスレイを見上げていた。

 

 非常に見覚えのある顔立ち、というか見間違えるはずもなくルミア=ティンジェルその人である。

 

「お、お嬢さん!? なんでこんなとこにっ──!?」

 

 大慌てでベッドから飛び退こうとするロクスレイ。しかしその腕をルミアの手がしっかりと握る。

 

「待って、ロクスレイ君……少し、お話しよ?」

 

 逃げそびれたロクスレイを見上げるルミアの瞳は真剣だ。大胆な行動をしている自覚はあるのか若干頬が赤いものの、ロクスレイを掴む手が緩むことはない。頑として離さない意思が感じられた。

 

 こうなっては梃子でも動かないだろう。ベッドに入るまでルミアの存在に気づかなかったロクスレイの手落ちだ。大人しく話を聞く他ない。

 

 小さく溜め息を吐いてロクスレイは毛布をルミアに放りかける。恐らく長丁場になると思われる以上、ルミアに風邪を引かせてはならないとの配慮だ。

 

 もぞもぞと毛布に包まるルミアにロクスレイが言葉を投げかけた。

 

「それで、話ってなんですかい?」

 

 改めてベッドの上に座ってルミアと向き合う。思えば力を失って以来、こうしてルミアと真正面から話をする機会はなかった。間が悪かったのもあるが、ロクスレイが避けていたのもある。

 

 ルミアは言葉を選ぶように間を置いてから話を切り出した。

 

「シャルルさんから大凡のお話は聞きました。ロビンフッドのこと、皐月の王のこと、それとロクスレイ君が私の護衛から離れることも」

 

「っ……ま、隠してもすぐにバレることだわな」

 

 護衛をされる人間に護衛者が変更されることを伝えずにいれば要らぬ混乱が生まれかねない。認識の齟齬をなくすためにもルミアに護衛が変わることを伝えるのは正しいだろう。

 

「そーですよ。お嬢さんの言う通り、明日の儀式を終えたら護衛はオレからシャルルに変わる。それだけじゃない、お嬢さんとシャルルは主従関係を結んで皐月の王へと至ることになる。そうなれば、いよいよもってオレはお役御免だ」

 

 投げやり気味にロクスレイは言った。

 

 どこか無理をしているようなロクスレイの態度にルミアは痛ましげに表情を歪める。

 

「……ロクスレイ君はそれでいいの?」

 

「いいもなにも、一族の総意だ。オレが口出しできることでもないし、何より今のオレはお嬢さんの護衛に相応しくない。無貌の王(ロビンフッド)でなくなったオレに、お嬢さんを守る騎士(ナイト)の役目は務まらないのさ……」

 

「……でも、私は嫌だよ」

 

「嫌っつってもな、今のオレじゃあお嬢さんを守れねえんだ。役に立たない木偶よか、能力も人柄も申し分ないシャルルの方が良いに決まってるでしょ?」

 

 駄々をこねる子供を宥めるような気持ちでロクスレイは諭す。しかしそれで納得するルミアではない。

 

「確かに、今のロクスレイ君は無貌の王(ロビンフッド)の力が使えない。それが護衛として致命的な欠陥になるのかもしれない。でもね──」

 

 向かい合うロクスレイの手を自身の手でそっと包み込み、万感の想いを込めて告げる。

 

「私を救ってくれたのはロクスレイ君の手だから」

 

 他の誰でもない、この手に救われてきた。

 

 誘拐犯から救ってくれたのも、絶望から救い上げてくれたのも、学院での様々な事件から命まで懸けて守ってくれたのも、この手だから。

 

「これからも、この手に守ってもらいたいんだ」

 

 他の誰かの手ではない、この手(ロクスレイ)に守ってほしいと少女は願う。ルミアにしては珍しい我儘だ。

 

 けれど偶には我儘だって言いたくもなる。我を通すことで他人に迷惑がかかってしまうのは承知しているし、心苦しくも思う。でも、これだけは譲りたくない。

 

 何故なら──

 

「──貴方のことを愛しているから、もう離れたくないんです……」

 

 ずっと秘め続けた想い。好意はいつしか優しい愛に昇華され、ついに花開いた。そしてその花はきっと、捻くれた少年の心にも一筋の陽だまりを落とす。

 

「……ほんと、お嬢さんには敵わないな」

 

 参ったとばかりに手を挙げるロクスレイ。その表情は今までの諦観に満ちたものではなく、吹っ切れたように清々しいものだった。

 

 外道の血に塗れた手。もはや無貌の王(ロビンフッド)ですらなくなった少年の手に守られたいと少女は言った。女の子にここまで言わせて黙っていては男が廃る。

 

 故に少年もまた、己の覚悟をここに表明した。

 

「そこまで言われちゃあ、どんな駄目男だって気張るさ。オレなんかの手でよければ、どこまでもついていきますぜ」

 

 楽しげに言いつつルミアの手からそっと離れる。あっ、とルミアが不安げな声を洩らすも、ロクスレイは心配するなとばかりに笑ってみせた。

 

「ちょっくら出かけてきますわ。今日は帰れないかもしれませんが、なに、ちゃーんとお嬢さんのもとへ戻ってくるんで待っててくれよ」

 

 ベッドの上にルミアを残してロクスレイは足早に部屋を出る。そのまま出かけようとしたロクスレイを待ち構えていたかのように、リビングにぼんやりと人影が浮かんだ。

 

 ロクスレイの親代わりである先代ロビンフッドだ。ロクスレイが出かける気配を察知したのか、はたまたこの展開を予想していたのか。どちらにせよ、目の前の翁もまたロクスレイが説得しなければならない相手の一人だ。

 

「行くのか?」

 

「ああ。もう一度無貌の王(ロビンフッド)やるために、ちょいと根回ししてきますわ」

 

「覚悟はできたか?」

 

 ともすれば威圧すら伴う問いにロクスレイは間髪入れずに頷く。

 

「オレを必要としてくれる人がいる。その想いに応えるために、オレは往く。似合わねえのは百も承知してますがね、あんだけ背中押されちゃあ頑張るしかないでしょ?」

 

 ふっと不敵な笑みを浮かべる。段々といつもの調子が戻ってきた。無貌の王(ロビンフッド)でなくなってからこの方、上の空気味だった心がきちんと地に足をつけたらしい。それはきっと、少女の溢れる想いを背負ったからだろう。

 

 迷いない少年の瞳を見据え、先代は満足そうに口髭に覆われた口元を緩めた。

 

「いいだろう、わしも助力するとしよう」

 

「何言ってんだ。ご隠居様は大人しくしてな。無茶すると身体に障るぞ?」

 

「お前一人で一族の人間を全員説得するなど無理だろう。素直に聞き分けるべきだ」

 

「ぐっ……」

 

 痛いところを突かれて苦い顔になる。

 

 元無貌の王(ロビンフッド)とはいえロクスレイは外様でありなおかつ若い。一族の古株の説得に梃子摺ることは目に見えている。先代の助力はこれ以上になく魅力的であった。

 

 最終的にはロクスレイの方から力添えを頼んだ。

 

「奥方に文句言われたって知りませんからね」

 

「安心しろ。アンヌも了承済みだ」

 

「夫婦揃ってこの人達は……」

 

 呆れたように零すロクスレイだが、言葉とは裏腹に声色は弾んでいた。

 

 ロクスレイと先代は肩を並べて家を出る。もう一度、無貌の王に返り咲くため、少女の願いを叶えるために二人の元ロビンフッドが動き出した。

 

 

 ▼

 

 

 そもそも無貌の王(ロビンフッド)とはどのようにして受け継がれてきたのか。

 

 現ロビンフッドが後継を育てるという手法ではない。その場合、任務中にロビンフッドが殉死してしまえば次代へ受け継がれなくなってしまう。

 

 かといって血脈が関係あるかと言えばそうでもない。ロクスレイがロビンフッドとなったことがその証左だ。

 

 次代のロビンフッドを受け継ぐ方法。それは一族の総意を得た上で、里の近くにある石碑に刻まれた文言を読み上げ誓いを立てること。一族が継承の儀式と呼ぶ手順を経て無貌の王(ロビンフッド)は受け継がれる。

 

 石碑は初代無貌の王が遺したとされるもの。詳しい原理や製造法は不明。ただ一つ分かっているのは、石碑に秘められた謎を解き明かすためには王の資格を持つ者が必要不可欠であることだけだ。

 

 そして今、王の資格を持つ者(ルミア=ティンジェル)が見守る中で継承の儀式が執り行われようとしていた。

 

 里から少しばかり離れた場所にある儀式場。一様に深緑の外套を身に纏った一族の人間が揃い踏みしていた。その中には色合いこそ同じであるが、他の面々とは違ってドレス姿となったルミアもいる。

 

 深緑をベースとした美しいドレス。どことなく王者の風格めいたものを漂わせるドレスは、あのエリザ謹製の代物とだけあって完成度は恐ろしく高い。

 

 エリザ曰く──皐月の女王(メイ・クイーン)にピッタリの衣装よ、だそう。

 

 廃嫡されてからドレスなど着る機会に恵まれなかったルミアであるが、それでも元王族であるだけあってドレスの着こなしは完璧。不安があるとすれば昨夜から一度も姿を見せないロクスレイの所在くらいである。

 

 他にもこの場にはシャルルの姿もない。継承の儀式において中心人物であるはずの彼女までいないのは妙だろう。

 

 ロクスレイもシャルルも未だ姿を現さない中、儀式の進行を務めるジェロームが前に出た。ざっと集まった面々を見回して厳かに口を開く。

 

「皆、よく集まってくれた。これより継承の儀式を執り行う……と言いたいところであるが、その前に決めなければならない。()()()()()()()()、どちらが次代の無貌の王(ロビンフッド)に相応しいのかを」

 

「──え?」

 

 ジェロームの発言にルミアは思わずを声を洩らす。しかしルミア以外の一族の人間が驚いている様子はない。知らないのはルミアだけだ。

 

 混乱するルミアを他所にジェロームの言葉は続く。

 

「よって儀式を執り行う前に、まず候補者二人から一人を選ぶとする。二人とも、来たまえ」

 

 ジェロームの声に応じて二つの人影が儀式場の中央へと歩み出てくる。ついさっきまで姿が見られなかったシャルルと、そしてロクスレイだ。二人も他の面々と同様、深緑の外套を着ていた。

 

 いつの間にか無貌の王(ロビンフッド)候補となって儀式場に現れたロクスレイにルミアは驚きと当惑を隠せない。そんなルミアにロクスレイは一瞬だけ顔を向け、悪戯が成功した小僧のように笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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