無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

34 / 44
長らくお待たせしました、夏休みっていいですね……
ちなみに皆さんはイベント終わりました? 自分はフランちゃんが欲しくて回したらキャスネロが降臨なさいました。嬉しいけど、包帯姿のフランちゃんが欲しかった……。


母親の想い

 すっかり意気投合したルミアとアンヌはそのままの勢いで家を出ると、お昼下がりの森へと意気揚々と散歩に繰り出した。何やらアンヌがルミアに見せたいものがあるらしく、二人は森の奥深くへと進んでいく。

 

 やがて二人は目的地たる丘に辿り着いた。

 

 里から少し離れた場所にある小高い丘は、一面多種多様な花々に覆われていた。その様子はさながら色鮮やかな絨毯のようで、ルミアは家を囲む花壇を見たとき以上の衝撃を受ける。

 

「うわぁ……これ全部、アンヌさんがお手入れしているんですか?」

 

「ふふ、そうよ? 数少ない趣味の一つですもの」

 

「凄い。でも、この数を一人で手入れするのは大変じゃないですか?」

 

 大変どころではない。目の前に広がる花畑は人一人で維持できる規模を超えている。一体全体どうやってこれほどの花畑を手入れしているというのか。

 

 疑問符を浮かべるルミアにくすりと笑いかけ、アンヌは家から持ち出した花の種を適当な場所に蒔き、これまた手に持っていた小さめの如雨露で水を与える。そして最後の仕上げに自らの手を種子に翳すと──

 

「──えっ!?」

 

 驚愕の声を上げるルミアの目の前で淡い燐光が舞う。アンヌの手から溢れ出す光を浴びて種子が見る見るうちに根を張り芽を出した。

 

 種子の成長は止まらない。芽は天を目指して伸び続けて葉をつけ、やがては可憐な花を咲かせる。時間の早送りのような現象にルミアはただただ驚く他なかった。

 

「里の人達以外には内緒よ?」

 

「今のは、異能力ですか……?」

 

「そうよ。異能力『植物成長促進』。そこそこ珍しい能力みたいで、悪い魔術師さんが知ったら挙って狙いにくるみたい。おかげで生まれてからずっとこの里の外には出たことがないのよ」

 

 植物の成長を促進する能力。発火能力や発電能力などと比べると地味に感じられるが、植物や生命を研究命題にする魔術師にとっては喉から手が出るほどに希少な異能だ。

 

 異能力を有していることが判明して生まれた世界を追放されたルミア。異能力を持って生まれたがために外の世界に出ることを許されなかったアンヌ。二人の境遇は驚くほどに似通っていて、ルミアは思わずアンヌに尋ねてしまう。

 

「お辛くはないんですか?」

 

 自分は辛かった。今でこそ関係は修復したが、当時は大好きだった母親に捨てられて世界の全てが敵に回ったと思い込んで絶望すらした。幸い助けを差し伸べてくれた人──本人にその自覚はない──がいたからこうして明日に希望が見出していられるが、もしも彼と出会っていなかったら自分は悲嘆に暮れたままだっただろう。

 

「辛かったわよ? 子供の頃は特に、他のみんなが里の外に出る時でもお留守番。外は危ないだなんて大人に言われたって分からないもの。我儘だって沢山言ったわ」

 

 抑圧された幼少時代を語るアンヌは、しかし言葉とは裏腹に穏やかな表情をしている。

 

「でもね、そんな私の我儘に我慢強く付き合ってくれた人がいたのよ。外の世界のアレが欲しいって言ったらわざわざ取りに行ってくれてね。外に出たいっていう我儘だけは最後まで聞いてくれなかったけど、それ以外の我儘は殆ど聞いてくれた。不器用で、それでとっても優しい人」

 

 頬に手を当てて語るアンヌは本当に幸せそうで、釣られてルミアも気分が明るくなる。

 

「その方はもしかしてあのお爺様ですか?」

 

「あら、分かっちゃう? そうなの、あの人だけが私の我儘に根気強く付き合ってくれた。因みに告白は私からしたのよ? あの人、いつまで待っても受け止めてくれないもの。だからこっちから飛び込んでやったわ」

 

「あははっ、そうだったんですか……」

 

 ふふん、と得意げに語るアンヌにルミアは苦笑を禁じ得ない。

 

 あの厳格そうな人に熱烈なアプローチをかけるその勇気は流石と言わざるを得ない。ロクスレイ相手になかなか一歩踏み出せないルミアとしては参考にしたいところである。

 

「ふふっ、ルミアちゃんも勇気を出して踏み込まないと先には進めないわよ? なんてったってあの子、そういうところまであの人にそっくりだから」

 

「ぜ、善処します……」

 

 とは言うものの今のロクスレイ相手に踏み込む勇気はルミアにはなかった。

 

 無貌の王(ロビンフッド)としての能力を失ったロクスレイの精神状態はあまりにも不安定で、下手な近づき方をしてしまえば何もかも水泡に帰してしまう。そんな不安があったからだ。

 

 しかしそこはアンヌ、ルミアよりも長く母親として付き合ってきたからこそルミアの背中を押す。今がチャンスなのだと、純真無垢な恋する乙女に男を落とす手管を授けようとする。

 

「いい、ルミアちゃん。あの手の男の人は引いたらダメなのよ。隙を見つけたら一気に押し込むくらいじゃないと逃げちゃうから。本にもそう書いてあったもの」

 

「え、えぇ……? ですが、今のロクスレイ君は、その……色々と悩み事もあるみたいですし……」

 

「だからこそよ。あの子の悩み事を綺麗さっぱり解決するにはルミアちゃんが踏み込んで、ロクスレイの背中を押してあげる必要があるの。育ての親としては情けないばかりだけど、きっとそれが一番の薬になるはずだから」

 

 少しばかり寂しげにアンヌは言う。長いこと育ての親として共に暮らしてきたからこそロクスレイの悩み事が何なのかは分かる。分かるからこそ、親である自分では解決できない問題であるとも悟ってしまった。

 

 ロクスレイの心にかかる暗雲を払うことができるのはルミアだけ。それは母親としての直感であり、そして何よりロクスレイの言動が証明していた。

 

「大丈夫、あの子が貴女を拒絶するなんてことはあり得ないわ。だって──」

 

 アンヌがルミアの頭に飾り付けられ小さな花にそっと触れて穏やかな微笑みを零す。

 

「──あの人とやることなすことが同じなんだもの。本当に分かりやすいわ」

 

 懐かしそうに目を細めるアンヌに、ルミアは戸惑いの眼差しを向ける。アンヌはいいことを思いついたとばかり悪戯っぽく笑うと困惑顔のルミアに耳打ちをした。

 

「知ってる? ルミアちゃんの花飾りはスノーフレークっていうお花でね、花言葉は清楚・純真・皆を惹きつける魅力なの。ロクスレイは貴女のこと、よく見てるのね」

 

「え……あ、その……」

 

「あらあら、顔を真っ赤にしちゃって。ルミアちゃんったら可愛い!」

 

 不意打ち気味のネタばらしにさしものルミアも頬が熱くなるのを我慢できない。素直ではないロクスレイから贈られた花飾りにそんな意味合いがあったとは思いもよらなかった。もっと揶揄い的な意味があると思っていたのだ。

 

 かあっ、と朱に染まる頬を押さえて身悶えるルミアをアンヌは微笑ましげに見つめ、手近に咲いていた花を一輪だけ手に取る。

 

「これ、受け取ってもらえる?」

 

「これは……」

 

「アネモネ。花言葉は期待・希望。他力本願で母親としては情けないけど、ロクスレイをお願いね、ルミアちゃん」

 

 差し出された一輪の花をじっと見つめ、ルミアは真剣な面持ちでその花を受け取る。

 

「……はい、確かに受け取りました」

 

 アンヌから花と共に強い想いも受け取りルミアは決意を固めるのだった。

 

 

 ▼

 

 

 ルミアとアンヌが花咲く丘で話し込んでいる一方、丘から少し離れた木々の陰からロクスレイは二人の様子を見守っていた。

 

 これでもロクスレイはルミアの護衛。里内で基本的に安全が保証されているとはいえ目を離すわけにはいかない。二人が家を出た時からロクスレイは護衛としてついていたのだ。

 

「随分と仲がよろしいことで。流石は奥方、いやあの二人だからこそか……」

 

 アンヌの案内のもと花畑を巡るルミアは本当に楽しそうで、見ているロクスレイも我知らず表情が和らぐ。

 

 しばし美しい花畑を蝶のように自由に堪能するルミアを眺めていると不意に背後で茂みが揺れる。ロクスレイが首だけ巡らして後ろを見やるといつの間にいたのか、手頃な樹木に凭れかかるシャルルの姿がそこにあった。

 

「やあ、ロクスレイ。里の中でも護衛をしているあたり、相変わらず真面目なことだ。それとも、可憐な少女を覗き見ている真っ最中だったかな?」

 

「人を覗き魔扱いするんじゃないですよ。こっちは真面目にやってんの」

 

「でも君の仕事振りを見ると、ストーカーの誹りも仕方ないと思うけどね」

 

「仕方ないでしょうが。仕事の内容からしてああするのがベストだったんだからな」

 

 不貞腐れ気味に言い返してロクスレイは腕を組んで手近な木に背を預けた。

 

「で、何の用だ? 何かしら用があったんでしょ?」

 

「そうだね……」

 

 静かに瞑目してからシャルルは努めて淡白な口調で言う。

 

「一族の総意で私が次代の無貌の王(ロビンフッド)に選出されたよ」

 

「……そうかよ。ま、妥当な人選だわな」

 

 告げられた事実にロクスレイは特に驚くこともない。自分を除けばシャルルが一番の有力候補であることを知っていたからだ。能力的にも彼女以上に無貌の王(ロビンフッド)に適する人物はいないだろう。

 

「いいのかい? 次の無貌の王(ロビンフッド)は恐らく皐月の王へと至ることになる。それはつまり、私と彼女が主従関係を結ぶということだ」

 

「良いも悪いも、一族の決定にオレが逆らえるワケないでしょ? ま、これで面倒な仕事から解放されると思えば、肩の荷も降りるってもんですがね」

 

「……はぁ、まあこれ以上は言わないでおくよ」

 

 ロクスレイの皮肉げな態度にシャルルは呆れたとばかりに溜め息を吐いた。

 

「伝えるべきことは伝えたよ。明日の儀式の際は君も必ず参列すること、いいね?」

 

「あいあい、分かりましたよ。言われんでもちゃんと立ち会いますからご心配なく」

 

 ひらひらとおざなりに手を振るロクスレイ。何とも投げやりな態度であるが言質を取った以上、ロクスレイが儀式を欠席することはないだろう。目的を達成したシャルルは早々に元来た道を戻ろうとする。

 

「……あー、ところでシャルル。一つ聞いてもいいですかい?」

 

「何かな?」

 

「いや、突っ込まないでおこうかどうか迷ってたんだが……なんでメイド服なんて着てんの?」

 

 最初から最後まで気になって仕方がなかったシャルルの服装。普段の男装姿ではなく青を基調としたメイド服という、普段なら絶対に着ない格好にロクスレイは戸惑いを覚えていた。

 

 指摘されたことで羞恥を思い出したのか途端に顔を赤くするシャルル。

 

「し、仕方ないだろ! エリザが着ろと煩いから仕方なくだ!」

 

「いや、でも……結構ノリノリじゃないんですか? しっかり着こなしちゃってますし」

 

 メイド服に付属するアクセサリーやホワイトブリムまで着用しているあたり、実は楽しんでいるのではないか。そんなロクスレイの言葉にうっと呻く。ひらひらとした衣装は落ち着かないことこの上ないのは確かであったが、かと言って真っ向から拒絶するほど嫌がってもいない。シャルルだって立派な女の子なのだ。

 

 だがそれを認めるのは癪でシャルルは顔を真っ赤に染めながら喰い下がる。

 

「元を正せば君にも責任の一端があるんだぞ!? エリザがティンジェルさんの所へ突撃しようとするから、代わりに私が身代わりなったんだからな!というか、エリザの手綱を握るのは君の役目だろう!?」

 

「そんな無茶苦茶な……」

 

 とは言え流石に見ていて可哀想になってきた。普通に似合っているしルミアあたりなら可愛いと評するのだろうが、普段の男装姿を見慣れたロクスレイとしては今のシャルルの格好は落ち着かない。

 

 とりあえずさっさと着替えろと言おうとして、ふとシャルルの様子がおかしいことに気づく。赤い顔を俯かせ不気味に肩を震わせている。

 

「ふふふっ、そうだ……私だけがこんな目に遭うなんておかしな話じゃないか。ここはお嬢さんの護衛である君も体を張るべきだろう?」

 

「お、おい……何を考えてんですか、オタク」

 

「なに、心配するな。君も犠牲になることでお嬢さんの身が守られるなら安いものだろう? さあ、行こうか、ロクスレイ」

 

「待てコラ! 手を離せ、シャルル! オレまで道連れにするつもりか!?」

 

 ぐいぐい手を引っ張るシャルルを振り払おうとするも、どこから力が湧き出るのかがっしり腕を掴まれて逃げられない。

 

 もはや形振り構わないシャルルの道連れに何としても逆らおうとするロクスレイ。二人の攻防はしばらく続き、結果はシャルルがロクスレイを気絶させて引き摺っていったとだけ言っておこう。その後の二人がどうなったかは当人達とエリザだけが知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。