無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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大変遅くなりました。バイトとレポートとアポの小説を読んでいたらいつの間にか一週間も経過してしまっていました……。そして今日から始まるアガルタの女。うん、また更新が遅くなりそうだなぁ……ごめんなさい。
ところで、アガルタの女に何やら見覚えのある金髪メイドが居たんだが……え、まさか?(笑)


一族の悲願

 天の智慧研究会の襲撃を退けてそのまま森に入った一行は、適当な場所を野営地として定め簡単な夕食を済ませた。予定外の野営とはいえ森に生きる一族、野営の準備も夕食の支度も手馴れたもので、野外にも関わらずルミアは比較的快適に過ごせた。

 

 そして食事を終えた一行は就寝までの余暇を何故か持ち合わせていたトランプで潰していた。

 

「えっと、はい……ストレートフラッシュです」

 

「ちょっと、ちょっとまた! おかしいでしょ子リス!? さっきから勝ってばかりじゃない!?」

 

 連続で上がり続けるルミアの強運に負け続きのエリザが嚙みつく。ポーカーが始まってからずっと、どうしてかルミアにばかり良いカードが集まっているのだ。その代わりとばかりにエリザはブタばかり引いている。

 

 きゃんきゃん喚くエリザにルミアは困ったように笑うしかない。だって彼女にもどうしてここまでカードが揃うのか理解できないからだ。何せ彼女は大して運が良いわけでも、トランプに強いわけでもないのである。

 

「はいはい、オタクはちょっと負けが込んでるからってお嬢さんに突っかからないの。単純にオタクが下手なのか運がないだけでしょ」

 

「ムキーッ! こんなのイカサマよ!」

 

 一切の文句を取り合わずしれっと新たなカードを配り始めるロクスレイ。隣のシャルルから呆れたような眼差しが向けられているが何のその。構わずポーカーフェイスを貫く。

 

「でも確かに、誰かがイカサマしてるかもしれないよね。誰とは言わないけどさ」

 

 ニヤリと悪戯っぽくウィルが笑みを作る。

 

「へぇ? そいつは頂けない。楽しいゲームが詰まんないものに成り下がっちまう。で? いったい誰がイカサマなんてやってるんすかねぇ?」

 

 不敵に笑ってロクスレイはウィルを見返す。絶対の自信が透けて見える表情だ。

 

 応じるようにウィルも笑みを深め、何やら緊迫した空気が漂い始める。二人が意味深な笑みを交わす中、もう一度ゲームが始まろうとして──

 

 ──チリィン……。

 

 何処からともなく響いた鈴鳴りにルミアを除く全員が動きを止めた。互いに無言で視線を交わし合い、ロクスレイとウィルが立ち上がる。

 

「さて、遊びはそろそろ終わりとしますか。明日も早いんで、お嬢さんはそろそろ休んだほうがいいですぜ」

 

「……みなさんはどうするんですか?」

 

 何やら物々しい雰囲気を醸し出すロクスレイ達に当然の疑問を投げ掛ける。ロクスレイとウィルは手早く己の得物を検め、エリザは念のために例の奇怪な槍を手元に置き、シャルルはこの場を覆う魔術結界を張る用意をしていた。明らかに大人しく就寝しますとは言えない様子だ。

 

 道具類の具合を点検しつつロクスレイは軽く肩を竦める。

 

「オレ達はちょいと夜の散歩に出てきますわ。なに、心配には及びませんよ。すぐに戻ってきますから」

 

 気負いなく答えてロクスレイはウィルと共に夜の森へ消えていく。その後ろ姿が闇に完全に呑まれるまで、ルミアはロクスレイの姿を見つめ続けた。

 

「さて、私達は居残り組なわけだけど、どうする? このまま寝るかい?」

 

「いいえ、お二人の帰りを待ちます。ダメですか?」

 

「私は構わないよ。エリザはどうだい?」

 

「いいんじゃない? (アタシ)としては待ちに待ったチャンスだし、ロクスレイ(お邪魔虫)もいないからむしろウェルカムよ」

 

 と言いつつさり気なく仕事用のスケッチブックや採寸用の巻尺を持ち出すあたり懲りていない。むしろ邪魔をするロクスレイがいない今が好機と考えているようだ。

 

 ジリジリとルミアに躙り寄るエリザ。身の危険を感じたのかルミアは頬を引き攣らせながらシャルルに助けを求めた。

 

「エリザ。いつ敵が襲撃してくるかも分からない。着せ替えはなしだよ。採寸までで我慢するんだ」

 

「分かってるわよ。どの道、嵩張る服は持ってこれてないし、できてアクセサリーくらいよ」

 

「あの……これから何をされるんでしょうか? 私」

 

 不安になって尋ねれば苦笑するシャルル。

 

「大丈夫、悪いことにはならないよ。それよりも、ただされるがままも退屈だと思うから、少し真面目な話をしようか」

 

 遮音結界と外界との断絶結界を張り巡らせ、更には魔術的隠蔽まで施したところでシャルルがルミアに体ごと向き直る。

 

「君には聞く権利がある。私達、無貌の王(ロビンフッド)の一族が何なのか。君が何故、里に招かれることになったのかをね──」

 

 

 ▼

 

 

 闇夜の静寂を耳を劈く銃声が切り裂く。甲高い筒音が響く度に敵手である天の智慧研究会の魔術師達が面白いくらいにバタバタと倒れる。全員が何が起きたのか分からないといった死に顔だ。

 

 次から次へと撃ち倒される仲間の数々に外道魔術師達は焦燥する。愚かにも視界の利かない夜の森に逃げ込んだ獲物を狩るだけの簡単な仕事になるはずだったのに、何故ここまで一方的な展開になっているのか。

 

 数の上では間違いなく自分達が上回っていたはずだ。対して相手はたった数人。負ける道理は何処にもないはずだった。

 

 しかし、現実に外道魔術師達はじわじわと追い詰められている。いつの間に設置したのか無数の罠に絡め取られ、罠に気を取られれば飛来する矢と銃弾に撃ち倒される。逆に狙撃だけを警戒すれば暗闇に紛れて接近、鋭利な刃物で首を切り裂かれてしまう。

 

 それだけではない。根本的に連中の攻撃はおかしい。銃声が聞こえたと思ったら真反対の方角から弾丸は飛んでくるわ、魔術的防御を張っても針の穴を突くような精密狙撃で撃ち抜かれるわ、もう滅茶苦茶だ。

 

 何より一番信じ難いのは、相手がまともな魔術を一つとして使用していないこと。昼間は広域破壊魔術(エリザの騒音)を使っていたことから魔術師だと踏んでいたというのに、いざ蓋を開けてみれば現れたのは魔術のまの字もない弓兵と銃士。それも恐ろしく森での戦闘に慣れた手練れである。

 

 勝ち目がない。追い詰められたのは自分達であると悟った時には既に仲間の数は数人を切っていた。

 

 銃声が鳴り響く。矢が空を切り裂く。残された魔術師達は罠に嵌められた哀れな獲物の如く、あっという間に狩り尽くされてしまった。

 

「うん、まあこんなものかな」

 

 地面に倒れ伏す幾つもの骸を見下ろし、ウィルは銃口から煙を上げるピストルを下ろした。

 

「おーい、ロクスレイ。そっちはどう?」

 

「問題ねえですよ。他に敵影もなし。これで打ち止めだ」

 

 森の暗がりからすっと姿を見せるロクスレイ。深緑の外套を身に纏う彼は、夜闇に紛れて罠を張り弓と短剣で魔術師達を葬っていた。

 

 対してウィルは銃での狙撃。幾つか小細工を仕込みながらも持ち前の早撃ちで敵を撃ち倒していった。

 

「思ったより歯応えなかったなぁ。大して抵抗もしてこなかったし」

 

「ま、所詮は末端の連中だ。実力も高が知れてる。そもそも、森に入った時点で連中はオレ達の領域(テリトリー)内。こっちが負ける道理なんてあるわけないっしょ」

 

「まあね」

 

 天の智慧研究会の魔術師達にとって何が不幸だったかと言えば、一族の中でも抜きん出てゲリラ戦に特化したロクスレイとウィルが相手だったことだろう。さもなくばここまで一方的に封殺され、なす術なく全滅することもなかった。

 

「ところで話は変わるけど、あの娘をどうするつもりだい?」

 

「はあ? 何を藪から棒に……」

 

「いやだって君、彼女を里に連れていくことに反対してるよね」

 

「……まあな」

 

 渋い顔でロクスレイは頷く。ウィルは不思議そうに首を傾げるとその理由を尋ねる。

 

「どうしてだい? 確かに無貌の王(ロビンフッド)に関われば後戻りは利かなくなるかもしれないけど、全てが彼女にとってデメリットになるわけでもないよね」

 

 無貌の王(ロビンフッド)に関わり一族の悲願が成就された暁には、まず間違いなくルミアには心強い護衛が増える。出自からして天の智慧研究会やら他国の目から身を守らなければならない彼女にとって、一族のバックアップを受けられるのは喜ぶべき事柄だ。

 

 ロクスレイも頭では理解している。今でこそ身分を隠して一魔術学院生として日々を送っているルミアであるが、それも何時までもは続かない。何れは己の抱える事情と向き合わねばならなくなる。その時、彼女の味方は多いほうがいいに決まっている。

 

 重々分かっている。だがどうしても納得ができない。

 

 陽だまりの世界にいる彼女を日陰の世界に連れ込むことを許容できない。ルミアの居場所は日向(あそこ)にあるのだ。姉妹同然のシスティーナ=フィーベルと大切な友人リィエル=レイフォード、そして魔術講師グレン=レーダス。加えてクラスの友人達。

 

 彼ら彼女らと共に在ることこそがルミアの在るべき姿。最も彼女が幸せである状態なのだ。それを崩してしまうなど到底容認できるものではない。たとえいつかは手放さねばならないものであったとしてもだ。

 

 それにロクスレイが反対したがる理由は他にもあって──

 

 黙り込んで答えようとしない友人をしばし眺め、ウィルは興味深げに頷く。

 

「まあ君が反対する気持ちも分からなくはないよ。言い伝えに関して君は酷く懐疑的だし、一族の悲願も半ば目的と手段が入れ替わっている節もあるしね」

 

 一族の悲願、それは王の資格を持つ者なくしては成就し得ないとされている言い伝え──

 

「──皐月の王に至ること、か……」

 

 苦い顔でロクスレイは呟く。ウィルが首肯した。

 

「何時からそうなったのかは知れないけど、一族の悲願は皐月の王に至ることになってる。本当のところはその先にあるもの、皐月の王になることで初代の過去を知ることが目的だったはずなんだけどね」

 

「皐月の王なんて、所詮はお伽話だろ。実在したかも不確か、初代ロビンフッドがそうであったかも分かってねえのに」

 

「だからこそ、僕達は知りたいんだよ」

 

 片手でテンガロンハットを押さえながらウィルは頭上を振り仰ぐ。梢の隙間から覗く満点の星を眺め、微かに切実さを滲ませて言った。

 

「初代が何者であったのか、仕えた主人は守ることができたのか。何より、その最期は満足できるものであったのかどうかをね……」

 

 視線をロクスレイに戻し、ウィルは物寂しい笑みを浮かべる。

 

「言葉にするのは難しいけど僕達は知りたいんだ。この身に流れる一族の血が訴えているというのかな」

 

 たとえ永い時を経て血が薄まってしまっていても一族には初代の血が連綿と受け継がれている。その血が彼らに悲願の成就を求めているのだ。

 

 そしてそれはロクスレイには理解できないもの。彼は結局のところ一族の血を持たぬ人間であるから、一族から認められ無貌の王(ロビンフッド)になったところで血が求める感覚など分かりはしない。

 根本的なところで隔たりを感じてしまう。同じ想いを共有できないというのは何とも辛いものだ。

 

 僅かな感傷を胸中に押し込めてロクスレイは努めて飄々とした口調を取り繕う。

 

「ま、ここまで来てうだうだ言っててもしょうがない。さっさとお嬢さん達の所に戻るぞ」

 

 無理やりに話題を断ち切り、踵を返して野営地へと歩を進めるロクスレイ。その背中を呆れ交じりに眺めて誰にともなくウィルは呟いた。

 

「相変わらず自分に素直じゃないよね、君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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