え? ルミアが空気? 大丈夫大丈夫、彼女の見せ所は里についてからなので。今はアップ中です。
ちなみにわたくしごとでございますが、玉藻の前が我がカルデアにご降臨なされました。これでロビンフッドを超強化できる、やったね!
いよいよ迎えた三連休前日の日暮れ前。フィーベル邸前には一台の箱馬車が停車しており、繋がれた二頭の馬車馬が出発の時を今か今かと待ち構えていた。
「ルミア……」
見送りに門の前まで来ていたシスティーナが、旅行鞄を提げるルミアに声を掛ける。殆どの時間を共にしてきた相手と三日も離れ離れになるとあっては、不安がるのも無理はないだろう。旅行先の仔細が不明なのも不安を助長させている一因だ。
足を止め振り返ったルミアは安心させるように微笑む。
「大丈夫だよ、システィ。ちゃんと帰ってくるから」
「……えぇ、そうね。待ってるわ」
ルミアの言葉を信じ、システィーナは笑顔で送り出す。不安は消えないがルミアならきっと大丈夫だ。今回は頼れるグレンこそいないが、彼に負けず劣らずの護衛役もいる。何事もなく戻ってくるだろう。
その護衛役は帝国政府から正式に送り込まれた
「いいか? オタクは可能な限りフィーベル嬢と一緒にいろ。できれば金欠講師殿も一緒に居てほしいところだが、贅沢は言えねぇ。オタクはフィーベル嬢の身の安全を守れ」
「任せて。ロクスレイも、ルミアを泣かせたら許さない」
「言われるまでもねぇですよ」
不敵に笑ってロクスレイは頷く。護衛対象であるルミアには傷一つつけはしない。元とはいえ
リィエルとの会話を切り上げると入れ替わるようにシスティーナがロクスレイの前に立つ。真剣な表情でロクスレイを見上げる。
「ちゃんと、ルミアを連れ帰ってきなさいよ」
「あいあい、分かってますよっと。お嬢さんは必ず帰す。心配しなくとも、お嬢さんの帰るべき場所はここだ」
陽だまりの世界から日陰へと引き摺り込むような真似はしない。ルミアの在るべき場所はここだ。優しく温かい陽だまりの世界こそが彼女の居場所である。何があってもルミアはここに送り帰す。
しかしロクスレイの返答にシスティーナはそっぽを向きながら呟く。
「……貴方もよ」
「は?」
「貴方も、ちゃんと戻ってきなさいよ。でないと、ルミアが悲しむでしょ……」
姉妹同然の親友だからこそ察せられた。ルミアは間違いなくロクスレイに想いを寄せている。そんな相手が目の前から居なくなったら、ルミアは今以上に悲しむことになるだろう。
詳しい事情はやはり分からない。先日、ルミアとシャルルの話し合いの席に同席してロクスレイがルミアの護衛だったことくらいは理解したものの、ルミアが如何にしてロクスレイを想うようになったかなどは未ださっぱりだ。
それでも、ロクスレイという男がルミアにとって大切な人であることだけは揺るがない事実なのだ。親友としては、ルミアを奪われたような気分になるので非常に複雑な心情であるが。
ロクスレイはしばしどう答えたものか迷ったものの、ややあってから小さく頷いた。
「ま、善処しますわ」
あくまで善処。確約できない約束はしない主義なのだ。
不満そうなシスティーナに背を向け、ロクスレイは馬車に向かう。馬車の側ではルミアとシャルルが妙に仲良さげに談笑していた。
「おや、そちらの話は終わったのかい?」
「あぁ、待たせたな。すぐに出発するぞ」
「了解。さて、お嬢様。続きは馬車の中でゆっくり話そうか。まだまだ話の種は沢山あるからね」
「はい、続きが楽しみです」
さぞ楽しげな笑顔を見せるルミア。何やら想像以上に親密度が深まっていることに疑問を抱きつつロクスレイは御者台に上がり馬の手綱を握る。道中の御者役はロクスレイの役目だ。
「ではお手荷物をお持ちいたします、お嬢様」
シャルルは自然な動作でルミアから旅行鞄を受け取ると、一足先に馬車に乗り込み車内から手を差し出す。ルミアは驚きつつもその手を取り、危なげなく馬車に乗った。
乗車したルミアを出迎えたのはシャルルと、そして既にシートに座る可憐な少女。いったいいつ乗り込んだのか、エリザが我が物顔で踏ん反り返っていた。
「やっと会えたわね、子リス。やっぱり遠目で見るより近くで見た方がいいわ」
「あの……すみません、どちら様でしょうか?」
全く見覚えのない少女にルミアは戸惑いを禁じ得ない。それもそうだろう。ルミアとエリザがきちんと顔を合わせるのは今日が初めてだ。
「どちら様ですって? ふふ、聞いて驚きなさいよ。
胸を張って高らかと名乗りを上げていたエリザが、突如として開いたルミア達が乗り込んだのとは反対の扉から引き摺り下された。どうやら下手人はロクスレイらしく、外から二人の言い争う声が聞こえてくる。
「さっき確認した時は誰もいなかったってのに、いったいいつの間に忍び込みやがったんだ!」
「うっさいわね、別にいいじゃない!
「それがダメだってのが分からないんですかねぇ!?」
扉の外で繰り広げられる騒がしいやり取りにルミアはぱちくりと目を瞬かせる。普段は飄々と振舞っているロクスレイが、ここまで感情を露わにすることがあるとは知らなかった。何となく、リィエルに振り回されるグレンを彷彿とさせた。
「ロクスレイ君、何だか楽しそう……」
「そう見えるかい?」
「はい。いつもはもっと大人っぽくて近寄り難い雰囲気ですけど、今のロクスレイ君は親しみやすい感じがします」
実年齢的に言えばロクスレイの方が歳上なので大人っぽいのは間違っていないのだが、やはり身内相手ということもあって気が緩んでいるのだろう。単純に振り回されているだけとも言えるが。
外の喧騒を微笑ましく思いつつ、微かに複雑な想いを抱くルミアをシャルルが手招いて席に座らせる。すると見計らったかのように馬の嘶きが響き、馬車がゆっくりと動き出した。
「学院でのロクスレイの様子は聞いてるよ。随分と猫を被っているみたいだね」
「私は教室でのロクスレイ君と顔無しさんの時しか知らないですけど、普段はもっと違うんですか?」
「そうだね。もう少し感情的になりやすいかな。良くも悪くも彼の同年代はキャラが濃いからね」
ちなみにロクスレイが同年代において最も感情的になりやすい相手筆頭はエリザである。子供の頃は我が道を駆け抜けてはロクスレイを振り回していた。その反動で今の扱いがあれだ。
「今度は私からも訊いていいかな。君はロクスレイのことを憎からず想っているのだよね?」
「へっ? えっと、それは……」
脈絡のない、不意打ち気味の質問にルミアは目を泳がせるも、シャルルの真っ直ぐな瞳に見据えられ、一つ深呼吸をすると正直に答えた。
「はい、好きです。心の底からお慕い申し上げております」
屈託ない想いの表明。シャルルはルミアの告白を受け、ふっと柔らかに微笑んだ。
「それを聞けて安心した。その想い、どうかロクスレイにも伝えてほしい。彼は色々と拗らせてしまっているけれど、真摯な想いを蔑ろにするような人ではないからね」
▼
「──で、オタクがこっちに来た理由は何だ? ただ茶化しに来たワケじゃないだろ」
御者台で馬の手綱を握りつつ、隣で不貞腐れるエリザに問う。既に馬車はフェジテの町を出てしばらく経ち、西の稜線に日が沈もうとしていた。
エリザはわざとらしく唇を尖らせながらもこの場に現れた目的、情報の伝達をする。
「昨日、天の智慧研究会に動きがあったわ。この三連休を狙ってルミア=ティンジェルに襲撃をかける心算みたいよ」
「……道理で妙な視線を感じると思ったぜ。そういうことはもうちょい早く言ってくれませんかねぇ」
「
「そいつは頼もしいっつうか、懐かしい名前が出てきたな」
随分と顔を合わせていない友人の名にロクスレイは目を丸くする。
ウィル──ウィリアム=マッカーティは同じく一族の一員であり、普段はアルザーノ帝国西部方面で諜報活動に勤しんでいる青年だ。実力も相応にあり、ロクスレイとの連携も悪くない相手である。
「奴さんとやり合うのはウィルと合流してからか?」
「できればそうしたいけど、相手が何時まで我慢できるか次第ね。最悪、町中での戦闘だけは避けるわよ」
「あいよ。となると、途中の町で止まるのは避けたほうがいいな。お嬢さんには悪いが、今夜は車中泊になるか」
当初の予定では途上にある町の宿屋で一泊し、明日の昼前には里に到着するつもりであった。しかしルミアを狙う敵がいるとあらば町中で呑気に一泊するわけにもいかない。無辜の民を巻き込まないため、そして敵の罠の類を警戒してのことだ。
ロクスレイは客室のルミアとシャルルに町を素通りする旨を伝える。天の智慧研究会の件でルミアが身を強張らせたものの、そこはシャルルが上手いことフォローしたので問題あるまい。流石は男装の貴公子、女の子の扱いはお手の物である。ただし彼女もまた紛れもなく女性であるのだが。
一行は整備された街道を往く。時間的に遅いのもあってロクスレイ達以外の馬車はおろか人影一つない。完全に日が沈んでしまうと街道を照らすのは頼りない月光だけとなる。一応、馬の足元を照らすようにランプはあるものの、そんなものは焼け石に水程度にしかならない。
左右をなだらかな丘陵に挟まれた道に差し掛かったところでロクスレイは眉を顰めた。
「……来るか」
不意にロクスレイが低い声で呟く。無言で馬の手綱を隣に座るエリザに託すと、馬車の屋根の上に登る。そこで手早く武装の準備を整え、何が起きても対応できるよう構えた。
ロクスレイの読みは見事に当たった。左右の緩やかな丘の頂上に、突如として複数の影が湧く。遠目で分かりづらいが恐らく獣の類だ。
「魔獣……いや、違う。あれは──」
月の光を浴びて獣達の全貌が明らかになる。
それは四足歩行の獣であった。しかし普通の生態系ではあり得ない、狼と山羊の頭部を胴体から生やし、蛇の如き尾を持ち合わせた
「──エリザ!」
「言われなくても分かってるわよ!」
手綱を握るエリザが荒っぽく馬を操り、進路を強引に変えた。
このままの進路と速度で進んでいたら両サイドから合成魔獣に圧殺されるだけ。だからと言って街道を真っ直ぐ駆け抜けるのも愚策。十中八九、他の伏兵が待ち伏せているだろうからだ。
故に馬車は整備された街道を外れ、斜左方向へと猛スピードで疾走する。目指す先に広がるのは
しかし敵もみすみすロクスレイ達を逃すはずもなく、馬よりも速く合成魔獣は丘を疾駆し、馬車の後方を捉える。
複数の魔獣を継ぎ接ぎした合成魔獣の群れが猛追してくる光景は悪夢に近い。肝の小さい者ならそれだけで失神ものだろう。まあ一行の中にその程度で倒れるような気の弱い人間は一人としていないのだが。唯一の心配であるルミアも、合成魔獣の醜悪な見た目に驚愕と嫌悪感こそ覚えたものの、それだけだ。
「そらよっと!」
激しく揺れる馬車の屋根からロクスレイが矢を射放つ。狩人にとって獣狩りは得意分野である。少々、獣側が摂理を冒涜しているが、それでも狩人の前では狩られるだけの獣に過ぎない。
大気を切り裂き飛来する矢の数々が狙い過たず合成魔獣の頭部を撃ち抜く。狼と山羊、念入りに両方の眉間を的確に狙撃している。激しく揺れ動き明かりも頼りない状況で、それだけの狙撃ができるのは流石の一言だろう。
「腕は落ちてないみたいだ。流石はロクスレイ……」
客室の後ろに開けられた小窓から覗いていたシャルルが感嘆の声を洩らす。弓術においてロクスレイの右に並ぶ者は一族にはいない。先代ですらも互角に届くか怪しいぐらいだろう。
「ロクスレイ君……」
不安に満ちた声音で名を呟き、ルミアは胸元で手を握り締めた。
「不安かい?」
「……少しだけ。ロクスレイ君が強いのは分かってます。でも、この前みたいなことになったらと思うと、不安で……」
あの時、目の前でロクスレイの命が消えてしまった時のことは、今もなおルミアの心に恐怖の記憶として刻み込まれている。もう二度と、あんな想いはしたくなかった。
湧き上がる強い不安にルミアが胸を押さえていると、シャルルの手が宥めるように肩に載せられた。
「大丈夫さ。今のロクスレイは一人じゃない。私達もいるからね。同じような結果にはならないよ」
安心させるようにそう言ってから、シャルルは客室の窓から身を乗り出し、魔術で合成魔獣の迎撃に加わる。絶え間なく放たれる矢と雷閃に合成魔獣の数は見る見るうちに減っていった。
このまま森に突入する前に合成魔獣が全滅するか、と思われたその時、ロクスレイ達の目に信じられない光景が飛び込んだ。
「おいおい、マジですか。脳天打ち抜いた奴が起き上がってるよ。冗談キツイぜ……」
「ロクスレイ! 敵は
「みたいだな。クソッ、そうなると足を奪わないと止められねぇか……」
シャルルが即座に絡繰を見破り、忌々しげにロクスレイが舌打ちした。
脳天を撃ち抜いて生物的に殺したとしても死霊魔術でゾンビと化し、死してなおも追いかけられては堪らない。対策としては足を狙撃して機動力を削ぐことだが、正直効率が悪い。やるなら一撃で広範囲をカバーする強力な攻撃をぶちかますべきだろう。
そしてそれができる人間が一人だけ、この場にいた。
「エリザ、交代だ! それとシャルル! すぐに遮音結界を馬と御者台、客室に張れ!」
「待ってたわ、
「了解した、任せてくれ」
即座に三人は動き出す。
ロクスレイが屋根の上から御者台に戻り馬の手綱を受け取る。代わりに今度はエリザが足元に置いておいた奇怪な形状の槍を手に屋根に立つ。客室ではシャルルが厳重に遮音結界の構築に努めていた。ちなみにルミアは訳が分からず混乱している。
「結界の準備はできた。いつでも発動できるよ!」
「よしきた! いけるか、エリザ!?」
「まっかせなさい! ふふっ、啼いて感謝なさいよ畜生ども。
屋根の上でエリザが槍をくるりと半回転させ、穂先を真下に向けて構える。槍は一般的な代物とは違う、具体的には石突きのあるべき部分に何故か拡声用の魔導器が取り付けられていた。その用途はただ一つ。
すうっとエリザが目一杯息を吸い込んだ。この時点で既に遮音結界はシャルルの手で張られている。後は思う存分、エリザがはっちゃけるだけだ。
「さあ、咽び泣いて聞き惚れなさい──!」
エリザの手で魔改造を施された拡声用魔導器が駆動、そこへエリザが胸一杯に溜めた空気を全て吐き出さん勢いで声を吹き込んだ。
瞬間、ドラゴンの咆哮すら生易しく感じられるほどの爆音と衝撃波がゾンビと化した合成魔獣の群れを吹き飛ばした。それだけに飽き足らず、衝撃波は丘を悉く蹂躙し、地面を盛大に捲り上げ、完膚なきまでに合成魔獣達を叩きのめす。
現状のメンバーでおよそ考え得る限り最強の攻撃。
しかしアルザーノ帝国軍や隣国レザリア王国ですらこの魔術を使う者はいない。何故ってこの魔術、威力と範囲共に優れているものの、敵も味方も容赦なく巻き込んでしまうからだ。しかも
ちなみに御者台にいたロクスレイは遮音結界三枚と自前で耳栓を装着したのにも関わらず軽く気が遠のいていた。馬と客室は入念に遮音結界を五重にしていたので軽く耳鳴りがする程度に収まっている。
「ぬぐぉ……!? な、なんだってオレだけ結界が薄いんだよ……」
「すまない、馬と客室に力を入れたら御者台に回す余力がなくなってしまったんだよ……」
申し訳ないと謝るシャルル。馬が爆音に驚いて暴走するのを防ぐため、そして大切なお嬢様を護るためにロクスレイは犠牲になったのだ。
「アハハハハハッ! 久しぶりに使ったけど、最高な気分。やっぱり
何やら調子に乗って愉快なことを宣っている騒音少女がいるが、ロクスレイもシャルルも取り合わない。二人とも、追手がないかの確認をする。
合成魔獣もゾンビ化した合成魔獣も追いかけては来ない。どれも原型を留めているのがやっとの状態で立ち上がることすらできないのだ。
「終わったか……?」
追撃の有無を確認しようとしたロクスレイの耳に、何処からか複数の筒音が聞こえてきた。
音の鳴った方を見やると馬車に向かって走り寄ってくる馬の姿。背にはテンガロンハットを被った青年を乗せている。青年の手には銃口から煙をたなびかせるピストルが握られていた。
テンガロンハットの青年は片手を挙げながら馬車に馬を寄せると、ニッと笑みを浮かべる。
「やぁ! 久しぶりだね、ロクスレイ。元気そうで何よりだよ」
「それはこっちの台詞だっての──ウィル」
懐かしい友人兼頼もしい増援との再会にロクスレイは自然と表情を緩めた。