あと、この場合はタグにオリキャラとか入れたほうがいいのでしょうか?
ルミア達三人が仲良く並んで帰路を歩む。どうやら今日はリィエルが屋敷に泊まるらしい。眠たげな表情ながらもリィエルなりに周囲への警戒を払っているあたり、護衛としての自覚はきちんとあるのだろう。ただルミアとシスティーナを守りたいだけなのかもしれないが。
他愛ない会話に花を咲かせる三人の様子をロクスレイは遠目に眺めていた。ルミア達に気取られないよう大きく距離を置き、可能な限り道を行き交う人々に紛れる。外套があった頃は透明化してもっと近くで護衛していたのだが、今のロクスレイにはそれもできない。
本格的にストーカー染みてきたなぁ、などと胸中で自嘲していたロクスレイに冷水を浴びせるが如き声が投げられた。
「へぇ〜、思ったより仕事熱心じゃない。
「──ッ!?」
視界の端に映った見覚えのある人影。ここにいるはずのない少女の姿にロクスレイは驚愕を禁じえなかった。
見目の可憐な少女である。一見すると十代半ばぐらいにしか見えないが、その実もうすぐ二十歳を目前に控えている立派な女性だ。
フリルの目立つ衣装に身を包んでおり、全体的に綺麗より可愛らしいという形容詞が似合うのだろうが、ロクスレイを見る目はどこまでも冷徹だ。
目一杯に目を見開き、僅かに喉を震わせながらロクスレイは声を絞り出す。
「なんだって、オタクがここにいるんだ──エリザ……っ」
「なによ、居たら悪い訳?」
エリザと呼ばれた少女はやや不服げに唇を尖らせた。
「
「……っ」
「ま、理由はそれだけじゃないけど。とりあえず立ち話もなんだから、適当な店に入りましょうか。あぁ、あの子リスちゃん達の護衛なら心配要らないわ。今頃はシャルルが接触してるだろうから。
我が道を行くとばかりに近くの酒場に堂々と入っていくエリザ。その背を物言いたげにジト目で睨むも、ロクスレイはすぐに疲れ切った溜め息を吐いて後に続いた。
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ロクスレイ達が入った酒場はそこそこに繁盛しているようで、彼方此方で客が酒を飲み交わし、陽気に語り合っていた。
ロクスレイとエリザは店内の端の席を陣取り、冷たいドリンクと軽く摘める物を注文し、他の客に聞こえない程度の声で話の続きを始めた。
「わざわざ
「あぁ、まあな……」
ロクスレイは諦観交じりの溜め息を零した。
エリザ──エリザベート・バートリーはロクスレイと同じく一族の一員だ。ただし彼女の役割は少しばかり特殊であり、
エリザの表の顔はなんとカリスマファッションデザイナー。アルザーノ帝国を中心に上流階級向けのドレスや衣装のデザインを手掛け、今では貴族社会で知らぬ人はいないほどの有名人である。
そんな彼女が巷では都市伝説扱いされる
カリスマファッションデザイナーとして名を轟かせるだけあってエリザは多忙の身だ。そんな彼女がわざわざ出向いてきたのは、偏に一族絡みの用事があったからに他ならない。
先代が警告していたこと──一族が動きだしたのだ。
「まったく、これでも
「だったらすっぽかしゃよかったでしょうが」
「それこそ馬鹿じゃないの? 一族の悲願が叶うかもしれない一大事、ファッションデザイナーの仕事より優先するに決まってるわ」
それが当然。折角築き上げたカリスマファッションデザイナーとしての地位よりも何よりも、一族が抱え続けた悲願達成の方が重要であると、エリザは言い切った。
一族内でも比較的俗世に染まり、ファッションデザイン関連で何かと暴走することで評判のエリザをしてこれなのだ。他の一族がどれほど本気なのかが窺い知れる。
「ま、
悔しげに肩を震わせていたエリザが、唐突に立ち上がり店の外へと足を向けかける。ロクスレイが大慌てでエリザの強行を止めにかかった。
「おいこら、やめろよおぼこ娘。オタクの着せ替え人形になった連中の末路を知ってるか? ドレス、着せ替え、エリザベート・バートリーのワードを耳にするだけで震えが止まらなくなってんだぞ! トラウマになってんじゃねぇか!?」
ファッションデザインに行き過ぎた情熱を傾けるエリザによって精神的重傷を負った女性達の数は知れない。最終的には苦労に見合った最高の衣装が作られるのだが、それでもやり過ぎなのは否めないだろう。
「なによ、仕方ないじゃない。至高の作品を作り上げるのに必要な尊い犠牲よ。だいたい、三日三晩ぶっ続けで着せ替え続けたくらいで大袈裟だわ! あと、アンタものすっごく失礼なこと言わなかった!?」
顔を真っ赤にしてエリザが怒鳴る。さすがに公衆の面前でおぼこ娘呼ばわりは酷いだろう。少しばかり言いすぎたとロクスレイも決まり悪そうに目を逸らす。
「ともかくだ、お嬢さん達をオタクの毒牙に掛けるのはよせ。いいな?」
「ねえ、喧嘩売ってるの? 売ってるのよね? 全力で買ってあげるわよ?」
ナチュラルに売られる喧嘩に笑顔で応えつつもエリザは席に座り直し、血のように赤いジュースを煽る。ちなみにザクロのジュースである。
「もういいわ。それより本題に入るわよ」
途端、エリザの纏う空気が豹変する。表情は表向きのものから裏の顔へ、瞳に宿る光は冷酷無比のそれへと変わった。
「今度の三連休、ルミア=ティンジェルを里へ招くわ。これは決定事項よ」
「……帝国政府は? 女王陛下はどうやって納得させる?」
「それなら心配要らないわ。軍は軍で廃棄王女に手を割いている暇はないし、女王陛下の説得は先代が済ませたから」
「女王陛下は、まあ爺さんなら分かるが。軍が手出しできない理由ってのはなんだ?」
帝国軍はルミア=ティンジェルを一種の釣り餌として利用している節がある。帝国元王女という彼女の肩書きを利用し、群がる
そんな彼らが手出しする暇がなくなるとは一体なんなのか。ロクスレイは視線で問うた。
「別に教えてあげてもいいけど、あんまり騒がないでよ」
そう前置いてエリザは答えた。
「──帝国各地で
「なっ……!?」
愕然とロクスレイは顎を落とした。あり得ない、あってはならないことだからだ。
この魔薬が最悪とまで言われる理由は、投与されたものはもう二度と元には戻れず、定期的に薬を投与されなければ凄まじい禁断症状に襲われ、最終的には肉体が自壊することだ。たった一度投与されただけでその者の人生が終わってしまうのである。
勿論、そのような非道な魔薬の存在など認められず、一年ほど前に帝国政府を震撼させた事件を境に、製造法とそれを知る事件の首謀者諸共葬り去られたはずである。
しかし現実に
手が白くなるほどに拳を握り締めるロクスレイの脳裏を過るのは、かつて正義の魔法使いを目指した教師と白髪の女性の姿。あの事件を機に、グレン=レーダスは魔術に絶望したのだ。
「帝国政府は
エリザと同じく一族の一員である男装の剣士ことシャルルは、ロクスレイと最後まで
「…………」
難しい顔でロクスレイは黙り込む。遠征学修から数日しか経っていないのにこの手際。今からどう抗おうと一族の思惑を阻むことはできないだろう。
「何を考えてるかは予想つくけど、余計なことはしないほうがいいわよ。今のアンタは
エリザの指摘にロクスレイの表情が微かに曇る。もしも一族の悲願が達成されたならば、本格的にロクスレイはここには居られなくなる。その時、どう一族の一員として貢献するか決めておかなければならないだろう。
「何なら
「ハ、オタクの世話になるつもりはねぇですよ。こっちから願い下げだ」
エリザの誘いを一蹴する。いざ決断を迫られたとしてもエリザの小間使いだけは御免だった。幾つ体があっても足りないくらいにこき使われるのが目に見えているからだ。
「ふぅん? まあいいわ。とりあえず、そういうことだから。準備しておきなさいよ。アンタも先代のお見舞いしたいでしょ?」
「へーへー、分かりましたよ……」
先日の無茶が祟り寝込んだ先代の見舞いがしたいのは本当だった。今頃は奥方に甲斐甲斐しく世話を焼かれて療養していることだろう。
要件を伝え終えたのか、エリザは一息にジュースを飲み干すと銀貨を一枚残すと席を立った。
「……アンタ、変わったわね」
去り際にそう言い残してエリザは店を出ていった。
残されたロクスレイは複雑な表情で対面の空席を見つめる。
「変わった、ねぇ……ま、確かに腑抜けてるわな」
不貞腐れたように呟いてロクスレイはグラスの中身を呷った。
▼
ロクスレイがエリザと酒場で話していた一方、ルミア達はルミア達でシャルルの接触を受けていた。
シャルル=ボーモン。一見すると見目麗しい貴公子であるが、しかし本人の申告によれば間違いなく女性らしい。
シャルルは家路を往くルミア達に声を掛けると、卓越した話術で三人を誘導。前もって目星をつけていた小洒落た店に招き、話し合いの席に座らせた。
「急なお誘いですまない。どうしてもティンジェルさんと話がしたかったものだから、無理な誘い方になってしまった。ここの支払いは私が持つから、好きに注文してくれて構わないよ」
「いえ、お気になさらず。それよりも、さっきのお話は本当ですか?」
やや身構えながらルミアは対面に座るシャルルに問うた。両隣にはシスティーナとリィエルも同席している。二人とも見知れぬ相手に強い警戒が先立っていた。
向けられる警戒の眼差しを涼しげに受け流し、シャルルは鷹揚に頷いてみせた。
「勿論だよ。君の協力があれば
ルミアがシャルルの誘いに乗った最大の理由。それがこれだ。
如何に相手が物腰柔らかで貴公子然とした相手であっても、見ず知らずの他人の誘いにほいほい乗るほどルミアは危機感を欠如していない。むしろそういった感覚においてはこの場にいる誰よりも優れているだろう。
それでも彼女が誘いを受けたのは、シャルルがロクスレイの知己であり、彼の悩み事を解決できるかもしれないという文句を聞かされたからだ。勿論、それで警戒心を全て取り払っているわけではないが。
食い入るように前のめりでシャルルの言葉を待つルミア。シャルルは困ったように顎先に指を添え、ふと良案を閃いたとばかりに悪戯っぽく微笑む。
「ふむ……緊張を解すため、信頼関係を築くためにも、ここはロクスレイの少年時代のエピソードを幾つか語ろうか。なに、後で彼が赤面して悶え苦しんでも私の懐は一つとして痛まないからね。興味あるかい?」
「はい! 私、凄く気になります!」
「ちょっ!? それでいいの、ルミア!?」
哀れ、あっさり売られるロクスレイと容易く釣られるルミア。唯一のツッコミ役はシスティーナだけであった。リィエル? 運ばれてきた料理をマイペースに食べている。
その後、ロクスレイの少年時代エピソードに花を咲かせ急速にシャルルと仲を縮めたルミアは、今度の三連休にロクスレイの育った里に小旅行することが決定したのだった。