無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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電脳楽土でもちゃっかり最後まで生き残ってるロビンさん流石です。この調子で出番を増やして頂けると嬉しいなぁ。


それぞれの魔術観

 グレン=レーダスが非常勤講師として二組の担当を受け持って早数日。現状は初日のダメさ加減を裏切らない、むしろ悪化している。

 

 最初こそ教本を開き、判読不可能とはいえ黒板に術式や法陣を書いていた。しかし日が経つにつれ板書はなくなり、教科書の当該ページが黒板に貼り付けられ、そして今は釘と金槌で教科書そのものを黒板に打ち付けようとする始末。

 

 質問する生徒への対応も雑なことこの上なく、そのあんまりにも酷い態度にとうとうシスティーナが切れた。親の権威を持ち出して半ば脅迫に近い形で迫る。が、今のグレンにとってはむしろ好都合で、是非クビにしてくれと懇願。魔術に対する畏敬もへったくれもなかった。

 

 魔術を心から信奉するシスティーナはこれに激昂。勢いのままに左手の手袋を投げつけ決闘を挑んでしまった。

 

 そして今、学生と生徒による決闘が幕開けようとしていた──

 

 

 ▼

 

 

 魔術師というのは強大な力を持つ者達の総称であり、彼らがルール無用で争い始めれば国の一つや二つ滅びかねない。

 

 そこで彼らは互いの軋轢を解決するため、一つの規律を定めた。それが決闘である。心臓により近い左手の手袋を相手に投げつけ、それを相手が拾う。決闘申し込みから受諾の流れだ。

 

 ただしそれも帝国が法整備を進めたことにより形骸化、黴の生えた魔術儀礼の一つに過ぎない。今どき真っ向から決闘を挑む魔術師など、古き伝統を守る生粋の魔術師くらいである。

 

 ちなみにフィーベル家は魔術の名門として有名であり、古き伝統を重んじる家系であったりする。

 

 生徒と非常勤講師による決闘の場所は学院中庭。針葉樹がぐるりと取り囲み、敷き詰められた芝生が広がる空間にて、グレンとシスティーナは十歩ほどの間合いを空けて対峙していた。

 

 決闘方法は受諾側に決める権利があり、グレンが提示した決闘の形式は先に【ショック・ボルト】を当てた方が勝ちというシンプルなものだ。

 

 クラスの生徒達と騒ぎを聞きつけて集まった野次馬が見守る中、緊張と不安、そして使命感を抱いたシスティーナは分が悪いと分かっていながら真っ直ぐ立ち向かう。その様子をルミアは外野から見守ることしかできない。

 

「システィ、大丈夫かな……」

 

「そんなに心配しなくとも大丈夫でしょうよ」

 

 不安げに呟いたルミアの隣にロクスレイがいつの間にか並んでいた。相も変わらず人の無意識に踏み込んでくるような現れ方に驚くが、それよりもルミアはロクスレイの発言が気になった。

 

「でも相手は先生なんだよ? いくらシスティが優秀でも勝つのは無理なんじゃ……」

 

「確かに、魔術学院の講師となればその殆どが第四階梯(クアットルデ)以上の魔術師。如何に成績優秀と言え、所詮は学生の域を出ないフィーベル嬢に勝ち目はないだろうな」

 

 ただ、とロクスレイは口元に薄らと笑みを作る。

 

「グレン先生に勝つ気があったらの話ですけど」

 

 意味深にロクスレイが呟いた直後、黒魔【ショック・ボルト】の紫電が炸裂する。詠唱の短さと早撃が物を言う今回の決闘において、先手を取ったのはグレン──ではなくシスティーナであった。

 

「ぎゃああああ──っ!?」

 

 情けない絶叫を上げてグレンが地に伏せる。ビクビクと痙攣しながらぷすぷすと煙を上げているその様は、何というか滑稽だった。

 

 決闘を申し込んだシスティーナと観戦していた生徒達が困惑と呆気の表情で固まる。少しして膝を震わせながらグレンが立ち上がった。

 

「ふぐっ、不意打ちとは卑怯な……!」

 

「えっ!? いつでも掛かって来いとか言ってませんでしたっけ!?」

 

「だがしかぁし! 今のは先生からのハンデだ。三本勝負のうち一本をくれてやったに過ぎない。次からは本気だかんな!」

 

「三本勝負とか初耳なんですけど!?」

 

 それからというもの、グレンが詠唱をしようとして先に魔法を完成させたシスティーナの電撃に撃たれ、あれこれと屁理屈捏ねてまた撃ち倒されるという光景が続く。撃ち合い、というかシスティーナによる一方的な撃ち込みが十を超えた頃には外野の生徒達もグレンの低すぎる実力に興醒めしていた。

 

「まさか三節詠唱しかできないなんて」

 

「なんで講師なんかやってるんだ、アイツ」

 

 生徒達が口々に洩らす。さすがのルミアもこの展開は予想していなかったのか、当惑した顔で親友の横顔を見つめている。

 

 ふとルミアはこの光景を予測していたかのような発言をしたロクスレイの姿を探す。件の少年はルミアの隣から離れ、人の輪から出て校舎の陰で何やら腹を抱えて壁を叩いている。大爆笑しているように見えるのは気のせいか。

 

「と、ともかく! 決闘は私の勝ちです。約束通り、先生には真面目に授業をしてもらいます!」

 

「は? なんのことでしたっけ? バカスカ電撃叩き込まれちゃったから記憶があやふやだなぁ〜」

 

「なっ、魔術師同士で交わした約束を反故にするつもりですか!? それでも魔術師の端くれなの!?」

 

「だって俺、魔術師じゃねーし」

 

「はぁ!?」

 

 魔術師にとっては神聖な儀礼の一つでもある決闘に、凄まじい屁理屈を持ち出して掌返しをかますグレン。魔術を崇拝し偉大なものと信じて疑わないシスティーナにとってはとても看過できるものではない。

 

「……最っ低!」

 

 引き分けだとか何だとか情けないことを高らかに宣いながら逃亡するグレンの背中へ、心の底から罵倒を叩きつけた。

 

 

 ▼

 

 

 システィーナとの決闘以降、本格的に評判が地に落ちながらもグレンの態度は変わらない。授業態度を改めるなんて殊勝な心がけはなく、今日も今日とて怠惰に惰眠を貪っている。生徒達に至っては諦めて各々で教科書を開いて勉強に打ち込んでいた。

 

 そんな中、それでもめげずに一人の女子生徒がグレンへ質問を持ち掛けるも、辞書と引き方を教えるだけという怠慢。もう愛想も尽きていたシスティーナも熱意ある学友がおざなりにあしらわれるのを許せず、前に出たのだがそこで再び問題が発生した。

 

 魔術を崇高であり偉大なものと謳うシスティーナにグレンが異を唱えたのだ。それも普段の怠惰な態度からは想像もつかない、きちんと筋の通った論理で。

 

 曰く、魔術は人の役になど立たない。所詮は生産性のない自己満足の趣味だと。

 

 魔術を無価値と貶めるグレンの論理を、システィーナはどうにか撤回させようとするも言葉が見つからない。生徒達の大半もグレンの言葉に対する反論が浮かばなかった。

 

 そんな中、言い出しっぺであるグレンが己の言葉を取り下げ、魔術は役に立っていると言いだす。

 

 ──あぁ、魔術は凄ぇ役に立つさ……人殺しにな。

 

 脈絡もなく背筋に氷柱を突っ込まれ、教室が静まり返る。有無を言わさぬグレンの纏う圧力に誰も言葉が出なかった。ただ一人を除いて。

 

 システィーナは、システィーナだけは最後まで喰い下った。今日まで己が信じてきた魔術をあろうことか外道の術と言って憚らないこの男を認めたくない、その一心で必死に食いかかる。

 

 だが、負けた。憎悪すら抱くグレンの魔術への価値観を改めさせることが、システィーナにはできなかった。大切な思い出の一つを穢され、涙を流しながらグレンを引っ叩くことしかできなかった。

 

 張られた頬を押さえながら気不味い空気をそのままに自習とだけ告げ、グレンも教室を退出する。残された生徒達は彼らのやり取りに思うところあったのか、暗い表情で俯く。一人の男子生徒を除いて。

 

 お通夜にも匹敵する沈黙の中、小刻みに肩を震わせ洩れ出そうになる笑いを必死に堪えるロクスレイ。彼の前に座っていたルミアには笑いを堪えるロクスレイの気配が手に取るように分かった。

 

 一体今のやり取りのどこに笑う要素があるのかルミアには分からない。普段不真面目な態度のグレンが感情を前面に出し、親友たるシスティーナが涙した状況を笑っている。それだけは許せなかった。

 

「何が可笑しいの? 別に笑うところなんてないよね」

 

 怒気を滲ませてルミアは問う。静まり返っていた教室内で、その声はやけに響いた。

 

 注目の的となったロクスレイは変わらず薄笑いを浮かべながら答える。

 

「いや失敬。別にフィーベル嬢を笑ったワケじゃないんだ。グレン先生が生徒相手にあそこまで言うとは思わなかっただけさ」

 

 くつくつと。小さく喉を鳴らして皮肉げに笑うロクスレイは、先のグレンに次いで異質な雰囲気を纏っていた。率直に言って気味が悪い。普段は目立つような立ち位置を避ける少年の尋常ならざる様子に、生徒達は得体の知れない何かを見るような目を向ける。

 

 そんな中、ルミアは前々から気になっていたことを訊く。

 

「じゃあ、ロクスレイ君にとって魔術ってなんなの?」

 

 常々気になって仕方なかった疑問。グレンとシスティーナが魔術における価値観についてぶつかり合った今を逃して訊く機会はないだろう。

 

 薄ら笑いを浮かべていたロクスレイが微かに眉を上げる。しばしの間を置いてロクスレイは己の見解を語り始めた。

 

「そうだな、オレにとって魔術は道具だ。目的を成し遂げるために使う道具に過ぎない」

 

 魔術は道具であると断言したロクスレイの発言に、教室が再びどよめく。先の魔術は人殺しに役立つ宣言にも劣らない、魔術学院に通う生徒としては異端な持論だ。

 

 驚く生徒達に構わずロクスレイは続ける。

 

「分かりやすい例えとしてフィーベル嬢とグレン先生を引き合いに出そうか。フィーベル嬢は世界の真理だか深奥に至るために魔術を使用している。グレン先生は人殺しのために魔術が使われていると言っている。どちらも方向性は違えど魔術を道具として使ってるだろ?」

 

 確かにロクスレイの見方はある意味間違っていない。魔術を何らかの目的を達成するための手段と見なせば、あらゆる場面において魔術は道具として使われていると言ってもいいだろう。

 

 だからルミアや生徒達は言い返すことができない。システィーナのように盲目的に魔術を崇拝しているわけでも、ましてグレンのように暗黒面だけに焦点を当てているわけでもない。両側面を見た上で割り切っているのがロクスレイだ。

 

「あれこれと語ったが、要はコインの裏表みたいなもんさ。魔術は世界の真理を探究する学問ではあるが、同時に強大な力を併せ持っている。それを悪用して大勢の人々が日々犠牲になっているのもまた事実だ。フィーベル嬢は表しか見ようとせず、グレン先生は裏しか見ていなかった。その結果があの衝突でしょうよ。ま、結論を言えば、両者ともに子供だっただけの話さ」

 

 最後を戯けた口調で締め括る。学院生としては異端でもグレンほど極端な考え方ではなかったためか、先ほどよりも教室内の空気は柔らかい。ある意味では弛緩していた。

 

 そこへ僅かに目を細めたロクスレイが釘を刺す。

 

「まあここにいる生徒の大半は、今日まで魔術に付き纏う裏を見て見ぬ振りしてきただろうけどな」

 

 底冷えする冷たさを含んだ声音が響き、生徒達の背筋を凍らす。緩みかけた気が一瞬で締め上げられた。

 

 持論を語り終えたロクスレイは凍りついた空気を物ともせず立ち上がり、手早く教本を纏めると教室を退出しようとする。誰もがその後ろ姿を見送ることしかできないでいると、不意にロクスレイが足を止めてルミアを振り返った。

 

「ところで、フィーベル嬢を追いかけなくていいんですかい?」

 

「…………っ!」

 

 ガタッ! と椅子を蹴飛ばさん勢いで立ち上がってルミアは駆け出す。姉妹同然の親友として、傷心しているだろうシスティーナを放っておけはしなかった。

 

 教室を飛び出す護衛対象の背中を見届け、ロクスレイは人知れず微苦笑を作る。

 

「さて、今までは一線引かれていたワケだが、これで態度が軟化するか硬化するか。ま、十中八九後者でしょうけど。それはそれで好都合って話だ」

 

 編入してから今日に至るまで、あれこれとアプローチを掛けて距離を縮めようと試みてはきたが、どうしても一線を引かれて上手くいかなかった。穏当で柔和な性格をしていても一本芯が通っているだけあって、そのあたりの警戒は怠っていないのだ。

 

 別に完全に信頼してほしいわけではない。むしろ近づきすぎれば正体が露見するリスクが高まる。ロクスレイとしては護衛しやすく、近すぎない距離感を維持したいのだ。そのために今回は一歩大きく踏み込んだ。

 

 これを機にルミアの態度がどう変化するか。その方向性によっては護衛が楽にもなるし、逆に面倒になるかもしれない。全てはルミアと、その親友たるシスティーナ、そして非常勤講師であるグレン次第だ。

 

 

 ▼

 

 

 グレンとシスティーナによる魔術に対する衝突が巻き起こった翌日、驚くべきことが起きた。昨日まで怠惰の限りを尽くしていたグレン=レーダスが真面目に授業を始めたのだ。それも教本には載っていない、生徒達があっと驚き眠気など覚えていられないほどに有意義な授業内容である。

 

 事の始まりはグレンが授業開始時間前に教室へ現れ、開口一番にシスティーナへ昨日の謝罪をしたことである。しどろもどろながらも謝罪を済ませ、開始のチャイムと共に教科書を開いた彼は、しかしパラパラと流し読みを終えるとそれを窓の外へ放り投げて授業を始めた。

 

 内容はグレン曰く、魔術の基礎も基礎、ド基礎。誰もが究めたと思い込んでいた【ショック・ボルト】を教材にした術式構造と呪文の基礎であった。しかして侮ることなかれ。授業の質の高さはあのシスティーナが掛け値なしに賞賛するほどのものだ。無論、言葉にはしないが。

 

 何故、ダメ講師を貫いていたグレンが唐突に覚醒したのか。それはとある生徒(システィーナ)の魔術に掛ける想いに触れ、とある生徒(ルミア)の理想に感化させられたから。真実を知るのは当事者たるグレンとルミア、そして常に陰ながら護衛の任を果たすロクスレイだけが知っている。

 

 それからというもの、覚醒したグレンの質の高い授業に他クラスからも人が集まり、十日経つ頃には立ち見の生徒まで出始めた。学院の講師の中にはグレンの指導から学ぼうとする者も現れ、グレンはダメ講師から一躍時の人となりつつある。

 

「思ったよりも良い方向に転がってくれたな」

 

 生徒達が帰宅した放課後、黄昏に染め上げられる屋上で繰り広げられるグレン達による漫才を眺めながら、ロクスレイは密かに安堵の息を吐く。

 

 放課後も熱心に学院の図書館で板書の写し合いや授業内容の復習をしていたルミアとシスティーナが、思い立ったように屋上へ向かったのを追いかければ、もはや鉄板と化しつつあるやり取りをする非常勤講師と生徒の姿があった。どうやら今日の授業で分からなかった部分の教えを請いに訪ねたらしい。

 

 その場に大陸屈指の大魔術師セリカ=アルフォネアが居合わせたのは想定外であったが、驚きつつもロクスレイは淡々と仕事道具の一つを用いて気配と姿を完全隠蔽し、今は屋上の端で賑やかな青年少女+魔女のやり取りを見守っている。

 

 特務分室所属の執行者として心身共に磨り減らしながら戦っていたグレン=レーダスの姿はない。そこにいるのは生徒達を教え導き、時に揶揄い、時にやはり生来のダメさ加減を発揮する魔術講師グレン=レーダスであった。

 

「オタクは(こっち)よりも(そっち)の方がよっぽど性に合ってる。狙撃魔殿も同じ結論に至るだろうな。約一名、凄まじく不安なのがいますけど……」

 

 ロクスレイにとってやり合いたくない相手筆頭の脳筋戦車を脳裏に思い浮かべかけ、慌てて頭を振って追い出す。策も罠も力業で粉砕するあの少女は小細工、奇策、卑怯上等のロクスレイが最も苦手とする手合いであった。

 

「グレンは立ち直り、ティンジェル嬢との仲も良好。今のところは問題なし。いいねぇ、このまま何事もなく平穏に終わってほしいもんだ。にしても、グレンのヤツ、やけにフィーベル嬢に構うな」

 

 システィーナが生真面目でよく突っかかるのもあるが、彼女に対してだけグレンの対応が他とは少し違うのは気のせいだろうか。同じく贔屓目なルミアと比べても、微妙に距離感が違ってみえる。

 

「そういやフィーベル嬢ってアイツと……いや、やめとくか。これ以上は野暮ってもんだ」

 

 ふと脳裏を過ぎった人物の姿を打ち消し、授業内容について説明が足りなかった分を補足する講師と熱心な生徒達の声をBGMに、護衛任務に勤めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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