無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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タイトルからして、はいお待たせしました。アレです、アレですよ! やっと書けましたって感じですわ。

そして私事ですが、ついにロビンフッドが100になりました! いぇい、あとは絆レベルだけだね!


祈りの弓、外道達の末路

 薄暗い研究室内に死者の呼び声が木霊する。腐り落ちた肉体を引き摺り、生者を死へと誘わんと諸手を上げて襲い来る死人の軍勢が気勢を上げた。

 

 津波と化して押し寄せる腐肉の壁を、大剣の一振りでリィエルが割ってみせる。悍ましい死者の猛迫にも怯まず、一心不乱に剣を振り回す様はまさしく狂戦士。鎧袖一触の勢いで死者の群れを蹴散らす。

 

「いやあぁああああ──ッ!!」

 

 気炎を吐いて剛剣を振るうリィエル。止めるものなどありはしない少女の進撃を、人智を超える雷光と爆熱が横合いから襲う。魔薬(ドラッグ)の服用で一時的に異能力を己が物にしたバークスの攻撃だ。

 

 

「ふははははッ! 素晴らしい、異能だろうと我が手に掛かれば意のままだ!」

 

 迸る稲妻と紅焔が死者の群れを焼き払い、猛烈な勢いでリィエルに迫る。リィエルは大剣を盾に熱風から身を守り、襲い来る稲妻の鞭を類稀な戦闘勘をもって躱す。

 

 吹き荒れる破壊の嵐を斬り伏せ、もはや人間とは思えぬ異形と化したバークスへと突貫を仕掛けようとしたリィエル。その足首が焼け爛れた死者の手に掴まれた。

 

「ふふふっ、捕まえましたわ」

 

「くっ……やっ!」

 

 動きを止めたリィエルに無数の手が伸びる。四方八方から迫り来る死者の手をリィエルは大剣で斬り飛ばしてどうにか応戦するが、掴まれた足から引き摺り倒されて一気に不利へ追い込まれてしまう。

 

「ご安心ください、リィエル様。人形であろうと女性であれば、我々は貴女を歓迎しますから。さあ、おいでませ」

 

 新たな仲間を迎え入れんと女の死体がリィエルを押し潰さんと飛び掛かった。

 

 絶体絶命のピンチ、このまま取り殺されるかという刹那、僅かな間隙を縫って飛来した矢が死者の頭蓋を貫く。一拍遅れて何処からともなく伸びた鋼糸(ワイヤー)がリィエルの腰に巻き付き、死者に飲み込まれかけた体を引っ張り上げた。

 

 危機を脱したリィエルであるが休む暇はない。獲物を目前で逃した死者がしつこく追い縋り、バークスから見境ない異能攻撃が飛んでくる。一人であれば対応仕切れず早々に倒れているだろう。

 

 だが今のリィエルは一人ではない。心強い後方支援が味方にいるのだ。

 

「──顔無し!」

 

「あいよ、任せな!」

 

 声が返ってくるのと同時、連続して弦音が鳴り響く。虚空から放たれた矢の数々が死人を撃ち抜き、指揮を執るエレノアを妨害し、力に酔い痴れるバークスの肉体に突き立つ。

 

 攻撃の手は止まらない。弓による狙撃が止めば次はナイフがエレノアとバークスの急所目掛けて投擲される。恐ろしい精度と容赦ない狙いだ。

 

 エレノアは笑みを絶やすことなく攻撃の数々を往なしていく。対してバークスは矢やナイフが突き刺さろうと御構い無し。異能『再生能力』に傷の治癒を任せて無茶な攻勢を維持し続ける。

 

「どうしたどうしたロビンフッド? 都市伝説に謳われるお前の実力はこの程度のものか? 拍子抜けだぞ!」

 

 己の圧倒的有利を疑わず、驕りに驕るバークスにもはや敵味方の区別もない。研究施設への被害だけ注意して手にした異能力を思うがまま揮う。

 

 燃え盛る火炎が、目を焼く雷撃が、白く凍てつく吹雪が吹き荒ぶ。当然のように死者達を巻き込む攻撃にエレノアは嘆息し、凄まじい猛威を秘める異能力の嵐にさしものリィエルも対策が浮かばなかった。

 

 醜悪に哄笑を上げるバークスの両眼に矢が突き立ったのはその直後である。

 

「ぎぃっ!?」

 

 視界を奪われてバークスが短く呻く。猛威を揮っていた異能力の嵐が制御を失って虚しく霧散した。後に残ったのは凄まじい破壊痕のみである。

 

「くっ……小癪な真似をしよって……!」

 

 両眼から抜き取った矢を苛立ち交じりに半ばで折る。そうこうしているうちに『再生能力』によって視野が回復し、鬱陶しい顔無しの姿を探す。しかしいくら探しても研究室のどこにも奴の影すら見つからない。

 

「やはり姿が見えないというのは厄介ですわね。リィエル様もなかなか腕が立つようですし、攻めきれないですわ」

 

 次から次へと死者を湧かせては操るエレノアが、苦い口調で戦況を読む。

 

 組織で殺し屋として生きていた少女の記憶と肉体を引き継いでいるだけあってリィエルの戦闘能力はズバ抜けている。やや猪突猛進な面が玉に瑕であるが、顔無しがフォローしているので今の所は殆ど問題となっていない。

 

 表では都市伝説、裏の世界では無貌の王(ロビンフッド)として恐れられる顔無しの実力も同様に図抜けたものがある。特に弓矢による弓術。魔術の台頭によって前時代の遺物とされてしまった武器で、ここまで戦える人間をエレノアは知らない。

 

 何より恐ろしいのはこの二人、存外に連携が噛み合っているのだ。リィエルが前衛として暴れ、その陰に隠れて一瞬の隙を逃さず顔無しが狙撃。二対二の戦闘において理想的な連携と言える。

 

 対してエレノアとバークスは連携の一つも取れていない。エレノアがあれこれと策を巡らそうにも、自身の研究成果に酔い痴れているバークスの見境ない破壊によって全て無に帰す。それだけに飽き足らず手駒の死者達を遠慮なく焼き払われる始末だ。連携も何もあったものではない。

 

 これでは二対二ではなく、二対一と一である。

 

「ですが、長期戦に持ち込めば何れはロビンフッド様が潰れるでしょう。それまで時間を稼げば──」

 

 勝てる、そう続けようとしたエレノアは遠くで響いた地鳴りのような音に動きを止めた。

 

「何事だ!?」

 

「……困りましたわね、新たな侵入者ですわ」

 

 遠見の魔術で確認したエレノアが苦々しげに呟く。水路から侵入してきたのは二人。彼女もよく知る、因縁ある相手だ。

 

「帝国宮廷魔導師団特務分室《星》のアルベルト様と帝国魔術学院魔術講師のグレン様。お二人がここを目指していますわ」

 

「次から次へと……ッ!?」

 

「グレンだって? どいつもこいつもどうなってるんだよ!?」

 

 新たな侵入者の情報にバークスと青髪の青年が苛立ちを露わにする。そして外野から見守っていたルミアはグレンの生存にほっと胸を撫で下ろした。

 

 明るい表情のルミアと対照的にエレノア達は苦々しい顔色だ。恨めしげな目つきのエレノアがいつの間にやら姿を現した顔無しを睨む。

 

「最初から本命はアルベルト様とグレン様。ロビンフッド様の狙いは私達の足止め。時間を稼がれていたのは我々の方だったようですわね」

 

 より強力な駒が後詰めに控えていたからこその無謀な戦い。顔無し達の勝利はたった二人でこの場を切り抜けることではなく、頼もしい援軍の到着だったのだ。

 

「ふん、戦争犬と魔術講師が増えたところでなんだという。私の力で捩じ伏せてやる」

 

「…………」

 

 まるで彼我の戦力差を理解していないバークスの発言に、さしものエレノアも頭が痛い。いい加減、この馬鹿にも付き合っていられない。エレノアは本格的に撤退を念頭に置き始めた。

 

 驕るバークスと逃走の機を窺うエレノア。そんな二人に冷水を浴びせるが如く、顔無しが口を開く。

 

「なーんか勘違いしてるみたいなんで訂正しときますがね。オレはあの二人に丸投げするつもりはないですぜ。害獣の処理は狩人の役目だ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「仕込みだと?」

 

 バークスが怪訝に眉を潜めた。顔無しが矢を番えずに緑の弓を構える。

 

「悪ぃな、お嬢さん。ちょいと目を瞑っといてくれ。お嬢さんの目を外道の末路で汚したくないんでね」

 

「顔無しさん……ッ!?」

 

 口調こそいつもと変わらない飄々としたもの。だが纏う空気が違う。今の顔無しからはいつも感じられる温かさがごっそりと抜け落ちていた。

 

「《我が墓標はこの矢の先に・──》」

 

 ここに来て初めて顔無しが呪文らしい呪文を唱え始めた。

 

「《森の恵みよ・圧制者への毒となれ・──》」

 

 朗々とかつ厳かに紡がれる詠唱に呼応するように、顔無しの腕に装着された緑の弓から尋常ならざる気配が立ち上る。顔無しを中心に漂う色濃い緑の空気が研究室を支配する。

 

「何を企んでいるか知らんが、させるか……ッ!?」

 

 異様な雰囲気に本能的な危機を感じたのかバークスが阻止せんと動く。その出鼻を横合いからぶん投げられた大剣が挫いた。リィエルだ。

 

 

「《弔いの木よ・牙を研げ──》」

 

 そして遂に呪文が完成を迎えた。

 

「《祈りの弓(イー・バウ)》──!!」

 

 ここにロビンフッドの神髄が披露される。

 

 振り翳した緑の弓を起点に大量の植物が伸びる。それはイチイの木の枝葉。不浄を溜め込んだ標的目掛け、濁流の如き勢いで急激に成長。異形と化したバークスへと殺到した。

 

「ぬぐぅ!? な、なんだこれはァ──!?」

 

 絡み付く樹木を振り払わんと暴れるバークス。しかしその程度の抵抗で剥がれるほどイチイの木は柔ではない。一度獲物と定めた標的を逃しはしない、狩人の如き狡猾さで怪物を幹の内へと引きずり込む。

 

「ぃぎっ……あがぁ……!?」

 

「これは……!」

 

 あっという間に大樹の内部へと封じられたバークスを見て、珍しくエレノアが動揺の色を浮かべる。魔術の域を超えた超常現象。こんな技をエレノアは知らない。勿論、青髪の青年も、ルミアとリィエルだって初めて見た。

 

「ぐぅ……こんなものでぇ……私を止められるものかぁ……!」

 

 全方向から樹木に押し潰されながらも執念で脱出を試みようとするバークス。それを見逃すほど顔無しは甘くない。

 

「こいつで終いだ。冥界の果てで永劫の責め苦を受け続けな──」

 

 パチンッ! と音高く指を鳴らす。次瞬、バークスの体内に溜め込まれた不浄()が火を点けられた火薬の如く破裂する。

 

「ぎ、ぎゃああぁあぁああ────!?」

 

 聞くに堪えない断末魔の叫びが大樹の内部で爆発。幹の隙間から大量の血飛沫が飛び散り血煙が舞う。後に残ったのは血に染まったイチイの大樹と、バークスの凄惨な末路に絶句する面々だけであった。

 

「ふぅ……さて、次はオタクの番だ。エレノア・シャーレット」

 

 人一人殺しながらも平然としている顔無しに目を向けられ、エレノアは決して敵に回してはならない存在を敵にしてしまったと遅まきながら悟った。

 

 

 ▼

 

 

 顔無しの手によりバークスが死に絶え、形勢が逆転した。戦いが始まってからずっとモノリスに向かっている青髪の青年は戦力にならず、実質的に戦っているのはエレノア一人。如何に人外染みた不死性を有していようと勝ち目があるとは思えない。

 

 紙巻の煙を揺らしながら顔無しが弓に矢を番える。それだけでエレノアは必要以上の警戒を払わざるを得ない。バークスを死に至らしめたあの魔術を受けるのは不味いと、直感が訴えていたのだ。

 

 ジリジリと二人が睨み合いを続けていると、制御型モノリスに向かっていた青年が声を上げた。

 

「できたぞ! これで俺も戦える。さあ、動け俺の人形達!」

 

 青年の声に続いて硝子が砕け散る音が響く。音の発生源を見やれば、五芒星法陣と繋がる三つの水晶中の内二つが割れ砕け、中から人影が姿を現す。どことなく見覚えのあるシルエット。

 

「え……?」

 

 間抜けな声を上げたのはリィエルだった。青髪の青年に付き従う自身と瓜二つの少女達を前に、言葉なく立ち尽くす。

 

「やれ、俺の木偶人形ども! そいつらを始末しろ!」

 

 青年の命令を受けてリィエルの姿をした少女達が大剣を錬成して襲い来る。あまりの光景に忘我していたリィエルは迫る脅威に呆然と立ち竦み──

 

「──リィエルっ!」

 

「────ッ!?」

 

 外野から見守っていたルミアの声に我に返り、即座に大剣を閃かせた。

 

 激突する鋼と鋼。火花を散らし鏡合わせのように鍔迫り合った両者は、しかし流れるような斬撃によって青年側の人形が一瞬で倒れ伏して決着。続く二体目も返す一撃で斬り伏せた。

 

「な、な、な……!?」

 

 数秒と経たず倒れた己の手駒に青年は言葉も出ない。

 

 剣についた血を払い、リィエルは倒れ伏す人形達を見下ろす。難しい理屈は分からないけれど、きっと彼女達も自分と同じもの。いや、様子からして自意識すら与えられなかったのだろう。

 

 こんな外道に利用された哀れな妹達。人の悪意によって生み出された儚い生命の幕が引かれた。

 

「……ごめん。勝手だけど、あなたたちの分まで、わたしが生きるから……」

 

 地に伏す少女達の瞼をそっと閉じて、

 

「……さよなら」

 

 その生命の終わりを確と見届けた。

 

「ば、ば、馬鹿なぁあああ──ッ!?」

 

 青髪の青年が頭を抱えて青ざめる。性能面で言えば全く同じはずの人形が、何故ガラクタを相手に一瞬で倒されてしまうのか。表面的な数値しか見ようとしない青年には理解不能だった。

 

 兄を騙った青年にリィエルは歩み寄る。表情は無表情を通り越して能面のようで、彼女にしては珍しく怒っているようだった。

 

 血塗れの剣を構えつつ歩みを進めるリィエルの肩が背後から掴まれる。短剣を片手に握り締める顔無しだ。

 

「あの屑はオレが狩る。オタクの手を外道の血で汚すまでもねぇ……お嬢さんを頼む」

 

 ぐいっとルミアの方へと背中を押され、リィエルは逆らわず進行方向を変えた。

 

 ルミアの元へと向かうリィエルを見送り、顔無しは無言で青年を睨み据える。此の期に及んで懲りずにモノリスを操作し、残されたもう一体を起動させようとしている青年の背後に立ち、短剣を高々と振り翳した。

 

「テメェもいい加減腹括れ、外道」

 

「ひぃっ!? い、いやだ! やめろ、やめてくれ! 俺はこんなところで死にたくな──」

 

 青年の命乞いが生々しい音に遮られる。心臓に突き立つ刃。誰から見ても即死の致命傷だ。

 

「あ、あ……ぁ……」

 

「感謝しろよ。外道の末路にしちゃあ生易しいもんだ。ほんとはあの爺以上の地獄を見せてやるつもりだったんだがな……」

 

 突き立てた刃を勢いよく引き抜く顔無し。紙巻を咥える口元が痛みを堪えるように歪んでいた。

 

 胸から血を噴き出しながら青年が崩れ落ちる。譫言のように何かを呟きながら、呆気ない最期を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




詠唱をどうするか迷い、fgoの台詞とextraの台詞を合わせました。こんな感じでいかがでしょう?

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