無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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ロビンフッドさん100間近でござる。ところで、フォウ君の上限が解放されたわけですが……やっぱりロビンさんからフォウMAXしますよね?


潜入する無貌の王と戦車

 眠りから完全に覚醒したリィエルを伴って、顔無しは島の中央を目指して駆ける。鬱蒼と茂る樹海も何のその、森に生きる狩人たる顔無しには障害足り得ない。若干リィエルが遅れかけているが、そこは気を配って距離が開けばペースを落とすようにしている。

 

 先導をしながら顔無しはちらと後ろのリィエルの顔色を窺う。まだ毒による負担が抜け切っていないのか少し顔色は悪いが、瞳には確かな活力が宿っていた。

 

 目が覚めてすぐ、リィエルにはグレンの生存を教えた。後々に知って要らぬ動揺を生むくらいなら先に知らせておくべきだろうと判断したのだ。

 

 グレンの生存を知ったリィエルは甚く驚きその生存に心から安堵していたが、決して彼の元へ向かうような真似はしなかった。自分が襲ったという負い目もあるのだろうが、今はルミアの救出が優先事項だと理解していたからだ。

 

 そんなリィエルの反応に改めて彼女が自覚したのだと顔無しは確信し、ルミア救出に同行させることを決意した。

 

 木々の壁をすり抜け、起伏の激しい地形を悠々と踏破していく。アジトの場所には既に目星をつけてある。島に上陸したその日の夜に地形を把握した際、不自然な箇所を見つけていたのだ。恐らくそこにルミアは連れ去られた。

 

 中央部へと進めば進むほどに緑が深く濃くなっていく。僅かに霧すらも出てきていよいよ未開の地染みた雰囲気が漂い始めたところで、ぱったりと樹木の天蓋が尽きた。

 

 二人を出迎えたのは広大な湖。水質は透き通っており良質な水源であることは間違いない。

 

「確かここから南西だったか」

 

 目印にしておいた湖から南西方向に少し進んだ先に不自然な地形がある。ついでに魔術的な工作の跡も残っており、十中八九そこがアジトへの正規の入り口だろう。森の狩人である顔無しだからこそ見破れたのだ。

 

 少しばかり息が上がっているリィエルの休憩も兼ねて岸辺を歩いていく。

 

「先に言っときますがね。オレ達の目的は敵アジトの強襲じゃなくてお嬢さんの奪還だ。いつもみたく考えなしに真っ向から突撃とか、頼むからしてくれるなよ?」

 

「分かってる。敵が居たら無音で倒す」

 

「……マズったな。こりゃ人選ミスったかもしれませんわ」

 

 リィエルという戦力はこれ以上になく大きい。大きいが、大きすぎてちょっと潜入とかに向いていないことを忘れていた。リィエルの得意分野は突撃、破壊、殲滅である。潜入工作とは対極の分野だ。

 

「いいか、脳筋娘。耳の穴かっぽじってよーく聞け。オレ達は今から敵のアジトに潜入するんだよ。潜入では戦闘なんざご法度だ。手当たり次第に敵を無力化する必要もない。ただ粛々とお嬢さんの元まで辿り着き、掻っ攫う。OK?」

 

「分かった、善処する」

 

「善処じゃなくて厳守しろ!」

 

 今更ながら致命的な人選ミスを犯したことに顔無しは頭を抱えて嘆く。思えば無理くり仕事で組まされた時も毎回毎回こんな感じで台無しにされ、いつもてんやわんやの大乱闘になっていた気がする。最終的にはリィエルの大暴走でケリがついていたが、今回ばかりは敵方に人質を取られているのも同然なため無理はできない。

 

「よし、決めた。オタクはオレが指示を出すまで武器を出すな」

 

「…………」

 

「その無言の訴えはやめてくれませんかね」

 

 眠たげな無表情で不服を訴えてくるリィエルを無視し、顔無しは再び樹海に足を踏み込む。湖から十分も走れば目的地たる怪しい場所に辿り着いた。

 

「あそこだな」

 

「あそこ……? わたしには何も見えない」

 

「脳筋のオタクじゃ分からないわな。狙撃魔殿なら気付けそうだが、あちらさんは別ルートで侵入するだろうし」

 

 帝国宮廷魔導師団内でも屈指の能力を誇るアルベルトならばわざわざ魔術的な手段で厳重に隠され、ガチガチに結界などで守られた正規の入り口など使わない。きっと無数にある水路を辿るだのして侵入するはずだ。

 

 しかし顔無しには隠蔽工作も魔術結界も関係ない。その手の魔術は顔無しを阻む障害足り得ない。

 

「じっとしてろよ」

 

 顔無しが深緑の外套を翻しその内側にリィエルを取り込む。完全に密着する必要はなく、被せるだけで十分だ。

 

 困惑顔で小首を傾げるリィエルを他所に呪文を唱える。

 

「《森の精よ・我に祝福を・与え給え》」

 

 固有魔術(オリジナル)【ノーフェイス・メイキング】が発動。外套を身に纏う顔無しと被せられたリィエルの姿が完全に透明化する。今の二人を捉えることは熟練の達人でも困難を極めるだろう。

 

 魔導器である顔の無い王を纏って初めて成立するこの魔術。透明化や強力な気配遮断の他にも認識阻害やら魔術防御などといった効果を発揮するが、その真価は別にある。

 

 透明化や気配遮断よりも数段を上をいく能力──認識透過。魔術や魔法の対象から装着者を外す能力だ。端的に言えば結界などの遮断対象から外れて擦り抜けることができたり、精神干渉系の魔術の対象にならないという力である。

 

【ノーフェイス・メイキング】の前には結界も魔術トラップも用を成さない。ただし攻性呪文(アサルト・スペル)の類は例外である。あれは発動して届くまでの間に物理的な攻撃となってしまっているため、魔術の対象から外れても意味がないのだ。

 

「そんじゃまあ、行きますか」

 

 無言で頷きを返すリィエルと共に顔無しは堂々と正面から敵陣に乗り込んだ。

 

 

 ▼

 

 

 内部の様相は白金魔導研究所と似通ったもので、通路の両側には水路が走り、そこかしこに樹木や植物が無節操に生え茂っている。光の届かぬ地下でありながらも薄暗い程度に抑えられているのは繁茂するヒカリ苔のおかげだ。

 

「やっぱあの狸爺もクロか」

 

 予想通りとはいえ虫酸が走る。何より、バークスが怪しいと理解していながらルミアを守り切れなかった己の失態に苛立ちが募った。

 顔無しとリィエルは道なりに通路を進んでいく。途中、対侵入者用の魔術トラップが幾つか仕掛けられていたが普通にスルーし、幾つもある扉を慎重に一つずつ検める。

 

 薬品や資材の保管庫、書物や資料を収めた資料室など。今は関係ない部屋からはさっさと引き上げ片っ端から扉を確認していった二人は、やがて一つの部屋に辿り着く。

 

 今までの通路や部屋よりも広い空間。何かの保管庫らしいが足元すら怪しい光源のためにもく見えない。辛うじて認識できるのは無数に並んだ謎の液体に満たされた円筒形のガラス容器だけだ。

 

「これは何……?」

 

 僅かに外套から顔を覗かせてリィエルが疑問の声を上げる。暗闇に目が慣れ始めて円筒ガラスの中に浮かぶものの正体を知った顔無しは、目を見開いて絶句していた。

 

「嘘だろ……冗談じゃねぇぞ、こいつは……!」

 

 円筒ガラスに歩み寄りその表面に手を触れた。距離が近くなったことで中身が見えるようになったリィエルもまた、液体内に浮かぶ常軌を逸したソレに言葉を失う。

 

 円筒ガラス容器内に浮かんでいたのは人間の脳髄だった。

 

 室内にずらりと並ぶ容器全てに、同じように人間の脳髄が一つずつ収められている。まるで動物や虫の標本みたいに、ご丁寧にラベル付けまで施されていた。

 

「『感応増幅者』……『生体発電能力者』……『発火能力者』……こいつら全員異能者だったワケか……」

 

 ラベルに記された内容からこの脳髄達の元が何者であり、如何なる理由をもってこのような姿にされたのかを顔無しは把握した。把握したからこそ、抑えようのない怒りが込み上げてくる。

 

 怒気を滲ませながらも冷静さを保とうとしていた顔無しは、しかし部屋の一番奥に置かれた円筒を見て立ち止まる。

 

 その円筒内には他と違って辛うじて人型を保った少女が吊るされていた。だがそれはあくまで人型を保っていただけであって、四肢は切断され生命維持の全てを魔術によって補われている、無理やりに生かされているだけの状態だった。

 

 見上げる顔無しの視線に気づいて円筒の少女が瞼を震わす。微かに開かれた瞳を支配するのは絶望一色。語らずとも分かる、少女が味わってきた地獄の日々が。

 

 少女の目には何も映っていないはずだ。なにせ今の二人は顔の無い王で透明になっている。視線を感じて瞼を開いたのも殆ど偶然の産物過ぎない。

 

 けれど、少女にとっては何でもよかった。狂ったように笑いながら身体を切り刻むバークス(怪物)でないのなら、願いを告げられる。姿なき者でも構わない、だから──

 

 ──コ、ロ、シ、テ。

 

 それは決して空気を震わせて明確な音として発せられたわけではない。少女の口の動きから読唇術で読み取ったのだ。

 

 延々と繰り返される非人道的な実験と解剖。人を人とも思わぬ所業に少女の心は既に死んでいた。肉体どうこうの問題ではない、とうの昔に精神が磨り潰れていたのだ。

 

「クソったれが……!」

 

 只でさえルミアを誘拐されたことで気が立っていたところへこれだ。仕事云々を抜きに無貌の王(ロビンフッド)として、無辜の民を弄ぶ所業を看過できはしない。

 

 顔無しが怒りに拳を握りしめていた、その時だ。奥に続く通路から聞き慣れた少女の悲鳴が聞こえてきた。

 

「……ッ! ルミアっ!?」

 

「あ、待て脳筋娘ッ!?」

 

 血相を変えて外套を飛び出し通路へと駆け込んでいくリィエルの背を、顔無しは舌打ちしながらも追いかける。円筒ガラスの脳髄達とルミアの苦痛入り混じる悲鳴を聞いて最悪の想像をしてしまったのだろう。

 

 猛スピードで先を往くリィエルに追い縋る。正直、無駄なところで激しく動きたくはないのだが、このままリィエルが敵方のど真ん中に突撃掛けてしまっては潜入の意味がなくなってしまう。是が非でも彼女の暴走を止めなければならない。

 

「このっ……止まれっつの!」

 

 足で追いつくのは無理だと判断し、鋼糸(ワイヤー)付きナイフを投げる。ナイフは狙い過たずリィエル足元の床で跳ね上がり、見事リィエルの足首に絡み付いた。

 

「いい加減止まれや、脳筋娘っ!」

 

「──あうっ……!?」

 

 片足を引っ張り上げられてリィエルがずっこけた。まさか背後から足止めされるとは思っていなかったのか、リィエルにしてはお粗末なことに顔面から着地。鼻頭を押さえながら身体を起こしたリィエルの表情は若干涙目である。

 

「い、痛い……顔無し、酷い」

 

「言うこと聞かずに突っ走るオタクが悪いわ」

 

「武器出してなかった。なのにこの仕打ちは理不尽」

 

「それ以前の問題でしょうが! なにオレが悪いみたいに言ってんの!?」

 

 ガリガリと頭を掻き毟る。もう、ほんとこの子やだ、と頭を抱えたくなった。

 

 だが文句を垂れても始まらない。敵陣中枢はもう目と鼻の先。先の悲鳴も加えればルミアもこの先にいるはずだ。うだうだ抜かして時間を無駄に浪費している場合ではない。

 

「ほれ、もっぺん外套を被れ。それとこの先は声を出すなよ。こいつでも敵意や声までは隠蔽できないんでな」

 

 再度の注意を促して魔術を掛け直す。再び透明化したところで顔無しとリィエルは足並み揃えて通路の先へと歩みを進めた。

 

 歩けば歩くほどに聞こえてくるルミアの悲鳴がはっきりしてくる。逸る気持ちから二人の歩みが自然と早まり、最後の扉が徐々に近づいてきた。

 

「ここだな……」

 

 金属製の扉に張り付いて顔無しは僅かに扉を押し開く。開かれた間隙から二人はそっと部屋の中を窺った。

 

 部屋は何かしらの研究室らしく、中央に描かれた大掛かりな五芒星法陣の中心にルミアが天井から鎖で吊るされ、苦悶の声を上げていた。周囲には複数のモノリス型制御装置が備え付けられ、一際大きいモノリスの前には三つの人影。リィエルの兄を名乗る青年とバークス=ブラウモン、そして使用人の服に身を包むエレノア=シャーレットだ。

 

「くぁ……ぁ……ぅあああ……あッ!?」

 

 苦痛入り混じる声を上げるルミアの格好は酷いものだ。衣服は乱暴に引き裂かれ、露わになった肌には何やらルーンの術式を書き込まれており、それが淡く明滅する度に苦痛を強いられているらしい。年頃の娘が受けるにしては惨い仕打ちである。

 

「ルミア……ッ!?」

 

「落ち着け、脳筋娘」

 

「でも、ルミアが……っ」

 

 今にも飛び出してしまいたい衝動を抱いたリィエルであったが、肩を掴む顔無しが発する凄まじい怒気に落ち着きを取り戻す。

 

 顔無しは無言のまま内部の様子を探りつつ内心で舌打ちする。敵戦力は最低でも二人以上と想定していたが、まさかエレノア=シャーレットがいるとは思ってもいなかった。これでは迂闊に踏み込めない。

 

 先代が取り逃がしたほどの実力者に加え自称兄とバークスの三人を相手に正面勝負を仕掛けるのは無謀。ルミアを盾に取られてしまえばその時点でこちらの敗北が決してしまう。ならば優先すべきはルミアの救出であるのだが、儀式場のど真ん中にいるルミアを気付かれずに掻っ攫うなんて真似はいくらなんでもできない。

 

 となれば必然、選択肢は絞られる。

 

 腹を括った顔無しは歯がゆさから拳を握るリィエルに一つの作戦伝えた。

 

「今からお嬢さんを救出する。作戦は──」

 

 顔無しの提案した作戦内容にリィエルは無表情を僅かに崩すも、それ以外に有効な手立てはないと頷きを返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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