無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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アニメのルミアが予想以上に虐められていて驚き、バークスの屑さ加減に拍車が掛かっていたので路線を少し変更。憎き外道を無貌の王の手で葬ることが決定しました。
……や、服は破られてなかったけど結構悲鳴上げてて、ちょっと許せんかったのよ。まあ大筋には影響ないので、お気になさらず。


無貌の王VS執行者『戦車』

 甲高い金属音と凄まじい轟音が響き渡る。無数の火花が散華し、闇に支配された森を照らす。今、森の中では激しい鎬の削り合いが繰り広げられていた。

 

「いいいいやぁああああ──ッ!」

 

 裂帛の気合いと共に身の丈ほどもある大剣を振り回すのはリィエル。四方八方から飛来する矢やらナイフやらを剣圧で吹き飛ばし、直感的に矢の軌道を辿って斬りかかる。

 

 視界の利かない暗闇など歯牙にも掛けない。足場が不安定だろうと地面を踏み砕けばいい。前もって仕掛けられていたらしい罠が行く手を阻むが、それがどうしたと大剣の一振りで全て粉砕する。『戦車』のコードネームに恥じぬ戦いぶりだ。

 

 対して一定の間合いを取るように立ち回る顔無しの胸中は焦燥一色に染められている。

 

 固有魔術(オリジナル)【ノーフェイス・メイキング】で姿を消し、暗闇から矢を射かけナイフを投擲しても当たらない。仕掛けておいたワイヤートラップは悉くが仕掛けごと破壊され、爆弾は大剣を盾にされて効果無し。あれこれと小細工を弄しても真正面から理不尽な力で捩じ伏せられてしまうのだ。顔無しにとっては悪夢に等しい。

 

「くそっ、冗談じゃねえぞ……!?」

 

 元より顔無しにとってリィエルは天敵同然の存在だ。奇策や奇襲、正道とは程遠い卑怯な手口を得手とする顔無しは、反面真っ向からの勝負に滅法弱い。世に謳われる超一流の戦士達には遠く及ばず、甘く見積もって二流がいいところだ。その分の不足を奇策や卑怯な手口で補うのである。

 

 だが生粋の脳筋戦車には顔無しの十八番が通用しない。フェイントやブラフには多少釣られるものの、天性の勘か積み重ねた経験が成せる技か、致命的な過ちは犯さない。小細工も全て力技で撥ね退けてしまう。はっきり言って無茶苦茶だ。

 

 現状、辛うじて戦況が膠着しているのは様々な条件が顔無しに味方しているからだ。時間帯が夜中で月明かりだけが頼りの視界、不慣れな者にとっては足場が不安定な森という地形、そして前日に仕込んでおいた仕掛けの数々。これらの要因が均衡を保っていた。

 

 だがそれも時間の問題。仕掛けた罠は何れ品切れを迎えるし、森という最大のアドバンテージもリィエルの理不尽な暴力によって失われつつある。

 

「──ぅぁあああああ──ッ!」

 

 絶え間なく襲い来る飛び道具を弾き飛ばしながら、余波で地形を均していく。邪魔な樹木はついでとばかりに切り飛ばされ、凸凹とした地形が圧倒的な膂力によって冗談のように捲り上げられる。もはや戦車を通り越して狂戦士の域だ。

 

 遂には地形すらも破壊し始めたリィエルの暴挙に然しもの顔無しも焦りが表層に出始める。広域を覆うタイプの毒霧などが使用可能であったならここまで厳しい戦いを強いられはしなかったのだが、生憎とすぐ側には生徒達が泊まる旅籠がある。周辺被害の問題で使用不可能だ。

 

「だからって、負けてやるつもりは毛頭ねえんだよ……!」

 

 相性最悪の敵だから──それがどうした。今までだって似たような修羅場を幾つも潜り抜けている。この程度の不利、覆せなくて何が無貌の王(ロビンフッド)か。

 

 急激に頭が冴えていく。無貌の王の名にかけて護衛対象に仇なす敵を確実に葬り去る。この手は既に血に染まり切っている故、一切の躊躇いはない。

 

 ここまで間合いを保ち続けた顔無しが一転、闇に紛れてリィエルに突貫する。桁外れの膂力を以って大剣を振り翳す今のリィエルは文字通り嵐そのもの。下手に接近すれば忽ち手痛い一撃を貰う羽目になるだろう。

 

 しかし顔無しに躊躇も怖れもありはしない。冷徹に敵の命を刈り取る森の狩人。その真髄が披露される。

 

 影の如く迫る敵手にリィエルは即応、大気を抉り抜く剛剣が顔無しを襲う。完璧なタイミングで放たれたカウンター。防御すら捨てて突っ込んだ顔無しに防ぐ手立てはない。

 

 あわや無惨な斬殺死体が生まれるかと思われたその瞬間、リィエルの身体ががくりと傾く。踏み込んだ片足が何かによって掬い上げられ、上体が著しく後ろに倒れ込んだ。

 

 驚愕に目を見開くリィエルの足にはまたもや鋼糸。この戦闘が始まってから隙を見て顔無しが地面に偽装して仕掛けた罠だ。

 

 体勢を崩され大剣の軌道がずれる。だがリィエルは傾く上体をそのままに、強引に足を蹴り上げて蹴撃を見舞う。力づくのムーンサルトキックが顔無しの鼻先を掠めた。

 

 空中で身を翻し足に巻き付いた鋼糸を振り解いたリィエルが着地した、そこへ顔無しが果敢に攻め込む。短剣二本による接近戦。あまりにも分が悪い土俵に自ら上る。勿論、勝算なしの無鉄砲ではない。

 

 どこまでいっても顔無しの流儀(スタイル)は邪道一本。先の鋼糸のように搦め手から成り立つ戦法なのだ。その技能がリィエルに牙剥く。

 

 顔無しの背後で音なき強烈な閃光が炸裂する。突撃ざまに後方に残していった閃光玉が発動したのだ。

 

「ぅあっ……!?」

 

 眩い閃光に視界を潰されてリィエルは呻く。だが視覚を奪われた程度で動きは止まらない。持ち前の戦闘勘で肉薄してくる顔無しの気配に合わせて得物を振り被る。

 

「《そこ 爆発するぜ?》」

 

 耳に届いたその言葉が、まさか呪文の詠唱だとはリィエルも思わなかった。

 

 次瞬、何の前触れもなくリィエルの背後で魔力の爆発が巻き起こる。【ノーフェイス・メイキング】と同じ、ロビンフッドだけが使える固有魔術(オリジナル)【繁みの棘】。一定領域内の任意地点に魔力爆発を発生させる奇襲攻撃だ。

 

 詠唱が短く左手を地面に触れさせるだけで発動できる優れもので、敵の意表を突くのにこれ以上になく打ってつけの魔術。天才的な戦闘能力を有するリィエルであっても、視界を潰された状態では対応できない。

 

 爆風に背中を叩かれてリィエルに大きな隙が生まれた。

 

「こいつで終いだァ──ッ!」

 

 一際強く大地を蹴って加速、勢いを上乗せした短剣の切っ先が無防備なリィエルの細首を切り裂かんとして──

 

 ──不意に夜の海で戯れる少女達の情景が脳裏を過ぎった。

 

「──っ」

 

 どうしてこの土壇場でそんな記憶が浮かび上がったのかは分からない。だがその一瞬の空白が、戦いの趨勢を決した。

 

 ずぶり、と生々しい音を立てて肉厚な大剣が顔無しの脇腹を貫いた。

 

「がふっ……ッ!」

 

 脇腹を剣で打ち抜かれながらも顔無しは懐から取り出したナイフを抛つ。リィエルは咄嗟に剣を手放して飛び退るも完全には躱せず、頬に一筋の赤い線が刻まれた。

 

「ぅぐ……ごふっ……」

 

 身体を貫通する大剣が自重で抜け落ち、傷口から止め処なく血が流れ出す。急激に血が抜け落ちていく感覚にふらつき、顔無しは手近な木に背中を預けてずるずると力なく座り込んだ。

 

 間一髪のところで身を捩り即死は避けたものの相応の深手だ。早急な手当てが必要な負傷であり、これ以上の戦闘続行は不可能。顔無しの敗北が決した瞬間であった。

 

 

 ▼

 

 

「よくやったよ、リィエル。さすがは僕の自慢の妹だ」

 

 決着がついたのを見計らって暗闇からローブ姿の青年が歩み出てくる。帝国では珍しいリィエルと同じ青髪で、どことなく目鼻立ちも似ていた。

 

 青年の両腕には金髪の少女ルミアが抱かれている。顔無しとリィエルを止めようと旅籠から出てきたところをこの青年が待ち伏せて気絶させたのだ。

 

「兄さん……」

 

「さあ、行こうか。早くこの娘を連れて一緒に戻ろう、リィエル」

 

 兄の言葉にリィエルが頷き、二人がその場を離れようとする。

 

「……なるほどな、オタクが自称レイフォード嬢の兄貴か」

 

 重傷を負った顔無しが皮肉げに声を上げた。脇腹を手で押さえ激痛に顔を歪めながらも口調に乱れはない。

 

 相手の神経を逆撫でにする響きを含んだ声音に、二人は歩みを止めて振り返る。リィエルの兄らしき青年が微かに不快感を露わにしながら訊く。

 

「何か言いたいことがあるのかな。せめてもの慈悲として、遺言代わりに聞いてあげようか」

 

「遺言ねぇ……なら、冥土の土産代わりに聞かせてもらおうか。オタクら、ほんとに兄妹なワケ?」

 

 前置きも何もなく核心に切り込む。一瞬、リィエルの兄に動揺の色が滲んだ。

 

「当然だろう。僕とリィエルは紛うことなく兄妹だよ。幼い頃から組織に囲われ、救いのない世界で生きてきたんだ」

 

 そこからリィエルの兄は自分達が送ってきた壮絶な過去を語る。

 

 幼い時分に天の智慧研究会に囲われ、兄は魔術の腕を見込まれて魔術師として使われたが、妹には魔術方面の才能がなく、代わりに見出されたのは戦闘能力。組織は兄の命を盾に取る形で妹に『掃除屋』としての仕事を強要した。

 

 兄が魔術研究、妹は殺し屋。互いに互いの命を人質に取られた状況。組織の言いなりになる他、兄妹に生き残る術は残されていなかったのだ。

 

 さも悲劇の主人公にでもなったかのように己が過去を話す青年。同情でも誘いたいのか知れないが、聞いている顔無しの眼差しはただただ冷たい。

 

「そうかい、そうかい。そいつは不幸だったな……とでも同情してやればいいのか?」

 

「別に同情してほしいわけじゃないよ。ただ、そういう事情があるから僕達は止まれない。組織で生き残るためにもね」

 

 それ以外に道はなかった、だから仕方ない。悪事に加担するのも本意ではないからと、冤罪符の如く青年は言う。重い過去を吐露した青年を見る顔無しの目は、やはり冷め切っていた。

 

「三文芝居もここまでいくと笑えてくるな」

 

「どういう意味かな?」

 

「白々しすぎて欠伸が出るっつってんだよ、自称兄。仕方ない? 生き残るため? ……本気でそう思ってるつもり?」

 

「あ、当たり前だろう! 誰が好き好んで組織に貢献すると思う!? あんな外道集団に進んで協力なんて一度も──」

 

「ハッ、どうだかな。オタクからは連中と同じ外道の臭いがプンプンすんだよ。イヤイヤとか言いつつ、実はノリノリで協力しちゃってんじゃねえんですかい?」

 

「──なっ……!?」

 

 冷ややかにせせら嗤う顔無しに青年は言葉を失う。ついでに顔色も失っている。

 

「どうしたぁ? 言葉も出ないってか? ならこっちは遠慮なく言いたいこと言わせてもらうぜ。何せ人生最期の遺言になるかもしれませんし」

 

 人生最期だとか嘯く割に顔無しの口調に翳りはない。むしろ嬉々として畳み掛けていく。

 

「そもそもオタク、レイフォード嬢のことを本気で妹として見てんの? ああ、血の繋がり云々を言ってるんじゃない、意識の問題だ。自覚ないみたいなんで言わせてもらうがな、オタクが脳筋娘を見る目は道具を見るソレだ。大切な妹? 互いに命を握られている? その割にオタク、大切な妹を使い潰す気満々なんじゃねぇの? どのあたりが兄妹なんですかねぇ?」

 

 顔無しは知っている。本当に互いを信頼し、大切に想い合っている姉妹同然の少女達を。血の繋がりこそないが、彼女達は互いを無二の家族と認め合っている。その絆は紛うことなき本物だ。

 

 対して目の前の兄妹はどうだ?

 

 兄の妹を見る目は替えの利く駒を見るようなものであり、妹の方は極度の依存で真実が何一つとして見えていない。いや、心の何処かでは引っ掛かりを覚えているのかもしれないが、現実から目を背けている現状ではどうしようもないだろう。

 

 あまりにも歪な兄妹関係。少し突いてやれば容易く崩れかねない砂上の楼閣。現に顔無しの言葉だけで兄妹の関係はどうしようもなく揺れている。

 

 あと一押し二押しもすれば瓦解するだろう偽りの絆。顔無しは微塵の躊躇いもなく駄目押しを加えようとして、眼前に突きつけられた大剣の切っ先に口を噤む。

 

「それ以上喋るなら……殺す」

 

「……都合が悪くなったら何もかんも捨てる、か。いいぜ、やれるもんならやってみな」

 

 鼻先に凶器を突きつけられながらも顔無しは挑発する。欠片も恐怖など抱いていない、むしろこれでもかとばかりに頬を吊り上げ笑っていた。

 

 静かな睨み合い。顔無しは既に動くことも儘ならない死に体、リィエルはほぼ無傷。誰が見ても圧倒的に追い詰められているのは顔無しだ。

 

 それなのに、どうしてかリィエルは動けない。どうしようもなく手が震えて、尋常ではない量の脂汗が噴き出してくる。ともすれば大剣を手から取り落としてしまいそうだった。

 

「な、に……これ……?」

 

 精神的なものではない、別ベクトルの身体的な異常にリィエルは堪らず膝をつく。眩暈と猛烈な吐き気に襲われそのまま地面に倒れ伏してしまった。

 

「リィエル!? どうしたんだい、リィエ──」

 

 突然倒れたリィエルに駆け寄ろうとする自称兄に、一本のナイフが飛来する。青年は間一髪でそれを避けたものの、怖気付いたのか倒れる妹には近寄らず立ち止まった。

 

「チ、悪運だけは強いみたいだな……」

 

 ナイフを投げ放った手を力なく下ろす顔無し。しかしその手には何時でも投擲できるよう別のナイフが握られている。

 

「さて、どうするよ? 自称兄貴。オタクの大切な妹が毒に侵されて苦しんでるぞ。助けてやらねぇのか?」

 

 毒を盛ったのは脇腹を打ち抜かれたあの時。最後にリィエルの頬を掠めたナイフに毒が塗り込んであり、それがここにきて全身に回ったのだ。

 

「ぅ、あ……苦し、ぃ……」

 

「う……」

 

 苦悶の声を上げる妹を一瞥し、それでも踏み出そうとはしない自称兄。下手に手を出せばあのナイフが飛んでくると分かっているから、兄は妹を助けることができない。

 

 そんな兄の胸中を察してかリィエルが息も絶え絶えに言う。

 

「に、兄さん……わたしは、いいから……逃げ、て……」

 

「……! 分かった。ありがとう、リィエル。助かったよ」

 

 これ幸いとばかりに自称兄は踵を返すと、両腕に気を失ったままのルミアを抱えて森の闇に消えていく。兄妹だ何だと宣っていた癖にいっそ清々しいほどの見限りだ。もはや笑うこともできない。

 

「なにが僕の妹だ……嬉々として逃げやがって、クソったれ……」

 

 呻くリィエルの傍ら、顔無しは忌々しげに悪態をつくのだった。

 

 

 

 




 ロビンのターン! フィールドカード“森”を発動!
 リィエルがカウンターカード発動! “フィールド破壊”!

顔無し「ホームに引きずり込んだらホームを壊された件について」

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