無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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なぜ自分は部活に入ってしまったのかと思い悩む今日この頃、ハンティングクエストうまうまでござる。何がいいって、種火もしっかり貰えるところだよね。これを機にロビンフッドを100まで育て上げてやる……。


人の輪の中

 突き抜けるような蒼穹、焼ける白い砂浜、照りつける太陽。白い飛沫を上げて煌めく雄大な海──

 

 サイネリア島の観光名所であり、帝国内でも有数のリゾートビーチ。そこで水着姿の少年少女達が海水浴に興じていた。

 

 二組の女生徒はかなりレベルが高い。制服姿でも魅力的に映る彼女達が今、惜しげも無く魅惑の肢体を晒して戯れている。砂浜で踊り、波打ち際ではしゃぐ少女達の姿はまさしく妖精そのものであり、グレンと醜い争いを繰り広げた男子共は遅まきながら『楽園(エデン)』の在り処を悟り、グレンへの惜しみない感謝と安寧を祈った。

 

 ちなみに当のグレンは日傘の陰で不貞腐れて寝転がっている。しこたま電撃を浴びせられて身体中が痛いそうだ。

 

 狂喜乱舞する男子達を尻目に女子達はそれぞれで海水浴を楽しんでいる。阿呆は気にするだけ時間の無駄と割り切り、ビーチバレーの用意を始めた。

 

 そんな生徒達の様子を日傘の下でぐったり寝そべりながら眺めるグレン。見目麗しい少女達の水着姿は眼福ものではあるが、だからといって色目を使うようなことはしない。自分は講師で彼らは生徒。そのあたりは弁えている。

 

 だから発育の良い少女達の躍動感溢れる動きにつられて目が動いているのは気のせいだ。ただの錯覚に過ぎない。

 

「いや、見過ぎだからな、グレン先生。むしろ男子より見てるまであるぞ」

 

「誤解を招くような言い方をするな。俺は彼女達の担任講師であり、もしもの事故があってはならないからしっかりと監督してるだけであってだな……つーか、お前ら二人は行かないのか? 折角の自由時間なんだから楽しんでくればいいだろ」

 

 見苦しい言い訳を途中で切り、グレンは木陰に引き篭もる二人の男子を見やる。グレンに突っ込みを入れたロクスレイと我関せずに教科書を黙々と読むギイブルだ。

 

 まるで海水浴に興じるつもりのないギイブルは制服姿のままである。自由時間だか何だか知らないが、意識高い系を地で行く彼にとってこの手のイベント事は総じて時間を割くに値しないのだろう。ある意味では平常運転である。

 

 対してロクスレイは水着にこそ着替えてはいるが、上半身は若葉色のパーカーを羽織っており、泳ぐつもりはなさそうだ。ギイブルの引き篭もる木陰を作る木に凭れ掛かり、眠たげに欠伸を洩らす。

 

「楽しめって言われてもなぁ。オレは基本、外野から眺めている方が性に合ってるんで。可愛い女の子達が気儘にはしゃいでる絵をのんびり見てますわ」

 

「分かる、分かるぞ少年。美少女の水着姿は何よりも優先されるからな」

 

「そこで同意するあたり、ブレないわー。さすがグレン先生。ってか、同じにするなっての。オレまで風評被害を受けたらどうしてくれんの?」

 

「風評被害ってそこまで言うか……」

 

 地味に酷い物言いにグレンは軽く肩を落としつつ、もう一人の引き篭もりに水を向ける。

 

「お前はいいのか? ギイブル。そう何度もある機会じゃねーんだぞ? 楽しんどかないと損だぜ?」

 

「結構です。僕はここに遊びに来たのではないので」

 

「かったいなー、そんなんだとすぐに禿げるぞ? ハーレム先生二号になっちゃうかもだぞ?」

 

「失礼なこと言わないでくれますか。僕の毛根はそんなひ弱ではありませんから、ご心配なく」

 

「お前、ハーゲル先生に謝れよ。あの人、ただでさえ少ない髪をリィエルに消し飛ばされて割と本気で落ち込んでたんだぞ? これ以上ストレス掛けたら本当につるっ禿げになっちまうだろーが!?」

 

「意味の分からない逆ギレは止めてくれませんか!? あと、一向に名前を覚えない先生のほうがよっぽど失礼でしょうがっ!?」

 

 何やらコント染みたやり取りを繰り広げるグレンとギイブル、そして呆れた眼差しで眺めるロクスレイ。そんな三人の下へ海辺の方から朗らかな声が掛かる。システィーナやリィエル含める女生徒がグレンをビーチバレーに誘いにきたのだ。

 

 夜を徹した闘争の疲労が抜けないグレンであったが可愛い教え子達のお誘いを無下にもできず、やれやれとばかりに日傘の下を出る。ついでに口八丁でギイブルを煽り、闘争心を刺激されてギイブルも参戦を表明した。

 

 審判だけだからな、と言いつつ意気揚々と砂浜へと赴くグレンと不服の体ながらも戦意を燃やすギイブル。なんだかんだやる気に満ち溢れている教師と生徒の姿にロクスレイは苦笑を禁じ得ない。

 

「まったく、楽しそうなこった。ウィズダン少年も沸点が低いなぁ。見てる分には面白いですがね」

 

 他人事と言わんばかりの態度を貫いていたロクスレイだが、不意に海辺から飛んできたビーチボールに思わず反応、顔の横で見事に受け止める。サーブを打ったであろう相手を確認して空いている手で頭を抱えた。

 

「ごめ〜ん、ロクスレイ君。そのボール、こっちに持ってきてくれないかな〜?」

 

 大手を振ってロクスレイを呼ぶルミア。木陰で休む気満々だったロクスレイ目掛けてビーチボールを飛ばした犯人である。

 

 小さく溜め息を吐きながらもロクスレイはビーチボール片手に木陰を出る。照りつける日差しに目を眇めつつ、ニコニコと笑顔で待つルミアのもとへボールを届けにいく。

 

「ありがとう。ボールが風に飛ばされちゃってね」

 

「嘘つけ、思っきしオレに向かって振り被ってたでしょうが。分かりやすい嘘つくんじゃありません」

 

「あはは、ばれてた?」

 

 ルミアはちろっと可愛らしく舌を出す。陽気な空気に当てられてかいつもに増してテンションが高い。

 

「ロクスレイ君はビーチバレーに参加しないの?」

 

「ビーチバレーねぇ……」

 

 砂浜の一角に即席のコートを作り始めた生徒達をぼんやりと眺める。ロクスレイに大人数で遊んだ経験はあまりない。生い立ちゆえに幼少期に同年代が殆どいなかったこと、そもそも遊んでいる暇なぞなかったことが原因だ。

 

「偶には人の輪に入ってみるのも悪くないと思うよ。きっと楽しめるはずだから」

 

 どこか戸惑っている様子のロクスレイの手を取り、ルミアはクラスの輪へ駆け出す。手を引かれるがままのロクスレイは、仕方ないとばかりに微苦笑を零し、できるだけ悪目立ちしないようにしようとだけ決心した。

 

 

 ▼

 

 

 クジによってチームを振り分けて始まったビーチバレーは、思った以上に白熱した試合模様と相成った。と言うのも、一部の大人気ない大人が獅子奮迅の活躍を披露し、クジの悪戯によって生まれた最強チームが凄まじい勢いで勝利を重ねたからだ。試合は学生のお遊びレベルを超える大盛り上がり。手に汗握る戦いは、やがて佳境に入る。

 

「──死ねえぇぇぇあぃぃぃい、ロクスレイっ!! 我が恨みの一撃、受けてみろッ!?」

 

「──なんとぉ!?」

 

 ネットよりも遥かに高い位置から叩き込まれる乾坤一擲のスパイク。ここまでのリィエルの超絶殺人スパイクのお株を奪うが如き威力のソレが、的確にロクスレイを狙い撃つ。

 

「ちょっ……!?」

 

 首を傾けて紙一重の回避。ロクスレイの耳を掠めて過ぎ去ったボールが砂浜を穿ち、得点が相手のチームに入った。

 

「避けたか……ちっ」

 

「おいこら、ウィンガー少年。ちょっとキャラ変わってんじゃない? つか、オレに対してだけスパイクの威力おかしいでしょ。オレに恨みでもあるワケ?」

 

「恨みだと……?」

 

 得点を決め自陣の仲間であるリィエルとテレサとハイタッチを交わし合っていたカッシュが、ぐりんとロクスレイを振り返る。審判役たるルミアを一瞥し、血涙を流さん勢いで恋敵(ロクスレイ)を睨みつける。

 

「ああ、あるさ。ちくしょう、ロクスレイよぉ……恋に破れた男の意地を教えてやらぁあああ──ッ!?(号泣)」

 

「えぇ〜? なんのことだかさっぱり分からねえんですけど……」

 

 全く身に覚えのない怨嗟を叩きつけられて戸惑うロクスレイ。外野では一部の男子がうんうんと親身に頷き、それとなく事情を察した者達が憐れむような同情するような眼差しを向ける。ちなみにルミアは複雑な苦笑いを浮かべていた。

 

 カッシュの恨み辛みの篭った視線を浴びて背筋を冷やすロクスレイに、チームの仲間たるグレンが声を掛ける。

 

「おーい、ロクスレイ。お前、さっきからスパイク見送りすぎだろ。拾わないと試合にならねーぞ?」

 

「グレン先生、それはレイフォード嬢のスパイクを真っ向から受け止めろって言ってるのと変わらないんですぜ……」

 

「なんかすまん」

 

 先ほどからバカスカ打ち込まれるリィエルの殺人スパイクの威力は恐ろしい。嫉妬に狂うカッシュのスパイクはリィエルのそれに劣らないだろう。ただし、あくまでロクスレイにのみ発揮される特攻だ。

 

 だがそれで納得できない者もいる。

 

「冗談じゃない! このまま負けっぱなしでたまるか! 二人とも、もっと集中してくださいッ!」

 

 相手が現在進行形で対抗心を燃やすリィエルであることも相俟って、闘争心剥き出しのギイブル。普段のスカした態度はどこの空、本気で勝ちを狙いに行こうとする少年の姿がそこにあった。

 

 軽くお通夜状態だったグレンとロクスレイは互いに顔を見合わせ、ふっと笑みを零す。

 

「しゃーねーなぁ。じゃあ、レシーブは任せるぞ、ギイブル。次は決めてやるからよ」

 

「ほいほい、了解しましたよ。ま、やられっぱなしは趣味じゃありませんし? ここいらで一丁、良いとこ見せときますか」

 

 ギイブルのやる気に当てられたのか気合いを一新。改めて相手チームと対峙する。

 

 グレンがサーブを打ち込み、テレサがお得意の白魔【サイ・テレキネシス】で拾い上げ、カッシュが絶妙なトスを上げる。ふわりと舞い上がったボールにリィエルが飛びつき、ハエ叩きが如く腕を振り下ろす。

 

 次瞬、ビーチボールから発せられてはならない音と共に流星一条がグレンチームのコートを突き穿たんとして──

 

「《見えざる手よ》──ッ!?」

 

 スパイクコースを見切ったギイブルの呪文がボールを絡め取り、上空へと跳ね上がる。リィエルのスパイクが初めて防がれてカッシュ達が動揺し、観客が驚きの声を上げる中、

 

「ほいきたっ! 決めてくれや、先生!」

 

 ボールの落下点に入ったロクスレイが鮮やかなトスを上げる。そこへ待ってましたとばかりにグレンが跳躍。

 

「どおりゃああああ──ッ!!」

 

 渾身の力を込めたスパイクが砂煙を巻き上げ、強烈にコートを叩いた。周囲で観戦していた生徒達が沸き上がる。

 

「いよっしゃあ! 見たか、これが俺の本気だ!」

 

「そこで威張ったら負けだと思うのはオレだけですかねぇ……」

 

 ともあれやっとまともな得点である。ギイブルもリィエルを一泡吹かせられて何やら吹っ切った様子であるし、ここから逆転の目もまだまだあるだろう。

 

 周囲から湧き上がる歓声を浴びながらロクスレイは少し困ったように頭を掻く。予定では適当なところで負けるつもりだったのだが、組んだ仲間が仲間なだけに途中敗退できずここまで勝ち残ってしまった。

 

 ロクスレイ自身、グレンのように大人気ない活躍や先のギイブルのファインプレーといった目立つ動きはない。だがそれでも、キャラの濃い二人に引き摺られる形でスポットライトの当たる位置に出てしまっている感は否めない。

 

 儘ならないな、と内心で溜め息を洩らしていると審判役のルミアと目が合う。誘った癖に運動は苦手だからと審判役に回った彼女は、人の輪に交じるロクスレイに優しげに目を細める。誰にも気付かれぬよう口パクで『が ん ば れ』とまで言う始末だ。

 

「ったく、何を期待してるのやら……」

 

 今ひとつルミアの考えは読めなかったが、ロクスレイは口元を微かに吊り上げる。

 

「……偶にはこういうのも、悪くないか」

 

 ぼそりと呟いて、早くしろと急かすグレンとギイブルに応えるロクスレイだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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