無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

17 / 44
何とかギリギリで書き上げました。忙しい、先週も今週も書く時間が全然取れない。もしかしたら明日は更新できないかもしれません。一応頑張りますけど、焦ってクオリティが下がるのも嫌ですし……


小さな花の行く末

 自己紹介に加えて実践授業でも盛大にやらかしたリィエルは、ロクスレイの予想通りクラスに馴染めずにいた。

 

 ルミアの護衛としてクラスに自然と溶け込まなくてはならないのに、悪目立ちを通り越して台風の目と化してしまった。護衛の本来あるべき理想形の真逆を突っ走るその様に、別口とは言え護衛対象を同じとするロクスレイはもはや言葉も出ない。

 

 昼休みとなり、遠巻きに生徒達がどうすればいいのかと手をこまねいている中、当事者たるリィエルはただぼぉーっとしているだけ。自ら護衛対象に接触を図るわけでもない。ほんと、どうして彼女が護衛役に選ばれたのか謎である。

 

 現魔術講師であり元同僚のグレンはその悲惨な有様に頭を抱え、何だかんだ顔無しとして組んだ経験のあるロクスレイはもう呆れ返っている。まあ、こうなるだろうな、と二人とも予想していた。

 

 元より極端に感情表現が薄く、心情の機微が読みにくいリィエルは人付き合いの第一段階で躓いている。加えてあの歳で帝国宮廷魔導師団所属の魔導師として血腥い裏の世界で戦い続けてきたのだ。人格的な面で何処かしら欠如していてもおかしくはないし、触れたことのない表の世界に大なり小なり戸惑いもあるのだろう。

 

 だからこの状況も当然と言えば当然なのだが、元戦友でありリィエルの抱える複雑な事情を知っているグレンは放っておけず、フォローに入ろうとした。だがそれよりも先に護衛対象であるはずのルミアが接触、システィーナと共にリィエルを食堂へと連れ出してくれた。

 

 護衛対象にフォローされるという護衛役にあるまじき失態。それでいいのか護衛役、と声高に突っ込みたい衝動をぐっと堪え、ロクスレイも食堂へ向かう。因みにグレンも心配なのか三人の後をつけている。

 

 食堂では勝手を知らないリィエルをルミアとシスティーナが手助けしつつ注文を済ませ、出来上がった料理を受け取ると適当なテーブルの一角を陣取り、楽しげに会話に花を咲かせながら昼食を始めた。

 

 ルミアは見た目に寄らずよく食べ、対して午後の授業が眠くなると言いつつ体型を気にしているシスティーナはスコーン二つ、そしてリィエルは他の女生徒が食べていたのを見て苺タルトだ。因みにタルトが余程気に入ったのか、リィエルは既に六回もお代わりをしている。

 

「なんつうか、心配するだけ杞憂だったか……」

 

 最初こそとんでもないやらかしぶりであったが、こうしてルミア達と接している様子を見る限り、差し当たって問題はなさそうだ。リィエルに護衛役としての自覚が欠如しているのは大いに問題ではあるが、それも徐々に改善していくだろう。戸惑いながらもルミアとシスティーナの二人と昼食を共にする姿を見て、ロクスレイはそう結論付けた。

 

「でもまぁ、さすがはティンジェル嬢といったところですかね。グレン命の脳筋戦車をこの短時間で絆すとは、脱帽もんだ」

 

 未だぎこちなさの抜けないシスティーナと比べれば、ルミアの態度は自然体同然。前もってリィエル=レイフォードという人物を多少知っていたのもあるだろうが、それでも怖れず声を掛けられる胆力は見上げたものだ。

 

 ただし、それはあくまでルミアだからできることであって、一介の魔術学院生にそれを求めるのは酷だ。人は未知を怖れるもの。常識を軽々と超えてみせたリィエルの所業に他の生徒達は尻込みしたままである。

 

 それでも、声を掛けようかどうかと迷っている者達もいる。例えば、同じクラスの大柄なカッシュと小柄な女顔のセシル。料理を載せたプレートを持ってお互いに顔を見合わせ、仲睦まじく昼食を食べる三人娘をちらちらと窺っていた。だが最後の一歩が踏み出せないのか、躊躇っているように見える。

 

「…………」

 

 ロクスレイはルミア達をさりげなく見やる。

 

 今し方食堂に訪れたのか、ウェンディとリンがルミアと話している。恐らく昼食を一緒にどうかとルミアが誘ったのだろうが、リィエルの存在に腰が引けているのだろう。

 

「……ま、偶にはクラスの男子と親睦を深めとくのも悪かないか」

 

 ふっと微苦笑を零し、ロクスレイは未だ迷いに立ち往生しているカッシュとセシルへと歩み寄ったのだった。

 

 

 ▼

 

 

 ルミアの誘いを受けてウェンディとリンが気まずそうに尻込み、場の空気が微妙なものになりかけた昼食の席は、場違いなほどに明るいカッシュ達の介入によって和やかなものへと相成った。

 

 実践授業で見せつけられた破壊の凄まじさに恐怖を抱いていたウェンディとリンも、カッシュとセシルに話しかけられて応じるリィエルの姿に、毒気を抜かれて席を共にする。

 

 些細なことからシスティーナとウェンディが議論に熱を出し始め、リンがおどおどとしながらも仲裁をしようとしたり、さらっとカッシュがルミアをデートに誘って玉砕して、それを友人たるセシルが肩を叩いて慰める。いつもと変わらぬ二組の風景を、リィエルは苺のタルトを両手に黙々とパクつきながら眺めていた。

 

 その小動物染みた愛らしさを滲ませるリィエルの仕草に、少しでも怖れを抱いていた面々は心和み、遠慮やぎこちなさが抜けていった。

 

「……ありがとう、カッシュ君」

 

「いや、気にすんな。ちょっと変わったやつだけど、新しい仲間が爪弾きにされるのも後味悪いしな。それに、俺もなんだかんだ背中を押された口だし」

 

「背中を押された?」

 

 目を瞬かせるルミア。ここにいる面子を除いて二組の生徒は殆どがリィエルとの距離を測りかねている。そんな中で、躊躇っていたカッシュ達の背中を押すだろう人物で浮かぶのはグレンぐらいだ。

 

 しかしカッシュの口から出たのはルミアの予想を裏切る少年の名だった。

 

「ロクスレイだよ。どうしようか迷ってたらいきなり話しかけてきてさ。『ここぞって時に一歩踏み出せるか否かで、男の価値は決まるんだぜ?』って言われたんだよ」

 

「そうなんだ、ロクスレイ君が……」

 

 実を言うと、ロクスレイは他にもカッシュとセシルに色々とアドバイスを残していた。リィエルへの話題の選び方や女性との会話術、上手くいけば可愛い女性陣とお近づきになれる機会だとかなんとか。無論、カッシュもそこまで馬鹿正直に話すつもりはない。

 

 ただカッシュ達がこの場に介入したのにはロクスレイの助力があった、それだけは偽りようのない事実である。

 

「あれ、でもロクスレイ君はいないよね?」

 

「なんか野暮用があるとか言ってどっか行ったぞ」

 

「そっか……ロクスレイ君らしいや」

 

 ふふっと、可憐な花の如く控えめに綻ぶルミアの笑顔を前に、思わず赤面しかけるカッシュ。しかし即座にその笑顔を向けられているのが自分でないと悟り、再びがっくりと肩を落とし、心の内でロクスレイを一発殴ると誓った。

 

 同時刻、身に覚えのない悪寒にロクスレイは背筋を震わせるのだった。

 

 

 ▼

 

 

 それからというもの、リィエルは当初の予想を裏切ってクラスに馴染み始めた。それは偏にルミアやシスティーナといった面々がリィエルに根気よく話しかけ、リィエルも自分達と変わらない女の子だと伝えていったからだ。

 

 とはいえ、それで全員が全員受け入れられるわけではない。ギイブルは自信を持っていた錬金術の分野で上を行かれて態度が刺々しく、未だ初日の破壊の衝撃が忘れられない生徒だっている。世の中、何でも上手くいくものではない。

 

 それにリィエル自身、やはり問題を起こす。特にグレン絡みとなるとやらかし具合が一線を飛び越える。この前など、例によっていつもの如く憤慨したハーレイがグレンに決闘を挑んだ際、「グレンの敵。なら……倒す」などと言って学院内で大剣をぶん回し、校舎が著しく損壊するという事件が巻き起こった。

 

 責任の所在や弁償などはグレンが引き受けたものの、そろそろ減給がマイナスに突入しかねない。普段からの自業自得な部分もあるとはいえ、さすがに気の毒である。

 

 時折ロクスレイもさり気なくフォローを入れている。先の食堂での一件然り、拙い展開を避けるべく何度か誘導した。だがそれだけで全てをカバーできるはずもなく、未だ問題は山積みのままだ。

 

 それでも、そんな慌ただしい日々がリィエルに与える影響は決して悪いものではない。血に塗れた裏の世界と慕うグレンのことぐらいしか知らなかった少女は、優しく温かい陽だまりの世界に触れて徐々に変わりつつある。それは時折見せるグレンですら知らない表情が証明していた。

 

 そして一部を除き、リィエルという異分子が日常の存在と受け入れられ始めた頃、クラスは『遠征学修』の時期を迎える。

 

『遠征学修』はアルザーノ帝国が運営する各地の魔導研究所に出向き、見学と最新の魔術研究に関する講義を受けることを目的とした必修講座──とされているが、その実情は講義と研究所見学以外に自由時間が多く取られており、旅行という性質が見え隠れしている。

 

『遠征学修』の行き先はクラスごとに違う。グレンの受け持つ二組が行く研究所は白金魔導研究所。白魔術と錬金術を利用して生命神秘に関する研究を取り組んでいる研究所で、その性質上、大量の綺麗で上質な水が欠かせない。端的に言えば、白金魔導研究所はサイネリア島というリゾートビーチとして有名な島に設立されているのだ。

 

 女子の水着姿が拝める千載一遇のチャンス。あれこれと不平を洩らしていた男子は一転して歓喜の渦に呑まれ、無駄に格好つけるグレンに一生ついていくだのと馬鹿騒ぎ。女子達は阿呆を見るような目つきであった。

 

 ともあれ魔術競技祭に並ぶ泊まりがけのイベント。男子に限らず女子も案外楽しみにしていたりする。普段、真面目一辺倒で堅苦しいシスティーナですら心中では期待している部分もあるのだ。グレンや男子のように浮かれて舞い上がるような醜態は晒さないが。

 

 俄かに浮き足立つ教室内をリィエルは無表情に眺める。今一つ状況を飲み込めていないようだ。ルミアとシスティーナが懇切丁寧に説明するも、的を射ない反応に苦笑いが零れる。

 

 そんな三人娘の日常となりつつある光景をロクスレイは遠い世界の出来事のように眺めていた。眼差しには慈しみや憧憬の色が滲んでいる。

 

 自分と同じく血腥い世界を生きてきた少女が陽だまりの世界に受け入れられることに、妙な感慨めいたものを抱く。元より表の世界の方が性に合っていたグレンの時とはまた違う。

 

 リィエルの本心は知れないが、今この瞬間に何かしら感じるものはあるはずだ。このまま学生生活を送っていれば、いずれはまともな少女らしい道を歩めるかもしれない。

 

 それはきっといいことなのだろう。リィエルの抱える事情を知るグレンもそうなることを望んでいる。

 

 そしてロクスレイもまた、陽だまりの中に小さな花が咲くことを密かに望んでいた。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。