無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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ロクスレイ君、大活躍回第二弾。生徒相手に大人気ない? これでも加減してますよ?
ところで、昨日ガチャ回したらロビンフッドさんが二連続で出てきた件について。……いや、貴方もピックアップされてるのは知ってるよ? でもうちのロビンフッドさんは既に宝具MAXなわけでして……。嬉しいけど、複雑な今日この頃です。


ハイディングからハンティング

『フォレスタ』が始まる。

 

 制御コマンドによって木々が林立する林へと姿を変えたフィールドに各クラスから一人ずつ選手が入場する。公平を期すためにフィールド内に観客と実況の声は届かない。

 

 完全に隔離された人口の林に鳥の囀りらしきものが響き渡る。ロクスレイは天然とは違う林の空気に顔を顰めた。

 

「所詮は人工物か。手触りこそ本物同然だが、こいつらには生命が通ってねえ。正直、薄気味悪いな」

 

 森の奥地に位置する一族の里で育てられたロクスレイは本物の自然を知り尽くしている。だからこそ、限りなく真に迫るものの根本的に天然とは違うフィールドに戸惑いが先立つ。なまじ鳥の囀りから揺れる梢の音、吹き抜けるそよ風まで再現されているのも性質(タチ)が悪い。

 

「でもまぁ、やることに変わりはないか。あれこれと期待を背負うのはオレの柄じゃねえですが、偶には悪くない」

 

 競技開始のホイッスルがけたたましく鳴り響く。離れた複数箇所で生徒の動く気配を把握しつつ、ロクスレイも茂みの中へと身を投げ込んだ。

 

 

 ▼

 

 

『こ、これはいったいどういうことでしょうか? 例年では生徒達が魔術を撃ち合い始めている頃合いですが、何故か誰一人として姿を現しません!』

 

 実況者がまるで動きの見られないフィールドに困惑の声を上げる。観戦する観客達も競技開始から誰一人として脱落しない、それどころか魔術すら飛び交わない状況に不満を募らせ始めていた。

 

 競技が始まってから既に十分が経過しようとしている。しかし選手達は拙いながらも己に認識阻害の魔術を施し、茂みから茂みへと移動してばかり。何度か魔術の射程範囲内にお互いが入る状況があったものの、彼らは構わず全てをスルーした。他の選手を倒さなければ終わらないというのにだ。

 

 まるで何かしらの約定のもと、互いへの攻撃を禁止しているかのようで……。

 

「まさか、手を組んでいるのか?」

 

 外野からフィールドを俯瞰していたからこそグレンは気付き、思わず歯軋りしたくなった。

 

 選手達の妙な動きは全て、事前に打ち合わせたがためのもの。前もって取り決めた条件が達成されるまでは互いに争うことはしない。恐らくそのような約束事でも交わしたのだろう。

 

 そしてその条件とはまず間違いなく、二組の選手であるロクスレイを最初に落とすこと。二組の優勝を阻みたい他クラスの連中が揃って結託したのだろう。それがこの膠着状態を生んでいる。

 

「そんな、いくらなんでもそこまでする?」

 

「大方、成績下位者に負けた腹いせだろう。他のクラスの選手達は全員、成績優秀者だ。それなのに二組に負けて、我慢ならなかったんだろうな」

 

「ひどい……」

 

 悲しげに唇を噛むシスティーナ。今は亡きお祖父様が話してくれた魔術競技祭はもっと楽しいものだったはずなのに、それがどうして今はこんなことになっているのか。

 

 本格的に二組の優勝が遠ざかったとシスティーナが悔しげに俯き、何も手出しできない歯痒さにグレンが拳を握り締める。そんな二人の傍ら、片時たりともフィールドから目を離さずに状況を見守っていた青髪の少女が、静かな呟きを零す。

 

「大丈夫、彼はきっと勝つ……」

 

「でも、このままじゃロクスレイが見つかるのも時間の問題よ。いくらアイツが凄くても、九対一で勝てるわけないわ……」

 

 練習の時はクライスを手玉に取って見せたロクスレイも、自分以外の全員から集中砲火を浴びれば一溜まりもない。仮に奮戦しても二組の優勝は絶望的と見ていいだろう。

 

 だがそれでも、リィエルに扮したルミアはロクスレイの勝利を微塵も疑っていない。だって、信じると決めたから──

 

 その時、フィールドの一角で茂みが揺れ動いた。二組以外の選手の注意が一斉にそちらへ集中する。

 

 ガサリと物音を立てて茂みから姿を晒したのはやはりロクスレイだった。己を取り巻く状況を理解しているのかしていないのか、身構えもせず出てきたロクスレイは誰から見ても隙だらけ。格好の的である。

 

 選手達の動きがシンクロする。示し合わせたかのように左手を憐れな的に向け、それぞれが得意とする魔術を行使した。

 

 流転する九つの魔法陣。放たれるは眩い雷光、吹き荒ぶ暴風、凍てつく冷気の衝撃。それらがロクスレイという一点目掛けて殺到し、衝突と相乗を引き起こして大爆発。競技場が微かに震動するほどの爆裂が巻き起こった。

 

『ああっとぉ!? 二組のロクスレイ選手に集中砲火だあぁあ!!』

 

 人口の林を蹂躙する魔術の一斉斉射。学生が手習う殺傷性が限りなく低い魔術と言えど、四方八方から同時に受ければ無事には済むまい。治療室送りは必至だろうと、競技場中の誰もがそう思った、その時。

 

「《痺れな》」

 

 どさっ、と重たい何かが茂みに落ちる音が響いた。見れば一組の選手であるクライスが痙攣しながら倒れている。すぐ側には左手をピストルのように構えたロクスレイの姿があった。

 

『な、な、何が起きたんだあぁあああ!? あれほどの魔術の集中攻撃を受けたはずなのに、何故、ロクスレイ選手は無事なのでしょうかあ!?』

 

 実況の興奮混じりの叫びが木霊する。競技場中の誰もが無傷のロクスレイに驚いていたが、グレンだけはいち早く絡繰に気付いた。

 

「【セルフ・イリュージョン】の幻影か。それも自分に重ねるのではなく空間への投影。発想も悪くないが、実行するに足る技量があったのに驚いたな」

 

 黒魔【セルフ・イリュージョン】。光を屈折させてあたかも自身を変身したかのように見せかける魔術だ。『変身』の競技でリン=ティティスが用いたものでもある。

 

 つまり、先ほど選手達の集中砲火を浴びたロクスレイは魔術で生み出された幻。本物は何処かに潜んでおり、魔術起動時の魔法陣の位置から他の選手達の居場所を割り出し、気を緩めた隙を狙い倒したのだろう。

 

 子供騙しの手口に過ぎないが、使い所によっては戦の玄人ですらも惑わす技だ。学生の域を出ない生徒達にはこれ以上になく効果覿面だろう。

 

 嵌めたと思った相手に逆に嵌められて選手達は狼狽する。動揺の気配を洩らして硬直する選手達は、ロクスレイにとって格好の獲物でしかなく、いつの間にか立場は完全に逆転していた。

 

 

 ▼

 

 

 違和感に気付いたのは競技が始まってすぐ、確信を抱いたのは他の選手達が互いに目配せをしている光景を見た時。ロクスレイは自分以外の連中が手を組んでいると早々に悟った。

 

 別に卑怯だとか言うつもりはない。元よりロクスレイ自身、奇策上等、卑怯千万を地でいく破落戸だ。むしろ無駄に高いプライドをかなぐり捨ててまで結託したその意気は素直に賞賛する。

 

 だからと言って、勝ちをくれてやるつもりは毛頭ない。

 

 自前の気配遮断技能と身体能力を駆使してフィールドを駆け抜ける。基本的に地理を知らない場所では最初に地形把握から始めるのがロクスレイの流儀だ。余裕がなければ省くこともあるが、今回に関しては見つからない限り状況も動かないだろうと読んでいた。

 

 案の定、フィールドの地形把握をし終えてなお選手達はロクスレイの姿を探して右往左往していた。正直、痺れを切らして仲間割れでもしないかと冷や冷やしていたのだが、その心配はなかったらしい。よほどロクスレイを倒すことで頭が一杯のようだ。

 

 適当な茂みの中に身を潜め、機会を窺う。そして気取られることなく魔術を行使した。

 

 空間への幻影の投射。仕事の際にも時折使う手口で、学生相手ならこれで十分喰いついてくれるだろう。

 

 幻影の動きに合わせて茂みを揺らせば、予想に違わず選手達は魔術を放ってくれる。爆心地から少し離れた茂みに隠れていたロクスレイは、魔法陣の場所から選手達の居場所を割り出す。誰が何処にいるかを即座に把握し、一番に落とすと決めていたクライスの元へ駆けた。

 

 未だ塵煙に包まれた森の一角を見つめるクライスの背後に音もなく降り立つ。ロクスレイを倒したことで二組の優勝を確実に潰せたと思い込んでいるらしく、横顔には微かな優越感が滲んでいる。

 

 そんなクライスの背中に忍び寄り、ピストルに見立てた左手の指先を向け──

 

「《痺れな》」

 

 短く切り詰め改変された詠唱により発動したのは黒魔【ショック・ボルト】。しかし通常のものと比べてロクスレイの使用したそれはかなり異質だ。

 

 射程は極短で音も小さく、発動の際のフラッシュが限界まで抑えられている。されど威力は確実に相手の自由を奪い、命までは奪わないように設定されていた。

 

 潜入任務の類の際に見張りや敵を迅速かつ静かに無力化するためだけにロクスレイが【ショック・ボルト】を改変して編み出した魔術。本人は黒魔改【スタン・ボルト】と名付けている。

 

 悲鳴を上げる余裕すらなく、茂みに倒れ伏すクライス。痙攣する彼の瞳はただただ驚愕に見開かれていた。

 

「ほい、まず一人」

 

 口の中だけで呟き、ロクスレイは次の獲物を定める。別に一組さえ最初に倒せばよかったのだが、折角相手が結託までして挑んできてくれたのだ。相応のお返しはせねばなるまい。

 

 倒したクライスを一顧だにせずその場を離れ、理解が追いつかず硬直していた選手の背後を取る。現時点で三位のクラスの選手だ。

 

 隙だらけの背中に魔術を打ち込んで倒し、次の獲物の元へ駆ける。三位とくれば次は四位、その次は五位と……。順位が上のクラスの選手から順に無力化していく。その行為に意味はない。

 

『フォレスタ』の得点配分は打ち倒した選手の数と最後まで残ったクラスにだけ与えられるボーナスのみ。だから何番目に脱落しようと関係なく、一組に得点さえさせなければ万事よかったのだ。だからこれは単なる意趣返しでしかない。

 

 次から次へと選手が打ち倒されていき、数分が経過した頃にはフィールドに立つのはロクスレイだけとなった。途中、冷静さを取り戻して逃げようとしたり打って出た者達もいたのだが、前もって地形を完全把握していたロクスレイに逃走も反撃も叶わず、全員揃って地に沈んでいる。

 

「オレを倒すために手を組んだのは悪くなかったんですがね、挑む土俵を間違えたな。どうせ結託するのならローラー作戦ぐらいやってくれないとお話になりませんわ」

 

 まあ、その時はその時であれこれと罠でも張って嵌め殺していただろうし、そこまであからさまなことをすれば審判側から待ったが入りかねないだろうが。

 

 勝負が決着したことでフィールドを覆っていた結界が解除され、割れんばかりの大歓声が降り注ぐ。

 

『決まったあぁあああ! ロクスレイ選手、一人残らず他選手を打ち倒して一人勝ちだああああ!! それも、これは狙ったものなのか? 一位の一組から順番に倒されているではないかあぁあああ!?』

 

 興奮留まるところを知らぬとばかりに実況者が叫ぶ。観客も鮮やかな決着に熱狂している。二組の席を見れば揃いも揃って歓喜に沸いていた。

 

「こんだけやれりゃあ、十分功労賞もんでしょ。さてと、クラスの連中に囲まれる前にとんずらしますか」

 

 鼓膜が破れそうなほどの大歓声を一身に浴びながら、ロクスレイはフィールドから退場した。

 

 

 ▼

 

 

『フォレスタ』は完全なロクスレイの一人勝ちと相成り、一組と二組の間にあった差は一気に縮められた。

 

 この結果に勢いを増した二組は『決闘戦』でも快勝を続け、一組との決勝では大将戦まで縺れ込むもののシスティーナの奮闘によって勝利を掴んだ。

 

『決闘戦』の勝利をもって、優勝クラスは当初の予想を大幅に裏切って二組が手にした。勝つためだけに成績優秀者を使い回したクラスではない、競技祭をお祭りらしく楽しんだクラスが勝者となったことは今後の魔術競技祭に小さくない風を吹き込むだろう。二組の生徒達にそんな自覚は全くないだろうが。

 

 何も知らない生徒達はただただ優勝という結果を純粋に喜んでいる。彼らにとっての魔術競技祭はここで一先ずの終わりを迎えたのだ。後は閉会式と女王陛下より勲章の下賜だけ──

 

 ──全ての命運を決する時が、間もなく訪れる。

 

 

 

 


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