無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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アニメのグレンの煽りは笑った。あそこまでされたら誰だってかるく殺意湧くわ(笑)
それよりロビンさん、如何にして勝利させたものか……


目指すは優勝、微笑む勝利の女神

「……で? 俺達を襲った理由は?」

 

「グレンとの決闘の続きをするため。そしてわたしが勝ってグレンに言うことを聞いてもらうためよ」

 

「それはっ、今っ、やるべきことじゃっ、ないだろお馬鹿ッ!?」

 

「あうっ、痛い痛い、グレン。痛い」

 

 肩を怒らせるグレンにこめかみをグリグリされ、無表情に微かな涙を滲ませるリィエル。世間一般的に見れば大の男が婦女子を虐めている光景にしか見えないが、この場にいる全員がグレンを擁護するだろう。大体、リィエルが悪いと。

 

 リィエル=レイフォード。帝国宮廷魔導師団特務分室、執行者ナンバー7『戦車』の肩書きを持つ少女であり、グレンの元同僚。

 

 年の頃は十代半ばと若く、青い髪や瑠璃色の瞳に精巧に整った細面など、素材自体は世辞抜きに良い。だが本人がまるでお洒落に頓着しないため髪は伸び放題、愛想の欠片もない無表情がデフォルトなためどこかアンティーク・ドール染みた無機質さを感じさせる少女だ。

 

 同じくアルベルト=フレイザーも執行者ナンバー17『星』の名を冠するグレンの元同僚であり、魔術狙撃において並び立つ者なしの名手。グレンとはよくコンビを組んで任務に当たっていた間柄である。

 

 今後の具体的な方針について議論を始めた矢先に現れたリィエルとアルベルトは、幸いなことに王室親衛隊のように敵側に回っているわけではなかった。彼らもまた、ここ最近不穏な動きを見せる王室親衛隊の動向を監視していたらしい。

 

 案の定、王室親衛隊が暴走を始めたため、事態の渦中にいるグレン達に接触してきたのだ。約一名、私情に走ってグレンと顔無しの肝を著しく冷やしてくれたが。

 

 因みに、既に顔無しは折檻としてど突いた後だ。それですべて水に流すつもりはないが、今は納得する他ない。

 

 尻叩き? するわけないだろう。仮にも紳士たる二人──ロクでなしと悪党──が淑女のお尻を叩くなんてあり得ない。ないったら、ない。それはどこか別の世界のお話だろう。

 

 一頻りリィエルへのお仕置きを済ませてグレンはもう一人の元同僚と言葉を交わす。アルベルトは生来の気質もあるのだろうが、何一つ告げずに姿を眩ませたグレンに対して態度が冷ややかである。グレンも気まずさを覚えているのか少し挙動不審だ。

 

 だが事態が事態であるため、きちんと説明することを条件に取り敢えずは和解、お互いの情報交換を始める。

 

「なるほど、此方が掴んでいる情報はお前達も承知済みか。そこの不審者が情報源だな。ここ最近、めっきり影も見せなくなったと専らの噂だったが、王女の護衛をしていたとはな」

 

「不審者だなんて人聞きの悪い。ま、怪しいのは自覚があるんで構いませんがね」

 

 鋭い眼差しを向けられて顔無しは戯けたように肩を竦める。

 

 アルベルトと顔無しの間柄はあまり良いとは言えない。むしろ互いに警戒し合い、牽制することも間々ある。アルベルトは得体の知れない顔無しを信用しておらず、そんなアルベルトに顔無しもある程度距離を取っているのだ。

 

「まあいい。お前達の推測が正しいのであれば、事態は想像以上に深刻だ。一つ間違えれば国が崩れかねない」

 

「わぁってるよ。だから今、どうやって陛下の元まで行くかを話し合おうとしてたんだっての。それなのにこのお馬鹿が突撃かましてくれたおかげでめっちゃくちゃだ」

 

「グレン、褒めても何も出ない」

 

「怒ってんだよ! この脳筋お馬鹿!?」

 

「痛い、グレン」

 

 リィエルの変わらない態度に頭を抱えて喚くグレン。アルベルトのように素気無い態度を取れとは言わないが、天然かますのは状況を考えて控えてくれと声高に叫びたかった。

 

 そんな顔無しとはまた少しベクトルの違う気安いやり取りを交わすグレンを、ルミアはぽかんと見守っていたが、不意に小さく噴出すると微笑みを零した。

 

「仲が良いんですね、先生。何だか楽しそう」

 

「いや、楽しいってな……まあ、馬鹿騒ぎはここまでにして、そろそろ真面目にどうするか考えねーとマズイ」

 

 脳筋お馬鹿を解放してグレンは真剣な表情で思案する。

 

 王室親衛隊が守りを固める貴賓席に突撃するのは却下だ。如何に強力な助っ人であるアルベルトとリィエル、そして顔無しがいても無謀である。何より、最後の壁が厚すぎる。ゼーロスの存在はそれほどまでに大きいのだ。

 

「別にそこまで悩むことでもなくないですかね。貴賓席に突撃が現実的でないなら、陛下自ら出てきてもらえばいいだけの話でしょ?」

 

「陛下自ら? ……あ、そうだ。あるじゃん。陛下が自ら貴賓席から出て、なおかつ護衛が手薄になる絶好の機会が!」

 

 王室親衛隊に固められた貴賓席から出て、護衛が限りなく手薄になる瞬間。その可能性に思い至ったグレンはアシストを投げた顔無しと笑みを交わし、アルベルト達に一つの提案をした。

 

 

 ▼

 

 

 グレンが提案した作戦内容は端的に言えば囮作戦だ。

 

 アルベルトとリィエルが魔術でグレンとルミアに成りすまして王室親衛隊の目を引きつけ、逆にグレンとルミアはアルベルトとリィエルに成り代わって競技場に戻り、二組を競技祭優勝に導くために監督する。因みに顔無しは姿を消してルミアの護衛につく予定だ。

 

 今回の魔術競技祭に限り、来賓たる女王陛下自らが表彰台に上がり、優勝クラスの担当講師に直接勲章を下賜する。その時だけは、厳重な王室親衛隊の監視が剥がれる。そこを狙う。

 

 あまり分の良い賭けとは言えない。運命が事情も何も知らぬ生徒達に左右されるというのは確実性に欠ける。だが、有力な手立てが他にないのもまた事実であった。

 

 幸いアルベルトとリィエルはこの作戦を了承してくれた。顔無しの容赦ない妨害工作で隊員の数を著しく減らしながらも、女王陛下のために死に物狂いでルミアを狙う王室親衛隊は彼らが引きつけてくれるだろう。

 

 問題があるとすればグレン達の方だ。予想していたとはいえ、グレンの旧友を名乗るアルベルトという見知らぬ人物が監督を代行し優勝するなどと言い出して、二組の生徒達が「はい、分かりました」と受け入れてくれるはずもなく、最初の一歩から軽く躓きかけていた。

 

 だがそこでリィエルに扮したルミアが親友に頼み込み、それとなしに事情を察したシスティーナがクラスの面々を纏めに掛かった。

 

「大丈夫よ、この人達は多分信用できる。それに、誰が指揮を執ってもやることに変わりはないでしょ? 今日まで先生に教えられたことをきちんと実行すればいいの」

 

「そ、そうだけどよ……」

 

「でも、やっぱり先生がいないと……」

 

 何だかんだ心の支えとなっていたグレンの不在は大きく、徐々に得点が落ちているのもあって生徒達は弱気だ。しかしシスティーナは弱気な生徒達に火をつける魔法の言葉を知っていた。

 

「いいの? このまま負けたらアイツ、ここぞとばかりに爆笑しながら俺がいないとダメダメなんだなぁ、とか煽ってくるわよ……」

 

 むかっ、と擬音が聞こえそうなほどに生徒達の顔が苛立ちに染まる。自分で言ったことでありながらシスティーナも、アイツならやりかねない、と無性に腹が立ってきた。

 

 そこへ駄目押しの煽り文句が何処からともなく付け加えられる。

 

「グレン先生のことだ。教卓の上で見ているだけでさぞ腹が立つ小躍りを披露しながら、悔しがるオレ達を上から目線で憐れむくらいはやりそうだよなぁ」

 

 ぶちっ、と。何かが切れた。同時に萎えかけていた生徒達の闘志が再燃する。

 

『絶対、勝つ……!』

 

 この瞬間、生徒達の想いが一つになった。あのロクでなし講師を見返してやる。馬鹿になどされてたまるか。理由は各々違いはあれど、彼らの意志は優勝をもぎ取るただ一点に集約された。

 

 凄まじい闘志と微かに殺気立つ生徒達のやる気に、冷淡なアルベルトの仮面の下でグレンは冷や汗を流す。やる気になってくれたのは嬉しいが、全て事が終わった後にどうなるのか気が気でない。この子達、被害妄想激しくないだろうか。まあ、実際やりかねないから何も言い返せないのだが。

 

 そんなグレンの傍らに佇む小柄な少女は、さり気なく生徒達を煽ってほくそ笑んでいるロクスレイの横顔をじっと見つめていた。

 

 

 ▼

 

 

 アルベルトもといグレン率いる二組は午前の部を彷彿とさせる快進撃を展開する。総合順位四位から着実に順位を上げ、やがて一位を独走する一組の背中が見え始めてきた。

 

 だがやはり地力の差は大きく、競技数も残り僅かとなったところで点差が詰められなくなってきた。いや、むしろ徐々にではあるが引き離され始めている。このままでは最後の競技を行うまでもなく一組の優勝が決まりかねない勢いだ。

 

 拙い、とグレンは内心で焦燥を募らす。残す競技は二つ、現時点で既に一組が優勝に大手を掛けている。二組も健闘して二位まで上り詰めたものの、各競技において常に一位か二位を取り続けてきた一組には及ばない。

 

「残る競技は『フォレスタ』と『決闘戦』。この両方で一位を取ったとしても優勝できるかどうか……」

 

 たとえ二組が両競技で一位を手にしたとしても一組が両方とも二位であったら、得点の差で一組が優勝となる。そうなれば作戦は失敗、ここまでの努力は水の泡だ。

 

 二組が優勝するには、言い方は悪いが『フォレスタ』か『決闘戦』のどちらかで一組を蹴落とさなければならない。後者はトーナメント方式であり、一組とはブロックが違うため無理。必然、全ては『フォレスタ』の結果次第となる。

 

「なるほど、こいつはちょいと厄介な状況だな」

 

 グレンと同じ見解に至ったロクスレイは、競技に向けて軽く準備運動をしている。クラスの優勝がその肩に掛かっているとは思えないくらいに気負いない様子だ。

 

 微塵の緊張もない極めて自然体。だが他者から見るとそれはやる気の欠如にも見えかねない。本人的には宣言通り一組のクライスを狙い落とし、サクッと一位をクラスに献上するつもり満々なのであるが。

 不安と疑念の込められた目が向けられる中、システィーナに話しかけた時を除いて沈黙を貫いていた少女、リィエルに化けたルミアが動き出す。

 

 軽く体を解し終えて欠伸を洩らしながら入場の時間を待つロクスレイの隣に立ち、くいっと袖を引く。

 

「ん? どうかしたか、お嬢さん?」

 

 ロクスレイとしてはルミアが化けているリィエルとは初対面なため、丁寧に応じる。ルミアは少しだけ目線を上げて小声で呟く。

 

「……お願い、勝って」

 

 リィエルを演じているからか抑揚のない声援。けれどそこには偽りようのない強い想いが秘められている。女王陛下を、母親を心から助けたい。だから勝って、と──

 

 短くも万感の想い込めて告げられた懇願にロクスレイは目を丸くし、やがて意地悪い笑みを浮かべる。

 

「なんだ? お嬢さんとは初対面のはずなんだけど、もしかしてオレに気があるとか? いやー、オレも罪作りな男ってやつですかね」

 

「むっ……」

 

 真剣に精一杯伝えた声援を茶化すような態度に思わず頬を膨らませそうになる。基本的に無表情がデフォルトなリィエルなのでちょっと眉根が寄っただけであるが。

 

「冗談ですって。可愛い女の子に頼まれたとあっちゃあ、男として応えんワケにはいかんでしょ? ま、いい結果を待っといてくださいよっと」

 

 心配するなと少女の肩を叩き、ロクスレイは軽い足取りで競技場へと向かう。背中に期待の眼差しを感じながら密かに笑みを零した。

 

「勝利の女神は我にあり、ってな。信用してもらった分はきちんと働きますですよ」

 

 誰の耳にも届かぬ呟きがひっそりと虚空に消えた。

 

 

 

 

 


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