無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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ロビンさん大活躍回。多分、これくらいは序の口だと思うのよ。むしろこれでもまだ甘いかなぁ……。


無貌の王、本領発揮。解き明かされる事の真相

「くそ、さっきからいったい何が起こってるんだ……!?」

 

 王室親衛隊のベテラン衛士、クロス=ファールスはとにかく焦っていた。

 

 女王陛下の護衛役の一員に抜擢され、誇りを胸に職務を全うしていたら、唐突に総隊長であるゼーロスからとある少女の抹殺命令が下った。ご丁寧にモノクロ写像画付きでだ。

 

 前触れのない任務、それも捕縛ではなく即時抹殺という内容。如何に少女が不敬罪を犯した国家反逆者であっても違和感を覚えずにはいられない。

 

 それでも任務である以上、クロスは後味の悪さを感じながらも粛々と任務を遂行せんと少女の行方を追った。そして学院の南西端でその姿を発見し、命令に従って少女の抹殺を履行しようとしたのだ。

 

 だができなかった。標的である少女は学院の講師らしき魔術師によって連れ去られてしまい、即座に追跡しようとすれば得体の知れない男によって阻まれたのである。

 

 その男は、何の宣告もなくクロス含める王室親衛隊に弓を引くと、容赦なく襲い掛かってきた。女王陛下の忠実なる臣たる王室親衛隊への狼藉は、即ち陛下に対する狼藉と同義。それを知らないはずもないだろうに、男は一切躊躇うことなく矢を射かけてくる。

 

 挙句、距離が詰まってきたとみるやわざとらしく挑発の言葉を残し、先に逃げた二人を追うように逃走。市街地へと消えていった。

 

 許し難い所業、王室親衛隊を愚弄する行いにクロスは少女よりも先に男を討つべきではないかと思うも、通信機より発せられるゼーロスの言葉に冷静さを取り戻し、隊員を率いて逃げた二人の追跡を開始。他の隊と共に市街地をしらみ潰しに捜索を始めた。

 

 だがその出鼻を物の見事に挫かれた。先の男が妨害をしてきたのだ。それも最初の弓による狙撃が可愛いく思えるほどに苛烈かつ狡猾で、容赦のない手口である。

 

 通りを歩いていれば何処からともなく矢が降り注ぐ。しかもご丁寧に鏃に神経毒が塗り込まれており、掠っただけで行動不能になってしまう。そんな代物を絶え間なく射かけてくる。

 

 更に、毒で行動不能になった仲間を助けようとすれば、追い討ちでその衛士を容赦なく狙い撃つ。そのため迂闊に仲間の救護も出来ずじまいだ。

 

 しかし所詮は弓矢。【エア・スクリーン】や【ゲイル・ブロウ】の一つでも放てば防げるだろうと衛士達は高を括っていた。だがそんな彼らの思惑を嘲笑うように、矢は魔術によって引き起こされた風の隙間を縫って撃ち込まれる。

 

 魔術の台頭によって存在意義を失っていた前時代的な武器に、王室親衛隊は一方的に翻弄されるしかなかった。

 

 それだけではない。弓による狙撃を避けて路地を行けばワイヤートラップは序の口。積み上げられた木箱や樽が押し潰さんと倒れてくる、吹っ飛んでくるのも当たり前。酷いものでは空き家らしき建物が爆発するなんて無茶苦茶もある。

 

 物理的な妨害だけではない。脱落した者から調達したのか衛士に成りすまし、流言飛語を流して命令系統も崩しに掛かってくる。おかげで隊同士の連携はぐだぐだ、狭い路地裏でばったり出会して立ち往生している間に襲撃されたなんて報告も上がっていた。

 

 文字通り容赦がない。一般市民への被害と死傷者が出ていないのが奇跡的なレベルである。

 

「馬鹿な、本当に相手は一人なのか……!?」

 

 クロスがそう言いたくなるのも致し方ない。

 

 明らかに一人で仕込むには度が過ぎた罠の数々。市街地に入ってからというもの一度も所在を掴ませない得体の知れなさ。矢の軌道を辿っても男の姿は何処にもなく、代わりにあるのは大量の罠である。

 

 個人を相手にしているというよりも統制された組織と戦っているような薄ら寒さすら感じる。それも恐ろしくゲリラ戦に特化した敵だ。でなければ精鋭中の精鋭揃いの王室親衛隊がこうも一方的に翻弄されるはずがない。

 

「なんだ? 俺達はいったい何を相手にしているのだ!?」

 

 一人、また一人と倒れていく。気付けば全体の四割近くが脱落している状況にクロスは悲鳴を上げる他なかった。

 

 

 ▼

 

 

 顔無しの指示で市街地へ逃げ込んだグレンとルミアは、学院のあるフェジテ北地区から一般住宅街が広がる西地区でやっと足を止めた。

 

 追い立ててくる王室親衛隊の影はない。宣言通り顔無しが足止めをしているようで、先ほどからあちこちで衛士の怒号や悲鳴、何故か爆発音まで上がっている。顔無しのえげつない手口を知っているグレンとしては御愁傷様としか言えなかった。

 

 とはいえやはり状況が好転したとは言えない、何かしらの手を打たなければどの道ジリ貧である。未だ混乱から抜け出せない中、ない頭を捻ってグレンは己の師匠であるセリカに連絡を取った。

 

 セリカは貴賓席にいた。つまり彼女に連絡を取れば同じく貴賓席にいるであろう女王陛下に話をつけられるはず。

 

 だが通信の魔導器に応じたセリカの返答は『何もできないし、何も言えないんだ』というもの。そしてこの事態を解決できるのはグレンだけだと言い残し、通信は切られてしまった。

 

 今ひとつ要領を得ないセリカの言葉。分かったことは、大陸中に名を轟かせるセリカ=アルフォネアが動けないほどの何かがあり、その何かはグレン=レーダスにしか解決できないことぐらいだ。

 

「わけわかんねぇ……俺だけが解決できるっつったって、どうやって女王陛下の元まで行けばいいんだよ……!」

 

 セリカは女王陛下の元まで辿り着けば露払い程度は請け負うと言っていた。だがそこまで辿り着くのがどれほど無理難題か分かっているのか。

 

 王室親衛隊は実戦経験は然程でもないものの、その武力や技量は優れている。とはいえグレンならあの手この手であしらうぐらいはわけない。だが、いざ彼らが守りを固める貴賓席(牙城)に攻め込むとなれば話は別だ。

 

 人数差や戦力差が絶望的過ぎる。何より、貴賓席には王室親衛隊総隊長のゼーロスがいる。あれは生粋の武人で、如何なグレンとて到底太刀打ちできる相手ではない。むざむざ相対すれば秒殺とまでは行かずとも数分と保たないだろう。

 

 八方塞がりの状況にグレンが頭を掻き毟っていると、思い詰めた表情のルミアが一歩前進する。

 

「先生、やっぱり私は投降します。このままだと先生まで罪人として殺されてしまいます。それに顔無しさんも……」

 

「いや、だからもう手遅れだって」

 

「そんなことありません。私が懇願して、どうにかお許しを貰えるようにします。だから……」

 

「あー、はいはい。自己犠牲はいいから。お前を見捨てるとかあり得ないからな。大人しく助けられてくれ」

 

「どうしてそこまで……」

 

 今にも泣き出しそうな顔で見つめてくるルミアを、グレンはちらと一瞥。どこか遠い目で虚空を見上げると独り言のように呟く。

 

「……誓ったんだよ。もう二度と、大切なものを奪わやせしない。あんな絶望を味わうのは願い下げだ」

 

「先生……?」

 

 ここではない何処かを見つめるグレンの背中は、触れれば壊れてしまいそうなほどに儚い。もう取り返しのつかない過去を想っているようで、誰への誓いだとかそんな野暮なことを訊くのが憚れる雰囲気であった。

 

「それより、だ。マジでどうしよう……」

 

 何事もなかったグレンの顔は、ルミアのよく知るいつもと変わらぬ魔術講師である。割と本気で切羽詰まった顔色だ。

 

 先の誓い云々を語っていた時との変わり様に、ルミアが反応に困っていると、不意に頭上を影が過る。直後、建物の屋根から深緑の外套が降ってきた。

 

「やっと見つけましたわ、お二人さん。探すのに手間取りましたぜ」

 

「顔無しさん! よかった、無事だったんですね……」

 

 ぱあっと表情を喜色に染めるルミア。顔無しを一人残してしまったことがずっと気掛かりだったのだ。

 

「待たせたな。ちょっとばかし敵さんと遊んでたら時間が掛かっちまいましてね」

 

「敵さんで、遊んでたの間違いだろ。ってか、どんだけ削ってきたんだ?」

 

「ざっと四割ってところですかね。死人が出ないよう手加減したもんで、あんまり奮いませんでしたわ」

 

「うっへぇ〜、ほんと、こういったゲリラ戦では無類の強さを発揮するよな、お前」

 

「はっはぁ、褒めても何も出ませんぜ? 金欠講師殿」

 

「その不名誉な呼び方をやめろよな!?」

 

 逼迫した状況であるのにも関わらず二人のやり取りは気安く、軽口を叩き合っている。さっきはあわや敵対するのかと思われるほどに剣呑な雰囲気を出していたはずなのに、今はまるで気の置けない間柄のようにしか見えない。

 

 だが状況が状況だ。いつまでも冗談を言い合っている余裕などない。

 

「お二人とも、これからどうするんですか?」

 

 止めなければいつまでも続きそうな二人の会話にルミアが割り込む。

 

「ああ、そうだ。実はさっきセリカと通信したんだが──」

 

 グレンは先ほどのセリカとのやり取りを掻い摘んで顔無しに説明する。

 

 小さく相槌を打ちながら話を聞くにつれて、顔無しは意味深に笑みを深めていく。

 

「なるほど、魔女殿が動けないか。となると女王陛下の元に辿り着いたとしても、それで万事解決とはならないかもしれねえですぜ?」

 

「何でだよ? お前も分かってるだろ、陛下がルミアの抹殺を命じるなんてあり得ないって。だったら陛下の前に立てさえすればぜんぶ解決するだろ?」

 

「だからこそだ。もう少し考えてみな。王室親衛隊の行動理念は全て女王陛下の利益に準ずる。そんな連中が、ここまで躍起になってお嬢さんを狙うのには相応の理由があるはずだ」

 

「それは……」

 

 女王陛下のためとあらば命すら抛ちかねない王室親衛隊がルミアの身を狙う理由はある。

 

 帝国王室にとってルミアの存在は爆弾と同義である。三年前、先天性異能者であることが発覚したことが全ての発端だ。

 

 統治正当性やら王室権威の危機だのと様々な事情が複雑に絡むため一概には言えないが、悪魔の生まれ変わりとまで揶揄される異能者が帝国王室の血筋から生まれた、その事実は国内外問わずに大きな混乱を齎す。もしも帝国の併合吸収を狙うレザリア王国や聖エリサレス教会教皇庁にでも知れ渡れば、第二次奉神戦争の火種にすらなりかねないのだ。

 

 そんな一歩間違えれば女王陛下の足元を掬いかねない少女の生存を知れば、女王陛下のご威光を守らんがためにと王室親衛隊が暴走する可能性も十二分にあり得る。

 

 だが、今回に限ってはその可能性は限りなく低いだろう。

 

「何を考えてるかは想像がつきますがね、その可能性は限りなく低いと見ていいでしょ。仮にそうだとしても、このタイミングで動くのはあまりにも不自然だ。わざわざ女王陛下の目と鼻の先で不敬罪を犯してまでやる意義はない」

 

「だったら、一体全体どんな理由があるってんだよ?」

 

「そうですねぇ。オレが確認した情報を纏めると、だ。女王陛下は現在、貴賓席で王室親衛隊によって軟禁状態にある。セリカ=アルフォネアも側にいるな。そんでもって、王室親衛隊の行動を女王陛下は把握しているらしい。その上で、黙認してるみたいですぜ」

 

「嘘だろ……? 陛下が黙認してるなんて、それこそあり得ない……!」

 

「あぁ、そこはオレも全面的に同意する。だから捉え方を変えるのさ。黙認してるんじゃなく、止めることができないとかな」

 

「止めることができない? ……いや、待てよ」

 

 不意に、グレンの脳裏でバラバラだったピースが一つに繋がり始めた。

 

 女王陛下に絶対の忠誠を誓う王室親衛隊の暴走。

 

 娘が命を狙われていると知りながら止めない、止められない女王陛下。

 

 セリカの一切助力できない宣言と、グレンだけが状況を打破できるというメッセージ。

 

 その他、全ての情報を統合した末に出る解は一つ──

 

「陛下の命そのものを楯に取られて強要されてるのか!」

 

「恐らくその推測で間違いないと思いますぜ。そんでもって、魔女殿のメッセージからして女王陛下の命を握ってるのは呪殺具の類だ」

 

「ああ、多分そうだな。それもあれこれと制約のある条件起動型のヤツだ。だからセリカは俺にしか状況を打破できないなんて言ったんだろうぜ。くそっ、だったらもっと分かりやすいヒントを寄越せっての、セリカのヤツ……」

 

 条件起動型の呪殺具は、魔術史上、散々使い古されてきた古典的な暗殺の手口だ。前もって設定された条件を満たす、あるいは制約を破ることで発動する呪い(カース)を仕込まれた代物である。

 

 だがそれもグレンの固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】の効果範囲内では意味を成さない。だからセリカ=アルフォネアはグレンだけが事態を解決できるなどと言ったのだ。

 

「待ってください。じゃあ、私が狙われたのは全て……」

 

「全部どっかの誰かの悪意ある罠だ。大方、解呪条件はルミアの殺害なんだろうな。ったく、どこの誰だか知らねーけど、こっちは生きてる心地がしなかったっての。見つけたらぶん殴ってやる……」

 

 グレンがパキパキと指を鳴らす一方、ルミアの表情は安堵と不安の色に満ちていた。

 

「でも、それじゃあ私が生きている限り陛下は……お母さんは……」

 

 再び暗い顔で顔を俯かせるルミア。その震える小さな肩に左右から伸びた手が載せられる。

 

「ばーか、種が割れたんだからどうとでもなるっての。お前のお袋さんはきちっと助ける。心配すんな」

 

「こちとら両方とも取るって腹括ってんだ。自分が犠牲になればとか、詰まんないこと考えるの止めてくれよ、お嬢さん」

 

「……っ。はい、お願いします……!」

 

 三年前、自分を窮地から救い出してくれた二人が、今一度手を組んで戦う。その背は他の誰よりも頼もしく、大きく感じられて、ルミアは目尻に嬉し涙を滲ませた。

 

「格好つけたはいいがどうやって陛下の元まで行くかって話だよな……」

 

「オレ一人ならどうとでもなるんですがね。ま、ここは正攻法でいくしかないでしょ」

 

 早速とばかりに今後の具体的な行動について議論を始めたグレンと顔無し。しかしそこへ水を差すように強烈な殺気が叩きつけられる。

 

「誰だ、この殺気は──!?」

 

「下がれ、お嬢さん──!?」

 

 即座に臨戦態勢を取って殺気の出処を目線で辿り、二人は示し合わせたように硬直する。視線の先、少し離れた建物屋根の上にはこちらを睥睨する大小二つの人影があった。

 

 人影が身に纏う特徴的な衣装と背格好。グレンと顔無しの記憶に共通する該当する人物が二名。うち片方は二人揃って相性最悪と認める少女──

 

「リィエル!? それにアルベルトまで!?」

 

「おいおい、聞いてねえぞ。何だって宮廷魔導師団まで動いてんですかい!?」

 

 想定外の敵手の登場に狼狽える二人の視線の先で、小柄な方の少女が屋根から石畳の上へと降り立つ。着地の刹那、何やら呪文を唱えながら両手を地面につくと、激しい紫電と共に一振りの十字架型の大剣(クロス・クレイモア)が錬成されていた。

 

 即席で鋼の大剣を生み出した少女が、脇目も振らず狭い路地を突貫してくる。重たい大剣を担いでいるとは思えない速度だ。

 

「ちょっ、待った! 止まれ、リィエル!? 話を聞いてくれ!?」

 

「どーすんのよ、金欠講師! あれのお守りはオタクの役目だったでしょうが!?」

 

「いや無理だって。一度突っ走ったら止まらないのはお前も知ってるだろ!?」

 

「えぇえぇ、身に染みて知ってますよ! 外様だからってしょっちゅう押し付けられましたからね!?」

 

「だったらお前も力貸せって──あ、もう直ぐそこに」

 

「くそっ、もうなるようになりやがれッ」

 

 折角格好よく決めた二人の出鼻を盛大に挫かんとばかりに少女──リィエル=レイフォードが獣の如く襲いかかってきた。

 

 

 




もう一人くらい女王陛下の本音を見抜いている相手がいて、きちんと情報が揃えばグレンなら事の真相にくらい辿りつけると思う。だって原作では土壇場できちんと絡繰に気付けたし。

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