無貌の王と禁忌教典   作:矢野優斗

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皆さんも推しメンに聖杯を捧げているようですね。惜しむらくはロビンフッドを育ててない方が案外多かったことでしょうか。
ならば不肖私、ロビンフッドの良さをバンバンアピールしてみせましょうとも!
あ、聖杯の件については種火とQPが貯まったらやります。やるったらやる(迫真)


信じる心と無貌の王の決意

 魔術競技祭、午後の部が幕を開けた。

 

 相も変わらず快進撃を続ける二組と大番狂わせに沸く競技場から離れ、学院敷地の南西端。部外者の侵入を阻む鉄柵に沿って並ぶ木々の一つの陰から、ロクスレイは護衛対象を様子を見守っていた。

 

 一度はグレンと共に競技場へ戻ったルミアは、しかし何を思ってか誰に告げることもなく競技場を抜け出し、ここでずっと物思いに耽っている。十中八九、先のアリシアのことを考えているのだろう。

 

 沈鬱な表情で空のロケットを見つめるルミア。もう午後の部の最初の競技が始まってから結構な時間が経っている。そろそろシスティーナあたりがルミアの不在を心配し始めている頃合いだ。

 

「いつまで悩みこけてるつもりなんだか」

 

 午後の部にルミアの出番はない。競技場にいなくとも問題はないのだが、だからと言って何時まで経ってもここで一人悩まれ続けると、今度はロクスレイが競技に出場できなくなってしまう。幸い『フォレスタ』は決闘戦の前なので時間に余裕はあるが、このまま延々と悩み込む少女の姿を眺めているのも据わりが悪い。

 

「オレがしゃしゃり出るワケにもいきませんしねぇ」

 

 そもそもロクスレイが出たところでできることなんて何もない。親子の感情の機微が今ひとつ分かりかねるロクスレイに、現状のルミアが求めているであろう言葉は思い浮かばなかった。

 

 どうしたものかと頭を悩ませていると、視界の端に見覚えのある講師の姿が映った。誰もが認めるロクでなし講師、我らがグレン=レーダスだ。

 

 どうやらグレンはルミアを探していたらしく、木陰の下に探し人を見つけると駆け寄っていく。ダメ講師であるが生徒のことをきちんと見ているグレンなら、悪いことにはならないだろう。少なくとも、ロクスレイよりはマシな言葉を掛けられるはずである。

 

 ルミアのことはグレンに任せて引き続き護衛に専念しようとして、懐に仕舞っていた宝石型の魔導器が振動した。ロクスレイは怪訝に眉を顰めながらも宝石を取り出し、耳に当てて応じる。

 

「珍しいな、爺さんから連絡を寄越すなんて。天の智慧研究会にでも動きがあったんですかい?」

 

 基本的にロクスレイからの定期連絡だけに使われる宝石型の通信機。それでわざわざ連絡を取ってきたということは仕事の遂行に関わる何かが発生したということだろう。

 

 宝石越しに先代の話に耳を傾けるロクスレイの表情が驚愕に染まる。苦々しげに顔を顰め、グレンと話し込むルミアに目を向ける。

 

「王室親衛隊が暴走だって? 女王の勅命でルミア=ティンジェルの抹殺命令が下っただと? 冗談はよしてくれよ、爺さん」

 

 先代から伝えられた情報は、俄かには信じ難いものであった。

 

 娘のこととなると途端に空回りしてしまうほどに娘を愛しているアリシアが、よりにもよってその娘を討てと親衛隊に命令した。しかも現実に王室親衛隊は女王の護衛を最低限残し、ルミアを抹殺するために動いているという。

 

 先の空回りぶりを知っているロクスレイとしては到底信じられない話だ。だが王室親衛隊が独自に動いているのは事実である。この短い時間に使い魔であるロンドと視覚同調をして確認したのだ。

 

「どうなってやがる。この短い時間でいったい何があったってんだ……!?」

 

 通信を終えた宝石を乱暴に仕舞い、ロクスレイは歯嚙みする。

 

 先代が嘘を吐いてるとは言わないし、一族が張り巡らす情報網の精密さも疑っていない。だからこそロクスレイは苦悩する。

 

 アリシアが娘を殺すような命令を下すのはあり得ない。しかし現実に王室親衛隊は動いている。

 

 彼らは帝国軍の精鋭であり、いつ如何なる時も女王の意向を優先する忠義高い衛士達の集まりだ。その行動の根底には女王に対する絶対の忠誠がある。

 

 そんな彼らが動いているということは、即ち、アリシアが命令を下したか、ルミア=ティンジェルを抹殺しなければ女王陛下に不利が生ずる何かがあるということだ。

 

「どうにかして事の裏を洗いたいが、お嬢さんから離れるワケにもいかねぇ……」

 

 ロンドを上空に飛ばして学院全体の状況を把握していたロクスレイは、間も無くルミアとグレンに王室親衛隊が接触するのを把握していた。元執行者であるグレンならば王室親衛隊が相手であろうと負けはしないだろうが、数の差で何れは手詰まりになりかねない。そうなれば今度こそ、ルミア=ティンジェルは殺されてしまう。

 

 だがもしも、アリシアの命が懸かっているような状況であった場合、ロクスレイは雇用主(クライアント)を見殺しにしてしまうことになる。それは無貌の王(ロビンフッド)として認められない。雇われ人として優先すべきは雇用主の身柄だ。

 

 ロクスレイは動けない。護衛対象と雇用主を天秤に掛け、どうしようもなく迷っていた。

 

 そうこうしている内に王室親衛隊が現れた。木陰の下にルミアとグレンを認めると接触、抜剣すると剣先を突きつける。いよいよもって事態が切迫してきた。

 

「くそっ、迷ってる暇もねえってか……!」

 

 募る苛立ちを隠れていた樹木に叩きつけ、険しい表情で目を閉じる。数瞬の瞑目を経て次に瞼を開いた時、ロクスレイの顔から一切の逡巡が消え去っていた。

 

 

 ▼

 

 

 突如として女王陛下暗殺を画策したとされ王室親衛隊に命を狙われたルミアと、ルミアを庇ったことで罪人認定されてしまったグレンは一瞬の隙を突いて五人の衛士を打ち倒し、取り敢えずの急場を凌いだ。

 

 しかし状況は欠片も好転していない。この場を乗り切ったとしても山ほどいる王室親衛隊が、今この時も血眼になってルミアの居場所を探している。如何にグレンが強くとも王室親衛隊を全員倒すなんてことは不可能だ。

 

 入念に衛士達の意識を刈り取ったグレンは、改めて状況の詰み具合に脂汗を流している。教え子を守るためとはいえ後先考えずにやらかしたことを今更悔いているらしい。まあ、もう一度同じ状況に陥っても全く同じことをするだろうが。

 

「どうするんですか、先生! このままじゃ、先生まで国家反逆罪に問われてしまうんですよ!?」

 

「いや、そんなこと言われてもな。もう殴り倒しちゃったし、手遅れというかなんというかだな……取り敢えず、逃げるか」

 

 このままこの場に留まるのは危険と判断し、地理に明るく追われても撒ける市街へと逃げ込むことを決める。だがルミアの手を握って駆け出そうとしたグレンの前に、音もなく新手が立ち塞がった。

 

「──ッ!? お前、どうしてここに……!?」

 

 グレンの表情が焦燥に歪む。行く手を阻むように現れた深緑の外套を纏う男を、グレンは知っていた。

 

 かつて特務分室所属の執行者として活動していた頃、仕事の都合上で何度か手を組んだ相手であり、グレンにとってとある少女に次いで相性が悪い男。

 

「顔無しさん……」

 

「あいつのコードネーム、知ってたのか?」

 

 背後で呟かれた男のコードネームに、グレンが驚きに軽く目を瞠る。ルミアは小さく頷いて自爆テロの際に助けてもらった経緯を話す。

 

「テロリストに囚われた時に助けてくださったんです。お仕事として私を護衛していると仰ってました」

 

「仕事だって? おい、そりゃヤバイぞ……」

 

 グレンは数度しか顔無しと組んだことがないが、男が誰に雇われているかは把握している。だからこそ、このタイミングで現れた彼が決して味方ではないと直感した。

 

 ルミアの護衛を依頼したのは間違いなくアリシアだ。とある事情から女王陛下が娘を心から愛していることを知っているからこそ断言できる。そして顔無しは護衛を仕事として請け負った。つまり両者の関係は雇用主と被雇用者だ。

 

 どういう経緯でルミアが国家転覆を目論んだ大罪人にされたかは定かでないが、女王陛下に忠誠を誓う王室親衛隊がこのザマだ。直接雇われている顔無しがルミアの味方に回るとは思えなかった。

 

 顔無しが徐ろに間合いを詰めてくる。武器も何も構えていないが、纏う張り詰めた空気に緊張が滲む。咄嗟にグレンはルミアを背に庇い、身に染み付いた拳闘の構えを取った。

 

「離れてろ、ルミア。あいつ相手だとさすがに気を遣ってらんねえ。巻き込まれないように下がってろ……」

 

 グレンにとって顔無しが相性の悪い手合いである理由。それは彼が魔術に依らずとも戦えるタイプの人間だからだ。

 

 グレンの常套手段である固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】で魔術を封殺する手が意味を成さないため、必然的に素の戦闘能力が物を言う戦いになる。魔術よりも拳闘が得意と自負するグレンであっても、弓やら短剣やらを巧みに使い熟す顔無しを相手に勝てるとは言えない。むしろ武器も何もない自分が圧倒的に不利であると自覚していた。

 

 それでも、教師として教え子を見捨てるわけにはいかない。

 

 ──あの日の誓いを、今度こそ貫くため。

 

 戦意を昂らせ今にも破裂しそうな一触即発の状況下。グレンの間合いよりも数歩下がった位置で歩みを止めた顔無しが、僅かに目線を上げる。やはりというか、フードの下の顔は判然としない。

 

「随分と警戒されたもんだな。ま、状況を考えれば当然でしょうけど、生憎と講師殿に用はないんでね。ちょっとばかし、お嬢さんに尋ねたいことがあるのさ」

 

「私に、ですか?」

 

 フード越しに顔無しの真っ直ぐな視線を感じ取り、ルミアはきゅっと胸の前で手を握る。

 

 顔無しは微かに躊躇うような間を空けてから問い掛ける。

 

「いつか、お嬢さんは言ったな。オレみたいな人間を信じる、って。なら──」

 

 外套の下から短剣が握られた右手が飛び出し、剣先がルミアに向けられる。

 

「こうして剣を向けられて、お嬢さんは何処までオレを信じられる?」

 

 温度のない声が静かに響いた。

 

 鈍く光る短剣には微かではあるものの殺気が載せられている。誰が見ても敵対するつもりなのは明らかである状況で、何処まで信じられるかという問い。常識的に考えれば信用も信頼も抱けるはずがないだろう。

 

 だがルミアはじっとフードに隠された双眸を見つめ、ゆっくりと歩み出した。

 

「お、おいルミア? なにするつもりだ? 止めろ、今のそいつは王室親衛隊と同じだ! 間違いなく敵なんだぞ!?」

 

 躊躇うことなく顔無しへと歩み寄ろうとするルミアに制止の声をかけるが止まらない。突きつけられる短剣の剣先へと自ら近づいていく。

 

 目と鼻の先に短剣を突きつけられる位置で立ち止まり、ルミアは男の顔を見上げる。やはり顔は見えないが、ルミアには男が微かに驚いているのが分かった。たとえ顔が見えなくとも、何となく分かるのだ。

 

「私は貴方を信じます。たとえ剣を向けられたとしても、何処までだって信じ抜きますよ。だってあの日、貴方は私を助けてくれた。絶望する私に、希望の在り処を教えてくれたから」

 

 一切の迷いない宣言。剣を突きつけられながらも怯まず、微塵の疑いも不信も抱かず、信じ抜くという返答。心から相手を信じ切っているからこそできたことだ。

 

 ルミアの迷いなき答えに顔無しはしばし立ち尽くす。だがはっと我に返ると突きつけていた短剣を振り上げる。ハラハラと見守っていたグレンが反射的に飛び掛かろうとするが、その行動は無駄に終わった。

 

「あいたっ!?」

 

 こつん、と短剣の柄で小突かれる。思わず叩かれた頭を押さえて見上げれば、フードから僅かに覗く口元が呆れ交じりに笑みを浮かべていた。

 

「ったく、オレみたいな怪しい輩をほいほい信じるなんて言っちゃダメですぜ、お嬢さん。そんなんだと、いつか悪い連中に騙されちまいますよ」

 

「そんな、別に私は誰彼構わず信じたりなんて……きゃっ!?」

 

 咄嗟に言い返そうとして、しかし頭を掌で押さえられて反論の機会を失う。自分の小さく柔らかい手とは違う、少し硬くも大きく安心感に満ち溢れた掌だ。

 

「──ありがとな」

 

 ともすれば聞き逃してしまいそうなほどに小さな呟き。それが感謝の言葉であると理解した時には、顔無しは掌を退けて背を向けていた。

 

「おーい、そこで突っ立ってる全財産をギャンブルですって絶賛金欠真っ只中のロクでなし講師殿。聞こえてたら返事くれる?」

 

「なっ、なんでお前がそれを知って……!?」

 

「いいから聞きな。すぐにお嬢さんを連れて市街地に逃げろ。追手はオレが食い止める。頃合いを見計らって合流するんで、それまではお嬢さんを宜しく頼みますぜ?」

 

 右手に短剣を握り、左手に弓を構える顔無しが彼方を見据える。男の視線の先にはルミアを抹殺せんと意気込み、こちらへ向かって駆けてくる王室親衛隊の姿があった。その数、優に十を超える。

 

「いや、でもお前……結局どっちなんだよ」

 

「それ、今答えなきゃいけません? 見れば分かるでしょ。オタクの目は節穴なんですかい?」

 

「このっ……いや、分かった。ここは任せるぞ」

 

「え、待ってください、先生! 顔無しさんを一人置いていくんですか!?」

 

 口元まで出掛かった文句を飲み込み、ルミアを横抱きに抱え上げてその場を離れる。黒魔【グラビティ・コントロール】で重力を操作し、グレン達は高い鉄柵を飛び越えて市街地へと消えていった。

 

 一人その場に残った顔無し──ロクスレイはこんな状況であるのに頬のニヤけが止まらないでいた。

 

「まさかこんなオレでも信じてくれるとはね。こいつは癖になりそうで怖いわぁ……」

 

 雇用主(女王)を取るか護衛対象(王女)を取るかで揺れ動いていた心は今度こそ決まった。

 

 無貌の王(ロビンフッド)としての矜持を貫くため、女王陛下(クライアント)は必ず守る。そして仕事も確実に遂行してみせる。何方か片方? 否、両方取ってこその無貌の王(ロビンフッド)だ。

 

「さてと。そんじゃあ、いっちょ暴れますかぁ。ガッカリさせんなよ?」

 

 不敵な笑みを浮かべつつ、ロクスレイは王室親衛隊に弓引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




因みに、もしもルミアが返答を躊躇ったり迷っていたらロクスレイはルミアをグレンに任せ、自身は女王の元へと事実確認をしに向かっていました。

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