「アトリエ明石」の「提督さん」   作:雨守学

9 / 11
第九話

「ほう」

 

仕事から帰ってくると、店が煌びやかになっていた。

 

「えへへ、どうです提督?」

 

「凄いじゃないか。見違えたな」

 

「私と明石さんで店をリニューアルしてみたの。並んでる小物も、ほら、可愛いのや綺麗なのが多いでしょ?」

 

見渡すと、ガラス細工などが並んでおり、窓からの光を反射していた。

今までは木や革が多かったから、何だか違うお店のように感じる。

 

「夕張ちゃん、ガラス細工にも手を出したんですよ。私も今度教えてもらうんです」

 

「私もまだ素人だけどね」

 

「いやいや、これは中々」

 

ガラス細工か。

うちの工房でも出来るものだろうか……。

 

「リニューアルも済んだし、そろそろお店を開ける頃でしょう? 青葉さんに頼んで、ブログで宣伝してもらうようにしたの」

 

「さっき写真を撮って貰ったんですよ」

 

「そうか。青葉は?」

 

「早速帰って記事作成ですって。後でいいって言ったんですけど、なんだか気合が入ってるみたいで」

 

あいつもなんやかんやで、ここにいることを楽しんでくれてるのかな。

 

「後でお礼をしなきゃな」

 

「私も頑張ったんだけど?」

 

「私もですよ、提督」

 

「分かってるよ。青葉が来たら、皆でどこか行こうか」

 

皆で……。

 

「そう言えば、島風を見ていないな」

 

「いつもは一日も休まず来ていたのに、昨日くらいから見てないですね」

 

「もしかして、風邪ひいちゃったとか?」

 

風邪か。

あいつらしくないな。

戦時中も、あんなに寒そうな格好していたのに。

 

「大丈夫だろうが、念のために家に電話をかけてみるか」

 

「その方がいいと思いますよ。島風ちゃんの両親、仕事でいないみたいですから、もしかしたらってことも……」

 

「不吉なこと言うな」

 

だが、確かに何かあってからじゃ遅い。

 

「とにかく、電話してくる」

 

「お願いします」

 

 

 

名簿を取り出し、島風の家の番号へダイヤルした。

コールすることはなく、すぐに留守番電話サービスになってしまう。

 

「出かけてるのか?」

 

家族で旅行?

いや、どこかへ出かけるのなら、必ず誰かにそのことを言うはずだし……。

しかし、留守番電話サービスにしているということは……。

 

「提督、どうでした?」

 

明石が心配そうにこちらを覗き込んだ。

 

「留守番電話になってしまう。出かけていないのかもしれないな」

 

「そうですか……。でも、出かけるなんて一言も……」

 

「急に決まったのかもしれないな」

 

「だといいんですけど……」

 

明石に続き、夕張も心配そうな顔を見せていた。

それほどに、島風が何の連絡もなく来ないということが意外だった。

 

「ねぇ、お店は私たちで何とかするから、貴方は島風ちゃんの家に行ってあげたら?」

 

「いいのか?」

 

「むしろ出て行ってもらった方がいいかもしれませんね。可愛いものは、可愛い女の子がよく知ってますから」

 

「悪かったな。可愛くなくて」

 

「あら、私は可愛いと思うわ。特に、あの時の顔ったら……ふふ」

 

「あ、あの時の顔って? どの時の顔? 夕張ちゃん?」

 

「内緒です。ほら、行ったら?」

 

夕張に背中を押され、俺は店の外へと追い出された。

 

 

 

島風の家は、店から少しばかり離れた場所にある。

角地に建っており、ほかの家と比べても、いかにも高そうな家である。

 

「相変わらず高そうな家に住んでんな……ん?」

 

二階の窓が開いている。

ということは、いるのか?

チャイムのボタンを押してみたが、音が鳴っている気配はない。

故障しているのか?

 

「…………」

 

大声で呼んでみても良かったが、閑静な住宅街であったから、呼ぶのを躊躇った。

 

「どうしたものか……」

 

考えていると、どこからか「提督……?」という小さな声がした。

ふと二階の窓へ目を戻すと、どこか苦しそうな表情をした島風がこちらを見ていた。

 

「島風」

 

「提督……どうして……?」

 

「いや、お前のことが心配になって来てみたんだが……どうした? 何だか苦しそうだぞ?」

 

それを聞いた島風は、今にも泣きだしそうな顔をして、部屋へと戻ってしまった。

しばらくすると、家の中からドタドタと走るような音がして、島風が家から飛び出してきた。

寝ていたのか、パジャマ姿のまま。

 

「でいどぐぅぅぅぅ………うあ゛ぁぁぁぁぁ……」

 

そして、滅茶苦茶に泣きながら、俺の胸へと飛び込んできた。

 

「お、おいおい……一体どうしたっていうんだ……?」

 

そう問いかけても、島風はただただ泣くだけだった。

ふと周りを見ると、何事かというように、近所の住人がこちらを見ていた。

 

「と、とにかく……家に上がらせてもらっていいか?」

 

泣き続ける島風を宥めながら、家の中へと逃げ込んだ。

 

 

 

とりあえず泣き止むまで、島風を抱っこしながら、ソファーに座った。

 

「うぅぅぅ……ヒッ……うっ……うぅぅ……」

 

時折、体がビクッとなるが少し面白い。

しかし、こうしてみると、本当に子どもだな。

体も温かいし……。

 

「…………」

 

いや……何だか熱いくらいだ……。

 

「島風……お前もしかして……」

 

額に手をやると、とても熱くなっていた。

 

「熱あるんじゃないか!?」

 

「う……ん……。熱……あるのぉぉぉ……頭痛いよぉぉ……うあ゛ぁぁぁぁ……」

 

「馬鹿、早く言え!」

 

島風を抱え、二階の部屋へと向かうと、ベッドの周りには食べかけのお粥と氷枕が置いてあった。

完全に熱出た奴の部屋じゃないか……。

 

「お前、だから苦しそうな顔してたのか……」

 

島風をベッドに寝かせ、近くで乾いていたタオルを濡らし、額にあててやった。

 

「親はどうした?」

 

「し……ヒッ……仕事ぉ……」

 

「家政婦は?」

 

「さっき……帰った……」

 

帰ったって……。

熱出てる奴がいるのにか……?

 

「じゃあ……ずっと一人だったのか……?」

 

「うん……」

 

「どうして俺を頼らなかった。電話もしたんだぞ」

 

「家政婦さんが……うるさいだろうから電話は切っておくって……。提督に頼ろうと思ったけど……うつしちゃいけないと思ってぇ……」

 

チャイムが鳴らなかったのもそのせいか……。

 

「熱はうつらないよ。だから、俺を頼ってくれ」

 

「うん……うぅぅ……でいどぐぅぅ……ざみじがっだぁぁぁ……」

 

「わかったわかった。泣くと熱上がるぞ」

 

それからしばらく島風に構ってやっていると、泣き疲れたのか、はたまた安心したのか、寝てしまった。

 

 

 

明石達に現状の報告をすると、そのまま面倒を見てやってくれとのことだったので、島風の寝顔を眺めていると、青葉から連絡が入った。

 

「もしもし?」

 

『青葉です。今、島風ちゃんのお家の前にいますよ』

 

窓の外を見てみると、青葉が満面の笑みでぴょんぴょん跳ねていた。

 

 

 

「来てくれたのか」

 

「はい。男の人だけだと、できないこともあると思って」

 

そう言うと、青葉は買ってきたのであろう食材を机の上に置いた。

 

「汗をかいた方がいいと思ったので、温かい卵雑炊でも作ろうかと。水分補給とビタミンもとれるように、果汁100パーセントのジュースも用意しました」

 

「ほう」

 

「あと、お父さんが熱に効く薬を持たせてくれました。青葉もこれですぐに熱が下がったんですよ」

 

その他にも、タオルや毛布など、様々な物を持って来ていた。

 

「しっかりしてるな」

 

「そうですか? これくらい普通ですよ」

 

割と抜けてる奴だと思っていたから、ここまでしっかりした姿勢に、俺はちょっとだけ驚いていた。

 

「さて、島風ちゃんは寝てますか?」

 

「ああ」

 

「じゃあその間、二人で料理しますよ。司令官用のエプロンも用意してますから」

 

「分かった。あまり料理は得意な方ではないから、学ばせてもらおう」

 

「お任せください!」

 

 

 

それから、時折島風の様子を見ながら、料理を進めた。

 

「手際がいいな」

 

「はい。うち、お母さんがいないので、料理のほとんどは青葉がやってるんですよ」

 

母親がいない……?

 

「……すまない」

 

「いいんです。お母さん、青葉が物心つく前に亡くなってしまったので、あまり覚えてないんです。男手一つで育てられたから、趣味がおじさん臭いでしょう?」

 

そういうことか……。

 

「だから、お母さんがいるって言う感覚、ちょっと分からないんですよね。そのことで同情されることもあるけれど、実感がないというか、別にどうとも思ってないというか。青葉にはお父さんがいますから」

 

そう言うと、青葉はニコッと笑って見せた。

 

「そうか」

 

「でもね、最近のお父さん、ちょっと冷たいんですよぉ。ずっと趣味の合う友達とばかり遊んでて……。だから代わりに、司令官に構ってほしいなぁ」

 

「分かったよ。今度一緒に写真でも撮りに行こう。ブログで宣伝してくれたお礼もあるしな」

 

「本当ですか!? えへへ、楽しみです!」

 

青葉の父親も、母親がいない分、愛情たっぷりに育てたのだろうな。

この歳でお父さん大好きな娘ってのは、あまりいないもんだし。

 

「でも、青葉はお父さんがいたからいいけど、島風ちゃんはどっちも、家にほとんどいないんですよね」

 

「そうだな……」

 

「青葉がそうであるように、島風ちゃんが司令官に甘えているのって、やっぱり寂しいからなんですかね?」

 

「かもな。だが、あいつはあまり両親のことを話したがらないし、前に母親が家に帰って来た時、あまり機嫌は良くなかったな……」

 

「仲が悪いんでしょうか?」

 

「分からない。ただ、愛情不足なのは事実だと思う。寂しいってのだけは本当だろうからな」

 

その時、二階から俺を呼ぶ声がした。

 

「行ってあげてください。こっちはもうすぐできますから」

 

「悪い」

 

青葉を残し、俺は飲み物を持って二階へとあがった。

 

 

 

部屋に入ると、島風はまた泣きそうになっていた。

 

「起きたか。気分はどうだ?」

 

「提督……帰ったかと思ったぁ……」

 

「ちゃんとここにいるよ。ほら、飲みものだ」

 

「ありがとう……。下に誰かいるの?」

 

「青葉が来てる。飲み物とか用意してくれたの、青葉なんだぞ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

そう言うと、島風は少し恥ずかしそうに顔を背けた。

 

「皆お前を心配しているよ。早く治して、またうちに来い」

 

「うん……」

 

急にしおらしくなったな。

もしかして、泣いて喚いたことを青葉に知られたくないのか?

 

「そういえば、お前の両親は、お前が体調を崩したこと知ってるのか?」

 

「ううん……教えてない……」

 

「どうして? 教えたら、きっと心配して帰ってきてくれると思うぞ」

 

「だから言わないの……」

 

「え?」

 

「親はどっちも忙しいから……こんなことで心配かけさせたくないの……」

 

それを聞いて、どうして島風が両親に対して素っ気ないのか、少しだけ分かった気がした。

 

「親思いなんだな」

 

「そんなんじゃないよ……。私は私で、提督といれる時間が少なくなるのが嫌なだけだし……」

 

「でも、俺だってお前とずっと一緒にいれるわけじゃないぞ」

 

「そうかもしれないけど……」

 

「……本当は、親に甘えたいんだろう?」

 

島風は一瞬、間を置いた。

 

「――違うし……。島風……そんな子供じゃないし……」

 

「お前がそうやって親に素っ気ないのは、親に自分が寂しいと思ってると知られたくないからだろ。知ったら、両親が安心して仕事に出られないもんな」

 

「…………」

 

「お前は優しい奴だよ。でも、お前は俺から見てもまだまだ子供なんだから、そんな心配しなくていいんだよ」

 

「島風には提督がいるし……」

 

「俺はお前の親じゃない。お前にとって俺がどうかは知らないが、俺にとってのお前は、お前が思ってるほど大きな存在じゃない」

 

冷たい言い方だったかもしれない。

だが、中途半端な慰めは、却って島風を迷わせることになる。

そう思った。

 

「酷いよ……」

 

「……あぁ、酷い奴だ。俺は……お前の思っているような人間じゃない……」

 

心が痛い……。

自分を好きでいてくれる人を突き放すようなことというのは……。

 

「…………」

 

ああ、そうか……。

こいつも同じなんだ……。

こんな思いをしてまで、親を引き離しているんだ。

俺ですら、こんなにも心が痛いのに、こいつはずっと――。

 

「……分かったよ提督。もういいよ……」

 

「え?」

 

「提督は……そんな嘘をつき続けられるほど、悪い人じゃないって……島風知ってるよ……?」

 

「お前……」

 

「提督がそうやって苦しんでる姿を見て……心が苦しかった……。もし……親が同じように、私がそうやって苦しんでるのを見たら、どう思うのかなって……」

 

島風は想像するかのように、目を瞑った。

 

「きっと……同じように……苦しいと思う……。そんな思いは……させられないよ……」

 

「島風……」

 

島風はゆっくりと目を開け、こっちをじっと見つめた。

 

「提督……。島風……親に甘えてもいいかな……。心配させちゃわないかな……」

 

「ああ……存分に甘えろ。その方が親も安心するだろうよ」

 

「……分かった。そうする……」

 

そう言うと、島風はベッドから起きて、俺の胸の中へ顔をうずめた。

 

「島風?」

 

「でも……親に甘えるからって……島風を疎かにしないでね……」

 

それを聞いて、俺は少し笑ってしまった。

 

「それは難しいな」

 

「……また泣くよ?」

 

「だそうですよ、司令官」

 

振り向くと、卵雑炊を持ってきた青葉が立っていた。

 

「あ、青葉……」

 

「島風ちゃん、体調はどう?」

 

「だ、大丈夫……」

 

そう言うと、島風はそそくさとベッドに戻っていった。

 

「島風ちゃん、何も司令官だけじゃないんですから、青葉に甘えてくれてもいいんですよ?」

 

「やだ……」

 

「んもう……冷たいですねぇ……。ささ、そんなことはさておき。お食事の時間ですよ」

 

「食欲ない……」

 

「駄目ですよ。ほら、食べさせてあげますから」

 

「いい! 自分で食べるし!」

 

島風は卵雑炊を勢いよく口に運んだ。

 

「あ! そんなことしたら……」

 

「あ、熱っ!」

 

「もう……熱いから、フーフーして食べるんですよ」

 

「先に言ってよぉ……」

 

まるで姉妹の会話だな。

 

「あ、薬忘れちゃった。司令官、すみませんが、台所の机の上に薬が置いてあるので、取りに行ってもらっていいですか?」

 

「ああ、分かった」

 

「青葉、フーフーしてー」

 

「はいはい」

 

「ふふ」

 

 

 

一階に降りた時だった。

玄関の扉が、勢いよく開いた。

 

「!」

 

そこに、島風の母親が立っていた。

 

「あ……明石さんのところの……」

 

「ど、どうも……お邪魔しています」

 

「もしかして……あの子の看病を……?」

 

「え? ご存じだったのですか?」

 

「えぇ……。あの子は黙ってろって言ったみたいですが……うちの家政婦が私に……。たまたま近くで仕事をしていたので、急いで戻ってきたんです」

 

それで家政婦は帰ったのか……。

島風の母親は台所を見て、俺に頭を下げた。

 

「色々していただいたみたいで……あの……何かお礼を……」

 

「いや、それよりも、早く島風の所に行ってあげてください。あいつ、寂しそうにしてましたよ」

 

「は、はい。ありがとうございました」

 

そう言うと、母親は二階へと上がっていった。

それと同時に、青葉も降りて来た。

 

「青葉たちの出番は終わったみたいですね」

 

「ああ。帰ろうか」

 

二階で島風がどんな表情をしているのか気になったが、俺たちは静かに家を後にした。

 

 

 

帰る頃には夕方になっていた。

 

「島風ちゃん、今頃お母さんにたくさん甘えているかもしれませんね」

 

「そうだな」

 

「どうします? これでお母さんばかりに甘えて、司令官離れしてしまったら」

 

「それはそれで悲しいが、今のあいつには親の存在が必要だろう」

 

「じゃあ、そうなったら、青葉が島風ちゃんの代わりをしてあげますよ」

 

そう言うと、青葉は俺の背中にぴょんと飛びついた。

 

「島風はもっと軽いぞ」

 

「あー! 女の子にそういうこと言っちゃいけないんですよ。罰として、司令官のお家までこのままです」

 

「島風よりハードな要求してくるな……」

 

まあでも、青葉の場合、島風と逆で父親ばなれが必要なのかもしれないな。

おそらく、あの親父さんはその目的で、あえて離れているんだと思うし。

 

「青葉は好きな人とかいないのか?」

 

「好きな人ですか……」

 

「恋人とか、そういう意味だぞ」

 

「そうですねぇ……。まだそういうのは早いかなって思います」

 

「そうか? もういい年齢なんだから、好きな異性の一人や二人、作った方がいいと思うぞ」

 

「青葉にはお父さんがいますし……」

 

「でもきっと、親父さんだって、青葉にそういう存在が出来て欲しいんだと思うぞ。だから冷たいんじゃないか?」

 

「確かに……最近はお店の手伝いも頼まれなくなりましたし……」

 

「そもそも、恋をしたことがあるのか?」

 

「うーん……夕張さんにも聞いたんですけど、青葉にはまだそんな感覚は……」

 

「この人と居たいとか、そう思ったりしたことないか?」

 

「異性でですよね? うーん……」

 

青葉はしばらく考えた後、急に黙り込んでしまった。

 

「どうした?」

 

「あ、あの……降ろしてもらっていいですか……?」

 

「急にどうした? 罰なんじゃないのか?」

 

「も、もういいです。大丈夫ですから……」

 

降ろしてやると、青葉は急にしおらしくなってしまった。

 

「大丈夫か? お腹でも痛くなったか?」

 

「い、いえ……そういう訳では……」

 

それから家に着くまで、青葉はずっとだんまりして下を見つめるだけだった。

 

 

 

帰ると、すでに夕張は帰っていて、店の商品は少しばかり減っていた。

 

「オープンさせたのか」

 

「えぇ。青葉さんのブログを見た人たちが結構来たりして、お店の商品も売れましたよ」

 

「そりゃ良かった」

 

「島風ちゃん、どうでした?」

 

「ああ、あいつは――」

 

事情を説明すると、明石は嬉しそうに笑った。

 

「そっか……。じゃあ、うちに来る回数も少なくなるかもしれませんね」

 

「かもしれないな……」

 

「提督、何だか寂しそうじゃありません?」

 

「馬鹿言え。そんなことないさ」

 

「本当ですか?」

 

あいつが親の代わりに俺に甘えてたのだとしたら、もう来ないってこともあるかもしれない。

親は島風の気持ちを理解して、なんとか時間を作るだろうしな。

 

「まあ、たまに遊びに来るくらいがちょうどいいんだよ」

 

「ふふ、そうかもしれませんね」

 

とは言ったものの。

あいつが親と楽しそうにやってる姿を浮かべると、うれしい反面、ちょっとだけ、ちょっとだけだが、寂しくなった――。

 

 

 

――そんなことを思っていた時期が、俺にもありました。

 

「提督ー! 遊んでー!」

 

「今仕事中だ」

 

「店番じゃん! お客もいないし、遊んでよー!」

 

あれから島風は全快し、すぐにここへと遊びに来た。

親はどうしたのかと聞くと、仕事でいないとのことだった。

 

「親が帰ってきたら向こうにいるけど、いない時はずっと一緒にいてあげるからね!」

 

「居てくれなくて結構だ……」

 

「なんでー!? 島風と提督は相思相愛じゃん! 愛し合った仲じゃん!」

 

そんな覚えはないけどな……。

 

「ふふ、結局こうなるんですね」

 

「明石、お前まるで分ってたかのような口だな」

 

「分かってますよ。だって、島風ちゃんは提督の事が大好きなんですから」

 

大好きねぇ……。

でもまぁ、親からの愛情を受けれても、こうして会いに来てくれているというのは、ちょっぴりうれしいな。

 

「いつか島風が提督のお嫁さんになってあげるからね!」

 

「あら、それは聞き捨てならないわ島風ちゃん」

 

「島風が大きくなったら、明石さんより美人になって、提督をとっちゃうからね!」

 

「それまで待てるんですか提督?」

 

「どうしようかな」

 

「待てるでしょ? ねーねー!」

 

やっぱり、何も無理をしていない島風が一番だな。

うるさくて、仕事の邪魔ばかりするけど、まあそれも、愛嬌ってやつだ。

 

「俺が待つよりも、お前がもうちょっと大人になったらどうだ?」

 

「島風は大人だよ。赤ちゃんの作り方だって知ってるし」

 

「え?」

 

「保険で習ったもん。――に――して、――するんでしょ?」

 

「お、おい……」

 

「違う?」

 

「違くはないが……」

 

「し、島風ちゃん、そういうのはあまり言わない方がいいわ」

 

「なんで?」

 

「なんでって……」

 

明石が助けを求めるように俺を見た。

 

「あー……島風にはまだ早い話だからだ」

 

「それって子供って言いたいわけ?」

 

「そういうことじゃなくてだな……」

 

それから島風がギャーギャー騒いでいると、夕張と青葉も混ざってきて、さらに騒がしくなった。

 

「これじゃいつもと何も変わらないな……」

 

「そうですね」

 

そう言うと、明石はじっと俺を見つめた。

 

「私たちも、変わりませんね……」

 

その言葉には、いろんな意味が含まれていた。

 

「明石……」

 

「……なんて。さて、みんな! そろそろお客さんがくる時間帯だから、工房に行きましょうね」

 

「「「はーい」」」

 

俺を残し、皆工房へと消えていった。

俺は、静かになった店内で、明石がいなくなった日のことを思い出していた。

島風がそうだったように、居て当たり前の存在が急に居なくなるというのは――。

騒がしかったり、仕事の邪魔されても、俺は心の底で島風を望んでいた。

そしてあいつは、俺の元へと帰って来てくれた。

それは、純粋な好意があったからで、複雑な事情は何もない。

では、俺と明石ではどうだろう。

明石と俺を繋いでいるものは、島風のそれとは違う気がするし、もっと複雑なもののように感じる。

そして、ある日突然、それがなくなってしまいそうにもなる。

あの時のように――。

 

「…………」

 

繋ぎとめる何かが必要だと思い、恋人を止め、お互いを知る時間を作った。

けど、明石が言うように、俺たちは何も変わってはいない。

もし……それを見つける前に、どちらかが居なくなることがあったら……。

 

「……ふぅ」

 

考えれば考えるほど、分からなくなる。

時間だけが過ぎてゆく。

 

「俺は……」

 

俺は、一体どうすれば、明石とずっと一緒にいることができるんだろう……。

 

――続く。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。