「ほう」
仕事から帰ってくると、店が煌びやかになっていた。
「えへへ、どうです提督?」
「凄いじゃないか。見違えたな」
「私と明石さんで店をリニューアルしてみたの。並んでる小物も、ほら、可愛いのや綺麗なのが多いでしょ?」
見渡すと、ガラス細工などが並んでおり、窓からの光を反射していた。
今までは木や革が多かったから、何だか違うお店のように感じる。
「夕張ちゃん、ガラス細工にも手を出したんですよ。私も今度教えてもらうんです」
「私もまだ素人だけどね」
「いやいや、これは中々」
ガラス細工か。
うちの工房でも出来るものだろうか……。
「リニューアルも済んだし、そろそろお店を開ける頃でしょう? 青葉さんに頼んで、ブログで宣伝してもらうようにしたの」
「さっき写真を撮って貰ったんですよ」
「そうか。青葉は?」
「早速帰って記事作成ですって。後でいいって言ったんですけど、なんだか気合が入ってるみたいで」
あいつもなんやかんやで、ここにいることを楽しんでくれてるのかな。
「後でお礼をしなきゃな」
「私も頑張ったんだけど?」
「私もですよ、提督」
「分かってるよ。青葉が来たら、皆でどこか行こうか」
皆で……。
「そう言えば、島風を見ていないな」
「いつもは一日も休まず来ていたのに、昨日くらいから見てないですね」
「もしかして、風邪ひいちゃったとか?」
風邪か。
あいつらしくないな。
戦時中も、あんなに寒そうな格好していたのに。
「大丈夫だろうが、念のために家に電話をかけてみるか」
「その方がいいと思いますよ。島風ちゃんの両親、仕事でいないみたいですから、もしかしたらってことも……」
「不吉なこと言うな」
だが、確かに何かあってからじゃ遅い。
「とにかく、電話してくる」
「お願いします」
名簿を取り出し、島風の家の番号へダイヤルした。
コールすることはなく、すぐに留守番電話サービスになってしまう。
「出かけてるのか?」
家族で旅行?
いや、どこかへ出かけるのなら、必ず誰かにそのことを言うはずだし……。
しかし、留守番電話サービスにしているということは……。
「提督、どうでした?」
明石が心配そうにこちらを覗き込んだ。
「留守番電話になってしまう。出かけていないのかもしれないな」
「そうですか……。でも、出かけるなんて一言も……」
「急に決まったのかもしれないな」
「だといいんですけど……」
明石に続き、夕張も心配そうな顔を見せていた。
それほどに、島風が何の連絡もなく来ないということが意外だった。
「ねぇ、お店は私たちで何とかするから、貴方は島風ちゃんの家に行ってあげたら?」
「いいのか?」
「むしろ出て行ってもらった方がいいかもしれませんね。可愛いものは、可愛い女の子がよく知ってますから」
「悪かったな。可愛くなくて」
「あら、私は可愛いと思うわ。特に、あの時の顔ったら……ふふ」
「あ、あの時の顔って? どの時の顔? 夕張ちゃん?」
「内緒です。ほら、行ったら?」
夕張に背中を押され、俺は店の外へと追い出された。
島風の家は、店から少しばかり離れた場所にある。
角地に建っており、ほかの家と比べても、いかにも高そうな家である。
「相変わらず高そうな家に住んでんな……ん?」
二階の窓が開いている。
ということは、いるのか?
チャイムのボタンを押してみたが、音が鳴っている気配はない。
故障しているのか?
「…………」
大声で呼んでみても良かったが、閑静な住宅街であったから、呼ぶのを躊躇った。
「どうしたものか……」
考えていると、どこからか「提督……?」という小さな声がした。
ふと二階の窓へ目を戻すと、どこか苦しそうな表情をした島風がこちらを見ていた。
「島風」
「提督……どうして……?」
「いや、お前のことが心配になって来てみたんだが……どうした? 何だか苦しそうだぞ?」
それを聞いた島風は、今にも泣きだしそうな顔をして、部屋へと戻ってしまった。
しばらくすると、家の中からドタドタと走るような音がして、島風が家から飛び出してきた。
寝ていたのか、パジャマ姿のまま。
「でいどぐぅぅぅぅ………うあ゛ぁぁぁぁぁ……」
そして、滅茶苦茶に泣きながら、俺の胸へと飛び込んできた。
「お、おいおい……一体どうしたっていうんだ……?」
そう問いかけても、島風はただただ泣くだけだった。
ふと周りを見ると、何事かというように、近所の住人がこちらを見ていた。
「と、とにかく……家に上がらせてもらっていいか?」
泣き続ける島風を宥めながら、家の中へと逃げ込んだ。
とりあえず泣き止むまで、島風を抱っこしながら、ソファーに座った。
「うぅぅぅ……ヒッ……うっ……うぅぅ……」
時折、体がビクッとなるが少し面白い。
しかし、こうしてみると、本当に子どもだな。
体も温かいし……。
「…………」
いや……何だか熱いくらいだ……。
「島風……お前もしかして……」
額に手をやると、とても熱くなっていた。
「熱あるんじゃないか!?」
「う……ん……。熱……あるのぉぉぉ……頭痛いよぉぉ……うあ゛ぁぁぁぁ……」
「馬鹿、早く言え!」
島風を抱え、二階の部屋へと向かうと、ベッドの周りには食べかけのお粥と氷枕が置いてあった。
完全に熱出た奴の部屋じゃないか……。
「お前、だから苦しそうな顔してたのか……」
島風をベッドに寝かせ、近くで乾いていたタオルを濡らし、額にあててやった。
「親はどうした?」
「し……ヒッ……仕事ぉ……」
「家政婦は?」
「さっき……帰った……」
帰ったって……。
熱出てる奴がいるのにか……?
「じゃあ……ずっと一人だったのか……?」
「うん……」
「どうして俺を頼らなかった。電話もしたんだぞ」
「家政婦さんが……うるさいだろうから電話は切っておくって……。提督に頼ろうと思ったけど……うつしちゃいけないと思ってぇ……」
チャイムが鳴らなかったのもそのせいか……。
「熱はうつらないよ。だから、俺を頼ってくれ」
「うん……うぅぅ……でいどぐぅぅ……ざみじがっだぁぁぁ……」
「わかったわかった。泣くと熱上がるぞ」
それからしばらく島風に構ってやっていると、泣き疲れたのか、はたまた安心したのか、寝てしまった。
明石達に現状の報告をすると、そのまま面倒を見てやってくれとのことだったので、島風の寝顔を眺めていると、青葉から連絡が入った。
「もしもし?」
『青葉です。今、島風ちゃんのお家の前にいますよ』
窓の外を見てみると、青葉が満面の笑みでぴょんぴょん跳ねていた。
「来てくれたのか」
「はい。男の人だけだと、できないこともあると思って」
そう言うと、青葉は買ってきたのであろう食材を机の上に置いた。
「汗をかいた方がいいと思ったので、温かい卵雑炊でも作ろうかと。水分補給とビタミンもとれるように、果汁100パーセントのジュースも用意しました」
「ほう」
「あと、お父さんが熱に効く薬を持たせてくれました。青葉もこれですぐに熱が下がったんですよ」
その他にも、タオルや毛布など、様々な物を持って来ていた。
「しっかりしてるな」
「そうですか? これくらい普通ですよ」
割と抜けてる奴だと思っていたから、ここまでしっかりした姿勢に、俺はちょっとだけ驚いていた。
「さて、島風ちゃんは寝てますか?」
「ああ」
「じゃあその間、二人で料理しますよ。司令官用のエプロンも用意してますから」
「分かった。あまり料理は得意な方ではないから、学ばせてもらおう」
「お任せください!」
それから、時折島風の様子を見ながら、料理を進めた。
「手際がいいな」
「はい。うち、お母さんがいないので、料理のほとんどは青葉がやってるんですよ」
母親がいない……?
「……すまない」
「いいんです。お母さん、青葉が物心つく前に亡くなってしまったので、あまり覚えてないんです。男手一つで育てられたから、趣味がおじさん臭いでしょう?」
そういうことか……。
「だから、お母さんがいるって言う感覚、ちょっと分からないんですよね。そのことで同情されることもあるけれど、実感がないというか、別にどうとも思ってないというか。青葉にはお父さんがいますから」
そう言うと、青葉はニコッと笑って見せた。
「そうか」
「でもね、最近のお父さん、ちょっと冷たいんですよぉ。ずっと趣味の合う友達とばかり遊んでて……。だから代わりに、司令官に構ってほしいなぁ」
「分かったよ。今度一緒に写真でも撮りに行こう。ブログで宣伝してくれたお礼もあるしな」
「本当ですか!? えへへ、楽しみです!」
青葉の父親も、母親がいない分、愛情たっぷりに育てたのだろうな。
この歳でお父さん大好きな娘ってのは、あまりいないもんだし。
「でも、青葉はお父さんがいたからいいけど、島風ちゃんはどっちも、家にほとんどいないんですよね」
「そうだな……」
「青葉がそうであるように、島風ちゃんが司令官に甘えているのって、やっぱり寂しいからなんですかね?」
「かもな。だが、あいつはあまり両親のことを話したがらないし、前に母親が家に帰って来た時、あまり機嫌は良くなかったな……」
「仲が悪いんでしょうか?」
「分からない。ただ、愛情不足なのは事実だと思う。寂しいってのだけは本当だろうからな」
その時、二階から俺を呼ぶ声がした。
「行ってあげてください。こっちはもうすぐできますから」
「悪い」
青葉を残し、俺は飲み物を持って二階へとあがった。
部屋に入ると、島風はまた泣きそうになっていた。
「起きたか。気分はどうだ?」
「提督……帰ったかと思ったぁ……」
「ちゃんとここにいるよ。ほら、飲みものだ」
「ありがとう……。下に誰かいるの?」
「青葉が来てる。飲み物とか用意してくれたの、青葉なんだぞ」
「そ、そうなんだ……」
そう言うと、島風は少し恥ずかしそうに顔を背けた。
「皆お前を心配しているよ。早く治して、またうちに来い」
「うん……」
急にしおらしくなったな。
もしかして、泣いて喚いたことを青葉に知られたくないのか?
「そういえば、お前の両親は、お前が体調を崩したこと知ってるのか?」
「ううん……教えてない……」
「どうして? 教えたら、きっと心配して帰ってきてくれると思うぞ」
「だから言わないの……」
「え?」
「親はどっちも忙しいから……こんなことで心配かけさせたくないの……」
それを聞いて、どうして島風が両親に対して素っ気ないのか、少しだけ分かった気がした。
「親思いなんだな」
「そんなんじゃないよ……。私は私で、提督といれる時間が少なくなるのが嫌なだけだし……」
「でも、俺だってお前とずっと一緒にいれるわけじゃないぞ」
「そうかもしれないけど……」
「……本当は、親に甘えたいんだろう?」
島風は一瞬、間を置いた。
「――違うし……。島風……そんな子供じゃないし……」
「お前がそうやって親に素っ気ないのは、親に自分が寂しいと思ってると知られたくないからだろ。知ったら、両親が安心して仕事に出られないもんな」
「…………」
「お前は優しい奴だよ。でも、お前は俺から見てもまだまだ子供なんだから、そんな心配しなくていいんだよ」
「島風には提督がいるし……」
「俺はお前の親じゃない。お前にとって俺がどうかは知らないが、俺にとってのお前は、お前が思ってるほど大きな存在じゃない」
冷たい言い方だったかもしれない。
だが、中途半端な慰めは、却って島風を迷わせることになる。
そう思った。
「酷いよ……」
「……あぁ、酷い奴だ。俺は……お前の思っているような人間じゃない……」
心が痛い……。
自分を好きでいてくれる人を突き放すようなことというのは……。
「…………」
ああ、そうか……。
こいつも同じなんだ……。
こんな思いをしてまで、親を引き離しているんだ。
俺ですら、こんなにも心が痛いのに、こいつはずっと――。
「……分かったよ提督。もういいよ……」
「え?」
「提督は……そんな嘘をつき続けられるほど、悪い人じゃないって……島風知ってるよ……?」
「お前……」
「提督がそうやって苦しんでる姿を見て……心が苦しかった……。もし……親が同じように、私がそうやって苦しんでるのを見たら、どう思うのかなって……」
島風は想像するかのように、目を瞑った。
「きっと……同じように……苦しいと思う……。そんな思いは……させられないよ……」
「島風……」
島風はゆっくりと目を開け、こっちをじっと見つめた。
「提督……。島風……親に甘えてもいいかな……。心配させちゃわないかな……」
「ああ……存分に甘えろ。その方が親も安心するだろうよ」
「……分かった。そうする……」
そう言うと、島風はベッドから起きて、俺の胸の中へ顔をうずめた。
「島風?」
「でも……親に甘えるからって……島風を疎かにしないでね……」
それを聞いて、俺は少し笑ってしまった。
「それは難しいな」
「……また泣くよ?」
「だそうですよ、司令官」
振り向くと、卵雑炊を持ってきた青葉が立っていた。
「あ、青葉……」
「島風ちゃん、体調はどう?」
「だ、大丈夫……」
そう言うと、島風はそそくさとベッドに戻っていった。
「島風ちゃん、何も司令官だけじゃないんですから、青葉に甘えてくれてもいいんですよ?」
「やだ……」
「んもう……冷たいですねぇ……。ささ、そんなことはさておき。お食事の時間ですよ」
「食欲ない……」
「駄目ですよ。ほら、食べさせてあげますから」
「いい! 自分で食べるし!」
島風は卵雑炊を勢いよく口に運んだ。
「あ! そんなことしたら……」
「あ、熱っ!」
「もう……熱いから、フーフーして食べるんですよ」
「先に言ってよぉ……」
まるで姉妹の会話だな。
「あ、薬忘れちゃった。司令官、すみませんが、台所の机の上に薬が置いてあるので、取りに行ってもらっていいですか?」
「ああ、分かった」
「青葉、フーフーしてー」
「はいはい」
「ふふ」
一階に降りた時だった。
玄関の扉が、勢いよく開いた。
「!」
そこに、島風の母親が立っていた。
「あ……明石さんのところの……」
「ど、どうも……お邪魔しています」
「もしかして……あの子の看病を……?」
「え? ご存じだったのですか?」
「えぇ……。あの子は黙ってろって言ったみたいですが……うちの家政婦が私に……。たまたま近くで仕事をしていたので、急いで戻ってきたんです」
それで家政婦は帰ったのか……。
島風の母親は台所を見て、俺に頭を下げた。
「色々していただいたみたいで……あの……何かお礼を……」
「いや、それよりも、早く島風の所に行ってあげてください。あいつ、寂しそうにしてましたよ」
「は、はい。ありがとうございました」
そう言うと、母親は二階へと上がっていった。
それと同時に、青葉も降りて来た。
「青葉たちの出番は終わったみたいですね」
「ああ。帰ろうか」
二階で島風がどんな表情をしているのか気になったが、俺たちは静かに家を後にした。
帰る頃には夕方になっていた。
「島風ちゃん、今頃お母さんにたくさん甘えているかもしれませんね」
「そうだな」
「どうします? これでお母さんばかりに甘えて、司令官離れしてしまったら」
「それはそれで悲しいが、今のあいつには親の存在が必要だろう」
「じゃあ、そうなったら、青葉が島風ちゃんの代わりをしてあげますよ」
そう言うと、青葉は俺の背中にぴょんと飛びついた。
「島風はもっと軽いぞ」
「あー! 女の子にそういうこと言っちゃいけないんですよ。罰として、司令官のお家までこのままです」
「島風よりハードな要求してくるな……」
まあでも、青葉の場合、島風と逆で父親ばなれが必要なのかもしれないな。
おそらく、あの親父さんはその目的で、あえて離れているんだと思うし。
「青葉は好きな人とかいないのか?」
「好きな人ですか……」
「恋人とか、そういう意味だぞ」
「そうですねぇ……。まだそういうのは早いかなって思います」
「そうか? もういい年齢なんだから、好きな異性の一人や二人、作った方がいいと思うぞ」
「青葉にはお父さんがいますし……」
「でもきっと、親父さんだって、青葉にそういう存在が出来て欲しいんだと思うぞ。だから冷たいんじゃないか?」
「確かに……最近はお店の手伝いも頼まれなくなりましたし……」
「そもそも、恋をしたことがあるのか?」
「うーん……夕張さんにも聞いたんですけど、青葉にはまだそんな感覚は……」
「この人と居たいとか、そう思ったりしたことないか?」
「異性でですよね? うーん……」
青葉はしばらく考えた後、急に黙り込んでしまった。
「どうした?」
「あ、あの……降ろしてもらっていいですか……?」
「急にどうした? 罰なんじゃないのか?」
「も、もういいです。大丈夫ですから……」
降ろしてやると、青葉は急にしおらしくなってしまった。
「大丈夫か? お腹でも痛くなったか?」
「い、いえ……そういう訳では……」
それから家に着くまで、青葉はずっとだんまりして下を見つめるだけだった。
帰ると、すでに夕張は帰っていて、店の商品は少しばかり減っていた。
「オープンさせたのか」
「えぇ。青葉さんのブログを見た人たちが結構来たりして、お店の商品も売れましたよ」
「そりゃ良かった」
「島風ちゃん、どうでした?」
「ああ、あいつは――」
事情を説明すると、明石は嬉しそうに笑った。
「そっか……。じゃあ、うちに来る回数も少なくなるかもしれませんね」
「かもしれないな……」
「提督、何だか寂しそうじゃありません?」
「馬鹿言え。そんなことないさ」
「本当ですか?」
あいつが親の代わりに俺に甘えてたのだとしたら、もう来ないってこともあるかもしれない。
親は島風の気持ちを理解して、なんとか時間を作るだろうしな。
「まあ、たまに遊びに来るくらいがちょうどいいんだよ」
「ふふ、そうかもしれませんね」
とは言ったものの。
あいつが親と楽しそうにやってる姿を浮かべると、うれしい反面、ちょっとだけ、ちょっとだけだが、寂しくなった――。
――そんなことを思っていた時期が、俺にもありました。
「提督ー! 遊んでー!」
「今仕事中だ」
「店番じゃん! お客もいないし、遊んでよー!」
あれから島風は全快し、すぐにここへと遊びに来た。
親はどうしたのかと聞くと、仕事でいないとのことだった。
「親が帰ってきたら向こうにいるけど、いない時はずっと一緒にいてあげるからね!」
「居てくれなくて結構だ……」
「なんでー!? 島風と提督は相思相愛じゃん! 愛し合った仲じゃん!」
そんな覚えはないけどな……。
「ふふ、結局こうなるんですね」
「明石、お前まるで分ってたかのような口だな」
「分かってますよ。だって、島風ちゃんは提督の事が大好きなんですから」
大好きねぇ……。
でもまぁ、親からの愛情を受けれても、こうして会いに来てくれているというのは、ちょっぴりうれしいな。
「いつか島風が提督のお嫁さんになってあげるからね!」
「あら、それは聞き捨てならないわ島風ちゃん」
「島風が大きくなったら、明石さんより美人になって、提督をとっちゃうからね!」
「それまで待てるんですか提督?」
「どうしようかな」
「待てるでしょ? ねーねー!」
やっぱり、何も無理をしていない島風が一番だな。
うるさくて、仕事の邪魔ばかりするけど、まあそれも、愛嬌ってやつだ。
「俺が待つよりも、お前がもうちょっと大人になったらどうだ?」
「島風は大人だよ。赤ちゃんの作り方だって知ってるし」
「え?」
「保険で習ったもん。――に――して、――するんでしょ?」
「お、おい……」
「違う?」
「違くはないが……」
「し、島風ちゃん、そういうのはあまり言わない方がいいわ」
「なんで?」
「なんでって……」
明石が助けを求めるように俺を見た。
「あー……島風にはまだ早い話だからだ」
「それって子供って言いたいわけ?」
「そういうことじゃなくてだな……」
それから島風がギャーギャー騒いでいると、夕張と青葉も混ざってきて、さらに騒がしくなった。
「これじゃいつもと何も変わらないな……」
「そうですね」
そう言うと、明石はじっと俺を見つめた。
「私たちも、変わりませんね……」
その言葉には、いろんな意味が含まれていた。
「明石……」
「……なんて。さて、みんな! そろそろお客さんがくる時間帯だから、工房に行きましょうね」
「「「はーい」」」
俺を残し、皆工房へと消えていった。
俺は、静かになった店内で、明石がいなくなった日のことを思い出していた。
島風がそうだったように、居て当たり前の存在が急に居なくなるというのは――。
騒がしかったり、仕事の邪魔されても、俺は心の底で島風を望んでいた。
そしてあいつは、俺の元へと帰って来てくれた。
それは、純粋な好意があったからで、複雑な事情は何もない。
では、俺と明石ではどうだろう。
明石と俺を繋いでいるものは、島風のそれとは違う気がするし、もっと複雑なもののように感じる。
そして、ある日突然、それがなくなってしまいそうにもなる。
あの時のように――。
「…………」
繋ぎとめる何かが必要だと思い、恋人を止め、お互いを知る時間を作った。
けど、明石が言うように、俺たちは何も変わってはいない。
もし……それを見つける前に、どちらかが居なくなることがあったら……。
「……ふぅ」
考えれば考えるほど、分からなくなる。
時間だけが過ぎてゆく。
「俺は……」
俺は、一体どうすれば、明石とずっと一緒にいることができるんだろう……。
――続く。