「アトリエ明石」の「提督さん」   作:雨守学

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第七話

「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」

 

「いや、大丈夫だ」

 

また鳳翔からの依頼で、今度はキーボードの一部が動かなくなったというので来てみたら、NumLockされているだけだった。

 

「何ごとも無くて良かった」

 

「どうしても使いこなせないですね……。響ちゃんはもう覚えたと言うのに……」

 

「響や旦那に聞かなかったのか?」

 

「絶対に故障だと思ったので……」

 

まあ……俺も車のチャイルドロックに気が付かなくて、故障だと思った事もあるし……分からないでもない……。

 

「大したお礼は出来ませんけど……良かったらまた、ご飯のおかずでもお持ちになりますか?」

 

「いいのか? 悪いな」

 

「詰めますので、ちょっと待っててくださいね」

 

鳳翔が台所に行っている間、縁側でくつろいでいると、響が学校から帰って来た。

 

「やあ、来てたんだね」

 

「おう。修理でな。まあ、修理ってほどの事でもなかったけど」

 

しばらく響と話していると、パソコンの話になり、質問があるのだと俺をパソコンの前に座らせた。

 

「これ。消せないんだよね」

 

「ああ、これは――」

 

 

 

鳳翔がおかずを詰め終わり、パソコンの置いてある部屋へとやって来た。

 

「お待たせしました。あら、響ちゃんも何か教わってたの?」

 

「うん。お陰で分からない所は全部解決したよ」

 

「響の飲み込みが早くて驚いたよ」

 

「本当にありがとうございます。これ、沢山詰めておきましたよ」

 

風呂敷は温かくて、残り物ではなく、わざわざ作ってくれたようであった。

 

「ありがとう。明石の奴、喜ぶよ」

 

「それは良かった」

 

「よし、それじゃあ俺は失礼するかな。長居するのもアレだしな。何かあったらまた呼んでくれ」

 

「はい。本当にごめんなさい」

 

帰ろうとすると、響に止められた。

 

「どうした?」

 

「聞きたいんだけど、青葉って、あれからどうしてる?」

 

「青葉?」

 

「島風から聞いたんだ。青葉が明石さん達と一悶着あったって。何があったかは知らないけど、どうしてるかなって……」

 

あれから青葉の姿は見ていない。

 

「青葉さんが毎日更新してたブログ、急に止まっちゃったものね」

 

「あいつ、ブログやってたのか」

 

「艦娘のブログって事で、結構人気だったんだ。内容も面白くて、司令官がブログのファンなんだけど、更新が止まってしまったから、何かあったんじゃないかって、青葉の事を心配してるみたいなんだ」

 

なるほどな……。

 

「悪いが、青葉が今どうしているかは分からない。ちなみに、そのブログが最後に更新されたのはいつだ?」

 

「ちょっと待ってね」

 

響は青葉のブログを開くと、俺に見せた。

最終更新日は、あの前日で止まっていた。

 

「…………」

 

やはり、あの事が原因でブログも……。

 

「ありがとう。青葉の件は俺の方で動いてみるよ」

 

「うん」

 

「お願いします」

 

あいつ……大丈夫かな……。

 

 

 

「ただいま」

 

「お帰りなさい提督。あ、それ!」

 

「ああ、鳳翔からだ」

 

風呂敷を解くと、タッパーにぎっしりと詰まったおかずが姿を現した。

 

「こんなにたくさん……!」

 

「お前、鳳翔の飯好きだもんな」

 

「はい! はぁ~……今すぐ食べたい……。けど、まだお昼には早いし……。でも、ちょっとだけなら……」

 

「我慢したほうが美味く食えるぞ」

 

「それもそうですね。あ~楽しみー」

 

明石は鼻歌交じりに、タッパーを冷蔵庫へと仕舞いこんだ。

 

「そう言えば、響から青葉の事を聞かれたよ。青葉の奴、ブログやってるんだってな」

 

「そうですよ。提督、知らなかったんですか? かなり有名なブログですよ」

 

「らしいな」

 

「けど、最近更新してなくて……」

 

そこまで言うと、明石はハッとした。

 

「提督……」

 

「ああ、そうなんだ。ブログの最後の更新が、俺がお前に会いに行ったあの日の前日まででさ……。あれからあいつ、どうしてるのかな……」

 

「青葉さんとは、あの後、一度だけ会いました。ごめんなさいって、謝られて……それっきりです……」

 

「そうか……」

 

「ブログを更新しない理由と、私たちの事、やっぱり関係があるんでしょうか?」

 

「かもな……。もし罪悪感のようなものでブログを更新していないのだとしたら、もう気にすることは無いのにな……」

 

明石も青葉を許しているようだし、青葉もそれを分かっているだろうに。

 

「一度、話を聞いてみた方がいいかもな……」

 

「それなら、ここに行ってみるといいかもしれません」

 

そう言って、明石は一枚のチラシを俺に渡した。

 

 

 

「ここか?」

 

明石に貰ったチラシによると、どうやらここらしい。

確かに、小さな看板には、――カフェと書かれている。

しかし――。

 

「本当にやってるのか?」

 

店から人の気配は全くしない。

それどころか、明かりすらついていなかった。

もう一度チラシを見るが、確かに今日は営業日のはずである。

 

「えぇい……」

 

俺は思い切って、カフェの扉を引いた。

扉は抵抗なく、すんなりと開いた。

鈴などの音も無く。

 

「…………」

 

店内に入り、辺りを見渡しては見たが、客どころか、マスターのような人も見当たらない。

壁には写真がたくさん貼ってあり、その中に、艦娘の写った写真を何枚か見つけた。

 

「誰もいないのか……?」

 

その時だった。

どこからか、ピアノの音が聞こえだした。

とても静かで、誰かが弾いていると言うよりは、スピーカーか何かで鳴らしているようである。

音を辿ると、二階へ続く階段があり、俺は躊躇なくそれを上がった。

 

「……!」

 

二階は、一階とは比べ物にならないくらいに明るかった。

一瞬、目が眩む。

どうやらいくつか天窓があり、そこから強い日差しが零れているようであった。

その一つの日差しの中に、青葉は居た。

細い目で、何やらアルバムのようなものを見つめている。

 

「――……」

 

その光景はどこか美しくて、俺は声をかけるのも忘れ、夢中になってしまった。

 

「あ……」

 

青葉と目が合う。

驚いたような表情は、徐々に悲しみを帯びていった。

 

「……よう」

 

俺の挨拶と同時に、一階の時計が、大きな鐘の音を立てて時を知らせた。

 

 

 

大きな二つのスピーカーの真ん中にはヴィンテージアンプが置いてあり、音を鳴らす度に針がピクピクと動いていた。

 

「親父さんの店なんだってな」

 

青葉はコーヒーを俺の前に置くと、返事もせず、小さく椅子に座った。

 

「今日は休日だったか?」

 

「……いえ」

 

「にしては静かだ。誰もいないのかと思った」

 

「いつもこうなんです……。お父さんがいないから……特に……」

 

「そうか」

 

沈黙が続く。

ここに来た目的を話しても良かったが、店内に響く音のリズムが、心を静かにさせた。

 

「いい曲だな。なんて曲なんだ?」

 

「Romainって曲です。ビル・エヴァンスの……」

 

「へぇ、聞いたことないな。けど、なんだか好きだ」

 

「……他の曲も聴いてみますか?」

 

「ああ、頼む」

 

それから少しずつ、青葉との会話を進めた。

最初こそはオドオドしていた青葉も、段々と笑顔が見られるようになった。

父親の影響でJAZZを聴くようになった事とか、写真を撮る様になったとか、色んな話をしてくれた。

 

「そうだったのか。そのアルバムの写真も、お前が撮ったやつなのか」

 

「ポートレートが好きなんです。特に、人の笑顔が……」

 

そう言うと、青葉はまた悲しそうな顔をした。

 

「この前は本当にごめんなさい……。今日は……その話をしに来たんですよね……」

 

「いや、まあ……関連はあるだろうがな……」

 

一呼吸おいて、青葉に向き合った。

 

「ブログ、やってるんだってな。知らなかったよ」

 

「はい……」

 

「あの日から、ブログが更新されて無いって、鳳翔たちに聞いてさ。心配になって様子を見に来たんだ。俺たちのせいで、書けてないんじゃないかってさ……」

 

青葉は俯くだけだった。

 

「俺たちはもう気にしてないし、お前のブログを楽しみにしてる奴や、心配してくれてる奴がたくさんいるんだ。また書いて欲しい。今日はそれを言いに来たんだ」

 

「……ありがとうございます。嬉しいです。でも……青葉はもう……ブログは書かない事に決めたんです……」

 

「どうしてだ?」

 

「嘘は人を不幸にさせるって……あの事で思い知ったから……」

 

 

 

日差しはいつの間にか、俺たちから外れていた。

 

「これ……」

 

青葉はタブレットで自分のブログを開いて見せた。

 

「ここに書かれていることは……ほとんど嘘です……」

 

「え?」

 

記事には、写真と共に、その時の気持ちや、見たもの聞いたものなどが書かれている。

一見すると、嘘のようには見えないが……。

 

「最初は普通にブログを書いてました……。写真もたくさん載せて……。でも……今みたいな人気は全く無くて、閲覧数も一日一桁なんてこともあったり……」

 

「それで……嘘をついてまでして、ブログを伸ばそうと……?」

 

「最初は小さな嘘でした……。そしたら、結構受けが良くて、人もたくさん集まって来て……。嬉しかった……。自分が認められているような気分になりました……。寂しい時も、ブログのコメントに励まされたりして……本当の自分が、ブログの中にいるようでした……」

 

気持ちは分かる。

俺も、明石と出会う前は、寂しくて、居場所を求めて何かに納まろうと必死だった。

 

「人が集まるほど、嘘も重なって行きました……。思ったんです……。ついていい嘘というのは、こう言うものだって……。「絶対に悪いもの」ではないんだって……」

 

そう言うと、青葉は深く目を瞑った。

 

「大淀さんに頼られて……嬉しくて……喜んでほしくて……。大淀さんは明石さんと仲が良かったから……。そんなに真剣な事だって……認識してなくて……」

 

断片的な言い訳が、当時の青葉の心を物語っているようであった。

 

「ついていい嘘はあると思います……。ただ……青葉にはその嘘をつく資格が無いんです……。この前の事件で、はっきりしました……。だから……もう……」

 

同時に、タブレットの画面が消えた。

 

「嘘をつかないでブログを再開すればいいじゃないか」

 

「嘘でここまで来たんです……。本当の事を書いたところで、青葉の記事は退屈で、誰も見に来ることは無いですよ……。それに、また嘘をついてしまいそうで……」

 

青葉はタブレットを仕舞った。

まるで、遠ざけるかのように。

 

「……そろそろお店を閉めないといけません。今日はありがとうございました。鳳翔さん達には、青葉は元気にしてるって言っておいてくれませんか?」

 

「あ、あぁ……」

 

「ごめんなさい……」

 

 

 

夕飯は鳳翔の飯を腹いっぱいに食った。

明石も、もう動けないと言った様子で、ソファーに沈んでいる。

 

「皿洗い、今日はお前の当番だろ」

 

「ちょっと待ってください……。今動いたら……」

 

「食べ過ぎだ」

 

同じくソファーに座る。

隣の明石の腹は、少しばかりポッコリ出ているように見えた。

まるで妊婦のようだ。

 

「青葉さん、どうでした?」

 

「ああ、それなんだが……」

 

青葉がブログで嘘をついていたことを話すと、明石はかなり驚いていた。

 

「じゃあ、最近のあの記事も……」

 

「嘘だと言っていた」

 

「そうだったんだ……。全然分かりませんでしたよ」

 

まあ、写真は本物だしな。

 

「嘘かぁ……。でも、青葉さんなら、嘘つかなくても面白い記事が書けそうなものですけどね」

 

「俺もそう思う。だが、嘘をつく前の記事はあまり伸びてなかったみたいでさ。嘘つかなければ、つまらない記事になるって言ってるんだ」

 

「そうかなぁ……」

 

「もう嘘をつきたくないと言っているし、記事を書いたらまた嘘をついてしまいそうになるからと、ブログは止めてしまったようだ」

 

「けど、まだブログを消してないし、本当は書きたいんじゃないですか?」

 

「!」

 

「自重しているから、再開することが難しいのかもしれませんね。誰かが後押ししてあげないといけません」

 

そう言うと、明石は俺をちらりと見た。

 

「明日も行ってあげてください。何なら、ブログを再開するまで毎日。提督なら、きっと青葉さんの背中を押してあげられますよ」

 

「だが、仕事が……」

 

「私がやっておきます。だから、行ってきてください」

 

「明石……」

 

「その代り……今日のお皿洗いお願いしますー……。全然動けないんですよー……」

 

「……分かったよ。ありがとう、明石」

 

しかし、背中を押すとは言え、まずは青葉の心を開かない事にはいけないよな。

まだ壁があるように感じるし……。

 

「……そうだ!」

 

 

 

翌日は雨であった。

流石に店には明かりが灯っており、中に入ると、マスターらしき人がカウンターに居た。

この人が青葉の親父だろうか。

 

「いらっしゃいませ。二階におりますよ」

 

初対面のはずだが、何故俺が青葉の知人だと知っているのだろう。

今日来ることも言っていないのに。

そんな疑問を持ちながら、俺は二階へとあがった。

青葉は相変わらず、アルバムを眺めていた。

 

「よう。今日は何の曲を流してるんだ?」

 

青葉は少しばかり驚いた顔を見せたが、やはり悲しそうな顔に戻ってしまった。

 

 

 

「今日はコイツを持ってきたんだ」

 

俺はバッグからカメラを取り出した。

それを見た青葉の目の色が、少しばかり変わった。

 

「フルサイズですか?」

 

「なのか? よく分からないが、カメラ好きの友人から貰ったんだ。明石との思い出を記録しろってさ」

 

「凄い友人ですね……。レンズもちょっと高いやつですよ、これ」

 

青葉はカメラを手に取り、まじまじと眺めた。

 

「上手く使いこなせなくてさ、しまいっぱなしだったんだ。お前に教えてもらおうと思って」

 

その言葉に、青葉は少し躊躇ったようで、カメラをそっと机の上に置いた。

 

「教えてあげたらいいじゃないか」

 

そう言ったのは、マスターだった。

俺の前に熱いコーヒーを置く。

 

「お父さん……」

 

やはりこの人が。

親父さんはニコッと笑うと、また一階へと戻っていった。

 

「青葉」

 

「……分かりました。じゃあ、まずF値とSS、ISOについて――」

 

 

 

コーヒーは冷めても美味しかった。

 

「なるほどな。だいぶ分かって来たよ」

 

「それは良かったです。飲み込みも早いですねぇ。さすがです」

 

青葉も少しばかり心を開いてくれたのか、もう悲しい表情は見られなかった。

 

「あとは外で撮ってみて、って感じか。明日は晴れるだろうし、何処かへ行ってみようかな」

 

「今の時期なら、スイレンが綺麗ですよ。――公園のスイレンなんかは見ごろなんじゃないですか?」

 

「スイレンか。いいな」

 

「青葉も毎年、――公園のスイレンを撮りに行くんですよ」

 

「そうなのか。だったら、一緒に行かないか?」

 

って、ちょっと冒険し過ぎたか。

青葉も少し困惑しているようだ。

 

「嫌ならいいんだ」

 

「……ちょっと待っててください」

 

そう言うと、青葉は一階へと降りてしまった。

やってしまったか……。

もうちょっと時間をかけるべきだったな……。

しばらくすると、青葉は二階へと戻って来た。

 

「お父さんに許可を貰ってきました。明日は青葉が店番をする予定だったので……」

 

それを聞いて、俺はなんだか凄く嬉しくなって、思わず笑ってしまった。

 

「ど、どうしました?」

 

「いや、そうか。それは悪かったな」

 

「いえ」

 

「じゃあ、明日」

 

「はい!」

 

 

 

翌日は快晴だったが、空気は少しばかりじめっとしていた。

 

「お待たせしました」

 

「おう……って、凄い荷物だな」

 

「ちょっと気合を入れ過ぎました……」

 

「まあいい。じゃあ行こうか」

 

 

 

――公園へは、電車で5駅ほど行った場所にある。

冷房の効いた車内の中で、青葉は自分のカメラについて熱く語った。

 

「それで、どうしてもこれが欲しくて、お父さんに頭を下げてお金を前借したんです。見てください。伝説のレンズと言われた――レンズの復刻版で、こういう写真が撮れるんですよ」

 

「ほう、ボケが綺麗だな」

 

「でしょう! それで……」

 

そこまで言って、青葉は口を紡いだ。

 

「どうした?」

 

「あ、いえ……すみません……。何か一人で盛り上がっちゃって……」

 

「いや、それだけ熱中できるものだってことだろう。良い事じゃないか」

 

「でも、一人で喋って……迷惑かなって……」

 

それを聞いて、俺はちょっと心配になった。

昔の青葉は、こんな事言う奴じゃなかったのだがな。

大人になったと言えば聞こえはいいのかもしれないが、やはり、あの事件も相まって、さっきみたいな青葉の態度を抑えているのかも知れないな。

 

「迷惑なんかじゃないさ。迷惑だったら、迷惑だって言ってやるから、好きに話してくれないか? 俺は話し下手だからさ、聞いている方がいいんだ」

 

そう言ってやると、青葉は遠慮がちに話を戻した。

だが、先ほどのような熱気はもう無かった。

 

 

 

――公園は人が少なかった。

 

「今日は暑いしな。皆、外に出ないか、水を浴びれるような所で過ごしているのだろうな」

 

振り向くと、青葉は汗だくだった。

 

「ど、どうした?」

 

「いや……その……流石に重装備過ぎてですね……」

 

「早く言え。持ってやるから」

 

「わ、悪いですよ」

 

「遠慮するな」

 

カメラ以外何が入っているのか、青葉から受け取ったバッグは、かなり重かった。

 

「そう汗だくだと、カメラもべた付いてしまうだろう。どこかで涼んでからにしようか」

 

「す、すみません……」

 

 

 

園内には茶屋があって、そこで青葉の汗が引くのを待った。

 

「ほら、これで汗を拭け」

 

「ありがとうございます」

 

「しかし、少しは荷物を減らせなかったのか?」

 

三脚や一脚、その他レンズにフィルター多数……こんなにいらないだろうに。

 

「普段はもうちょっとコンパクトにするんですけど……色々教えたくて……」

 

「!」

 

「青葉、誰かと一緒に写真を撮りに行く事、した事なくて……。撮りに行っても、相手はスマホとかで……。だから、嬉しかったんです……。はしゃいじゃったんです……」

 

「お前くらいの年齢だと、共感してくれる奴が少ない趣味だもんな」

 

「そうなんです。思えば、ブログも共感してくれるような人を探すためにやってたところがあるのかもしれません。寂しかったのかもしれません……。誰かに……構ってほしかったのかもしれません……」

 

青葉は窓の外に目をやった。

その表情は、今まで見せたどの表情よりも、悲しそうだった。

 

「青葉……」

 

そうか……。

お前、寂しかったんだな。

思えば、ずっとアルバムを眺めてたよな。

あのアルバムの写真は、全て、鎮守府で撮った艦娘達の笑顔だった。

 

「青葉、もう一度、ブログを書いてみたらどうだ?」

 

「え……? でも……青葉の記事は……それに、もう嘘は……」

 

「確かに嘘はいけないことかもしれない。でも、お前は自分の気持ちにも嘘をついているじゃないか」

 

「……!」

 

「本当は、どうしたいんだ? 嘘をつかないと言うのであれば、ここで本当の気持ちを言ってみろ」

 

「…………」

 

「青葉」

 

青葉はゆっくりと口を開いた。

 

「……本当は、嘘なんかつかなくても……もっと青葉の写真を……記事を見て欲しいんです……。本当の青葉をもっと……見て欲しい……」

 

「答え、出てるじゃないか」

 

「けど……!」

 

「自分の為にそうしたいのなら、自分の為に書いたらどうだ……? 誰かの為とかじゃなくてさ。少なくとも、俺も、鎮守府のみんなも、ありのままのお前を愛していた」

 

「ありのままの……」

 

「もっと自分を愛せ。誰かの目ばかり気にしているから、自分を疎かにしてしまうんだろう」

 

「…………」

 

分かってるさ。

それでは寂しい時、どうしようもないって言いたいんだろ。

 

「青葉……寂しい時は、俺を頼れ。ブログの閲覧数が減ろうが何をしようが、俺の好きなお前だけは、変えてくれるな」

 

そう言ってやると、青葉は深く目を瞑り、しばらくそうしていた。

そして、飲み物が運ばれてくるのと同じタイミングで、俺をじっと見つめた。

 

「いいんですか……? 頼っても……」

 

「ああ」

 

「青葉……寂しい時が多いから……迷惑かけちゃうかもしれませんよ……?」

 

「そう言うのは慣れてる。ドンと来いだ」

 

島風よりはマシだろうさ。

青葉は運ばれてきた飲み物をグイッと飲み干した。

 

「行きましょう」

 

そう言って、俺の手を取った。

そして、物凄い力で俺を引っ張り込んだ。

 

「あ、おい。俺、まだ飲んでないんだが……」

 

 

 

店を出てすぐに、青葉は写真を撮るのだと、俺を連れ回して園内駆け巡った。

 

「シャッターチャンスですよ! 被写体は少し左に!」

 

「お、おう」

 

急に元気になるこの感じ。

島風に連れ回された時の事を思い出す。

青葉も、抑えているだけで、本当はもっと活発な女の子なんだと、改めて思い知らされた。

 

「見てください! 完璧な構図!」

 

久しく見る青葉の輝く笑顔に、夏の暑さも忘れ、俺も純粋に楽しむことが出来た。

 

「次はあそこに行きますよ!」

 

「おう」

 

 

 

結局、青葉が満足したのは、夕日が沈むころであった。

 

「楽しかったー! 写真もたっくさん撮っちゃいました!」

 

「そりゃ良かったな」

 

撮った写真を満足そうに眺める青葉。

 

「こんなに写真を撮るのが楽しいの、ここ最近はありませんでした」

 

そう言うと、青葉はまた、深く目を瞑り、俯いた。

 

「急にどうした?」

 

「あの……ずっとこんな感じですよ……?」

 

「?」

 

「寂しい時……頼っていい人を……こうやって連れ回してしまうのが青葉です……。それでも……頼っていいんですか……?」

 

そう言う事か。

 

「言っただろ。慣れっこだって」

 

「……周りの人達、どれだけわんぱくなんですか」

 

「今更一人二人増えようが、変わらないさ。俺で良ければ、頼ってくれ」

 

そう笑ってやると、青葉は安堵した表情を見せた後、今日一番の笑顔を俺に見せた。

 

 

 

あれから数日。

青葉はブログを再開した。

言った通り、少しばかり閲覧数は減ったようであるが、青葉は落ち込むことは無く、むしろ活き活きとした記事になっているように感じた。

 

「にしても……」

 

「司令官! こっち向いてくださーい!」

 

「お、おう」

 

青葉は、島風と同じくらいの頻度で工房を訪れるようになった。

皆にならって、俺の事を司令官と呼ぶようにまでなった。

 

「いい笑顔ですねぇ。もう一枚~」

 

「お前、寂しい時にって言ってなかったか?」

 

「青葉は年中寂しいんですよぉ。だから、構ってくださいね」

 

「ちょっと青葉! 提督のお仕事邪魔しちゃダメー!」

 

「そんな事言って、島風ちゃん、司令官に構ってもらえないから嫉妬してるんじゃないですかぁ?」

 

「そ、そんな事ないもん!」

 

「本当~?」

 

毎回あんな感じで、島風とワイワイやっている。

 

「島風がもう一人増えたみたいだ……」

 

「いいじゃないですか。賑やかになって」

 

ま、島風の相手をしてくれるし、どっこいどっこいか……。

 

「悪かったな。俺が出ている間の事」

 

「いいんですよ。私たちの仕事はモノ作りだけじゃなくて、人の心を動かす仕事です。提督は立派に仕事をしてましたよ」

 

「明石……」

 

「それに、提督が居なければ、夕張ちゃんと仕事できますし」

 

「そう言う事ー」

 

ツナギを真っ黒にした夕張が、車の下からちょろっと顔を出した。

 

「俺が居ても来てるじゃないか……」

 

「お金は貰ってないわ。ご飯は食べさせて貰てるけど」

 

どおりで鳳翔から貰った飯の減りが早いわけだ。

 

「…………」

 

あの事件以来、悪い事ばかり起こると思っていたが、余計に明るくなっていくように感じる。

事件があってよかったとは言わないが、危機というものはいつだって、乗り越えた先にこういう未来が待っている。

不思議なものだ。

 

「雨降って地固まる……って感じですかね」

 

明石もそれを分かっているのか、そう零した。

 

「でも……本当は提督が頑張ってくれているからだって、分かってますよ……」

 

「お前も、だろ」

 

「え?」

 

「それを分かってくれているから、青葉の所に行かせてくれたんだろ。俺だけじゃない。お前が居てくれたから、俺は頑張れた。そうだろ?」

 

「提督……」

 

「まだまだ困難はあるだろう。二人で乗り越えていこう。今回みたいにさ」

 

そう言って笑ってやると、明石もニコッと笑った。

 

「……はい!」

 

「提督ー、一緒に写真撮ろーよ」

 

「仕事中だバカ」

 

「行ってきていいですよ。私と夕張ちゃんで仕事してますから。提督も仕事してきてください」

 

「そうそう。貴方は居なくても大丈夫なんだから」

 

「それはそれで何だかな……」

 

「提督ー」

 

「司令官ー」

 

「ほら、呼んでますよ」

 

「分かったよ。行ってくる」

 

「行ってらっしゃい」

 

そうさ。

二人なら何でも乗り越えられる。

 

「行きますよー。はい、チーズ!」

 

この写真の笑顔のように、それも決して変わる事の無い一つであるのかもしれない。

そう思った。

 

――続く。


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