「アトリエ明石」の「提督さん」   作:雨守学

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第三話

車に乗って早々、明石は寝息を立て始めた。

 

「全く……昨日の夜は、眠れない眠れないと騒いでいたくせに……」

 

海軍からの要請で、俺たちは――県へと向かっていた。

なんでも、艦娘のみで構成される学校の教師(教師も艦娘らしい)が、用意された寮に所々不満があるようで、その要望を叶えてくれとの依頼だった。

相当酷い状況なのか、それとも単に教師が我が儘なだけか……。

いずれにせよ、滞在期間も長く、要望によっては大きな金になる事は間違いなかった。

 

 

 

サービスエリアで給油し、更に車を進める。

その頃には、明石も目を覚まし、再び鼻息を荒くさせていた。

 

「んふふ~提督、楽しみですねぇ」

 

「お前、昨日からそれしか言ってないな」

 

「だって、久しぶりの遠出ですし。仕事とはいえ、旅行と同じようなものですよ!」

 

そう言うと、明石は――県の旅行ガイドを開いた。

 

「あー! ここ素敵ですよ! 夕日を眺めながら温泉ですって! 行きたいなぁ……。ほら、提督!」

 

「馬鹿、運転中だ!」

 

その後も渋滞に巻き込まれることなく、夕方前には寮に着くことが出来た。

 

 

 

「何もないところだな」

 

「本当ですね」

 

周りを見渡しても、コンビニなどは見当たらなかった。

海沿いに建つ寮は、教師用と生徒用の二棟だけだ。

 

「しっかし、古い建物ですねー」

 

「元々は別の用途の建物だったのかもな。外観は古い感じだが、おそらく内装だけは綺麗にしているのだろう」

 

そんな事で建物を眺めていると、寮の方から一人の女性が近づいて来た。

あれは確か……。

 

「やあ、待っていたぞ」

 

「長門さん!」

 

戦艦の長門。

戦時中に一度だけその姿を目にした事がある。

あの頃のたくましさは健在で、戦艦であった頃と何ら変わりがなかった。

 

「久しいな、明石。それと、そちらは噂の彼氏か」

 

「ああ、よろしく」

 

「こちらこそ」

 

長門と握手を交わし、寮へと案内された。

 

 

 

入って早々、教師の艦娘達が出迎えてくれた。

若い艦娘ばかりで、明石の彼氏という事が珍しいのか、俺を囲う様にして皆集まった。

 

「高雄です。どんな人が来るか不安だったけど、貴方のような素敵な人で良かったわ」

 

「あー、高雄ったら、他人の彼氏口説いていけないんだー」

 

「べ、別に口説いてないわよ!」

 

「あ、私は愛宕ね。よろしくー。うふふ」

 

「お、おう……」

 

若々しい活気に、しばらくタジタジになっていた。

そんな俺を、明石は細い目でじっと見つめていた。

 

「みっともないぞ貴様ら」

 

場を鎮めたのは、戦艦の武蔵だ。

 

「すまないな二人とも。部屋を用意してある。こっちだ」

 

黄色い声を後ろに、俺たちは逃げるようにして武蔵について行った。

 

「来て早々悪いな」

 

「いや、少し驚いたが、活気があっていい所だ」

 

「ここは男子禁制だから、男が来たと言うだけであんな騒ぎだ」

 

「男子禁制? 俺は大丈夫なのか?」

 

「ああ、海軍からのお墨付きだからな。明石に一途な、真面目な男と聞いている」

 

それに、明石はツンとした感じで反応した。

 

「期待に添える人じゃないですよ? 今だって、若い艦娘に囲まれてデレデレしてたし……」

 

「おや、それは情報と違うな。どういうことだ?」

 

「明石に一途なのは本当だ。真面目かどうかは判断に任せる」

 

「フフッ、中々いい男じゃないか明石。ここの艦娘達は出会いが無くて、男に飢えているんだ。気を付けた方がいいぞ? 無論、私もその一人だという事を忘れるなよ?」

 

イタズラに笑う武蔵に、明石はさらにムッとした顔を見せた。

 

「大丈夫ですよ! 提督は私に一途で真面目な男だし! ね、提督!」

 

「さっきと言ってることが違うが……」

 

そんな会話をしている内に、俺たちが使う部屋に着いた。

 

「ここだ。ちょっと狭いが、我慢してくれ」

 

鈴蘭寮よりも少しだけ広いその部屋からは、海が望めた。

 

「いい眺めー」

 

「疲れたろう。しばらく休憩してくれて構わない。私たちは夕食の準備をしているから、何かあったら食堂に来てくれ。食堂はここを出て左の一番奥にある」

 

「分かりました」

 

「では、また」

 

武蔵が出ていくと、明石は早速部屋の隅々まで探索を始めた。

 

「確かに内装は綺麗ですね。他の部屋もこんな感じなのかな……」

 

車内で寝ていただけあって、元気だな。

俺は気が緩んだのもあって、ウトウトし始めていた。

 

「提督?」

 

「すまない。ちょっと仮眠する……」

 

「ずっと運転してましたもんね。お疲れさま、提督」

 

座布団を枕にして寝っ転がると、体がパキパキと音をたてた。

 

「私はちょっと皆さんの話を聞いたりしてきますね」

 

「ああ……」

 

「お休み、提督」

 

明石が部屋を出ていくのを見送り、そのまますぐに眠ってしまった。

 

 

 

「ん……」

 

誰かが小さな声で会話しているのを聞いて、目を覚ました。

 

「「あ……」」

 

俺を覗きこむ二つの影。

暗さに目がなれた時、それが愛宕と高雄の二人だと分かった。

 

「あーあ、起きちゃった。高雄の声が大きかったからぁ」

 

「愛宕の声の方が大きかったわよ! あ……えーっと……おはようございます。夕食の準備が出来ましたので、起こしに来たんです」

 

「そうだったのか。ありがとう」

 

時計を見ると、19時を指していた。

 

「ねぇねぇ聞いて彼氏さん。高雄ったらね、彼氏さんが寝ているのをいい事に、色々イタズラしようとか言い出したのよ?」

 

「はぁ!? 言い出したのは貴女でしょう!?」

 

「そうだっけぇ? でも、高雄だってノリノリだったじゃない?」

 

「わ、私はただ、起こしてあげようとして……」

 

「またまたぁ」

 

そんな事で騒いでいると、明石が廊下から飛んできた。

 

「あー! やっぱり二人して!」

 

「あら、見つかっちゃった? うふふ、逃げろー」

 

「あ、こら! 待ちなさい愛宕!」

 

愛宕と高雄はそそくさと廊下を飛び出し、残された明石は呆れた顔を見せていた。

 

「全く……油断も隙もありゃしないんだから……。提督、おはようございます」

 

「おはよう。だいぶ寝てしまったみたいだな……」

 

「本当ですよ。あれから大変だったんですよ?」

 

「大変?」

 

「えぇ……。私がいない事をいいことに、色んな艦娘達がこの部屋に訪れては、提督にいたずらしようとしてたんですから。今の二人だって……」

 

そう言う事か……。

 

「全く気が付かなかったな」

 

「提督も気を付けてくださいね? あ、それとも、満更でもないとかですか!?」

 

「寝起きでそんなこと考えられないさ。夕食、出来てるんだって?」

 

「えぇ、そうなんです。ここでは、皆さん一緒に食べてるんですって。私たちもご馳走になりましょう」

 

まだ疲れの取り切れていない体を起こし、俺たちは賑やかな食堂へと向かった。

 

 

 

夕食時には駆逐艦達も一緒のようで、戦時中の顔なじみもチラホラ居た。

 

「彼氏さーん、こっちこっち!」

 

愛宕と高雄の間に、一つだけ席が空いていた。

俺が困っていると、明石がそこにドカッと座って見せた。

 

「提督はあっちに席がありますから、そちらへどうぞ」

 

「お、おう……」

 

俺が寝ている間、本当に大変だったんだろうな……。

後で明石とのちゃんとした時間を設けた方がいいな……。

 

「っと……俺の席は……」

 

駆逐艦達の座っているテーブルに、一つ席が空いていた。

 

「すまんが、隣いいか?」

 

「もちろん。どうぞ」

 

聞き覚えのある声だが、顔を見ても思い出せなかった。

 

「お兄さん、久しぶりっぽい」

 

目の前には、夕立が座っていた。

 

「夕立か。大人っぽくなったな」

 

その他にも、顔なじみの艦娘達が同じテーブルに揃っていた。

皆成長していて、昔の子供っぽさは消えていた。

 

「それじゃあ、皆揃ったな。では、いただきます」

 

武蔵の合図に、一斉にいただきますの声が響く。

駆逐艦もいるしな。

こういうのは大切だ。

教師と生徒が同じ屋根の下で同じ飯を食うなんて、ここはいいところだ。

 

 

 

夕食後、駆逐艦達は就寝時間も早いようで、早々に自分たちの寮へと帰っていった。

 

「お兄さん、また明日っぽい」

 

「おう」

 

その背中を見送っていると、先ほど隣に座っていた少女が、俺の背中をじっと見つめていた。

 

「どうした? お前は帰らないのか?」

 

そう言ってやると、少女はニコッと笑い、俺に近づいて来た。

 

「?」

 

見つめる瞳の色。

やはり、どこかで見覚えがあった。

 

「僕の事、覚えてる?」

 

それを聞いて、まさかと思った。

 

「お前……もしかして時雨か?」

 

「ピンポーン、正解。やっぱり気づいてなかったんだ」

 

正直、俺はかなり驚いていた。

髪型と言い、ルックスと言い、俺が出会った頃とは比べ物にならないほど、美人になっていたからだ。

芋クサく、地味な女の子という感じだったが……。

 

「髪型も変わってるし、身長も凄く伸びてたから、全く分からなかった」

 

「まあ無理もないよね。あれから結構経ってるし」

 

俺がこいつと出会った頃の印象は、「少し変わった奴」だった。

他の駆逐艦と違って、何処か落ち着いていて、見た目に反して大人っぽい感じの性格をしていた。

 

「久しぶりだね。元気そうで良かったよ」

 

「ああ、そっちもな。なんだ、さっき話しかけてくれればよかったじゃないか」

 

「君がいつ気づくか試したんだ。でも、全然だったね」

 

「悪いな」

 

「ううん」

 

時雨との思い出がフラッシュバックしてくる。

会話の感じ。

あの頃と何も変わってないな。

 

「時雨ー、はやく帰るっぽい!」

 

「うん、今行くよ。それじゃあ、僕は行くね。お休み」

 

「ああ、お休み」

 

しかし、子供って成長するもんだな。

工房に遊びに来る駆逐艦達よりも年が上だから、余計にそう感じる。

 

「あ、そうだ」

 

時雨は近づくと、小さな声で言った。

 

「明日の夕方、時間があったらあそこの入り江に来て。二人っきりで話しがしたいんだ」

 

そう言うと、ニコッと笑い、また寮の方へと去っていった。

 

「提督ー? なにしてるんです? お風呂はいりましょうよー」

 

「あ、あぁ……」

 

本当にあの時雨だよな……?

 

 

 

風呂は大浴場一つしかなく、男湯なぞある訳がなかった。

 

「はあ、気持ちいいですねー」

 

「どうしてお前も一緒なんだ」

 

「そりゃ一緒ですよ! 鍵無いんだから、誰かが入ってきたらどうするんですか!?」

 

「一応、指定された時間だから、皆知ってると思うがな」

 

「その指定された時間に入ってこようとする輩もいるんです! ここは油断も隙も無いんですからね……全く……」

 

そうは言っても、本当は混浴したいって気持ちもあったのだろうな。

ここでの仕事の話が出てからずっと、混浴温泉ばかり探してたし。

 

「それで? 皆からの話を聞いてどうだった?」

 

「あぁ、それなんですけど、建物の作りには文句がないそうです。雨漏りとかもないし、トイレもしっかりして綺麗だったし」

 

「じゃあ何が不満なんだ」

 

「本当にちょっとした事ですよ。例えば、ここに棚が欲しいとか、鏡が欲しいとか、そんなのばっかりです」

 

「俺はてっきり建物の構造的な話かと……」

 

「ですよね?」

 

これはあまり金額的にも期待できないな……。

海軍連中め……何も聞かずに寄越したな……。

 

「まあ、普段頑張ってる方たちですから、出来るだけ要望にはちゃんと応えましょう」

 

「そうだな」

 

「でも今は……」

 

明石はピタッと密着すると、嬉しそうに笑った。

 

「この場を楽しみましょう! えへへ、提督と混浴なんて、久しぶり! 温泉じゃないけど、幸せー」

 

そう言えば、こうして混浴をするのは、前に住んでいたアパート以来だな。

今じゃシャワーだし、狭くて二人じゃ入れないしな。

 

「明石、お前少し痩せたか?」

 

「あー、そうかもしれませんね」

 

まともなもん、あまり食わせてやれてないしな……。

今回の仕事も、あまり大きな成果は望めなそうだし、ちょっと苦しいかもな……。

 

「提督?」

 

「いや、細いなと思ってさ……。もっと美味いもん、たらふく食わしてやりたいと思って……」

 

「別にいいですよ。現状に満足してますし。それとも、提督、実はふくよかな女の人の方が好きですか? あの二人みたいな……」

 

「そういう訳じゃないよ」

 

「まあ、あの二人は胸も大きいですしねー……」

 

「俺は慎ましい方が好きだけどな」

 

「ちょ、触っちゃだーめ」

 

そんなやり取りをしていると、何か視線を感じた。

 

「この感じ……!」

 

明石がダッシュして扉を開けると、何名かの艦娘がこちらを覗いていた。

 

「こらー! 何やってるんですかー!」

 

「やぁん」

 

明石の大声に、皆一斉に逃げていった。

 

「ほらぁ!」

 

「まあ、入ってこないだけいいだろう」

 

おてんばというかなんというか。

先ほどの時雨と違って、まだまだ若い連中が集まっているな。

こういう都心から離れたところだと尚更か。

 

 

 

風呂から上がり、共用スペースで涼んでいると、武蔵がやって来た。

 

「話は聞いたよ。あいつらにはきつく言っておいた。すまなかった」

 

「いや、俺が悪いんだ。本来なら、ここに入る事すらいけないのに」

 

「こんな事が後何日も続くのかぁ……。提督ぅ……本当に大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ。多分……」

 

「多分ってなに!?」

 

「うむ……あまりにも続くと迷惑をかけてしまいそうだな……」

 

武蔵は少し考えた後、何か思いついたのか、指を鳴らした。

 

「そう言えば、駆逐艦の寮に一部屋空きがあったな。もしよかったら、そちらに寝泊まりしてはどうだろう?」

 

「その方がいいですよ!」

 

「だが、狭い部屋でな……。明石とは離れる事になるが……」

 

「え!?」

 

俺はどっちでも良かったが、明石が物凄く悩んでいた。

 

「提督と過ごす時間が少なくなるのはなぁ……。でも、このままだと……うーん……」

 

「いずれにせよ、空き部屋はまだ掃除もしてないし、今日の所はここに泊まって、明日どうするか回答をくれないか?」

 

「分かりました!」

 

それから眠りにつくまで、明石はどうするか考えていたようであった。

 

 

 

翌日。

やはり皆で朝食を取り、駆逐艦と教師の艦娘達は、学校へと一緒に登校していった。

 

「武蔵さんは今日お休みですか?」

 

「ああ、お前たちがここに居る間は、日替わりで誰かしら一人はいる事にしている」

 

「普段は誰もいないのか」

 

「そうなる事が多いな。休みの艦娘は、街へ出かけてしまうし」

 

まあ、ここでじっと過ごすような奴らには見えなかったしな。

 

「それで、結局どうするんだ? 彼氏を向こうの寮にやるか?」

 

「はい。昨日も駆逐艦達と仲良くしてたみたいだし、そっちに居た方がいいかもしれません」

 

「分かった。では、私は部屋を掃除してくるから、何かあったらここに連絡をくれ」

 

そう言って、武蔵は番号の書かれた紙を寄越し、駆逐艦の寮へと去っていった。

 

「さて、私たちはお仕事ですよ。とりあえず、要望は紙にまとめておいたので、一つ一つ片づけていきましょうか」

 

「ああ」

 

部屋の寸法などは全て測ってあるようで、いつの間にか図面も引いていた。

 

「流石だな」

 

「えへへ。一応、要望を形にした簡易図面もあって、皆さんにはもう見て貰ってます。形は決まってますが、色などのデザインが決まってないので、提督、お願いできますか?」

 

「分かった。何パターンか描いてみよう。細かい要望については何かあるか?」

 

「とにかく可愛い感じに……としか……」

 

「可愛い感じ……。ふんわりしているが、何とかしてみよう」

 

「私は物だけ作っちゃいますね。後、それが終わったら、近くにホームセンターがあるみたいなので、足りない材料など買いに行きましょう」

 

「よし。じゃあ、始めるか」

 

「おー!」

 

それから時間も忘れ、明石とああでもないこうでもないとやりながら、作業を進めていった。

武蔵がお昼にしようと言ってこなければ、昼食も忘れて没頭していたに違いなかった。

 

 

 

夕方。

デザインも固まり、明石も今日のノルマ以上に物を作り上げていた。

 

「途中で材料が無くならなければ、もっと出来たんだけどなぁ……」

 

ホームセンターからの帰り道、助手席に座る明石はそう零した。

 

「時間はたくさんある。あまり急ぐことも無かろう」

 

「そうですけど、あまりお店を空けていられないし、早く終わらせて、提督とゆっくり観光でもしたいなぁって……」

 

何度も見返してボロボロになったガイドブックを明石はつまらなそうにぱらぱらとめくった。

 

「お仕事も楽しいけれど……久々の遠出だって事も、忘れないでくださいよ……?」

 

「ああ、分かってる。だが、焦って適当な仕事になる事だけは避けような」

 

「そこは大丈夫です。提督こそ、居心地がいいからって、ノロノロと仕事をしちゃいけませんからね?」

 

「丁寧かつ迅速に対応するつもりだ。俺だって、お前と観光するの、楽しみにしてるんだぞ」

 

そう言ってやると、明石はシートに深く腰掛けた。

 

「ならいいですけど」

 

それから、疲れたのか、明石は寝息を立て始めた。

車内が揺れるたびに、購入した材料がガタガタと音を立てていたが、明石が起きる事は無かった。

こんなになるまで頑張って、本当に観光がしたくてたまらなかったんだろうな。

 

 

 

寮に着く頃には、駆逐艦寮の空き部屋の掃除も終わっており、荷物も運んでくれていた。

 

「私は皆にデザインを見せてきますね」

 

俺もついて行こうとすると、明石にとめられた。

 

「男子禁制です!」

 

「今更だな」

 

「提督にはもう部屋が用意されてるんだから、ちゃーんとルールは守ってください」

 

「分かったよ。信用無いな」

 

デザインを見てどんな反応をするか知りたかったが、俺は仕方なく、用意された部屋へと向かった。

 

 

 

寮では駆逐艦達が歓迎してくれて、早速遊べだのなんだの言いだした。

 

「お兄さん、昔みたいに色々作ってー」

 

そう言えば、暇つぶしに竹とんぼとか色々作ってやってたな。

中でも、木彫りのキーホルダーとか、デザインが可愛いものはよく強請られたものだ。

 

「分かったよ。なにを作ってほしい?」

 

そんな事で相手をしている内に、窓の外では、いつの間にか日が沈みかけていた。

 

「あれ、そう言えば、さっきから時雨がいないっぽい」

 

「本当だ。どこ行ったんだろうねー」

 

それを聞いて、俺はハッとした。

 

「そうだった……。すまん、ちょっとだけ出てくる」

 

駆逐艦達のブーイングの中、俺は急いで指定された入り江へと向かった。

 

 

 

入り江に着く頃には、水平線に日が八割がた沈んでいて、辺りは少し暗かった。

 

「時雨!」

 

俺の声に、時雨は昨日と同じように微笑んで見せた。

 

「やっと来てくれた。もう来てくれないんじゃないかって思ったよ」

 

「すまん……。あいつらの相手をしていたら、いつの間にか日が暮れていて……」

 

時雨は俺の息が整うまで、じっと待っていた。

 

「もう大丈夫だ。それで、話がしたいというのは?」

 

「そのままの意味だよ。昔みたいに、二人だけで話がしたかったんだ。誰もいない、静かな場所で」

 

そう言うと、時雨は風をなぞる様に、髪をかき上げた。

 

「隣、座って」

 

「おう」

 

小さな岩場に、二人腰かける。

 

「懐かしいな。覚えてる? こうして二人で過ごした日々」

 

そう言われて見れば、昔もこうして二人で話したような気がする。

あまりはっきりとは覚えていないが。

 

「あの頃は、皆僕の事を、他の駆逐艦達と違って、少し大人な態度で接してくれていたけれど、君だけは、子供として接してくれたよね」

 

「実際、子供だったしな」

 

「見た目はね。自分でも、同い年の子とは違うなぁって思ってたし、子供なんかじゃないって思ってた。そんな時に、君がそうした態度で来るから、僕はちょっとムキになってたんだよ?」

 

「そうなのか?」

 

「ほら、こうしてわざと二人っきりになってみたり、体を密着させたりしてたじゃないか」

 

「じゃれてるのかと思ってたが」

 

「……君は僕の事を本当に子供扱いしてたんだね。僕的には、誘惑してたつもりなんだけど……」

 

「誘惑ってお前な……」

 

「とにかく、大人として扱われたかったんだ。君だけが子供扱いしてくるのが、許せなかったんだ」

 

日は既に沈んでいた。

空には雲がかかっていて、反射した光のお陰で幾分か明るく感じる。

 

「あれから君とは離れ離れになっちゃったけれど、ずっとその事が気がかりだったんだ」

 

時雨はぐっと顔を近づけた。

 

「ねぇ……今でも僕の事を子供扱いできる?」

 

「他の駆逐艦達と同じようには接するつもりだ」

 

「……子供扱いじゃないか」

 

「そんなつもりは無いが、大人扱いして欲しいのか? 暁じゃあるまいし」

 

そう言ってやると、時雨は少しムッとした顔を見せた。

 

「君はどうしても僕を子ども扱いするんだね……」

 

気を悪くさせちゃったか……。

 

「そこまで大人にこだわる理由ってなんだ?」

 

時雨はそれに答えなかった。

 

「時雨?」

 

その時、遠くで俺たちを呼ぶ声がした。

 

「……夕食の時間だね。来てくれてありがとう。先に行ってるね」

 

そう言って、顔も見せずにそそくさと寮の方へと戻ってしまった。

 

「…………」

 

 

 

夕食は、明石達と同じテーブルに座った。

デザインなどの意見を聞くためだ。

 

「彼氏さんのデザイン、気に入りました。特にこのデザイン」

 

「私はこれかなー?」

 

「気に入ってくれたなら良かった。早速明日から作るとしよう」

 

「明日はこの高雄が居ますから、お手伝いします。何でも仰ってくださいね」

 

「あー、高雄ったら、何だか色目使ってない?」

 

「使ってないわよ!」

 

「ハハハ……」

 

明日はずっと、明石の監視がつくだろうな……。

ふと、遠くのテーブルに目をやると、時雨と目が合った。

だが、すぐに外されて、再び合うことは無かった。

 

 

 

翌日。

作業中、明石に時雨の事を話した。

 

「それってもしかして、提督の事が好きなんじゃないですか?」

 

「俺の事が?」

 

「だって、対等な立場として見られたいって思ってるのは、そう言う事なんじゃないですか?」

 

なるほど……。

誘惑してるとか言ってたしな……。

 

「好きな人に子供扱いされたら、そりゃムッと来ますよ」

 

「軽率だったかな……」

 

それを聞いていたのか、高雄がお茶を持って話に入って来た。

 

「あの子の事を子供だっていう人、初めてです」

 

「そうなのか?」

 

「えぇ。だって、他の駆逐艦達と違って大人な性格をしていますし、我が儘だって一度も言った事ないんですから。皆で何かを分け合う時だって、時雨は余ったものを選んだり、譲ったりできる子なんです」

 

「確かに、私も昔から、大人だなぁって思ってました。大きく成長した今は、見た目も大人ですよ」

 

見た目も大人、か。

確かに、大人びた性格に幼い顔からは成長して、今はどちらも大人っぽく感じはする。

だが、そうは言っても、やっぱり駆逐艦達と同列に見てしまうな……。

 

「そんなに子供扱いしているつもりは無いんだが、他の駆逐艦と同じ待遇では、やはりそうなってしまうのだろうか……」

 

「もし提督に恋をしているとしたら、女として扱ってほしいって事なのかもしれませんね」

 

「本当にそうなのだとしたら、俺が時雨にしてやれることは何もないな……。俺にはお前がいるし……」

 

それを聞いて、明石と高雄は顔を赤くした。

 

「聞いているこっちが恥ずかしくなってきますわね……」

 

「言われてる私が一番恥ずかしいです……」

 

 

 

駆逐艦達が帰って来る頃には、要望通りの物は全て完成し、後は設置するのみとなった。

 

「明日の午前中には終わりますね」

 

「そうだな。案外早く終わったな」

 

「そりゃ急ぎましたもん。これで、明日の午後からは観光ですよね!」

 

「ああ。どうせなら、どこかで一泊していくか? ビジネスホテルにはなってしまうだろうが……」

 

「十分です! 一泊しましょう! 武蔵さんには状況を説明して、明日の午後には出るって話しちゃいますね。明日は学校もお休みだから、皆にお別れも言えますよ」

 

「そうか。そりゃ良かった」

 

「それじゃあ私はここで。夕食にまた」

 

「ああ」

 

明石が去るのと同時に、後ろから俺を呼ぶ声がした。

振り向くと、時雨が立っていた。

 

「やあ」

 

「時雨」

 

「聞いちゃった。明日、ここを出るんだね」

 

「ああ、三泊四日と短い時間だったが」

 

「そっか……。ね、これから時間ある? またあの入り江に行かない?」

 

「構わないよ」

 

「じゃあ、先に行ってて。僕は準備してから行くから」

 

「分かった」

 

何の準備かは分からないが、俺はそのまま入り江の方へと向かった。

 

 

 

しばらく海を眺めて待っていると、時雨がやって来た。

 

「お待たせ」

 

先ほどよりもラフな格好で、手には缶コーヒーを二本持っていた。

 

「はい、冷えてるよ」

 

「ありがとう」

 

時雨は隣に座ると、寄り添って、俺と同じように海を眺めながら、コーヒーを飲んだ。

 

「昨日は暗くて分からなかったが、静かでいい所だな」

 

「僕のお気に入りの場所なんだ。先生たちも、あまり来ないんだよ」

 

「そうなのか」

 

夕方前の太陽は、じりじりと俺たちの肌を焼いた。

海から反射した光も同じように。

 

「昨日は悪かったな。子供扱いしているつもりは無かったが、気を悪くさせてしまった」

 

「ううん。僕もムキになりすぎたよ。ごめんね」

 

そう言うと、時雨は持っていた缶コーヒーを置いて、立ち上がった。

 

「ちょっと泳ごうかな。君も来る?」

 

「俺はここで見ているよ」

 

「そう」

 

時雨は服を脱ぐと、下には水着を着こんでいた。

準備って、そう言う事か。

 

「ちゃんと見ててね」

 

「ああ」

 

それからしばらく、時雨の泳ぐ姿を眺めていた。

たまに水面から顔を出すと、こちらを見てニッと笑って見せた。

俺はそれに、手を振って応えたりしていた。

とても静かで、ゆったりとした時間が流れていた。

 

 

 

「ふぅ……」

 

「お疲れさん。タオルはあるか?」

 

「うん、バッグの中に。拭いてくれる?」

 

「おう」

 

時雨の濡れた髪を拭いてやっていると、そのまま体を俺に預けてきた。

 

「おい、濡れるだろ」

 

そう言っても、時雨は離れなかった。

 

「時雨?」

 

「僕の体……もう大人でしょ?」

 

「またそれか」

 

「胸も大きくなったし……ほら、見てみる?」

 

そう言って水着をずらすと、日焼けしていない白い肌がちらりと見えた。

 

「ふざけてないで、ほら、離れろ。拭けないだろ」

 

「拭かなくていいよ。今は、ちゃんと僕の体を見て欲しいんだ」

 

「お、おい」

 

迫る時雨。

やはり、明石の言った事は――。

 

「時雨、俺には明石という女が居てだな!?」

 

「うん、知ってるけど……?」

 

「知ってるなら離れろ!」

 

「それとこれとは別だよ。ほら、僕の体を見て。大人になったでしょう?」

 

「わ、分かった! 大人だよ。大人だから離れろ!」

 

そう言ってやると、時雨は微笑みながら離れた。

 

「やっと言ってくれた」

 

俺が唖然としていると、時雨は俺からタオルを取って、自分の体を拭き始めた。

 

「ね、僕は大人でしょ?」

 

「……それを認めさせるために?」

 

「そうだよ? それ以外に何か?」

 

そう言う事か……。

俺が好きとかそう言うのじゃなくて、ただ単にそう言う……。

純粋というか、子供というか……。

 

「こんな事までして、お前は大人に見られたかったのか?」

 

「うん」

 

「それは何故だ?」

 

時雨はまた黙った。

俺の事を好きなのではないとしたら、何か深い事情でもあるのだろうか……。

 

「時雨」

 

「……僕は……大人じゃないといけないから……」

 

 

 

風は少しだけ冷たくなってきた。

 

「大人じゃないといけない?」

 

「そう……。僕はずっと、他の駆逐艦達と比べられてきたんだ。あの子と違って、時雨は大人だねって。ここでも同じ」

 

明石も高雄も、そう言っていたな。

 

「最初は気分が良かったよ。でもね、大人だからって言う理由で、他の子と違って我が儘を言えないし、何かを取り合う時も、譲らなきゃいけない……。少しでもその態度が緩んだら、僕は非難される。大人なのにって……」

 

なるほど……話は見えてきた。

 

「それなのに、どうして俺に大人に見られたいと?」

 

「君が子供扱いするからさ……。君の前だと……僕は子供で居てしまいそうになるんだ……」

 

「いいことじゃないか」

 

「駄目だよ……。僕はずっと、子供の自分を抑えて来たんだよ? そうしないと、いつか子供の自分が出て来て……みんなから変な目で見られたり、非難されたりしてしまうかもしれない……。君がどう見ようとも、他のみんなは僕の事を大人としてみてるんだ……。それは変えられない事実なんだよ……」

 

「…………」

 

「だから……君にも大人として扱ってほしかったんだ……。そうすれば、子供の僕は出てこないから……」

 

その表情は、とても悲しみに包まれていた。

 

「……そんな事でずっと悩んでいたのか」

 

「そんな事じゃない! 僕はとても苦しんで……!」

 

必死に叫ぶ時雨を、俺はそっと抱きしめてやった。

 

「そんな事だよ。苦しいなら、ちゃんと苦しいって言わなきゃ駄目だ」

 

「……それは我が儘だよ。子供のすることだよ……」

 

「そんなことあるもんか。そうやって一人でウジウジ抱え込んでいる方がよっぽど子供だ。大人子供に限らず、言うって事は大事なんだ。一人で解決出来てない問題なら、なおさらだ」

 

「…………」

 

「それを聞いて、お前を非難する奴はいないよ。俺が保証する」

 

「…………」

 

「だから、もう無理はするな」

 

時雨は何も言わなかった。

 

「……なんて、軽率だったな。お前の苦労も知らないで……。ごめんな……」

 

時雨を放してやると、今度は時雨の方から抱き着いて来た。

 

「時雨?」

 

「……僕だって」

 

「…………」

 

「僕だって……本当は甘えたりもしたいし……我が儘言いたい時だってあるんだ……」

 

子供の時雨が、俺の胸の中にいた。

 

「……ああ、そうだよな」

 

優しく頭を撫でてやると、時雨は続けた。

 

「この前だって――」

 

「ああ……」

 

「あの時だって――」

 

それからずっと、時雨は溜め込んでいたものを吐き出し続けた。

言葉一つ一つが、段々と、子供の我が儘のようなニュアンスになっていくのを感じながら、俺はそれを受け止め続けた。

全てを吐き終えた頃には、日も沈んで、俺たちを呼ぶ声が、波の音と共に入り江にも響いた。

 

 

 

夕食の後、俺は時雨の事を高雄達に話した。

皆、そんな事を感じているとは思っても見なかったようで、大人として我慢することを強いてしまったことがあると、反省する者もいた。

 

「時雨の気持ちに気が付けなかった私たちも悪いわ……。そうよね……あの子だって、まだみんなと同じ子供だものね……」

 

「これからは、ちゃんと皆と同じように接してやらないとな……」

 

これであいつも、少しは子供で居る事が出来るかな……。

 

 

 

その夜。

俺の部屋に時雨が訪れた。

 

「ちょっとだけいいかい?」

 

「ああ、ちょっとだけな」

 

寮はとても静かで、消灯時間が近づいていた。

 

「何か作ってたの?」

 

「ああ、あいつらから頼まれた小物関係をな。明日、帰るからさ。急いで作ってたんだ。間に合ってよかったよ」

 

「そっか……」

 

沈黙が続く。

 

「僕ね、やっぱり大人で居ようと思うんだ」

 

「え?」

 

「君に色々聞いてもらって、気持ちがスッキリした。僕はこの気持ちを、誰かに聞いて欲しかっただけなのかもしれない」

 

「…………」

 

「今更子供のように我が儘言いにくいし、いずれは本当に大人になるんだ。それまでには、ちょっと遅すぎたかなって」

 

「でもお前……」

 

「大丈夫。大人ではあるけれど、辛い時はちゃんという事にするから。それは、大人だろうが子供だろうが、することなんでしょ?」

 

「ああ」

 

「それが出来ただけで、僕の気持ちがスッキリするのなら、子供である必要はないのかなって……そう思ったんだ」

 

落ち着いたその結論こそ、時雨が大人であるという証であるように思えた。

 

「そうか……」

 

ただそれが、成長したと言っていいのか分からず、俺は視線を落とした。

 

「ただね、僕の気持ちを言える人というのは必要で、僕はその人の前でだけは、子供で居ようと思ってる」

 

そう言うと、時雨は俺の目をじっと見つめた。

 

「さっきも言った通りさ……本当は甘えたりしたいんだ……。そしてそれだけは……どんなに言葉にしても……スッキリすることは無いんだよ……?」

 

それを聞いて、俺は胸を撫で下ろした。

 

「フッ……安心した。ほら、こっち来い」

 

時雨は俺に抱き着いて、顔を埋めた。

 

「頭……撫でて欲しいな……」

 

「分かったよ」

 

子供の抱き心地というよりも、小柄な、大人の女性を抱きしめているみたいだ。

ちょっとだけ、明石をこうした時と似ているかもしれない。

 

「僕も君の事……提督って呼んでいいかな……?」

 

「好きにしろ」

 

「提督……」

 

それから消灯時間までの短い間、時雨はずっと俺の胸の中に居た。

甘えられる奴に甘える。

今は俺だけなのかもしれないが、いずれまた誰かしら、そういう奴が現れるだろう。

そうなった時、今のようにすることが出来ると分かっただけで、俺の不安はもう何も無かった。

 

 

 

翌日は朝から作業に没頭し、お昼に入る前に全て終わることが出来た。

それもこれも、明石の気合の入った作業ペースのお陰だった。

 

「これで観光の時間も多くなりましたね! さて、皆さんに挨拶していきましょう! 荷物はもうまとめてありますから!」

 

「分かった分かった」

 

荷物を車に積みこんでいると、皆が見送りに来てくれた。

 

「明石さん、彼氏さん、また来てくださいね。あとこれ、私の連絡先です。良かったら……」

 

「高雄ったら、最後の最後まで抜け目ないわねぇ」

 

「違うわよ! 私はただ、交流の幅を広げようと思ってるだけで……」

 

「お兄さん、色々作ってくれてありがとー!」

 

「観光、楽しんで来いよ。どこに行くかは分からんが、これをやろう」

 

そう言うと、武蔵は色々な観光地の優待券などを明石に渡した。

 

「わぁ! ありがとうございます! 提督! 見てみて!」

 

「良かったな。後で行こうな」

 

「はい!」

 

「色々と世話になった。感謝する」

 

「またご贔屓に」

 

そう言って車に乗り込もうとした時だった。

 

「提督!」

 

それは明石ではなく、時雨の声だった。

 

「これ」

 

時雨は封筒を俺に渡した。

 

「後で見てね。絶対に一人で見るんだよ?」

 

「ああ、分かった。元気でな」

 

「うん。またね。色々ありがとう」

 

時雨の頭を撫でてやってから、車へと乗り込んだ。

 

「また来たいですね」

 

「ああ、そうだな」

 

別れを告げる声を後ろに、俺たちは寮を後にした。

 

 

 

それから休むことなく、明石の指定する観光地をハイペースで回った。

 

「次はここに行きましょう!」

 

「ちょっと待って。明日もあるんだぞ? もうちょっとゆっくり行かないか?」

 

「駄目ですー! まだまだ行きたいところがあるんですからね!」

 

いくら我慢しているからと言っても、こいつの解放は半端ないな……。

時雨ですら、あの程度に留まったと言うのに……。

 

「あー! ご当地アイスだって! 提督ぅ……買っていいですか?」

 

「ああ、買って来い。ただし、これで今日の分の買ってやれるものは最後だぞ。さっき散々買ったんだからな」

 

「分かりました! じゃあ買ってきますね。えへへー」

 

まるで子供だな。

でもまあ、そういう所が明石のいい所なんだろう。

俺もそういう所が好きだし。

 

「そうだ。今のうちに読んでおくか」

 

時雨から貰った封筒には、手紙は入っていなかった。

てっきりそう言うもんかと思っていたが……。

 

「連絡先の書いてある紙と……写真……?」

 

その写真を見て、俺はギョッとした。

水着の時雨がセクシーなポーズで写っていた。

 

「こりゃまた……」

 

あの時見せた水着とは違い、中々に際どいものを持ってきたな……。

というよりも、どういう意図があってこんな物を……。

写真の裏を見ると、「甘えさせてくれたお礼」と書かれていた。

 

「お礼って……」

 

しかし、こう見ると、本当に大人と遜色ないな……。

 

「…………」

 

何だかイケナイ物をみている気分になって、俺は写真を封筒にしまった。

これ、明石に見られたら、何か勘違いされそうだ……。

手紙も入ってないから、意図も分からないし……。

あ、だから手紙を入れなかったのか?

 

「……なんて、深読みし過ぎか」

 

こうなってくると、大人か子供か、本当に分からなくなってくるな。

最後の最後まで、あいつは「変わった奴」だった。

 

「買ってきましたよ提督! 一緒に食べましょう!」

 

「おう」

 

次会う時には、もっと大人になってるかもな。

変な意味ではないが、ちょっと期待しながら、俺は封筒を大事にしまった。

 

――続く


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