「すみません、わざわざお越しいただいたのに……」
そう言うと、鳳翔は申し訳なさそうにタッパーに入った飯を色々と持たせてくれた。
「こんなに貰っていいのか?」
「はい。本当にごめんなさい」
最近になってパソコンを買ったという鳳翔からの依頼で、インターネットが壊れたと言うので来てみたら、モデムのコンセントが抜けていただけだった。
そもそも、インターネットが壊れるってなんだ……。
「また何かあったら呼んでくれ」
「はい、ありがとうござました」
鳳翔から預かった風呂敷からは、とてもいい匂いがしていた。
「明石の奴、喜ぶぞ」
帰ろうと門を出たところで、誰かの視線を感じた。
「……!」
振り向いたが、誰もいない。
「……またか」
「えー!? それって大丈夫なんですか!?」
鳳翔の飯を口いっぱいに含みながら、明石はそう言った。
「口に物をいれてしゃべるな」
「んぐ……ごめんなさい……。でも、最近誰かに見られてる気がするって……いつ頃からですか?」
「一週間ほど前からだ。どうも外出してる時や、一人で店に居る時に感じるんだ」
「最近、何か恨みを買うこととかありましたか?」
「いや……」
「まさか……ストーカー……? いやでも、提督を好きになるような変人なんて……」
「それだと、お前も変人だな」
そう言ってやると、明石はべーっと舌を出した。
「でもまあ、俺の勘違いかもしれないし、なんとも言えないけどな」
「もしそうなら、提督も時々メンテナンスをした方がいいかもしれませんね。お疲れのようですし」
「なんか病気みたいで嫌だな……」
疲れか……。
確かに、ここんとこ働きっぱなしだったしな……。
翌日。
休日という事もあって、羽根を伸ばすために明石と共に公園へと向かった。
「今日は暑いですね。薄着してきて良かったです」
「本当だな」
「えへへ、今日はサンドイッチ作って来たから、一緒に食べましょうね」
「お、楽しみだ」
そんな会話をしていると、再び誰かの視線を背中に感じた。
「……!」
「提督……今……」
「ああ……お前も感じたか?」
「えぇ……誰でしょう……。誰も居ませんね……」
風が木々を揺らす。
「広いところに出ましょうか」
「そうだな……」
しばらく歩いていると、大きな広場に出た。
それまで、誰かの視線を感じ続けていた。
「何だか怖くなってきましたよ……」
「大丈夫だ……。とにかく、あそこで休もう」
広場の真ん中に一本だけ大きな木があり、俺たちはその木陰にシートを敷いた。
「…………」
広場全体を見回しても、怪しい奴がいるようには見えない。
「ここなら大丈夫だろう。とりあえず、休憩しよう。もしかしたら、疲れすぎて二人とも幻覚を見ているかもしれないしな」
「集団ヒステリー的なやつですね」
お互いにマッサージをし合いながら、しばらく過ごした。
疲れがとれて行くにつれて、先ほどの視線の事もすっかり頭から離れていった。
「そろそろお昼にしましょうか。お腹も空きましたし」
「そうだな」
「えへへ、今回は自信作なんですよー」
バスケットの中身を確認する明石。
その表情は、段々と怒りに満ちていった。
「提督っ!」
「な、なんだよ?」
「酷いですよ! 勝手に食べましたね!? しかも全部!」
「え?」
「ほら! 何もないですよー!」
バスケットの中身を確認すると、確かに何も入っていなかった。
「入れ忘れたんじゃないのか?」
「そんな事ないです! こんなに軽くなかったですし!」
「そうは言っても、俺じゃないぞ? 俺だって腹ペコなんだ」
「じゃあ誰が……」
その時、木の裏で物音がした。
パリパリ……。
葉物を食べるような音……。
「明石……」
俺は小声で明石を呼んだ。
「お前……サンドイッチになに入れた……?」
「野菜があったので、それを……」
「葉物は……?」
「沢山入れました……」
それを聞いて、俺はそっと木の裏を覗きこんだ。
小さな手でサンドイッチを頬張る女の子……。
「あ……私のサンドイッチ!」
その声に驚いたのか、少女はビクッと体を硬直させ、動かなくなった。
「……?」
まわり込んで顔を確認すると、そいつは――。
「お前……島風か!?」
顔を真っ青にさせて、島風は固まっていた。
「島風ちゃん!? え……どうして私のサンドイッチを!?」
サンドイッチが喉に詰まったのか、喋れないでいるようだ。
「あ、明石! 茶だ!」
「は、はい!」
「ん……ぷはぁ……! し、死ぬかと思った……」
「大丈夫?」
明石に背中をさすられて、島風は落ち着きを取り戻していった。
「島風、お前、どうしてサンドイッチを盗んだんだ。というか、いつの間にこの町に?」
確か島風は、――県に住んでいたはずだが……。
「あれ、提督知らないんですか? 島風ちゃん、先週こっちの方に引っ越してきたんですよ」
「へぇ、そうだったのか」
「えー!? 知らなかったの!? なんでー!?」
「なんでって言われてもな……」
「っていうか、どうして私に会いに来てくれなかったのー!? ずっと待ってたのにー!」
そう言うと、島風は俺をポコポコと叩きだした。
「提督が来なかったから……私から来ちゃったんだからね……?」
「島風ちゃん、わざわざ提督に会うためにここに引っ越してきたの?」
「そうだよ! なのに提督は……私の事なんて……うぅ……」
「そ、そうだったのか……」
困ったことになった……。
そう言えば、前にもこんな事があったな……。
――……
俺と明石があの事件で出会ってすぐの事だった。
しばらくその現場に留まる事になって、俺はそこにいた駆逐艦達と交流をしていた。
その中で、いつも一人で海を眺める駆逐艦がいた。
それが島風だった。
「よう。お前、いっつも一人だな」
「……何?」
「そう怖い顔すんなって。ちょっと話し相手になってくれないか?」
「やだ……」
「頼むって。ほら、羊羹やるからさ。提督にしか支給されない特別品だぞ」
「……貴方、提督なの?」
「いや、まだ卵だ。これも貰いもんだ」
「なんだ……」
「で? 話し相手になってくれるか?」
「……羊羹くれるなら。聞くだけだよ……?」
「ありがとう」
それから日に日に何度も話しかけていると、島風も心を開いてくれたのか、懐いてくるようになった。
「提督ー!」
「お前、また俺の事を……」
「明石さんだってそう呼んでたじゃん。それに、いずれは私の提督になってもらうんだもん。今の内からそう呼んでおかないと!」
明石とおんなじこと言ってんな……。
「そうかよ」
「ねーねー、今日もお話ししよ? あ、かけっこする?」
懐いてくれるのは嬉しかったが、何をするにもついてくるようになったし、他の駆逐艦達と仲良くしていると機嫌が悪くなったりして、ちょっと扱いにくい奴だった。
だが、そんな関係にも終わりが来るもので、俺と明石は他の鎮守府へと移動することとなった。
「やだー! ずっとここにいてよー!」
「我が儘言うな。上からの命令なんだよ」
「島風も一緒に行くー!」
「お前なぁ……」
愚図る島風にされるがまま、気が済むまでじっとしていると、やがて諦めたのか、俺から離れた。
「もういいよ……。どこにでも行けば……?」
拗ねたその表情がなんだか可愛くて、俺はつい笑ってしまった。
「島風」
「……何?」
「俺はいつか提督になる」
「…………」
「そしたら、お前を迎えに行く」
「……本当?」
「本当だ。絶対迎えに行く。だから、お前もここでたくさん練習して、立派な駆逐艦として活躍するんだ」
「うん……分かった……。たくさん頑張って、提督に誇れる艦娘になる! だから、絶対迎えに来てね? 約束だよ?」
「ああ、約束だ」
――……
あんな約束もしたなぁ……。
「約束したのにー! 嘘つき!」
「す、すまん……」
「終戦してからも会いに来てくれないし……こっちに引っ越してきて、いつ会いに来てくれるかなって……ずっと見守ってたけれど……全然そんなそぶり見せないし……」
「じゃあ、最近のあの視線って……」
それを聞いて、明石はほっと胸を撫で下ろした。
「そうか……。お前だったのか……」
だから見つからなかったのか。
こいつ、すばしっこいし……。
「悪かったな島風……」
「ふん……!」
完全にへそ曲げてるな……。
明石に助けを求めると、自業自得だと言うような表情を見せた。
「島風……」
「…………」
「せっかくこうして会えたんだ。昔みたいに可愛いお前を見せてくれよ」
そう言ってやると、島風は悲しそうな表情を見せた。
「提督は……私の事……嫌いなの……?」
「え?」
「私は提督の事……大好きだったのに……。ずっとずっと……会いたかったのに……」
「島風……」
あの時の発言は軽率だったな……。
こいつがこんなにも俺の事を想っててくれてたなんて、考えてもなかったしな……。
「俺もお前の事が好きだよ。会いにいけなくてごめんな……」
「提督……」
「会いに来てくれてありがとう。嬉しいよ」
そう言ってやると、島風はギュッと抱き着いて、ぽろぽろと涙を流した。
しばらく泣いていた島風も泣き止み、落ち着いたところで、俺はデコピンをした。
「痛ーい! なにすんの!?」
「サンドイッチ食べた罰だ。どうして食べた?」
「だって……明石さんと提督がイチャイチャしててムカついたんだもん……」
「だからってお前な……」
「提督は島風だけのものなの! 提督と島風は、最高のパートナーなんだもん!」
そう言うと、明石の方をキッと睨んだ。
「やっぱりストーカーでしたね」
「まあ……変人って所に関しては合ってるかもな……」
「何の話!?」
それからずっと島風に引っ掻き回され、帰る頃には二人とも疲れと空腹でヘトヘトになっていた。
家に帰り、倒れるようにして部屋に入った。
「あー疲れた……。今日の島風ちゃん……凄かったですね……」
「本当だな……」
あの頃と違って、より一層パワフルになっていたし、何よりも愛の重さが半端なかった。
「でも、提督に会うためだけに引っ越してくるなんて……」
「あいつの家、すごい裕福だからな……。一人っ子だし、何気にお嬢様なんだよ」
「性格からしてもそんな感じしますもんね」
あんな性格だから、あまり皆と馴染めてなかったし、価値観も違うから、より一層一人ぼっちなのが目立っていたな……。
「しっかし、私以外であんなに提督の事が好きな子がいたなんてねー」
「ありがたい話だな」
「もしかしたら、他にも提督の事が好きな人がいたりして……」
「だとしたらどうする?」
「どうするって……。逆に、提督はどうするんです?」
「そうだな……。お前より可愛かったら、ちょっと考えるかもな」
「なにそれ……」
明石はムッとした顔を見せた。
「怒ったか?」
「怒りますよ……」
「フッ……冗談だよ」
そうは言っても、明石はツンとそっぽを向いて、唇を尖らせた。
「お腹でも空いてるのか?」
「違います! もう……。冗談でも、言っていい事と悪い事があるんですからね……?」
「悪かったよ」
「本当に悪いと思ってるんですか? 行動で示してくださいよ……」
「分かったよ。じゃあ飯食いに行こう。お前の好きなあの中華屋にさ」
「だからそうじゃなくて!」
「行かないのか? じゃあ、俺一人だけでも行こうかな」
「……私も行きます!」
それから、たまに行く中華屋で飯を食った。
明石の機嫌はなおらなかったが、お気に入りのチャーハンと、追加注文の餃子はしっかりと完食していた。
「美味かったな」
「そうですね……」
「まだ機嫌なおらないのか?」
「なおりません……。ちゃんと行動で示してくれないと……」
「どうすればいいんだ?」
「分かってるくせに……さらに機嫌悪くしますよ?」
「いや……だってさ、お前、餃子食べてたからさ……。何って言うか……ちょっとさ……」
そう言うと、明石は顔を真っ赤にして頬を膨らませた。
「じゃあもういいです!」
「そうかい」
しばらくズカズカ前を歩く明石を見ていたが、時々チラッと後ろを見て来るその姿に、ちょっと笑ってしまった。
「何がおかしいんですか!?」
「悪い悪い。こんなに怒ってる明石、久々に見たなと思ってさ」
「誰のせいだと思ってるんですか! もう……!」
またしばらくすると、明石の気持ちも落ち着いて来たのか、小さな声で言った。
「……そんなに餃子の臭い、気になりますか……?」
自分の息を確認するかのように、手に息を吐いた。
「別に気にならないよ」
「じゃあ……キスしてくださいよ……」
「最初からそう言えばいいのに」
「女の子は察して欲しい生き物なんです……」
「面倒な生き物だな」
「……いいからして下さい」
そっと口づけを交わすと、明石は痛いくらいにギュッと手を握った。
「痛いよ」
「怒らせた罰です」
「機嫌なおってないじゃないか」
「なおるとは言ってませんもん」
「なるほど……。こりゃ一本取られたな」
徐々にその力は抜けていって、明石は優しく手を絡めた。
「もうあんな事言わないでくださいね……」
「お前より可愛い奴はこの世にいないって意味だったんだけどな」
「なにそれ……後付けですよ……そんなの……」
街灯が、俺たちの影を後ろに運んでゆく。
「俺が好きなのは、お前だけだよ。これからもずっとそうだ」
明石は何も答えなかった。
ただ現れては消える影を、赤い顔をしてじっと見つめるだけだった。
翌日には、昨日の事なんて無かったかのように、いつもの元気な明石がそこにいた。
「本当は昨日の夕食、作りすぎたサンドイッチを冷蔵庫に入れていたので、それにしようと思ってたんです」
「じゃあ、朝食はそれにしようか」
明石の自信作だと言うサンドイッチは、確かに美味かった。
「美味いよ」
「えへへ、良かった」
こんな単純な事でも喜んでくれるのに、怒った途端、機嫌をなおすのが難しくなるんだもんな。
怒らせちゃう俺も俺だが……。
「…………」
そう考えると、島風も似たような感じだな。
島風と再会してから数日。
あいつは、学校から帰って来ては、毎日のようにこの店に通っていた。
「提督ー! 遊びに来たよー!」
島風は元気よく店に入って来ると、カウンターの上に座った。
「ねーねー、何して遊ぶ?」
「見て分からないのか? 仕事中だ」
「座ってるだけじゃん」
「店番だ。客が来るかもしれないだろ」
「今はいないからいいじゃん。ねーねー、遊ぼうよー」
「駄目だ。それに、もうちょっとしたら出掛けなきゃいけないんだ。今日は遊んでやれない」
「えー……じゃあ、島風も一緒に行くー!」
「仕事に行くんだ。連れてはいけない」
「やだやだやだー! 絶対行くもん!」
島風はめちゃくちゃ強い力で腕に引っ付くと、出かける寸前まで放さなかった。
「…………」
「んふふー」
「ったく……」
結局、島風の根気に負け、一緒に連れていくことになった。
「言っとくけど、邪魔だけはするなよ」
「大丈夫!」
とか言いつつ、木材などを乗せた台車に島風も乗っていて、早速邪魔なんだけどな……。
「どこ行くのー? っていうか、何しに行くの? 何か作るの?」
「電の家だ。犬を飼ったらしくて、犬小屋を作りたいんだってさ」
「犬小屋なんて、出来てるの買えばいいじゃん。ホームセンターとかで売ってるでしょ」
「まあそうなんだが、電にはちゃんと出来上がりのビジョンがあるんだよ。ほら、これだ」
電の描いた絵を島風に見せてやった。
「こういうのを作りたいんだと。作るのはあくまでもあいつで、俺は補助だ。自分の力で作ってやりたいんだってさ。愛犬想いのいい奴じゃないか」
「ふーん……どうしてそんな面倒なことするんだろ……。そんなの、オーダーメイドすればいいのに……」
まんまお嬢様の考え方だな……。
「とにかく、そういう余計な事言うのも含め、邪魔だけはするなよ」
「はーい」
本当に大丈夫かよ……。
電の家に着くと、既に庭にはブルーシートが敷かれていて、準備万端であった。
「あれ? 島風ちゃんも来てくれたのですか?」
「こいつは勝手について来ただけだ。邪魔だけはさせないから、居させてやってくれ」
「は、はぁ……」
「電ー頑張ってねー」
「よし、じゃあ早速作業に入るか」
「はい! よろしくお願いいたします!」
電は小さな手で一生懸命木材を運び出した。
「こうですか?」
「ああ、そうだ。そしたらノコギリを引いてみろ」
「ん……う、動かないのです……」
「力を入れ過ぎてるんだ。最初はあまり力を入れないで、削るイメージで引いてみろ」
「よいしょ……」
「お、良い感じじゃないか。いい腕してるぞ」
「えへへ……」
ふと島風の方を見ると、つまらなそうにこちらを見ていた。
「提督ー……島風……退屈なんだけど……」
「なら帰れよな。こっちは構ってられないぞ」
「むぅ……」
それからしばらく、島風は静かにしていたが、我慢できなくなってきたのか、俺の周りをちょこまかと動き回った。
「あ、ごめーん」
構ってほしいのか、わざと体をぶつけてくる。
それも何度も……。
正直邪魔だが、構ったら終わりだ。
「よし、切れたな。もう一丁いくか」
「はい!」
チラリと島風の方を見ると、ムッとした顔を見せていた。
そして、ちょっと拗ねたのか、台車に座って庭の草を千切り、一人遊びだした。
「ふぅ……ちょっと疲れてきたのです……」
「大丈夫か?」
「は、はい……」
横目で島風を見る。
工具を弄ったり、ノコギリで木材の切れ端を切ってみたりしていた。
「やってみたくなったか?」
そう言ってやると、島風は一瞬明るい顔を見せたが、すぐにムッとした表情に戻した。
「べ、別に……」
「ちょっと手伝ってくれないか? 電も疲れたみたいだし、交代して欲しいんだ」
「……やだ」
こりゃ完全に拗ねてるな。
「頼むよ島風。お前の力が必要なんだ」
そう言ってやると、島風は不貞腐れながらも、立ち上がった。
「やってくれるか?」
「……どうしてもって言うなら」
「よし、じゃあ電は木材を押さえてくれ。交代だ」
「はい。島風ちゃん、よろしくね」
「うん……」
俺が説明するより早く、島風は木材を切り始めた。
「わあ、上手なのです」
「本当だな。上手いぞ島風」
「……あっそ」
本当は褒められて嬉しいくせに。
怒ってる時に素直に喜べない所も、明石にそっくりだな。
「フッ……」
「……なに?」
「いや、何でも。ちょっと曲がって来てるぞ」
「……知ってるし! 今なおそうと思ってたの! 邪魔しないで!」
「はいはい」
負けず嫌いな所もな。
それから、作業はかなり時間がかかったが、犬小屋は形になっていった。
「あ、曲がってるよ!」
「本当なのです。やり直さなきゃ……」
その頃には、島風も率先して協力するようになっていて、俺がお手本を見せると、後は島風と電の二人で作業を進めていた。
「俺の方が暇になっちゃったな……」
しかし、子供同士でも結構出来るもんだな。
自分たちで考えたりしているし、割と楽しんでるのだろうか。
「ねーねー提督。ここどうしたらいいと思う?」
「ん……そうだな……こうしたらどうだ?」
いつの間にか機嫌もなおってるし。
モノづくりってのは、子供にいい影響を与えるのかもな。
「じゃあ行くよ、島風ちゃん」
「うん、いいよー」
今度、家でもモノづくり教室みたいなの開いてみるかな。
夕方になり、日も沈みかけた頃。
「出来たー!」
「なのです!」
所々不格好ではあるが、電のイメージ通りの犬小屋が完成した。
「よくやったな」
「ありがとうございました! 島風ちゃんもありがとう!」
「えへへー」
早速犬を入れてやると、気に入ったのか、中でくつろいでいた。
「犬も喜んでるみたいだね」
「苦労した甲斐があったのです」
島風も電も、自分たちの作った犬小屋を、空が暗くなるまでずっと眺めていた。
その表情は、喜びと達成感に満ちていた。
「そろそろ帰るか」
「うん」
「島風ちゃん、また遊びに来てほしいのです。今度は一緒にお菓子作りをしてほしいのです」
「分かった! じゃあまた学校でねー!」
俺たちが曲がり角で見えなくなるまで、電は手を振って見送ってくれた。
帰り道、島風は台車に乗りながら、暗くなった空をぼうっと見つめていた。
「楽しかったか?」
「……うん」
「そりゃ良かったな」
何か思う所があるのか、ただ疲れているのか、島風は大人しかった。
「売ってるものより、何倍もいいものが出来たな」
「そうかな……」
「そうさ。お前と電が苦労して作った、世界に一つしかない犬小屋だぞ。売ってるものなんかより遥かに良いものだろ」
そう言ってやると、島風はむず痒そうに照れ笑った。
「どうだ? オーダーメイドするより自分で作ったものの方がいいだろ?」
「それはないよ。オーダーメイドの方が出来栄えがいいし」
「いや……そうなんだけどさ……」
「でもね……それを喜んでくれる人がいるなら……自分たちで作るのも悪くないかもって……思った……かな……」
島風は何かを思い出すかのように、じっと一点を見つめていた。
「……そうだな」
きっと、電や犬の顔が浮かんでいるのだろう。
そういう経験って、大事だよな。
とくに、お前のような奴にとってはさ。
「今日は手伝ってくれてありがとうな。また一緒に仕事、してくれるか?」
「え……? いいの?」
「ああ。なんてったって、俺たちは最高のパートナー、だろ?」
そう言ってやると、島風は目を輝かせて、台車から飛び降りた。
「うん! 提督と島風は最高のパートナーだよ! あ、台車押してあげる! えへへ」
島風は張り切って台車を押し始めた。
本当、単純な奴だな。
どこまでも明石とそっくりで笑ってしまう。
「待ってくれよ」
「ほらほら、パートナーならちゃんと着いてきてよねー!」
一番星の輝く下、島風は今日一番の笑顔を見せた。
あれから数日。
相変わらず島風は店にやって来るが、一人で来ることは少なくなった。
「提督ー、工房借りていい? 電たちと工作の宿題で使いたいんだけどー」
「ああ、構わないよ。刃物使う時はちゃんと言えよ」
「うん、分かった。行こう、みんな」
島風と駆逐艦達が工房へと入っていった。
「島風ちゃん、沢山友達が出来たんですね」
「そうだな」
「えへへ、これで少しは提督から離れてくれると嬉しいんですけどねー」
「何言ってんだ」
「だって島風ちゃん、ずっと提督にべったりで、私が入る隙間がないんですもん。戦時中だって、ずっとモヤモヤしてたんですからね」
「子供相手になにをそんな……」
「最高のパートナーなんですって? じゃあ私は?」
「最高のパートナーだよ」
「同じじゃないですか! もっと特別にしてくださいよ!」
明石は明石で島風そっくりだし、本当に面白いな。
「なに笑ってるんですか! もう……」
「悪い悪い。でも、恋人と呼べるのはお前だけだ。それは世界にたった一人だけの特別な存在だ」
そう言ってやると、明石は顔を赤くして黙った。
「提督ー、明石さーん。ちょっと教えて欲しことがあるんだけどー」
「ほら、呼ばれてるぞ。行こう、最高のパートナーさん」
「ばか……」
【工房に居ます】という看板を置き、俺たちは店を後にした。
――続く