「アトリエ明石」の「提督さん」   作:雨守学

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第二話

「すみません、わざわざお越しいただいたのに……」

 

そう言うと、鳳翔は申し訳なさそうにタッパーに入った飯を色々と持たせてくれた。

 

「こんなに貰っていいのか?」

 

「はい。本当にごめんなさい」

 

最近になってパソコンを買ったという鳳翔からの依頼で、インターネットが壊れたと言うので来てみたら、モデムのコンセントが抜けていただけだった。

そもそも、インターネットが壊れるってなんだ……。

 

「また何かあったら呼んでくれ」

 

「はい、ありがとうござました」

 

鳳翔から預かった風呂敷からは、とてもいい匂いがしていた。

 

「明石の奴、喜ぶぞ」

 

帰ろうと門を出たところで、誰かの視線を感じた。

 

「……!」

 

振り向いたが、誰もいない。

 

「……またか」

 

 

 

「えー!? それって大丈夫なんですか!?」

 

鳳翔の飯を口いっぱいに含みながら、明石はそう言った。

 

「口に物をいれてしゃべるな」

 

「んぐ……ごめんなさい……。でも、最近誰かに見られてる気がするって……いつ頃からですか?」

 

「一週間ほど前からだ。どうも外出してる時や、一人で店に居る時に感じるんだ」

 

「最近、何か恨みを買うこととかありましたか?」

 

「いや……」

 

「まさか……ストーカー……? いやでも、提督を好きになるような変人なんて……」

 

「それだと、お前も変人だな」

 

そう言ってやると、明石はべーっと舌を出した。

 

「でもまあ、俺の勘違いかもしれないし、なんとも言えないけどな」

 

「もしそうなら、提督も時々メンテナンスをした方がいいかもしれませんね。お疲れのようですし」

 

「なんか病気みたいで嫌だな……」

 

疲れか……。

確かに、ここんとこ働きっぱなしだったしな……。

 

 

 

翌日。

休日という事もあって、羽根を伸ばすために明石と共に公園へと向かった。

 

「今日は暑いですね。薄着してきて良かったです」

 

「本当だな」

 

「えへへ、今日はサンドイッチ作って来たから、一緒に食べましょうね」

 

「お、楽しみだ」

 

そんな会話をしていると、再び誰かの視線を背中に感じた。

 

「……!」

 

「提督……今……」

 

「ああ……お前も感じたか?」

 

「えぇ……誰でしょう……。誰も居ませんね……」

 

風が木々を揺らす。

 

「広いところに出ましょうか」

 

「そうだな……」

 

 

 

しばらく歩いていると、大きな広場に出た。

それまで、誰かの視線を感じ続けていた。

 

「何だか怖くなってきましたよ……」

 

「大丈夫だ……。とにかく、あそこで休もう」

 

広場の真ん中に一本だけ大きな木があり、俺たちはその木陰にシートを敷いた。

 

「…………」

 

広場全体を見回しても、怪しい奴がいるようには見えない。

 

「ここなら大丈夫だろう。とりあえず、休憩しよう。もしかしたら、疲れすぎて二人とも幻覚を見ているかもしれないしな」

 

「集団ヒステリー的なやつですね」

 

お互いにマッサージをし合いながら、しばらく過ごした。

疲れがとれて行くにつれて、先ほどの視線の事もすっかり頭から離れていった。

 

「そろそろお昼にしましょうか。お腹も空きましたし」

 

「そうだな」

 

「えへへ、今回は自信作なんですよー」

 

バスケットの中身を確認する明石。

その表情は、段々と怒りに満ちていった。

 

「提督っ!」

 

「な、なんだよ?」

 

「酷いですよ! 勝手に食べましたね!? しかも全部!」

 

「え?」

 

「ほら! 何もないですよー!」

 

バスケットの中身を確認すると、確かに何も入っていなかった。

 

「入れ忘れたんじゃないのか?」

 

「そんな事ないです! こんなに軽くなかったですし!」

 

「そうは言っても、俺じゃないぞ? 俺だって腹ペコなんだ」

 

「じゃあ誰が……」

 

その時、木の裏で物音がした。

パリパリ……。

葉物を食べるような音……。

 

「明石……」

 

俺は小声で明石を呼んだ。

 

「お前……サンドイッチになに入れた……?」

 

「野菜があったので、それを……」

 

「葉物は……?」

 

「沢山入れました……」

 

それを聞いて、俺はそっと木の裏を覗きこんだ。

小さな手でサンドイッチを頬張る女の子……。

 

「あ……私のサンドイッチ!」

 

その声に驚いたのか、少女はビクッと体を硬直させ、動かなくなった。

 

「……?」

 

まわり込んで顔を確認すると、そいつは――。

 

「お前……島風か!?」

 

顔を真っ青にさせて、島風は固まっていた。

 

「島風ちゃん!? え……どうして私のサンドイッチを!?」

 

サンドイッチが喉に詰まったのか、喋れないでいるようだ。

 

「あ、明石! 茶だ!」

 

「は、はい!」

 

 

 

「ん……ぷはぁ……! し、死ぬかと思った……」

 

「大丈夫?」

 

明石に背中をさすられて、島風は落ち着きを取り戻していった。

 

「島風、お前、どうしてサンドイッチを盗んだんだ。というか、いつの間にこの町に?」

 

確か島風は、――県に住んでいたはずだが……。

 

「あれ、提督知らないんですか? 島風ちゃん、先週こっちの方に引っ越してきたんですよ」

 

「へぇ、そうだったのか」

 

「えー!? 知らなかったの!? なんでー!?」

 

「なんでって言われてもな……」

 

「っていうか、どうして私に会いに来てくれなかったのー!? ずっと待ってたのにー!」

 

そう言うと、島風は俺をポコポコと叩きだした。

 

「提督が来なかったから……私から来ちゃったんだからね……?」

 

「島風ちゃん、わざわざ提督に会うためにここに引っ越してきたの?」

 

「そうだよ! なのに提督は……私の事なんて……うぅ……」

 

「そ、そうだったのか……」

 

困ったことになった……。

そう言えば、前にもこんな事があったな……。

 

――……

 

俺と明石があの事件で出会ってすぐの事だった。

しばらくその現場に留まる事になって、俺はそこにいた駆逐艦達と交流をしていた。

その中で、いつも一人で海を眺める駆逐艦がいた。

それが島風だった。

 

「よう。お前、いっつも一人だな」

 

「……何?」

 

「そう怖い顔すんなって。ちょっと話し相手になってくれないか?」

 

「やだ……」

 

「頼むって。ほら、羊羹やるからさ。提督にしか支給されない特別品だぞ」

 

「……貴方、提督なの?」

 

「いや、まだ卵だ。これも貰いもんだ」

 

「なんだ……」

 

「で? 話し相手になってくれるか?」

 

「……羊羹くれるなら。聞くだけだよ……?」

 

「ありがとう」

 

それから日に日に何度も話しかけていると、島風も心を開いてくれたのか、懐いてくるようになった。

 

「提督ー!」

 

「お前、また俺の事を……」

 

「明石さんだってそう呼んでたじゃん。それに、いずれは私の提督になってもらうんだもん。今の内からそう呼んでおかないと!」

 

明石とおんなじこと言ってんな……。

 

「そうかよ」

 

「ねーねー、今日もお話ししよ? あ、かけっこする?」

 

懐いてくれるのは嬉しかったが、何をするにもついてくるようになったし、他の駆逐艦達と仲良くしていると機嫌が悪くなったりして、ちょっと扱いにくい奴だった。

だが、そんな関係にも終わりが来るもので、俺と明石は他の鎮守府へと移動することとなった。

 

「やだー! ずっとここにいてよー!」

 

「我が儘言うな。上からの命令なんだよ」

 

「島風も一緒に行くー!」

 

「お前なぁ……」

 

愚図る島風にされるがまま、気が済むまでじっとしていると、やがて諦めたのか、俺から離れた。

 

「もういいよ……。どこにでも行けば……?」

 

拗ねたその表情がなんだか可愛くて、俺はつい笑ってしまった。

 

「島風」

 

「……何?」

 

「俺はいつか提督になる」

 

「…………」

 

「そしたら、お前を迎えに行く」

 

「……本当?」

 

「本当だ。絶対迎えに行く。だから、お前もここでたくさん練習して、立派な駆逐艦として活躍するんだ」

 

「うん……分かった……。たくさん頑張って、提督に誇れる艦娘になる! だから、絶対迎えに来てね? 約束だよ?」

 

「ああ、約束だ」

 

――……

 

あんな約束もしたなぁ……。

 

「約束したのにー! 嘘つき!」

 

「す、すまん……」

 

「終戦してからも会いに来てくれないし……こっちに引っ越してきて、いつ会いに来てくれるかなって……ずっと見守ってたけれど……全然そんなそぶり見せないし……」

 

「じゃあ、最近のあの視線って……」

 

それを聞いて、明石はほっと胸を撫で下ろした。

 

「そうか……。お前だったのか……」

 

だから見つからなかったのか。

こいつ、すばしっこいし……。

 

「悪かったな島風……」

 

「ふん……!」

 

完全にへそ曲げてるな……。

明石に助けを求めると、自業自得だと言うような表情を見せた。

 

「島風……」

 

「…………」

 

「せっかくこうして会えたんだ。昔みたいに可愛いお前を見せてくれよ」

 

そう言ってやると、島風は悲しそうな表情を見せた。

 

「提督は……私の事……嫌いなの……?」

 

「え?」

 

「私は提督の事……大好きだったのに……。ずっとずっと……会いたかったのに……」

 

「島風……」

 

あの時の発言は軽率だったな……。

こいつがこんなにも俺の事を想っててくれてたなんて、考えてもなかったしな……。

 

「俺もお前の事が好きだよ。会いにいけなくてごめんな……」

 

「提督……」

 

「会いに来てくれてありがとう。嬉しいよ」

 

そう言ってやると、島風はギュッと抱き着いて、ぽろぽろと涙を流した。

 

 

 

しばらく泣いていた島風も泣き止み、落ち着いたところで、俺はデコピンをした。

 

「痛ーい! なにすんの!?」

 

「サンドイッチ食べた罰だ。どうして食べた?」

 

「だって……明石さんと提督がイチャイチャしててムカついたんだもん……」

 

「だからってお前な……」

 

「提督は島風だけのものなの! 提督と島風は、最高のパートナーなんだもん!」

 

そう言うと、明石の方をキッと睨んだ。

 

「やっぱりストーカーでしたね」

 

「まあ……変人って所に関しては合ってるかもな……」

 

「何の話!?」

 

それからずっと島風に引っ掻き回され、帰る頃には二人とも疲れと空腹でヘトヘトになっていた。

 

 

 

家に帰り、倒れるようにして部屋に入った。

 

「あー疲れた……。今日の島風ちゃん……凄かったですね……」

 

「本当だな……」

 

あの頃と違って、より一層パワフルになっていたし、何よりも愛の重さが半端なかった。

 

「でも、提督に会うためだけに引っ越してくるなんて……」

 

「あいつの家、すごい裕福だからな……。一人っ子だし、何気にお嬢様なんだよ」

 

「性格からしてもそんな感じしますもんね」

 

あんな性格だから、あまり皆と馴染めてなかったし、価値観も違うから、より一層一人ぼっちなのが目立っていたな……。

 

「しっかし、私以外であんなに提督の事が好きな子がいたなんてねー」

 

「ありがたい話だな」

 

「もしかしたら、他にも提督の事が好きな人がいたりして……」

 

「だとしたらどうする?」

 

「どうするって……。逆に、提督はどうするんです?」

 

「そうだな……。お前より可愛かったら、ちょっと考えるかもな」

 

「なにそれ……」

 

明石はムッとした顔を見せた。

 

「怒ったか?」

 

「怒りますよ……」

 

「フッ……冗談だよ」

 

そうは言っても、明石はツンとそっぽを向いて、唇を尖らせた。

 

「お腹でも空いてるのか?」

 

「違います! もう……。冗談でも、言っていい事と悪い事があるんですからね……?」

 

「悪かったよ」

 

「本当に悪いと思ってるんですか? 行動で示してくださいよ……」

 

「分かったよ。じゃあ飯食いに行こう。お前の好きなあの中華屋にさ」

 

「だからそうじゃなくて!」

 

「行かないのか? じゃあ、俺一人だけでも行こうかな」

 

「……私も行きます!」

 

 

 

それから、たまに行く中華屋で飯を食った。

明石の機嫌はなおらなかったが、お気に入りのチャーハンと、追加注文の餃子はしっかりと完食していた。

 

「美味かったな」

 

「そうですね……」

 

「まだ機嫌なおらないのか?」

 

「なおりません……。ちゃんと行動で示してくれないと……」

 

「どうすればいいんだ?」

 

「分かってるくせに……さらに機嫌悪くしますよ?」

 

「いや……だってさ、お前、餃子食べてたからさ……。何って言うか……ちょっとさ……」

 

そう言うと、明石は顔を真っ赤にして頬を膨らませた。

 

「じゃあもういいです!」

 

「そうかい」

 

しばらくズカズカ前を歩く明石を見ていたが、時々チラッと後ろを見て来るその姿に、ちょっと笑ってしまった。

 

「何がおかしいんですか!?」

 

「悪い悪い。こんなに怒ってる明石、久々に見たなと思ってさ」

 

「誰のせいだと思ってるんですか! もう……!」

 

またしばらくすると、明石の気持ちも落ち着いて来たのか、小さな声で言った。

 

「……そんなに餃子の臭い、気になりますか……?」

 

自分の息を確認するかのように、手に息を吐いた。

 

「別に気にならないよ」

 

「じゃあ……キスしてくださいよ……」

 

「最初からそう言えばいいのに」

 

「女の子は察して欲しい生き物なんです……」

 

「面倒な生き物だな」

 

「……いいからして下さい」

 

そっと口づけを交わすと、明石は痛いくらいにギュッと手を握った。

 

「痛いよ」

 

「怒らせた罰です」

 

「機嫌なおってないじゃないか」

 

「なおるとは言ってませんもん」

 

「なるほど……。こりゃ一本取られたな」

 

徐々にその力は抜けていって、明石は優しく手を絡めた。

 

「もうあんな事言わないでくださいね……」

 

「お前より可愛い奴はこの世にいないって意味だったんだけどな」

 

「なにそれ……後付けですよ……そんなの……」

 

街灯が、俺たちの影を後ろに運んでゆく。

 

「俺が好きなのは、お前だけだよ。これからもずっとそうだ」

 

明石は何も答えなかった。

ただ現れては消える影を、赤い顔をしてじっと見つめるだけだった。

 

 

 

翌日には、昨日の事なんて無かったかのように、いつもの元気な明石がそこにいた。

 

「本当は昨日の夕食、作りすぎたサンドイッチを冷蔵庫に入れていたので、それにしようと思ってたんです」

 

「じゃあ、朝食はそれにしようか」

 

明石の自信作だと言うサンドイッチは、確かに美味かった。

 

「美味いよ」

 

「えへへ、良かった」

 

こんな単純な事でも喜んでくれるのに、怒った途端、機嫌をなおすのが難しくなるんだもんな。

怒らせちゃう俺も俺だが……。

 

「…………」

 

そう考えると、島風も似たような感じだな。

 

 

 

島風と再会してから数日。

あいつは、学校から帰って来ては、毎日のようにこの店に通っていた。

 

「提督ー! 遊びに来たよー!」

 

島風は元気よく店に入って来ると、カウンターの上に座った。

 

「ねーねー、何して遊ぶ?」

 

「見て分からないのか? 仕事中だ」

 

「座ってるだけじゃん」

 

「店番だ。客が来るかもしれないだろ」

 

「今はいないからいいじゃん。ねーねー、遊ぼうよー」

 

「駄目だ。それに、もうちょっとしたら出掛けなきゃいけないんだ。今日は遊んでやれない」

 

「えー……じゃあ、島風も一緒に行くー!」

 

「仕事に行くんだ。連れてはいけない」

 

「やだやだやだー! 絶対行くもん!」

 

島風はめちゃくちゃ強い力で腕に引っ付くと、出かける寸前まで放さなかった。

 

「…………」

 

 

 

「んふふー」

 

「ったく……」

 

結局、島風の根気に負け、一緒に連れていくことになった。

 

「言っとくけど、邪魔だけはするなよ」

 

「大丈夫!」

 

とか言いつつ、木材などを乗せた台車に島風も乗っていて、早速邪魔なんだけどな……。

 

「どこ行くのー? っていうか、何しに行くの? 何か作るの?」

 

「電の家だ。犬を飼ったらしくて、犬小屋を作りたいんだってさ」

 

「犬小屋なんて、出来てるの買えばいいじゃん。ホームセンターとかで売ってるでしょ」

 

「まあそうなんだが、電にはちゃんと出来上がりのビジョンがあるんだよ。ほら、これだ」

 

電の描いた絵を島風に見せてやった。

 

「こういうのを作りたいんだと。作るのはあくまでもあいつで、俺は補助だ。自分の力で作ってやりたいんだってさ。愛犬想いのいい奴じゃないか」

 

「ふーん……どうしてそんな面倒なことするんだろ……。そんなの、オーダーメイドすればいいのに……」

 

まんまお嬢様の考え方だな……。

 

「とにかく、そういう余計な事言うのも含め、邪魔だけはするなよ」

 

「はーい」

 

本当に大丈夫かよ……。

 

 

 

電の家に着くと、既に庭にはブルーシートが敷かれていて、準備万端であった。

 

「あれ? 島風ちゃんも来てくれたのですか?」

 

「こいつは勝手について来ただけだ。邪魔だけはさせないから、居させてやってくれ」

 

「は、はぁ……」

 

「電ー頑張ってねー」

 

「よし、じゃあ早速作業に入るか」

 

「はい! よろしくお願いいたします!」

 

電は小さな手で一生懸命木材を運び出した。

 

 

 

「こうですか?」

 

「ああ、そうだ。そしたらノコギリを引いてみろ」

 

「ん……う、動かないのです……」

 

「力を入れ過ぎてるんだ。最初はあまり力を入れないで、削るイメージで引いてみろ」

 

「よいしょ……」

 

「お、良い感じじゃないか。いい腕してるぞ」

 

「えへへ……」

 

ふと島風の方を見ると、つまらなそうにこちらを見ていた。

 

「提督ー……島風……退屈なんだけど……」

 

「なら帰れよな。こっちは構ってられないぞ」

 

「むぅ……」

 

それからしばらく、島風は静かにしていたが、我慢できなくなってきたのか、俺の周りをちょこまかと動き回った。

 

「あ、ごめーん」

 

構ってほしいのか、わざと体をぶつけてくる。

それも何度も……。

正直邪魔だが、構ったら終わりだ。

 

「よし、切れたな。もう一丁いくか」

 

「はい!」

 

チラリと島風の方を見ると、ムッとした顔を見せていた。

そして、ちょっと拗ねたのか、台車に座って庭の草を千切り、一人遊びだした。

 

 

 

「ふぅ……ちょっと疲れてきたのです……」

 

「大丈夫か?」

 

「は、はい……」

 

横目で島風を見る。

工具を弄ったり、ノコギリで木材の切れ端を切ってみたりしていた。

 

「やってみたくなったか?」

 

そう言ってやると、島風は一瞬明るい顔を見せたが、すぐにムッとした表情に戻した。

 

「べ、別に……」

 

「ちょっと手伝ってくれないか? 電も疲れたみたいだし、交代して欲しいんだ」

 

「……やだ」

 

こりゃ完全に拗ねてるな。

 

「頼むよ島風。お前の力が必要なんだ」

 

そう言ってやると、島風は不貞腐れながらも、立ち上がった。

 

「やってくれるか?」

 

「……どうしてもって言うなら」

 

「よし、じゃあ電は木材を押さえてくれ。交代だ」

 

「はい。島風ちゃん、よろしくね」

 

「うん……」

 

俺が説明するより早く、島風は木材を切り始めた。

 

「わあ、上手なのです」

 

「本当だな。上手いぞ島風」

 

「……あっそ」

 

本当は褒められて嬉しいくせに。

怒ってる時に素直に喜べない所も、明石にそっくりだな。

 

「フッ……」

 

「……なに?」

 

「いや、何でも。ちょっと曲がって来てるぞ」

 

「……知ってるし! 今なおそうと思ってたの! 邪魔しないで!」

 

「はいはい」

 

負けず嫌いな所もな。

 

 

 

それから、作業はかなり時間がかかったが、犬小屋は形になっていった。

 

「あ、曲がってるよ!」

 

「本当なのです。やり直さなきゃ……」

 

その頃には、島風も率先して協力するようになっていて、俺がお手本を見せると、後は島風と電の二人で作業を進めていた。

 

「俺の方が暇になっちゃったな……」

 

しかし、子供同士でも結構出来るもんだな。

自分たちで考えたりしているし、割と楽しんでるのだろうか。

 

「ねーねー提督。ここどうしたらいいと思う?」

 

「ん……そうだな……こうしたらどうだ?」

 

いつの間にか機嫌もなおってるし。

モノづくりってのは、子供にいい影響を与えるのかもな。

 

「じゃあ行くよ、島風ちゃん」

 

「うん、いいよー」

 

今度、家でもモノづくり教室みたいなの開いてみるかな。

 

 

 

夕方になり、日も沈みかけた頃。

 

「出来たー!」

 

「なのです!」

 

所々不格好ではあるが、電のイメージ通りの犬小屋が完成した。

 

「よくやったな」

 

「ありがとうございました! 島風ちゃんもありがとう!」

 

「えへへー」

 

早速犬を入れてやると、気に入ったのか、中でくつろいでいた。

 

「犬も喜んでるみたいだね」

 

「苦労した甲斐があったのです」

 

島風も電も、自分たちの作った犬小屋を、空が暗くなるまでずっと眺めていた。

その表情は、喜びと達成感に満ちていた。

 

「そろそろ帰るか」

 

「うん」

 

「島風ちゃん、また遊びに来てほしいのです。今度は一緒にお菓子作りをしてほしいのです」

 

「分かった! じゃあまた学校でねー!」

 

俺たちが曲がり角で見えなくなるまで、電は手を振って見送ってくれた。

 

 

 

帰り道、島風は台車に乗りながら、暗くなった空をぼうっと見つめていた。

 

「楽しかったか?」

 

「……うん」

 

「そりゃ良かったな」

 

何か思う所があるのか、ただ疲れているのか、島風は大人しかった。

 

「売ってるものより、何倍もいいものが出来たな」

 

「そうかな……」

 

「そうさ。お前と電が苦労して作った、世界に一つしかない犬小屋だぞ。売ってるものなんかより遥かに良いものだろ」

 

そう言ってやると、島風はむず痒そうに照れ笑った。

 

「どうだ? オーダーメイドするより自分で作ったものの方がいいだろ?」

 

「それはないよ。オーダーメイドの方が出来栄えがいいし」

 

「いや……そうなんだけどさ……」

 

「でもね……それを喜んでくれる人がいるなら……自分たちで作るのも悪くないかもって……思った……かな……」

 

島風は何かを思い出すかのように、じっと一点を見つめていた。

 

「……そうだな」

 

きっと、電や犬の顔が浮かんでいるのだろう。

そういう経験って、大事だよな。

とくに、お前のような奴にとってはさ。

 

「今日は手伝ってくれてありがとうな。また一緒に仕事、してくれるか?」

 

「え……? いいの?」

 

「ああ。なんてったって、俺たちは最高のパートナー、だろ?」

 

そう言ってやると、島風は目を輝かせて、台車から飛び降りた。

 

「うん! 提督と島風は最高のパートナーだよ! あ、台車押してあげる! えへへ」

 

島風は張り切って台車を押し始めた。

本当、単純な奴だな。

どこまでも明石とそっくりで笑ってしまう。

 

「待ってくれよ」

 

「ほらほら、パートナーならちゃんと着いてきてよねー!」

 

一番星の輝く下、島風は今日一番の笑顔を見せた。

 

 

 

あれから数日。

相変わらず島風は店にやって来るが、一人で来ることは少なくなった。

 

「提督ー、工房借りていい? 電たちと工作の宿題で使いたいんだけどー」

 

「ああ、構わないよ。刃物使う時はちゃんと言えよ」

 

「うん、分かった。行こう、みんな」

 

島風と駆逐艦達が工房へと入っていった。

 

「島風ちゃん、沢山友達が出来たんですね」

 

「そうだな」

 

「えへへ、これで少しは提督から離れてくれると嬉しいんですけどねー」

 

「何言ってんだ」

 

「だって島風ちゃん、ずっと提督にべったりで、私が入る隙間がないんですもん。戦時中だって、ずっとモヤモヤしてたんですからね」

 

「子供相手になにをそんな……」

 

「最高のパートナーなんですって? じゃあ私は?」

 

「最高のパートナーだよ」

 

「同じじゃないですか! もっと特別にしてくださいよ!」

 

明石は明石で島風そっくりだし、本当に面白いな。

 

「なに笑ってるんですか! もう……」

 

「悪い悪い。でも、恋人と呼べるのはお前だけだ。それは世界にたった一人だけの特別な存在だ」

 

そう言ってやると、明石は顔を赤くして黙った。

 

「提督ー、明石さーん。ちょっと教えて欲しことがあるんだけどー」

 

「ほら、呼ばれてるぞ。行こう、最高のパートナーさん」

 

「ばか……」

 

【工房に居ます】という看板を置き、俺たちは店を後にした。

 

――続く


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