「アトリエ明石」の「提督さん」   作:雨守学

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END

強く突き放されて、夕張は、驚いたような表情を見せた。

 

「……悪い」

 

「……それが、貴方の答え?」

 

「ああ……」

 

それを聞いた夕張は、優しく微笑んだ。

 

「そう。残念。また振られちゃったわね」

 

「分かったんだ。お前にとっての愛の形がそうであるなら……俺のとっての愛の形も……別にあるんだって……。絶対的なものではなかったんだって……」

 

俺がそう言った時、夕張は、すべてを分かっていたかのような目をしていた。

 

「お前……本当は分かってて迫ったんじゃないのか……?」

 

「まさか。ただ貴方に抱いて欲しかっただけよ」

 

俺が黙っていると、夕張は諦めたかのように肩を落とした。

 

「どうしてだ……?」

 

「こうなるって……本当は分かってた……。時間がかかっても……貴方は必ず明石さんを選んでいた……。ちゃんと愛の形を見つけてた……」

 

「…………」

 

「でもね、前にも言った通り、私は私なりに足掻きたかったの。ただ諦めるだけじゃ……後味悪いし……」

 

夕張らしいと思った。

だが、それ故に――。

 

「悪い……。俺がもっと早く、明石への愛の形に気が付いていれば……」

 

「ううん。私が勝手に好きになっただけだもの。案外恋ってのは、こういうものだと思うわ。熱しやすい分、振られた時の落差が激しいだけで……」

 

落差か……。

俺と明石の関係も、そうだったのかもしれないな。

だからこそあいつは……。

 

「さっき言ったこと……謝るわ……。いくら私に振り向いて欲しいからって……あれはないわよね……」

 

「え?」

 

「明石さんが――提督と……って所よ……。そんなことないはずなのに……最低よね……私……」

 

俺は明石を信じている。

だが、確かめようのない事だったから、夕張を責めることは出来なかった。

 

「夕張……俺はもう迷わない。お前を追い詰めない。明石とのこと……ちゃんと決着をつける」

 

「うん……」

 

「その……なんて言ったらいいかは分からないが……」

 

「なに?」

 

「好きという気持ちは嬉しかったよ。俺を好きになってくれて……ありがとう……」

 

夕張はきょとんとした後、吹き出すように笑った。

 

「何それ。慰めのつもり?」

 

「いや……」

 

「うん。私もありがとう。貴方を好きになって、良かった。結果はどうあれ、ね?」

 

「夕張……」

 

「さて、作戦会議、しとく?」

 

「作戦会議?」

 

「明石さんとどうやって関係を修復するか。直すのは私たちの仕事でしょ?」

 

その笑顔に、俺も自然と笑みがこぼれた。

 

「そうだな。手伝ってくれるか?」

 

「もちろん」

 

それから夕張と、ああでもないこうでもないと作戦会議を進めた。

話しをしていく内に、女心を分かっている分、やはり女性らしい奴なんだって思った。

まあ、これは本人には言えなかったが。

 

「私を振ったんだから、ちゃーんと関係を戻してよね」

 

そう言って、夕張は小指を差し出した。

約束しろってことか。

 

「ああ、分かった」

 

お互いの小指を強く絡め、固い約束を交わした。

 

 

結局、その夜は寝つきが悪くて、気が付くと空は明るくなっていた。

 

「…………」

 

提督との関係が終わってしまう。

そんなことばかりが頭に浮かんで、離れなかった。

最悪な結果になったとしても、覚悟はできている。

そのはずなのに、何故か心は痛いままで、泣きそうになっている。

 

「はぁ……」

 

誰かに手を引いてもらえないと生きていけないなんて、私はとても弱い人間だ。

あの頃のように――まだ提督に恋をする前だったら、きっとこんなことは――。

 

「そうじゃないでしょ……」

 

提督に恋をして、幸せな生活を手に入れたはずなのに、いざとなったら、自分が弱くなった原因へと仕立て上げる……。

 

「最低だわ……私……」

 

青葉さんには強気な姿勢を見せたけれど、やっぱり私には――。

 

 

 

朝食も取らずにぼうっとしていると、島風ちゃんが遊びに来た。

 

「あれ、提督はー?」

 

「お昼ごろには帰ってくると思う。島風ちゃん、お母さんはいいの?」

 

「もう仕事行っちゃったよ。またしばらく帰ってこないんだって」

 

「そう……。じゃあ、提督が帰ってくるまで、ゆっくりしてって」

 

「うん!」

 

そう言うと、島風ちゃんはソファーに座ってテレビを見始めた。

お母さんが仕事に出ちゃっても、島風ちゃんは変わらないなぁ。

慣れちゃってるからなのか、提督という甘える先があることを知ってるからなのか……。

 

「明石さんはいいなー」

 

「え?」

 

「ずっと提督といれるんだもん。島風がずっとここに居ても、帰れーって提督が言うし。明石さんはそんなこと言われないもんね」

 

それも今度は分からないけどね……。

 

「好きな人とずっと一緒に居れるって、とても幸せなことだよね。島風も、お母さんがずっと一緒に居てくれるって時は、嬉しいし」

 

「そうね……」

 

「島風も早く大人になりたいなー。そしたら提督も、ドキドキしてくれるかな?」

 

「きっとすると思うわ。島風ちゃん、可愛いから」

 

「本当? にひひー、楽しみー」

 

夕張ちゃんでもなく、青葉さんでもなく、島風ちゃんと提督が結ばれる……か。

ダークホースだなぁ……。

 

「島風ちゃんも提督が大好きなのね」

 

「うん。でもね、最近思うんだー。提督と同じくらい、みんなの事が好きだな……って……」

 

「!」

 

「提督が大好きで、提督と会うためにこの町に来たけど、こうしてみんなとも会えて良かったって。提督と二人っきりでいるのもいいけど、やっぱりみんなでいる方が楽しいなって……」

 

そっか……。

提督が言ってたこと、あってたのかも。

島風ちゃんには、愛情が足りないって。

提督の事が好きだけど、それは本当に恋をしているとかじゃなくて、寂しさからくる気持ちだって……。

 

「あ、これ青葉には言わないでね。青葉、絶対からかうから……」

 

「うん。内緒にしておく」

 

いつか、その気持ちに気が付いても、提督を好きでいられるか……。

それとも――。

 

「――……」

 

私はどうなんだろう。

本当は、別の気持ちを紛らわせるために、提督の事を好きになっているのだとしたら……。

さっきのだってそうだ。

自分が弱いのを、恋のせいにして……。

提督に恋をしていれば、自分の弱さに言い訳ができる。

だから、提督と――。

 

「明石さん? どうしたの?」

 

「……ううん。何でもない。お菓子あるよ。食べる?」

 

「いいの? 食べるー!」

 

もしそうなら……私はやっぱり――。

 

 

翌日の早朝に、俺と夕張は現場を後にした。

夕張はどこか嬉しそうな顔で、車窓からの景色を眺めていた。

 

「こうして一緒に車で仕事場に行ったりするの、私好きだったんだ」

 

「そうなのか?」

 

「うん。貴方と小さな空間で、唯一二人っきりになれる時間だったから」

 

「その割には、いつも寝息を立てていたけどな」

 

「安心出来る存在って事よ。どうせ起きてても、貴方から話しかけてくれることなんて少なかったし」

 

「そうだったかな」

 

「そうよ」

 

「それは悪かった」

 

高速道路は空いていて、左手には海が見えていた。

 

「窓開けていい?」

 

「ああ」

 

風を切るような音と共に、車内に冷たい風が入り込んで、夕張の髪を揺らした。

 

「風が気持ちいい」

 

「何か言ったか? 風がうるさくて聞こえん」

 

「だーかーらー! 風が気持ちいいねーって!」

 

「ああ、そうだな」

 

夕張はしばらく風に当たっていたが、うっとおしくなったのか、窓を閉めて、椅子に深く座った。

 

「帰ったらさ、明石さんに作戦通り言うんでしょ?」

 

「ああ」

 

「そうなったらさ、もうこうやって、一緒に仕事に行くこと……出来ないね……」

 

その表情を確認しなかったが、どんな顔をして助手席に座っているのか、俺にはなんとなく分かった。

 

「お店も軌道に乗ってきてるしさ。貴方が海軍の仕事をしなくても、やっていけるようになるだろうし。何より、私と二人っきり、こうして仕事に行くって、明石さんからしたらいい気分ではないだろうから……」

 

「……そうだな」

 

しばらくの沈黙が続く。

 

「寂しい……」

 

それを聞いて、俺は少し驚いていた。

こういう時の夕張は、冗談の一つでもいう筈だったから。

本心から言っていると、分かってしまうほどのトーンであったから。

 

「何も今生の別れでもあるまい」

 

「そうだけどさ……」

 

「二人は無理でも、またみんなで遊びにでも行こう。いつも通りさ。明石と寄りを戻したって、お前への態度が変わるわけじゃない」

 

「……うん」

 

「だから夕張」

 

「ん……?」

 

「これからもよろしくな」

 

その言葉を聞いて、夕張は少しの間をおいてから、再び窓を開けて風に当たりだした。

 

「――……」

 

そして、その中で何かを呟いた。

何を言ったのか俺には分からなかったが、それは知らなくていいことだと思って、聞き返すことはしなかった。

 

 

 

夕張の家に着いたのはお昼前だった。

 

「ありがとう」

 

「おう。またな」

 

そう言ったとき、俺の携帯が鳴った。

島風からだ。

 

「もしも――」

『提督!』

 

食い気味のその声の感じで、店に来ているのがすぐに分かった。

 

「母親は仕事か?」

 

『そうだよ。早く帰ってきて! 今どこ!?』

 

「もう近くだよ。すぐに帰る」

 

『絶対だよ!?』

 

「ああ」

 

電話を切るのと同時に、夕張は再び車に乗り込んだ。

 

「夕張?」

 

「島風ちゃん来てるんでしょ。貴方には作戦があるんだから、島風ちゃんは私がどこかへ連れて行ってあげる」

 

「いや、悪いよ。明石にはまた島風が帰った後にでも――」

「ダメ。そういうのはすぐにやるべきなの」

 

夕張の意思は固いのか、車のドアを閉め、シートベルトも締めた。

そして、早くしろと目配せをした。

 

「……分かったよ」

 

 

 

店に着くとすぐに、島風は俺に飛びついてきた。

 

「おそーい!」

 

「悪い」

 

「お帰りなさい提督、夕張ちゃん」

 

「こんにちは」

 

「提督ー、遊ぼう? はやくー」

 

「ああ、それなんだが……」

 

「島風ちゃん、提督と明石さん、二人でお話があるみたいだから、ちょっと出ましょう」

 

「お話?」

 

明石は少し驚いた表情を見せた後、何かを悟ったかのように暗い表情を見せた。

 

「えー?」

 

「すっごく大事な話なの。お願い」

 

皆の表情を見て、ただならぬものを感じたのか、島風は大人しく俺から離れた。

 

「いい子ね。工房借りるわ。二人はお昼でも食べながら話して来たら?」

 

「ああ、悪い。明石、行こうか」

 

「……はい」

 

「提督……」

 

島風が珍しく、心配そうな声で俺を呼んだ。

 

「すぐ戻る。何か甘いものを買って帰るよ」

 

少し歩いたところで、青葉と鉢合わせた。

だが、何かを察したのだろう。

何も言わずに店の方へと小走りで向かっていった。

 

 

二人っきりでの話……。

おそらく、今後の事だろう……。

夕張ちゃんはもう、どんなことを話すのか知っているようだった。

もし、もしそれが、私との別れを意味してたとしたら――。

 

「腹、減ってるか?」

 

「少しだけ……」

 

「じゃあ、もうちょっと時間を潰してから飯屋でも探そうか」

 

そう言うと、提督は近くの公園に入り、空いているベンチに座った。

私も同じように。

 

「……お仕事、お疲れ様です。どうでした……?」

 

「今回はそこまで大変じゃなかったよ。招集された人数も少なかったし――」

 

しばらく、他愛の無い会話が続く。

面白い話もあったけど、素直に笑えない自分がいた。

 

 

明石の様子がおかしい。

話があると知ってから、表情が暗い。

もしかして、何かマイナスなイメージを持っているのだろうか。

 

「大丈夫か?」

 

「え?」

 

「何だか元気がないけど」

 

明石は溜めた後、少し躊躇うように零した。

 

「話って……なんですか……?」

 

きっかけを作ろうと思っていたから、急にあの話をすることができず、思わず黙ってしまった。

 

 

提督が黙った。

ということは……やっぱり話しにくい事なんだ……。

 

 

作戦を意識するあまり、順序が崩れたことに軽く動揺していた。

明石も不安そうにしている。

 

 

心が痛い。

 

 

何とか立て直さなければ……。

 

 

傷つくのが怖い。

 

 

気持ちを伝えなければ。

 

 

でも……立ち止まってばかりじゃいけない……。

 

 

これ以上、明石を不安にはさせられない。

 

 

自分の足で歩かなくちゃ……。

 

 

明石の手を引いていくんだ。

 

 

じゃないと……。

 

 

そうでなければ。

 

 

この先、この人と一緒に居られないから……。

この先、こいつと一緒に居られないから。

 

 

俺はいつの間にか明石の手をとっていた。

もう作戦の事は頭からすっぽ抜けてて、自分でもどうしたいのか分からないけど、ただ手をとっていた。

 

「て、提督……?」

 

明石も急なことで驚いている。

 

「えーっと……」

 

その時、俺の腹が鳴った。

そういや、朝飯も食ってなかったな……。

 

「……先にご飯にしましょうか」

 

「……ああ」

 

何やってんだ俺は……。

 

 

提督が何を話したかったのか分からないまま、私たちはたまに行く中華屋へと入った。

お気に入りのチャーハンだけを注文すると、しばらくの沈黙が続いた。

 

「……今日は餃子は食べないのか?」

 

「え? は、はい……ちょっと……」

 

島風ちゃんと再会した日の夜、ちょっとだけ喧嘩した時に、提督に餃子の臭いの事を言われてから、食べられずにいる。

 

「そんなに臭いは気にならないけどな」

 

うぅ……お見通しかぁ……。

 

 

明石は恥ずかしそうに俯いた。

そして、黙り込んでしまった。

今のはまずかったか……。

会話を広げようと思ったが、予想外の反応だったな……。

てっきり、あまりお腹が空いてないとか、何かしら反論してくると思ったけど……まさかの図星とはな……。

 

 

結局、私が黙ってしまったから、会話は続かず、黙々と昼食をとった。

置いてあるテレビからも、会話につながる情報は一切なくて、平和な日常を映し出しているだけだった。

 

 

昼食を取り終えて、俺たちはただ町を歩いた。

目的地もなく。

 

「……どうしようか」

 

「……どうしましょう」

 

馬鹿……俺が連れ出したんだから、俺が聞いてどうする……。

手を引くんだから、ちゃんと決めないといけないだろう……。

そうだ……この先に大きな公園があるから、そこで……。

 

「明……」

 

話しかけようとすると、明石は別の方を向いていた。

視線の先には、あの銭湯があった。

 

「……お昼でもやってるんですね」

 

「本当だな。普通は夕方位からなもんだが……」

 

そう言えば、最近は来てなかったな。

最後に来たのは、明石が温泉に行きたいって騒いでいた時か。

 

「…………」

 

じっと銭湯を見つめる明石。

 

「……入っていくか?」

 

「え……?」

 

 

流れで銭湯に入ることになった。

多分、私がじっと銭湯を見てたから、入りたいと思ったんだろうなぁ……。

ただお昼頃に見ることが無かったから、じっと見てただけなんだけど……。

 

「……流される私も私か」

 

お客さんは相変わらず誰もいなかった。

そりゃこんな時間だしね……。

儲かりもしないのに、なんでこんな時間に営業を……。

というよりも、よく潰れないなぁ……。

 

「…………」

 

桶の叩く音、聞こえないな……。

あっちにお客さんがいるのかな……。

それとも……必要ないって思われてるのかな……。

 

「本当……何やってるんだろう……私……」

 

さっさと出よう……。

そう思って、私は体を流し始めた。

 

 

明石側から何も聞こえないな。

今日は他の客が来ているって事だろうか。

 

「ふぅ……」

 

何やってるんだ……俺は……。

これじゃあ夕張にめっちゃ怒られるだろうなぁ……。

いや……怒られるのが嫌とかそういうのじゃなくて……。

 

「…………」

 

情けない……。

明石も不安がっていたし……。

ここでもう一度作戦を整理しなければ……。

 

 

洗い終わって、ちょっとだけ湯船に浸かることにした。

せっかく来たしね。

 

「…………」

 

この銭湯に一緒に来るの……最後になったりして……。

だから入ろうって言ったのかな……。

 

「嫌だな……」

 

提督は優しい……。

優しいから……中々言い出せない……。

大事な話……。

 

「提督……」

 

目をつむり、いつものように壁にもたれかかった。

その時、ふとあの穴が手に当たった。

 

「…………」

 

手……伸ばすの怖いな……。

もし、提督の手がなかったら……そういうことだし……。

シャワーの音は聞こえてなくて、提督も湯船に入っているようだけど……。

 

『あとは……明石さんが司令官を信じて……着いていくだけじゃないんですか……?』

 

私が一歩……踏み出さなきゃいけない……。

これからも提督と一緒に居たいなら……。

私は思い切って手を伸ばしてみた。

 

「――……」

 

そこに、提督の手は無かった。

 

「そっか……」

 

やっぱり……そうだったんだ……。

提督は……もう――。

 

「あ……」

 

引こうとした私の手を、大きな手が引き留めた。

この手は……。

 

「提……督……」

 

文字通り手探りで、私の手の形を確かめると、そっと、優しく握ってくれた。

 

「提督……」

 

その手の温もりは、私を安心させると共に、全ての答えを私に教えてくれた。

ぽろぽろと涙は零れ、湯船の中へと消えていった。

 

 

合図を送り、銭湯を出た。

作戦はもう完璧に頭の中に入っている。

ちゃんと言うんだ。

 

「お待たせしました」

 

明石の表情は、先ほどと違って晴れやかなものだった。

 

「気持ちよかったか?」

 

「えぇ、とても」

 

そう言うと、明石は手をぎゅっと握った。

 

「!」

 

「帰りましょう」

 

「いや……その……まだ話が……」

 

「大丈夫です……」

 

「え?」

 

「全部……分かりましたから……」

 

「分かったって……何がだ……?」

 

一体この短時間で、明石の身に何が起こったのか。

それが分からず、また作戦の事は頭から離れていった。

 

「提督」

 

「な、なんだ……?」

 

「好きです」

 

 

提督はキョトンとしていた。

そりゃそうか。

 

「私……さっきまで怖かったんです。提督のする大事な話っていうのが……私との別れ話なんじゃないかって……」

 

「別れ話って……そんな訳ないだろ。俺は……」

 

「分かってます。提督はそんな人じゃないって。でも……私はとても弱くて……不安になっちゃって……貴方を信じられなくて……」

 

「…………」

 

「一歩……踏み出せなかった……。あの事もあったし……。でも……私はやっぱり貴方と居たくて……一歩踏み出さなきゃいけないって思ってて……」

 

何を言いたいのかがまとまらず、言葉だけがぽろぽろと零れた。

だけど、提督はそれを待ってくれた。

今までと同じように、ずっと……。

 

「貴方が手を差し伸べてくれていたこと……ずっと分かってました……。だから……私も勇気を出して……貴方の手を取りたいと思いました……」

 

「明石……」

 

「貴方が好きです……。これからもずっと……一緒に居たい……。恋人として……愛する人として……」

 

私が一歩、提督の前に踏み出すと、提督も一歩、私に近づいた。

 

 

そうか……。

そうだったのか……。

そこまでお前を追い詰めていたんだな……俺は……。

 

「明石……ごめんな……」

 

「え……?」

 

「お前をそこまで追い詰めたのは……俺のせいだ……」

 

「そんな……提督は何も……」

 

「お前を放さなければよかったんだ……。手を差し伸べるだけじゃなく……」

 

「提督……」

 

「明石……お前に話そうと思っていたこと……今言うよ……」

 

明石はじっと、俺の目を見た。

 

「はい……」

 

作戦……。

それは……ただ一つだけ……。

 

「明石……俺は……」

 

「…………」

 

ただ真っすぐに……。

 

「…………」

 

真っすぐ……。

 

「……提督?」

 

「俺は……お前を……」

 

「…………」

 

「お前を……抱きたい……」

 

 

「……へ?」

 

その言葉の意味にもそうだけど、私は提督が顔を真っ赤にしているところに驚いた。

こんな提督は初めて見るかもしれない。

 

「えーっと……抱きたいって……その……」

 

「そういう意味だ……」

 

「え……えぇ……?」

 

「お前が好きだ……。お前……を抱きたい……」

 

多分、もっとストレートに表現しようとしたのか、抱くという言葉の前に詰まりがあった。

 

「あの……その……それはあの……もしかして……欲求不満になっているってこと……ですか……?」

 

「そ、そうじゃない! だからその……うぅむ……」

 

提督は目をつむり、どうすれば伝わるのか考えていた。

そっか……。

すっかり忘れてた。

提督って、不器用な人だった。

 

「つまりだな……お前だけを……って意味でさ……。別に欲求不満とかではなくて……。それをはっきりと伝えなかったから、お前が離れてしまって……だから……」

 

そこまで言うと、提督はがっくりと肩を落とした。

 

「……駄目だな。こんなだから、お前を不安にさせてしまう……」

 

「……提督」

 

「夕張に、明石の好きなところを言えと言われて、すぐに答えが出なかった。お前を好きなところがたくさんあるけど、それがお前でなきゃいけない理由にはならなかった……」

 

私と同じことを……。

 

「けど、お前と居たい……お前でなければならない事だけは確かだった……。分かってたことなのに……いや、分かっていたからこそ、お前に伝えられなかった……。俺にとってのそれは、当たり前の事だったから……」

 

「それが……私を抱きたいってこと……ですか……?」

 

「お前だけを……って意味だったんだ……。実は作戦があってさ……本当はもっとストレートに表現するつもりだったんだが、如何せん勇気が無くてな……」

 

本当……この人は……。

 

「不器用ですね……私たち……」

 

「ああ、本当にな……」

 

一瞬の沈黙の後、私たちは目を合わせて吹き出した。

 

「本当、おかしい」

 

「だな」

 

提督も私も、笑ってはいたけれど、その目には涙が零れていた。

それは安堵の涙なのか、はたまた別なものなのか分からない。

けど、もう私たちに不安は無くなっていた。

 

 

店に帰ると、皆が心配そうに飛び出してきた。

しかし、俺たちが手を繋いでいるのを見て、安心したのか、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「その様子だと、作戦は成功したみたいね」

 

「まあ……結果的にはな……」

 

「何よ。歯切れ悪いわね」

 

「提督ったら、恥ずかしくて中々言えなかったんですよ? 表現もオブラートに包んで……」

 

「へぇ、なんて言ったのよ?」

 

「いや……それは……」

 

「提督ー! 皆から聞いたよ! なんで島風に相談してくれなかったの!?」

 

「お前にはまだ早いと思って……」

 

「島風ももう大人なんだよ!? おっぱいだって去年より大きくなってるんだから!」

 

「へぇ、島風ちゃん、おっぱい大きくなったんですねぇ。どれくらい大きくなったのか、青葉に取材させてくれませんか?」

 

「ちょ、触らないでー!」

 

いつものうるさい感じに戻ったな。

結局、俺たちの関係が戻っても、何も変わりはしなかったな。

明石の方を見ると、楽しそうに笑っていた。

 

「何も変わりませんね」

 

今度のそれは、悪い意味ではなかった。

 

「俺たちは変わってなかったんじゃなくて、後ろに進んでしまっていただけなのかもしれないな」

 

「そうかもしれませんね」

 

何でもない事に悩まされて、何でもない事が言えなかった。

ただそれだけ。

ただそれだけの事が、俺たちには出来なかった。

工房を構えてるくせに、なんとも不器用なカップルだ。

 

「おめでと。お二人さん」

 

「夕張……ありがとう……」

 

「夕張ちゃん……」

 

夕張は優しく微笑んだ後、悪そうにニッと笑った。

 

「感謝してるなら、もちろんお礼があるわよね?」

 

「島風もお留守番したお礼が欲しいー!」

 

「青葉も……ついでにいいですか……?」

 

すると三人は、ああでもないこうでもないと、お礼は何がいいか話し始めた。

 

「フッ……これは仕方ないな」

 

「ですね」

 

明石はそっと、俺に寄り添った。

そして、俺だけに聞こえるような小さな声で、呟いた。

 

「私も……抱かれるなら……提督だけがいい……ですよ……」

 

「明石……。フッ……そうか……。おーい皆、明石がさー」

 

「ちょ……! 提督!?」

 

「ハハハ、冗談だよ」

 

まだまだこれから変わらなきゃいけない事とかたくさんあるだろうけど、結局俺たちは今に落ち着く気がする。

それは、今が一番幸せということ。

だけど、変わろうとする経験というのは大切で、きっと俺たちに大切なことを教えてくれるはずだ。

なんせ俺たちは、不器用だから。

 

「ねぇねぇ、お礼は旅行とかでもいいわけ? 海外とか行きたいわ」

 

「海外! いいですねぇ。世界遺産とか写真におさめたいなぁ。あ、でも……英語とかどうしよう……」

 

「島風、英語できるよ」

 

「え!? どうして!?」

 

「お母さんとお父さん、よく英語で話してるから。島風も覚えちゃった」

 

「凄いな島風」

 

「えへへ、偉い?」

 

「じゃあ、海外旅行に決定ですね」

 

「それはいいが……じゃあもっと頑張らないとな」

 

「なら早速、開店の準備しますか」

 

「ああ」

 

これからまた忙しくなりそうだ。

だが、俺たちなら乗り切れるよな。

 

「えぇ、提督」

 

分かっているかのように、明石はそう言った。

 

「これからもよろしくな」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが明石さんのお店か」

 

「司令官、来るのは初めてかい?」

 

「ああ。鳳翔がいつも世話になってるんだろう? 今日はその礼に、うんとモノを買ってやらんとな。好きなものたくさん買っていいぞ。テストの点も良かったしな」

 

「ですって。良かったわね、響ちゃん」

 

「うん」

 

店の扉を開くと、きれいな音色の鈴が、俺たちを迎えてくれた。

店内は煌びやかなもので溢れていて、木のいい香りが漂っていた。

 

「いい店だな」

 

「あれ、誰もいませんね」

 

「きっと工房にいるんだよ。ほら、この鈴で呼ぶみたいだ」

 

響が鈴を鳴らすと、中から「はーい」という声がした。

 

「明石か。昔会ったきりだな」

 

「今や結婚して、いい奥さんしてるそうですよ」

 

「そうか。幸せそうでなによりだ」

 

「あ、来たみたい」

 

慌ただしそうに出てきた明石は、息を整えると、とびっきりの笑顔で言った。

 

「いらっしゃい。ようこそ、アトリエ明石へ!」

 

――終わり




ありがとうございました。
次回作は、艦娘達の戦後とは違う世界線になるため、このシリーズはここで終わりです。
今後は別世界線での戦後シリーズを書く予定です。
また、興味があったら覗いてください。
ご愛読いただき、ありがとうございました!

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