ー自室。
コンコンコンッ
「…………」
コンコンコン
「いませんよぉ〜……」
コンッ!コンコンッ!コンコンコン!!!
「チッ、うるせぇよ!!!誰だよクソがァ!!!ご注文はオレですかってんだよォ!?」
「僕だよ」
「村雨もいまぁ〜すっ」
「グレートですよォ……」
朝日が登っても一人部屋のカーテンを開ける人がいない俺の自室は完全に外の世界から遮断されていた。ベッドの上で匍匐状態を作って、ノートパソコンでかわいい女の子達を見ながらあ^〜してたのにこの始末。
朝五時ぐらいから見始めていた萌豚系アニメはもう既に最終回まで見終わって、次はテンプレ系を見ていた。
時雨はカーテンに近付きながら両手を開けるポジションへと構え、
「ほら、もう9時なんだからいい加減起きて!」
「うお、まぶしっ」
「もう駄目ですよ〜!早く起きてくださぁ〜い!」
「む、村雨ちゃん……」
「え、どうしたんですか宍戸さん?」
腰を曲げ、毛布を引っ張っていた村雨ちゃんがすごくデカイ谷間を見せてくる。足を少し動かせば触れるぐらい近くて……たゆんたゆんしてて柔らかそう。
あれだけデカイんだ、足を動かして少し触るぐらいどうってこと無いだろう。
「……ギロッ」
と思ったけど、時雨が怖いからパス。あの目は既に俺をぶっ飛ばすための攻撃ルートを3通りぐらい考えている目だ。
素直に身体を起こし、村雨ちゃんや時雨に見られないため、ノートパソコンに映っていたちょっとエッチなシーンの動画を止める。
……ん?おかしいぞ?ちょっと焦ると何故か家族に見せろとばかりにフリーズする現象はよくある。本当に腹立つけど。
こういう時は強制終了するボタンを押すと消えるはずだ、ポチッとな。
『荒木和也……このモニカ・フュードリヒは貴様に決闘で敗れた……今日から私は貴様の奴隷だ、早く私を犯せぇ!!』
『『『えええええぇ──!!』』』
「「…………」」
強制終了しようとしたのに、このクソノーパソが俺の言うことを聞かずに音量を爆上げした。
当然、部屋に来てくれた時雨と村雨ちゃんはドン引き。ヒロイン達とのハーレムモテモテを大音量で見せてくるアニメをようやく止めて、二人を見る。
「……コホン、それで今日はどんなご用件かな?整備工作班の副班長はとっても大事な任務に勤しんでいたところなんだ」
「今日はその危ない任務にドクターストップを掛けに来たんだ。宍戸くんの健康のためにも、お天道様の下を歩いて僕たちにパフェを奢る事を勧めにね」
「奢らねぇっつってんだろォ!?」
相変わらずのパフェ好きである。
「じょ、冗談ですからっ、落ち着いてください宍戸さん」
「冗談?」
「……えーっとそ、その……宍戸くん頑張ったみたいだし!今日は僕の奢りで、ファミレスとか……どう、かな?」
「え?」
「時雨姉さん、昨日から宍戸さんと食事する事ばっかり話していたんですよっ?明日どこ行こう〜とか」
「む、村雨!!」
……時雨が、奢り……?しかも、昨日から……?意外すぎてドッキリを疑う所だが、時雨の赤面ぶりを見て多分本当の事だろう。
なんだよ、すげーいい娘じゃん。夜10時まで執務室出れず、その後直行で就寝したから時雨たちとも会ってないんだよなぁ。
「分かった、そういう事だったら今すぐ行こう」
「ま、まぁ宍戸くんがどうしてもって言うんだったらだけど……」
「可愛くねぇな」
「ふふふっ」
ーファミレス。
「まぁ良いんだけどさ、なんで鈴熊がここにいるの?」
「シグシグに呼ばれて!」
「同じく」
時村が俺の隣で、鈴熊が対面に座っていた。ここファミレスの雰囲気はいつもより混んでいるようにも感じる理由は多分金曜日だからと、鎮守府がおやすみだからだと思う。
オーダーを頼み終えた俺たちは、おしゃべりやストローのゴミを畳んだりして時間を潰していた。
「今日は宍戸くんが無事に補佐官の仕事を終えて、僕が副班長の仕事を全うできたことを祝うために呼んだんだ。流石に僕と宍戸くんと村雨だけじゃ物足りないからねっ」
一理あるが、どうせこのあとはみんなで大規模の成功を鎮守府で祝うんだ。これはその前座みたいな物らしい。
「そ、その……ゴーヤもここに来てよかったでちか……?」
「いや寧ろお前は休めよ。息抜きの仕方、忘れたんだったらここで学ぶチャンスだぜ」
「副班長……わ、分かったでち!」
ジャージ服と作業服しか着ない事で有名なショートヘア美少女の名前はゴーヤ。俺と同じ整備工作班。
元ブラック企業の平社員としてこき使われた結果、自分を追い込む事にやり甲斐に目覚めてしまったらしい。その上、仕事をしていないと何故か罪悪感に苛まれると言うことで、提督からは適度にストップを掛けられている。
着任早々の挨拶で、ゴーヤは丁稚でち!よろしく丁稚!と分かりにくい自虐を放ってた事もいい思い出。
確か15連勤12時間以上と言う苦行を成し遂げており、整備工作班としては非常に役立ってくれている。
だからたまに俺たちが彼女の病気を治すために、こうして強引にでも外へと連れ出して遊ばせる必要があるのだ。
「今回の作戦結構やりやすかったよ!結構連携取れてたし、誤射とか少なかったし!」
「誤射はいけないだろ……まぁみんな無事で帰ってきたんだから結果オーライなんだろうけど」
他国との合同作戦ではそういうことも少なくない。日本じゃ無いけど、アフリカ西海岸方面で誤射による死人が出た事あるって聞いたことがある。こっちでもあり得る事だから、笑い事では済まされない。
提督は、大きな艦隊なら補佐官と共に指揮する海戦の責任を取らなきゃいけなかったりするから、大変な仕事なんだなと思ったりもする。
「わたくし達がなるべく被害に遭わないように配慮してくれたと古鷹さんに聞きましたわよ?ちょっと……見直しましたわっ」
「え?あ、あぁ!誰も傷ついて欲しくないからな!」
「すごい……すごいです宍戸さん!」
「宍戸くんのクセにカッコいい事してる……」
「流石副班長でっち!私ももっと頑張るでっち!」
「ゴーヤはもうちょっと休んだ方がいいと思うけど……それよりも宍戸っち、本当に……ありがとうねっ」
「あ、あぁ」
俺のカルマを上げてくれる古鷹ちゃんに、謝謝。
確かあの時、周辺の海域にかなり多くの深海棲艦が出没していたので俺たち以外の艦隊にやらせて一時撤退を提督に進言した事があった。
整備工作班、そして艦娘達に休む時間を与えられて俺カッコイイ。
嘘です、本当は俺が少し休みたかっただけです。半ば強引にでもそっちの方向に持っていかないと休めなかったので、変動的な攻撃目標は他の鎮守府に任せて一時撤退させてた。
特に柱島鎮守府の人たちが舞鶴に迫っていた敵艦隊を倒してくれたお陰で、休む時間が増えたのだ。本当に有り難い、今度会った時は必ずお礼しよう。
そして、素直にお礼をしている鈴谷達可愛い。
「あ、あ~!いま照れている鈴谷達を見て可愛いって思ったでしょ?やっぱ宍戸っちは相変わらずチョロいね〜」
「チョロくねぇよ?」
「いつも村雨さんの前ではデレデレしている方が何を言い出すのかと思えば……」
「俺は例え相手が村雨ちゃんでも奢らないでしょ?女の子には謙虚で慎ましくして欲しいから、敢えて奢らないんだ。一旦男を手玉に取った感覚を知った女はこれ以上にないぐらい我儘と化すからな」
みんなが「ぅわぁ……」と言いながらジト目で後ずさる。昔ならまだ奢るのも良いかもしれないけど、今は奢る事を義務付けられるほどの給料の格差は無いしな。それともなにか、艦娘は女だけしかなれないからって女性優遇社会突入か?
「こ〜んなに可愛い僕達みたいな美少女軍団に囲まれて、奢らない方が不平等ってものだよ」
なるほど。村雨ちゃんと時雨を両手に、そして向かいには鈴谷と熊野とゴーヤが座っている。確かに、この状況は男からしたらハーレム天国であり、これを実現するために男子はあらゆる手を尽くすだろう。ダチの結城なんて合コンでしか比率を稼ぐ事ができないからな。
でも俺は、オトナのオトコノコなんだーー君たちが平等の言葉を履き間違えている事を教えないとな。
「分かった、じゃあ時雨達と平等になるために裸になるよ」
「「「……え?」」」
「うん、だからね?さっさと裸になって?一緒にすっぽんポンになればお互いのイイトコロ見せ合えるからビョウドウだよね?ほら早く」
「な、なにを言っているのかなきみは!?変態かなきみは!?」
「平等ってのはね、一人に一つの物を与えたら、全員に一つの物を与えるって意味なの。つまり俺が服を脱げば時雨も脱いで、全裸になれば時雨もそうなるって意味なの。ここじゃなんだからトイレで平等になろうか、ほら早く」
「わ、わかったよわかったよ!ごめんてば!」
分かればいいんだよ。少し可愛いからって調子に乗るなよ。
『お待たせしました〜』
色々な物が運ばれてくる中、俺は自分の注文したコーヒーと備えられた2つのクリームパケットと2つの角砂糖。時雨と村雨ちゃんは王道のパフェとコーヒーで、他はカフェオレや紅茶やダブルエスプレッソ入りのブラックコーヒーを取る。
ゴーヤにはちゃんと、ディーカフのエスプレッソコーヒーを頼ませておいた。
「それじゃあちょっとした音頭として……今回の作戦の無事を祝して乾杯しようか」
「それ音頭というより提案よ姉さん……」
「し、しょうがないでしょ!こう言うの慣れてないんだよ!」
「時雨流は嫌いじゃない。祝して乾杯。要はそうなんだから、こう言う時ぐらいコンパクトにまとめてればいいんだよ」
「確かに、パーティー等で長々とお話をされるのは少し気が滅入りますわね。料理を目の前に出されたと言うのに、スピーチの間は先に食べてはいけない暗黙のルールがありますし……」
「料理出された瞬間にしゃべるのはカンベンしてほしーよねー」
「コホンッ……それじゃあ、乾杯!」
「「「かんぱ〜い!」」」
お互いのガラスをぶつけ合い、一口だけ含む。ゆったりとした時間を過ごす事を目標としたお茶会ーーみんなそれぞれ口に飲み物を含みながら、談笑に花を咲かせるのが定番である。
「うぇ……このカフェオレほとんどブラックじゃん、ニガい……」
「What the f"ck did u call me niga!?」
「宍戸くん、鈴谷はそっちの意味で言ったんじゃないと思うけど……しかも妙にネイティブなのが腹立つッ」
「ラップ系の音響マネすれバ、みんなホーミィの仲間入りィ、ィイエ、ィイエ」
チンピラ的な動きをすれば完璧。
「鈴谷の舌はまだまだ子供ですわね……」
「とか言って熊野は砂糖入れてるじゃん!しかも紅茶にだよ!?」
「まぁまぁ、私達なんてパフェと一緒にコーヒーを飲んでいるんですから、砂糖ぐらいはいいんじゃないですか?」
「村雨の言うとおりでち。別に砂糖の有無なんて好みの問題だから気にする必要ないでち、ずるるっ……」
「「「ぽけー……」」」
と言っておきながら平然とエスプレッソダブル入りコーヒーをそのまま飲むゴーヤ。その領域に踏み入れる事ができない鈴谷たちは、呆けた顔でゴーヤの大人スタイルを凝視する。
とても人柄のいい娘たちだから、上辺だけの会話で心にもない言葉を使って褒め合う事はしない。本当にそう思っているゴーヤは、ごく当たり前のようにあの泥水を飲む。そんなオトナのゴーヤへ賞賛の言葉を送りたくなる。
「ゴーヤスゴイ……私たちなんて砂糖なしじゃコーヒーも飲めないんだよ?すごくない?」
「これが本当の淑女……」
「鈴熊、ゴーヤの言うとおり味なんて人それぞれだぜ……まぁ俺は?ダブルエスプレッソを?ダブルで?直で飲まないと?物足りないっつーか?フフンッ」
「宍戸さんかっこいいですね!」
「フフ、村雨ちゃんへの愛も、ダブルになっちゃったよ」
「ありがとうございまーすっ!」
「そんなコトだろうと思って、宍戸くんにはエスプレッソダブル用意しておいたよっ」
「は?」
パフェの後ろから出てくるコーヒーカップに入った濁り泥水を、時雨から手渡される。
「欲しかったんでしょ?あげる。本当は軽い罰ゲームに使おうと思ってたんだけど、普通のコーヒーじゃ満足しないんでしょ?」
「え、あ、そ、その、も、もち、ろん、です、はい、あ」
「じゃあ宍戸くんの一気見たい人〜!」
「「「はぁ〜〜い!」」」
満場一致とはこのことだ。
「ま、まぁ、カフェイン上等っつーか?なんつーか?美味しいから普通に飲めるっつーか?て、てててて手とか震えてねぇし?」
「思っきし震えてるんだけど……」
「どうしたの〜?さっきの威勢はどうしたのかにゃ〜?」
「副班長、無理だったらゴーヤが……」
「駄目だァ!俺が飲めると言ったんだから飲めるに決まってるんだッ!誰の助けも必要ないッ!」
「何を熱くなってるのやら……」
俺はこの泥水を喉に流し込む。味を例えるとそうだな……クソ不味いコーヒーの苦味成分三倍ぐらいにした奴かな。もっと言えば今の俺みたいに、顔を無意識にしかめるぐらい苦い。
イタリア人め、なんてものを作ってくれるんだ。
「クゥゥゥ……!」
「変にカッコつけるからだよ。これに懲りたら大人しく自分のコーヒーを飲むことっ」
教訓を得た。
女の子の前では無駄にカッコをつけると痛い目を見る。
ただ、男はいつ何時でも女にいい顔したいものなんだ。例えそれが通りすがりの、俺の人生に全く関係の無い美人だったとしても、少しでもいい顔したくなるのが男の性なんだよッ。
ほら、あっちのテーブル付近で転んだOLに手を差し伸べてるあの人居るでしょ?あんな自然に助けられて、誰にでも紳士的な笑顔を振りまく事ができれば俺もきっとモテるのに。
特にあの人は中年のメガネって言うのがポイントだな。女性的って訳じゃないけど、邪気がない感じだからある程度身体に触っても、この人触りましたーって痴漢冤罪にはならなさそう。
そして何事もなかったかのように手を振りながら女性とバイバイするなんてすげー。
そんな人が俺達のテーブル付近に近寄ってきて、
「……って、斎藤中将じゃないッスか!?」
「「「え!?」」」
休日に上司の上司に会う気分はどういう感じだろうか。例えどんな状況でも礼節を重んじる日本人の心は素晴らしい。だからストレス溜まるんだよ。
俺達は斎藤中将に敬礼する。さっきまでのちょっとしたパーティー気分は消し飛んだ。
「おぉ、こんな所で会うんなんて奇遇だね。皆さんは第二舞鶴の所属かな?」
「「「はっ!!」」」
「そう固くならないでくれ。ここには君達以外にも居るんだから、警戒させては申し訳ない。ほら座って座って」
確かに他の鎮守府所属の軍人も気が休まらないだろう。大人しく座る。
店内で敬礼してしまったので、注目を集めてしまった中将はテーブル際を歩くたびに堅苦しい挨拶を受ける事になるだろう。
「宍戸くん、補佐官の仕事は見事だったと聞いているのだが……やってみてどうだったかな?」
「ハ!やりごたえがあり、いい経験になったと自負しております!このような機会をお与え下さった中将には感謝の言葉もございません!」
「お、大袈裟だね、コホンッ。そう言ってくれるんだったら私からも話しやすいだろう……ここで会ったのも何かの縁だ、宍戸くん、少し屋上のラウンジで話しでもしないかね?」
……えッ?
「なに、少し話がしたいだけだよ。私のオファーを受けてくれた事への感謝、と言う簡易的な物だけどね……君たちから宍戸大尉を借りていくけど、いいかね?」
「「「はい!勿論!」」」
「では行こうか、こちらについてきてくれ」
「はっ!」
は?なに攫おうとしてんねん。誰か止めてよ。
ーレストラン二階。
俺なんかしたか?大規模作戦で何かしでかしたとか?クビを宣告されるとか?
風が吹き抜ける屋上のラウンジは広く、誰も使っていない。完全に一対一の状況である。
「お茶の邪魔をしてしまってすまないね宍戸くん……それにしても、君も隅には置けないね」
「か、彼女たちは自分の友人のような関係であり決して不純な関係では」
「ハッハッハ、君にそのような心配をするつもりは無いよ。それに男女の関係にとやかく言うつもりもない……そんな事より、大規模作戦は本当に見事だったと蘇我准将から聞いているよ。受けてくれてありがとう」
そう言いながら、頭を下げてくる。
「頭を上げてください中将!自分は最善を尽くしただけです!この程度の事ならば、これからも補佐官を兼任しても良いと思っています!」
「そう言われると、私の人を見る目は間違っていなかったと、つい嬉しくなってしまうよ」
上司にいい目で見られようと、余計なことを言うのは日常的な光景だ。こうやって自分を追い込むのに、後々他人のせいにするまでがテンプレ。大丈夫だ、俺なら補佐官をこれからも続けられると思う。
中将が俺の目の前に移動する。
「そこで折り入って相談があるのだが、いいかな?」
「勿論です、何なりとお申し付けください」
「君は、提督になる気はあるかな?」
「……は?」