『どういうことですか!?説明してください!!』
『遺憾である』
『数十隻の深海棲艦は新種であると噂されていますが、撃破のためには命を脅かされねばならないほど強力な敵なのでしょうか!?』
『誠に遺憾である』
『大半の海軍将校はこの作戦のことを知らされていなかったと聞きますが、このことについて一言お願いします!!』
『……誠に、遺憾であるッ』
誠に遺憾である連語するのは愚策だと思います大将。
ニュースで取り上げられていたのは、八丈島出兵と蔑称されている、結城の口ぶりからすれば大淀少将の作戦である。
昔、陸軍のクソみたいな出兵と多くの犠牲者を出していたのが、今になって掘り返され、主に海軍だが、今回みたいな無謀な戦いーー見た目的には無残な結果を陸戦でなくても”出兵”と付ける伝統がある。なので、八丈島出兵ーーと揶揄するものは多いが、新種の深海棲艦が現れた事により起こった、いわゆる事故であると解釈する将校も多かった。
要するに、失敗はしたが、艦隊出動そのものの意義は正しいと思う奴らも中にはいるということだ。
方針が変わる前から容認され、準備が整えられていた作戦の結果は惨敗。
詳細を言えば、少なくとも合計で50隻以上の連合大艦隊だったのにも関わらず、1隻が中破、1隻が轟沈した。
この1隻と1隻は、艦娘ではなく、イージス艦と護衛艦の事である。
50隻は新設横須賀第一鎮守府の並び、第二、第三、横須賀鎮守府の艦娘が主体となっており、多数が大破と中小破した。
艦船に乗艦していた将校らも含めて、奇跡というべきか、死者は出なかった……が、重軽傷者も合わせるとその結果は好ましくない。行方不明者は暫定として100人辺りいるが、それも伊豆諸島の島々に取り残されており、救助活動は深海棲艦の攻撃をちょくちょく受けて混雑している。
新型の自立走行型のロボットーーいわゆるドローンのような無人兵器が導入された形跡もあり、惨敗という結果を見るに、あまり役には立たなかった様子だ。
個人的に無人兵器の開発と運用は推していたんだが、無人の兵器が深海棲艦に通用しないと分かれば話は別だ。どれぐらいかは分からないが、多分これほど大規模なものとなる実戦投入は初めてだろう。
税金の無駄、そして艦娘使ってたほうがコスト面でも効率面でも、遥かにパフォーマンスいい……が、轟沈の可能性がある以上、原則的に俺は無人兵器を推し続けるだろう。
犠牲者を出さずに帰ってこれたのも、相対的に言え無人機が代わりにぶっ壊れてくれたから……と解釈して、感謝するべきなのだろうか。そこのへんがどう記録に残るかは調査団に任せる。
俺たち鴨川要港部は、大島に取り残された可哀想な士官らの救助活動に従事しながら、周辺の護衛任務に当たっていた。
原住民は本州へ総撤退しているため、つまりは食料などがない。迅速な救助が求められる。
白露姉妹は第二鎮守府の夕立五月雨ちゃんペアが参加していないかと肝を冷やしていたが、幸いなことに参加はしていなかったらしい。
『宍戸くん!もう深海棲艦はいないよ!予定通り横須賀まで護衛するね!』
「頼んだ時雨……ふぅ」
「お疲れ様ですっ」
お茶がテーブルの上に置かれた。
「ありがとう村雨ちゃん、マジ泣きたくなるわあの少将のしていること」
「ま、まだ分からないじゃないですか!!この親潮、大淀次長がこの作戦を遂行した等とは信じません!」
「おりょ?あのメガネ信じちゃう?信じちゃうんだぁ?分かった、じゃけん目の前にいる少佐さんだけにじゅうじゅんなおんなのこにするために、いろいろエッチことをしちゃおー」
「い、いやあああああああ!!!」
脚を滑らせ、まるで殺人鬼を見たような顔で執務室を退出する親潮。いい加減慣れろよと言いかけたことがあるが、推理力(妄想)の強い俺様はアレが実は演技で、初なワタシを演じているだけなのでは?と考えたことがある。
ほんとうにそうなら彼女のプライドを傷つけることになるので、言わないでおこう。
「村雨ちゃん、そんなムクって顔しないの。村雨ちゃんさえ良ければ……執務室で、村雨ちゃんだけに、個人訓練とか……どう?」
「そ、そういうことばっかり言うから、親潮さんも出ていっちゃうんですよ!……そ、そんなこと言われて出ていかないの、村雨だけなんですからねっ!」
ぷくっと顔を膨らませてプィっとそっぽ向かれた……ムクっ、静まれ俺の性。
鴨川艦隊のほとんどが護衛、及び救助任務に従軍している中で、鴨川は手薄。ただでさえ損害の激しい今作戦によってこれ以上の損害は許されない!と上層部から直接言われたので、深海棲艦がいたら他に被害が及ばないように倒すか、強い敵だったら防衛陣形を張って逃げるか大軍を持って倒せとまで言われている。
逃げるか倒すかどっちだよ……なんて愚痴は、ナンセンスだ。要は損害を受けるなって言われてるんだ。各々の判断と各海軍要塞との連携でなんとなしろ、と言われて一流の仕事をするのが、提督育成プログラムの卒業者に課せられた義務でもある。
「宍戸くーん!執務室にいっちばーん乗りぃ!」
「白露さんどうしたんですか?」
「ヒマー!」
現状ほとんどの艦隊が出撃してる中、この要港部で最強と讃えられる白露さんが”暇”の一文字を掲げて入ってくる。
あのですね、それだったら艦娘の訓練とか、鴨川艦隊に欠如が出たときに備えるとか、手薄な要港部が深海棲艦の襲撃を受けたときに備えて臨戦態勢とか、色々と仕事はあるんですよねぇ?
特に要港部の防衛は大事で、ある意味彼女は臨時的だが要港部の、いわば防衛司令官なんだぞ。
あ、それいいかも。
「白露さん……いいえ、鴨川要港防衛司令官殿」
「お、およよ?い、いきなりナニ?」
「鴨川要港防衛司令長官殿は、今なすべきことは何か……それは、二個艦隊が防衛すべき要港、延いては関東を、少数の手勢で守護することにあります」
「う、うん……」
「ですので、残存艦隊と共に臨戦態勢を取ることこそ望ましいと自分は考えます……これは、防衛司令長官にしかできないことなんです」
「私にしか……できない……!」
村雨ちゃんは詐欺師を見るような目で俺を見るが、それと同時に「姉さん乗せられやすすぎ……」と、哀れみの表情を浮かべていた。
「白露さん……いいえ、鴨川要港防衛司令長官、白露大尉!貴女が今できることは、なんですかァ!?」
「……フフ、そんなの決まってるじゃん!この司令長官の白露さんにしかできない!それは襲ってくる敵艦隊を倒すことだよ!」
「そうですっッッッ!じゃあ襲ってくる敵艦隊を倒すために、最大限の準備をしなければなりません!それはなんでしょうかァ!?」
「訓練と防衛態勢、ハっツドォ〜ウ!!」
神出鬼没に執務室に来て、出ていく白露さん。あの元気で短絡的な所が、可愛らしく魅力的ではあるけど、こんな時に暇だからって理由で執務室にドカドカ入ってくるんじゃねぇ!!
「あのひとチョロSUGIRU〜」
「他の提督方も白露姉さんをあぁやって使ってくれてたら……」
「でも村雨ちゃんは全然チョロくないよね?俺がこんなにモーアピールしてるのにさ」
「へ!?あ、あの……あっ」
彼女の頬は温かい。
白雪のようなきめ細やかさなのに、こんなにぷにぷにしてる。それでいて、紅潮する肌下は血色よく、撫でていても、見つめていても可愛らしい。気持ち良さそうに目を細める村雨ちゃん……食べたい。
執務室はまさに二人だけの世界。俺とこの天使を妨げる者は誰もいない。やるなら今だ、このマシュマロのように柔らかそうな唇を奪うのは、ここにおいて他にない。
「村雨ちゃん……」
「宍戸さん……」
「あのぉ、親潮ですけどぉ、もうそろそろやめてもらっても……っていうか、破廉恥です!!」
本気で悲鳴を上げるという、ある意味では罵詈雑言よりもひどい形で退出していった親潮が戻ってきた。
チッ……何がそんなに破廉恥なんだよあぁ?そのミニスカと、黒パンツのほうがよっぽど破廉恥なのわかる?
こういうのをムッツリスケベっていうんだよ。映画のキスシーンとかで一番はしゃぐタイプだぞ絶対。
「ど、どうかしたんですか親潮さん!?な、ななななにか問題でもぉ!?」
「落ち着いて村雨ちゃん。親潮ちゃんはあまり焦ってないでしょ?この黒くろおパンツさんが言う“破廉恥”に目が行くほどのことだから、そんな大した用事でもないはずだよ」
「な、なななな、なんで知ってるんですかぁ!?も、もしかして司令は私の下着をみ、みて……こ、このえっち!!」
貴様が逃げたときにふわってスカートが浮いたんだよ。ただでさえ短けぇんだから、見えるに決まってんだろこのスケベ。俺がブラックじゃなくて良かったなぁ?
もしそうだったら今頃、貴様の格納庫は俺様の建造ミルクで満たされていたぞ?
このセリフ一回でもいいから言ってみたい。
「た、たしかに大した用事じゃないですけど……二人とも、これ見てくださいっ」
「この電文は……」
「は?クッッッッッッソ大事じゃねぇか。日本海軍の行く末決めるかも知れないぞこれ」
「え、えぇ!?こ、これがですか!?」
軍令部次長からの……いや、軍令部からのお呼び出しだった。