整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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ごめんなさい。


ゴーヤはよくモテる

「ぜぇ……ぜぇ……!」

 

「だ、大丈夫でち!?やっぱりゴーヤが代わったほうが……」

 

「来るなァゴーヤァ!!この俺様アァ……ニィ……!ハァ……ハァ……!デキナイコトォハァナアァァイ!」

 

 開始から3時間が経過した。

 

 哨戒での弾薬消費が予想以上に激しく、帰ってきては補給、また艤装が壊れれば修復、の繰り返しである。

 昔の俺なら問題なかっただろう。しかしデスクワークだけで、適度な肉体労働と両立しない仕事をしてる現代日本人の鑑こと俺様は、慣れていない運動を突然する事への肉体への負担が想像以上にデカイことを改めて認識する。

 

 分かるか?

 装甲のボルトのネジを絞める時にレンチが上手く入らないとムカつく、

 12センチ砲塔が替えるかそこで直すか迷うほど微妙な曲がり方をしている時にムカつく。

 流星を置いてあるはずの保管庫に瑞雲が置いてある時にムカつく。

 

 小さな事を一々ムカついていたら発狂するので、そこは司令官としての威厳も考慮し優しく部下に教え、それでもなお同じミスを繰り返すヤツへ特別、パワハラにならない程度にキツいオシオキを考えていたら時間が更に一時間進んでいた。

 

「息切れこそしているものの、久しぶりにやったと言うのにこれほどスムーズにできるなんて大したものです。仕事速度も部下たちからは好評を得ていますよ、兄貴」

 

「ゴクッ……当たり前だよなァ?」

 

 常に重視する仕事の速度は幸いにも落ちていない。

 決められた仕事をする場所で最も求められるのはずばり、速さだ。特に軍隊では完璧にこなす事が前提だが、どんな仕事でも早さと人脈構成を行えば、大抵は何とかなる。

 舞鶴とは違った新鮮感溢れる白い壁の塗装と、鉄に触れる度に思い出す仕事の感覚は、脳内をリフレッシュさせてくれる。

 

「一日班長提督、こっちは……」

 

「あぁ、これの弾薬はもう使わないから倉庫にぶち込んでくれ。それから倉庫からついでに古い燃料も持ってきてくれ、鈴谷達が戻ったら艦載機に使おうと思う」

 

「ハッ!」

 

 下っ端連中も、やっと俺の素晴らしさが分かってきたらしい。前から知っているヤツからはあまり驚きを得られないが、新人達からは大いに喜ばれている。ただ勉強が出来るからって何時も上でベラベラと偉そうにしてるチ○コ頭(ディックヘッド)の汚名は、ある程度だが拭う事ができた。

 女々しく俺の陰口叩きやがってヨォ?何が成り上がり小僧だアァ?テメェ等は艦娘の身体触れてサルゥみたいに性欲沸き立たせてるくせによォ?

 

『こ、これで大丈夫ですか鈴谷さん?』

 

『うんバッチリ!ありがとうねっ!』

 

『『『は、はいッ!』』』

 

 ハッ、まったくこれだから下っ端連中はダメだな、自分の下半身すら制御できないとは。

 コスプレかと思うぐらいエッロい格好しておきながら、平然と着こなしてるなんて性欲泡立て機にも程があるのは同感だが、少しは俺を見習って欲しいもんだ。

 

「ふぅ……全くスケベだなぁ……」

 

「提督、スケベって本来男の人に使う言葉よね?助平って、漢字で書くと男性調だし」

 

「分かってないな夕張。今は男女平等化社会だぞ?その風潮と言うなの突風に煽られて、改変を余儀なくされた言葉は看護婦やOLだけじゃないんだぜ?」

 

 看護婦は看護師へ、そして最近ではOLはなるべく女性社員や女性事務員として言うようにと風潮ができている現代だし。あと、スケベは別に男だけに使うもんじゃないしな。

 

「それに鈴谷は別に何もしてないじゃない。私から見ても、男性を惑わす行為をしていたようには思えないんだけど……」

 

「簡単に説明するとな?男側が凄くサカってる原因のそもそもは、エッチな服と身体してる女性側にあるんじゃないかって論理がある。男を引き寄せる為にあんな身体になるなんて、どっちがエッチでスケベェなんだよ!?ってことだ」

 

「意味が分からないわ……」

 

「じゃあアレを見てみろ」

 

 

 

『あははっ!鈴谷はこう見えて身軽だからね〜!あんな砲撃へっちゃらへっちゃら!あははっ!』

 

 たゆんっ、たゆん。

 

『『『お、俺達のほ、砲台が……ヘッチャラァ……!』』』

 

 

 

「な?見た通りだとは思うけど、あんなエロい身体してるせいで、野郎共が砲撃と砲台の違いが分からなくなって、前かがみになってるじゃんか。これじゃあどっちが悪質な潜在的助平なのかはお察しだよな?」

 

「あ、うん、そうね」

 

 これ以上にないほど適当な返事が帰ってくる。しかし目線はおもむろに下を向き、僅かながら顔に悔しさを浮かべる夕張。格差社会とはこの事か……平等化を謳うのならば、まずこっちの格差も無くさないとな?

 

「浜風、出撃します!」

 

「陽炎も出撃するわよ!」

 

「ほら早うこっちの整備せんかぁ!遅れるじゃろ!」

 

「ヤベッ、ダベってる場合じゃねェ!」

 

 ……クソォ!やはり肉体労働というのはハードだぁ!やるんじゃなかったァ!!軍隊では精密な技術を常に要求される、一秒も無駄にできないハキハキした空間……海外では同じ仕事量なのに平均年収が倍なんだよな。それに加えて仕事がズサンでも笑って流すから腹立つ。

 

 艦娘達が出撃し終わったあとも、帰ってきた時の準備を急ぐ必要がある。その間に弾薬の製造とかもやって……これほど色んな事をやってると、例え陸軍でも音を上げるだろう。

 

「ハァ…!ハァ…!ハァ……ッ!お、オレ〜ノ〜ケツハァ〜ラベンダ〜ノ〜カオリ〜」

 

「きたないわよ」

 

「え、班長提督のケツってラベンダーなんですか!?ヤりたくなりますよ〜」

 

「やめて」

 

 息が切れ、運動によって疲れてるときに、ワケの分からない言動を言いたくなる発作が起こる。

 みんなもそろそろ疲れが見えてきてる、切りのいいところで休憩を提案するのも、また班長の仕事である。これは決して俺が休みたいからじゃなくて、あくまで指揮官としての義務である。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「いやすげぇッスよ宍戸司令官!俺、自分がボルト絞めるのスゲー早いと思ってたのに、俺より早ぇんですから!」

 

「提督のおかげで早く仕事が終わりました。ありがとうございます」

 

「てっきり少佐は金とコネとお勉強だけでノシ上がったクソチ○カス野郎だと思ってたのに!実力もあるんすね!」

 

「ハハハ、よせよせ。あと誰がクソチ○カスだ?お前減給な」

 

 新米共と一緒に、一時の休息。

 共に何かを頑張れば、大抵は分かり合えると言う事を、道徳の授業で習わせるべきだと思う。

 でも辺りを見渡せば変化はその程度であり、それ以外に目立った変化はない。

 

「この俺様にかかればどうって事無いんだよ。でもこんな俺でも、下っ端時代からコキ使われててな?何度音を上げそうになったことか……」

 

「今の俺たちと同じじゃないッスか……俺なんてもうヘトヘトっすよ〜!」

 

 俺も今の本音は”死ぬほど疲れてる”なんだが、それでも格好つけれてる辺り、俺の体力はまだまだ落ちる所まで落ちてないと感じる。

 休憩している艦娘達はクッソ元気有り余りで、実際の戦闘と航海を行ってる奴らより体力の消耗が激しいとか……情けねぇわ俺。

 まぁバテるのもいれば、艦娘との会話に花を咲かせる野郎もいるわけだから、疲れ具合なんて人それぞれってことだな。

 

「ハッハッハ、まったく最近の若者はこれだから困りますなぁ。私の若い頃など……」

 

「黙れバブル世代ッ!就職活動無し!サービス残業無し!ボーナス増し増し!なのに給料が今の倍は貰えるユートピアで生きてきたアマちゃんクソハゲオヤジの若い頃なんて聞く必要ナシィッ!!」

 

「っ……」

 

 あ、ごめん、そんな泣きそうな顔しないで。ただ、俺のほうが辛い時代を歩んでて俺マジ歴戦の兵士だわ的なアピールはやめてくださいよオッサン。そんなことは分かってますから。

 

「すいません、失言でした」

 

「いや言い過ぎってレベルじゃねぇッスよ?というかオッサンさん、真顔で涙目にならないでくださいよ。そんな職業軍人フェイスだから嫁さんに逃げられるんッスよ?」

 

 これを追い打ちと呼ぶ。

 

「……ブワァぁ」

 

「オッホンッ!……馬鹿正直に働くのが美徳とされてきた時代はありますが、それを実際に実行して受ける恩恵が極めて少ない時代となってしまった以上、則るべき訓は他にあると自然と考えてしまうのです……なぁ?そう思うよなぁゴーヤァ!?」

 

「……え、な、なんでこっちを見るでち!?」

 

「つまりな、どんだけ頑張っても結局が上の利益にしかならないんだよ。それを踏まえた上で、ゴーヤは無意識に仕事をするのをやめよう」

 

「あ……」

 

 休憩中に同僚から声を掛けられつつも、ゴーヤは横にある艦載機を次々と磨き、微修正を施していた。

 働くなという一日限りの戒律を破り、そして周りには以外にも若いチャラ男系将校。美貌もそうだが、何故か他の娘よりも男を引き寄せてしまうゴーヤの体質はモテ女の典型である。

 

「ゴーヤさん働きすぎッスよ?そのワークホリック……俺で癒やしたり、とか?どうっスか?」

 

「あ、あははっ、遠慮するでち」

 

「でも働きすぎってのは本当ですよ。それだけ頑張ってるんだから、例えその日が出勤日でも、バックレても許されると思うッス」

 

「俺は優しい司令官様だから笑顔でいるけど、他の司令官さんの目の前で言ったら即左遷だぞっ」

 

「「し、失礼しましたァ!」」

 

『おい馬鹿野郎!宍戸司令官はこういう時でも謝られるより褒められる方が嬉しい人なんだよ!』

 

『そ、そうなんですか先輩……?』

 

「おうよ、じゃあ実践するから見てろよ……いやぁ〜流石は司令官!教官時代で直々に手ほどきを受けた自分を誇らしく思います!宍戸司令官は神ィ!He is GODDDX!」

 

「この鴨川要港部が安泰なのも、宍戸司令官あってこそですよ!やっぱり俺の教官だった人は伊達じゃない、ってやつッスよォ!」

 

「フッ……中々喋れるじゃないか、俺様自前の菓子をやろう」

 

「あ、これM&Mとか言う海外のクソマズ菓子じゃん、やっぱイカれてンの頭だけじゃなかったんか(これ海外のお菓子ッスよね!?海外にも精通しているなんて流石は司令官ッス!!)」

 

「っ?」

 

「あ、ヤベッ」

 

 遅いッ。

 その刹那、俺の身体は既にヤツの身体と密着していた。無意識にコイツが犯した罪への裁判が心の中で行われているのが実感できる。罪状は侮辱罪、判決、コブラツイストの刑。

 

「ああああああああッッ!!!」

 

 出撃所に鳴り響く叫喚。痛そうに顰めを利かす顔芸。誰も助けようともせず、花見感覚で余興を楽しむ彼の同僚たち。

 

「綺麗なフォームですね兄貴!」

 

「なになにマジ!?コブラツイストとかナマで初めて見たかも、ヤバ!」

 

 コイツにとってこの上ない苦しみだろうが、俺は止まる事を知らない。なに心配は要らないさ、海軍大学校の教官時代で伊達に俺のシゴキに耐えた訳じゃない。

 俺が酷い司令官に見えるかもしれないが、酷いのは仕掛けてる俺よりも、隠そうともせずに”いい酒の肴だ”と言い張る同僚達の方だぞ。誰か止めてくれよ止め時が分からないじゃん。

 

「はぁーさっぱりした」

 

「ゔぉ……パワハラァ……」

 

「いや、どっちかって言うとアサルトハラスメントですけど」

 

 寛いでいる彼らも余興に満足し、残していた飯を頬張る。そして残り八分と三十七秒の休息を楽しみ、更なるハードワークへの英気を養う。

 この後はもちろん片付け、掃除、点検などを入れ、そしてようやく食い物に浸れるのが最低でも7時からであり、これを周五日、週二日の休暇を挟みサイクルするのがテンプレートである。

 これにパターンを未だ見い出せていない、出現した深海棲艦を撃破するというゲリラミッションが最低一週間に一度は入る。

 

 

 ーーー

 

 

 前にもあったが、今みたいに食堂で補給していたとしても例外はない。

 これをいい仕事場か悪い仕事場かと決めるのは個人の判断だが、どんな職場でも死ぬまで働くだろうゴーヤにとって、何処もそうは変わらないだろう。

 

 少なくても俺の下では例外であってほしいが、モテるという点ではどうする事もできないだろう。

 

『って、またゴーヤさん艦載機直してるッスよ!食事ちゃんと取ってくださいって!』

 

『あっ、ごめんでち!どうしても気になちゃって……』

 

『まったく、あとさっきからその可愛いお尻フリフリしてるせいで、ウチの12.7センチ砲がこんな事になってるンすけど……どうしてくれるんスか先輩?』

 

『え、あ、ごごごごめんでち!そ、そそその、あの……!』

 

『ははは!お前それただのレンチだろうが!……でもゴーヤパイセン、俺の12センチはガチっスよ?試してみますか?』

 

『あ、あわわわ……!!』

 

 下ネタに慌てふためいて赤面するゴーヤ可愛い。こりゃモテるのも当然か。

 

「時雨、あれどう思う?」

 

「…………」

 

 時雨は静かに首を横に振る。

 

「決まりだな、あの短小野郎達を潰しに行くぞ」

 

「うん」

 

「白露も、いっきまーす!」

 

「ちょ、ちょっとちょっと!姉さんたち落ち着いて!」

 

「お兄さんも落ち着いて下さい!あんな原始人みたいな口説き方でゴーヤさんは堕ちません!落ちても、落ちたら落ちたでいいじゃないですか!どうせ成功率ゼロ%なんですし!」

 

「良くないよ!?邪念がゴーヤの近くにあるだけで駄目なんだよ!」

 

「どーどー、まぁ落ち着いて宍戸っち!ほら、座って座って!そんな事よりも大事な話があるんだけど」

 

「お、おぉ鈴谷?」

 

 ゴーヤが短小共に下ネタ連発されてるよりも大事な話がこの世にあるのか?唐突にやってきた鈴谷、そして熊野の姉妹は堂々とスマホを片手に持ちながら、そのしいたけシェイプの瞳をキラキラさせて興味津々そうに身を乗り出してくる。

 時を同じくして後ろから浦風磯風ペアが現れ、白露姉妹が話す内容を聞くと一言だけ俺に聞いてきた。

 

「こほんっ、それでどっちに付くの?」

 

「え?」

 

「どちらに付きますの!?」

 

「は?一体なんの話しなの鈴熊?」

 

「「鈴谷と熊野ォ!ここで定着したらどうする(んです)のっ!?」」

 

 いいじゃん呼びやすいし……それに酷い名前じゃないからダメージはないと思う。俺なんて子供の頃スーパー戦隊物を真似した、そして少し女顔だったってだけで、パワパフレンジャーとかネーミングセンス零な渾名付けられたんだぞ。しかも女子に。

 幼少期をふざけたニックネームで過ごす事ほど性格を歪ませる理由は無いと思う。

 そう思ってる間にも、何故かドンドン部下達が集まって押し詰めてくる。

 

「だから何の話ッ!?あ、分かった!子供の頃、クリスマスプレゼントに片方だけ羽を下さいって書いた時に、どっちに付けるか悩んだけど結局右にしたぞ!!」

 

「「「え……そんなことしてたんですか……?」」」

 

 本気で引くな。

 

「そんな死ぬほど似合わんセ○ィロスコスプレの話なんてしとらんけぇ!」

 

「私たちの同期から聞いてるぞ司令。全国の提督は荒木大将に付くか、斎藤中将に付くかを決めているらしい」

 

 

 


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