整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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もうフランス語は喋らない

 兵学校廊下の木質感に包まれた空気を大きく肺へと導きながら、少将の発言を再度頭で洗い直す。道行く人が敬礼していても無視しそうになるぐらい、彼の情報は衝撃的……と言うよりかは、一層謎が深まる。

 

 

 

 『第一鎮守府の艦娘……通称「もうアイツラだけでいいんじゃね艦隊」が、いない、と……?』

 

 『誰がそのネームを付けたのか非常に興味深いのだが、そうだ。この事はまだ知り渡っていないのだが、横須賀鎮守府の提督達や大本営は既にこのことを知っている……あ、私が言ったという事実は伏せておいてくれると助かる』

 

 『もちろんです。しかし、言葉を返せば元帥府直属の艦娘が消えた……またこれまた奇怪ですね。しかし元帥府の艦娘がいなくなるのは、強さ云々より先に海軍編成構造に支障が出るのでは?』

 

 『ダイジョウブ〜。元帥府、モトモト、タダノ軍事顧問ミタイナ』

 

 『(なんでテメェが知ってんだよってツッコミを胸に秘め)なるほど……しかし蘇我少将、なぜこの事を俺に?』

 

 『上層部はまだ知られたくないらしいのだが、君が口の固い男だ、情報は伝えておいた方がいい。それに他の要港部と同様に鴨川要港部は横須賀の刃先であり、今後前の防衛戦の如く元帥閣下の軍に頼る事ができない……それを伝えるのが本命だな』

 

 『なるほど……分かりました、ありがとうございます。では自分はこれで……』

 

 『あ、宍戸君!……タバコの事は古鷹に……』

 

 『言いませんって!いま口の固い男って言ってくれたじゃないッスか!?』

 

 『ハッハッハ!ヤーバーンノダンセイ、ムスメニヨワイ!ハッハッハ!』

 

 

 

 元帥閣下だけならともかく、第一鎮守府の艦娘も失踪……しかも事件と同時期に起こった。

 状況証拠だけだったら横須賀第一鎮守府が大臣を暗殺した、そう予測するのが普通なんだろうけど、仲が悪いとか聞かないしな……あそこら辺と親密って訳じゃないから、本当にそうなのかは分からないけど。

 

 何れにせよ今の状況では元帥閣下の艦娘、以下第一鎮守府の艦隊は動かせないって事だ。

 

 つまり解釈としては、もしも防衛戦で前みたいな大軍勢を相手にするんだったら、今度こそ兵法三十六計逃げるに如かずを実践してもいいって事だよな。

 相手しても死ぬ運命しかない敵は駄目!それでも立ち向かうのは只のカミカゼ!そして国の為に戦死しなかったコトを責めるヤツは死ねェッ!ただでさえ国を守ってくれてる軍隊様に対して税金泥棒とか罵るクセによォ!?

 

 などと、軍人らしからぬ愚痴ラッシュで兵学校を渡り歩く俺はかなり目立つ。見ない顔ってだけじゃないく、司令官専用の微妙に形状の違う服を着ているので、明らかに生徒には見えない。

 だから肩章を見た瞬間、無条件で敬礼してくるのは当たり前の事である。俺みたいなイケメン提督が来るとメスの顔になって、ハンサム芸能人が居ると黄色い声を上げて喜ぶのは、どこも同じだな。

 ただ男の方が圧倒的に多い……いや、軍隊ではそれが普通か。俺が感じている違和感はそれだけに留まらず、人がやたら多いように見える。学校の定員数を増やしたのか?

 

 助走を付けて走ってもぶつからなそうな長い廊下、その突き当りにあるのは確か会議室だ。更に抜けて真っ直ぐ行くと鈴谷が話している場所に着くのだが、通り際に聞こえる会議室の中から、とても会議しているように聞こえないほど騒々しい音が聞こえる。

 事件について話しているのか?確かに今世間は混乱を極めている。テロかも知れない、司令長官がいなくなった、政治はどうなる?そんな疑問を抱くのは時間の無駄であるーーが、愛国心のある軍人ほど、国の行く末を心配する。

 当たり前の事だ、国を愛して、そして未来へと繋ごうとする意思を持つのは、軍人として当然なんだ。

 

 さてと……俺もそんな愛国者の端くれであり、興味も十分ある。議論に参加とまでは行かないが、部屋を覗こうか。

 

「だーかーら!Bang Bang Bang!Then they will understand it!!(バンバンバンって説明しとけば理解出来るはずよ!)」

 

「ハァ!?現に今の説明で私が理解できなかったんだからダメに決まってるでしょう!?」

 

「OH!ジャーマンはアメリカニッヒのブレーンが小さいとかなんとか言ってたけど、どうやらそれはタダの同族嫌悪だったようねぇ!」

 

「「グルルルルッ!!!」」

 

「気楽にお話すればいいですのに……」

 

「ま、まぁまぁ!このWarspiteがみんなにexplainするから、ね?」

 

「黙れ三枚舌、ティーバッグでも食ってろ」

 

「ハッ?Wana Go Hot Dog?(表出たいかホットドッグ?)」

 

「ヘイヘイヘイヘーイ!ノック・イット・オフ!プリィィズ!!」

 

「「「Oh、シシード!?」」」

 

 電気が部屋の隅々まで照らし、観葉植物くんと古き良きチョークボードくんが威圧感のせいで若干色がしょぼんっとしているこの会議室。

 部屋で愉快な騒音を立てていたのは、俺が予想していた愛国者でも、生理中同士のキャットファイトでも、はたまた兵学校の関係者ですらない……ただの柱島艦隊の日常風景だった。

 

「Oh!久しぶりねシシード!」

 

「ロングタイムアイオワ!ほら、抱きついてきてもいいッスよ!」

 

「あ、あははっ」

 

 何が「あはは」だよ。そんな外見して中身は完全に感覚がジャパニライズされてンじゃねぇか。アイオワさんのぷにぷにオッパイに挨拶ハグできねぇなんて死んで詫びろ日本文化。

 

「それで、どうしてここに?」

 

「海外の戦艦について色々お話する為ですっ!」

 

 リットリオさんが胸を揺らしながら満面の笑みを浮かべる。要は鈴谷と同じって事か……しかし鈴谷だけではなく、この五人までもが学校に来るとは今日は博覧会か何かがあるのか?よく考えれば学校にしては人が多い気がするのも、彼女達を見学する為なのか?俺には関係ないんだけどさ。

 

 それにしても流石は外国艦。この五人のボインボインっのド迫力と来たら、日本艦との違いは歴然。ガタイが良くて、ボン!キュ、

 

「ボン!」

 

「「「え?」」」

 

 あ、口に出しちゃった。

 

「Bon……なにが、イイのかしら?」

 

「あ、あなたは……」

 

「Je suis vraiment ravie de vous rencontrer。リシュリューよ、お会いできて光栄だわ」

 

「Mon nom est Shishido!」

 

「あら、フランス語も堪能なのね」

 

「Stacose t'es ben chix……格好付けたくなってね」

 

「え、あ、S、Stacto……えっ?」

 

 リシュリューさんは首を傾げてハテナマークを浮かべている。確か前にもコマンダン・テストさんが同じような反応をしてたな。

 そっかぁ……どうやら俺の知ってるフランス語は、本場のフランス人には通用しないらしい。俺の顔、カチコチ山みたいに真っ赤っかでカッチコチやで?もう二度とフランス人の前でフランス語話さない。

 

 凛々っとした佇まいに、やはり目につく外国人特有の美貌はもちろん、彼女自身の冷艶さがその魅力を引き立たせているんだろう。そして何より日本人にグッとこさせるのが、このリシュリューさんの低身長さである。

 俺が知る限りここの全員戦艦だから、彼女もそうなのだろう。

 

「よろしく李・朱龍さん」

 

「ちょっと待って、今のアクセントおかしくなかったかしら?」 

 

「分かった、じゃあ手短に李さんで」

 

「それなら悪くないわね」

 

「NoNoNo!リシュリューあなたチャイニーズにされてるわよ!?」

 

「えっ?」

 

 帰化した場合当て字は禁物だな。

 

「Shishido、もし良ければあなたから一つアドバイスを頼めないかしら?外国の戦艦をよく知ってもらうために、どうすればperfectにできるか」

 

「普通にしてたらいいんじゃない?」

 

「普通にしてた結果がさっきのアレよ」

 

 あぁ〜確かにあれはヤバイッスね。

 ザ・英国淑女のウォースパイトさんですら、気の強いアメリカ小娘になってたし。

 米英仏独伊が揃ってるんだったらウォースパイトさんとかだけに喋らせるのも駄目だし……つーか何喋るかぐらい台本用意しとけ海軍。

 

「じゃあインタビューの気分で自分を最大限にアドバタイズする。その間で日本艦との比較も忘れずにして、後は教官か生徒が聞いてくるだろ」

 

「日本艦と比較……でも、みんながそれを言うとレイシストと思われるかも……」

 

「よく気づいたねビスマルクさん。そういう時は逆に自分が日本艦より劣ってると思う場所を見つけて、褒めるといいと思う」

 

「ミーが劣ってるトコロなんて無いわ!ハッハッハ!Bang Bang Bangkogよ!」

 

「あははッ、ビスマルクさんとの連携プレイと消費資材の事がなければ随一ですけどねぇ!?」

 

 あと英語で説明するんだったらせめてちゃんと英語喋ろ。アイオワさんの英語だとネイティブでも分からないぞ。

 日本語だと地域によって結構違う所もあるのは知っている。でも英方弁にはあまり違うがないと思ってたんだけど、アイオワ弁がまさかジャマイカ英語ほど理解し難いものだとは思ってもいなかった。

 

「あ、やべッ、ちょっと連れが居るからこの辺で失礼するね」

 

「あのAttacker Type CVLの事かしら?」

 

「え、知ってるの?」

 

 つーかその翻訳で合ってるの?

 

「えぇ、みんなの前でお話するのに頑張ってたわよ」

 

「じゃあ尚更行かなきゃ、鈴谷はあまりこういうの好きじゃないからさ」

 

「ふふっ、まるで保護者みたいね。See you later」

 

「See ya ladys!」

 

 

 

 ー教室。

 

 教室は多くの白制服を着た生徒で埋め尽くされ、白主体のコントラストが余計に純白をイメージさせる。

 精錬潔白な海軍生徒達の前で話すのは、ダークブラウンの色彩からチラチラ見え隠れするいやらしいほど白い肌、そしてギャルと言う現代社会が産んだ劣情製造機の二つを兼ね備える鈴谷。

 

 そんなセクシーギャルがクラスの前で話しているんだ、退屈な授業だと鉛筆の消しゴムをイジらず、男性陣がオッパイや太ももに視線の集中砲火を浴びせるのは、自然の摂理なのだ。

 そんな鈴谷に質問ができるとなると、今度は言葉の集中砲火を受ける。

 

『では最後に、こちらの鈴谷さんに質問はあるか?』

 

『はい……攻撃型軽空母と航空巡洋艦、一見すれば航空巡洋艦の方が多様性に優れているように見えますが、その点については』

 

『えっ?えぇっと〜装備によってなんだけど〜、要するにコッチの方が砲雷撃戦の時にズバーッ!ってやってドカーンッ!ってできるの』

 

『鈴谷さん!携帯の番号教えてもらってもいいですか!?』

 

『え!?えっと……だ、だめ?』

 

『じゃあせめてバストサイズだけでも!』

 

『それもっとダメだやつだからぁ!』

 

『『『おおおオぉぉぉ!!!』』』

 

 腕を勢い良く振りながらぷくーっと顔を作る鈴谷の胸はボインボインっ!

 それじゃあチンチ○共を喜ばせるだけなのに。

 

 教官っぽい人と生徒達が敬礼する。緊張からか、鈴谷はつま先立ちからカカトを落としてから手を額に当てるという、正に5歳児が真似をしてやるような敬礼で返す。

 そのときに胸が弾けたのは言うまでもないが、何をしても揺れる鈴谷のオッパイは情欲を掻き乱す。

 

「あ、ていとくぅぅぅ〜〜!」

 

「「「な!?」」」

 

「だから腕組むなって……」

 

「いいじゃんいいじゃん!!待っててくれたんでしょ?行こっ!」

 

 鈴谷の胸に挟まれて兵学校から引っ張り出されそうになる。その姿に目を丸くする生徒達からは「誰だよアイツ?」「彼氏?」「チッ……男持ちかよッ」と悲憤慷慨の雨、そして射るような視線で見送られる。

 

「ちょ、引っ張るなって!」

 

「これぐらいイイでしょ!?凄く心細かったんだし!……それとも、鈴谷じゃイヤ?」

 

「そんな事言ってない」

 

「じゃあいいじゃん!むぅ〜!」

 

 そんなむくれっ面しても駄目なものはだめだぞ。俺は誇り高き海軍軍人であり、ここのOBでもある。ただでさえ他の所で白露さん姉妹を侍らせてるなんて噂が立ってんのに、ここで鈴谷を侍らせたら相乗効果で俺の評判ガタ落ちやで?

 特に俺は、王道(出世街道)を征く者なんだ。こんな所誰か偉い人に見られたら、

 

「おや、奇遇だねこのような場所で」

 

「さ、斎藤中将!?」

 

「え、ちゅ、中将さんっ!?」

 

「仲が睦まじいようで何よりだよ、色々と元気でやっているみたいだね」

 

「え、こ、これは違いますって!俺と鈴谷はただの上司と部下ですから!」

 

「……ムッ」

 

 敬礼を下ろし際に足を踏んでくる。殴られるよりはいいけど、ヒールっぽい靴履いてるから凄く痛い。

 その様子に気づいたのか、中将は笑みを浮かべる。

 

「宍戸少佐、丁度君に話しておきたい事があったんだ。もしよければ、少し話さないか?なに、時間は取らせないさ」

 

「はぁ……こちらの鈴谷は」

 

「少し立て込んだ内容でね、聞いていてもつまらないだろう」

 

「って事だから、鈴谷は先に行ってていいよ」

 

「えぇ〜いいよ別に、鈴谷もお話聞きたいです!」

 

「ハハハ」

 

 と笑っているが、中将は少し困っているみたいだ。要は鈴谷には席を外して欲しいってことなんだろうけど。

 

「そういえばこの辺にデザート専門店があったな……モンブランとか」

 

「え、どこどこ!?」

 

「ほら、ここのすぐ近く。今余分にお金持ってるから、みんなのお土産にーー」

 

「行ってきまーす!!」

 

 ア○レちゃん走りで出口に直行する。こういうの、花より団子っていうんだっけ?まぁなんの話かも分からないからそっちを優先するのが普通か。

 

「部下の扱いに長けているね」

 

「いや、彼女が単純なだけかと……」

 

「ハッハッハ。謙遜しなくてもいいんだよ。それよりも早く中に入ろうか」

 

「ハッ!」

 

 おい、少将や柱島艦隊だけじゃなくて中将まで来てるのかよ……マジなんなんだコレ?スーパーヒューマンの博覧会か?今兵学校を陸軍に襲われたら溜まったもんじゃねぇぞ。

 

 斎藤中将が俺を誘導したのは、俺たちが鉢合わせた場所のすぐ横にあった一室。あまり使われていないようで、こんな所あったのかすら覚えていないほど影の薄い場所だ。

 薄暗い雰囲気を作り出すのは、閉められたカーテンと電気のついていないセッティングであり、まるで刑事ドラマで見る取調室みたいな雰囲気だ。

 中将も何故か定番のカーテンをチラッと開ける動作で窓の外を見ている。

 

「君は元帥閣下の艦娘達が居ないことを知っているかな?」

 

 はいって言ったら少将が教えてくれたって事実をバラす事になるかも……でも、かと言って知らなかったら阿呆みたいに見られるかも……どうすればいいんだ?

 

「薄々知っていました」

 

「どこから聞いたんだね?」

 

「誰からも聞いていません。しかし近日の全体的な深海棲艦撃退率が下がっている事に気付きました。元帥閣下が不在だからという理由で、第一鎮守府の艦娘達の戦力がこれほど衰えるとは思えず……」

 

「なるほど……では誰からもその事実を聞いていないと?」

 

「はい」

 

「……宍戸君、先程私が偶然だと言ったのを覚えているかな?」

 

「はい」

 

「……あれは嘘だ」

 

「え」

 

「……本当は、君を待っていたんだ」

 

「……え♂?」

 

 そう言いながら、中将は振り向く。

 俺の目を見つめながら、目止めが逢う〜シュンカ〜ン〜好きだぁ〜と、

 

「いや、そういうのではない」

 

「そ、そうですか……」

 

 てっきり「私の小姓となってくれ♂」とか言われるかと思った。心臓が一瞬だけ止まった気がしたぞ。

 

「蘇我提督の言うことを守ってくれるなんて、君は本当に口が固いんだね」

 

「し、知ってたんですか……」

 

「あぁ、ここに連れてきてもらうように指示したのは私だしね」

 

「は、はぁ……」

 

「……そんな君に、頼み事があるんだ。とても大きなね」

 

「はい、なんなりと」

 

 

 

「派閥争いを鎮める手助けをしてもらえないかね?」

 

 

 

 

 ……え、なんて?

 


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