ー料亭。
簡単に説明しよう、人数合わせ兼サポート役として合コンに仕方がなく行くことを頼まれた時雨。人数は足りているが、時雨が強引に誘われないようにするための抜け道となるのが、今回時雨が頼んできた俺のミッションである。
元々俺か、俺がだめなら結城に頼みたかったらしいので、ゲームに勝っても勝たなくてもどっちにしろ行っていただろうが……6対5の合コンはかなり異様だと思う。しかし案外男性側が多ければ良い陣形だと言われているらしい。
別に男をゲットしたいわけじゃないのに来た時雨を誘ったのは、どうしても男をゲットしたい行き遅ーーではなく、現役バリバリの艦娘であり教官も努めている、女子が憧れるキャリアウーマンこと足柄さんだ。
彼女は一度目にしたが、ひと目で分かるぐらいに優秀な艦娘であり頭脳明晰な女性だ。ここまで成績を積み重ねてきた彼女のような人物こそ、海軍に欠かせない人材である。
だが、そんな海軍からの評価も、女性としての魅力とは全く関係ない上、結婚できるかどうかともなれば尚更別問題である。
「それでは自己紹介から始めちゃいま〜す!こう見えても現役バリバリの海軍さんこと、足柄でーす!」
「「「よろしくでーす!」」」
いや、足柄さんは普通に美人だぞ?どっからか来る飢えた狼みたいなオーラがなければ尚いいのだが。
主格の足柄さん、補佐役の時雨、そして後の三人は所謂……死兵だ。
合コンでの女性側の戦略を知らない良い子の為に説明すれば、要するに自らを引き立たせるために、自分より遥かに容姿の劣る女子を布陣させる事によって勝率を上げる戦法である。
こう言う女性の賢さ(失笑)を、もう少し政治方面で活かしてくれれば、この国もちょっとはマシになるかも知れないのに。
ほら、女性活躍って言葉あるじゃん?
「俺はちょっとネットの会社をやっててー」
「え、それってつまり社長さんって事ですかー?」
「あ、一応、そういうことになりまッスね」
「「「うわーすごーいー!マジヤバーイ!」」」
ハイハイ盛り上がってきましたねー。男側に凄くお金持ちそうな肩書の人が合コンにいたらさ、今度は男性側の勝率が偏るからやめてほしいね。
あと、社長ってことスカしながら、一応って言うの腹立たない?こういうやつに限って中身スッカスカなんだよな。
お、死兵共が早速食いついる食いついてる、やっぱり世の中金なんすね〜。
「ウチは鉄鋼業やってます!よろしくっす!」
「「「よろしく〜」」」
食いつき悪いけど、鉄鋼企業を一代で立ち上げた凄い人で……あ、一応ね、一応社長さんだぞ?又開けよビッチ共。
足柄さんが話す機会を与えられる度に時雨が適切なサポートで彼女を立てる。「足柄さん無しじゃ鎮守府はやっていけないんだよ!」とか「足柄さんの料理、凄く美味しいんだ!」とか、安直だが効果的な言葉で彼女をスーパーキャリアウーマンに加え、女子力溢れる美女……との称号を付加させる。
自己紹介が順に終わり、いよいよ真打ち登場って感じで俺の番がやってきた。
「えぇっとー最後はー……」
「デュ、デュフフフ!お、オチ○ポザムライでゴザル、ブ、ブヒィ!ジョ、冗談でござる、デュ、デュフフフ!」
「「「…………」」」
ハチマキ、丸いメガネ、チェックのYシャツ、リュックを常備し、ロン毛の鬘、そしてキョドりと鼻息を荒くして俺が演出できる最大限のキモさをここに用意した。
彼女をゲットするわけじゃあるまいし、最近ちょっと立て込んでたからさ……少しぐらい、遊んでもいいよね?ただでさえ少ない自由時間を消費してんだからさ、それぐらい許してくれよ。
俺はこの合コンで……コンパ界の伝説となるのだ。
「ほ、本名は……デュフ!し、宍戸と言うでゴザりんこ」
「え、えぇっと……宍戸さんは、なにをされている方ですか?」
「せ、拙者は、デュフ!デュフフフ!が、学生ですタイ」
今は軍人よりかは学生ですよ、はい。
でも見てくださいよあの女性陣の顔、明らかに軽蔑の眼差しを向けていらっしゃる。まるで社会カーストにおけるピラミッドにすら入っていないゴミクズを目の当たりにして、視界にすら入れたくない的なオーラをね、ビリビリ放ってくるんですよ。
いや、俺は違うぜ?俺はオタクって人種を尊敬しているんだ。たださ、実際こういう人って合コンに出ないじゃん?だから試したかったって面もあるんだよ。もしオタクの典型みたいなやつが来たらどうなるのかってのをな。
時雨もね……なんか、凄く軽蔑した視線を送ってくる。いや、俺は時雨が足柄さんのサポートを全うできた後、すんなり帰れるようにする為の内通者ってだけで、実際どうするかなんて何にも決めてないもんね。
案の定変な空気を作ったのはお察し。
『お待たせしました〜』
「あ!き、来たみたいね!じゃ、じゃあ頂きましょうか!」
「「「うえぇぇぇい!」」」
うえぇぇぇい!とは大学生が随時発する奇声である。意味は……謎です。
一説によれば、メリケンのイェーイ!のそれだが、発音のクソさ、そしてそもそもちゃんと発音しようとしていない事から、こういう形で日本に残ってしまい、先人たちから引き継いでしまった悲しい言葉らしい。
料理が順番に運ばれ、俺が頼んだカレーうどんも運ばれてきた。みんなはなんか和食だけど、俺空気読めない系だからこう言う料理にしたのだ。
「俺が働く飲食店でもこう言うの出しててー……あぁこのフグは天然物じゃないですね」
「え!分かるんですか!?」
「えぇ、これでも7年間寿司屋で働いてますからね!」
「ヤバーイ!」
足柄さんや死兵ビッチ共もかなりイイ感じに会話の相槌が成立している。国会もこれぐらい順調に進めばいいと思う、本当に。
俺は一人でカレーうどんを食いながら、スマホで今期のアニメ情報を徹底的に洗っていた。見る時間こういうときにしかないし、変装している俺は今堂々と見れるから安心なのだ。
時雨が俺を見るたびに能面フェイスとなるのは、何故この姿でコンパ参加を実行したのか?と聞きたくて仕方がないのだろう。
スマホのメールでその理由を説くと、「死ね」と帰ってきた。ちょっとオフザケでやったにも関わらず辛辣すぎない?
それに俺は男性側の死兵であって、男を引き立たせる役目を担っているんだ。キモいヤツがいれば他が面立つじゃん。そして足柄さんが男を選び易くなって万々歳じゃないか。
予想はしていたけど、
「時雨ちゃん……だっけ?俺って結構筋肉あるんだよ?ホラホラ」
「あ、あははっ、そ、そうだね」
「俺慶応大学出身なんだよね!しかも主席で医学部卒業!結構エリートだと思うんだけどなー?」
「え、あ、うん、そうだね……」
時雨を狙い始めたチンチ○共。確かに容姿は合コンで絶対にお目にかかれないタイプの美少女だ。人数合わせで連れてきた娘の方が自分より人気出ちゃうなんて、お決まりの地雷パターンじゃないか。
でも、足柄さんはムンムンの色気を出しながら雄を寄せ付けている上容姿でも引けを取らないので沼に落ちることはないだろう。
それにしても、詐称じゃなかったら何気に凄い経歴と地位を手にしている奴らばかりだな。街コンでも巡り会えないような奴らが集結しているここはまさに合コン界のロイヤルストレートフラッシュだ。今のうちの拝んでおこう。
あと俺が言うのもなんだけど、時雨のあのダルそうな顔を見てほしい。今すぐにでも帰りたいと訴えてきているかのように思えるぞ。
「えーっと……し、宍戸くんの趣味は何なのかな?」
「せ、拙者のシュ、趣味はァ……ハァ……ハァ……フィ、フィギュアを集めてペロペロ祭りをする事でござーリンッ、キリッ」
「キモッ、あ、コホン!へ、へぇ……そうなんだぁ……」
時雨とは知らない同士って設定なので、初対面を演じきるのだ。時雨が俺と二人きりで二次会行く流れを作ってそのまま鎮守府へ帰る手はずなのだが……それ故に、時間がすぎるのが遅いと感じているようだ。
要するに足柄さんさっさと適当な社長さん選んでくれないかなぁ……ってのが、時雨と俺双方の本音である。
「……ん?」
「あ、あれ?どうしたのかな宍戸くん?」
「あ、いや、あれ……」
襖の隙間から見える向こうにいる人物は、俺たちも見覚えがあると思う……今でも時雨たちの提督をしている蘇我提督と、荒木大将じゃないか。
なーんだ、ただの少将に大将か……って、全然なーんだで済む話じゃないんだよなぁ。
『いやはや、最近の若者は元気はないとは耳にしますが、私の部下達を見るとそうも思えない……両極端とは正にこの事!』
『ウム……』
『所謂、コンパ……とやらにうつつを抜かし、自分を磨く事を疎かにする者も、最近は増加傾向にあると聞きます……いやぁ、娘達がそのように育たなくて本当に良かった!』
『ウム……確かに、下らんな』
ヤ、ヤベェ!さっきから女共の台詞の大半を占める言葉、ヤバーイじゃなくて、ガチでヤバイタイプのヤバイ。俺もそうだし、海軍の時雨や足柄さんが合コンなんかに来てるって知られたら、死ぬゥ!
「「「ヤバーイ!」」」
「も、もう少し静かするでゴザルゥッッッ!!!」
「「「え?」」」
「あ、い、いや、コホンッ!コチョコチョ……」
「え?あ、あー!僕も静かにした方がいいと思う!ほ、ほら!ここの料亭って和式で声が通りやすいし!他のお客さんの迷惑になるといけないから!」
足柄さんも時雨の伝言でその真意を知るが、他は頭にはてなマークを付けてながら、最後まで宥めた理由を知る事はないだろう。
クソォ……なんで料亭にあんな大物達がひょっこりいるんだよォ!
あの人達がここにいる……この分だと他にも海軍の人来そうだな。足柄さんも能天気にしてる場合じゃねぇぞおい!サッサと恒例の席替えで手とか握りまくって既成事実作りやがれェ!!これ以上海軍関係者が来る前にッッ!!
『美味しー!うめー!ホラホラ!ここでイッチバーン高いお刺身持ってきてー!』
『ん〜確かに新鮮だけど、少し脂が乗り過ぎかなぁ?あ、春雨っ、宍戸さん達はどうかしら?』
『はい!足柄さんと時雨姉さん以外は死兵なのでお兄さんを取られる心配はありません!よかったぁ……』
『いや、そういう事じゃなくてね?でもその分だと、上手くいってるらしいわねっ』
『それにしても偶然居るんだからびっくりだよねー!合コン会場がまさかここだったとはねー!ムッフッフ〜いい肴ですなぁ〜!』
『え?あ、そ、そうね!偶然よね偶然!偶然ここに来て、偶然いたから、偶然見てるだけよね!うん!うんっ!』
『そんなに強く肯定する必要はないと思うけど……あ、でもでも!もしかしたら宍戸くん、どさくさに紛れてさ〜本当に時雨と朝帰りしちゃったりねー!』
『『はいッッッ?』』
『あ、なんでもないです、はい……』
『それでは、ドキッ!イケメン海軍軍人ダラケの合コンパーティー!ワーパチパチパチパチィ!!』
『『『うえええええい!』』』
『結城中尉、私はこのような場所で親睦会を開いている場合では……』
『何言ってんスか!?若い時に青春を謳歌し、今しか学べない事を学ぶ……それでこそ、希代の名将となるに相応しい軍人としての行動ではないんですか!?ドヤァ』
『結城さん素敵ー!』
『ダルルルルルルルォォォォ〜!?俺ッチは希代のスーパー提督だからさァ〜』
『ワァー、ワタシモウヨッテキチャッター』
『酔っちゃった?俺もだよ……君の瞳にさ。ほら見てご覧?君と言う美しさが心に攻め入ってきたせいで、俺の下半身は軍拡を余儀なくしたんだよ?これはもう戦争だね、第一次ズコバコ戦争』
『キモッ、セクハラで通報してやる』
『NOOOOOOOOOO!!!』
『大鯨もっと食べるかも!』
『い、いいえ、私はもう結構ですからぁ〜!』
『うるせぇカモォ!身体が細いのに胸だけ大きいとか腹立つかもッ!食べて太れかもォ!』
『や、やめてくださぁ〜い〜!オイゲンさんも見ていないで助けてぇ〜!』
『あ、あはは……でも日本食ってカロリーが高くないからあまり太らないと思うよ?』
『た、確かに……くぅ〜!悔しいかも〜!』
『……でも、秋津洲の脚って、凄くスラーってしてるよね?ちょっと羨ましくない?』
『あ……たしかに、私はむっちりしてるのにッ』
『え?あ、ちょ、た、大鯨?さっきのは冗談かも!だ、だからそのハンバーガー置いてかも?って言うかドコから取り出したかもやめてやめてやめてかモォォーッ!!』
『えぇっと……こういう時って、インガオーホー?って言うんだけ?』
クッ!他の客の声が気になって仕方がねェ!会議でもやってんのか?もし知り合いがいたら合コン行ってたなんて説明できねぇぞ?
……あ、でもよく考えたら俺はある意味変装してるから俺だけセーフなんだ。見つかってどうしようもなかったら逃げよう。
「まずうちさぁ……80インチのテレビがあんだけど、よってかない?」
「「「えー!良いんですかー!ヤバーイ!」」」
「た、だ、し!俺が選んだ子だけ、特別にね。俺、一途な男だから、さ」
「えー!じゃあ誰なんですかー?」
「それはまだナイショ、これが終わってからメールするからね……俺が選んだ女の子にだけ、ね」
「「「キャーッ!」」」
……え?いま叫ぶほどの事言った?それとも女性特有の黄色い歓声はこれほどまでに安いものだったと言うのか?
日本人女性特有の「キャー!」は、お金持ちと言うステータスと、ちょっとした言葉で手に入るような、簡単なものだったと言うのか……!?
「ご、ゴホン!み、みんなもう好み相手は見つかったかな?」
いいぞ時雨!流石は俺たちの特攻隊長!
色々な人に気を使わなきゃいけない環境は凄くストレスになるから、これぐらいで切り上げるのが丁度いいのだろうって言う時雨からの優しさだぞみんな!
「わ、私はもう見つかったかな……チラッ」
「あ、あはは……俺も、見つかったかな……」
足柄さんはその成熟された熱い目で、鉄鋼業の社長さんに目を付けていた。いい観測眼だな、俺もかなりいい人だと思うし、このまま既成事実を作れば万事オッケーだな。
死兵共も、ウンコみたいな顔してないで自分から率先して行かないと行っちまうぞ。
「……俺たち」
「二人で行くよ……うん」
「なっ?」
もう一つのカップル成立!意外!それは男同士の奇跡の出会いッ!横に女がいるのに、まさか男を取るという前代未聞の出来事発生!
ブログに載せとくぜ。
「え、え〜っと、じゃあここは一先ず解散って事で!みんなお疲れ様!」
「「「ヤバーイ!」」」
ー外。
気に入った男子へメールを送る事もできる女子だったが、案の定俺には一通もなかった。
足柄さんは男を一人ゲットし二次会へ。時雨は外で待ち、そのまま俺を待って帰ろうとしたその時だった。
「ちょっと待ってって!時雨ちゃん!」
「え?あ、僕?」
「君しかいないでしょ……俺のミューズ」
一度は女の子に言ってみたい台詞であり、これを電車の中で聞いたら俺吹き出しちゃうと思う。
「俺のメール、見てくれたよね?80インチのテレビで、甘酸っぱいロマンス映画を、君だけと見たいって」
「うん、行けないってちゃんと断ったはずだけど?」
「それでも、諦められなくてさ」
「……僕は宍戸くんと行く約束があるんだ。だから行けないよ」
「何であんなオタク野郎を選ぶの?俺はあんな社会のゴミよりよっぽど、君を満足させられると思うよ?ほら、俺お金あるし、結構イケメンな方だと思うし……経験豊富だし、さ?」
とてもいやらしい手で時雨に触る。
「い、いや!離してぇ!」
「いいから!絶対に後悔させないから!早く来いよオラァ!」
「イヤぁ!助けてぇ宍戸くん!!」
「や、やめろぉ!ブ、ブヒィ!」
「あ?テメェ俺様に指図するつもりかこのキモオタク野郎」
「せ、拙者は知ってるでござるよォ!き、貴殿には、カ、彼女がいる身の上だと言う事をォ!?フェイスブックで見たでゴザルゥ!」
「は?それがなんだよ?どうせ彼女とは別れるんだし、今新しい彼女見つけても問題ないでしょ?」
「はい倫理的にアウトだね、時雨」
「そうだね……もう出てきていいよ」
時雨が促すと、一人の女性が店内から出てきた。
「あ、アケミ?」
「何やってるのよッ、タクヤ?」
はい、意味がわかってない傍観者様(野次馬)に説明すると、俺たちの合コンは足柄さんとイイオトコをくっつけると言う使命の他に、もう一つの使命があったのだ。
このアケミとか言う俺たちと同じ海軍軍人は、浮気をされているかもしれない……女の勘で割り当てた疑惑だけで本当に浮気をしている事を突き止めたのだ。足柄さんのついでに、時雨に頼んで誘き寄せてもらうよう仕向けたのだ。
そして、
「「「私達もいるわよ」」」
「ひ、ヒナ、サクラ、アオイ、ハナコまで……な、なんで……!?」
後ずさるのも無理はない、なぜならこの四人もコイツに浮気されていた、可哀想なビッチ共だからである。
何故ビッチかって?話を聞けば、こいつらもこのヤリチンと付き合うために前の彼氏と別れた口らしく、一見すると被害者のようにも思えるが……明らかにお金で彼氏を変えたような後ろめたさを感じた。
それを勇気を出して問うとね、俺がゴミみたいな目で見られたんだっ。俺、なにも悪いことしてないのにねっ。
でも浮気は悪だ。男女ともに、とても悪いことだ。やってはいけないぞ……うん、教科書に載せたいぐらい悪いことだって世の中の男女に知らせたいぜ。あ、でもそうなると日本文化の代表格である源氏物語とか燃やしたほうが良いかもな。
何はともあれ、このスカッと一部始終を見せつけられている俺はこう思った……俺、要らなくね?
「宍戸くん、路地裏」
「あいよ」
「は、離せテメェ!!このクソオタク野郎!!殺してやるッッ!!」
「拙者はこれでも凄く鍛えているでゴサル。あとさ……テメェオタク舐めてんじゃねぇぞッ、時雨に殺されるぞッ」
「ヒッ……!」
シャツを引っ張って、時雨に頼まれた通りに路地裏行きを決行する。月魔にやった時と同じだな。
コイツがいきなり静かになった理由を後ろを見て確認すると、時雨を含めて複数の般若顔が居た。ホラーゲームで出てくる後ろを付け狙うタイプの奴だ。
連れ出した先に団地があって……って、やっぱりストーカー野郎の時と同じじゃないか!デジャブ。
「さてと……このままじゃボコられるぞ?」
「そろそろ本心で喋ったらどうだい?浮気者です、ごめんなさいって」
「フンッ!俺は謝らないぞ……金に釣られるクソ女共になんかにッ!!JAFGメンバーの名にかけてッ!!」
「「「JA、FG……?」」」
「えっと……宍戸くん、じぇーなんとかって、なにか分かる?なんかの団体みたいだけど……」
「んん〜なんだろ?経済関連の団体かな?でもなんか聞いたことがあるんだよなぁ……あ、思い出した。思い出したけどその前に一つ質問。金に釣られるクソ女とか言っておきながら、なんで時雨をあんな強引に誘おうとしたんだよ?あのまま行けばお前が死んでたぞ?」
「僕の心配は?」
「時雨ちゃんはこの女共みたいに自分のことしか考えてない奴らとは違ったからだよォ!ちゃんと足柄さんとか言う先輩立ててたし、自分を構わず他の娘たちにもバッチリフォロー入れてたし、普通に可愛いし……なんか久しぶりに、すげー好印象持ったから、つい……」
「「「…………」」」
仮にも自分の彼女っつってた女たちを「この女」呼ばわりしてるぜコイツ。
そしてこの中で唯一褒められた時雨を少しだけ凝視していた女共。こんなクズの格付けをまだ真に受けて嫉妬してるのかよ?と言いたいところだが、女性ってのは目立ちたがりやな生き物であり、他と比較する時自分より優ってるのがいると、なんとなくでもムカつくのだ。
「コッホン……それで宍戸くん?この人が名前をかけているJAFGってなに?」
「ニュースで名前出てきたから知ってるだけなんだけど、反フェミニスト団体らしい」
Japanese Anti Feminism Groupの略称で、女性を優遇しすぎる社会に不満を持ち、男女平等化に反して昔ながらのスタイルを理想として目指す政治活動を主とした団体。
ネットとかで載ってる話だと、主な構成員は女のためにした横領で逮捕された人とか、痴漢冤罪に遭った人とか、お金を貢がせた挙句に浮気されて切られた人とか……まぁ要するに、そういう人たちです。
日本の若者は凄くやる気がないとか言ってたけど……あるじゃんいっぱい!日々のストレスに不満を持つ日本国民が行動力を持ったら、日本なんて革命ラッシュで即滅びるぜ?国防ってレベルじゃねぇぞこれ!?
ご存知かとは思うが、日本国民に革命なんて起こすほどの行動力もなければ、そこまで行く決定的な理由もないわけだし、だからこそ俺たち海軍はあぁやって外敵駆除に専念できるんだけどね。
……あ、そうだ!外敵って言ったら、仮想敵国の中国とロシアに対しての対策案考慮とかも安全保障学の論文に加えておこう。
敵は常に一人しかいないとは限らないッ……そう、今の俺のように。
『んんッ、ここらも物騒になって来ましたな』
『そうだな……』
や、ヤベェ目立ちすぎたか?蘇我提督と荒木大将がこっち見てる。こっちみんなBaby。
『あ!蘇我提督!ぐ、偶然ですねっ!』
『ササッ……』
『おぉ、村雨くんに春雨くんじゃないか
、外で会うのは本当に偶然だな。あぁでも今はプライベートだ、敬礼はよしてくれ』
『『いいえ!』』
おぉ!あの規律正しい敬礼の中に愛らしさを交差させるのは、正に鎮守府のアイドルこと村雨ちゃんと春雨ちゃんじゃないか!なんでこんな所にいるのかはさておき、偶然にもあの人達の注意を釣ってくれてる奇跡的なサポートは正に神がかってる!これは勝つる!
そしてこっちでは時雨がシャドーボクシング始めやがった。明確な殺意はどんな男でも本能的に震え上がらせる所だが、まだ意識を保っているところを見るとコイツは結構肝が座ってるらしい。
そして観念したついでに、話す必要のない蛇足までベラベラ話し始めた。
「……俺は今までこのIT企業の社長って看板を使ってかなりの数の女と付き合ってきたが、少しでも金にケチつけるとすぐに雰囲気悪くする典型的な金目当て女共ばかりだった……相性が合わなくても人脈狙いで思わせぶりな態度取ってきやがって結局進展無しとかァッ!俺の中身をちっとも見ねぇクソ女ばかりかこの世はァ!」
「それアタシ達のコト言ってんの?」
「だってそうだろ!?あの布陣で俺が普通のサラリーマンだったらお前ら俺のこと見向きもしなかっただろ!?」
「ナニそれ逆ギレ?イミワカンナイ」
「馬鹿馬鹿しい……宍戸くんもなんか言ってよ?」
「…………」
「宍戸くん?」
「え、あ、うん、そうだね、うん……」
「…………」
時雨、言い返せないからってバカボ○ドみたいな顔で俺を見ないでくれ。
いやさ……知らないかも知れないけど、俺はオタク状態でも普通に話してたんだぞ?しかも女子が好きそうなスイーツの話題とかさ、色々話しかけてんのにさ、気持ち悪がってたじゃん。
確かに色々遊んだ感は認めよう。でもイケメン度だったら端にいた医学生の方が凄かったし、話の盛り上げ方は鉄鋼社長の方が良かったし……コイツはなんか、臭い台詞を突然横から入れるしか能がなさそうだったのに一番盛り上がってたし……要するに金で相手を決めてるのと同じみたいな?俺の弁護力じゃ言い返せないよぉ!
「俺はこう言うレベルの低い金だけクソ女達をやり捨てしたり、浮気して屈辱を味合わせる事が俺の復讐なんだ……一切クソ女に金を使わずにな」
「「「最ッッッ低!!」」」
超短期間のお付き合いをする場合はちゃんと写真とかに撮ったりして、ラブラブ感を演出しながらインスタグラムにアップ……そうする事により「お酒飲まされてレ○プされた」と言われないよう証拠を作る。
「俺の同志の中には……痴漢冤罪で捕まったその日に仕事、家族、後に裁判で使うための財産……すべてを失った人もいる。俺も合意の上だったのに数回も強姦罪に掛けられた事がある。金持ちなのに貢がないと分かれば騙されたと思って逆ギレしたんだろうなァ?ハハハ……」
「アタシ達そんなことまだしてないじゃん。被害者ヅラしてんじゃねぇよォ変な団体に入ってるくせに!!」
「痛ぇ!うるせぇクソアマJAFGの悪口言うんじゃねぇ!女の法治権力の陰で、法律では見向きもされない俺たちみたいな心の被害者は、互いに助け合って立ち向かい、戦う他に選択肢はないんだァ!」
「アホくさ……宍戸くんは学校で凄い事について討論してたって言ったよね?こんなの余裕でしょ?言ってやって宍戸くん!」
「…………」
「さっきからその沈黙は何かな?かかと落としで頭パカンされたいの?」
「わかったよォ!えぇっとさ、今は強姦じゃなくて、強制猥褻罪だから。あと、海外でお金持ちだってことを隠して嫁探ししてた富豪さんがいるから、アンタもそうやって女探ししたらどうだ?」
「それも考えたさ……でも、そうなると見向きもされない……俺みたいな特色の無い男でも結婚できるような時代は、もう帰ってこないのか……!」
「宍戸くん、僕は女性への侮辱を撤回する言葉を探してたんだけど……」
「分かった分かった……アンタ等の言うことは最もだけど、極端だ。こいつ等の半分がクソ女だとして、もう半分がいい女だとしよう。いい女までもを犠牲にして、それでなんになるの?お前を襲ったクソ女への復讐は、果たされるわけ無いでしょ?」
「クッ……!」
握りしめられる拳、股を掛けられた女性たちの形相、そして手をコキコキ言わせる時雨っち。いやぁ……俺っちまで標的になってるパティーンですか?いや、俺なにも悪いこと言ってないでしょ?
この様子を気にしていた野次馬もことごとく退散して行き、周囲の目を気にせずボコリタイムが始まろうとする……かに思えたその時だった。
細い一本道から、複数の男性がこちらへ近寄ってくる。最初警察かとも思ったけど違ったわい。
「アケミ?こんな所でなにしてんだよ?」
「カ、カズキ!?え、なんでここに!?」
「ヒナ、お前病院で病気のおばあさん御見舞に行ってたんじゃなかったの?遅いから探してたんだぞ?」
「え?あ、そ、そうよ!今帰えろうとしてたところよ!」
女どもが親しそうに……しかし、家族のようにではなく、一時的な恋愛関係特有の雰囲気を醸し出しながら話す様を見た瞬間、ハッキリ次の展開が脳裏に浮かぶ。
「私達はただこの浮気男を粛清してたのよ!悪いッ!?」
「「「え!?」」」
「アケミ……こいつが浮気してるのって、この娘達にだよね?」
「え、そ、そうよ!私は可哀想だと思って仕返しを手伝」
「いいや!!俺はこの場にいる女共と全員寝たことあるんだぜぇ!?彼氏がいるなんて一言も言わなかったからなァ!?」
「……おい、どういう事だよオイッ!!」
「「「え?あ、ち、違うのこれは!」」」
唯一浮気していなかった女がそう叫び、事態は混沌と化す。
そして憶測が真実を呼び、浮気されていた女どもの復讐劇は、まさかマサカのドンデン返しッ!自分たちの浮気を棚に上げながら逆上していた本当のアバズレ共でしたとさァ!
確か紹介された時に前の彼氏と別れたって言ってたので、実質三股していたのか、或いはこの彼氏軍団こそが「別れた」男共なのか。
なんでこいつらの彼氏がここにいるのかはともかく……なんだこれ、スゲースカッとするぜェ!
つーか、どれだけ股掛けてんだよ?人類全員が全員の彼氏彼女って事でもうよくね?そうすると、人類皆チーター(浮気者)って事になるか。
「時雨、流石にこの惨事への弁護はできない。ごめん」
「いやこっちこそごめんね宍戸くん。流石にこれは……まさか彼女たちがこんな……うん、ごめん」
「……おい、今のうちに逃げる事をおすすめするけど、どうするぅ〜?」
「あ、あぁ……逃げる。そしてこのクソアマ共に復讐を誓うッ!!」
誰に誓ってんのか分かんねぇけど、とりあえず逃げるのが得策だな。
浮気はとんでもない悪だ。そして浮気が浮気を呼ぶ……その教訓を覚えてくれたら幸いだが、なんにしても金に関わる事ともなれば恋愛事情が変わっちまう世の中に異議を唱えたいのは俺も同じだ。
富か、それに属する付価値か、それで人を決めるのは、人間の本能なのだろうか?
「人間は……いつまで経っても醜い争いを自ら生み続けてしまう……そんないつまでも進展しない、愚かな生き物なのだろうか?」
「カッコ付けてるところ悪いけど宍戸くん」
「ん?」
「その格好だと、凄くカッコ悪い」
「…………」
そういえばオタク装備来たままだった。典型的オタクがカッコイイと言われる時代は、来るのだろうか?