休日は金曜日は終業から始まる
「急げ急げェ!モタモタしてると入渠した艦娘を待たせる事になるぞォ!」
「「「はい!!」」」
ー出撃所近くの修理場。
班長の言葉を受けながら艤装の調整、装備の修理を妖精と共にこなしていく。入渠している間の艦娘達にとっては一見、魔法に掛かったかのように艤装と装備が直っているようにも見えるだろうが、裏では俺達が職人技と連携を駆使してそれを用意している事に少しはスポットライトを当てて欲しい。
今回提督が立案した作戦の一つである、「空母組が大破したら高速修復して再度スクランブル発進する」と言う無茶な要求を丸呑みしたせいで、レンチ等の道具や部品を投げながら仲間に渡す現状がここにあった。
(※本来は近くに置いて渡します、絶対真似をしないで下さい)
「おいなにやってんだッ!?もう両足に付ける艤装は直したぞ!?」
「そんな早く終わるわけないでしょ!?コッチは大鳳の艦載機全部補充しなきゃいけないんだよ!?バカかなキミは!?」
「コッチは腕の部分終わったぜ!何でもいいけどさっさとしねぇと大鳳ちゃん出撃できねぇまま作戦終わっちまうぞォ!」
全てが全てマニュアル通りにしている訳じゃないけど、ある程度マニュアルに従っていれば後はあっちこっちを直して、終わり!とうまくいくはずも無い。こう言う作戦の時は大抵数回は誰かの罵声を聞く事になるが、別に仲が悪いって訳でもない。
直している間に部品が壊れた、使ってる道具を間違えた、朝から腹の調子が悪いなど、どうしようもなく溜まる鬱憤を仲間同士にぶつけて相殺しているだけだ。
仕事が終わったら飲みに行って、細かい事全て忘れるまでがテンプレである。
『遅れて申し訳ありません!大鳳、いつでも出撃可能です!』
「了解!大鳳型装甲空母、大鳳の艤装を展開する!」
出撃パッドに乗っている大鳳を確認した後、みんなで一斉に修理し終わった両腕両足の艤装等を出撃所へと繋ぐハッチに押し込む。
『大鳳、出撃します!』
アニメで良く見る変身シーンのようにガチャーン、ガチャーン!んと、脚には俺が修理した艤装、腕には同僚が修理した艤装、カッコよく手でキャッチしたボウガン型の艦載機発射機……プリ○ュアに凄く似てる。変身は男のロマンだってこれ一番言われてるから。二つとも女の子だけど。
「ハァ……何時になったら終わんだよ作戦?もうかれこれ10人分は直してるぞ?一時間で」
「確かに今日の大破ペースは凄い。でもこれ以上は資源の問題もあるし、もうそろそろ終わるんじゃないか?」
「僕はもう疲れたよ……早く身体拭きたい」
俺や時雨を含めた同僚たちの感情が班長にも伝わったのか、「俺もアサヒ飲みてぇ」と親近感を覚える嘆声を発する。
30人程いるここの工房の精鋭こと俺達と妖精たちはみんな肩を落としながら修理場の上に取り付けられているスピーカーに目線を移す。『早く作戦終われ』と言わんばかりに。
『こちら提督、みんなよく頑張ってくれた。作戦は終了だ』
『『『よおおおっしゃあああ!!!』』』
天の一声を聞いた民衆は踊り狂う、そんな表現があってる。ツナギの漢達の汗やスパナが飛び交う。今日が地球最後の日でも物は絶対に投げるなと注意したところだけど、無事に終わった喜びから俺も踊り狂う。
「ッしゃァオラァ!!これで明日から待望の給料日+休日だクソがァ!!見てなかった冬アニ完走するぞォ!!」
「不健康そうな休日の過ごし方だね」
「社会人になるとなぁ、休日はどうしてもジャンキーに過ごしたくなるもんなんだよ。不健康な食生活、不健康なタイムスケジュール、不健康な姿勢、全てが最高級の至福なんだよ」
「まぁ気持ちは分かるけどね……じゃあその不健康な食事に移る前に食堂で健康な物を食べようか」
「おう!でもその前にシャワーからだな」
「そうだね、じゃあ食堂で待ってるよ」
「え?一緒に入らないの?」
「殺すよ?」
「冗談だってッ、ハハハ。じゃあ後でな、時雨中尉」
颯爽と手を振りながら修理場を出て行く時雨中尉。俺も遅れまいと作業服のままシャワー室に急ぐ。
ー寮の廊下、夜。
シャワー室から出て、廊下を歩いているとさっき出撃していた艦娘から工房で汗を流した整備工作班のメンバーなど様々なメンツとすれ違う。
普通仕事の後は食堂に直行してディナーを貰いに行くが、必ずと言うわけでもない。この日のためにと取っておいたスナック菓子やらツマミやらを隠し持っていて、仕事が終わり次第に部屋に行って一晩中映画鑑賞するやつなどがいる。
大抵の場合は夕食を部屋に持っていって、ベッドに閉じこもったまま朝まで食器を出さない。
『大鳳さん、大丈夫でしたか?結構攻撃受けてたみたいだけど……』
『あれぐらいなら平気です翔鶴さん。翔鶴さんや瑞鶴さんには度々作戦のフォローを入れて下さった事、心よりお礼申し上げます……そして、本当に申し訳ありません……』
『良いって良いって!翔鶴姉ぇも私も大鳳が居なかったらヤバい状況あったし、これでおあいこって事で!』
『本当に何時もありがとうございます……整備工作班の方々や妖精さん達も、何時も迷惑を掛けて……』
『それこそいいってことよぉ!』
『それが俺達の仕事何だからな!』
『そうそう。班長や副班長だけじゃなく、みんな有能で優しいしな!』
嘘付け、俺なんて今日は最低三人に罵声を浴びせた記憶があるぞ?と俺の前方から来てる六人の団体にツッコミを入れる。メンバーは翔瑞姉妹と大鳳、そして三人の男子だ。
徐々に近づいてる故に俺の存在に気付いたのか、その集団は俺の方へと近付いてくる。
「宍戸さん、お疲れ様です!」
「「「お疲れ様でーす!!」」」
「みんなお疲れィ!これから夕食と就寝セットか?」
「明日は休日なのにそんなイイ子ちゃんできるわけ無いじゃ〜ん!これからみんなで見たかったドラマを一から一気に見るつもりなの」
「宍戸副班長もどうですか?」
「ドラマか……ご一緒したいのは山々だけど、俺には部屋に籠城して足を一歩も動かさずにアニメ完走と言う重大な使命があるんだ」
「そ、そうなんですか……」
元気のあるここ舞鶴第二鎮守府は、休日突入と給料日ということで休みの時は高校生よりもはっちゃける(※はっちゃけ具合は人それぞれです)。
隣の舞鶴第一鎮守府からは、夏休み突入時の学生寮の如くと言われている。
とは言っても軍隊なので、有事にはどんな状況に居ようが駆けつけて対処する事を強いられる。シ○ってたときに呼び出された奴は本当にかわいそうだと思う。
「じゃあお肌を悪くしない程度に見てどうぞー」
「「「は〜い!」」」
話していた大鳳達の後ろ姿を見送り、俺も自分の部屋に入ろうとしたその時、
「こんなところでな〜にしてんのっ!」
「うお!……って、鈴熊かよ」
「それは失礼じゃありませんこと?宍戸副班長」
町の中を歩いていたら明らかに浮きそうな緑髪と、今時流行らないお嬢様口調は鈴谷と熊野だ。鎮守府のエースである攻撃型軽空母の鈴谷とその妹であり、現在の日本海軍でこの艦種なのは鈴谷一人と言う待遇ぶりながらも、それを鼻に掛けようとしないとても良い子。
「ごめんごめん。二人はこれから夕食?」
「私たちはそれスキップして映画見るトコ。提督とか誘おうと思ったんだけど用事あるって〜。やっぱリア充は違うねぇ~チラチラッ」
「ん?もしかして誰かと比べてる?俺は冬アニメコンプって言う重大なミッションがあるんだッ、モテなくても全然余裕だしッ?二作品同時に見ないと終わらないかも知れないほど娯楽に溢れていてリアル充実し過ぎワロタだしッ?」
「ほ、本気にしないでって、悪かったから……」
「まったく……モテない殿方は余裕がないんですの?」
俺は余裕がある漢だから、コイツの顔にストレートを打ち込む手前でその手を抑えた。
「俺だって一生懸命頑張ってるんだよ?人並みにモテる為に何が必要かってさ……香水も変えたし、一日数回は風呂に入るし、コミュニケーションも取ってるし……提督みたいにモテるには何が必要なんだ……?」
「年収ですわね」
「カタガキ?」
現実と言う名のボディーブローを受ける。特に軍隊でトップってのは目立つし、実際うちらの提督は普通にカッコイイからな。まぁ提督ほどじゃないけど、実は俺も歳のワリには年収高いんだぞ。
「って言うか〜宍戸っちは結構悪くない方だと鈴谷的に思うんだけどな〜」
「確かにわたくしも悪くはないとは思いますわよ?やればできる方と知っていますのに、常日頃から何をするにも適当な感じですので……」
「あ〜確かに!今も仕事は早いけど、本気を出したら誰も敵わないだけだッ……みたいな!?」
「失敬なッ、確かに適当な性格だとは認めるけど、本気は結構出してるぞ。ほら、前の肝試しなんて俺がどれだけ死に物狂いだったか分かるだろ?」
「あ、あ〜……確かにあの時は〜……ね?」
結構前にあった肝試し大会の話だ。隠しカメラと盗聴器で、仲間が恐怖に怯える姿が映像として残される肝試しを男子実行、女子は鑑賞でする事になった。勿論、只々みんなに何かを取らせに行くだけでは大人の野郎共は恐怖に怯えない。
そこで出てきたのは、鎮守府にいる屈強な男子達三人(ガチホモ)、通称ゲイ三人衆がオバケ役となるルールだった。俺は食べられたくないので、ブツを死ンッッッに物狂いで探したし、オバケ♂に見つかった時は足の健が切れるかと思うぐらい走った。
このとき、「ハァ……ハァ……女共はいいよなぁ!?掘られる恐怖も知らないでただ笑ってるだけでよォあぁん!?」と叫んだ事で俺の株が下がった事を思い出した。
「でも、ありがとうな二人共。二人が褒めてくれると、あー俺もまだまだ行けるんだなって嘘でも思えるわ」
「べ、別に、う、嘘じゃないし……本当にっ」
「ふ、ふん……」
照れくさそうに首を擦る鈴谷とプイッっと振り向く熊野。可愛らしい仕草に対して、あぁ男ってこうやって落ちるんだなーっと思った。
「じゃあ俺はこれから時雨達と夕食食べてくる。大鳳たちにも言ったけど、あまり夜更かしするなよ?」
「うん、分かったっ!」
「では、ごきげんようっ」
大鳳同様に別れの挨拶をして後ろ姿を見送る。鈴谷たちや大鳳たちはドラマとか映画を見てるけど、どんな作品を見ているのか興味があった。また今度の機会に聞いてみよう。
ー食堂の端っこ。
「あ、お疲れ様です!」
「おう吹雪ちゃん、お疲れ様。俺が調整した艤装はどうだった?」
「はい、とても良かったです!MVP取って司令官に褒めてもらえました!」
「そいつは良かったよ」
「……あ、司令官だ!私お話してきます!しれいかーん!」
「……いつの時代も、提督はモテモテだなぁ」
『提督』、または司令官とも呼ばれる人物は、ここ舞鶴第二鎮守府の統率者だ。舞鶴だけでなく、他のあらゆる鎮守府には提督と言う立場に着いている者がいる。
艦隊とそれが守る地方一帯を管理し、守護する立場にある彼らはエリートであり、選ばれた人しかなれない。
地元に帰れば英雄扱い、転職は思うがままの明るい未来、そして艦娘からはモテモテだ。
いま食堂の中央で艦娘に囲まれている色黒のおっさんがそうだ。あんなにモテて有能とかチートキャラも良いところだが、それが俺たちの提督だ。艦種問わず囲まれてて少し困っているみたいだけど、羨ましい事この上ない。
「相変わらずモテるね提督は」
「羨ましいのかい時雨さん?確かに女の子にモテるのは男にとっての至高の喜びだけど……」
「ん?また僕のこと男って言ったかな?死にたい?」
「前にも言ったけど僕っ子は良好なキャラ付けには……ってゴメンゴメン!悪かったから食堂でだけはやめてくれ!!」
レンチと怒りを治めるように言う。
風呂上がりかと思われる時雨の髪の毛は若干濡れていて、若干ソープの匂いがテーブル越しに鼻腔を刺激し、ボーイッシュながらも女の子らしさがあるのは確かだ。
「……あれ〜?宍戸くん、僕を男とかバカにしておいて、お風呂上がりの僕の色っぽさに悩殺されてるようだけど?あれ?口ではどうこう言ってても体は正直って感じなのかな?」
「んッ?」
凝視しすぎていたらしい。
女子は男子の視線に敏感であり、何処を何秒間、そしてその本能的な意図が分かると言うのだから女の人は怖い。
俺が見ていたのはタンクトップからチラチラ見えるスポーツブラであり、まるで男を意識していない感じがして魅力を台無しにしていると伝えたかったが、やめた。いずれ自分で気付くだろう。
『宍戸と時雨は相変わらず仲がいいぴょんね~』
『羨ましい……あ、いや、別に怒ってる訳じゃ……』
『同期らしいからな、微笑ましい』
時雨との日常会話を楽しそうに見てくれる駆逐艦達にクスクスと笑われた。軍隊が使うカフェテリアでありながらも、女子率が多いせいか和気あいあいとした空気は鎮守府特有で、他では見られない光景である。
体育館のように巨大なエリアのワリには少人数。駆逐艦の他には空母級の艦娘や俺ら以外のエンジニア達の存在が確認できる。
空母級を見るたびに思うのが、彼女たちの腹はブラックホールで出来ているのかというぐらい大きい食事は一体何処に消えているのだろうか?気がきでならない。
「こんにちわ〜」
「村雨、僕の隣に座って。宍戸くんは女の子の谷間を凝視する変態らしいから、村雨のを見ると多分お猿さんになっちゃう」
「男なんてみんな猿さ、肝心なのは紳士的かどうかだろ?」
「あ、あははっ、そうですね」
学校で自然とグループが作られるように、ここでもある程度決まった人と食事を取る文化がある。俺の場合、大抵はこの二人と取ることが多い。
村雨ちゃんはカレーのプレートを机に置き、自分も座る。
俺たちは全員でいただきますを言ったあとに一口だけカレーを頬張り、村雨ちゃんの発言に注目する。
「ふぅ……そして、相変わらず提督もカッコイイですね」
艦娘や鎮守府所属の女の子達に囲まれている提督の事を言っているのは言うまでもない。
「女の子として提督は、ダーツで言うブルズアイだからね。宍戸くんなんかよりもよ〜〜ぉっぽどッ!優良物件だから、みんなこぞって話し掛けようとするんだろうねッ!」
「なんで俺と比較するんですかねぇ時雨さン……大体俺だって大尉、そして整備工作班を取り仕切る副班長って言う凄く立派な地位を獲得してるんだよ!君からしたら上司なんだ!礼儀をわきまえたまえ時雨くン!!」
「グルルルッ………!」
「まぁまぁ二人とも座って……お行儀悪いですよッ?」
「「はぁーい……」」
村雨ちゃんに注意を受けたのでちょびちょびカレーにスプーンを入れる。その横にある茄子の漬物や納豆といった健康食はカレーと合わないが、健康の為にと時雨が無理矢理俺の食卓に投げ込んだ食べ物にも触れ、口の中で新しい食感を堪能するのも毎日の楽しみだ。
一方時雨と村雨はお互いの口を拭き合うと言うなんとも仲睦まじい光景を見せつけてくれる。羨ましい。村雨ちゃん俺にもやってっ。
『提督!今日比叡は初めて料理を作りました!気合!入れて!作りました!ので、今晩お部屋で一緒に食べましょう!』
『あ、ズルいですよ比叡さん!鹿島もご一緒したこと無いのに!!』
『ははは、喧嘩はいけないよ。でもそうだな、女性が初めて作る料理を頂けるのは光栄な事だ。今日の夜は用事があるの申し訳ないが、明日ならいいだろう……しかし、本当に私で良いのかな?』
『も、勿論です!!!』
視線を横にずらせば紳士的な提督の言葉に悶絶している艦娘達。俺にとっちゃ日常風景だけど、外の世界ではこう言う光景も滅多に見れた物じゃない。
これが全てのキッカケになろうとは、夢にもおもわなかった。