整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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クソジジイ、そして決意

 

 ー中庭。

 

『新たに設置される課程、提督育成プログラムには既に数人が採用されており、従来とは異なり集中的な司令官育成を目標とした──』

 

「「「ポカーン……」」」

 

 超絶スーパー万能機器、スマホ。アプリとかの機能を含めると、ある程度の事はこの端末でどうにかなる時代。

 古い弾薬を丁度使い切れて、結構気持ちよく仕事を終わらせられ、のんびりベンチでようつべでも見ようとしたらニュースで、「日本海軍は新たな課程を設けた!」と発表された動画を見つける。

 

 特別注目を集めたわけでもなく、人気動画ランキングを見てもランク外。でも再生回数はそれなりに多く、内容もその課程でどんな事をするのか大まかな説明を含めながら大将さんが話していた。

 

「……まさか本当に提督になるつもりだったなんて」

 

「どうだ時雨くん?俺様の心に嘘偽りはなかっただろ?散々俺を侮辱してきた事への謝弁を聞こうじゃないか」

 

「ソーリーアポロジーイデオロジー」

 

「しばくぞ」

 

 すっかりと馴染んだ春雨ちゃんに加え、村雨ちゃんと時雨が座るベンチで談笑をしていた頃だ。

 ベンチには流石に四人は狭すぎると言う事で、俺は立ちながら時雨のスマホを覗き込む。

 

「いや、てっきり村雨を立場で誘惑してるのかと思ったよ」

 

「私そんな事で男の人を選んだりしないわ!」

 

「そうだよ何言ってくれちゃってんの時雨くん。もし村雨ちゃんがそんな女の子だったら俺自害するぞ」

 

「し、死んじゃだめですお兄さん!」

 

「うん、命かけ過ぎ」

 

 よくよく考えてみれば、まだ発表もされてなかった内から切磋琢磨してたのか。そう思うと気だるさが更に増す。

 今までのは序の口だったんだぜ?まだ本番始まってないからさ……みたいな?

 

 そう、本番……俺はその本番に向かうために、一度深呼吸を入れて、ゆっくりベンチから立ち上がる。

 

「それで、今日から海軍大学校へ通うんですよね?宍戸さん……早く戻って、これますよね?」

 

「春雨、すごく寂しくなります……」

 

「すぐに戻るよ……もうそろそろ時間だ、行かないと」

 

「……持っていくものは準備してあるよね?シャーペンとか消しゴムとか色々持った?」

 

「おいおい小学生じゃあるまいし、ちゃんと持ってるって!……でも、ありがとうな」

 

「うん……早く帰ってきてね?村雨や春雨が寂しくて心配するんだよ?」

 

「あぁ、きっと早く帰ってくるからな……じゃ、行ってくるぜ!」

 

「はい……気をつけて下さいね!」

 

「おう!」

 

 

 

 そして、俺は提督になるために、海軍大学校へと足を進める。暫し……今しばらくの別れを惜しんで、鎮守府の扉をくぐり抜けるのだった。

 

 

 

 

 

 ー自室。

 

 

「おかえり」

 

「ただいま。君たちは俺の部屋で何をやってるのかな?」

 

「宍戸くんの超高性能パソコン使ってるんだよ。次の休みに何を買うか迷ってて」

 

「ごめんなさい宍戸さん……」

 

「モーメンタイだよ村雨ちゃん」

 

 学校から日帰りで帰ってくる。正確には海軍兵学校からだけど。

 

 蘇我提督に言われて行った海軍兵学校は、鎮守府からタクシーで10分の所にある。日本海軍創設ぐらいからあるので、かなり由緒正しい学校であり、軍事基地としての機能も備えてあるハイブリッド学校。

 そこで新人の勧誘に成功したらしい結城と一緒に、大学校の授業内容と教科書を渡され、読み終わった瞬間にテストが出ると言う極めて酷い目にあった。しかも読んでいた教科書とは内容が異なるとはこれいかに?

 

 まぁテストの内容は勅令と憲法に関する簡易的な問題だった為、初っ端からつまずくことはなかったけど、とんだサプライズだぜ。

 授業を監督してた人は「悪いわるい、驚かせてしまったね!」とか抜かしやがる。血管の弱いヤツだったら緊張による高血圧で脳出血不可避。

 

 ともあれ、抜き打ちにも程があるテストで80点以上取れたのは確かだ。既存の教科書から上乗せする形で貰ったクッソ分厚い教科書を元に、法律や軍法関連も始めるらしい。

 因みに授業の監督……一応先生は、提督経験のある校長先生だった。

 

 後に、東京にある海軍大学校へ通う事になるが、それはまだ先になるらしい。

 何故かって?そんなにすぐ始まるわけねぇだろ、とのことだった。まぁ何の前触れもなしに東京行きが決定したら、それこそサプライズだけど。

 その間は入試を上位合格レベルにして、大学校で学ぶ事になる科目を平行して覚えていく。

 

 軍学校と言えばやっぱり身体測定や運動能力の有無、そしてそれらを維持するための訓練が強いられるけど、その辺は働きながら勉強してるから省かれるらしい(後に、俺は体力試験に行かせられ、山を35分間を目標に登り降りすると言う地獄を味わった)。

 学校に入れば勉学に集中するために、元いた仕事場を離れて勉強、及び体力作りと精神鍛えまくる訓練に勤しめる上、給料まで貰えて学費はタダ。条件が良いように聞こえるけど、入るまではただの海軍軍人なので、そんな凄い優遇を受けるのはまだ先の話。

 

 例え有望な提督として認められていても、やる事やるまでは特別扱いはしない……と言う事だろうか?既に結構色々やってるんですけど俺?詐欺に遭ってる気分だ。

 

「プログラムに参加させてもらったのは光栄だけど……それより村雨ちゃんと春雨ちゃんはなんでベッドの中にいるの?」

 

「ちょっと遊んでてっ、つい入っちゃいました。だめ……でしたかぁ……?」

 

「は?いいに決まってるでしょ」

 

 俺の布団をクルクル二人で体に巻きつけながら、春巻きみたいになってる。頭だけ出してる二人めっちゃ可愛い。二人共ヨシヨシしたいぐらい可愛いけど、そんなことしたら流石に事案となるので心を沈めて衝動を抑える。

 そう、今の世の中何があるか分からないんだ。二人をそんなクソアマだとは到底思わないけど、中には「くん」付けで呼ぶだけでセクハラ扱いするアバズレがいると聞く。お金持ちを目の前にしたら例え肉奴隷と言われても笑っていられるくせにな。

 

 疲れ切り、寝転がる村雨ちゃんと春雨ちゃんの隣にどっしり座り込んだその時だった。

 

「……?宍戸くん、ノーパソにメール届いてるよ」

 

「誰からー?」

 

「……病院からなんだけど」

 

「え?」

 

 座った瞬間に立たされる気持ちは一言で表すと、ダルい。

 しかし、唐突であり意外な言葉を聞いたからには立ち上がらずにはいられない。見たいけど起きるのダルい……と言う矛盾だが理に適ってる感情の間は誰しも経験した事があるはずだ。

 

 その時雨の言葉に興味を示した妹二人も立ち上がり、みんなで机に向かう時雨の後ろから覗き込む。

 

「メール開けていいの?」

 

「うん、架空請求のメールとかあるけど無視してそれ開けて」

 

「なんでこんなに架空請求が……どっか変な所に登録したの?」

 

「は?テメェ俺がエロいサイトでも見てると思ったか?ば、ばばか言うんじゃないぞ貴様ァ!」

 

「「…………」」

 

「じゃあ、こっちの登録確認メールのリンク先、クリックしてもいいんだよね?」

 

「え、あ、その、それは違うからッ」

 

「えい!」

 

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「「「…………」」」

 

「……違うんだよ。ほら、結城がさ、勝手にさ」

 

「なんでもかんでも人のせいにするのはいけないことだって、教えたのは宍戸くんだよね?」

 

「……うん、ごめん。ただ一つ断っとくけど、俺にも一応性欲はあるんだ。疲れた漢の心のリラクゼーションに最適な効率を図ってくれるのがこれだ。ほら、俺タバコとかお酒とかギャンブルとかやらないじゃん。心の拠り所って誰にでもあってさ、これまでにない心地よさを覚えたら依存してしまうのが人間なんだ。俺はただ、人間が抗えない三大欲求の一つである性欲を、その拠り所の『一つ』にしているだけで、これは水面下で全ての漢が経験する至って正常な行動、行為であり……」

 

「じゃあ病院からのメール開けるよ」

 

「あ、はい」

 

 三人が………それはもう雪女みたいな目で俺を、かたーくかたぁーく、凍らせるのだった。性癖が暴かれたってわけじゃないけど、そういうサイトに行っただけではなく登録までした事が、一番引かれる原因なんだろう。

 いや、消される前にさ、保存とかさ、した方がいいしさ。

 

「……私なら」

 

「え、ど、どうかしたのかな春雨ちゃん?」

 

「あ、いいえ!なんでもないです!」

 

 こんな可愛い娘達の前であんなサイトを見せてしまうとは……今度からは素直にエロサイト登録しましたと言っておこう。

 

「これなんだけど」

 

「ん?これって結構近くの病院じゃん」

 

「福井県の病院だね、京都府内にいる僕達が奈良に行くより近いかも」

 

「それで、内容は……」

 

「えっとね……え」

 

「「「……え」」」

 

 

 

 俺のジジイが、病院に運ばれた。

 

 

 

 

 

 ー病院。

 

 

「って決まり文句でぎっくり腰報告させるのやめろ」

 

「ほっほっほ!これぐらいのドッキリは勘弁せんかい!ワシに孝行もせんで仕事ばかりしている罰じゃ」

 

「ハァ?年金貰って、それで給料もそっちに入れてんだから大人しく家政婦でも雇え」

 

「五月蝿いわい!ワシはまだ現役じゃ、自分で動けるうちは自分で動くのが道理じゃわい、のう春雨ちゃ〜ん?」

 

「え?は、はい!とても素敵な考え方だと思います!」

 

 俺の爺さんはとても元気だ、なんでかわからないけど。バァちゃんが他界してからはジジイ一人で家を管理している状態だが、この通り元気だ。昔は海軍軍人だったらしく、80後半の長寿の秘訣ななんなのだろうか?日本人ってこういう長寿な人結構多いんだよな。

 でもジジイが軍人って事は、俺も一応軍人家庭って事になるのかな?

 

「本当にめんこいのう〜ワシとチ○チ○遊びどうじゃ?」

 

「死ねよ」

 

「育て親に向かってなんと言う口を聞くんじゃ!!」

 

 いや、春雨ちゃんじゃなかったら誰でもそう返すと思うけど。

 春雨ちゃんは、出撃がないので一緒に付いていく!と聞かなかったので連れてきた。ご挨拶したいとか言ってたけど、いやしなくていいから。

 

「それで龍城よ、今はどうなんじゃ?ちゃんとやってるか?提督になれるか?」

 

「ちゃんとやってるけど、提督になるにしてもまだ先の話だぞ。そんなにすぐなれるわけねぇだろ、何歳だと思ってんだよ俺を」

 

「これだから半人前なんじゃ」

 

「クソお祖父様よりかは階級上でしてよ?逝けば二階級特進で追いつけるかもしれないぞクソジジイ、試してみる?」

 

「「グルルルルルッ!!!」」

 

「あ、あわわ、お兄さん!他の患者さんもいるので二人共お静かに!」

 

「「すまねぇ……」」

 

 ジジイによると、舞鶴まで来ようとしたが、流石に長時間の移動は体に無理をさせたのかぎっくり腰で入院する羽目になった。

 少しでも良くなったら家に帰ってもらおうと思う。ナースさんが結構嫌な思いをしていたらしい……エロ爺とナースさんの組み合わせで起こる現象は、だれでも想像付くだろう?

 

「それよりナースさんにセクハラするの本当やめて、俺まで変な目で見られるからさ」

 

「五月蝿いわい、セクシャルヴァイオレットミコミコナースじゃわい」

 

 なんでテメェが知ってるんだよ。

 ナースさん達には、案の定凄いセクハラしていたらしい。いきなり気持ち悪く抱きついたり、「わし、イ○ポじゃからそのエッロイ身体で建て直してくれんかのう……この眠れる龍をッ」とかほざく。

 最終的に、「わし、まだ子供作れるんじゃよ?」とか言いいながら若くて可愛い患者さん達にもちょっかい出す、典型的なクソジジイだぜ。

 

「まぁいいや、行くよ春雨ちゃん」

 

「え、あ、はい!」

 

「ちょっと待たんかい!久しぶりに会った祖父へもうちょっと孝行してくれてもバチは当たらんだろう!?」

 

「ん〜そうだね、でもほらナースさん達居るじゃん。俺からのサービスと美人ナースさんからのサービス、どっちがいい?」

 

「ナース一択じゃろうがい」

 

「だよね、じゃあお大事にな」

 

「おいいいいいいい!!!」

 

 

 

 ー街。

 

「疲れたわい」

 

「本当に大丈夫なんですか?」

 

「近いんだし急用があればまた呼んでくるだろ、今はちょっと忙しいんだからジジイに気力使ってる場合じゃない」

 

「そう……ですよね」

 

「…………」

 

 惜しみげな春雨ちゃんの目線の先には、カップルがいる。イチャいちゃしながらクレープ一つを分けて食べてる。

 ふむ……長くてあと5ヶ月って所かな。何が5ヶ月かは言わずもがな。

 

「……クレープ、食べる?」

 

「え、いいんですか……?お勉強の方は……」

 

「息抜きも大事だろ?何事も効率とタイミングだし、今からプチデートって……俺とじゃだめかな?」

 

「い、いいえ!そんな事!全く!全然!問題ないです!嬉しいです!!!」

 

「そ、そう?そう言われると嬉しいけど……じゃあ食うか」

 

「はい!!」

 

 本当に嬉しそうだな。前々から一緒に二人で行こうって言ってたので、これはそれまでの埋め合わせ見たいなものだ。

 勉強で忙しかった俺に気遣ってくれたのだろう。

 ジジイの見舞いのついでに感が半端ないけど、喜んでくれている春雨ちゃんを見ると救われる……流石は天使村雨ちゃんの妹だな。天使の妹も天使なんだ。

 

「あむっ……ん〜〜!!おいしいです!」

 

「そりゃ良かったよ。おれも春雨ちゃんと一緒に食べるとより美味しく感じるよ」

 

「も、もうお兄さんたら……」

 

「ハハハ、おれも少しは臭いセリフとか言ってみたりしてな。こうしてると、色んな事忘れられるぜ」

 

「…………」

 

「……どうしたの?」

 

「いいえ……」

 

 会話にインターバルを挟み、俯く顔をこちらへ向けて口を開く春雨ちゃん。

 

「お兄さんは……本当に東京へ行かれるんですか……?」

 

「あぁ、行くよ」

 

「そ、そんな……」

 

「まだ少し先の話だよ。うちらの提督もそろそろ変わって、新入りたちの先輩……俺たちも転属する頃だから、丁度いいんじゃないか?新しい世界も開けるかもだし、一人のキャリアとしては十分だと思うけど」

 

「……春雨は、お兄さんと離れたくありません」

 

「俺もさ。ここの奴らはすげーいい奴らだし、鎮守府の奴らも後に黄金期って呼ばれるかも知れないほどのモノを持っている。俺は、東京で提督になって、きっとまた春雨ちゃんたちに会いに来るから。それまでは、な?」

 

「……はい……っ」

 

 少し泣いてる。俺と離れるのがそんなに嫌なのか……本当に可愛いな春雨ちゃんは。時雨や村雨ちゃんの事もここに来て、記憶がぶり甦る。

 

 でも、一度やると決めた事は意地でも貫く。それが例え勢いまかせがキッカケだったとしても、そしてどれほど過酷な道のりであるとしてもだ。

 

「……そろそろ戻ろうか春雨ちゃん」

 

「はい……」

 

 そう言って、俺たちは鎮守府へと足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……付いていきます、みんな」

 

 


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