「あ、あの……」
「いいじゃんいいじゃん!彼氏とかどうせうんこみたいな顔のヤツなんだろ?」
「そうだったらマジ受けるんだけどぉ〜。そんな彼氏より俺たちの方が格好いいって!な?」
「わ、私の彼氏の方がカッコイイですっ!」
「そう言う一途な娘マジテンション上がりング〜」
「じゃあこれヒミツなんだけど……実は俺たち、今をトキメク陸軍所属なんだよね〜。君の彼氏より偉いかもね〜」
「り、陸軍……それって……」
「じゃあ俺の方が偉いかもね陸軍さん」
「し、宍戸さん!」
小走りで駆け寄ってきて、リスみたいに俺の後ろへと隠れる村雨ちゃん。
三人のチャラ男にナンパされてる美少女村雨ちゃん、そしてそのイケメン彼氏こと俺が颯爽と現れて「やめろ」と守りに入るシーン。正に王道展開そのものだ。
でも王道じゃない事が一つあって、それは、
『運が良かったねあのナンパクソ野郎共……もう少し遅かったら宍戸くんも含めて男ども全員スパナで殴り殺してた所だよッッッ?』
『ま、まぁまぁ止めに入ったんだしいいじゃん!宍戸っちが軽くヤってくれるって!』
『できない場合は……分かってますわね?』
『はい、お兄さんと村雨姉さんに触ったらあの汚物共をここに埋めますっ』
俺があと少し早く出てこなかったら、時雨にボコボコにされてたので保身のためでもある。あの四人はこの状況で最大の保険だと言える……現役の艦娘は伊達じゃない。そう思うと安心感からか、話す余裕もできる。
「君たち陸軍って言ったよね?階級は?」
「伍長だけど?」
「少尉」
「軍曹でぃ〜ス!」
「バラバラじゃん……まぁでも、階級で区別せずに友情を育めるのは良いことだよ。因みに俺は大尉だから、俺に敬礼してみ?」
「「「た、たいい!?」」」
「しかも舞鶴第二鎮守府所属の海軍大尉。この娘も俺と同じで少尉なんだ。因みに海軍では、「だいい」って言うんだ。いいうんちくになったね君たち」
「う、嘘つけ!証拠見せろ証拠!」
チッ……うるせェハエ共だな。だが、俺は証拠として生徒手帳ならぬIDカードを見せつけると黙り込む。
「で、でも、うちらの先輩の方が階級上だぞ!」
「そりゃ上限つけなきゃそうだろ……大将閣下だって俺の立派な先輩だぜ?」
「で、でもよぉ!」
『何の騒ぎだ騒々しい』
「「「ち、中佐!?」」」
出てきたのは、休日なのに軍服を着たメガネ。雰囲気から妙に滲み出る彼の場への不一致感が、俺の後ろで隠れる村雨ちゃんの手を強く握り締めさせる。
「聞いてくださいよ中佐〜コイツが俺たちの邪魔したんですよ〜?」
「おいお前ら!大尉だか少尉だか知らねぇけど、この人は陸軍中佐なんだぞ!しかも軍人家庭のエリートで、将来元帥も夢じゃないって言われてるんだぞ!すげー人なんだぞ!」
「よせよせ、本当の事を言うな」
確かにそういうエリート的な顔してる。顔は結構イケメンだし、確かにその歳で中佐ってのは魅力的だろう。
「君は海軍大尉とか言ったな?この私にかかれば、貴様の昇進など鶴の一声で止められるのは、承知しているな?」
だが、聞いての通り嫌味ったらしい性格をお持ちのようだ。村雨ちゃんも後ろで隠れながら、俺に抱きつくような動作で牽制している。それ胸当たるからやめて。おうち帰ったらいっぱいしていいよ。
「陸軍中佐殿……確かに、レスキュー隊の重要ポスト任されの身は、相当なる権力を有しているかと推測します」
「……なに?」
今は深海棲艦との戦いに勤しんでいる世界情勢。陸軍の仕事と言ったら、被害にあった地域や他国への派遣任務とか、その体力作りとかーー要するに、今の海軍陸軍を比較すると、完全に海軍の方が目立ってる訳だ。
いい意味での目立ってるって言うのは、主導権はこっちにあるってことだ。昔の言葉を借りて、少し改変するのであれば、今は海主陸従の時代。
「中佐殿……でしたっけ?陸軍中佐殿ともなれば、いち救急隊の隊長と言うところでしょうかなッ?敬意を払いますッ」
「なるほど……貴様は分かって無いらしいなこの私の権力をッ?私は陸軍だが身内に海軍将校がいないとも限らないのだぞッ?しかも将クラスのッ」
「ほっほ〜親頼みですかなッ?七光りとは正にこの事!親の栄光にしかすがれないクソガキを幾度か見たことがありますが、然り然り!」
「……貴様調子に乗るなよッ?親は本当に海軍将校だし、お前の上司かもしれないんだぞこのクソ野郎!礼儀をわきまえろォ!」
「てめぇコソ調子に乗ってんじゃねぇよタコがァ!俺は親の栄光にすがるクソ野郎は大嫌いなんだよ!」
「「グルルルッ!!」」
「あ、あの……!」
村雨ちゃんの介入も虚しく、罵倒の連鎖が続く。そのヒートアップは村雨ちゃんはおろか、ナンパ三人衆でさえも黙らせていた。
手からグーパンが出そうになっても抑えたところは誰かに褒めてもらいたい。
そして暫くすると今まで高みの見物だった時雨達が仲介してくる。
「し、時雨姉さん!?」
「やめなって二人共!問題の本人達は君たちの気迫で声すら出せていないじゃん!公園のみんな怖がってるよ!」
「「黙ってろこの野郎!」」
「あ?」
次の瞬間、頬に拳打が炸裂し、身体が吹っ飛ぶ。同じく陸軍中佐も殴られ、同じように宙を舞う。
見上げたら、般若みたいな顔をした時雨の姿があった。
「……君たちぃ、僕は野郎じゃないよォォォ?」
「ごめん時雨さん、全面的に謝るから許して……すごく痛い」
「クッ……良くもこの私を……!これは軍法会議ものだぞ!クソアマ!!」
「……なんか言ったァッッッ?」
「ひ、ひぃぃぃ!お、覚えておけぇぇぇ!!」
「ま、待ってくださいよ斎藤さん!」
テンプレ的な奴らは退散した。これでこの件は一見落着だ……と思ったら、時雨は未だに落ち着きを見せない。
「全く何なのさあの人たちッ!ナンパしておいてこっちに非があるみたいに!」
「落ち着け……なんて言えねぇ、確かに嫌な連中だ」
「ま、まぁまぁ!悪は去っていったんだし!これでいいっしょ!」
後ろで傍観していた鈴熊や春雨ちゃんも近づいてきて、俺を気遣う言葉を掛けてくる。
「村雨姉さん……」
「って、春雨じゃない!?な、なんでこんな所に……」
「最終試験が終わった後だし、卒業を待つだけからそれまでは少し自由なんだよ」
「村雨姉さん……お兄さんとデートしてたッ」
「ご、ごめんなさい!そ、その、時雨姉さんと二人きりで大阪に行ったのが羨ましくて……」
「村雨ちゃん。せがんで来たらカルフォルニアにでもロンドンにでも行くよ」
春雨ちゃんと時雨の鋭い眼光を宥めーー当然だとは思うが、何故ここに居るのかと質問をぶつけたら、案の定四人は偶然と答えてくる。そう、尾行していた事を誤魔化す時に最適な、奇遇偶然たまたまと言う簡易な言葉。
そして、鈴谷の言葉が発端となり、四人が加わって合計六人でカラオケに行く事となり、村雨ちゃんとのデートは事実上終わった。
終始納得のいかなそうな顔をしていた時雨に、全ての遊び金を持っていかれ、貯金をする漢で良かったなと終盤文句を付けるも、戦艦並の眼力を放つ時雨に勝ち目なし。
明日は月曜なのに呑気にしている暇はあるのかと聞かれれば、答えはイェス。
大規模作戦後、月曜の鎮守府は休みを取る事にしたからだ。
俺を含む整備工作班の数人は、デイリーな点検等をこなす為に残らなきゃいけないのだが、出撃がない分は早めに終わらせられるので、昼までには終わるかもしれない。
陸軍の人たちはそんな時でも厳しい鍛錬が待ってると思うと哀れだと思う。
二度言うが、今は陸主海従ならぬ、海主陸従の時代なのだ。そのせいか、昔ほどではないが仲は良くなく、水面下では疎まれ口を叩きあう。俺たちと村雨ちゃんに引っかかったナンパ野郎どもの一件を見れば一目瞭然。
だから二度と会いたくねぇって心で願い、レンチを主にした工具を使いこなしながら、艦載機と15.5cm連装砲を修理していた月曜の昼頃ーー心の中の願望は、瞬く間に消え失せた。
ー第二鎮守府、食堂。
『第一、第二舞鶴鎮守府……そして第16師団、歩兵第二十連隊の方々との交流を祝して、乾杯!』
「「「か、乾杯!」」」
斎藤中将による乾杯の合図で、大きな食事会が開かれていた。
入り口を開けると、右は海軍、左は陸軍ときっぱり別れた陣形で手に持った飲み物を両陣営は口に含む。
「いやはや!まさか中佐殿があの20連の連隊長殿だったとは!運命には抗えないものですな〜!」
「そのようで。私もまさか、このような形で再会を果たすとは夢にも思いませんでした」
「おぉ、宍戸くんはせがれと知り合いだったのかね?これはいい傾向じゃないか!」
「「ク……そうですねッ」」
まさかあの中佐野郎が斎藤中将の息子だったなんて……本当にエリートじゃねぇかよ!しかも親が海軍なら何で陸軍に行くんだよ?
今日は晴れてて、深海棲艦も出てこないし、とてもいい日だ。
それが仕事をした直後に呼び出されてみれば陸軍様との交流会かよ。
近年、陸軍と海軍の仲を憂いていた海将達はこの社会的風潮をどうにかしようと思っていた所だったと言う。
急すぎって思ったけど、どうやら大阪に行ってる間に決まった事らしい。大規模作戦後が一番お互いに余裕が出来るのに、作戦の事ですっかり忘れてたとか。
でも、俺にとっては只の交流会じゃない。実は斎藤中将から直々に、この交流を円滑に進めるように頼まれてきたのだ。頼まれちゃ仕方ない事だけど、これはちょっと難しいな……何故なら、
「「「…………」」」
交流会つってんのに陸軍は陸軍と馴れ合ってるし、海軍は海軍と一緒に交流してるし、お互いに関わり合おうとしてない。
面倒事押し付けるの勘弁してほしいッス。アニメでも見ようと思ってたのに、仕事が終わって食堂へ来てみれば不純物が混ざってんじゃねぇか。
何あの制服?うんこみたいな色じゃん?俺たちの純白の制服に掛かるから近づかないで欲しいなッ!
とも言ってられないか……引き受けちまった以上は、陸海が仲良く話し合うぐらいの雰囲気を作らないと。
「…………」
『……フフ!』
遠くの席から鼻で笑う時雨。そして隣で座る鈴熊、村雨ちゃん達や、昨日お泊りした春雨ちゃんも一緒に俺の方を見ている。
ここには第一鎮守府の大佐や蘇我提督や中将も座るVIPな席で、俺がここに居るのは珍しいのだろう。
ただ、時雨は知っている。俺がクソ共とのクソみたいな面倒事を頼まれている事に。
ん〜どうしたもんなんだろうか?
「20連の方々には人見知りが多いようですな!どれ、ここは自分たちで盛り上げるとしましょうか!」
「……宍戸大尉、余計なマネはしないで頂き」
「テメェの部下達への監督不行届でこっちの村雨ちゃんがすげー不快な思いしたのを中将にバラすぞコラァ……?」
「な……ッ!?」
「お前の親父の前でいい顔したかったら俺に協力しろよ?中将から直々にお前らとの仲取り持つよう頼まれてんだからよォ……?」
「な、何故貴様などに……?」
「いいからッ!部下の件は黙ってやるからよ、その代わりに陸軍の人達にもっと海軍と話すように言ってくれよぉ。これで俺たちウィンウィンな関係じゃんか?な?」
「クッ……まぁ確かに、交流会の意を成り立たたせるには、今のままでは少し間が悪い……致し方がないか」
俺が海軍へ、コイツが陸軍へお互い交流を持つように説得する段取りとなった。クソメガネが七光り野郎のお陰で助かったわ。
……よしッ。個人的には気乗りしない事だけど、なんとかするか!