整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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俺はやっと提督に……

かなり昔、蒙古国という日本の息がかかった国が短い間だが建国されていた。

 そこから来た将校は、日本に留学した後、日本が気に入り、日本人の妻を娶ったという。

 大戦中、いち早く国を見限った彼は、妻と渡米を決行し、そこで小さな雑貨店を開いたという。

 大戦後ということもあり、日本から来たことも隠し、妻の名も変えさせて暮らした。

 

 ……というのは、既に他界した本人たちから聞いた話ではなく、父から伝承として語られたので、本当のところはどうか分からない。

 ただの日本人で、名前を偽っていただけかも知れない。

 だが、その子供はモンゴル系の名前のまま市民権を得て生誕した。

 その子供であるアメリカ元帥は後に旅行してきた、美しい女性と出会い、結婚した。

 

 んで、俺が生まれたってわけ。

 

 しかし親父はゴミで、異性関係に極めてルーズなクズだった。代々妻を大切にできない血統なのか、祖父の二人も度々浮気をしていたらしい。

 

 結果的に離婚する事になったが、親権は母に渡って、ついでに日本に渡る。

 日本に来てからまもなく母は深海棲艦の攻撃で命を落とたと祖父に言われた。その母方の祖父と一緒に暮らし始めたが、この爺もかなりのスケベ爺で、教育者だったとか言ってるけどまったくその面影がない。

 だが、爺には感謝している。

 提督という、彼がなりたかった夢を俺が叶える為、昔から勉強だけはできた俺が猛勉強を重ねて兵学校を卒業するまでの道のりは、あまり楽しくなかった。

 とにかく自分の手を汚さないタイプだった俺は、客観的に見ても嫌なヤツだった。卒業後はある程度勤務してから政界にでも転身しようと考えてたけど、その道を辿ったところで、本当の意味で仲間だと思えるヤツなんてできっこない。

 

 時雨と出会ってからは路線を変えた。

 時雨とは最初、当然ながら他人行儀な付き合い方をしていたが、昔はもっとおとなしめで、控えめで、物静かな雰囲気だったんだけどなぁ……村雨ちゃんも、結構意味深な事ばかり男どもに言っててね。

 

 正体が分かっても、俺自身を見て納得してくれる仲間がいるのは本当にいいことだ。

 

「そうか……いや、ある程度理解はしているつもりだったんだが、君も辛い思いをしてきたんだね……」

 

「辛い思いなどは、今生きている全人類が乗り越えている課題です。自分が望んでいる場所に辿り着けた自分は、幸運であり幸福だと言えるでしょう」

 

 佐世保鎮守府の控室で、まだ斎藤長官と話し合う。

 昨日は挨拶もないまま行ってしまったので、それについてのお詫びと、ドグソドルジ元帥についての話についてだ。

 彼からも話があると言われたので、ちょうどタイミングが良かった。

 

「…………」

 

 そして、親潮もいる。

 

「すまないことをしたね……まさか、君がそれほど彼を嫌っているとは……」

 

「そういうわけではないのですが……まぁ身の上話はこれぐらいにしましょう。親潮さんを連れてくる予定はなかったのですが、大丈夫ですか?」

 

「構わないよ」

 

「ありがとうございます、長官……」

 

「じゃあ、今度は私から話す番だね。君が心変わりをしていないのならば……の話だが、君のキャリアについて話そうか。もちろんこれは好意的な話であって、君がアメリカ軍高官のご子息だからとか、そういう理由じゃないよ。その情報だって、あのお方から最近聞いただけだしね」

 

 長官が指したテレビ画面に映る女性を親潮と見る。

 

 あ、あの御方は……!

 日本海軍のトップなんて目じゃない……絶大な発言力と影響力を本当の意味で持っていると言っても過言ではない。官僚襲撃事件から、長らく代理政権が任されていた頃、台頭してきた一頭星として名高く、海軍勤務当時でも、かなりの武勲をお立てになられたという。

 

「り、龍驤首相!?」

 

「まぁ、大淀総長とも付き合いが長いらしいしね、大淀総長なら、結構前から知ってるんじゃないかな?」

 

 お、驚いた……まさか俺の名前が、あんな人にまで届いているなんて……! あんな素敵で気さくで美人な人に……!

 

「すごいです司令! 凄いですよね、長官!」

 

「そうだね、でもだからこそ、君にしてほしい事があるんだ」

 

「な、何でしょうか……ま、まさか」

 

「あぁ、君が目指すのは……」

 

 ……よくよく考えてみれば、俺は沖縄作戦を成功させて、長官なら知ってると思うが、永原少将との仲を取り持った形跡も見過ごせないだろうし、そんな中、俺という存在は、多分海軍のパイプとして絶大な影響力と力そのものとなっているのでは?

 と、自画自賛してみたり?

 でもね、俺はこれまで、ヤバい内部事情を幾つも見てきた。

 

 だから、そろそろ佐世保鎮守府の一、提督とかになってもいいんじゃないかな?

 

 あるいは、永原少将の沖縄副司令官とか……?

 

 または、どこか他の鎮守府の司令官……?

 

 どちらにしても……昇進? 進級? 任?

 

 やべぇ、好意的に受け取りすぎて汗が出てきた。

 

 

 

 

「宍戸大佐、もし君が良ければ……」

 

 ようやく、俺は提督に……!

 

 

 

 

「アメリカ海軍戦略大学に入学してくれないか?」

 

 ……は?

 

「……え、俺、てっきり、昇進して提督になるとか、そういうのだと……」

 

「いや、もう君は十分早く昇進してるし、これ以上はちょっと……」

 

「司令、私もどうかと思います……」

 

 天下に名高い斎藤長官も昇進こんなにせがまれたら困り顔にもなるわな。でもコッチもいきなりすぎて困るんだよ、なんでまた急にそんなこと……?

 

「お見苦しい事を言いましたすいません。しかしなぜ突然アメリカの大学などに……」

 

「昨今の情勢からも見てわかるとおり、今は外国との摩擦が生じて、国際情勢が極めて敏感になっているんだ」

 

 そんな状況で俺を送るなんて普通の人の思考回路じゃないぞ。だが、ある程度予測はできた。

 

「……つまりは、米国に赴き軍人外交をする必要があると言うことですね?」

 

「話が早くて助かるよ」

 

 俺が助からないんですけど。

 

「まぁそれは目的の半分と言ったところなんだ。もう半分は、海軍戦略大学に入学させることそのものだ。海外での経験が多くても、軍教育のために海を渡る人が少なくてね……一人でもそういう人間が海軍にいると助かるんだよ」

 

 俺は後に、入学の件はアメリカ元帥からの推薦……オファーであったことが判明する。あちらとしては意地でも俺をアメリカに引きずり込みたいらしい。

 

「失礼な物言い大変恐縮なのですが、外交はそれに似合った人物がもっと他にいるのでは?」

 

「何を言うんだ! 君はあのアメリカ海軍元帥の息子で米国生まれ、学歴もキャリアも申し分ない、現状を考えても外交官としてこれほど適切な人材はいない! それに、君はこういうのには専門的だろう?」

 

 専門どころか専門外なんですけど。

 

「し、しかしあちらに入学するにしてもかなり先の話になると推測しますし、何より入学に際しては……」

 

「両国の高官の推薦がなきゃだめだと言いたいのかい? それこそ何を言っているんだ!? 私とあちらの艦隊司令長官がいるんではないか!?」

 

 よくよく考えたらこの人たちって本来気軽に話していいタイプの人たちじゃないんだよなぁ……人脈って多ければいいと思ってたけど、こんな面倒ごと頼まれるんだったらいっその事ここで親潮にセクハラして断ってやろうか? 軍人としてあるまじき行為、絶対幻滅するから。

 

 それに、よりにもよってアメリカかよ……ホームタウンに帰ってこいってこと?

 

 断らないと。

 

「小官にそのような大役が務まるかどうか……いささか、不安でなりません」

 

 一応断っているつもりなんだけど、長官はどうやら俺が謙遜をしているように見えたらしく、強く押してくる。

 

「大丈夫だ。あっちで取るコースは君が選んでもいいし、何より入学は早く済ませてくれるそうだよ? 君の父君は『入学する時は言ってくれ! ウェイティングリストにいるヤツをユナイテッドエアラインみたいに引きずり下ろしてやるから! コッチに直接お土産渡しに来てくれるんだったら下したい人種も選ばせてやるぞ!』と言ってくれたからね」

 

 余計行きたくなくなった。

 あと艦隊司令がそんな権限あるわけないだろ。

 

「……実を言うとね、私の倅も入学させようとしているんだが、現在の情勢のせいで、何かと心配でね……」

 

「え、斎藤司令が行く学校の下見をさせたいってのが本音ですか!?」

 

「ち、違うんだ、それはほんのおまけ程度だよ。まぁ、入学する時期が重なり合う可能性もあるから、その時はよろしく頼みたい」

 

「…………」

 

 ……キャリアアップと学歴向上と任務の達成ができて、俺個人としても万々歳な提案だが……これも提督までの道のりの一つとして数えればいいのか?

 

 日本を離れるのは辛い、でも、斎藤長官としては、これが一番いい選択だと思っているんだろう。

 元々は学歴志向主義だった海軍じゃないくても、学歴は大事だし、今後、日本海軍でやっていくに連れて、海外の大学で勉強してきたというのはかなり大きなメリットで、歴史的に見ても、実はかなり昇進に関わる。だから、いち早く提督を志すのであれば、学校とキャリアを交互に積み上げるのが最も早いはず……俺のは多少、例外があったけど、海軍から金が出るらしいし……だが。

 

「…………」

 

 斎藤長官、ガチで俺に行かせたいらしい。

 かなりキラキラした目だ。

 国内での俺のアメリカ軍高官との関係性はなんとかして誤魔化すから! と付け加えた辺り、なんとかしてくれるんだろうと信じている。アメリカに行ったら卒業まで帰ってこれないというわけではなく、何ヶ月間かの休暇と、定期的に帰る事ができると言っているので、俺のキャリアにとってはこれ以上にうまい話はあるか?

 

 しっかし、アッチに行くとなると、しばらく帰ってこれないのが本当に難点だし……このままだと外交官としての道を歩みそうで怖い。

 

「……もしかして修了後の役職を気にしているのかい? 大丈夫だよ、その頃にはちゃんと用意しておくから」

 

「え、ほ、ほんとうですか……!?」

 

 て、提督、とか?

 

「あぁ、日本大使館の駐在武官、帰ってくるのであれば、時期的には軍務局か軍令部の課長職とか、大学校の戦略研究部の職員とか……君には苦労をかけるんだ、これぐらいは融通を効かせないとね」

 

「…………」

 

 俺が提督になる日は、まだまだ先のようだ。

 

 


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