整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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ストーカー2

 

「……と言うことなんです」

 

「なるへそ」

 

 初対面でストーカーとか言われたから聞いてみたけど、やるやつ実際いるんだな。

 

 誰かは分からないけどストーキングしているヤツは、街を出る度に尾行されて付け回して、挙句の果には春雨ちゃんへ脅迫と愛(偏愛)の手紙を送りつけて来たらしい。時には春雨ちゃんの隠し撮り写真を送りつけてきたり、時には髪の毛を送ってきたり、時には電話を変えなきゃいけない事態にもなったが、それでもストーカーがやる行為チェックリストは埋まり続けている。キモイ。

 ルームメイトの夕張、綾波はなんとかソイツを突き止めようとしたが、未だに正体すら見つけられず。

 ただ警備府に居る限り被害がないので、ここの提督は外を出ないようにする事を勧めてきたらしい。その事もあってか、最近は外出もしていなく、精神的に追い詰められていたらしい。そんな状況で良く試験合格出来たな春雨ちゃん。

 言う必要もないが、警察は無意味だ。

 

「これっていつから始まったの?」

 

「えっと……確か数ヶ月頃からです。ただそれも春雨さんが気付いただけなので、実質的な期間は……」

 

「なるほど……でも毎回出るたびに必ずし遭う訳じゃ……」

 

「それが必ず出るらしいのよ、何故かは分からないけれど……だから、警備府の外を一人で出歩く事もできないの。捕まえようとしてもすぐに逃げられちゃうし……」

 

「んん……」

 

 俯く春雨ちゃんの隣に座る横の二人がそう証言し、暫くの間は沈黙が部屋を包む。急に抱き着いてきたのは、やっぱりそういう事への心細さもあるのか。そういう事だったら納得。

 部屋に留まる沈黙が耐えられなかった……って感じ、じゃないな。時雨は握りこぶしを作りながら、言うべくして言う。

 

「宍戸くん、僕さッ」

 

「わかってるよ、とりあえず落ち着けって」

 

「……宍戸くん、今ふざけてるほど余裕ないんだけどッ?」

 

「大丈夫だから、時雨」

 

 妹を害する者が陰湿な行動でその身を今でも潜めている、その事を聞いて落ち着けるほど時雨は薄情じゃない。

 俺もお兄さんと慕ってくれる春雨ちゃんがこんな目に遭っていて、腹が立つ。でも現状を打破する有効な手立ても無い訳だ。

 

「……とりあえずさ、レストランにでも行かない?」

 

「っ!宍戸くん!!?」

 

「夕張や綾波も一緒に行ってもらえると嬉しいけど、どうかな?」

 

「春雨が行くなら勿論行くわ。でも、この話を聞いた後で出てくる提案としては、少し複雑ね……」

 

「気持ちは分かる。でもこのまま外に出れなくなるのは、今後の春雨ちゃんにとってダメージがでかい。荒療治かも知れないけど、もうすぐ艦娘として配属されるんだから、このまま引きこもってちゃ駄目だ。もし見つけたら俺が捕まえてやるから」

 

「ほ、本当ですかぁ……?」

 

「勿論。俺の大切な春雨ちゃんをここまで追い詰めた罪はでかいぞ?」

 

「宍戸くんのじゃないけど、春雨にそんな事するヤツは僕達が張り倒すからッ」

 

「姉さん……お兄さん……!」

 

「そうと決まれば外食だ。俺たちは後から行くから先に行ってて」

 

「え……?」

 

 一緒に行ってくれるんじゃないの?って顔してる。時雨もどんでん返しを食らったような顔でこちらを睥睨する。

 

「時雨行こうか。じゃあみんなまたレストランでね」

 

「は、はい……」

 

「ちょ、宍戸くん!?」

 

 

 

 ーレストラン

 

『ハァ……あの人って本当に春雨が言っていたあの優しいお兄さんなの?』

 

『確かに少し素っ気なかったですね……あ、で、でもきっと何か考えてるに違いないですよ春雨さん!』

 

『大丈夫、姉さんもお兄さんも良い人だから……信じてる』

 

 

 

 

 そんな会話をしていそうな春雨ちゃん達は、レストランの二階の窓側にいる。そういう所からストーカーは写真を取るのに懲りていないのか?とか普通は思うだろうが、多分春雨ちゃん達が何処にいるかを一目で分からせるためだと思う。

 配慮の仕方が優しい、故に文字通り一目で座ってる位置が分かった。そんな春雨ちゃん達をレストランの外から見る俺たちは、丁度そこに続く車道を渡ろうとしていた所だった。

 

「宍戸くんってさ、少し妄想が豊かすぎる所あるよね?」

 

「は?なんでだよ?」

 

「春雨の部屋に盗聴器があるかもとか、普通の人は考えないよね?」

 

 必ず何かしらの形でストーカーに遭うんだったら、まず警備府内の人間を疑うだろ?あの部屋の会話盗聴されてたらと思うと気持ち悪くてさ。確かに、長い期間を一緒に過ごした仲間を裏切りたくはないとは思うけど。

 だから先立って警備府内の人間に声掛けて、舞鶴第二鎮守府への勧誘も兼ねてストーカーの事も聞いていたんだ。

 

 べ、別に勧誘がメインって訳じゃないさ。春雨ちゃんの方が大事だしぃ?提督になるために春雨の糞ストーカーを野放しにするほどゴミじゃないし?

 

「まぁ結局、盗聴器なんてなかったから只の宍戸くんの妄言になっちゃったわけだけど」

 

「言ってろや!想像力は知識より大事なんだぞ!」

 

「はいはいアインシュタインアインシュタイン」

 

「まったく……ん?なんだあれ?」

 

 ふと目についたのは、歩き回る人の中で唯一立ち止まっている者だった。そんなのは普通見逃すだろうが、少し怪しさを持った人間の動きと言うのは、説明出来なくとも怪しいと断言できてしまうものである。

 時雨の腕を引っ張って一緒に近づくと、その人物は建物の間のスペースに隠れるような動きをしてる。

 

「ハァ〜〜、相変わらず可愛いなぁ〜〜〜!」

 

「お努めご苦労様!」

 

「うお、びくったァ!?だ、誰ですか貴方?」

 

「俺は海軍所属の者なんだけど、君も海軍だよね?その腕章って確か憲兵団の……」

 

「あ、はいそうです。憲兵もですが、海軍士官学校の学生でもあって、あの大阪警備府の所属です」

 

「そうなんだ、こんな時間までお努めとか本当にご苦労だな」

 

「まぁこれが仕事なんで、文句は言えないですけど〜ははは」

 

 後ろに付いてきてる時雨の目線は憲兵の手元にあるカメラにあり、俺もそのカメラが気になって仕方がなかった。

 

「所でそのカメラは大阪の街を写すための?」

 

「はいそうなんです。治安等の確認もありますが、ちゃんと憲兵としての仕事をしていると言う意思表示みたいな物なんですよね。いい写真が撮れたらホームページの画像として使われたりするので、無駄ではないんですけどね」

 

 数打てば当たるとはその事なのか、憲兵達が撮る写真にはたまにとても芸術的な物が紛れ込んでいる事もある。

 最近では憲兵達だけの写真コンテストまで出てくるほど、モラルが高まっているらしい。なのでフォトグラフィーを学んでいる人は憲兵団に入る時ちょっと有利になる、と言う不思議現象が起きている。

 

「なるほど。確かに憲兵さん達の撮った写真って結構多いもんね。夜景とか日常風景とか……でもやっぱり一番撮りたい写真って言ったら、可愛い女の子だよな!ほら、あのレストランの二階の桃色女子とかすげー可愛くない?」

 

「あ、わかります!?あれ実はうちの彼女なんですよ!本当は彼女だけを被写体にしたいのに仕事で出来ないんですよ〜。まったく困っちゃいますよね〜」

 

 ……ん?

 

「彼女なら被写体になんて幾らでも立候補してくれるんじゃないの?連絡とかちゃんと入れた?」

 

「それが駄目なんです……電話をしても何故か怖がられて切られるし、愛の言葉を書いた手紙はポイされて……自分の髪の毛を送ったりして、愛を確かめたいって送ったのに返事がなくて……」

 

「なるほど〜……と言うか、春雨ちゃんと君の仲をもう一度確認するけど、彼氏彼女の関係なんだよね?」

 

「当たり前です!!あんなに可愛い笑顔を俺に向けて挨拶もしてくれるんですよ?だから俺たちは相思相愛なんです。ただ、今ストーカーをしてるクズ野郎がいまして、それで最近は元気がないんです……」

 

「ほうほう」

 

「ストーカーとか最低ですよね!そんなヤツは俺がぶっ飛ばします、俺の春雨ですから。それなのに、春雨は何故か彼氏である俺の胸に飛び込んで来てくれません……おかしくないですか?」

 

 

「うん、なにもかもおかしいねッ。時雨、こっち路地裏だって」

 

「わかったよ宍戸くんッ」

 

「え、ちょ、うああああああ!!!」

 

 

 

 ー路地裏

 

 コイツが挟まっていた細道の先には路地裏があり、一坪、ニ坪程度の開いた面積があった。こう言う入り乱れて建てられた建築物の真ん中には必ずあるようなスペースだ。

 そこへ時雨が奥へと引っ張り、俺もその後をついていく。レストランに入ったばかりで申し訳ないが春雨ちゃん達には俺達の場所に来るようにメールで指示する。

 

「まさかこんな早く変態ストーカー野郎に出くわすとは思わなかったよ……僕の妹にこんなクレイジーなサイコでクソみたいな事するなんてね、覚悟できてる?」

 

「い、いもうと……って事は、お義姉さん!?」

 

「君にお義姉さんとか吐き気がするよッ!」

 

「あウンッ!」

 

 既に倒れてるストーカーくんの腹に、痛そうなサッカーキックが入る。気持ちは痛いほど分かるが時雨は今にも殺しそうな勢いなので、自制させなきゃ春雨ちゃん達が来る前にコイツが肉片になっちゃう。

 

「落ち着けよ時雨」 

 

「落ち着いていられるように見える……ッ?」

 

 あ、怖い。

 

「春雨ちゃん達がここに来るからさ、それまで逃げられないようにしておくのもお姉ちゃんとして大事な事だと思う」

 

「……命拾いしたねェッッッ」 

 

「ひ、ひいいいぃぃぃ!!」

 

 普段暴力的ではないけど、やる時はやるって感じの時雨は女子力低くて男子力高い。俺的にはとてもポイントが高いが、自制を忘れる時のストッパーが必要なのは難点だ。

 

「お兄さん!!」

 

「おぉ春雨ちゃん来たか。ストーカーくん、ちょっとした裁判ごっこするから、証言とかするんだったら今だぞ」

 

「あ、え、あ、その、えっと……」

 

「…………」

 

 到着した三人はストーカーを睨みつけ、春雨ちゃんは一歩近づきながらしゃがみ込む。

 

「……あの、憲兵さんですよね」

 

「……はい」

 

「なんで……こんな事を?」

 

「え、えっと…は、春雨さんが……そ、その……えっと……とてもみ、魅力的で、その……」

 

 さっきとは打って変わって滑舌が悪くなり、座り込みながら後退りする。例えクレイジーサイコストーカー野郎であっても、好きな娘を前にすると動揺するんだな。

 

「そう、ですか……」

 

 

「春雨さん、この人……」

 

「どうする?私達にしてほしい事があれば言ってね」

 

「多少暴力振るっても不可抗力って事で許してもらえると思うよ?警備府に広まってるストーカーの犯人としては許容範囲のはずだよ」

 

 少し目を瞑る春雨ちゃん。暫くしてその口を開く。

 

「……いいえ大丈夫です。この人を警察へは連れていきません。誰か分かっただけでも嬉しいです」

 

「「「え!?」」」

 

「正気なの春雨!?コイツに散々付け回されて辛い思いしたの忘れたの!?」

 

「春雨が暴力を振るえないって言うんだったら僕が……」

 

「待てよ時雨、少しは妹を信用しろよ」

 

 春雨ちゃんは考え込んだ末に出した答えは、許す事。ストーカー行為をしていた憲兵くんをこれ以上咎めず、今後何もしなければ今まで通り接するとの事だった。

 

「気持ちは分かりますし、春雨の好きな人にも多分、少しだけ過剰な愛情表現で引かせちゃうかも知れません……だから、これ以上私は貴方を咎めたくはありません」

 

「は、春雨……さん……うぅ……!!」

 

 そして最後に見せた聖母のような笑顔。その顔だけで、心の清らかさが身に沁みてくるような感じがする。

 感動した綾波は同じく涙し、物足り無さを感じながらも親友の慈悲にやれやれと言いながら納得する夕張、そして物足りなさ過ぎて空いてる場所でシャドーボクシングを繰り返す時雨。これが本当の三者三様である。

 

 そんな事を考えていると、春雨達が俺の前に立つ。

 

「宍戸さんはもしかして、ストーカーさんを見つけるために別行動を?」

 

「え?」

 

「綾波が聞いた通りよ。宍戸さんが先にレストランに行ってろって言ったのって、突き止めるためじゃなかったの?」

 

「え、あ、いや」

 

「お兄さん……本当、なんですか……?」

 

「……あぁ。春雨ちゃんもそうだけど、こう言う問題は卒業する前に片付けておかないと大なり小なり、記憶に一生残り続けるからね。春雨ちゃんの事を思ったら体が勝手に……ね?」

 

 嘘です、たまたま見つけただけです。

 

「お兄さん……!!」

 

「うおっと!」

 

「お兄さん大好き……!!」

 

 大袈裟な事を言う春雨ちゃんは俺の胸に抱きつく。俺は優しく頭を撫でながら、こっそりと頭の匂いを嗅ぐ。

 思ったけど、匂い自体は普通のシャンプーなのに、女の子の身体から匂ってくるとなんでこんなに興奮するんだろう?

 

「お兄さん……!」

 

「ちょ、苦しい」

 

 

「……それにしても、春雨が男の人に抱きつくなんて相当ね。まぁ彼なら、分からないでもないかな?」

 

「見直しましたか夕張さん?」

 

「ふふっ、結構ね」

 

 

 なるほど、俺は今イケメンモードなんだ。春雨ちゃんへの邪念を察知されないように、イケメン系の平然を装う俺であった。

 

 

 

 

 ーレストラン。

 

「「「舞鶴第二鎮守府へ?」」」

 

 だが、ストーカーとの事件があっても俺は仕事はきっちりこなす男だ。レストランに再度足を運ばせ、本題である舞鶴へ来るように頼む。

 憲兵ストーカーをあのまま放置していても大丈夫なのかって?時雨が鬱憤を晴らすのに使ったから、多分二度と抗えないだろう。

 それに、ストーカー事件ってのは腹を割って話せなかったり、話さなかったりするのが一番の原因だと思う。まともに話せないからストーカーになるのは分かるけど、第三者を巻き込んでの話し合いも大事だと思う。

 

 

「行きます」

 

 春雨ちゃんは即答である。

 

「まぁ行きたい鎮守府なんて無いし、私も良いわよ」

 

「綾波もオッケーです!既に知り合ってる人がいれば心細くないですし!」

 

「ありがとうみんな!俺もできるだけそこへ配属されるように手配しとくから」

 

「はい!よろしくお願いしますね、お兄さん!」

 

「おう!」

 

 声を掛けた候補生たちの分も合わせると、とりあえず第一関門は突破できたはずだ。育成プログラムでは海軍大学校とかの教育も受けるとか聞いたから、ある程度の予習はしておく必要がある。

 出される大将や中将の無茶振り……じゃなくて試練に対応するべく、心構えはしっかりと。まだ公表されていないこの育成プログラム……どんな事が待ち受けているのか、わくわくと気ダルさが入り交じる。

 

 さて、次は何が来るのやら……気が滅入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふふふっ……やっぱりお兄さんは優しいですね。

 

「……?どうしたの春雨ちゃん?俺の顔がカッコ良すぎて見惚れちゃってた?」

 

「宍戸くんに虫がついてると思ったらデフォルトだった」

 

「テメェに聞いてねぇんだよ時雨オラァ!!これ虫じゃなくてホクロですゥー!」

 

「ふふふっ、素敵ですよ?お兄さん……」

 

 私が困ってる時は何時も助けてくれて、いつも優しい笑顔を振りまいてくれて、いつもいつも春雨を笑顔にしてくれる……そんなお兄さんの顔が、どうしようもなく頭に残ってしまうんですっ。

 

 もしもお兄さんが鈍感じゃなかったら……もしもお兄さんが、少しでも春雨を女の子として見てくれるチャンスがあるんだったら、春雨もストーカーみたいな事をしていたかも知れません。

 私がされていた事が、まさかあんなに不快感を覚えるなんて……私がお兄さんにしたい事が、まさかストーカー扱いになるなんて。

 だから私はしない、やるとしてもお兄さんに迷惑をかけないようにする。

 

 お兄さんの使ったハンカチ、

 お兄さんの使ったジャージ、

 お兄さんの使ったタオル、

 

 ……舞鶴に行ったら、毎日春雨の宝物が増えていくんですよねっ。

 

 楽しみです!ふふふっ。

 

 

 


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