整備工作兵が提督になるまで   作:らーらん

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九州防衛作戦4

 

 佐世保鎮守府正面海域ーー佐世保湾中央。

 

 俺は連れていた整工班とともに庵崎に艇駐。通信設備の準備も終える。

 補給進路を確保し、敵本隊は迫っていると時雨が通信を傍受したのでそっちに向かい、途中で合流した柱島艦隊と遠征艦隊を再配置でそれぞれ24隻になるように再編成する。別働隊を率いるのは合流したオイゲンさんで、それぞれが敵本隊がいると言われている場所に向かったんだが。

 

『……!』

 

 人形の深海棲艦が、10隻あまりの深海棲艦を引き連れていた。それぞれはエリートと判明した。先端にいる人形の深海棲艦は、多分旗艦であると思われる。

 

 佐世保鎮守府艦隊の一部、及び防衛に入っていた諸港の艦隊を撤退させた敵本隊。

 それでも、あまり傷を負っているようには見えなかった。

 

「あれが旗艦だ、絶対そうだ」

 

「……宍戸くん? あれ、のこと?」

 

 ”あれ”に対してなんのレクチャーもなかったが、何に対して言っていたのか理解していた俺は黙って頷いた。

 人形の深海棲艦は空母ぐらいしか知らないし、他にいるなんて聞いたこともない。だけど、そのニ隻は、その旗艦を挟むようにして編成されている。

 

 遠くの、双眼鏡の向こうの、ほぼ一隻の深海棲艦……敵目標に対して、俺は”倒さなければ”という、ある種の使命感に駆られていた。

 

 それぐらい、先にある敵に存在感があった。

 

 気持ち悪さを感じていた。

 あちらも同じような感覚を持っているような気がしたが、俺とあの旗艦の間に言葉なんて要らない。会話ぐらいはできるのかと、本能的な感覚がそれを感じさせたが、冷静に考えたら、ただただ気持ち悪いだけ。

 

 佐世保鎮守府艦隊の有無や、規約の命令に反していないか、周囲やその先に敵艦隊、あるいは味方艦隊がいないかなどを確かめる前に、ただ目の前の敵を排除する目的で指令を出していた。

 

「オイゲンさんは周囲の敵艦隊を殲滅してくれ! 俺の艦隊は、敵本隊との空戦準備に取りかかれ!」

 

『あ、うん分かった! みんな砲撃準備して!』

 

「こっちも砲撃準備ッ! 敵目標は深海棲艦群を指導する立場にあると思われる! これを叩けば、佐世保鎮守府及び周辺地域への被害を消化させることができるッ! 全員気を引き締めて行けよ!!」

 

「「「了解!」」」

 

 斎藤准将と、柱島艦隊の士気を上げるために荒木大佐へ伝令を出した俺は、目の前の敵……少女のような容姿をした深海棲艦を一点に捉え、指揮を行う。

 コッチには指揮もできる凄腕艦娘であるオイゲンさんもいるから、どちらが優勢かは明らかである。佐世保に被害を出す可能性がある以上叩かなければならない。そして、それが強い敵であればあるほど、ここで仕留める重要性は大きい。防衛作戦をS勝利で終わらせる為に、そしてコイツをこのまま佐世保湾の奥に進行させることで発生する面倒を先へと持っていかないために、ここで決着を付ける。

 

 

 

 ーー深海棲艦群旗艦ーー

 

     レ級

 

 

 

 

 海軍省。

 廊下は静かだが、心の燻りには今まで以上の慌ただしさを秘める士官たちは、海軍の中核を担うだけあり、名だたるエリート揃いの人物たちが受動的に組織の管理の一翼を司る場所である。

 外部の、事実上は隷下の組織として誕生した軍令部は今でも海軍省を支えており、実質的な動きを司る彼らは防衛作戦の過程を見届けていた。

 

「防衛作戦は順調みたいですね」

 

 大淀軍令部総長の言葉に、少し違和感を持ったのか、片眉毛をピクッと上げた斎藤海軍大臣は、冷然な質問を投げかけた。

 

「確かに順調に数は減っているけど、敵艦隊は第二防衛ラインを突破しているし、敵の主力艦隊が佐世保に近いじゃないか。作戦全体の過程は順調と言える段階なのかな……?」

 

「主力艦隊の位置を海軍大臣自らが把握しているとは……いやはや流石と言わざるをえませんね。大淀も頭が下がります」

 

「流石ですね、長官!」

 

「いや明石次官も大淀総長も一緒にこの通信部で作戦の過程を聞いていたじゃないか!? 把握できないほうが可笑しいとは思わないのかね!? というより、若干馬鹿にしているように聞こえるのだがきのせいかなァ!?」

 

「ははは、そうです、気のせいですよ。あ、ほら、第一防衛ラインの深海棲艦の殲滅を確認したみたいですよ! これも作戦を立案した我々軍令部も鼻が高いと言うものです」

 

 長髪を掻き上げながら誇らしげに、しかし爽涼な眼差しでモニターの……その先までも見据えているような表情を浮かべ、決定を求める士官らへ命令、決断を下していく大淀総長。

 斎藤長官にも同様に士官らが押し寄せてきたが、その中で一つ気になる案件が、海軍トップらの後ろ髪を引っ張った。

 

「連合軍の艦隊から小島に残された将兵らの救援を求める声が上がっている、か……連合軍からの救援だと言ったが、諸国政府から声は上がっているのかね?」

 

「いいえ! 人民海軍と米海軍の一部艦隊からの通信であると認知しております!」

 

「そうか……」

 

 士官を退出させ、指を顎に付け悩ましげにする長官。

 

「軍人として唯一政治に関わる事ができる私でも、海外の将兵を救出するかどうか、それまでは一存で決定しかねる……人道的に救いたい気持ちはあるが、どうしたものか……」

 

「ホント勝手ですよね! 自分たちで勝手に出撃しておいて、失敗したらその尻拭いを私達に頼むなんて!」

 

「明石たんの言うとおり! ……しかし、これは使えるかも知れませんね。大艦隊の到来のせいで、反抗作戦の準備に多少遅れが入ったとはいえ、佐世保艦隊と長崎警備府はかなり戦力が温存されている様子ですし、予め各方面には反攻作戦を防衛作戦が終わってから行うとの通告も済んでいるので……ふふふ」

 

 薄ら笑みを浮かべた大淀総長。

 ”無様な敗北を見せた海外の将兵らを救出し、連合軍でも叶わなかった沖縄奪還を果たした日本海軍”というシナリオを作り出す絶好の機会であり、大淀総長はこれを実現する段階にある。

 

 ただ、これだけのトップが集まっていても、名目上の理由で政府の許可、あるいは指令がなければ、本心から助けたいと思っていても、勝手に海外の兵士を救出するのは許可が必要となる。

 救出への例外は多くのあり、そこの方面軍司令官に判断を委ねるのが一般的だが、圧倒的な数に加え、現在の政治状況から、中々判断を下せるものではない。

 

 しかし、この人が加われば成せる。

 

「邪魔するで〜!」

 

「首相!? な、なぜこのような場所に!?」

 

「おう! 大淀に呼ばれたから来てやったんや!」

 

「いや、私はただ頼み事をしたかっただけであって、直接赴いてほしいとは一言も言ってませんよ? 龍驤総理」

 

「はぁ!? 忙しい身でわざわざ来てやったのに、そんなうちに対してなんて言い草や!? それに、なんやその口の聞き方ァ!? 年上敬うのが日本の流儀っちゅーもんやろォ!? もっとうちを褒めんかい!!」

 

 めんどくさい人ですね……と零した大淀総長。

 

 突然スーツ姿で海軍省に入ってきた低身長な女性。彼女こそ、現政権のトップであり、元艦娘の龍驤。元艦娘の首相は過去にも居たが、彼女はよりキャラクター性とカリスマ性が目立つ存在であり、頭の回転の速さも備わって人気である。また裏手には海軍の権力が強まったと批判を受ける身であり、事実、海軍が提案したプランの数々が円滑に動いたのは、首相の存在が大きかった。

 

「それでなんや? 深海棲艦の攻撃から防衛成功したら反抗作戦するんやろ?」

 

「大淀……最初からそのつもりだったの?」

 

「うん。防衛が終わったら反抗作戦を実施する計画を立てていたのですが……」

 

 反攻作戦は敵艦隊の到来で遅れたとはいえ、作戦そのものが撤回されたわけではない、と付け加え、周囲を納得させていた。

 この時点で作戦実施の正確な時間、日付は未定となってしまったが、大淀総長は防衛作戦直後を予定していた。

 

「外国の将兵らは日本領海内に取り残されており、一刻も早い救出が懸念されてます。作戦中にでも予備戦力を投入して助けるべきか、待つべきか……準備のため、それを蘇我提督に伝えるべきか、など、悩んでいたところです」

 

「行ったらええやん、救出作戦も大規模作戦も、準備が万全やったら行けばええと思うんやけど……」

 

「分かりました。そのために、総理には政府側を納得、及びそれらに纏わりつく諸問題の解決と抑制に臨んでほしいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「あいっ変わらず人遣い荒いなぁ〜……まぁええわ、うちに任しとき!」

 

「流石です龍驤さん!」

 

「へっへ〜そうやろそうやろ? もっと褒めて〜!」

 

 小柄な身体でそんなふうにされると余計に子供を彷彿とさせますね……と、他愛もない事が明石次官の脳裏を掠めた。

 

「残る敵の本隊と交戦しているのは……警備府の宍戸副司令の別働隊ですか。流石に突出しすぎていると思いますが、まぁ彼なら問題ないでしょう」

 

「ンン……しかし、敵の本隊はかなり手強いように見えるのだけれど、それでも勝算はあるのかな? あの外国艦達も含めている艦隊だから、連携が取れない等の不具合が起きては彼らの方が損傷を受ける場合もある」

 

 後に、連帯を疎かにしたせいで海外の艦隊が崩壊した事実を聞いたとき、長官はこの時の会話と戦況を鮮明に思い出すこととなる。

 人事を怠っていればどのような惨事となったであろうと。

 

「他の艦隊のみなさんも戦ってたと聞いたので、かなり戦力は削がれてると思います! 宍戸提督以外の艦隊は撤退しちゃいましたけど……」

 

「その柱島にはプリンツ・オイゲン中佐もいます。二人は海軍大学校時代から仲が良いと評判でした。実技演習も教授方の目に高く止まっていましたので、これ以上のコンビは他にないかと思います」

 

「……まぁ、言ってみてるだけだよ。部下を心配するのは当たり前だからね」

 

「そうですね。しかし彼らだけで敵艦隊を討伐するわけではありません。佐世保鎮守府の艦隊も合流する様ですし、明石が言ったとおり戦力は削がれてるはずなので、その間だけ耐えていただければ大丈夫でしょう……では総理、裏方のお仕事の件、お願いできますね?」

 

「裏方とか直球やな。うちはもっと派手で、自分が目立てる活躍がしたいんやけど〜……まぁ、こういう役もたまにはやらんとなっ」

 

 

 


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