ー大阪警備府、廊下。
「んん〜〜未だに信じられないけど、その提督になる為にはしなきゃいけないって言う必死さは分かったさ。でも宍戸くん、事情は分かったけど春雨本人に言ってもあまり意味は……」
「ある、本人が頼み込めば大丈夫なはず」
昨日のビラ配り的な仕事から一変、時雨と俺は大阪警備府の廊下を歩く。
海軍兵学校の機関には艦娘を教育、及び育成する場所がある。しかし練習場所は様々で、横須賀で教育する時もあれば名古屋基地周辺での実務をする時もあるーー必ずする事には変わりないらしいけど。
『艦娘科』と呼ばれている彼女たちは言わば特殊部隊のような教育を受け、訓練や実務やチームワークを物凄く仕込まれると時雨に聞いている。
早ければ二年で前線に出れる艦娘への変身だ。勿論これらは艦娘に適正していなければ、教育すら受けられない。
そんな艦娘科の娘たちは近々横須賀に戻り、卒業式を経て、鎮守府を割り当てられる。
その一人がこの大阪警備府で最後の試験を受けている、時雨達の妹で村雨ちゃんの妹に当たる春雨ちゃんがいる。
春雨ちゃんはかなり昔からの知り合いで、実家に遊びに行った事もあるぐらい知り合ってる仲だ。時雨と村雨ちゃんの実家でもあるんだけどね。
舞鶴で実務訓練を受けている時期もあり、半年ぐらいは一緒だったかな。
時に励まし、時に遊びに行かせ、時に部屋で一緒に遊んだりしてた。時雨たちがいて仲が良かった分、鎮守府を去る時は凄く名残惜しそうだった。
昔は遠くから会いに来てたけど。
ともあれ本題としては、春雨ちゃんをうちらの鎮守府に入れて、その有望な人材その一に数えさせるという作戦だ。
よくよく考えるとその有望な人材ってわざわざ一般人から集めなくても良いよね?海軍兵学校の卒業生も艦娘達と一緒に居るし卒業近いし、こいつ等からスカウトしろって事だよね?説明だと一般人からの入隊者の事しか言ってなかったからてっきりそうだと思ってた。
まぁそのために、舞鶴第二鎮守府へ行くようにお願いさせる必要があるんだけどね。それが上層部に届くかは分からないが、提督になる訳じゃないんだし多分届くだろ。
時雨達が居るからこっち選ぶと思うけど、念には念を入れる。
「と言うかなんで僕まで大阪に来てるの!?用事があるんだった春雨に電話とか携帯とかで……」
「こう言う大事なことは面と向かわなきゃ失礼でしょ?それに、俺だけ春雨ちゃんに会いに来たなんて、すげー不自然じゃん」
知り合っている仲だとしても、最近忙しいのか会ってないし。姉の同僚だからって一人で会いに来たとか馴れ馴れしくない?って思われるかも知れないし、姉が居た方が安心するだろ。それに春雨ちゃんの友達とかにストーカーだと勘違いされたら面倒ごとになるし、社会的に抹殺されそう。
どうしようもないブサイクがそう言って来たら殴るけど、春雨ちゃんは逆ですげー可愛い。男に付きまとわれてるとして納得出来るぐらい。
「でも……」
「帰りに大阪の名物品買ってやるから」
「急ごっ!」
即物的なやつだな……ま、いいか。
警備府の提督にハローして、春雨ちゃんをルックしてるんだけどって言ったらパスしてくれた。
警備府の内装は流石にでかい。大阪を守るだけあって、第一鎮守府みたいなデカさだ。白く塗られた内装、所々に点在する観葉植物……そして、
「ここがあの女の子のハウスね」
「……彼を返して!あとお金返セヤァァァーッ!」
「そんなに強くは言わないけど……じゃ、気張っていくか。いざ春雨ちゃんの部屋へ!」
春雨ちゃんの部屋を前にしてノックする。それに反応してか、中から物音がした後、ドアが開く。
「……あの、どちら様でしょうか?」
「あ、すいません。ここに春雨ちゃんが居るって聞いたんですけど……」
「……貴方、もしかして春雨のストーカーですか?」
「……え?」
え?ストーカーとかガチでいるの?でも出てきた緑髪ポニーテールの眼は俺を凝視している。
見極めるかのようにーー言い変えれば鋭く睨め付けられるが、横にいる時雨を見てなにかを察したのか、眼力は和らいだ。奥にいるポニーテール……じゃなくて、サイドポニーの女の子も同じく鋭かった眼力を和らげてくれる。
「はじめまして、俺は宍戸龍城です。こっちは同寮の時雨で、春雨ちゃんの姉なんです」
「初めまして、春雨の姉だよ」
「あ、そうだったの!?私は春雨のルームメイトで夕張です。ごめんなさい、いきなり変な事言って……」
「いいよいいよ。それより春雨ちゃんがどこに居るか知ってるかな?」
「今は最終実務試験中です!私達はもう終わって先に部屋に戻って来たんです。あっ、綾波は綾波って言います!」
と言いながら、洗うのが面倒そうなサイドポニーテールの綾波が近づいてくる。何というか美少女揃いと言うか、流石は春雨ちゃんのルームメイト。
最終試験に呼ばれている春雨ちゃんは時雨によると実務……つまりは、砲雷撃戦や編成等をちゃんとできているかどうかを確かめる試験らしい。
廊下で疲れ切ったが、達成感を思わせる顔で歩いていた艦娘達を見ればその試験内容が大変なものだと理解できる。
「……ぎゅ」
「うぉ!だ、だれだ!?……って、春雨ちゃんじゃん!?」
「お久しぶりです、お兄さん……っ!」
突然後ろから抱きついてきた娘こそ、俺が探し求めていた春雨ちゃんだ。
プリンのように柔らかそうなほッペのついた童顔、淑やかな桃色の髪、華奢な身体に、小動物的な雰囲気を纏った印象を受ける春雨ちゃん。
その容姿からか度々目を離すと声を掛けられる事の多かった春雨ちゃんは、暫くぶりに会う人間には抱き着く事が多い。
そしてお兄さんとは、俺の事である。
「お兄さん……本当に久しぶりです……すりすりっ」
「あ、そ、そうだね!本当に久しぶり!だ、だよね時雨!?」
「そ、そうだね!ほら、久しぶりに会う姉に言う事はないの?」
「実物のお兄さんだ……」
「……は、春雨ちゃん?」
小声を放つ春雨ちゃんは抱きついたまま、そして時雨の言葉を無視したまま、頬ずりしたり深呼吸したりする。
試験が余程疲れたのか、じゃあ俺の胸を貸そう……と思いつつも、いくらなんでも長すぎる抱き付きに少し不穏な空気が巻き始める。
「は、春雨?どうかしたの?」
「お兄さんだ……」
「春雨ちゃんッ!お姉さんの言葉を無視したらだめだぞッ!」
「え、あ、あの、す、すいません!!ごめんね時雨姉さん……」
「い、いや良いんだけど、そんなに宍戸くんに寄りかかって……試験そんなにハードだった?」
「だって……久しぶりのお兄さんだったから……」
この発言によりルームメイトの二人は少しの間絶句する。
「そうだったんだ……良く頑張ったね春雨。ほら、僕の胸にも飛び込んでおいで」
「うん!……ところで、なんで二人はここに……?」
「最終試験がてらに少しお願いがあってさ」
実務は合格したらしい。筆記の期末も既に終え、思う所は卒業式のみとなった艦娘勢は、これから打ち上げムードに入るらしい。
そんな三人に事情を説明して舞鶴第二鎮守府へ入るよう頼み込むようにお願いする。
本来ならそれだけで済む話なのだが、その前に、
「そのお願いの前に春雨ちゃん、それと二人共。遠回しに言うの慣れてないから直球に言うけど、春雨ちゃんってストーカーに狙われてるの?」
「「「っ……」」」
「……春雨、それって本当なの?」
「良ければだけど、聞かせてくれない?」