喫茶店内に推参する六の人影。
舞鶴第一鎮守府内は様々な施設が揃っている事は、何度も来たことのある俺が知っている。
俺が長い月日を過ごした第二鎮守府よりも広いのは当然だが、第一鎮守府の内部には大きな娯楽施設がある。
まぁどんな駐屯地や基地にも存在するもんだが、ここのは特に大きい。
一般的に酒保と呼ばれる売店の他にも、小さな喫茶店や床屋、更にはネットコーナーも完備されている。要港部には生憎だが酒保と食堂ぐらいしかないが、やっぱりいつ来ても賑わっているのは当然だろうか?
賑わっていると言っても、非番の連中が数人程度いるだけなのだが、流石にゲーセンのノリで喫茶店に来るのはどうかと思う。
つまり静かにさせるためにーーそして何より天龍と、下士官との交流のためにも、そいつらに挨拶しに行かなくちゃいけないのだ。天龍に「話しかけてこい」と肘で突き、天龍が大きく息を吐き、ポケットの中にいる妖精さんを握りしめながら兵士たちに近づく。
お守り代わりに、柔らかい感触がほしいってことなんだろうけど、妖精さん大丈夫かな……?
「よ、よよよう! 調子、どう!?」
性欲に正直な中高生の童貞くんが初めて女子に話しかける図。
「て、天龍さん!? あ、は、はい、大丈夫です……」
「なんだお前ら、さっきの大学生みたいな元気はどうした?」
「「「し、宍戸参謀!」」」
俺に対しては立ち上がり敬礼すんのに、天龍には敬礼してやらないのか……龍田さんを含めた瑞鶴、霧島、榛名の四人は俺たちにお構いなしで売店に行ってなんか買ってるし。
「天龍さんには何時もお世話になってるので……」
「お世話? エッチなお世話とか?」
「オラァ!!!」
「うぉ! っぶねぇなオイ! 今の蹴りまともに食らったら死ヌゾォ!!」
「知るかァ! テメェが下品なコト言うからだろうがぁ!!」
後ろ回し蹴りが半端ないスピードで繰り出されたのもつかの間、俺は仰け反りからのバク転で難を逃れた。天龍って……白いおパンツ履くんだな、グフフ。
「そ、それで、なんの用事ッスか?」
「え? ん〜……あ、そうだ、お前ら何の話ししてたのか単純に興味あってさ。結構テンション高かったじゃん?」
「実はコイツが、ここら周辺の基地で開かれる炊事競技会に参加する事になって」
「ど、どうもッス……」
「スイジ……あぁ、あの料理のヤツ?」
天龍がいう料理のヤツとは、ただの料理大会である。分かりやすく言えば陸軍の料理大会で、今回は海軍が何故か横槍を入れるようにして参加するらしく、審判は日本空軍側の栄養士と数人の幹部や地元住民が担当する。
海軍vs陸軍という再び悪夢みたいな対立が起こる事になるが、元々陸軍同士で競争する部隊単位での対決だったため、鎮守府が作るチームの一つがそれに参加したところで、長年競い合った熟練の補給担当たちには勝てない。
開催の話は知っていた。何故か俺も採点役として呼ばれているからな。
年齢層をバラつかせたいと言っていたが、じゃあその辺の士官にでも食わせろや。なんで俺やねん、これから金剛とティーパーティーでもしようと思ってたのに! 結論から言わせてもらえば、どんな食い物も金剛のティーには敵わなかった。
「大量に作られるのでお溢れが貰えたりするンすよ!今でも調理場の奥で試行錯誤してる別の補給担当がいまして……そしてこっちの予備役、実は栄養士の資格も持ってましてね! そのために今日はこうやって親睦を深めてるって訳ッス!」
「て、照れますって……」
予備役なのに栄養士の資格があるだけで無駄なプレッシャーかけられている優男くん可哀想。つか訓練に来てんじゃねぇのかお前?
「今回のテーマって確か、できるだけ安くて、少ない種類の材料で栄養満点の旨い料理……だったか? 天龍、どう思う?」
「え? ……まぁ、いいんじゃないか? 具材が少くなるのは寂しけどよ、栄養が取れんだったら、問題ねぇと思うぜ!」
「その息だ天龍。一部のレシピが公開されれば世間様の御食卓が一段と面倒くさくなくて済むんだ。それに軍をあげてコスパを重視した料理を考えてくれるなんて、庶民的でいい事だと思う」
「参謀も天龍さんもそう思いますか……」
ついに軍隊という一番見栄をはらなきゃいけない集団が行なう大会でも節約を強要されるようになったか。いや、もとはといえば陸軍の節約は海軍を動かすためのバジェットカットが原因で引き起こされたものである。
つまり、憎き海軍が入る事で結果的に負けたくないという闘争心を燃やし、陸軍同士で争うよりも張り切ることができる……という、地味に陰湿な魂胆があるのだろうか?
炊事競技をしない海軍、と軽く見られたとしてもこちらが勝って海軍の威光を磨くことになる。負けた場合は海軍の顔に泥を塗ることになるが、正直陸軍とのパワーバランスを考えて少しは譲歩した方がいいと思う。
「私達も参加したことあるよっ、試食だけど」
「瑞鶴はよく食うからなぁ……」
「ホントのことだけど! デリカシーって無いの!?」
「俺にデリカシーなんて言葉は通用しない。あるのは、金、暴力、SEX」
「全機爆装! 目標は宍戸参謀と彼の部屋! やっちゃって! っていうかシズメシズメ!!」
「ヤメテヤメテ! 単純に気になるだろうがそのエネルギーがどこに行ってるのかァ!? そのスレンダーボディーの維持の秘訣は瑞鶴選手!?」
「毎日欠かさずに任務をこなすこと! そして胸が小さいのを気にしている人に対してスレンダーとか言う人を駆逐する事でーすッ!」
「おいそれ卑怯だろ!? スレンダーって一番配慮した言葉で、それすら奪ったら瑞鶴の体を表現できないだろうがァ!? そんなに小さいわけでもないし……あ、分かったわかった! 引き締まってるとか、スポーツしてそうとか!」
「胸が引き締まっててスポーツブラしてるみたいって……そんなに死にたいんだ……!」
翔鶴ねぇ! どこにいるの!? 早くその暴走空母止めろォ!!
「瑞鶴やめなさい!……すいません宍戸さん、妹がとんだ迷惑を……」
「いいんだよ、翔鶴が止めてくれたなら、それで」
はは、どこからともなく弓が出てきたときは死ぬかと思ったし、射精するかとおもった。
俺だって死ぬときは、射精するんだよォ……?
「何の話ですか? 盛り上がっていたようなので、興味がありますね」
「榛名、聞いちゃいますっ!」
ハ、瑞鶴が深海棲艦になりかけてただけだよ。
とは話さずに、炊事競技がある事を伝えた。
「なるほど……あ、霧島! こちょこちょ……」
「え? ……なるほど、面白そうね」
ほう、俺の前で内緒話とはいい度胸だな。
俺は内緒話でも聞き取れるぐらいの聴覚を持っているんだぞ? そんな風にしてもすぐに拾え……だめだ、全然聞き取れなかった。
「天龍、担当直入に言いますけど、あなたその料理大会に出てみては?」
「は、はぁ!? なんでオレが料理すんだよ!? だいたい、料理なんてオレのガラじゃねーし……」
「あ、じゃあそれ俺も参加してほしいな。龍田さんもそう思うでしょ?」
「ん〜〜……そうねぇ、面白そうかしらぁ?」
「はぁぁあ!?」
はっきり言おう、君は人と関わらなさすぎる。俺を見ろ、人生のすべてを人脈作るために使ってるようなもんだぞ。俺みたいに自分のお友達を増やす奴が栄達して、一匹狼はどんどん排除されるのがこの世の原理だ。
日本人の集団行動強要理念を舐めるなよ?
電車でスマホイジってなかったら、あれ? なんであの人スマホイジってないんだろ? みたいに思われるからな。
そんな時代という名の電車にすら乗り遅れてしまっては元も子もない。ここで協調性……は元々あるわけだから、後はきっかけを作れば。
「なんでお前らオレを推してるんだよ!?」
「天龍が加わる事は、大会としても、海軍側の部隊としても、いいスパイスになるんじゃないか? 料理だけに」
「「「…………」」」
「ここ笑うところなんだけど」
「「「はははははは……」」」
オッケーわかったっ。俺が悪かったよ。
だからそのドライアイスのように冷たくて乾いた笑いやめろ。