舞鶴に、参謀として着任した頃の話。
「や、やめてください……!」
「いいじゃねぇかよ……オレのこと、見てたんだろ?」
「いやぁ! や、やめてぇ!」
いきなりですが、イケメンさんに言い寄られてますっ!
海軍大将司令長官閣下のいる舞鶴第一鎮守府の執務室……そのすぐ隣にある会議室で、まさかの壁ドン!?
黒光りするイケメンさんの服装は、上を見ても下を見ても、片方にある眼帯ですら黒一色! これは正に”俺はソロでしかやらない……キリッ”という感じの雰囲気を醸し出し、表現するならば中二病の塊!
黒ニーソに包まれた御足と、第二次性徴期に女性ホルモンが色々と成功したんだな~と予測される、所々垣間見えるボン・キュッ・ボンッ! 世の中の女性の半分を敵にしている反面、その殆どを魅了するエロスとイケメン度は、一般男性士官である俺をも包み込んでくれる。
息がかかる度に、イエロートルマリン色の美しい瞳が、俺の心を見透かすように突き刺さり、ほんのりと血色のいい赤面の端正な顔がドンドン近づいてくる。
この、舞鶴鎮守府でも一、二を争うイケメン。
その名は──天龍──。
クゥゥゥッ! カッコウウウイイイ!!!
「ふふふっ、もう良いわよ~天龍ちゃんっ」
「ハァ……すンません参謀さん、いきなりこんな事に付き合わせちまって」
「大丈夫だよ天龍、あと俺に敬語使わないでもいいから」
「それは流石に無礼なんじゃ……」
「CMの練習に付き合ってなんて俺に頼むこと自体が無礼だって知ってた? これから会議なのに……」
舞鶴第一鎮守府の参謀として着任した俺は、参謀の1人として活躍している。
参謀長や提督が来る前に、遠征艦隊の旗艦を任されている天龍から出演するCMの練習をしてほしいと頼まれたのだ。
妹の龍田さんが客観的にみた感想として「天龍ちゃんやっぱりかっこいいわ~フフフっ」らしい。かっこいいかどうかはともかく、演技の出来栄えは見てくれないんですかねぇ……?
会議の前にやっているCMの練習、それはもちろん海軍のPR動画の事である。
川内三姉妹をいちいち表に出すのは流石にマンネリを生むとして、日本海軍をPRするために、舞鶴鎮守府から新しい艦娘とその方向性の変更が決定された。乙女系ゲームに出てきそうなイケメンである天龍さんがチェリーボーイ(ショタ)に壁ドンして「おい、オレんとこ(海軍)来いよ」みたいな感じのCMにしたいらしいが、これ明らかに馬鹿にされるよね?
ネットで話題にされるのはコマーシャル的にはこれ以上にない宣伝効果を生むことになるし、意外性と話題性に関しては随一となるだろうけど……まぁ、俺の進言でどうにかなるわけでもないし、方針を覆せない以上は、成るがままにするのは定跡である。
「それにしても、なんで俺なの? 天龍だったら着任したての俺じゃなくても付き合ってくれる人がいたんじゃない?」
「うっ……そ、それは……」
「天龍ちゃんがね~? ここに着任するときに~、ちょ~っとしくじっちゃったからかしら~?」
「しくじった? どういうことッスか龍田さん?」
「実はね~」
着任した際に、天龍は意外にも海から登場した。
それは近くの要港部からの転属という形だったため海路の方が早かったから……という理由もあるが、単純に艤装や荷物を一緒に持ってくる分、そして何より遅刻してしまったので、着任予定時刻に間に合わせるには出撃する形で来る他なかったのだ。
『おい、お前』
『はい……って、誰っすか?』
『今日着任する天龍と龍田だ、提督に会わせろ』
『は? 何言ってーー』
『いいから会わせろッ』
『ひ、ひいぃぃぃ!!!』
整工班の首元に突きつけられたのは天龍のKATANA、そして何より龍田さんのNAGINATAが、彼らを恐怖に陥れたのだろう。不思議なことじゃない、天龍さんは時間を厳守する艦娘であり、余裕がなかった時の形相は怖かったと、素でも怖い龍田さんが言うんだ。その上、見たこともない艦娘のウェポンが自分の喉元に入りかかったんだ。オシッコ漏らしても、俺はその兵士を庇うだろう。
無事(?)着任しても、天龍は中二病よろしくな性格なのか、ヤンキー気質なのか、とりあえず舐められないようにと色々な人に眼つけてたらしい。
『…………』
『何見てんだアァ!?見せもんじゃねぇぞアァ!?』
『ひ、ひぃぃぃい!!!』
『……フフッ、怖いか?』
『怖すぎぃ! 怖い怖い……』
『……ん? おい、これ落としたぞ』
『ひ、ひぃぃぃぃ!! て、天龍さんだあああああ!!!』
『…………』
それ以降、まともに天龍と喋れるのは龍田、提督、俺を含めた参謀部の一部、そして各艦隊の旗艦の一部だけとなっていた。
天龍自身は仕方がないと諦めていたが、他人の助力が必要ともなれば、普段の態度が実となって返ってくる。天龍自身も強く、その戦いぶりと実績は彼女の強さを数値と戦闘詳報が証明しているため「なんだ、ちょっと怖い人かと思ったら別に普通じゃん」とはならないのが正に悪循環。
そもそも実績と実力があるから第一鎮守府の艦娘なんてエリート集団の中に編成されるのであって、ここに異動になった事自体、自然と天龍と龍田さんの実力は証明されているのだが……まぁそれはともかく。
男相手に練習したいという天龍の思いと、フランクに頼めるのが俺しかいなかった二点を上げれば、必然と人数が絞られ、現在絶賛練習中ということだ。
「は?」
「うぅ……すまねぇ、オレも別に宍戸参謀に迷惑をかけたいわけじゃないんだ」
「いや、迷惑なんて思ってないけど……」
男じゃなきゃいけない理由は、単に天龍が男相手に急接近するという行為に慣れていないからっていう乙女ハートが原因だ。着任時の案内役を務めて以降なにかと縁のある俺に練習に付き合ってほしいと頼まれたのが、会議室で馬鹿な事をしている理由である。
練習ぐらいは付き合ってあげるけど、流石に作戦会議前からこれをするのは気が引ける。
「お、宍戸参謀に天龍と龍田じゃないか。もう来ていたのか」
「ハッ! 今回の会議は重要なものであるとお聞きしたので、遠征艦隊の天龍、龍田と共に対策を練っていた所存です。調整の甲斐もあり、今作戦の期待値は更に上昇しました」
「ハハハ、ジャジャ馬の天龍が作戦にそれほど熱心であるとは驚いたな。まぁ今回は丁度いい。遠征艦隊が重要となる作戦なので、天龍、龍田の二人には頑張ってもらうよ」
「「ハッ!」」
「口うめぇな」と天龍からボソっと聞こえた。
俺を含めた三人の敬礼と共に、彼の幕僚たちがぞろぞろと入ってきて、次々と会議室を占領する。
俺が蘇我提督の代理を務めたときは、俺は末席に座ろうとしたところ、長官の横っていう凄く居づらい位置で聞いていたが、今は堂々と席に座る事ができる。
俺が居た末席には天龍と龍田さんが座り、下から順に第一艦隊から第十艦隊の一部の旗艦、整備工作班班長に加えて、俺と同じ参謀部と参謀長、最後に提督という布陣でテーブルを囲った。
協議するのは、舞鶴で激化しているエリート艦の掃討についてだ。ここで協議するとは言っても、参謀部は既に考えを纏めた作戦案をいつか持って来ている。
それに加えて各参謀と各艦隊旗艦が個人的な意見を持ってきているため、俺の出番は実質的にはないに等しい……はず。
俺の存在はこの鎮守府でも異様なようで、前線で戦っただけでまるで武辺者扱いを受けたり、参謀長の進言よりも意見が通ったりする状況をなんとかしたいと思っていたのだが、着任二週間ぐらいでもう諦めていた。
最初は形式上の目的を「エリート艦の掃討作戦についての議題を審議する」と明白にして、資料とか、作戦案などを読み込む事から始める。
舞鶴第一鎮守府の提督は、要するに舞鶴方面軍司令官であるのは言わずもがなだが、この大将に限っては有能なのだが野心家であり、海軍元帥の座を狙っているらしい。大将にまで登った彼は定年の65歳で退役できるけど、この人は既に64歳なので、個人的には諦めて素直に退役するか、安らかな眠りに付くかしたほうがいいと思う。
未だに元帥のポストは空いているが、定員一人って訳じゃないんだし、誰が元帥になるかとか決めなくても良くない?
全ての情報的な講説を彼の秘書艦が話し終えたところで、本題である「どうやって深海棲艦エリート艦隊を掃討するのか?」の話題に入る。
「参謀長、意見はないかね?」
「勇敢なる全ての海軍士官と艦娘を持って突撃あるのみかと思います」
「うんダメだね、次」
誰かこの参謀長解任しろ。
「プランCは我々参謀部の総意であると進言致します」
「宍戸参謀、これは君が立案した作戦だね?もう少しこの作戦について詳しく聞かせてもらえないだろうか?」
書いてあるんだからそれもう少し自分で読む努力とか……どうッスか?
「現状で過激化してる深海棲艦の攻撃は、一見すれば無差別な攻撃であると見受けられるでしょうが、分かっている中で、我々が仮定した深海棲艦の補給線上内に限定された動きです。同じ場所に攻撃を受けず、一定の場所に攻撃が加えられない事を考えれば、資料にある座標1から3の内のどれかであると推測しました」
「つまりこの三ヶ所を守れば、エリート艦を逃がすこと無く倒せる……ということかね?」
「はい。資料にも更に書きましたが、追撃を実行するならば、別働隊として機動力に優れた遠征艦隊、並びに舞鶴第五艦隊の機動部隊で連合艦隊を編成し、側面攻撃の任に当たらせるのが定跡かと」
「だがそれでは敵の本拠地にある補給資源が……」
提督は多分、エリート艦を倒している間に一気に敵の本拠地を叩く魂胆だったんだろうけど、正確な本拠地の位置が掴めてない上に、エリート艦の動きを見るに前哨艦隊はこれだけじゃないと考慮したのだ。
本拠地にすごく強い敵がいたり、たとえ倒せてもそこが国外海域だったりしたら国際問題にも発展しかねないので、やるんだったら大本営に進言、了承を得てからにしたほうがいいと、あとで言っておこう。
「この作戦の目的はあくまでもエリート艦の撃滅にあり、敵本拠地の制圧は要港部や警備府などとの連携を持ってして実行に移すべきであると、僭越なる具申意見を提督のご裁量にお任せしたく存じます」
「フム……わかった。他に意見はないかな?」
「「「…………」」」
「よし、ではこの作戦をプランCと名付けよう。掃討作戦についての協議はこれで終了する」
天龍と龍田だけでなく、参謀部の人たちや旗艦の人たちも俺に親指を立てて「グッジョブ!」とウィンクしてきた。功に焦る提督と、クソみたいな参謀長を鎮めることができるのは俺だけという状況に、唖然。これでも有能な提督なので、他の作戦を遂行できるもんなら俺の慎重論を汲まなくても良かったんだけどな。
でも一ヶ月の内に、二回の会議が開かれて、俺の意見が二回とも通った事は、この舞鶴鎮守府では大きな出来事なのである。提督が1人の参謀に負けているみたなイメージが下士官たちにまで広がったらたまったもんじゃないし、指揮権のない俺がコントロールするのは悪習である参謀統帥を蘇らせる結果となるので、その後の提督へのフォローの方が正直気だるい。
一重に俺は思った、要港部に戻りたい。
予想以上に早く終わった会議に対して、みんな「帰っていいの?」みたいな顔をしている。
その微妙な沈黙を破るように、提督が口火を切った。
「コホンッ! ……それで天龍、コマーシャルの準備の方はうまく行ってるのかな?」
「え?あ、あぁ、宍戸参謀に色々と手伝ってもらって、うまくいってるぜ?」
「「「っ!?」」」
まるで電撃を浴びたような顔で俺を見る士官たち。横にいる参謀部員が話しかけてきた。そして天龍、せめて提督には敬語を使いなさい。
「あ、あの、天龍の事を手伝っているんですか?」
「え? あ、うん。慣れない仕事だからって、リハーサルのちょっとしたお手伝いだけど……」
「す、スゲェ!! 俺でも天龍には滅多に話しかけられねぇのによォッ!!」
参謀長アンタは話しかけてくださいよォ!?
そのマイク・タイソ○みたいなカラダはなんのためにあるんっすか!?
つかどんだけ怖がられてんのぉ〜? 天龍ってそんなに怖い娘じゃないでしょォォオ!?
「いやぁ、流石は宍戸参謀。あの八丈島では前線指揮を取る勇猛さに加えて、天龍とまで仲良くなるとは……」
「スゲェっす!」
「作戦参謀バンザイ! ずっとここにいてください!」
俺の作戦が通ったことより、天龍と仲良くなったことのほうがこの人達にはビッグニュースだったらしい。
それを考えると、最初に来たときに俺の案内役として天龍を付けた提督は、俺を嫌っていたのかな? 昇進が早すぎるとこうなるんだね、別に最年少ってわけでもないのにさ。
天龍は恥ずかしそうにモジモジして俯いてるし、龍田さんはウフフ、と笑っている。なんだよ可愛いじゃねぇか天龍。
「しかし大丈夫なのか宍戸参謀? 天龍は多少は男勝りとはいえ立派な女性、君にとってはあまりそぐわない役回りなのではないかね?」
「え、どういう事ッスか提督?」
「素敵な男を見ると尻軽男になると聞いたのだが……」
それどっから情報漏れたのか教えろ。
「小官はノーマルですッッ!!!」
「な、なに!? それはすまなかった……」
「……おい聞いたかよ? これだけ穴があんのに一つもケツを試してねぇみたいだぜ?」
「マジかよあの参謀? イケメンに言い寄られてもケツも突き出せねぇとか意味わかんねぇ」
意味わかんねぇのはこっちなんですけど。
「まぁ天龍はこう見えてもスジの通った艦娘だ、これからも仲良くやってくれ」
「ハッ! 力の限り、尽力します!」
作戦会議は解散され、退出していく士官と艦娘の中には会議室に残る者がいた。俺と天龍と龍田さん、そして三人の艦隊旗艦である。
あの金剛の妹で頭脳派火力重視戦艦、霧島。
同じく金剛の妹でバランスの取れた戦艦、榛名。
そして第二鎮守府から昇格した、瑞鶴。
この三人の艦隊旗艦は序列的に他の艦隊旗艦と比べられれば一軍扱いはされないが、三人の力量は一軍と讃えられても差し支えないほど有能な艦娘達だ。
「智謀、感服しました。流石は前線の龍と言われているだけはありますね。尊敬します」
その名前って永遠に付き纏うのか……メガネをクイッと上げながら、ニヤッと笑う霧島。
「榛名も、尊敬しちゃいますっ!」
清純派が両手グーからのガッツポーズを決めた。榛名だっけ?その動きのあざとさは、正に男食ってそうなイマドキ清純派食べごろおま○こ。
「まさか副班長がこんなエリートだなんて思ってもいなかったわ」
「おいおい、侮ってもらっちゃァ困るぜ瑞鶴? 一応これでも、兵学校主席卒なんだぜ? 提督プログラムの大学校では次席だったけど、それだけ有能って事でもあるんだぜ? かっこいいだろ」
「うん、カッコイイと思う!」
多少ツンデレっぽい瑞鶴の普段は素直なところ好き。
「それより、天龍ってなんであんなに怖がられてんの? 着任時の不祥事は聞いたけど、別にすこぶる気性の荒い性格ってわけでもないから誤解とかは徐々に解消されると思うんだけど……」
「あーまぁ、その〜……本人の前で言うのもなんだけど、天龍って古今独歩? 一人狼? みたいな感じで、あまり人と関わろうとしないのよ。それならまだいいんだけど、着任した時の出来事と合わせて相乗効果みたいになっちゃって」
「……フフッ」
なに得意げな顔してんだお前の事だぞ。
「じゃあ龍田さんは?個人的にこっちのほうが怖いんだけど」
「あらっ? あらあら? それはどういう事かしら〜? 詳しく問い詰める必要がありそうね〜?」
「そういうトコォオ!! 色々なモノ切り落とされそうで怖いのォオ!」
「別に切り落とさないわよ〜? 簡単に落としちゃったら面白くないものね〜? ウフフフ〜……!」
ぼく、おしっこもらしますねっ。
「龍田ってけっこう面倒見が良くて、遠征艦隊の駆逐艦だけじゃなくて、色々な人からも慕われてるのよ」
「天龍だってェメンドー見イイだろうがァ!? なに? 眼帯差別!? こんなに素敵な姉御に声かけられて嬉しくないやついるのォ!?」
「が、眼帯差別って……」
天龍は怖がられる経験は豊富でも守られる経験は極めて少なく、「も、もういいよ……」と言いながらも、僅かに嬉しそうなほころびが漏れていた。
「CMの件はともかくとして、このまま第一鎮守府みたなBIGな海軍要塞内が天龍1人を避けてると色々と上手く回らない事も多いだろう。積極的に話題を振って話してこい、俺がついて行ってやるから」
「えっ、い、今からかよ!?」
「いいから! 龍田さんもそれでいいよな!?」
「強引ね~……でも、嫌いじゃないかもね~」
嫌がる天龍の腕を掴みながら会議室を退出したが、何故か後ろには瑞鶴たちもついてきていた。