執務室。
ここは執務室であって警備府役員や艦娘とその知り合いがワイワイガヤガヤするための場所ではない。
鈴熊、親潮……更には夕張、綾波ちゃん、そしてゴーヤの六人が、ここ長崎警備府にやってきた。鈴谷がここに来れた理由も含めて、大淀総長との会話を思い出して、長官のサプライズとはこの事だったのかと納得する。
目の前で恒例の敬礼を済ませた六人に加えて、司令官の玉座である執務室には秘書艦の村雨ちゃんと、参謀長のオイゲンさんと、並びにガンビア・ベイのはともかく、何故か居座っているベリングハム少佐について未だに誰の説明もない。
あの妙に暑苦しくなる目線を送ってくるから苦手なんだよなぁ……ただでさえイケメンって人種は苦手なのに。
「え〜っとね? いま確認したんだけど、やっぱりスズーヤ達はここに着任する予定だったんだって!」
「なるほど、ありがとうオイゲンさん……それで村雨ちゃん、なんで抱きついてるの?」
「なんでもないですっ……」
なんか凄く不安だったのに安心したが、一気に気が抜けたので、腰も抜けてしまったかのようにしがみついてる。わざわざ椅子を隣に持ってきて俺の腕を鷲掴みしてるんだから、相当怖い目にあったんだろうな……まさか、イケメン少佐がなにかしたんじゃ!?
殺す。
本当に何かしていたんだったら、後ろで酸性雨が小刻みに叩きつけられている窓を突き破って投げ飛ばすところだった。
が、雰囲気からしてそういう感じではないのは俺にだって分かる……ホモは嫉妬深い、あの極重の眼光。
それよりも、目の前で頬をハムスターみたいに膨らませている鈴谷や親潮にはどう弁解しようか。明らかに怒っているんだが、久しぶりに見る彼女たちを可愛いらしいと思ってしまう。つか、可愛い。なんかブンブン身体揺らしててもツーンってしてるくせに、構ってほしいみたいな。
面倒クセェ。
「あの、村雨さん? 流石に司令にくっつきすぎなにでは……?」
「すいません……もう少しこのままで」
「はー!? 鈴谷にだってその権利あるでっしょ!? どかないと右腕いただくし!?」
「好きにしてください……」
村雨ちゃんの様子を見て、みんなは引き下がる。
本当にどうしたんだろう? でも不安そうな表情を浮かべていないのを見ると、今のままが一番良さそう……ついでに、左腕に纏わりつく特盛肉球を堪能する口実となるだろう。
「まぁ……なんていうの。来てくれてほんとうにありがとう……多分、作戦のためなんだよな?」
「そうですわ、聞けばかなり大規模な戦力になるというではありませんの?」
国土の一部を取り戻して海外と水面下で利権闘争を繰り広げてる、って作戦目標を聞けばそれどころじゃないんだよなぁ。
「微力ながら、わたくしも協力させていただけたら、と思って参上いたしましたわっ! トォ~っホッホッホ!」
熊野、なんだその笑い。
でも可愛いから許される。
「私たちも忘れないでね?」
「綾波もいま~す! ……お、男の秘書艦さん!? し、しかも外国の方なんて……こ、これは久しぶりにキレイなBLモノの予感が」
「ご、ゴーヤもいるでち! 宍戸司令官の為に頑張るでち! 72時間体制でち!」
「ありがとうなみんな……ゴーヤ、なんで時間増えてんだ? まさか俺の鴨川要港部がブラック要港部になってたとか? 疲れて何もできないゴーヤにちょっかい出す司令官とか提督とかいるってこと? ちょっと海軍省に連絡入れるから待っててね」
「だ、大丈夫でち! 今のはほんの冗談でち」
ゴーヤが言うと冗談に聞こえない。本来はその冗談で言った数字の十分の一でいいんだから。
相変わらず愛くるしい夕張、綾波ちゃん、そしてゴーヤ。ニッコリと笑顔を作られた俺は、同じく笑顔で返す。
ここにいる6人で艦隊編成できると思うけど、半分が非戦闘員だからもう一つ艦隊を作るより、既存の艦隊に編成する予備戦力として加えるほうが良いか……鈴熊綾波ちゃん一軍入りは確実だけど、今はそれで我慢してもらうか。
そして、
「お、おっす、久しぶりだな親潮」
「は、はい! 司令もお元気そうで!」
「もちろん元気さ。みんなの顔が見れてなお元気。すっごくおっきなおっぱいが当たっててなお元気」
「…………」
「冗談だから。意味ありげにポケットに手を突っ込むのやめて。俺の冗談って中々通じないよな? 俺、すげー悲しいんだけど……」
「す、すいませんでした!」
親潮との会話は少し気だるい。
何時も通りってのが難しくなるっていうか……なんか、お見合いの時に俺のこと……いや、今は考えないようにしよう。
親潮も同様の感情を抱いているっぽい。
俺のことが本当に好きだったのか、それとも単なる場の雰囲気により起こされた錯覚なのか、一年、二年も過ぎれば覚めるはずだが、現時点じゃ判断がつかない。
よそよそしい態度には変わりないので、親潮と普段どおりの会話ができるまで、もう少しだけわだかまりを解消する必要があるみたいだ。
「とにかく、鈴谷達が来たからにはもう安心! 賑やかな艦隊だから、鈴谷たちの雰囲気と合うかも! これで大規模作戦なんてへっちゃらへっちゃら!」
「……その件なんだけどさ、俺多分行けねぇわ」
「「「え?」」」
「……え?」
隣で抱きついていた村雨ちゃんがタイムラグで反応したのを見れば、俺の発言がどれほど衝撃的なものかは想像がつくだろう。オイゲンさんとかひょっとこみたいな顔してるし。俺しおらしい顔維持しようとしてるんだからその顔やめてお願い。
「……村雨ちゃん、ちょっとみんなを呼んできて」
執務室は貸切状態。
今日着任してきた6人に加えて、白露姉妹全員、参謀長プリンツ・オイゲンさん、ガンビア・ベイ、ダンディー班長、そしてまだ居座り続けるベリングハム少佐。
外人は多分他人事じゃないから話したほうがいいと思い、俺はみんなに洗いざらい事情を話した。
「提督が凄くアンポンタンなのは分かった! それで宍戸くん、その人暗殺してくればいいの? (しちゃ)いかんのか?」
「クッソ重罪なんで、暗殺はNG」
「重罪以前に倫理的な問題があるような……」
「説明でだいたい分かったんですけど、では何故司令官が日本人じゃないっておもったんですかぁ……?」
「五月雨ちゃんも知ってると思うけど、俺って日本生まれじゃないから、外国人じゃないかって思ったんじゃない?」
「「「え!?」」」
時雨、村雨ちゃん、春雨ちゃん以外の全員が目を見開いてそう言った。
その瞬間、みんなの疑問が一斉に俺へとぶつけられた。
なんで今まで黙ってたの!? とか、なんで日本にきたの!? とか、なんで外国人なの!? とか、とにかく質問のクオリティーが下がってるのは何故だろう。
「……ごめん、みんなに言ってなくて。時雨や村雨ちゃんは知ってるけど、俺の本名は、タツーキ・テラ・ドグソミンなカセイジーン……つまり、俺は火星からきた人間なんだ」
「「「は?」」」
お前ら、俺がジョークで和ませようとしてるのに、は? はないっしょ。
「流石に僕も君の名前がそんなのだったなんて知らなかったよ。これからはカセイジーンって呼んでもいい?」
「は? しばくぞ」
「こっちのセリフだよ!? 自分の名前嫌いなの!?」
大嫌い。
「それにしても、まさか宍戸司令官が外国のご出身だったとは……今でも開いた口が塞がりません。しかし、血統までもご考慮に入れられるなど、司令長官としての尊厳に関わる問題であると、小官は愚考します」
「ホントそれですよね班長さん。純血なんて古代まで遡れば切りないですし、どこまでがいいんでしょうね……」
「日本生まれでも血統を辿られれば駄目、海外生まれでもそれだけで駄目とは排他的ですね……まぁそんなの今更ですけどね。それより出身はどこですかCaptain!? じりたいッッッ!!!」
「私も知りたーい!」
「Me too Me too!」
ベリングハム少佐、ガンビア・ベイ、オイゲンさんは俺の出身地の詳細を頑なに聞いてくる。
え、何!? もしかしたら同郷かもしれないじゃん!? みたいなキラキラした目で初めてのことに興味を持つ初々しい少女のような顔をする外国艦美少女二人……とゲイロード一人。
いや、みんな同郷じゃん、同じ地球人なんだし。
「宍戸っちがどこの生まれかなんて関係ない! だって今ここにいるのは宍戸っち本人だもん!」
「鈴谷……ギャルキャラのワリにはまともな事言いやがるな」
「でも、それで休暇届だせー! なんておかしいよ。だって何もしてないじゃん」
「そうですわ! 宍戸さんは何も悪くありませんわ!」
そうだそうだとコールが鳴り響く執務室。
一応執務室までの廊下の行き来を封鎖したから人は聞こえる場所まで入っては来ないと思うんだけど、ちょっと静かにしようか。熱くなると冷静な判断できないって、それ一番言われてるから。
「まぁというわけで、俺は作戦中は寝ていると思うし、この警備府からも艦娘が参加させられると思うけど、その時は頑張ってってことだ」
「そんなー! 宍戸っちが指揮しないんだったら鈴谷も降りる!」
「夕立も降りるっぽい! クソくらえのクソっぽい!」
「五月雨ちゃん!! 夕立ちゃんの言論を抑制するかもう少しキレイにする方法教えて!! こんな夕立ちゃんみたくない!!」
「ふぇ!? そ、そんな事言われても、あの、あわわっ」
「夕立姉さん、飴食べてくださ~いっ」
口に糖分を投げられた夕立ちゃんは静かになった。
というか口の中に何か入ってると喋る気が起きないタイプなんだな夕立ちゃん。
……あ、この事実を男が知ったら、絶対夕立ちゃんの口の中に自分のパンツ食わせてその間にオレの人肉ソーセージを食ってもらおう、とか考えるヤツ出てくるだろ。
妄想を統制する力は持ってないけど、言論として出したら私刑を執行する。
「よし、いいこ春雨ちゃん、よしよし」
「~~~!」
春雨ちゃんの頭を撫でて、それを何時も通り喜んでくれている。普段なら、みんなオレのことをロリコンだとか、節操のない猿とか抜かすだろうけど、その時だけは、不安と静寂に満ちた部屋で、ただただ悶々としていた。
そしてこの一週間後、二度に渡り提督が送りつけてきた”休暇届け”の催促の電話が執務室で鳴り響き……俺は、正式に手紙を出した。