蒼穹のファフナー ~The Bequeath Of Memory~   作:鳳慧罵亜

6 / 9
ぎりぎり、アウト。




親睦会

その日の夕方。僕らは喫茶『楽園』に赴き、開店準備をしていた一騎と真矢に彼ら人類軍の紹介を行った。

 

一騎達は驚いた様子だが、特に真矢さんが彼―――ジョナサン・ミツヒロ・バートランドに驚いていた。無理もない。初めて合う人類軍のパイロットにまさか血縁者がいたとは夢にも思わないだろう。

 

自己紹介が終わったあと、開店までは互いに多少の交流をしたあと、日が沈み喫茶店が開店する。既に人類軍パイロット達との親睦会が行なわれるから来てくださいという旨を剣司を通して各パイロットに伝えたので、少ししたら皆もやってくるだろう。

 

そして、現在人類軍たちはというと―――

 

 

 

 

 

 

 

「―――これが、「カズキカレー」!?」

 

 

 

 

 

 

目の前に置かれた喫茶店の名物(いつものカレー)に目を輝かせていた。率直に言って、子供のようにはしゃいでいる。

 

「食べたらどうか率が上がるのかなー?」

 

「黙って食え。マカベに失礼だぞ」

 

訂正。どうやらはしゃいでいるのはアイシュワリア・フェインとビリー・モーガンの2人だけのようだ。彼、ジョナサン・ミツヒロ・バートランドは落ち着いた様子で2人を注意している。

 

だが、「一騎カレー」を食べる時に笑を漏らしているのが見て取れる。彼も多少浮かれているところもあるのだろう。

 

カウンターに掛けてある時計を見ると、そろそろ後輩たちが来てもいい頃合いだった。彼らもまた、人類軍に対して思うところが多いだろうが、これからの事を考えておくと、あの3人とは多少なりともスムーズな連携が取れるようにはなっていてほしい。

 

彼らが態々このような存在するかも不透明な|場所≪竜宮島≫にやってきたからには、こちらに協力を求めて来たのだ。長い期間、共に行動するかもしれない。ならば、今のうちにわだかまりを解いておくのが上策と言えるだろう。色々と問題が起きるでしょうが、それらをここで解消してしまう必要があるのだ。

 

ガチャリ、とドアが開く音がした。後輩たちがやってきたのだろう。店員の真矢が「いらっしゃいませ」と反応する。

 

「はあー腹減った―――」

 

その先頭には堂馬広登が立ち、その後ろに西尾暉、西尾里奈と続いていた。

 

「―――ってええっ!?」

 

と、何かに驚いたように広登が立ち止り、そのすぐ後ろを歩いていた暉が彼の背にぶつかり、何事かとその後ろにいた里奈が首を2人の間から覗かせて、こちらの様子をうかがう。広登達の視線はある一点―――つまり、奥の座席に座っている人類軍の3人である。

 

ちなみに僕は陣内さん達とカウンターでカレーを食べている。ライス大盛りで。

 

「人類軍が……」

 

「……カレー食ってる」

 

広登に続き暉まで、なにを驚いているのだろうか。親睦会を行うと既に連絡はしてあったはずなのに、とレイは首をかしげる。

 

「ちょっと、遠見先輩!なんであいつらがいるんですか?」

 

里奈さんに至っては真矢に訪ねている始末。連絡が行き届いていないと言うことでしょうか?

 

「何を驚いているんです?」

 

とりあえず確認の為、一番近くにいる里奈さんに声を掛ける。

 

「え?だって……」

 

「人類軍との親睦会を行うと、すでに剣司から連絡が来ているはずですが」

 

僕の言葉に、一瞬きょとんとした里奈さんは何か思い出したのか、どこか曖昧な顔をした。

 

「え……あれ、でも……」

 

そして、後ろからやってきた暉君から、眼を覆いたくなるような現実が返ってきた。

 

「剣司先輩からは、『夜何かやるらしいからこいよー』としか聞いてませんでしたけど……」

 

「………………そうですか」

 

思わず目頭を押さえる。こういう時にいい加減な伝え方をする親友に若干頭痛がした気がするのは気のせいだと思いたい。

 

「まあいいじゃん。それで、3人とも何食べるの?」

 

真矢が僕の背中を軽くたたいて、なだめてくれる。特有のどこか陶酔的な甘い声に少しだけ癒されながら、既に過ぎ去ったことをあれこれ考えるより、これからの事を考えた方が建設的だと自分を説得し思考を遮断する。

 

カレーを掬い、口に入れるとピリッとしたスパイスが効いたルーが舌を刺激する。やや強めの辛さが何ともおいしい。

 

「あ、じゃああたしカレーで」

 

「オレも何時ものカレーで!」

 

「俺も一騎カレーでお願いします」

 

3人とも普段と変わらない注文をして、人類軍たちとは別の窓際の席に座る。ふと、後ろを振り返るとアイシュワリア・フェインがこちらを―――いや一騎を見ている。プロパガンダの影響とはいえ、人気者ですね、彼も。

 

「またみてる。一騎君大人気」

 

真矢もそう思ったのか、彼女もアイシュワリア・フェインを見ながらそう一騎に言っていた。だが、彼にとってはそう心地いいものではないだろう。

 

「会った事もないのにな」

 

寸胴鍋で、カレーを煮詰めている一騎。こちらから背を向けている為、表情はうかがい知れない。だが、真矢には一騎の気持ちが理解できているのか、表情を曇らせる。だが、そんな雰囲気はちょっと頂けないので、後ろから茶々をいれることにした。

 

「其れなら簡単じゃないですか?」

 

「レイ……」

 

「レイ君」

 

僕の言葉に一騎と真矢が振り返る。僕は彼らの顔を交互に見ながら口を開いた。

 

「『そんなこと、俺は知らない』って言えばいいんですよ。彼らが貴方をどう見ようと、貴方は貴方です。彼らは貴方を英雄視する。でもそれは貴方にとっては何一つ関係ない事ですし、気にする必要はありませんよ。どうなろうとも、所詮彼らの自業自得(●●●●)なんですから」

 

どこか嘲るような口調で語るレイ。彼の最後の言葉は理解できなかったのか、首をかしげる2人。それでも、言ったことの大部分は理解してくれたようで2人は苦笑いを浮かべた。

 

「そういうところ、変わらないな」

 

「優しい風して、シビアだよねー。レイ君って」

 

2人の言葉に、手を振りながら「元軍人ですので」と返す。とはいっても、僕が中々にシビアな目線をしているのは事実だ。そして、卑怯者だ。何が卑怯なのかは、いずれ理解できる時が来るでしょう。それよりも、今はこちらのほうが優先です。

 

「ところで、真っ先にここに来そうな彼はどうしたんですか?」

 

ふと、気になっていたことを思い出し、コップの水でのどを潤しながら一騎に尋ねる。一騎はまた苦笑しながら答えてくれた。

 

「総士は石棺の所に行ってるよ」

 

その言葉だけでいろいろ察することができた。僕は空になったコップを手で揺らしながら溜息を吐いた。あきらめが悪いですね。彼も。

 

「またですか。「あんなもの」コアの摘出なんてせず、深海に沈めてフェンリルで吹き飛ばせば済むものを」

 

僕の言葉に苦笑していた一騎と真矢はさらに苦笑を深めた真矢にいたっては「アハハ―」と乾いた笑すら漏れている。僕も最近思うところがるのだが、2年ほど前から、|同化促進剤≪アクティビオン≫を多用していたせいなのか、ファフナーに乗っていないのにも拘らずなにかと思考が物騒な方向に行きつつある。

 

結論そのものはずっと変わらないものの、手段や過程が昔よりも物騒な物は増えてきているのは自分でも理解していた。

 

カノンにも引かれたのはショックだったが、こればっかりはどうしようもないので、若干あきらめている。

 

「あ、すみませんがカレーお代わりです。ライス大盛りで」

 

「はいはい」

 

と空になった皿を一騎に手渡した時だった。

 

 

 

 

ガタン―――

 

 

 

 

「ん……」

 

後ろの方で、手で机をたたく音がしたので後ろに目線を向ける。そこには予測通り(●●●●)顔を伏せたまま椅子から立ち上がっている里奈さんがいた。

 

向かい側の席にはビリー・モーガンが座っている。彼が持ち上げた話題、「なんで世界に協力しないのか」それは文字通り地雷だった。「もっと君たちが協力してくれれば、

沢山の人たちが救えたのに、なんでずっとこの島にいるんだ?」等、先程から後ろの会話は聞こえていた。

 

ビリー・モーガンは若干軽いところがあるのは今までのやり取りで知っていた。故に、こうなることも当然承知の上。真実を知らない彼の疑問は地雷として島のパイロット達の導火線を焼く。特に里奈さんは僕を除けば一番人類軍に不信感と警戒心を持っている。ならばこうなることは必然であり、こういう状況になってこそ腹を割って話し合い、理解し合うことができる。そう思ったうえでのこのキャスティング。

 

荒療治ですが、互いの理解は早ければ早いほどにいい。

 

「あんたら―――あたし等になにした―――?」

 

震える声で、今にも掴み掛りそうな雰囲気を纏った里奈は、言葉を綴る。

 

「島を占領してさ、爆弾落としてさ―――」

 

言葉としては短かったが、それだけで僕を除いた他の皆は一同に表情が暗くなっていく。過去の出来事であるが、あの2つの事件で、本来竜宮島と人類軍の間には致命的な溝が生まれたと言っても良かった。

 

僕らを含めた元人類軍の兵士たちは、今でも一抹の罪悪感を抱えたまま過ごしている人たちが多い。中には、未だ罪悪感からか手段に馴染めずにいる人もいる。

 

島の人たちは、僕らを受け入れてくれた。それでも、それは人であって人類軍そのものを許したわけでは決してない。

 

里奈さんはそんな人たちの代表ともいえる立場に今、立ってくれた。

 

「何の話?なにか、勘違いしてない?」

 

そして、そんな彼女の雰囲気にあっけにとられながらも、いや、あっけにとられたからこそか、能天気な調子で疑問を投げかけるビリー・モーガン。この言葉は彼女にとって火にガソリンを注ぐような行為である。

 

数秒としないうちに彼女は怒りに任せて彼に掴み掛ろうとするだろう。顔を上げて、肩を震わせる様は今にも爆発しそうな雰囲気だ。

 

「っっっっ――ふっざけ」

 

んな―――。そう怒声を上げようとした彼女は、寸でのところで行動を停止させた。彼女の後ろには手が置かれ、軽く引っ張られたことにより動きを阻害されたためだった。だが、前のめりになったことでテーブルが揺れて、テーブルに置かれていたグラスがフローリングの床に落ちて割れる。

 

「そこまでです。里奈さん」

 

「―――っレイ、センパイ……」

 

眼に涙を浮かべる彼女の眼には、「何故止めるんですか!?」と声にならない声がひしひしと伝わってくる。だが、彼女には申し訳ないが、これ以上の行為は余計な亀裂を生みかねない為、見過ごすことはできない。

 

「気持ちはわかりますが、彼らに訴えても意味はありません。彼らは本当にここで起きたことは知らないんですから」

 

優しく、宥める様に声を掛けるレイ。そして、やがて苦笑を浮かべほんの少しだけ雰囲気を和らげながら「それに―――」と言葉を続けた。

 

「2年前の事はともかく、5年前のことは僕にもグサリと来る案件ですので、すこし控えて下さい」

 

おどけた様な調子で続けるレイに、里奈も冷静さを取り戻したようで、はっとした表情を浮かべて、申し訳なさそうに頭を振った。

 

「―――あっ……その、あたし……そなつもりじゃ」

 

「解ってますよ」

 

レイはそう言って、里奈の頭を軽く撫でる。それに堪え切れなくなったのか、里奈はやがて顔を伏せて手で両目を拭いだした。レイは後ろから駆け寄ってきた真矢に里奈を任せると、唖然としたままのビリー・モーガンの前に立った。

 

「あなた方は情報操作で知らないでしょうが、元人類軍第7特機隊は5年前、この島に侵攻しています」

 

「え―――」

 

「目的はノートゥング・モデルの奪取、及び竜宮島パイロットの情報。そして、アーガディアンプロジェクトにまつわる事象。それらを得る為に僕らは島へ戦火を向けました」

 

レイの口から語られる真実は彼らを圧倒した。この島に侵攻した事。「マカベ因子」がどうやって出来たかを、今の人類軍ファフナーが何故飛躍的な改良が出来たのかを。

島で発生した知る限りの戦闘記録。そして、2年前の事も―――。

 

「そして、人類軍は僕らをフェストゥムの小ミール諸共に消すために、「α攻撃部隊」を差し向けました。知っていますね?エノラ512を主軸にした爆撃部隊を」

 

「あ、「α攻撃部隊」だって―――」

 

「うそ、でしょ……」

 

「……」

 

その真実は、到底彼らには信じがたい物ばかりであった。だが、3人の中でただ1人。ジョナサン・ミツヒロ・バートランドだけが、沈痛な表情で真実を受け入れている様子だった。おそらく彼は5年前のことは知っていたのだろう。ただ、2年前の事は流石に知らなかった様子で、一瞬共学に顔を染めていたが、すぐに

冷静な物に戻していた。

 

「彼女に謝れ。ビリー」

 

「ミツヒロ―――」

 

告げられた真実に圧倒されていた彼らの中で、最も冷静だったジョナサン・ミツヒロ・バートランドが重々しい口調で言葉を紡いだ。

 

「彼らが俺たちに力をくれた。なのに、俺たちは彼らを助けたか?」

 

彼は周りを見渡しながら言葉を続けた。

 

「彼らはずっと孤立したまま戦い続けて来たんだ」

 

彼の視線の先には暗い表情のパイロット達。この状況になることを視越し、この舞台を用意していたレイ・ベルリオーズを除いて、彼らの表情は皆沈痛な物だった。

 

彼、ジョナサン・ミツヒロ・バートランドは人類軍の3人のなかで一番、人類軍と竜宮島の間にある溝を理解してくれていた。

 

「謝れ」

 

「あ―――」

 

そして、事の重大さが理解できたであろうビリー・モーガンはバツが悪そうに片手で頭を押さえながら、たどたどしい口調で「ごめん、なさい」と謝罪の言葉を述べる。

 

 

「―――ふんっ」

 

そして、落ち着きを取り戻していた里奈はまだ許したわけではないのだろう、そっぽを向いてしまった。そんな中、言いづらそうに「あの―――」と声を上げた者がいた。里奈の弟の、西尾暉だ。

 

「力ってなんですか?」

 

詳細を既に聞いていたレイは割れたグラスを集めている真矢を手伝うためにしゃがみこんだ。真矢は「ありがとう」と小さい声で礼を言って、レイは「気にしないでください。それよりも、彼の話を」と目線を彼に向けながらガラスのかけらを拾い集める。

 

「昔、カズキ・マカベは新国連のファフナー開発に協力してくれた」

 

協力というより、脅迫ですよねアレ。昔を思い出していたレイは口には出さないものの、記憶を頼りにそう思った。ジョナサン・ミツヒロ・バートランドの説明は続く。

 

「その時に得られた彼の遺伝子を元に、特効薬が作られたんだ」

 

「素質が足らない人間でも、ファフナーを操縦できるようになる薬だよ」

 

彼の説明に、ビリー・モーガンが捕捉を加えた。それに続くように、アイシュワリア・フェインが口を開く。

 

「感謝していますマカベ。貴方が私を、ファフナーに乗せてくれた―――っあ」

 

「―――出前言ってくる」

 

一瞬驚いたような声を出すアイシュワリア・フェイン。一騎がデリバリーボックスにカレーを入れて、スタスタと喫茶店を後にしたのだ。彼にとって、彼女たちの言葉は胸に突き刺さるものだろう。

 

自分のお蔭で戦えることを感謝されたのだから、一騎にとってはたとえ悪意が無くてもそれはナイフと同じであった。そして、これも予測の中であったので、直ぐに対応策を実行する。

 

「一騎」

 

僕の呼びかけに一度、足を止めた一騎。僕は立ち上がり、彼と背中合わせのままに告げる。

 

「僕の先程の言葉、歩きながらでも反芻してください。何があろうとも、貴方は、貴方です」

 

「―――ああ」

 

その言葉を最後に、一騎は今度こそ、店を後にした。

 

「マヤ・トオミ―――」

 

「え?はい」

 

真矢が声に振り向く。声を掛けたのはジョナサン・ミツヒロ・バートランドであった。

 

「そうか、君が―――」

 

「ねえ、君!」

 

何かを口にしようとした彼を押しのけて最初の調子を取り戻したビリーが目を輝かせながらマヤの前に出た。

 

「恋人はいるの!?」

 

「いない!!」

 

ずい、っと前に出るビリー・モーガンの質問に答えたのは、西尾暉だった。1秒とかからない即答で席から立ち上がり、威嚇するように肩を震わせている。広登は苦笑いしながら「落ち着けって暉」と彼を宥める。恋のクロスドッグに1人追加が入りますかね?

 

「そうなんだ―――うぉ」

 

「ちょっと黙っててくれ、ビリー。彼女と話が有る」

 

ビリー・モーガンの肩に手を置いて、彼を横にどけながら1歩前に出るジョナサン・ミツヒロ・バートランド。レイは彼の言葉に「まあ、当然でしょうね」と内心思っていた。

ビリー・モーガンは何か彼に言っていたが、アイシュワリア・フェインに「こっちに来なさい」と言われ、渋々彼女の元へ向かう。

 

途中で堂馬広登が彼女に反応し「うひょー」とか言っていた。それに対してビリー・モーガンが何か言っていたが、言い終わる前にアイシュワリア・フェインに腹部を殴打されうずくまった。真矢とジョナサン・ミツヒロ・バートランドはそのまま2人で店の外に出て行った。

 

「さて、多少は和解できたことでしょうし、このまま親睦会の続きとまいりましょう」

 

レイは、いつの間にかカウンターのキッチンに入り、これまたいつの間にか全員分の飲み物を作って全員に配りだす。此処までが、レイの思惑の内であったのだ。

 

親睦会は、閉店まで続いたのだった。

 

――――

 

親睦会が終わり、皆も帰ったころ、真矢は閉店の文字を店頭の黒板に書いていた。

 

すると、足音が聞こえてきて、そちらに振り向くと見知った顔が立っていた。

 

「お疲れ様、カノン」

 

「ああ。済まないが、一食用意できるか?」

 

「うん」

 

カノンと真矢は店の中に入り、カノンはそのまま自分の夜食の用意をする。大きめのどんぶりに山盛りのご飯をよそい、これまた大きめの茶碗に味噌汁を入れている。簡単な定食風の夜食が出来上がり、「いただきます」とカノンは明らかに年頃の少女が食べるには大量のご飯をためらいもなく口に入れ始める。

 

その様を見ている真矢は思う。

 

―――なんでいつもこんなに食べてるのに太らないんだろ?

 

明らかに大量の食事をとっているにも拘らず、彼女は太るどころか「ある部分」だけが成長しているように見える。一言で言って、年を追うごとにカノンは女性としてスタイルが羨ましいことになってきている。

 

自分は体重とかを気にして食事の量を考えているのに、カノンは気にする部分が最近体重ではなくもっと別の所に変わっている為、時折羨ましくも腹立たしくなることがある。

 

そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、黙々と食事を進めていくカノン。もう21時をとっくに過ぎているのにもかかわらず大量の食事をとって、それなのにスタイルも体重も崩れることなく磨きがかかっているのは本当に不思議に思うのだ。

 

普段はそんなことを考える真矢だが、今日だけは別の事に思考が割かれていた。今日告げられた新事実に、気持ちの整理がつかないからだ。

 

そんな彼女の表情が気になったのか、食事をしながらもカノンは真矢に声を掛ける。

 

「浮かない、顔だな」

 

「チョットね……」

 

真矢は明後日の方向へ向けていた顔をカノンに移して問いを投げかけた。

 

「カノンは昔の仲間に合わなくてよかったの?」

 

「顔も知らない連中だ。レイはともかく、私は話すことはないしお前たち以上の仲間はいない」

 

カノンはさも当然のように即答し、食事を続行する。真矢は「そっか」とつぶやいて、また浮かない表情を浮かべ、沈黙するのだった。

 

「ん?」

 

そんな真矢の顔を見て、カノンは食事を止めた。咳払いをひとつし、真矢に声を掛けた。

 

「悩みがあるなら聞くぞ」

 

「なんか―――」

 

そう言った。カノンだったが、ややぶっきらぼうに語られた真矢の悩みは、彼女の予想を超えていた。

 

 

 

「―――弟が出来たみたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ―――カタン―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音は箸を取り落したもの。予想の斜め上を行く真矢の口から語られた言葉に一瞬、カノンの思考が停止した。

 

弟?誰の?

 

―――真矢の?

 

真矢の弟―――?

 

つまり―――

 

つまりつまり―――

 

え、そういうこと?

 

どういうこと?

 

 

 

 

 

 

 

「―――ななるほど、そうか。まあそう言う事もある―――悪い事ではない」

 

 

 

 

働き始めた思考回路は超特急で、友人の口から語られた言葉から状況を推測しだす。

 

そして、カノンは盛大な誤解をするのだった。

 

 

 

「え?」

 

 

カノンの言葉にきょとんとした表情を浮かべる真矢であったが、顔を寄せて、声を小さくするカノンの次の言葉に盛大な誤解が発生したことを悟った。

 

 

 

「で、遠見先生の相手は―――真壁指令か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――そんなわけないでしょ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

アルヴィス会議室。

 

 

「―――くしゅんっ」

 

いきなりくしゃみをする遠見千鶴。そのくしゃみに会議に参加していた全員の視線が彼女に集中した。

 

「大丈夫遠見先生?」

 

「風邪かね」

 

自分を心配する隣に座る羽佐間容子に儀会長席に座る真壁史彦の声に、千鶴は「ああ、いえすいません」と心配ありませんと告げるのであった。

 

――――

 

喫茶『楽園』カノンは自身の誤解を真矢に解いてもらい、改めて詳しい説明をしてもらっていた。

 

「家族、か……」

 

夜食は説明を聞いている間にあっという間に食べ終わり、デザートのアイスをスプーンで口元に運びながら、カノンは感慨深そうにつぶやいた。

 

「お姉ちゃん、お父さんのこと大嫌いだし。お母さんだって知りたくないだろうし」

 

説明を終えた真矢は再び表情を暗くしていた。自分もそうだが、真矢の家族も父親であるミツヒロ・バートランドにはいい思いを持っていないのが現状である。そんな中で、彼女たちに、いきなり甥や弟ができたなどと知れば、どうなることやら、彼女の悩みはそこにもあった。

 

カノンはかすかに微笑んで、スプーンを置いた。

 

「私は、この島で家族を手に入れた」

 

カノンが話すのは自分のこと。自分の過去のことだった。

 

「うん」

 

「ずっと、孤独だった。自分の考えを持つことも諦めていた」

 

「でも―――」彼女は今までの言葉を否定し、言葉を続けた。

 

「レイに一騎やお前や、島のみんなが私を変えてくれた」

 

どこか懐かしむ様子で語ったカノンは一度顔を上げてもう一度口を開いた。

 

「もし真矢がそいつを嫌っていないら、受け入れてやってほしい」

 

と、先ほどは興味ないといった風だったカノンも、結局は人類軍のことを気にしていた様子で、そう言った。

 

そんなカノンの言葉に真矢は「うん。そうだね」と笑い、言葉を漏らした。

 

「ありがとうカノン」

 

その真矢の言葉がうれしかったのかカノンもつられて笑う。だが、何かを思い出したように真矢に話し出した。

 

「私も話がある。一騎のことだ」

 

「マーク・ザインを見に行ったとか……」

 

「!―――知ってたのか」

 

「なんとなく、そう思っただけ。ずうと戦いだけが居場所だったから」

 

真矢の言葉に少しだけ驚いたような表情を見せるカノン。真矢は言葉をつづけた。

 

「でも、今はここに一騎君の居場所があるし、大丈夫だよ」

 

「―――」

 

カノンは少し苦笑した。言う必要もなかったか、と思いながら口を開く。

 

「理解ってるんだな?一騎のこと」

 

カノンの言葉に真矢も苦笑して両手を振る。

 

「わかってないよ。そう思ってるだけ。それに―――」

 

真矢は少し意地悪な笑顔を浮かべた。その笑顔を見た瞬間、カノンの表情が固まり、背筋に一筋の汗が流れる。

 

「カノンだって、レイ君のことよく理解してるじゃんー?」

 

「なっ―――」

 

カノンは顔を赤くし、そしてそれを隠すようにそっぽを向いた。

 

「べ、別にあいつのことは理解しているんじゃなくてだな。---ただ、付き合いが長いからあいつの行動とか、考えてることとかがただ他人より少しだけわかるというか―――」

 

その回答が自爆しているということを知らずに、赤裸々に弁明という名の自爆を繰り替えすカノン。

 

そしてやがて攻守は逆転し、今度は真矢が多少の自爆をしながら、盛大な惚気合戦が始まった。




感想、意見、評価、お待ちしています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。