ウチのキャラクターが自立したんだが   作:馬汁

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今回は通常の回より短め。


第2章 イツミ三世―お宝ダンジョンにはお供を―
06-ウチのキャラクターの受難


 さて、このゲームには『依頼』、またの名を『クエスト』と呼ばれる要素がある。

 特に難しい仕様ではない。NPCやプレイヤーが、依頼を発注し、有志がそれを受注する。そうしてこの要素は成り立っている。

 その内容は護衛依頼だったり、素材収集の依頼だったり、討伐の依頼だったり。更には生産依頼だってある。

 

 依頼が完了すれば発注者が報酬を渡す事が多いが、無報酬の依頼もあるにはある。

 無報酬の依頼の例を挙げるとすれば……レイちゃんとの一件の事だろうか。

 あれは依頼と言うより、頼み事に近かった気がするが、まあ依頼に似た状況ではあった。

 

 

 そうそう、あの一件の後からも、俺は同じ宿に泊まっている。あの年樹九尾だ。

 勿論、流石に相部屋のままじゃ”俺”の精神が色々と持たないから、別室を借りさせてもらった。

 

 あの『宿代はいちおくYです』は冗談だったようで、無事に通常価格で借りることが出来た。

 

 因みに、その部屋の位置は、レイちゃんの部屋の向かいである。

 

 

 

「あ、お早うございます!」

 

「うん、おはよ」

 

 朝食を取るために階段を降りると、いつものと格好が違うレイちゃんがそこに居た。

 しかし、見ればそわそわしているご様子……。何かが待ち遠しいのだろうか。

 

「どうしたの? そんなにそわそわして」

 

「聞いてください、今日は料理が上手な人が当番なんですよ!」

 

「あー、そういうこと」

 

 なるほど、もう待てないという程の仕草の理由は、そういうことだったらしい。

 当たりを見渡せば、同じ宿の利用客も何時もと雰囲気が違った。

 

「そういえば、ケっちゃんはこれからどうするんですか?」

 

 席に座ると、そんな質問をされた。

 これからの予定は特に細かく決めていないが、”強くなる”という目標があるにはある。

 その目標を果すには、とりあえずモンスターと戦っていれば良いだろう。

 

「うーん……まあ、依頼を請けながら狩りでもしてるよ。戦闘スキルも鍛えたいし」

 

 今のところはソロで活動するつもりだから、このレベルに見合ったレベルのモンスターを獲物にしていきたい所だ。

 

「レイちゃんはこれから薬を売るの?」

 

 狩りに向けて武装した俺に反して、レイちゃんは何時もの魔法使いのような姿とは違った服装をしている。

 代わりに、これが女の子のお洒落か、と感心する程に可愛らしくコーディネートされている。

 

「そうですっ! ケっちゃんのお陰で魔力ポーションが沢山作れましたので!」

 

「良かった。全部売れると良いね」

 

「需要が高いので直ぐに売れますよ!」

 

 確かに、そういえば高レベルの魔法使いは魔力ポーションを多く使うとか言っていたか。

 あんまり細かくは覚えていないが、確かそんなことを言っていた気がする。

 

「それと、これを一本差し上げます!」

 

「え、これを?」

 

「はい! お礼として受け取ってください!」

 

 青い色をした液体の入った、ガラスの容器を手渡される。しかも、ご丁寧にピンク色のリボンまで結ばれている。

 

「良いの?」

 

「遠慮なく受け取ってください!」

 

 まあ、確かに素材採集に協力したのだし、少しのお裾分けは遠慮するものじゃないだろう。

 俺は納得すると、ポーションをポーチに仕舞った。

 

「……ありがとうね」

 

 そう礼を伝えると、後ろから何か扉が開く音が聞こえる。調理室の方からだ。

 

「あ、来ました!」

 

 レイちゃんもそれに気づき、声を上げる。同時、回りのお客がババっと立ち上がった。

 後ろを振り向いて見れば、調理室から一人の女性が出てきていた。

 

「皆、配膳のお手伝いをおねが~い!」

「うおおお! 手伝うぜ母さん!」

「オレも手伝わせてくれ、おふくろ!」

 

「……え、なにあれ」

 

 と言っている内に、速度が向上するバフが掛かったかのように動く利用客が、配膳を進めていく。

 

「皆、おふくろの味だとか言って美味しく食べるんですよ。私も美味しく頂いてますっ」

 

「……そなの」

 

「はい!」

 

 目を点にしているオレは、自分の分の食事が手元に置かれるまでただ呆然としていた。

 

 

 因みに今日の朝食の献立は、ご飯、魚焼き、大根のたっぷり入った味噌汁、そしてきんぴらごぼうだった。

 ……まあ、他の人達のテンションが上がるのが理解できるほどには美味しかった。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 とまあそんな朝だったが、道中何もなく依頼処へやって来た。特に迷いもしなかった

 

 依頼処と言うのは、簡単に言えば依頼やクエストが集まっている場所だ。

 それと居酒屋の様な事もやっているらしいが、そのせいかここに立っているだけで酒の雰囲気が漂ってくる。

 建物の扉を開けて入ってみれば、色んな者たちがガヤガヤと騒いでいる。もしかしたら、真っ昼間の大通り以上に騒がしいかもしれない。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 ここのスタッフか、女の人に元気よく挨拶された。

 ゲームの中でも営業スマイルは存在するんだな、なんて思いながら、あたりを見渡してみる。

 

 テーブル席に座り、店に入ってきた俺に目を向ける人や、気にせず仲間と呑みながら語らっているグループが居る。

 で、むこうの方には、様々な紙が張り出された板を前にして、どの依頼を請けようかと迷っている様子の人が2,3人居た。

 

 なるほど、依頼はここに張り出されているのか。

 そう思ってそっちに歩み寄った。

 

 

 実際に依頼を受注するのは始めてだが、特に迷う様子もなしに目的に見合う依頼を探す。

 戦闘の発生が予想され、相手にするであろう敵が俺一人でも対処できる強さである、という条件があれば良いのだが。

 

 もし俺に見合う難易度のものがなければ、いっその事パーティを募ってどうにかしようか。

 グループの戦力が高ければ、多少難易度が高くてもどうにかなる筈だ。

 

「……」

 

 何か良いものはないかと、依頼紙の貼られたスペースの隅々まで見る。

 殆どの紙は、ほかのものを邪魔しないよう、重ねないで貼られているのだが……。

 

「?」

 

 偶然だろうか、1箇所だけ2枚重ねられている。

 なんだか気になって、上に重なっている方の紙を剥がした。

 

 上に重なっていた紙の依頼名は、『犬の世話』と書かれている。無報酬のようだ。

 そして下の方は……『調査依頼』。なんてことだ、これも無報酬だ。

 興味を無くした俺は、また別の依頼を探そうとする。が、後ろから足音が寄ってきて、声をかけられる。

 

「その依頼、変デスネ?」

 

「うぇっ?」

 

 突然後ろから声をかけられた俺は、アホっぽい声を出しながら後ろを振り向いた。

 

「無報酬、依頼内容も曖昧、トドメに依頼主の名前もシスイカ……。本当に変、デスヨネ?」

 

 ローブを被った、中性的な声の人物が俺に話しかけている。

 フードの影で顔がよく見えないが、笑みが浮かんだ口元だけが照明の光を受けていた。

 

「えっと、どちら様?」

 

「……キャット、とでも呼んでください、デス」

 

「猫?」

 

「はい。にゃあ、なのデス」

 

「……そ」

 

 一気に気が削がれた。やる気も一緒に。

 これ以上この人と関わると、やる気のステータスがマイナスに行ってしまいそうだ。

 

「えっと、ごめんね。じゃあ」

 

 依頼を請けなくても、別に敵を倒して得た素材を売れば、とりあえずはお金を稼げる。

 効率は多少悪いが、問題ないだろう。

 そう自分に納得させる様に言い聞かせると、俺はささっと依頼板から離れていった。

 

「……フフ」

 

 その笑い声は、誰かの耳に届く前に居酒屋の騒動に掻き消された。

 

 

 

 

 依頼処の中、空いているテーブル席に適当に腰掛ける。

 狩りに行く前に、何か飲み物でも頼もうかと思ったのだ。

 

 机に置かれたメニューの冊子を開くが、特に目を引くような品は見当たらなかった。

 と言うより、すでに朝食を食べたのだから、もし注文するのだとしたら飲み物ぐらいだ。

 

 店の人を呼び止めると、とりあえずお水を注文した。

 その水が届くまでの間、ポーチを開いて小さな本を取り出す。

 初心者指導書だ。見た目に反して内容がかなり多いため、未だに全てを読み切れていない。

 

 栞代わりの折り目を探して、そこを開いて途中から読み込んでいく。

 

 

 ……のだが、とある一人がそれを許さなかった。

 

「おい姉ちゃん! 俺と一緒に呑まねえか?」

 

 右のほうから、野太い声と共に酒の匂いが届く。

 この熊のような男、どうやら朝から酒を呑んでいるらしい。顔を見れば、耳が尖っているのが見える。

 なるほど、随分と暇なエルフの様だ。

 

 どうにも、公衆の目を気にせず大声を上げた大柄エルフの男が注目を集めたようだ。大衆の視線が集まっているのを感じる。

 しかも、先程の”キャット”もその大衆の中に含まれていた。

 

「……悪いけど、私はそういうの嫌いだから」

 

 この人には悪いが、そそくさと帰ってしまおう。酒に酔った人間は色々と面倒なのだ。

 

「つれねえなあ、オイ。少しぐらい良いじゃないか?」

 

「他を当たって」

 

 席を立ち、足早に扉に向かう……筈が、右手を掴まれてしまい、この場から脱することは叶わなかった。

 

「オイオイ、逃げるなんてヒデェよ。俺の男としての心が傷ついちまう」

 

 そうか。

 現実ならば、この者の社会的な立場が傷ついてしまう所だったろう。

 

「離して」

 

「ハッハッハ! これじゃあ、男女平等の言葉を持ち出さにゃいかんな!」

 

 え、何? この世界にもそんな言葉があるの?

 

「俺には、『男には拳で、女には口先で付き合え』って信念があるんだが……」

 

「『男も女も拳で付き合え』、て事?」

 

「おう、理解が早いじゃねえか」

 

「そう」

 

 なんてことだ。何故初っ端から酔っ払いに絡まれなければ行けない。もしかして強制イベントだろうか?

 だとしたらいい出来である。今すぐにでも、このイベントを作った開発者の顔面に、この拳をサムズアップの形にしたままビンタしたいものである。ほぼグーで殴ってんじゃないですか。

 

 仕方ない、どうやって血を見ずにこの状況を脱しようか。なんて考えてみる。

 あんまり良い案が生まれるとは思えないが―――

 

 

「悪いが、許せよ」

 

 男が拳を振りかぶる。顔を上げて、その様子をじっと見つめる。

 そして、その拳を私にぶつけようと繰り出した直後。

 

「ぬっ、あ」

 

 左手で暖簾を捲るような動きで拳を退けると、その手で男の襟元を掴み、滑るように男の懐に潜り込んで

 

「ぬがぁぁ?!」

 

 掴まれたままの右手で握り返したまま、投げ飛ばした。

 

 投げられた反動だろうか、男はその足を高く挙げながら、音と衝撃を発しつつ背中から着地した。

 

 

 

「……?」

 

 ―――気づけば、掴まれていた右手は開放され、目の前には倒れたまま呻く男が居た。

 今俺は、()()()()()()()

 

「うおお!すげえぞあの女! 男を一瞬で転ばしやがったぜ!」

「なんだアレ、かっけえ!」

「……素晴らしい」

 

 歓声が上がるのが見える。ついでに、スタッフが慌てているのが見える。

 様子からして、俺はこの男をはっ倒したのだろうか。しかしその覚えはないのだが。

 

「凄い、凄いデス! お嬢さん!」

 

「え? あ、ちょ」

 

 キャットが俺に抱きついた。

 止めて欲しい、男に腕を掴まれた次は、この男か女かも分からない人物に抱きつかれるだなんて。

 

「と、とりあえず離してくれる?」

 

「ああ! これは失礼しました、デス」

 

「う、うん」

 

 突然の出来事に、俺の思考が水気を失った泥のように固まっている。

 先ずは、状況の把握しよう。

 

 酔った男に絡まれた。

 平穏な方法で対処しようと考えていた。

 男が暴力的な手段をとろうとた。

 記憶が無い。

 そしてキャットに抱きつかれた。今ココである。

 

「……記憶が、飛んだ?」

 

 やはりそうとしか言いようがない。

 もしかして、()()関係だろうか。

 

「どうしたのデス?」

 

「い、いや。気にしないで」

 

 説明するにも面倒だし、する必要もない。

 

「じゃ。これ以上面倒は嫌だから」

 

 そう言って、さっさと扉を開けて出ていく。

 注文されたお水を持ったまま、あ然とするウェイトレスを後にして。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「『エレクトロンボール』」

 

 ある程度の詠唱を経て発動した魔法は、イノシシに当たるとその毛を、黄色い火花とともに焦がした。

 すでに毛皮に幾つかの傷跡を抱えているイノシシは、しかし勇ましくこちらに直進し始めた。

 

 その様子を見つめながら、詠唱を再開、次の魔法を発動しようとする。

 

 イノシシの突進が俺を巻き込む直前に、俺は魔法を発動した。

 

「『ストーンツリー』」

 

 すると、目の前に岩で出来た柱が生えるように伸びてきた。

 直径が20cmぐらいの柱は、イノシシと俺の間に生えることによって、イノシシの突進を防御する。

 

「ブグィィッ!」

 

「今っ!」

 

 イノシシが柱に激突、それによって怯んだ隙にイノシシの横に移動し、手に持つ剣で首筋辺りを思いっきり突いた。

 柄の先を手のひらで押さえると、そこに力を込めてさらにその刃をめり込ませる。

 

「……」

 

 やったか? だなんてフラグを立てるような事は言わず、剣を引き抜いて距離を取ってから、詠唱を再開しながらじっと様子を見つめる。

 

「……ブグォォォ!」

 

 まだ生きていたか、と感心して、俺は貯めていた詠唱時間を以て魔法を放つ。

 

「『ファイヤーボール』」

 

 そうして、イノシシは動かなくなった。

 光となって蒸散していく様子を見ながら、その疲れを示すかのように大きく背伸びした。

 

 

「結構楽になってきた、かな」

 

 新しく習得した魔法だが、使い勝手に慣れていない為、獲物がそれなりに消耗してから使ってみた。

 それでわかったことは、この新しい魔法は”強くて遅い”、この一言である。

 

 威力が高くなった代わりに、より長い詠唱時間の確保が必要になった。実際に、新しい魔法を使う時は、イノシシが消耗して突進の速度が落ちた状態じゃなければ、とても詠唱時間が確保できるものでなかった。

 結果的に、途中まで詠唱時間の短いアロー系で、チマチマと攻撃したのが正解だったらしい。

 

 そういえばと、あることを思い出してステータスウィンドウを呼び出す。

 

「……やっぱり、MPの消費が激しいかな」

 

 アロー系に比べ、新しく習得したこの魔法はMPを多く使う。

 あんまり頻繁に使えば、すぐにとまでは行かないが、早い段階でMPを使い尽くしてしまいそうだ。

 

「でもまだ余裕はある、か」

 

 とは言えど、何連戦も続ければ、すぐにMPが尽き、魔法が使えなくなるだろう。

 気をつけておこう、と自身に戒めておきながら、開いていたステータスウィンドウを閉じる。

 

 さて、次の獲物を探そうか。

 

「……そういえば」

 

 朝出かける前に、レイちゃんからポーションを貰ったんだっけ、と思い出す。

 

 あのポーションならば魔力の回復が出来るはずだ。もし何かあれば直ぐに使えるようにしよう。

 そう思い、ポーチを開いて中を整理するが……。

 

「……無い?」

 

 確かに渡された筈の青いポーションが、何処にもなかった。

 ポーチの奥底にも無いし、あるのはHP回復用のポーションと初心者指導書だけだった。

 

 ……いや、まだ他にも入っていた。

 無くなった魔力ポーションの代わりに、2枚の紙がポーチの中に巻かれて入っていた。

 

『親愛なる名も知らぬお嬢さんへ

 貴方の持ち物を一つ、拝借させて頂きました。

 ()()()()()1()0()()()()()()()()()()()にてお待ちしております。

   シスイカもとい、カイヌシより』

 

 1枚目の紙を読み上げると、2枚目の方の紙を取り出した。

 

 

 { 

  依頼名:調査依頼

  依頼主:シスイカ

  内容:詳しくは面会時にて

  報酬:ナシ

 }

 

「……盗まれた、って言うことだよね」

 

 と言うより、それ以外に考えられない。

 しかも、この2枚の紙を押し付けられた。

 

 1枚目に書かれている、”10時に上がる煙の柱の下”に行けば良いのだろうか。その前に付いている”仮想の”とは、恐らくこのゲーム内での時間ということか?

 もしそうだとすれば、盗んだ人物はプレイヤーなのだろう。NPCにとっては、仮想(VR世界)も現実なのだから。

 

「それにしたって……はあ、面倒だなあ」

 

 無視するにしても、奪われた魔力ポーションが勿体無い。それにアレは、素材の採集という過程に付き合って、生まれた産物だ。それをまんまと奪われるのは、俺としてはとてもイヤである。

 

 ……仕方ない。行こう。

 現在時刻は、すでに9時45分を過ぎている。そろそろ煙が上がる時間だ。




ひらがな・カタカナの書き分けは、ですます調のキャラ被りに便利、なのデス。

・追記
エレクトとエレクトロン
音は似てるけど意味が違うらしい
と言うコトで編集。教えてくれた人に感謝。読者の存在は視野を広げると理解した
あるいは筆者の頭が悪いだけか

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