ウチのキャラクターが自立したんだが   作:馬汁

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70-ウチのキャラクターと俺の区域制圧

「そこまでキャットが心配なんですか?」

 

 揃って嫌な予感を感じ取った俺たちに、何故か不思議そうに尋ねてくる。

 

「お二人さんは優しいんですねぇ。もし気が向いたら私にもその優しさをですね、ちょっとだけでもわ──」

「キミのペットの事だから、まあ言ってしまえば放置しても良いんだけど……、キミの依頼でどうせ事態に引きずりこまれるだろうしさ」

 

「……まあ今更期待してませんヨ。でも人情抜きにしても、キャットの事は心配しなくていいですよ? これは過信でも慢心でもありません」

 

 そうかもしれないが、相手はギルド。資金が潤沢なのであれば、キャットのようなステルスタイプに対する策を持っていてもおかしくない。

 例えば、魔法やスキルで身を隠した相手を見破るメガネとか……。そんなアイテムがあるかもしれない。

 

 そう考える俺に対して、ケイはイヅミの言葉に納得した様な態度を見せる。

 

「ううん……そこまで言うなら」

 

「ええ。私のペットは並の強さではないですし、格上相手や数的不利の状況への対処だって学んでます。特にキャットは、野生動物としての感覚もあってか、引き際をよくわかってます」

 

「……冒険者だったら長生きして大成するタイプだね。いや、ここだと生き死にの重要性は低いんだっけ」

 

「プレイヤーに限った話ですよ、それは」

 

 キャットの事は放置しておく事に決まった。

 心配だが、飼い主であるイヅミがここまで言うのなら、信じよう。

 

 

「あ、そろそろ目標のモンスターの棲家まで近くなってきましたかね。気をつけてくださいね」

 

「うん、ありがとう。お荷物」

 

「否定しません。もしかしてケイさんって私の事嫌いです?」

 

 何を今更。

 

 澄ました顔のケイを横目に、弓矢を構える。今回の依頼内容とは別に、俺たちのもう1つの目的が矢の試運転だ。

 最初に番える矢は、刃裂(ハサイ)矢。……着弾時に砕け、ガラス片が体内を裂く矢だ。刃裂矢と言うのは制作者の命名だが、“破砕(ハサイ)”との区別が付かないからあまり使いたくない。

 そうだな、俺はガラス矢とでも呼ぼうか。

 

 因みに、本来の目的である依頼内容だが、今回は特定箇所の安全確保である。

 どうやらこの辺りで、件の巨大モンスターの調査を行うパーティの活動拠点となるらしい。

 

 実際に調査団がこの辺りに根を張るのは後日との事だが、俺たちが事前に周囲の掃除、兼偵察と報告をする事になっている。

 やや広めのエリア別に1つのパーティが担当しており、俺たちがいるのは活動拠点予定地の東側だ。

 

「確か、この辺りは……ハゲワシ、ライオン、蛇……あとは何だったか?」

 

 地域の特性もあってか、どうもファンタジーらしさが薄いモンスターが生息している。どっちかと言うとサバンナ臭い。

 俺が挙げた名前に続けて、ケイが幾つかの名前を挙げる。

 

「肉食植物のブラッディフラワーとか、アイアンムカデとか。……てか、大半は動物じゃん。いやまあ、こっちじゃモンスターって呼ばれてるけど……」

 

 他にもサイや鹿の類が居るそうだが、これらは無害だから討伐対象ではない。

 場合によれば狩るかもしれないが。

 

「モンスターって単語自体が、曖昧なままプレイヤーから流れ込んできたものですからねえ」

 

「プレイヤーから? 元からあったんじゃなくて?」

 

「どういうわけか。プレイヤー間で使われているモンスターという単語が、こっちの世界に浸透しちゃったらしいんですよ」

 

 日本における横文字の様に、曖昧な意味を持つ単語として便利に使われているのだろう。

 動物という括りに入るであろう害獣、異常な環境によって変異した動物、純粋な敵意を持つドラゴン等の生命体、霊体を持つ存在等。

 それら全てを一纏めに呼称する際に、この“モンスター”という単語は上手く嵌ってくれる。

 

 それにしても、AIである筈のNPC達がこの言葉の流入に適応している事に驚きである。いや、今までもそういう驚きは少なくなかったし、今となってはそれほど不思議ではないが。

 

 

「居た」

 

「よし、試し撃ちするぞ。……って、遠いな」

 

 ライオンが乾燥した木の下に居る。運良く気づかれてはいない。目が良く、視界が良好であり、そして確信して見つめないと分からないような距離だ。

 これで矢が届くのなら、俺は既にアーチェリーで大成していただろう。

 

「……引きつけてから本命を撃ったほうが良いか」

 

 普通の矢に変えて、弓矢を大きく持ち上げる。

 

「この距離の曲射だ、2メートル半径に落ちれば拍手喝采のレベルだぞ」

 

「まあ頑張れ」

 

 そう言うだろうと思った。

 この攻撃に気付かれれば、俺たち目掛けて襲ってくるはずだ。

 

「前みたいに1対1でやってもらうから」

 

「……今回は腕が食い千切られる程度で済めばマシな相手だな」

 

 前回は毒を受けるだけだったが、今回はどうなる事やら。

 

 そう言っている内に大まかな狙いをつける。これで当たればいいが……。

 強く引いているから、弓がキリキリと音を上げる。これ以上は無理だろう。

 

 悩んでも弓を消耗させるだけだ。俺は思い切って、矢を放つ。

 

「……お、これは当たるか?」

 

「矢だからな。微かな風でも逸れるかもしれないぞ。……ほら見たことか、4メートルぐらいは外れた」

 

 横方向はともかく、奥行きの調整が難しい。これは距離に対して、角度や強さの調整の要素が重なってくる。

 

 それはともかく、敵がこちらに気付いた。ガラス矢を番えて、十分な射程まで引きつける。

 この矢はなるべく腹に当てたいが……。ガラス片が骨に当たっても効果は期待できない。貫通能力は表皮を破る程度しかないのだ。

 

「……ここだ」

 

 バスン、と弓が元の形へ戻ると同時、僅かな弧を描きつつ敵の胸元へ飛んでいく。

 攻撃の結果を確認する前にまた矢を番えようとして……それを直ぐに投げつける様にして捨ててから、短剣を手にした。

 

「速いっ!」

 

 3射目の放つ時間が無かった。想定よりも速い、ライオンの足の速さを甘く見ていたつもりは無かったのだが……。

 

 だが、そのスピードを捉えられないワケじゃない。

 敵がステップを踏む様に横へずれ、俺の視線を一瞬だけ避けつつ飛びつこうとする。

 

 それに近い動きを、何度ケイにやられた事か。

 

「は!」

 

 敵の姿をしっかり確認し、避ける。そして短剣を斬り上げる。

 斬った! しかし浅い! 

 

 

「……大分無茶な立ち回りですね。弓持ちの一対一ですから仕方ないんでしょうけど、判断を誤ったら一撃で死んじゃいますよ、あれ」

 

「まあね。聞いた話だと、子供が一撃耐えられる攻撃を一つ受けて死んだらしいし」

 

「どれだけ弱いんですか」

 

 彼女らはそう言っているが、ならば攻撃を受けなければいい。

 だから俺は後衛として弓を持っているし、狡賢い手を取る用意もできている。

 

 

 俺の一撃を受けた敵は、距離をとって警戒し始めた。

 俺を脅威として認識し直し、隙を伺っているのだろう。

 

 睨み合いの中、ポーチの中からそっと物を取り出す。ボーラと呼ばれる狩猟武器である。

 両端に重りが付けられたこの紐は、手で回転させ遠心力を以って投げつけると、紐が足に巻き付いて動きを阻害、或いは単純な打撃を与えられる。

 

 今はまだ使わない。代わりに、ボーラを持ったまま弓矢を構え、距離を取った敵目掛けて矢を放つ。

 

 また矢の行方を確認せず、次の行動に移る。弓矢を構えた時点で、敵が攻めに転じていた。

 矢を放った後の俺は、直ぐにボーラを一回転だけさせて投げつける。それが出来た頃には敵は一歩前方にまで迫っていた。

 

「よし!」

 

 拘束の成功に一声だけで歓喜する。命中したとしても、拘束までに至らないことがあるのだ。

 ボーラは敵の前足を巻き込み、転倒させた。

 

 先程武器を持ち替える時に、半ば無意識で鞘へ収めていた短剣を再び引き抜き、暴れ足掻く敵の首元へ飛びかかった。

 魔力を込める、短剣が水を纏う。敵が俺へと振り返ろうと身を捩る。立ち上がりかけた敵の喉に、刃が突き刺さる。それを引き抜いて、また突き刺す。

 動かなくなるまで、繰り返した。

 

 

「ふう……、やったか?」

 

「……みたいだね。おめでとう、初の単独戦闘で勝ったじゃないか」

 

 毛の束と肉、そして俺が投げたボーラを残して、ライオンは消えていった。

 ドロップしたこのアイテムが何に使えるのかは知らないが、とりあえず勝てたようだ。

 

『技能スキル「投擲」を習得しました』

 

 スキルも習得した。……習得するのは簡単なんだがな。

 

「それにしてもアレ、何時の間に用意してたの? 言ってくれれば私が投げ方とか応用とか教えたよ」

 

「ケイも使ったことがあるのか。……いや、移動中のキャンプで、料理の片手間に作ってた。それからずっとポーチに忍ばせてたしな」

 

 毎日、この世界での深夜を現実世界で過ごしているが、その時間の全てをあのノートに費やしている訳じゃないのだ。

 この様な武器を見つけることが出来たのはインターネットのお陰である。

 

「応用を教えてくれるなら、次モンスターに出会った時にでも」

 

「そうだね。……ところで、イズミはどうして無言で固まってるの?」

 

「……い、いえ。ちょっと驚きました。というか恐怖しました、ほんの少し」

 

「恐怖?」

 

「いやだって、馬乗りのままライオンに短剣を振り下ろし続けるんですよ。これで血飛沫が出てたらまんまホラーですしこっわ」

 

 あの猫被りのキャラが崩れる程だった様だ。まあ、一撃で殺せなかったのは仕方ないとして、これからはもう少し健全な殺し方を心がけよう。健全な殺し方ってなんだよ。

 

「ま、次行こうよ、次。これじゃあ安全を確保しただなんて言えないよ」

 

「そうだな……次もまた俺か?」

 

「んーん。今度はイズミも加わ……あん?」

 

「どうした、ケイ。喧嘩売られたごろつきみたいな顔して」

 

「ん、んん? 待ってください、これってもしかしてドラもん?」

 

 ドラもん……? 確かイヅミのペットの一員だったか。

 はて、ここにそのドラもんが居るとは聞いていないが。それどころか、イヅミも驚きを見せている。

 

「なんであのドラゴンがここに居るの。こんな場所にいたら別行動してるパーティに見つかってもおかしくないよ」

 

「私だって分かりません。予定外ですよこれ。……とりあえず一回ドラもんを呼び出します。事情を直接聞きましょう」

 

 呼ぶことになった。するとイヅミが足を止め、『詠唱』とだけ口にしてその場に留まった。

 

「どれぐらい掛かる?」

 

「ざっと3分でしょうか。まあ直接向かいに行くよりは早い距離です」

 

 遅いとも早いとも言えない。カップラーメンの待ち時間だけでドラゴンがやってくると考えたら、十分早い気がするが。

 ケイがその役割をこなしてくれるだろうが、一応といった感じで周囲を警戒しつつ待って、その3分を迎える。

 

「『召喚、ドラもん』……おいで!」

 

「……そういえば、召喚の瞬間を見るのは初めてだね」

 

 俺は召喚されるキャットを見送ったことがあるが、送り先の方から見るのは初めてだ。

 いったい何が起きるのだろう、と見ていると、彼女の目の前の地面に大きな円が現れる。

 

「……おお」

 

 そして、その円から光が流れ出る。光で円の内側が見えない。

 眩しいが、視界いっぱいを塗りつぶすには足りないそれを、警戒そっちのけで観察していると、その光が少しずつ薄れていく。

 

「……動く魔力が少ない。転移に近い現象に対してあれだけで済むのは───」

 

 ケイがなにやらボヤいている内に、光の内側に現れた存在を()()で感じとる。

 俺の淡い魔力感知技術でも、その感覚は気のせいではない程にハッキリと訴えかけてくる。

 

 図体も、魔力も、でかい。

 

「……ドラゴン。いや、ドラもんか」

 

 想像と期待を裏切らない巨体がようやく視界に現れた所で、感嘆の声を抑え、その姿の名を呼んだ。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ドラもん。私がわかるかな?」

 

「……!」

 

「流石にわかるか。さて、突然呼び出して悪いけれど……」

 

 見て分かるのは、ドラもんが明らかに動揺している事だ。

 銀色の輝かしい巨体に見合わない様子を、俺たち2人は何も言わずに見ていた。

 

「何故ここに居る? 山岳地帯に隠れていたとしても、関係ない。私は、指示があるまで王国領のあの山から離れるなと言った筈だ。怪獣にでも縄張りを追われたか?」

 

「ぎぅ、ギ」

 

「謝罪など要らない。身勝手で、無計画で、自らを傷つけるかもしれない行動だったのなら、謝るのも当然だが……。実際のところは、どうなのだ?」

 

 

「……」

 

「どんな原理で会話してるのやら」

 

 ケイが無関心そうな口調で、しかし言葉自体はそれに興味を示しているようなもので……。確かに、俺もその謎に関して興味を寄せていた。

 方や日本語、対して鳴き声。これで会話が成立するというのなら、世の翻訳装置はお役御免である。

 

「───親を探していた、か」

 

 すると、イヅミ──口調は既に自称怪盗だった頃のイツミのそれであるが──が、大きな溜息を吐き出した。

 

「全く……、ドラもん」

 

 すると、説教をする時の重い雰囲気を何処かへと仕舞ったイヅミが、手招きしながらドラもんの名を呼ぶ。

 それに応えてか、ドラもんが鼻先をイヅミの胸元へと近付けると、イヅミが目の前の頭を抱きしめ、撫で始めた。

 

「自身の生まれに不満があるのは分かる。だが、オマエはその身に架けられた値札の数字を知らぬわけではないのだろう?」

 

 イヅミの言葉に、俺は心の中だけで頷いた。

 銀色の美しい鱗。それだけで、ドラゴンとしての格が察せられる。そして、冒険者達にとってのその価値も同様に……。

 

「十分な強さを手に入れるまで、安全な場所から離れず、そして私の召喚に応じ、実戦の経験を積む……。その約束を交わしたこと、忘れた等と言わせないぞ」

 

 

 ……無言がしばらく続く。その間、撫でられ続けるドラもんの姿を見ていると、ふとケイが別の方へと振り返る。

 

「敵だ。方位は北西、あっちの方」

 

「タイミングの読めない奴だな……」

 

「一直線に向かってきてる。多分、ドラゴンの魔力に惹かれてやって来たんだと思う」

 

「……この辺りで魔力を感知するモンスターと言えば、グリフォンです」

 

 小さいが、空にそれらしいシルエットが見える。

 しかしこれは気のせいだろうか。複数の、それもざっと5体の姿が飛来しているように見える。

 

「そうですね……、面倒を起こした事への謝罪代わりに、私達に任せてくれません? ケイちゃん」

 

「ん、別に良いよ」

 

「ありがとうございます。……まあ、ドラもんにとってはちょっと手軽すぎる相手ですがね」

 

 イヅミがドラもんの方へ目線をやる。

 それが指示だったのか、銀色の身体を煌めかせて、敵の方へと振り返った。




最近は絵描きに手を出し始めてそっちに手を入れてますの

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