ウチのキャラクターが自立したんだが   作:馬汁

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69-ウチのキャラクターと俺の戦力強化

 翌日。

 

 夜間のログアウトから戻ってきて、同時にケイが起床する頃、俺たち2人は町の外に繰り出していた。

 その場所は何の変哲もなく、強いて言えば平らで動きやすい地形だった。

 

「そういえばイズミはどうしたんだ?」

 

「イヅミ……ああ、そういえば昨日からパーティ増えたんだっけ。つい忘れちった」

 

 後ろへステップ。硬い地面に靴底を擦り付けると同時、ケイの剣が目の前を裂く。

 

「一眠りして忘れるのか、酷いな」

 

「だって朝から見かけなかったし、寝起きに“これ”に誘うもんだからさ」

 

 唐突だったのは認める。ここでの朝を迎える直前に思いついたことだからな。

 

 ……依頼に関する状況把握の為に、”ケイの旅路“を読み進める時間を削って情報収集を行った。

 結局貴重な時間を削られてしまったが、この面倒事を乗り切る為の策を捻り出す為には必要だ。

 

 

 その策というのが、これだ。お互いの剣が、お互いの構えで向けられている、この状況。

 ケイはしっかりと剣を構え、剣先は俺に向けられている。俺は短剣を片手で握りしめ、自分を守るように構えている。

 

 俺たち、ソウヤとケイは今、戦っている。

 

 

「……というか、始めが俺だとは言え、雑談混じりに剣を振るのはなかなか異様だ、な! ……まあ、余裕で避けるか」

 

「攻撃の予兆が長いし分かりやすい。……あ、言っておくけど、私が忘れっぽいワケじゃないよ?」

 

「どうだか。精神年齢で言えば十分以上に長生きじゃないか」

 

 肩を竦める。戦闘態勢は緩めない。

 と思ったら、ケイが動き出す。前進と同時に、剣がこちらへ向けられる。

 

 一見すれば、突きの動きだ。

 

「しっ!」

 

 斬撃、()()()()()()()()()

 俺の短剣とケイの長剣、金属同士が擦れる音と同時、腕に力を入れて剣筋を逸らす。

 

「……中々身につくのが早いね。受け流しが少しずつ良くなってるのもあるけど、私の剣筋を読んだでしょ?」

 

 関心するように言われたが、剣術について数時間、屋根の下で腰を据えて教わったのだ。その中で得た知識を、ここで引き出しただけだ。

 今のケイの動きは、途中まで突きの動作を行い、腕をしならせる様にして斬撃へと変容させるというもの。フェイントの類だ。

 威力は低めになるが、守りを避けて当てることが出来る。

 

「腕の関節を観察すれば、突きか斬撃かがわかる。ついでに斬撃の方向も把握出来る。だろう?」

 

「そうそう。具体的にどう対応した?」

 

「突き動作の時点で警戒して、肘のあたりに注目した」

 

「ふうん……及第点? まあ、武器によって振り方が違うから、どの相手にもその見方をすれば良いワケじゃないよ」

 

「わかった」

 

 座学も実践も、今日で初めてになるはずだ。しかしこうして、手加減されているとはいえ、マトモな戦闘に見える程度には様になっている。

 

「本当、身につくのが早いね。座学を実践に生かすのが得意なのかな?」

 

「意識して対応しているだけだ。それにこれは実践じゃなくて、稽古だ。……落ち着いた判断ができる精神状態を、本当の戦いの中で維持出来るとは思えない。それに手加減されてるしな」

 

 ケイは“問い”を1つずつ投げかけるように剣を振るっている。同時に2つの問いをぶつけるような事はしないし、答えを待たずに次の問いを突きつける事もしなかった。

 

「うんうん、悪くない心構えだ。それじゃあ、この状況でも落ち着けられる?」

 

 ケイが感心しつつ、連撃を放つ。俺は距離を取る。ステップにステップを繰り返し、それでも避けきれない事を悟る。

 速い。間合いが離れない。左から斬撃が来る。なんとか受け流した。その直後に次の攻撃。思考が追いつかない。

 

「いっ」

 

 そして、やや深めのダメージを胸の下辺りに受けてしまう。

 

「4度目だね。……どう? 一撃一撃に注目して、ちゃんと考えて対処出来たかな?」

 

「……いや、無理だ」

 

 この稽古で4度目の被命中。

 コレが本当の戦闘であれば、彼女の持つ剣が鞘に収められたまま振られていなければ、運が良くてもHPは数パーセントしか残らないだろう。

 

「考えて行動する人は、果たして思考と行動を並列で出来るか? 常に相手に行動を強いることが出来れば、思考を鈍らせられる。そして出来るのが、隙だ」

 

「……むう」

 

「感覚的に行動する人、つまりバカは、頭の良いヤツに勝つ! のかもしれないね?」

 

「バカ……」

 

 些か口が悪すぎやしないだろうか。

 

「まあそれは冗談として。もちろんこの相性なんて物は絶対じゃない。単調な攻撃を続けたら、裏手に取った反撃が来るかもしれない。回避と思考を並列させられる人だって居るだろうね。そもそも訓練された剣士なら、立ち回りなんてほぼ無意識で出来るかもよ。ていうか私がそう」

 

 実際にやってみればわかるが、攻防を行いつつ次の手を考えるというのは中々難しい。

 手足を動かすので目一杯だし、相手の一挙一動を見逃せば対応が遅れる。それらを欠かさず、そして次の手を考えろと? 俺には難しい。

 だが、思考のキャパシティを手足に割かずとも動けるなら、確かに話は別になる。

 

「結局は、一枚でも二枚でも上手だった方が勝つんだ。一対一の戦いなんてそんなもんだよ。お互いの戦術がどう噛み合おうと、どちらかの地力が強かろうと、噛み砕いた方が勝ちで、噛み砕かれたほうが負け」

 

 ……中々詩的な事を言ってくれたが、分かりやすい。

 不意打ちで、強者を討つ弱者だって居る。力でねじ伏せる奴も居る。

 

 俺に出来ることは、俺の戦い方が本番で通用するモノに仕上げる為に、研ぎ澄ませる様に鍛錬するのみだ。

 

「分かりやすい」

 

「どうも。じゃあ、あと30分ぐらい続けてみようか」

 

「ああ」

 

 手加減はされているが、それでも相手は数十年の騎士の経験と、冒険者としての経験も積んだ、元騎士の大魔法使い。

 彼女が纏っている、“勝てそうにない”と感じさせる雰囲気、オーラを前に、鞘に包まれた短剣を構えた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ケイさぁんっ!」

 

 宿に帰って来て、各々の部屋に戻ろうとした直前。ケイの扉の真横で待ち受けていたイヅミが、ケイ目掛けて飛びかかった。

 流石にその正体は怪盗。素早い身のこなしで、危うく俺の目線が追いつかなく───

 

「ぺい」

 

「へぶっ」

 

 ───と思った頃には、イヅミは叩かれて床に蹲っていた。

 

 ……一瞬の攻防だ。

 先程までの稽古が無ければ、見逃していた所だった。

 

「うう……どこ行ってたんですか!」

 

「メールでちゃんと言ったよ、稽古だって。……ほら、立ち上がりなさい」

 

「あれ? そうでしたっけってあいたたたたケイさん握力!」

 

 ギリギリという擬音が聞こえてきそうだ。イヅミの手を取って立ち上がらせようとするケイが、その握力で()()()()()

 涙目で慈悲を求められて、ようやく手放したが……、ケイはイヅミの扱いが些か雑である。

 

「か弱い女の子の細い腕になんて事するんですか!」

 

「あ、寝癖ついてるよ」

 

「話聞いてますか?!」

 

 傍目に見ている分には面白いのだが、パーティの協調性という面では、どうだろう。

 ……イヅミ本人は戦闘に参加しないし、特に問題なさそうだ。

 

「メールでも伝えたけど、ソウヤと稽古してたんだよ」

 

「全く悪びれもしないですねケイさん……。ていうか、稽古?」

 

「そう、稽古。ソウヤは弓が得物だけど、それでも接近戦の必要を迫られる可能性もあるからね」

 

「はあ……。ケイさんは魔法使いのくせして、剣も強いですからね」

 

 魔法剣士の名に矛盾はない。むしろ彼女以上にこの名が似合う者は居ないだろう。

 

「まあ、良いんですけど、私を置いて行かなければ。一応、私が依頼主だって事は忘れないでくださいよ」

 

「はいはい」

 

「む……」

 

 本当に分かっているのだろうかと、イヅミは疑念を目つきにしてケイをジッと見る。

 

「……はあ。ところで、これからどうするんです? 因みに私は美味しいデザート店での食事を所望します」

 

「あー、昼食の時間ね。お店で装備でも見に行こうかな?」

 

「ケイさん前後の文が噛み合ってませんけど」

 

 装備? 

 防具は今のところ不十分だと感じてはいないが……。武器に関しては、ケイの方は土属性の魔剣から乗り換えるつもりはなさそうだが。

 

「……何か良い弓が有れば買い換えたいな」

 

「んや、ソウヤなら矢に毒なり塗った方が良いと思うよ?」

 

「おお、その手もあるか」

 

 やや卑怯かもしれないが、この人形、使えるものは何でも使うつもりである。

 それに、威力の高い弓はその分必要な筋力も高い。変に強い弓より、矢に細工を施した方が効果は期待できそうだ。

 

「そうすると、毒……と一概に言っても色々あるな。麻痺、麻酔、幻覚……どんな効果の毒を用意すれば良いんだ?」

 

「あー……毒でも買うんですか? 経口毒なら幾つか手持ちがあるんですけど、矢に塗って効果が出るとは……。それに、精々が下剤だったりですし」

 

「だってさ、貰っとけば?」

 

「戦闘中に便意を催す敵なぞ見たくないぞ……。まあ、貰えるのなら」

 

 手を出してみると、イヅミが何処からか瓶を取り出して、渡してくれる。

 スカートの裏から出てきた様に見えたのだが……。

 

「供給の目処は無いので、後は自分で買ってくださいね。弓矢を専門にしてる店か、ポーションの店にたまにありますから」

 

 イヅミには物をスカートの裏に潜める習性でもあるのだろうか。

 ミリ程の興味が湧いてしまったが、思いとどまる。彼女の真の性別は未だに不明である。

 好奇心を満たした後に男だと明らかになれば、俺は直ぐにこの短剣で切り落とすことになるだろう。

 何を、とは言わない。

 

「じゃあ俺は買いに行く」

 

「私も一緒に行こうか?」

 

「ああ、頼む」

 

「買い物なら私も行きますよ〜!」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ケイ、そっちの方の収穫はどうだった?」

 

「麻痺毒買ってきた。この前キミが戦ったあの蠍から採れるって」

 

「……あれに麻痺の効果があったか?」

 

 一度体験した俺だが、その様な効果は全く確認していない。

 

「私も思ったけど、手間掛けて保存しないと、麻痺毒に劣化するとか何とか」

 

 瓶を一本渡される。

 変な毒だな、とその性質を不思議に思いつつ懐にしまう。これで戦法の幅が広がるだろう。

 

「あの、すっごーく今更なんですけど、3人一緒にワイワイ買い物するって期待してたんですよ……?」

 

 この期に及んで何を言っているのだろう、彼女は。

 その様な買い物を楽しみにしていたと言うのなら、事前に言ってほしいものだ。

 

「ま、残念でしたけど一応買い物してきましたよ。私も同じ麻痺薬を買いましたけど、こっちには油もあります」

 

「油……火矢でも放つの?」

 

「本来はそういう用途じゃ無いですけど、流用出来るかなって。因みに元々はブレストーチ……あっちでいうガストーチの燃料が入ってます」

 

 ……常温で蒸発したりしないよな? 

 2瓶目の麻痺毒と油を受け取る。見たところはちゃんとした液体の様だ。

 

「そっちの成果はどうなの?」

 

 俺の方はといえば……これだ。

 おもむろに取り出したのは、中に妙な鉄片が埋め込まれた透明な矢じりと、先端が見慣れぬ形状をしている矢じりである。

 

「……毒を買うっていう話だったんじゃ?」

 

「瓶詰めの液体の毒だけって言うのも、考えが凝り固まっているかなと思って……。少し捻ったものを探してみた」

 

「ふうん? 本当のところは?」

 

「アイツ、俺を言いくるめて変なもの買わせやがった」

 

「なるほど」

 

 あの職人、商人魂も兼ね備えていた。俺の筆談のスピードを追い抜く勢いで言葉を叩きつけてきたのだ。

 流石に最終的な取引はなんとか普通に行ったが……。

 

「……説明すると、こっちは注射矢と言って、中は空洞になっている。十分な威力で相手に当てると、中身が先端に向けて押し出される……様に設計されている」

 

 その中身が毒なら……通常よりも多くの効果を与えられるだろう。

 ……恐らく。

 

「こっちのガラスは、当たった後に体の内部で割れて、破片が臓器を切り裂いて致命打を与える……のを期待して設計されたらしい」

 

「なんか曖昧だね」

 

「ああ。弓矢工房を訪ねて、欲しい物を伝えたんだが……色々あって、後はさっき言った通りだ」

 

「なるほど。キミだけで買い物させるべきでは無かったね」

 

「うむ……」

 

 弁当売りをしていた頃は、こんな事は無かったのだが……。

 まあ、一応使えないことはないだろう。後で矢じりを幾つか交換して、使える様にしておこう。

 

 

「──……あ」

 

 適当なモンスター退治の依頼を請けて、この毒の効果を一度試そうかと話しつつ歩いていた頃。

 話の輪からあぶれて後ろを歩いていたイヅミが、なんだか気になる一文字を口から漏らす。

 

 一体どうしたのだろう、ケイと俺は振り返って、彼女の顔を見る。

 

「あ、すいません。キャットの反応が見当たらなくて……」

 

「……ん、本当だ。確かに気配が見当たらない」

 

 ……いや、言い方が気軽すぎないだろうか。キャットの身に何かあったと考えるべきだと思うのだが……俺が間違っているのか? 

 

「キャットが本気出して隠れると、こっちからも居場所が掴めないんですよ……。まあ、晩御飯の頃合いには戻ってくると思いますよ」

 

 必ずしも緊急であるとは限らないらしい。

 ……が、

 

「そんな軽くていいのか」

 

 イヅミは重く見ておらず、どちらかと言うと「どうしたんだろう」という風に近い言い方だった。

 しかし、俺はそのような態度で受け止める気にはなれない。

 

「ソウヤが心配そうだけど?」

 

「ああ、それなら大丈夫ですよ。キャットが戻って来なかった事なんてありませんし、危険な状況になっても直ぐに逃げてきてくれます。……まあ、そいう時は大抵私も危険に引き込まれますけど」

 

「……そうか」

 

 こう言ってしまうとなんだが、フラグの匂いがする。これは警戒した方が良いだろう。

 俺は矢筒の位置と弓の調子を確かめ始めた。

 

  ……ケイなら、これを勘と呼ぶだろう。

 彼女の方をチラと見てみると、ほんの少し雰囲気に変化があったような気がした。




物語が頭に浮かんでこない。
今書いている別のシリーズに殆ど興味が向いている気がする。

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