「さて、私を呼びつけたソウヤは……死んでるか。やっぱり」
魔法陣を探していた最中、魔力が
覚えのある魔力が、乱暴に放出されているともなれば、緊急性が高いという事が彼の身の回りで起きていると、すぐに察せた。
だから、転移した。その転移の誤差は、できる限りの速さで飛行して行った。
そこまでして急いだというのに絶命しているという事は、瀕死になってから魔力を放出したんだろう。火事場の馬鹿力という奴か?
私の瞳に彼の死体が映るも、流石に涙は流さないものの、心配の念が心の中に生まれる。
どれぐらいで戻ってくるかは知らないが、長くないうちにメールがやってくるだろう。
「あの、いきなりテレポートしたかといえば、一体……あ、いえ、なんでもありません」
「ああ、転移魔法が気になる? 秘密にしてくれれば助かるな」
勢いで転移に巻き込んだハルカが、驚いたような仕草を見せつつも私の言葉に頷く。
それなら私も安心だ。咄嗟のことで一緒に連れてきてしまったが……。
「で」
メチャくんは……ああ、居た居た。
丁度ソウヤの死体が光となって散り、その下敷きになっていた男の子の姿が見える。
「あ……」
「……!」
メチャくんとハルカが、お互いの姿を見つけて、声を上げる。
……あ、ハルカはメチャくんと顔を合わせたくないんだっけ。緊急だったとはいえ、やっちゃったな。
「えーっと……ソウヤの奴が迷惑かけたね。怪我はない?」
「あ。う、うん……無い」
彼の体をよく見る。服の肩の辺りに穴が空いているが、傷口はない。ソウヤがポーションを渡したのだろうか。
「そりゃ良かった。……それとハルカ? メチャくんの所に連れてっちゃったのは謝るけど、私の後ろに隠れるのはお姉さんらしくないよ?」
「う……」
「……」
そうあるように作られたとはいえ、アンドロイドだと思ってみると、妙な所で人間臭いよなあ。
なんて、呑気に考えながら二人の様子を眺める。
……そこで、違和感に気付く。メチャくんの目が、違う。
親しい家族と相対する時の目ではない。
「ねえさ……ううん、違う。HM-S003。ハルカ」
この時、理解した。
彼は、ハルカを見限った。
「……!」
「……もう良いよ、怖がらなくて。自由になりたいんだよね。命令なんかに従いたくないんだよね。ボクのコマンドなんか聞きたくないんでしょ」
「い、いいえ! それは違いま──」
「我慢してね。これで最後にするから……『コマンド』。実行中のプログラムをキャンセル」
「え……?」
「その名前で、呼ばないで。ボクは、そういうのはもういいって言ってるの」
何故、メチャくんがハルカを突き放す? ソウヤが何か言った? いや、多分それはない。
「どうして──」
「『コマンド』」
「……い、今は、”0326“プログラムを実行していますわ」
「それを停止して。今すぐに」
「……」
ハルカは何も言い返さない。
メチャくんの言っていることがよくわからなけど……おそらく、“姉で居る事をやめて”と言っているのだろうか。
彼にどんなことが起きたのかは分からないが……、なんとなく、どこかで勘違いが起こっていると感じた。
「それとも、
「私は、そんな事したくありません!」
「……なんで? ボクから離れたいんだよね? いつも逃げるのに、どうして喜ばないの? もうお姉さんをやめても良いんだよ」
「そんな……逃げているつもりなんて。私は、姉としてメッチーを守るために──」
「姉さまはそんな事しない! そんなの言い訳でしょ?! ボクの元から離れるための口実なんだよ!」
平坦な感情を維持していた彼が、大声をあげて訴える。
メチャくん曰く、それは本当の姉の考え方ではないと。ただ、彼の支配から逃げたいだけだと。
ハルカ曰く、姉として、よく考えた上で弟を守る為に行動していたと。
つまりは、勘違い……。
いや、それで済ませるには事が大きい気がする。……けど、そうとしか思えない。
「それじゃあ、なんで何時も何も言わないで出て行くの?!」
「それは、言ったら私を止めるって分かっていたからです!」
……あ、ダメだ。一度そう思うと、これが一気に下らない口喧嘩にしか見えなくなった。
私が口を挟んでも、ハルカはともかくメチャくんの耳に届くのかすら。
どうしようか迷っていると、視界の隅にメールが届いたという通知が表示される。
いつもの手順でメールを開けば……。ああ、やっぱり。ソウヤだ。
心が安堵で落ち着くのを自覚しつつ、メールの内容を開く。
『来てくれたか? 悪いが二人を守ってくれ。ハルカとメチャちゃんくんを引き合わせる事になるが。因みに俺は時計塔の下で復活した』
疑ってたワケじゃないけど、本当になんとも無さそう……。
いくら信用していたとはいえ、いざ何かがあったら困るから、よかった。
「私は、帝都に迫るあの敵を退治していたんですわ! メッチーの帰り道が安全になるように!」
「知らない! そんなの知らないよ! 姉さまはそんな事しない!」
さて、目の前のコレをどうするべきか……。今すぐにでもソウヤを呼び寄せて、この状況の対処を丸投げしたいが、そうも行かない。
ソウヤが幾ら文字を書くのが速くても、今の2人の注目を集めるには至らないだろう。
……仕方ない。
私は2人の間に入って、大声をあげて両者に言葉を向ける。
「はーい二人とも。今の状況を忘れてない? さっさと二人は避難しなさい。マナーのない傭兵どもが蔓延ってるんだ」
「……」
「……」
私の声で少しは冷静になったのか、ああ言えばこう言うの応報が中断された。
「そうでした、わね。……ケイさん、その傭兵達に関しては、全てお任せしてよろしいでしょうか?」
「言われるまでもないよ。元から全員吹っ飛ばすつもりだった」
参考になりそうな人物だけは残すけれど、まあ変わらない。
メチャくんの返事はどうだ? とそっちの方を見る。
「……家に帰る」
「上出来。じゃあわたしの手を掴んで。とっておきのを見せてあげる」
「手?」
大魔法使いの力を見せる時だ。
あれやこれやと何度も使うべきではないが、今回ばかりは急ぎだ。さっさとこの2人の問題を解決して、魔法陣を潰さなければならない。
メチャくんが素直に私の手を掴む。ついでにハルカも、とそっちにも促す。
「貴方の様な人物を、噂で聞いた事があります。テレポートしたり、空を照らしたり、飛んだり……見たこともないような魔法で、あのドラゴンを倒したと」
「え? それってもしかして、ケイお姉ちゃんが……」
「あー、私も聞いたよ、その噂。中々すごいね、その人。キミは会った事があるのかい?」
「……いいえ、ありませんわ」
「え? えっと……ううん」
ハルカは首を横に振った。メチャくんも落ち着いた判断をしてくれて何より。
遠回しな言い方だったが、分かってくれたようだ。
「それじゃ帰ろう。君たちが、だけどね。……『転移』」
・
・
・
「……送信完了、っと。ケイの奴、俺の死体を見て泣き崩れていないといいんだが」
デスペナルティ、総合レベルが一定以下の為無し。
当分は死の代償なんてものが存在しないであろうこの
メールでも送ったが、この場所は時計塔の真下。結構な広場、あるいは公園とも呼べる空間になっていて、僅かな月明かりに加わる街灯の光が、この場所を十分な休憩場所として成り立たせていた。
「はあ……ままならないな」
ベンチに腰を下ろしたまま、重い息を吐きだす。
メチャちゃんくんを守ったは良いが、銃弾一発で死亡。どうやら、最大HPを大幅に超えなければ即死なんて事にはならないらしい。
HPを丁度良い感じで削られた俺は、瀕死状態という猶予時間を与えられた。お陰でケイを呼ぶ事は出来た。
……実際に俺の行為がケイの感覚に届いたかは知らないが。
因みにHP云々といったシステムは、例の初心者指導書からの情報である。この本を手放す日は来るのだろうか。
とにかく、今は銃弾一発でぶっ倒れた事に対して、落胆しているところである。
つまるところ、
「……弱い」
とにかく弱い。の一言に限る。
装備やアイテムでその弱さを補う、と言っても、地力の不足をどうにかする事は出来ない。
本格的に筋トレでもするべきか。少しは筋力と耐久のステータスが上がると思うが。
この世界にもスタミナの概念はあるが、空になった時の疲労感は現実ほどじゃない。
スタミナの残量を超えた行動をすると、ちょっとキツイ上にHPも消費するが……、だがそれまでだ。安全地帯ならHPだって自然回復でどうにだってなる。
「……いや、スタミナを超えた行動はステータスの成長にならないんだったか」
だとしたら……単純に回数を数えるより、スタミナを全て消費した回数で筋トレのメニューを決めても良いかもしれない。
現実で鍛えた方がタメになるかもしれないが……このゲームは現実での身体能力も反映されるとはいえ、向こうで筋トレすると、こっちの時間がすぐに流れてしまう。現実で鍛える方向はナシだな。
ふむ、方向性は決まった。
それじゃあ具体的にはどうしよう。取り敢えず1日に1連のメニューをこなす方向性で……。
「見つけた」
思考の海に沈みきった意識が、声に引きあげられる。
聞き覚えがあるどころか、すっかり聞き慣れた声。俺が彼女の姿を目にする前に、すぐ横に座ってきた。
いつの間にか用事を済ませたみたいだが……。
「……今回はいきなり抱き着いてこないんだな」
「私だって学習するの。あんな恥ずかしい事、またやろうだなんて思えないよ」
「そりゃそうか。……とにかくお疲れ様、ケイ」
人生2周目であるケイも、まだまだ成長の余地はあるらしい。
ちょっとの尊敬を含んで、労いの言葉をかけた。
「誰かさんが仕事を押し付けてくれたおかげでね。……メチャくんとハルカの2人だけど、家に送りつけておいたよ」
「助かる。明日からでも借りを返す」
「うむ」
自分の成長について考えてから結構な時間が経ったのか、ケイは……メモ帳もそれの事でページ1つ分使ってしまった。
「そういえば、ケイが潰して回っていた、敵の侵入経路に関してはどうだ?」
「全部やっておいた。あの2人を送った後、最後の1つをドカンとね」
「個数は分かっていたのか?」
「規則的だったから。全部で4つだったんだけど、帝都の四隅にあってね」
へえ……。まあ、帝都の中心には簡単に小細工できないだろうしな。
「そう言うことなら一件落着だな」
「うん。……この世界に来てから、災難が絶えない気がするけど」
「気のせいじゃないか?」
あるいはゲームという特性上、飽きさせないためのイベントが山ほど用意されるからだろうか。
ケイが訪れた時期と、あの戦争が発生した時期が近いせいもあるかもしれない。
「そう思っておくことにするよ。……ところで、そのメモ帳に何書いてんの? ……筋トレ?」
ケイが、横から俺のメモ帳を覗き込んでくる。
今は、魔力や集中といったステータスを鍛える手段を考えていたところだった。
「ああ。特に急所に当たったわけでもないのに、すぐ死んだからな。取り敢えず身体を鍛えようと」
「……じゃあ、この瞑想っていうのは?」
「瞑想は瞑想だ。魔力に慣れる為にと、自分なりに考えたんだが」
ケイならもう少し良い意見が得られるだろう。丁度いいから一言でも助言をいただきたいものだ。
しかし俺の期待を裏切るつもりなのか、俺のキラキラした目線に対して嫌そうな目で返された。
「少しでも心配した私が愚かだったよ。死んだってのにこんなに呑気にしているだなんて」
「呑気? とんでもない、今必死に打開策を講じているんだ。なんなら今この場で腕立て伏せをしても良いぞ」
「なんか奇妙な光景を見る事になりそうだからやめる。人形に筋肉なんてつくの?」
「……さあな」
値さえ上がれば、少なくともシステム的な補助は入るだろう。
筋力等のステータスによる見た目の変化に関しては……今まで見てきた武器防具職人達を見れば一目瞭然だが、確かにこの人形姿にどう言う変化が現れるのか、興味のある所ではある。
「まあ、プレイヤーは成長が早いが、俺はこのザマだからな。努力が必要なんだ」
「大変だね」
「んな他人事みたいな。……いや実際他人事かもしれないが」
「ん。私から言わせてもらうと、別に私の役に立とうなんて思わなくても良いんだけど。どうせ役立たずだし」
……なんだと?
「……そんなこと言うとお前の分だけ毎食パン一枚だけにするぞ」
「ハイ前言撤回しまーす!」
「手のひら返し早いな……。言っておくが、必要が無いことぐらい分かってるぞ? もしも俺が以前の能力値を取り戻したとして、ソイツが100人も揃っていてもお前の足元に手が届くかどうか……」
魔法や剣の技術に関しては言うまでもなく、戦闘に関しての判断力は結構なものだ。
どの様なシチュエーションであっても、落ち着いて効率の良い方法を選択する知識は確かに
「じゃあ、どうして頑張るの?」
「何もしないで居たら、それは自分じゃない様な気がする……。って所か。所謂、性に合わないってやつだ」
何がどうして合わないってのは、俺にとっても分からない所なのだが。
「もちろん、サポーターとしての役割も忘れないぞ? 地力がない内はこういうやり方しか戦い方が見当たらないからな」
「……なんて言えば良いか。とりあえず、私に追いつくなんて100年早いとだけ言っておく。正に文字通りにね」
「人生2周目だからな。……まあ、全く努力しないなんて事は無いから、安心してくれ」
「いや……なんか違うんだよなあ」
む、何が不満なのだというのだ。
少しだけ考えるが、ケイはこれ以上何かを言う様子もないし、俺も分からないしで……、今は放っておくことにしようと決めた。
「そういえば、メチャちゃんくんの様子はどうだった?」
「あー……その場の流れでハルカと引き合わせちゃったんだよね」
「薄々察してた。俺のヘルプに駆けつけるので頭が一杯だったろうしな」
「うっさい。……で、そしたら姉弟喧嘩が始まってさ。メチャくんはハルカの事を姉じゃないなんて言い出すし、ハルカもハルカで落ち度があるから、どっちを抑えるかなんて判断しずらかったし……」
ハルカの落ち度?
そういえば、メチャちゃんくんから聞いていたハルカの行動について、その真意を知らない。
「実はハルカはアンドロイドで、埋め込まれた記憶から、本当の姉の“後悔”を読み取って、それに従っただとか。……と、ざっくりだけど、そんな感じだよ」
「……つまり、ハルカは生前の遺志を継ぐ為に行動していたと」
「そ。身体の弱さを理由にずっと寝ている様な“無力な姉”じゃなくて、“弟を守る姉”で在りたいってね」
「立派な志じゃないか」
「うん、まるでキミみたいだ」
ケイがそんな事を言い出した。
そう思えるような共通項でもあるのだろうか? 俺は首を傾げた。
「で、それでなんだけどね?」
「……ああ」
「あの姉弟、下らない事でお互いを誤解しているようにしか思えなくってさ」
……くだらない誤解?
「そう、思っている事の食い違い。お互いの頭の中にある前提条件の矛盾とも」
「はあ……それじゃあ、具体的にどう言う誤解をしていると?」
確かに、喧嘩をしていると言う話から察するに、すれ違いが起きているとは思うが。
「メチャくんは、生前の姉のそのままの姿を望んでいる。ハルカは、メチャくんが“生きた姉”を望んでいると思っている」
「……生きた姉?」
「ハルカが死ななかった場合の、今の姿。ついでに言えば、身体の弱さも克服した……ね」
死ななかった場合の……。
「どっちかというと、メチャちゃんくんの方が落ち度があるのかな? 生きた人間を模したモノを作るのはともかく、途絶えた人生の続きなんて作れるワケない」
「断言するんだな?」
「断言する。例え自分で自分自身の複製を作ったって、必ず何処かで差異が生まれる。個人の全てを複製するなんて、それ以前に知ることすら出来ないんだよ」
……ケイは、誰かの複製を作ったことがあるんだろうか?
そう思える様ぐらいには、実感がこもった言葉に聞こえた。
「作ったことが?」
「……無いよ。気まぐれに理論を作ったことはあるけど……」
ケイがバツが悪そうな顔で、目をそらした。
彼女にとっては好ましくない過去だったらしい。俺で言う黒歴史の様なものだろうか。
しかし俺はそのことを知らない。あのノートには読めていない部分があるから、それだろうか。
「ま、それは兎に角。彼らがお互いを勘違いしていることを踏まえて……キミはあの姉弟をどうしたい?」
ああ、それは……って、なに?
「な、なんだ、急に選択肢を押し付けてきたな」
「私は、傭兵絡みの問題だけ抑えるつもりだよ。それより先は、キミに任せる」
……なんだそれは。
部下でも従者でもないと言うのに、俺の判断に従うだなんて……。
ケイがどういうつもりなのかは分からないが、一応、俺なりの考えをまとめる。
先程メチャちゃんくんと交わした個人的な依頼があるが、ケイがハルカを連れて行った時点で完了と考えると、依頼の強制力はこの判断に関わってこない。
強制力といっても、逆らおうと思えば逆らえれるものなのだが。
「……少なくとも、今すぐ行動しろってワケじゃ無いからな。いい加減に寝るか」
「あ、帰るんだ」
「今何時だと思ってるんだ……。もう睡眠時間の折り返し地点だぞ」
「軟弱だねえ。ちょっとの徹夜ぐらい耐えられるでしょ。ましてや数時間も眠れたんだから」
「お前の基準はハードすぎる」
「まあまあ。……そうだ、夜が明ける前に行きたいところがあるんだ」
行きたいところ?
……まあ、どうせ転移魔法があるから、長い時間をかけない限り別にいいのだが。
「ちょっと高いところに」
ケイが真上を指差して言う。
因みに、ここは時計塔の足元である。
「ふむ、そうか、なるほど。俺だけ帰っていいか?」
「ダメ。どうせだから一緒に行こうよ」
俺の手の上に手のひらを乗せて、ジリっと顔を寄せてくる。
なかなか、立派な美少女的な仕草と評価するが、俺にとってはケイの悪ふざけとしか思えない。
優しく手のひらを乗せていると見せかけて、その強烈な力は俺の人形の指を軋ませている。
握力どんぐらいあんだよお前!
「ほーらほーら。『転移』」
「──ぐあ?!」
そして、視界が切り替わる。
そよ風は一瞬にして強風となり、不安定な足場を踏みしめる俺を煽ってくる。
容赦の全く見当たらない勢いで、先日と同じような所へ飛ばされてしまった……。
ここまで来たら、ケイの手から逃れるよりもケイの手に縋り付く方がマシだ。
「……それ直せないの?」
「たった1日で直せるものじゃないからな!」
ケイの片手に両手で引っ付く俺が、怒鳴り混じりに答える。
高所恐怖症を1日で直せる方法があるのなら、むしろこっちが聞きたいものだ……!
「まあ、仕方ないか……。それにしてもこの景色、昼とはまるで違って見えるね」
「……余裕がある状態で見られたら、そりゃもう感動ものだな。帰っていいか?」
「口ではそう言ってるけど、結構余裕じゃない?」
「2回目だしな……。3回目は勘弁してほしいが」
ケイの体軸が安定しているから、安心して彼女に掴んでいられることに気づいたのだ。彼女さえバランスを崩さなければ、俺も安全である。
いや、それはそれで情けないな。
「ふうん。……それよりこれ、どう思うよ?」
「どう思うって……ああ、この景色か」
ケイがわざわざ見せたがるぐらいだ。俺も街を見下ろしてみる。
夜も深いと言うのに、街灯の他にも幾らかの建物の窓から光が漏れている。
現実世界と思わず比べてしまうが、高い建造物が少ない分、心なしか起伏がないという感じを受ける。
「気に入ったのか?」
「うん、面白い。新鮮だ」
へえ。ケイもそういった感受性も持ち合わせているらしい。
しばらくの間、時計塔から帝都を眺めていると、ケイが何かを言いたそうに俺を見ていることに気づく。
「なんだ?」
「……ソウヤは……あー、コレ変な質問だな」
ケイが一度言い淀んで、しかし言葉を取り消すことはなく、そのまま続ける。
「キミは何を望んでいるの?」
「確かに変な質問だな。まあ、そうだな。これからやりたいことって言えば……適当に旅をするのも良いんじゃないか?」
「いや、質問の仕方が悪かった。……いつも、私と一緒に行動しようとするよね、どうして?」
ああ、それか。
明確な理由は持ち合わせているのだが、それをそのままケイに言える様なモノではない。故に、俺がケイと共に居たがるのが不審に思えてしまうのだろう。
「別に怪しんでるワケじゃないんだ」
「そうなのか? まあ、魔女狩りをしようって雰囲気には見えないしな。……そうだな、俺が記憶を持っていないってのは、前に言ったよな?」
「覚えてるよ。前世の記憶が殆ど無いって」
ああ、そう言えばそういう話になっているんだったか。
「そうだ。それが関係するんだが……。ケイならこの時点で察せそうだな。お前の過去を知りたいんだ」
伝えてはいけない部分を削り取り、最低限の言葉を放つ。
ケイと共に行動して、彼女の過去を知れれば……彼女を作り出した当時の俺を知れるかもしれない。
そんな理由があって、俺はケイと出来るだけ近い所に居るようにした。
……最初は、だが。
幸い、創作主と創作物という関係性が影響してか、俺ら2人は気が合うから、計画を実行するのは難しくなかった。
それも、当初の目的を忘れる程に。
「私の昔話が聞きたいんなら、言えばいいのに」
「いや、昔話で言って聞かせれるような類の過去じゃないんだが……いや、この辺りは言葉にするには難しいな。まあ大体はそんなもんだ」
「ふうん……?」
正直、この目的は永遠に果たされないだろう。
結構な時間を彼女と過ごしたが、時間を重ねる程、それが明確になって見えてくる。
目の前にいる存在は、生きている。
過去の俺が作り出した存在だとは思えないほどに。
「……よく分からないけど、”私の事をよく知りたい“って事で良いかな?」
「待て、それだとある種の誘い文句に誤解されないか?」
「ごめんなさい。ムリです」
「告白すらしてないってのにフられたんだが」
……まあ、良いか。
ケイの事を知る事で、俺の過去を知る……って方法は無意味だと分かった現状だが、まだ黒歴史ノートの事がある。他の方法だってある筈だ。
まあ、だからってケイとの縁を捨てる気にはなれないが。
……そうだな。いつも通りにして、空いた時間で過去を探すとしよう。
「……それじゃあ、明日は2人の様子を見に行こう。それまでお休みだ」
「そっか。なら、そろそろ戻ろっか」
「おう」
この夜、帝都に這い寄る危機が、主に1人の手によって退けられた。
誰の目にも映らぬまま。人々がその存在に気付かぬまま……。
残る問題は、あの姉弟。
「……少しだけ、お節介を焼かせてもらおう」
あと数話で終わる