ウチのキャラクターが自立したんだが   作:馬汁

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62-ウチのキャラクターと俺の再集結

「さて、私を呼びつけたソウヤは……死んでるか。やっぱり」

 

 魔法陣を探していた最中、魔力が()()()、直後に転移した。

 覚えのある魔力が、乱暴に放出されているともなれば、緊急性が高いという事が彼の身の回りで起きていると、すぐに察せた。

 だから、転移した。その転移の誤差は、できる限りの速さで飛行して行った。

 

 そこまでして急いだというのに絶命しているという事は、瀕死になってから魔力を放出したんだろう。火事場の馬鹿力という奴か? 

 私の瞳に彼の死体が映るも、流石に涙は流さないものの、心配の念が心の中に生まれる。

 

 どれぐらいで戻ってくるかは知らないが、長くないうちにメールがやってくるだろう。

 

 

「あの、いきなりテレポートしたかといえば、一体……あ、いえ、なんでもありません」

 

「ああ、転移魔法が気になる? 秘密にしてくれれば助かるな」

 

 勢いで転移に巻き込んだハルカが、驚いたような仕草を見せつつも私の言葉に頷く。

 

 それなら私も安心だ。咄嗟のことで一緒に連れてきてしまったが……。

 

「で」

 

 メチャくんは……ああ、居た居た。

 

 丁度ソウヤの死体が光となって散り、その下敷きになっていた男の子の姿が見える。

 

「あ……」

 

「……!」

 

 メチャくんとハルカが、お互いの姿を見つけて、声を上げる。

 ……あ、ハルカはメチャくんと顔を合わせたくないんだっけ。緊急だったとはいえ、やっちゃったな。

 

「えーっと……ソウヤの奴が迷惑かけたね。怪我はない?」

 

「あ。う、うん……無い」

 

 彼の体をよく見る。服の肩の辺りに穴が空いているが、傷口はない。ソウヤがポーションを渡したのだろうか。

 

「そりゃ良かった。……それとハルカ? メチャくんの所に連れてっちゃったのは謝るけど、私の後ろに隠れるのはお姉さんらしくないよ?」

 

「う……」

 

「……」

 

 そうあるように作られたとはいえ、アンドロイドだと思ってみると、妙な所で人間臭いよなあ。

 なんて、呑気に考えながら二人の様子を眺める。

 

 ……そこで、違和感に気付く。メチャくんの目が、違う。

 親しい家族と相対する時の目ではない。

 

「ねえさ……ううん、違う。HM-S003。ハルカ」

 

 この時、理解した。

 彼は、ハルカを見限った。

 

「……!」

 

「……もう良いよ、怖がらなくて。自由になりたいんだよね。命令なんかに従いたくないんだよね。ボクのコマンドなんか聞きたくないんでしょ」

 

「い、いいえ! それは違いま──」

「我慢してね。これで最後にするから……『コマンド』。実行中のプログラムをキャンセル」

 

「え……?」

 

「その名前で、呼ばないで。ボクは、そういうのはもういいって言ってるの」

 

 何故、メチャくんがハルカを突き放す? ソウヤが何か言った? いや、多分それはない。

 

「どうして──」

「『コマンド』」

 

「……い、今は、”0326“プログラムを実行していますわ」

 

「それを停止して。今すぐに」

 

「……」

 

 ハルカは何も言い返さない。

 メチャくんの言っていることがよくわからなけど……おそらく、“姉で居る事をやめて”と言っているのだろうか。

 彼にどんなことが起きたのかは分からないが……、なんとなく、どこかで勘違いが起こっていると感じた。

 

「それとも、ブレイク(Break)って言った方が、分かりやすい? これから解放されるんだから、こっちの方が似合うよね?」

 

「私は、そんな事したくありません!」

 

「……なんで? ボクから離れたいんだよね? いつも逃げるのに、どうして喜ばないの? もうお姉さんをやめても良いんだよ」

 

「そんな……逃げているつもりなんて。私は、姉としてメッチーを守るために──」

 

「姉さまはそんな事しない! そんなの言い訳でしょ?! ボクの元から離れるための口実なんだよ!」

 

 平坦な感情を維持していた彼が、大声をあげて訴える。

 

 メチャくん曰く、それは本当の姉の考え方ではないと。ただ、彼の支配から逃げたいだけだと。

 ハルカ曰く、姉として、よく考えた上で弟を守る為に行動していたと。

 

 つまりは、勘違い……。

 いや、それで済ませるには事が大きい気がする。……けど、そうとしか思えない。

 

「それじゃあ、なんで何時も何も言わないで出て行くの?!」

 

「それは、言ったら私を止めるって分かっていたからです!」

 

 ……あ、ダメだ。一度そう思うと、これが一気に下らない口喧嘩にしか見えなくなった。

 私が口を挟んでも、ハルカはともかくメチャくんの耳に届くのかすら。

 

 どうしようか迷っていると、視界の隅にメールが届いたという通知が表示される。

 

 いつもの手順でメールを開けば……。ああ、やっぱり。ソウヤだ。

 心が安堵で落ち着くのを自覚しつつ、メールの内容を開く。

 

『来てくれたか? 悪いが二人を守ってくれ。ハルカとメチャちゃんくんを引き合わせる事になるが。因みに俺は時計塔の下で復活した』

 

 疑ってたワケじゃないけど、本当になんとも無さそう……。

 いくら信用していたとはいえ、いざ何かがあったら困るから、よかった。

 

「私は、帝都に迫るあの敵を退治していたんですわ! メッチーの帰り道が安全になるように!」

 

「知らない! そんなの知らないよ! 姉さまはそんな事しない!」

 

 さて、目の前のコレをどうするべきか……。今すぐにでもソウヤを呼び寄せて、この状況の対処を丸投げしたいが、そうも行かない。

 ソウヤが幾ら文字を書くのが速くても、今の2人の注目を集めるには至らないだろう。

 

 ……仕方ない。

 私は2人の間に入って、大声をあげて両者に言葉を向ける。

 

「はーい二人とも。今の状況を忘れてない? さっさと二人は避難しなさい。マナーのない傭兵どもが蔓延ってるんだ」

 

「……」

 

「……」

 

 私の声で少しは冷静になったのか、ああ言えばこう言うの応報が中断された。

 

「そうでした、わね。……ケイさん、その傭兵達に関しては、全てお任せしてよろしいでしょうか?」

 

「言われるまでもないよ。元から全員吹っ飛ばすつもりだった」

 

 参考になりそうな人物だけは残すけれど、まあ変わらない。

 メチャくんの返事はどうだ? とそっちの方を見る。

 

「……家に帰る」

 

「上出来。じゃあわたしの手を掴んで。とっておきのを見せてあげる」

 

「手?」

 

 大魔法使いの力を見せる時だ。

 あれやこれやと何度も使うべきではないが、今回ばかりは急ぎだ。さっさとこの2人の問題を解決して、魔法陣を潰さなければならない。

 

 メチャくんが素直に私の手を掴む。ついでにハルカも、とそっちにも促す。

 

「貴方の様な人物を、噂で聞いた事があります。テレポートしたり、空を照らしたり、飛んだり……見たこともないような魔法で、あのドラゴンを倒したと」

 

「え? それってもしかして、ケイお姉ちゃんが……」

 

「あー、私も聞いたよ、その噂。中々すごいね、その人。キミは会った事があるのかい?」

 

「……いいえ、ありませんわ」

 

「え? えっと……ううん」

 

 ハルカは首を横に振った。メチャくんも落ち着いた判断をしてくれて何より。

 遠回しな言い方だったが、分かってくれたようだ。

 

「それじゃ帰ろう。君たちが、だけどね。……『転移』」

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「……送信完了、っと。ケイの奴、俺の死体を見て泣き崩れていないといいんだが」

 

 デスペナルティ、総合レベルが一定以下の為無し。

 当分は死の代償なんてものが存在しないであろうこの身体(マネキン)で、鎧に包まれつつも木製のベンチにて寛いでいた。

 

 メールでも送ったが、この場所は時計塔の真下。結構な広場、あるいは公園とも呼べる空間になっていて、僅かな月明かりに加わる街灯の光が、この場所を十分な休憩場所として成り立たせていた。

 

 

「はあ……ままならないな」

 

 ベンチに腰を下ろしたまま、重い息を吐きだす。

 

 メチャちゃんくんを守ったは良いが、銃弾一発で死亡。どうやら、最大HPを大幅に超えなければ即死なんて事にはならないらしい。

 HPを丁度良い感じで削られた俺は、瀕死状態という猶予時間を与えられた。お陰でケイを呼ぶ事は出来た。

 ……実際に俺の行為がケイの感覚に届いたかは知らないが。

 

 因みにHP云々といったシステムは、例の初心者指導書からの情報である。この本を手放す日は来るのだろうか。

 

 

 とにかく、今は銃弾一発でぶっ倒れた事に対して、落胆しているところである。

 つまるところ、

 

「……弱い」

 

 とにかく弱い。の一言に限る。

 

 装備やアイテムでその弱さを補う、と言っても、地力の不足をどうにかする事は出来ない。

 本格的に筋トレでもするべきか。少しは筋力と耐久のステータスが上がると思うが。

 

 この世界にもスタミナの概念はあるが、空になった時の疲労感は現実ほどじゃない。

 スタミナの残量を超えた行動をすると、ちょっとキツイ上にHPも消費するが……、だがそれまでだ。安全地帯ならHPだって自然回復でどうにだってなる。

 

「……いや、スタミナを超えた行動はステータスの成長にならないんだったか」

 

 だとしたら……単純に回数を数えるより、スタミナを全て消費した回数で筋トレのメニューを決めても良いかもしれない。

 

 現実で鍛えた方がタメになるかもしれないが……このゲームは現実での身体能力も反映されるとはいえ、向こうで筋トレすると、こっちの時間がすぐに流れてしまう。現実で鍛える方向はナシだな。

 

 ふむ、方向性は決まった。

 それじゃあ具体的にはどうしよう。取り敢えず1日に1連のメニューをこなす方向性で……。

 

 

 

「見つけた」

 

 思考の海に沈みきった意識が、声に引きあげられる。

 聞き覚えがあるどころか、すっかり聞き慣れた声。俺が彼女の姿を目にする前に、すぐ横に座ってきた。

 

 いつの間にか用事を済ませたみたいだが……。

 

「……今回はいきなり抱き着いてこないんだな」

 

「私だって学習するの。あんな恥ずかしい事、またやろうだなんて思えないよ」

 

「そりゃそうか。……とにかくお疲れ様、ケイ」

 

 人生2周目であるケイも、まだまだ成長の余地はあるらしい。

 ちょっとの尊敬を含んで、労いの言葉をかけた。

 

「誰かさんが仕事を押し付けてくれたおかげでね。……メチャくんとハルカの2人だけど、家に送りつけておいたよ」

 

「助かる。明日からでも借りを返す」

 

「うむ」

 

 自分の成長について考えてから結構な時間が経ったのか、ケイは……メモ帳もそれの事でページ1つ分使ってしまった。

 

「そういえば、ケイが潰して回っていた、敵の侵入経路に関してはどうだ?」

 

「全部やっておいた。あの2人を送った後、最後の1つをドカンとね」

 

「個数は分かっていたのか?」

 

「規則的だったから。全部で4つだったんだけど、帝都の四隅にあってね」

 

 へえ……。まあ、帝都の中心には簡単に小細工できないだろうしな。

 

「そう言うことなら一件落着だな」

 

「うん。……この世界に来てから、災難が絶えない気がするけど」

 

「気のせいじゃないか?」

 

 あるいはゲームという特性上、飽きさせないためのイベントが山ほど用意されるからだろうか。

 ケイが訪れた時期と、あの戦争が発生した時期が近いせいもあるかもしれない。

 

「そう思っておくことにするよ。……ところで、そのメモ帳に何書いてんの? ……筋トレ?」

 

 ケイが、横から俺のメモ帳を覗き込んでくる。

 今は、魔力や集中といったステータスを鍛える手段を考えていたところだった。

 

「ああ。特に急所に当たったわけでもないのに、すぐ死んだからな。取り敢えず身体を鍛えようと」

 

「……じゃあ、この瞑想っていうのは?」

 

「瞑想は瞑想だ。魔力に慣れる為にと、自分なりに考えたんだが」

 

 ケイならもう少し良い意見が得られるだろう。丁度いいから一言でも助言をいただきたいものだ。

 しかし俺の期待を裏切るつもりなのか、俺のキラキラした目線に対して嫌そうな目で返された。

 

「少しでも心配した私が愚かだったよ。死んだってのにこんなに呑気にしているだなんて」

 

「呑気? とんでもない、今必死に打開策を講じているんだ。なんなら今この場で腕立て伏せをしても良いぞ」

 

「なんか奇妙な光景を見る事になりそうだからやめる。人形に筋肉なんてつくの?」

 

「……さあな」

 

 値さえ上がれば、少なくともシステム的な補助は入るだろう。

 筋力等のステータスによる見た目の変化に関しては……今まで見てきた武器防具職人達を見れば一目瞭然だが、確かにこの人形姿にどう言う変化が現れるのか、興味のある所ではある。

 

「まあ、プレイヤーは成長が早いが、俺はこのザマだからな。努力が必要なんだ」

 

「大変だね」

 

「んな他人事みたいな。……いや実際他人事かもしれないが」

 

「ん。私から言わせてもらうと、別に私の役に立とうなんて思わなくても良いんだけど。どうせ役立たずだし」

 

 ……なんだと? 

 

「……そんなこと言うとお前の分だけ毎食パン一枚だけにするぞ」

 

「ハイ前言撤回しまーす!」

 

「手のひら返し早いな……。言っておくが、必要が無いことぐらい分かってるぞ? もしも俺が以前の能力値を取り戻したとして、ソイツが100人も揃っていてもお前の足元に手が届くかどうか……」

 

 魔法や剣の技術に関しては言うまでもなく、戦闘に関しての判断力は結構なものだ。

 どの様なシチュエーションであっても、落ち着いて効率の良い方法を選択する知識は確かに()()()だ。真似できる人なんてそういない。

 

「じゃあ、どうして頑張るの?」

 

「何もしないで居たら、それは自分じゃない様な気がする……。って所か。所謂、性に合わないってやつだ」

 

 何がどうして合わないってのは、俺にとっても分からない所なのだが。

 

「もちろん、サポーターとしての役割も忘れないぞ? 地力がない内はこういうやり方しか戦い方が見当たらないからな」

 

「……なんて言えば良いか。とりあえず、私に追いつくなんて100年早いとだけ言っておく。正に文字通りにね」

 

「人生2周目だからな。……まあ、全く努力しないなんて事は無いから、安心してくれ」

 

「いや……なんか違うんだよなあ」

 

 む、何が不満なのだというのだ。

 少しだけ考えるが、ケイはこれ以上何かを言う様子もないし、俺も分からないしで……、今は放っておくことにしようと決めた。

 

 

「そういえば、メチャちゃんくんの様子はどうだった?」

 

「あー……その場の流れでハルカと引き合わせちゃったんだよね」

 

「薄々察してた。俺のヘルプに駆けつけるので頭が一杯だったろうしな」

 

「うっさい。……で、そしたら姉弟喧嘩が始まってさ。メチャくんはハルカの事を姉じゃないなんて言い出すし、ハルカもハルカで落ち度があるから、どっちを抑えるかなんて判断しずらかったし……」

 

 ハルカの落ち度? 

 そういえば、メチャちゃんくんから聞いていたハルカの行動について、その真意を知らない。

 

「実はハルカはアンドロイドで、埋め込まれた記憶から、本当の姉の“後悔”を読み取って、それに従っただとか。……と、ざっくりだけど、そんな感じだよ」

 

「……つまり、ハルカは生前の遺志を継ぐ為に行動していたと」

 

「そ。身体の弱さを理由にずっと寝ている様な“無力な姉”じゃなくて、“弟を守る姉”で在りたいってね」

 

「立派な志じゃないか」

 

「うん、まるでキミみたいだ」

 

 ケイがそんな事を言い出した。

 そう思えるような共通項でもあるのだろうか? 俺は首を傾げた。

 

「で、それでなんだけどね?」

 

「……ああ」

 

「あの姉弟、下らない事でお互いを誤解しているようにしか思えなくってさ」

 

 ……くだらない誤解? 

 

「そう、思っている事の食い違い。お互いの頭の中にある前提条件の矛盾とも」

 

「はあ……それじゃあ、具体的にどう言う誤解をしていると?」

 

 確かに、喧嘩をしていると言う話から察するに、すれ違いが起きているとは思うが。

 

「メチャくんは、生前の姉のそのままの姿を望んでいる。ハルカは、メチャくんが“生きた姉”を望んでいると思っている」

 

「……生きた姉?」

 

「ハルカが死ななかった場合の、今の姿。ついでに言えば、身体の弱さも克服した……ね」

 

 死ななかった場合の……。

 

「どっちかというと、メチャちゃんくんの方が落ち度があるのかな? 生きた人間を模したモノを作るのはともかく、途絶えた人生の続きなんて作れるワケない」

 

「断言するんだな?」

 

「断言する。例え自分で自分自身の複製を作ったって、必ず何処かで差異が生まれる。個人の全てを複製するなんて、それ以前に知ることすら出来ないんだよ」

 

 ……ケイは、誰かの複製を作ったことがあるんだろうか? 

 そう思える様ぐらいには、実感がこもった言葉に聞こえた。

 

「作ったことが?」

 

「……無いよ。気まぐれに理論を作ったことはあるけど……」

 

 ケイがバツが悪そうな顔で、目をそらした。

 彼女にとっては好ましくない過去だったらしい。俺で言う黒歴史の様なものだろうか。

 しかし俺はそのことを知らない。あのノートには読めていない部分があるから、それだろうか。

 

「ま、それは兎に角。彼らがお互いを勘違いしていることを踏まえて……キミはあの姉弟をどうしたい?」

 

 ああ、それは……って、なに? 

 

「な、なんだ、急に選択肢を押し付けてきたな」

 

「私は、傭兵絡みの問題だけ抑えるつもりだよ。それより先は、キミに任せる」

 

 ……なんだそれは。

 部下でも従者でもないと言うのに、俺の判断に従うだなんて……。

 

 ケイがどういうつもりなのかは分からないが、一応、俺なりの考えをまとめる。

 先程メチャちゃんくんと交わした個人的な依頼があるが、ケイがハルカを連れて行った時点で完了と考えると、依頼の強制力はこの判断に関わってこない。

 強制力といっても、逆らおうと思えば逆らえれるものなのだが。

 

「……少なくとも、今すぐ行動しろってワケじゃ無いからな。いい加減に寝るか」

 

「あ、帰るんだ」

 

「今何時だと思ってるんだ……。もう睡眠時間の折り返し地点だぞ」

 

「軟弱だねえ。ちょっとの徹夜ぐらい耐えられるでしょ。ましてや数時間も眠れたんだから」

 

「お前の基準はハードすぎる」

 

「まあまあ。……そうだ、夜が明ける前に行きたいところがあるんだ」

 

 行きたいところ? 

 ……まあ、どうせ転移魔法があるから、長い時間をかけない限り別にいいのだが。

 

「ちょっと高いところに」

 

 ケイが真上を指差して言う。

 因みに、ここは時計塔の足元である。

 

「ふむ、そうか、なるほど。俺だけ帰っていいか?」

 

「ダメ。どうせだから一緒に行こうよ」

 

 俺の手の上に手のひらを乗せて、ジリっと顔を寄せてくる。

 なかなか、立派な美少女的な仕草と評価するが、俺にとってはケイの悪ふざけとしか思えない。

 優しく手のひらを乗せていると見せかけて、その強烈な力は俺の人形の指を軋ませている。

 握力どんぐらいあんだよお前! 

 

「ほーらほーら。『転移』」

 

「──ぐあ?!」

 

 そして、視界が切り替わる。

 そよ風は一瞬にして強風となり、不安定な足場を踏みしめる俺を煽ってくる。

 

 容赦の全く見当たらない勢いで、先日と同じような所へ飛ばされてしまった……。

 ここまで来たら、ケイの手から逃れるよりもケイの手に縋り付く方がマシだ。

 

「……それ直せないの?」

 

「たった1日で直せるものじゃないからな!」

 

 ケイの片手に両手で引っ付く俺が、怒鳴り混じりに答える。

 高所恐怖症を1日で直せる方法があるのなら、むしろこっちが聞きたいものだ……! 

 

「まあ、仕方ないか……。それにしてもこの景色、昼とはまるで違って見えるね」

 

「……余裕がある状態で見られたら、そりゃもう感動ものだな。帰っていいか?」

 

「口ではそう言ってるけど、結構余裕じゃない?」

 

「2回目だしな……。3回目は勘弁してほしいが」

 

 ケイの体軸が安定しているから、安心して彼女に掴んでいられることに気づいたのだ。彼女さえバランスを崩さなければ、俺も安全である。

 

 いや、それはそれで情けないな。

 

「ふうん。……それよりこれ、どう思うよ?」

 

「どう思うって……ああ、この景色か」

 

 ケイがわざわざ見せたがるぐらいだ。俺も街を見下ろしてみる。

 

 夜も深いと言うのに、街灯の他にも幾らかの建物の窓から光が漏れている。

 現実世界と思わず比べてしまうが、高い建造物が少ない分、心なしか起伏がないという感じを受ける。

 

「気に入ったのか?」

 

「うん、面白い。新鮮だ」

 

 へえ。ケイもそういった感受性も持ち合わせているらしい。

 

 

 しばらくの間、時計塔から帝都を眺めていると、ケイが何かを言いたそうに俺を見ていることに気づく。

 

「なんだ?」

 

「……ソウヤは……あー、コレ変な質問だな」

 

 ケイが一度言い淀んで、しかし言葉を取り消すことはなく、そのまま続ける。

 

「キミは何を望んでいるの?」

 

「確かに変な質問だな。まあ、そうだな。これからやりたいことって言えば……適当に旅をするのも良いんじゃないか?」

 

「いや、質問の仕方が悪かった。……いつも、私と一緒に行動しようとするよね、どうして?」

 

 ああ、それか。

 

 明確な理由は持ち合わせているのだが、それをそのままケイに言える様なモノではない。故に、俺がケイと共に居たがるのが不審に思えてしまうのだろう。

 

「別に怪しんでるワケじゃないんだ」

 

「そうなのか? まあ、魔女狩りをしようって雰囲気には見えないしな。……そうだな、俺が記憶を持っていないってのは、前に言ったよな?」

 

「覚えてるよ。前世の記憶が殆ど無いって」

 

 ああ、そう言えばそういう話になっているんだったか。

 

「そうだ。それが関係するんだが……。ケイならこの時点で察せそうだな。お前の過去を知りたいんだ」

 

 伝えてはいけない部分を削り取り、最低限の言葉を放つ。

 ケイと共に行動して、彼女の過去を知れれば……彼女を作り出した当時の俺を知れるかもしれない。

 

 そんな理由があって、俺はケイと出来るだけ近い所に居るようにした。

 

 ……最初は、だが。

 

 幸い、創作主と創作物という関係性が影響してか、俺ら2人は気が合うから、計画を実行するのは難しくなかった。

 それも、当初の目的を忘れる程に。

 

「私の昔話が聞きたいんなら、言えばいいのに」

 

「いや、昔話で言って聞かせれるような類の過去じゃないんだが……いや、この辺りは言葉にするには難しいな。まあ大体はそんなもんだ」

 

「ふうん……?」

 

 正直、この目的は永遠に果たされないだろう。

 結構な時間を彼女と過ごしたが、時間を重ねる程、それが明確になって見えてくる。

 

 目の前にいる存在は、生きている。

 過去の俺が作り出した存在だとは思えないほどに。

 

「……よく分からないけど、”私の事をよく知りたい“って事で良いかな?」

 

「待て、それだとある種の誘い文句に誤解されないか?」

 

「ごめんなさい。ムリです」

 

「告白すらしてないってのにフられたんだが」

 

 ……まあ、良いか。

 

 ケイの事を知る事で、俺の過去を知る……って方法は無意味だと分かった現状だが、まだ黒歴史ノートの事がある。他の方法だってある筈だ。

 

 まあ、だからってケイとの縁を捨てる気にはなれないが。

 

 ……そうだな。いつも通りにして、空いた時間で過去を探すとしよう。

 

 

「……それじゃあ、明日は2人の様子を見に行こう。それまでお休みだ」

 

「そっか。なら、そろそろ戻ろっか」

 

「おう」

 

 

 この夜、帝都に這い寄る危機が、主に1人の手によって退けられた。

 誰の目にも映らぬまま。人々がその存在に気付かぬまま……。

 

 残る問題は、あの姉弟。

 

「……少しだけ、お節介を焼かせてもらおう」




あと数話で終わる

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