ウチのキャラクターが自立したんだが   作:馬汁

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自然の環境や、自分の周辺が著しく変化するこの頃。
私も軽く体調を崩しております。ごほごほ。


56-ウチのキャラクターと俺の帝都観光

 ドワーフエルフの弟姉に招かれて入ったのは、想定以上に真新しい印象の部屋だった。

 壁や床は木製だが、何かを塗っているのか表面が光沢を放っている。しかも作業場とは違ってパイプが露出している所は無いし、あっても最低限。

 

 窓からは時計塔がそびえ立っているのが見える。部屋に時計がなくとも時刻を知ることができそうだ。

 

 部屋の隅には、静かに佇んでいるメイド服の女性が2人。彼女らは恐らく、人間ではないのだろう。

 一切微動だにせず、目を閉じて棒立ちしている様はまるで人形だが、その正体は人形ではなくアンドロイドであると容易に予想できる。

 

「彼女たちは……」

 

「アンドロイドです。ここに待機しているのは全てBA-F型、ハウスキーパーヴァリアントです」

 

「初めまして。私はBA-F002、通称ベスです」

「初めまして。私はBA-F003、通称レクタです」

 

 エミータが、続いてアンドロイド姉妹がケイの疑問に答える。その内容は俺が予想した通りだった。

 

「……君と同じ?」

 

「大まかには同じです。……席はこちらです、どうぞ」

 

 見慣れない物が多い部屋を観察したくなるのを抑え、案内されるがままに椅子に腰を下ろす。

 

「紅茶が完成しました、これよりテーブル上に設置します」

 

 すると向こうの部屋からまたメイド服の女性が現れる。彼女もアンドロイドだろう。

 声の高さはエミータより高いが、調子は同じだからか、どこか同一人物がそこに2人居るような感覚を受ける。髪型、髪色は違うというのに……。

 

「紹介が遅れました。BA-F001、通称ランジェスです。ベス、レクタ、エミータの統括を担当しています」

 

「……メイド長みたいなもの? すると合計4人も、いや、もしかしたらそれ以上いるのかな」

 

「プロトタイプが別に居るけど、基本的に動かしてるのはこの4人だヨ」

 

「待機します」

 

「お勤めご苦労様ですわ」

 

「……」

 

 ハルカが微笑みかけるものの、アンドロイドは彼女を見つめ返すだけで、しばらくした後に待機中のアンドロイドの横に並んでしまった。

 

「さっき義務がどーのって言ってたけど、彼女達は……」

 

「うん、ボク以外の所には居ないヨ。ボクが広めずに保有してる技術は……まあ、沢山あるネ」

 

 数えるのも億劫なぐらい保有しているのか、わざわざ明かすものではないと判断したのか……。

 若干もやもやしつつ、貰った紅茶を飲む。邪魔だったので防具も一部だけ脱ぐ。

 

「あら」

 

 頭部だけであるが、人形姿のお披露目である。

 ハルカがちょっとだけ驚いて、しかしそれだけだった。

 

「……ハルカは、何も思わないの?」

 

「何のことでしょうか?」

 

「彼女たち……アンドロイドの事だよ。あんまり言葉には出来ないけど、その、なんとも思わないの?」

 

「……その言い草は、少々可哀想ですわ」

 

「キミはそう思うんだ」

 

 ケイはそれを悪いとも良いとも言わず、ただ一口だけ紅茶を飲み、言葉を続ける。

 

「2日間だけだけど、エミータの事を見てて不気味だな、って思った。彼女は命令に素直すぎるぐらい従うでしょ? まるでそれが人生のすべてであるかのように」

 

「ボクがそうあるように作ったからネ……。もしかして、そういうのはキライ?」

 

「別にキライではない。ただ……不思議で、恐ろしい」

 

 なんと。あの大魔法使いのケイに、まさか恐ろしいと言わせるとは。

 横で聞いていた俺は驚いたが、彼女がそういうのならばそうなのだろう、と思い直した。

 

「真っ当な手段以外で作れる人間だ。しかも人間以上の能力を持ち、成長する必要もない」

 

 それを作る当の本人は、何も言わない。むしろ彼女の言葉に耳を傾けているようだ。

 

「……作っている本人を前に言う事じゃ無いね。ごめん」

 

「ううん、別に良いヨ。こういう存在を認められない人がいるっていうのは、ボクは十分承知してる」

 

 メチャちゃんくんが、待機中のアンドロイドを一瞥する。

 呼吸、鼓動、雑念等によって少なくとも身体が完全に静止することは無いはずだが、彼女たちからは動きを一切感じない。

 理由は当然、それらの生命活動を彼女たちは必要としていないから。

 

「……質問して良いかな」

 

 誰に、とは口にするまでもなかった。

 相手が頷いたのを見て、ケイはその質問の内容を口にした。

 

「キミは、どうして"彼女たち"を作ったの?」

 

「……ボクは、作れるから作った。それだけの知識、技術があったから、アンドロイドを作るに至った」

 

「作れるから、作った……? ……それは」

 

「ケイ」

 

 ケイのメチャちゃんくんを見つめる目が、一際鋭くなった。

 これは不味いと直感した俺は、彼女の名を呼んだ。

 

「……何でもない。多分これは私の偏見と、それと……下らない勘違い」

 

「ううん、人が違う考え方を持つのは当然だヨ」

 

「そっか……理解してくれてありがとう。悪いけど、私は席を外すね」

 

「えっと、もしかしてボクのせい? だったらゴメン……」

 

「気にしないで。それと報酬はソウヤにでも渡しておいて」

 

 ケイは不機嫌なオーラを残しつつ、この場を離れてった。

 なんというか、らしく無い。日頃から見ている俺からしても、その不機嫌の理由に心当たりが無い。

 

『ケイを許してやってくれ』

 

「ううん、別に良いよ……。ボクが何か言ったのカモ……」

 

「メッチーは考えすぎなのですわ。ケイさんの事はソウヤさんに任せておけば良いのでしょう?」

 

『任せておけ』

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 こちらが筆談でしか会話できない故にか、ケイがなぜか機嫌を悪くしてしまった故にか、どっちにしろ会話の継続が困難になってきた所だったので、俺も部屋をお暇する事にした。

 

 報酬は既に貰っている。このお金でお土産を買うも、美味いものや面白いものを買い漁るのも良いだろう。幸いこの都には技術者がごまんと居る。満足出来るものが買えるかもしれない。

 

 だが今はそれよりも、ケイの事だ。

 レーダーを取り出して様子を見るが、ケイの反応は見えない。遠くに行ってしまったのかもしれない。

 

「ケイの奴……」

 

 この言葉に込められたのは、決して怒りや心配の念では無く、彼女に対する疑問でしかなかった。

 

 いくら親しい人間であろうと、あらゆる行動の意図を言い当てる事が出来ないのは既に承知している。

 けれど、も……。

 

「……」

 

 それは兎に角。彼女は何処に行った? 

 転移能力があるから、それを使われでもしたらもう分からない。敏腕探偵だって腕を組んで唸るだろう。

 

 仕方ない、軽くメールでも送るか。

 

 本当に軽く、何処にいるかという一言だけを書いたメールを自分宛に送る。

 どうしてかメールの欄が共有される俺たちだから、こうすればケイと連絡が取れる。

 

 適当な広場を見つけ、しばらく待ってるとピロピロンとという音が聞こえる。

 随分と早い返信だな……って。

 

『時計塔の上。こっちに来て見なよ』

 

「時計とっ……お前、いくら転移できるからってそこに行くか!?」

 

 それだけ高い建造物ならば、ここからでも見える。時計塔を見上げ、昼前あたりを指し示す針から少し目線をずらすと……ああ、本当に小さいが、人影かひとつだけ見える。

 

「……あのケイは」

 

 ああ、もう。……ケイの事だ、別に構わないか

 別に失望したワケではないが、諦めることにする。彼女が自ら面倒ごとを起こす事は……まあ無いはずだ。

 

 広場中央には噴水がある。

 蒸気と鉄の街並みとは少しだけ違い、木や低木が、花や草が広場の端に生えている。

 

「……鎧姿が鎮座するには不釣り合いだが、長旅の疲れを癒すのには丁度良いか」

 

 帝都の外はある程度草木が広がっているとはいえ、その更に外側の世界には、荒野とモンスターと危険な集団しかない。

 こういった環境で、植物の匂いを感じながら安心して休めるのは、この広場に訪れた者の特権だろう。

 

 俺は適当なベンチに腰を下ろし、足を休める。

 昨日から車に乗っていて、座ってばかりの2日だったが、それでも疲れというものは貯まるというものだ。

 

【ピロピロン】

 

 む……またケイからメールだ。何か言うことでもあるのだろうか、と思ってそれを開く。

 

『こっちに来る?』

 

 ……俺が時計塔の上に行けと? 

 それはつまり、高所が不慣れな俺に対する……いや、それはないか。

 

「あそこに行くったって、転移する以外に……」

 

『じゃあ私が連れてくよ。地上に降りるから、そっちから迎えに来てね』

 

 またピロピロンといった電子音が鳴り、メールがまたやってくる。

 じゃあ、って何だ。俺は何も言っていないぞ。それにメールはチャットみたいに連続して送信する様な者じゃない筈だ。

 

 その内容は俺の意見を聞くつもりの無いような物で、レーダーをまた手に取ってみれば、確かに反応が画面上に現れていた。

 

「……行ってみるか」

 

 別にあんな所に行くつもりは無いが、まあ会うだけ会ってやろう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「お、やっと来た」

 

「いきなり飛び出して、高いところに登って、今度は俺を誘拐するつもりか? 今回のお前はなんだか……変だぞ、特に。一体どうしたんだ?」

 

「ごめんって。別になんでも無いし」

 

 信じ難い……。人のやる事全てに理由がある、とまでは言わないが、ケイが無意味に何かやるとは思えない。

 

「まあ良いけどな。で、時計塔に登って行くんだって? 正直なところあんな高い所まで行くとか、不安でしか無いが」

 

「この大魔法使いが連れて行くの、なにも不安がる事ないって」

 

 そんなこと言われたって、高いものは……って俺の手を掴むな! どう考えたって握力強すぎるよお前! 

 

「ほら行くよ。『転移』!」

 

「おまっ……ぎゃあ?!」

 

 空気の感覚が一瞬で切り替わり、高所に吹く風が体を襲う。

 足場も平坦な場所ではなく、本来人が立つべきで無い三角屋根の上で立っている。

 

「な、な」

 

「ちょ、自分の力で立ちなさいって!」

 

 危うく足を踏み外しそうなところをケイに掴まれ、そして不自然に強烈な風が俺の体を持ち直させた。

 

「……キミ、高いところがそんな苦手だったの?」

 

 二度と落とすまいとしているのか、彼女の握力がより増したような気配がした。

 反して俺の足は、思うように力が入らない。

 

「苦手に……決まってる! ここから飛び降りるだけで数十秒間の重力ツアーだぞ!」

 

「ちょっと何言ってんのかわかんない」

 

「チクショウ!」

 

 と色々騒ぎ立てるが、彼女のお陰でバランスを崩すことはなく、この場で立っている。

 6割ほどケイの力で立っているようなものだ……。

 

「あの戦争の時は平気だったじゃん。どうして今更」

 

「あの時は緊急事態だったろう!」

 

 ああいや、でもその時のことを思い出すと少しはマシになるかもしれない。

 鳥の上にシートベルトも無しに乗るなんて自殺行為、もう二度としたく無い。上空の風に加え、機動によるGも身体を揺さぶりに来るのだ。

 

「……はあっ」

 

 しばらく深呼吸すると、だいぶ落ち着いてきた。

 あの鳥の上と比べれば、これぐらい何ともないのだ。……ケイの力抜きでは立てないが。

 

「落ち着いた?」

 

「大分……」

 

「そう。ほら、見てよこの眺め」

 

 街を見下ろすと、からくりと鉄の街が、白と黒の煙が所々に、そして遠くには縁化された大地があった。

 忙しなく回っている文明と、平和な時を過ごす自然の対比が、そこに見えた。

 

「いやあ。王都にゃここまで高い建物なんて王城くらいしかなかったからね。この時計塔を見つけた瞬間、ピンと来ちゃったよ。……絶対良い眺めだって」

 

「……お前なら石の鳥でいつでも飛べるだろう」

 

「それとは話が別だよ。アレ見られたら絶対大騒ぎになるし」

 

 そりゃそうか……。

 

「分かりきった事だが、こんな文化を持つ国なんか見た事ないんだよな。ケイは」

 

「見た事ないよ。どこの国にもこんな技術は無かった。こっちの世界で言うドワーフは、ツルハシかハンマーを握ってるような連中だよ。でもここは……」

 

 ケイが眼下に広がる街を見つめて、感心するように言う。

 

「ツルハシやハンマーで到底出来るようなもんじゃない。そりゃ戦争で破壊された街を数日で元通りに出来るだろうね」

 

「そういえばそんな事もあったな……」

 

「まだ数日しかしてないのに懐かしむ事じゃないでしょ」

 

 そりゃまあ。

 

 

「で……」

 

「うん? 自分から口を開くぐらいには落ち着いたみたいだね」

 

「そこまで落ち着いてはいないが……。さっきはどうしたんだ?」

 

「さっきって……ああ」

 

 ケイが取り乱すのはそれなりにレア……でも無いが、俺の持つ印象からすれば珍しいものだ。

 だからって、珍しいからと言う理由で追求するつもりはない。回答を避けるなら、俺はこの事を一切口にしないつもりだ。

 

「嫌なら──」

「ねえソウヤ、キミが見たアンドロイドは、何人?」

 

 質問には質問、とな。

 彼女への答えによっては、俺からあの問いに対する答えは得られないだろう。

 

「護衛の1人と、家事の3人だ。それ以外には見ていないぞ」

 

「そっか」

 

 ……心理テストか何かか? 

 だがケイにはそのつもりは無さそうだ。ついでに、俺の問いに応える事に関しても。

 

「まあいいけどな、俺に話したいと思ったらいつでも話してくれ」

 

「……ううむ。いっつも思うけど、キミって親みたいな態度とりたがるよね。特に私に対して」

 

 生みの親のつもりだからな。

 

「まいいか、降りよう」

 

「賛成だ」

 

 俺はノータイムで頷いた。

 いち早く地上に戻りたい。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 さて……。

 

「観光しよう」

 

 先程貰った報酬が入った財布を持ち上げる。中々重みがあって、この中に詰められた金銭の多さを体感する。

 

 これならば、多少節約しても満足できるぐらいには楽しめるだろう。

 

「切り替え早いね、キミ」

 

「地上こそが俺の……いや、俺たちが生きる場所だ」

 

「へー」

 

 ケイは興味なさげに返事した。そんな態度されると俺でも落ち込むぞ。

 

 むう、と一度だけ顔をしかめるが、すぐに元の調子に戻る。

 文明都市での観光ともなれば、絶対面白いものが手に入るだろう。

 

「ケイも行くぞ。買い食いはお前の得意分野だろう?」

 

「なにその、私は食べ物に目がないみたいな言い方」

 

「いきなり高度大体300メートルに連れてきた仕返しだ。……それじゃあ店を物色しに行くか」

 

 土産になりそうなもの、あるいは役立ちそうな物を探す。

 特殊な効果を持つアイテムを見つけたら、その珍しさに思わず買う……ような事はせず、十分考えてから手に取るようにしよう。

 

 

「これは」

 

「む、早速何か見つけたか。これは……、腕時計?」

 

 ある店に足を止めたケイは、少しばかり大柄な腕時計を見つめた。懐中時計を一回り小さくしたものを、腕に巻きつけられるようにしたと言った方が、見た目の説明としては的確だろう。

 

「やあお客さん。腕時計に興味があるんですかい?」

 

「え? ……いや」

 

「ありゃ、そりゃー残念だな。時計は得意分野なんですがね。特にコレは自信作でね」

 

 店の中から出てきたドワーフは、これらの製作者なのだろう。残念そうにしながら、自慢する様に他の時計も見せてきた。

 

「一応他のも見てみますかい? もしかしたら興味を引くものが見つかるかもしれませんぞ」

 

 ニカっと笑って、案内するように店の中に入っていく。

 ケイはとりあえずといった感じで付いていった。

 

「時計だらけだ……」

 

 ケイの言葉を復唱するようでアレだが、けど本当に時計だらけだ。

 可愛らしい飾り付けに凝った物から、模様が多少掘られただけの無骨な時計もある。

 大きさも、腕時計のように個人が持ち歩くものから部屋の一角に置くようなものまで。

 ここまで来ると、時計が得意というより、むしろ専門なのではないかと思えてしまう。

 

「時計とは関係ない他の品は、こっちに纏めてますぞ」

 

 ドワーフが……いや、種族名で呼ぶのはよそう。

 店主が何やら箱を持ち上げると、カウンターにどしんと置いてから蓋を開いた。

 ……あらゆる物が乱雑に入れられている。宝箱の中身を金から鉄に置き換えてみました、と言われても納得するであろう具合だ。

 

「これは……」

 

「バタフライナイフという奴ですな。簡単な構造で、使うときはこうして、使わない時はこうして刃を仕舞えるのですぞ」

 

「……へえ、普段から懐に忍ばせるにはちょうど良いね。けどこれ、研ぎが甘い」

 

 ちょっ。製作者を前にそんな事言うか? 

 俺は思わず店主の顔色を観察する。

 

「ははっ。こっちは研ぎ方を知らんもんでなあ、知り合いの武器屋なら紹介するけど、どうするんです?」

 

「いや、自分で研げるよ」

 

「おお、それは流石ですな」

 

 か……寛容だな。

 人知れず安堵した俺は、軽く箱の中身を観察してみた。

 

 ゼンマイの付いたオモチャ、カラクリ混じりの日用品、よく分からない物。

 なるほど、まさにその他大勢って感じの品揃えだ。

 

 ……む、何だこれは? 

 

「そっちのお客さんは何か見つけましたかいな?」

 

「……犬?」

 

「おおっ、こりゃ懐かしい! 昔、エルフの知り合いと一緒に作った物じゃあないか!」

 

 本人でさえ盛り上がる程の懐かしさなのか……。

 しかし、エルフとの合作とな。

 

「エルフと? へえ」

 

「ええ、ソイツからの頼み事で、あの時は確か……音の出るカラクリを作ってくれって言われたんです」

 

「……それがこの犬? オルゴールとかでも無く?」

 

「それが違うんですねぇ。最初はオイラもそんなもんを作るのかと思ったけど、話を聞いてみれば全く違って……。試しにその尻尾を引っ張ってみてくださいよ」

 

 ふむ、こうか? 

 尻尾を言われた通りに、丁寧に引っ張る。歯車がキリキリと噛む音が少しだけ聞こえて、そしてそれが止んだ後……、

 

【ワンッ】

 

「?!」

「おお」

 

 犬の声がそのまま聞こえてきた。

 成る程、オルゴールどころか、どの様な楽器を用いても出来ないような音だ。いや、この場合は音ではなく鳴き声と言うべきだろう。

 

 現実ではスピーカーと録音機器とその他電子機器があれば出来る様なものだが、この世界には無いものだから、不可能に近い。

 

 だが、確かに中から犬の鳴き声が聞こえた。

 俺はもう一度尻尾を引っ張る。さっきと同じ様に犬の鳴き声がまた聞こえる。流石に何パターンも用意してはいない様だ。

 

「ケイ。そっちの世界でも見たことがあるか?」

 

「見たことがない……」

 

「そうでしょうなあ。試しにそっちも試してみては?」

 

 ケイが俺から犬の置物を受け取ると、さっき俺がやった様に弄り始める。

 

「……」

 

「こいつは2度も作れるか分からんもんでね。実は魔法が組まれてるんですよ、お陰で仕組みの事は半分も分からんもんで」

 

「……これ、買える?」

 

 ……ほう、興味津々だな。

 ケイの意外な面を見れた気がする。彼女もこういうオモチャに興味があるのだろう。

 

「どうだろうねえ……。こちらとしちゃあ、この置物は今後作れそうにないから売る気になれねえっていうか……」

 

「箱の中にごっちゃにしといて?」

 

「へへ、そこを突かれちゃ何も言えねえや。すっかり存在を忘れてたもんですんで。……ちょっと良いですかい?」

 

「ん、まあ」

 

 ケイは少しだけ残念そうにするが、素直に置物を手渡す。

 店主は細工品にでも触れる様に、慎重に受け取った。

 ……耐久性にでも難があるのだろうか。それならば言ってくれればいいのに。

 

 そう思うと、店主の様子がどこか妙である様に見えてきた。

 

「……数ヶ月前、ですかねえ」

 

「数ヶ月前?」

 

「ええ。そん時ぐらいに、エルフのアイツが、珍しい魔結晶が取れる場所を見つけたって言うんで、そのままここを出ちまったんだよ。全く慌ただしい奴だったよ」

 

「……ああ。その言い方は、つまりそういう事?」

 

「おう、お客さんは察しが早いようで。あのエルフはそれっきり音沙汰無しさ」

 

 なんと……。

 つまりこの犬の置物は、恐らく故人のエルフとこのドワーフが作ったということになる。

 成る程、売り物にするともなれば、難色を示すのも仕方ない。

 

「すまんな。こりゃ半分知り合いの遺品みたいなもんだ、やすやすと売る気はねえさ。……だがお客さんもコイツが欲しかったんでしょう? 代わりにどれか一個だけ、タダで貰って行っても構わんですぞ」

 

「そっか……分かった。じゃあこのナイフだけ貰うよ」

 

「ありゃ、そいつが良いんですかい? 他にも良いもんはあると思うんですがね」

 

「いいよ、私はこのナイフで」

 

 ケイがバタフライナイフを懐にしまってしまう。これ以外に選択肢はない、とでもいう様な態度だ。

 

「気を遣ってるってんなら、気にしなくて良いんですがね。まいいさ、約束通り……ゴホンっ。ソイツはタダでくれてやるよ! ……ってね」

 

「……? ま、まあありがたく貰っておくよ」

 

 物を売る人間として一度は言ってみたい台詞っぽい物を口にした店主に対し、ピンと来ない反応を返す。

 これでは店主がかわいそうだ。

 

「へへへ。この台詞言ってみたかったんだ。そいじゃ、そのナイフを大事に使うようこちらからお願いしますぜ」

 

 店主は俺の心配を裏切る気なのだろうかと思える程の態度で、笑って俺たちを送り出す。

 時計に囲まれた部屋を出て、再びこの文明の街並みへと戻ってきた。

 

 

 しかし、なんというか……。

 

「……地雷踏んだな」

 

「いやアレは仕方ないって。誰が予想できたの?」

 

「神か2週目のケイぐらいだな」

 

「いや、この世界は1週目だし。無茶言わないでよ」

 

 それもそうか。俺は軽く笑って、そして歩き出す。

 初っ端から重い店に当たったが、他にも興味深い店は幾らでもある。これで観光を終わりにするには勿体無い。

 

「行くぞ。次は地雷の無さそうな店である事を祈ろう」

 

「私はどっちかと言うと無神論者なんだけどね」

 

 ケイが肩をすくめてそう言って、それから俺の後ろをついて行った。

 

 さて、次はどの店に寄ろうか。




不穏な空気はあれど、平和は平和である。

・追記
アンドロイド4姉妹全員の名付けをしましたのだわ。
分かる人には分かる命名なのですわ。

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