「えっと……呪い?」
メアリーの言葉に俺は思わず聞き返してしまう。
声は聞こえていないはずだが、動揺が伝わったのか、察したアイザックが口を開く。
「メアリーは、厄災竜の呪いを受け継いだ、ドラゴーナなんだよ」
厄災竜……?
詳細の説明を求めて、アイザックの方を見た。ケイも話の先が気になるようだ。
「その竜も、呪いによる実害も、直接見た事はないけどね。……メアリー、話しても大丈夫なのかい?」
「うん、いいの」
「……よし、わかった。君たちを信じよう」
「信じて良いよ。なんたって、根っからの善人だからね」
「それは良い、呪いの話も安心して話せるな。……さて、どこから話そうか?」
ケイの砕けた言い方に、アイザックの顔に表れていた緊張の表情も、いくらか和らいだように見えた。
彼はすこしの間整理するように目を閉じると、ゆっくりと話し始めた。
「……メアリーは元々村に住んでいた。けれど、メアリーの呪いを知っていた村人たちが、事ある度に彼女に難癖をつけていたんだ。不治の病、不作、怪我。それらは全て、彼女が運んできた不幸だとね」
「村……?」
「シウム村、ある用事で一度寄ったんだ。メアリーを引き取ったのもその時だ」
シウム村。何か聞き覚えがあって、記憶を探る。以前訪れた筈だ。確か……。
「その村って、確かリザードに占領されていたあの村だよね」
そうだ。以前リザード狩りに出た日、ケイと共に赴いた村の名称だ。
ケイが思いついたように言うと、アイザックとメアリーが小さく驚いた。
「ケイは、あの村に行ったことが……いや、占領されたとは、どういうことだ?」
「経由は知らないけど、私がその村に来た頃にはリザードしか居なかった。ドラゴーナなんて誰一人も居なかったよ」
「……」
メアリーが、俯く。
アイザックは”難癖をつけていた”と言ったが、メアリーは心の何処かで自分が原因だと思っているのかもしれない。村がリザードによって乗っ取られたことも含めて。
だが、この子が気に病むことではない。少し迷って、小さな頭に手を置く。
「そうなのか……」
「うん。まあ、そのリザードも全滅してるんだけどね」
ケイの活躍によって……ではなく、本人の貢献は半分程度で、掃討している途中でドラゴンがリザードの拠点を襲撃したらしい。
俺はそう聞いている。
「……とりあえず、話を戻そう。実のところ、メアリーの呪いの症状はハッキリとしていない。体が衰弱するだけかもしれないし、何処かのタイミングで発作が起きるのかもしれない」
「呪いって受け継いでるんでしょ?両親から聞けなかったの?」
「私が引き取った頃にはメアリー1人だった。それに……」
「わたし、お母さんもお父さんも知らない。おぼえてないの……」
俺の手に撫でられているまま、その事を告白する。
両親の事を覚えていないということは、出産して間もない頃に死んだのだろうか。あるいは、捨てられたのか……?
「待って。アイザックが来るまで、メアリーはずっと1人だったの?」
「そう、完全に1人だった。それなのに、不思議と健康体だったよ」
一体どういう事だ……?
いくらドラゴーナは力強いとは言え、幼少期から1人で生き延びれるような種族では無いはずだ。
俺が不思議に思っていると、ふとメアリーの瞳が俺を見つめていたことに気付く。流石にずっと撫でているのは不味いかと思い、ようやく手を離す。
「俺が知っているのはこれぐらいだ。……すまない、あまり詳しく話せなくて。それに、隠すような真似をしてしまった」
「いーの別に。メアリーに信頼してもらえたって思えば、むしろ嬉しいよ」
ケイが謙虚に言って、それに対してアイザックが安心するように笑顔を見せる。
アイザックがメアリーの呪いのことを下手に言いふらさないのは、嫌悪の目から守るためなのだろう。
「……メアリーは、ソウヤに親近感でも覚えたんだろうな」
「呪われ仲間、って所かな?」
なんか耳障りがあんまり良くない言い方だな。
……わざとか? わざとだろ。いま俺を見てニヤけただろう。
「……」
「?」
ケイとアイコンタクトを交わしている最中、横から視線を感じてメアリーの方を見ると、俺の方を見ながら何か言いたそうにしていた。
はて、一体どうしたのだろう。ケイの一言で気を悪くしたのかもしれない。
「え、と……」
ケイへの苦情は何時でも受け付けている。話しやすいように目線を合わせる姿勢を維持して、言葉を待った。
……のだが、そうして構えて待っていると、苦情でも何でも無い言葉がやってきた。
「なかま、って事は、ともだち……だよね?」
「……友達?」
……そういう事になるのだろうか?
こじつけのような気がするが、取り敢えず頷いた。
すると、俺の仕草による返事を受けとったメアリーは、その目を輝かせた。
「ともだち……!」
「あ、ああ、なんて事だ!あのメアリーが……友達だなんて!」
「あのソウヤが、幼女とお友達……!」
そして外野が騒がしくなった。
アイザックが感激しているしているのは、親としてなら仕方ないが……。そこのケイは何故笑っているのだ。今すぐそのニヤけた口を慎みなさい。
……とにかく、そうだな。お友達宣言をしたは良いものの、メアリーは何かを期待したような眼差しでこちらを見ている。
友達、といえばフレンド登録に使用するあの『友情の証』だが、NPC相手に渡すものじゃない。
ならば、どうすれば良いのだろう。
……友情の記念として、握手するのはどうだろうか?
「よし、じゃあ握手しようか」
早速と、ケイ以外に聞こえない声を惜しみなく出して、そして右手を差し出す。
しかし、メアリーは俺の動作の意図を理解してくれない。
仕方なく、俺の方からメアリーの小さな右手を取り。そして上下に小さく振って、握手する。
「友達だ」
「あ……うん!」
「ソウヤおにーちゃんとともだち!」
「……話は変わるけど、アイザック」
「なんだい、ケイお嬢さん?」
感動的な友情シーンを演出していると、ケイが思い出したようにアイザックに話しかける。
見ると、アイザックはうるうるした目からでそうになっている涙を、必死に止めようとしていた。
「あー……たった今質問が増えたんだけど。まず最初、お嬢さん呼びを止めてくんない?」
「え?あ、ああ……気に入らなかったか。……失礼」
何があったのか、ひと声かけてからそっぽを向くと、アイザックは何処からともなくポケットティッシュを取り出して、鼻をかんだ。
……流石にそこまで感動する場面では無かったと思うのだが。
「いやね、あの変な男装変態の事を思い出すから、止めて欲しいなって。……キミ本当に大丈夫?」
「失礼、見苦しいものを見せてしまった」
「私はキミのオーバーリアクションに驚きを隠せないよ」
そうだろうか。親としてならば、別に変な反応ではないと思うのだが。メアリーは見て分かるほどに可愛いから、擁護欲もそりゃあ湧くだろう。
人にもよるが。
ところで男装なんとかとは一体誰の事だ。
「で、増えた方の質問だけど……養子にもそこまで感動するもんなの?」
「ハハハ、ミス・ケイ。貴方も一人前のレディーに成れば分かるものだよ」
「……」
アイザックの言葉を理解しきれなかったのだろうか。如何にも「お前は何を言ってるんだ?」と言うような表情をした。
……いや、そこで俺に目を向けられても困る。だからといって説明を促されても困る。
お前がいっつも教えを請う、
・
・
・
「それじゃ、お弁当屋さんを贔屓にね」
「タコさんウィンナー、いっぱい作ってね!」
「ははは、メアリーは食べ盛りだからなあ。ソウヤも、商売が繁盛すると良いね」
繁盛すると忙しくなりそうでやる気が減退するのだが……、まあ、今後悪いことが起きないことを願おう。
俺は頷いて、手を振った。
「ばいばーい」
ケイが別れを告げ、玄関を出る。
それを見送る親子が、名残惜しそうに見ていた。
「……またご飯作りに来てね」
「勿論作るよ。ソウヤがね」
ケイには料理なんて無理だからな。俺は頷……かない。
そうだ、お前にはやることがあるのだ。
「丁度良い機会だ。アイザックの家で、料理の練習と行こうか?」
「え?いや、それは、ちょっと……」
俺はケイの肩を鷲掴みにして、逃さないという意思を表す。
ケイは苦笑いして抵抗しようともせず、目を逸らすのみ。
「また今度って事で?」
「おう、そうだな。今度の機会な」
言質は取った。俺はアイザックの方を振り返り、言葉を書く。
『明日、また昼飯前に来る。その時はケイの料理の練習も兼ねるから、早めになる』
「明日?良いのか?」
連日続けての訪問だ。むしろそのセリフは俺のものだが、アイザックは嫌そうな様子ではない。むしろ俺たちの事を心配している。
俺は頷いて無問題だと伝えると、またケイの方に視線を戻した。彼女の口が「は?」の形のまま固まっている。
「吉報だ、ケイ。その
「……は?」
「吉報だ、メアリー!また明日も遊びに来てくれるらしいぞ!」
「わーい!」
メアリーとはキレイに真反対の反応を示すケイに、俺はクスクスと笑った。
一時の別れに惜しみはしても、今からでも明日が楽しみだという様子のメアリーに見送られ、玄関を閉じた。
「いや、いやいやいや!昨日の今日だよ?!」
「この場合は”今日の明日”と言うべきだな」
と言っても、ケイが言及した言い回しはよく聞いても、この言い回しは滅多に聞かないが。慣用句とは難しいものだ。
文句をアレコレ並べるケイを見て、しかたなく正論を伝える。
「それに、この機会に乗らずに何時やるんだ?アレコレ理由をつけて後回しにしていたら、一生終わらないぞ」
「むぐ……。別に料理なんて旅してたら要らないし。保存食とか、その場で動物を狩って焼けば十分だし……」
「お前は街中でも保存食を囓って生きてくつもりか? 良いか、旅の最中にしろ日常にしろ、自身の体調を崩さない事に越したことはない。ならば、その為に整った食事を摂ることも大事だ」
「……母親のお小言みたいでなんかクドいんだけど」
これは母からの受け売りだから、そう聞こえても仕方ないな。
言われたのは俺じゃなくて、コンビニ弁当を好む父に対しての言葉だったが。
「それに、もう旅をする予定は無いの。転移魔法あるし」
「じゃあ、宿屋の朝食当番はどうするんだ」
「それは……わ、私が作るより、ソウヤが作った方が宿屋の皆に喜ばれるんじゃない?」
詭弁だ。その理由で当番の料理を俺に任せるのなら、俺以外に適任が要る。一定の人には「おふくろ」と呼ばれる、あの宿泊客だ。こう言うと料理の腕で負けているようで悔しいが……。
「結局、自分がやりたくないだけじゃないか……。とにかく、明日の朝すぎには決行だ。良いか?」
「……転移魔法で逃げちゃうかもしれないよ?」
「そうしたら、レイナはお前に失望するだろうな。あのケっちゃんが、子供みたいな理由で逃げたなんて……ってね」
「な、そこでその人を出すのはズルいって!悪党!」
ふむ、悪党か。
なんだか愉快になって、しつこく食い下がるケイを前に少し笑ってしまう。
「はは。そうだな、悪党だ。女の子を誑かすような不審者には、悪役がお似合いだ」
・
・
・
「もう良い。私はイサギヨーク諦めます」
「オッケー、理解が早くて助かる。結局宿屋に帰ってくるまで渋ってたがな」
「キミよりも粘り強く食い下がる人は、この90年でも居ないよ」
「90年、ね」
前世の話をヘソの茶沸かしに使ったことを意外に思いながらも、話を続ける。
「明日教えるのは、俺の好物であり、また最初に教わった料理、ハンバーグだ」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたね」
「そうだ。今日は明日の実践に備えて、レシピを確認してもらう。それがコレだ」
そう言って、ついさっき書き上げたメモ紙をそっと渡す。
「……何時書いたの、コレ?」
「俺はやる気になれば10秒で35文字書けるぞ。漢字込みとなれば、平均25文字行くか行かないぐらいだが」
「キミのその才能をもっと良い所で活かせないのかな」
「検討する。とにかく、覚えろとまではいかないが、確認しておいてくれ」
「はーい。……材料多くない?」
そりゃあそうかもしれないが、気にする事ではない。
材料も種類が多いが、大体はこの宿の調理室に揃ってるし、もし不足しても適当に買えば良い。
「材料の用意に関しては気にしなくていい。俺が全部面倒を見る。ケイがやるのは、まず調理の実践だ」
「……買いに行くなら、私も手伝うよ。その声だとやり辛いんでしょ?」
「なんだ、手伝ってくれるのか?」
「ま、まあ……」
……まさか、これって……所謂、デレという物だろうか?いや、ケイに限ってそんな事は……。
「なにその反応。なんか変なこと考えてない?」
思わぬ図星を突かれて、咄嗟に嘘を考える。
「いや……、どうせなら弁当の材料を仕入れる時も手伝ってくれないかなと」
「それはメンドクサイ。パス」
「残念だ」
まあ、一部の店の人には顔を覚えられてるし、それほど大変なわけじゃないし良いけどな。
俺、顔無いけど。
「料理と言えばさ、ソウヤ」
「どうした?」
「管理人と約束してたよね。毎日食事を上納するって」
「上納って……、その言い方はないだろう。アレはお供え物だ」
「どっちも変わらないし」
ごもっともである。
「で、どうしたの、その約束は?」
お供え物の約束は、あの戦争を切欠に……、と言うより、彼が宿屋に戻ってきたことで取り下げになった。
彼とは、先日まで長い間宿屋から離れていた、トーヤである。
「トーヤが代わりに……と言うか、本来のお供え担当に戻った。どうやら、彼が本来やるべき仕事だったらしい」
「あー、なるほど。それで、彼の遠征によって代わりが必要になって、キミが選ばれたと」
「そういう事だ」
こちらとしては、弁当業をやる余裕ができて嬉しい事である。
まるで介護士の様に日々頑張る彼に、心の中で敬礼する。
「……あの”おふくろさん”じゃダメなの?」
おふくろさん――と何時も呼ばれているが、あくまで通称である。――は、朝食当番において一番の人気を博している。その上、よく料理が苦手な人の代わりを担当してくれたりしているお人好しだ。
「さあ、なんであの人に頼まないんだろうな。節介焼きな人みたいだし」
まあ、管理人には彼を選ぶなりの理由があるのだろう。勝手な想像はせず、そうとだけ思うことにした。
・
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・
「……なんか、物足りないのよね」
「あ、もしかして気に入らなかった?」
何時もの昼食、何時もの様に昼食を管理人に作って、その序に一緒に飯を食べていた僕は、管理人が零した不満気な呟きを聞き取った。
「不味いワケじゃないのよ。むしろ美味しいわ。けど……”あの人”の方が、ね」
”あの人”という、性別も年齢も指定しない代名詞だったのだが、僕はそれだけで誰を示しているのかを察する。
つまりは、通称”おふくろ”の味に、僕の味が負けていると言う事だ。
確かに彼女は、朝食当番があたった朝には、何時もクオリティの高い和食を決まって出してくる。
「僕もそれは認める。今でもたまに料理を手伝って、ついでに教わってるから。……でも、なんであの人に頼まないんだ?同性だから頼みやすいと思うんだけど」
「何言ってるのよ。同年代の……下手したら年上の女性かもしれないけれど、彼女らは「リア充」とか「美しさ」とか「ジョシカイ」とかでカースト上の地位を確保する頭おかしい人種かもしれないの。私、そんなの関わりたくないのよ」
かなりの偏見だ……。が、管理人の言わんとする事は大体わかった。
「つまり、そういう人間に「料理を作ってもらっている」という弱みを握らせるよりも、そういう事考えない人に任せたいの」
「あの”おふくろ”さんがそういう事考えているとは思えないけど」
「青いわね。ああいうのは大抵、表面上見繕っていると相場が決まってるのよ」
決まっているのか……。
「色々と気に食わないのだけれど……和食は美味しいのよね」
「それは賛成」
「……食事を不満を言う様でごめんなさいね。美味しいわ」
「いや、気にしなくていいよ」
僕の作る食事が劣っていると言われても、僕が怒りを覚える要素なぞない。カーストだなんて事を気にしているのも、彼女の事をある程度知っている僕からすると、あんまり否定できない事実だ。
……なんたって、あの人は僕の”先輩”だし。
”おふくろ”と呼称される女性、実はトーヤの先輩なんですよね。
……はい、ここ、後々の章のフラグに出てきまーす。読者の皆さんはちゃんとノートを取っておいてくださいね。
因みに”おふくろ”の初出は、「06-ウチのキャラクターの受難」。
まだケイが自立してなかった頃です、懐かしい。
追記・ソウヤの執筆速度を上方修正。ラノベらしく、非現実的なレベルまで。実際に計ってないから、わからないけれど。