ウチのキャラクターが自立したんだが   作:馬汁

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32-ウチのキャラクターと俺の復興活動

 通常のゲームでは、大抵のオブジェクトは壊れないか、壊れたとしても一定のタイミングで必ず復活する。

 破壊される前提で作られたオブジェクトであれば、それは例外だが……。

 

 このゲーム、VRゲームについては、少し事情が変わってくる。

 

 歴史的な技術革新により著しく発達したコンピューターは、小さな人工世界を構築するには十分な処理能力を持っていた。

 流石に、細胞一つ一つの活動まで再現されているわけではないが……。

 

 

 で、つまり何が言いたいのかと言うと――。

 

「……一日で出来上がったとは思えない程酷い有様だな」

 

 という事である。

 

 建物の上から眺める街は、まるで荒廃しきった廃墟のような様子だった。とはいえ、遠くにいくらか人影が忙しそうに動き回っているのが見えるが。

 全ての傷跡は、争いによって実際に刻まれたものなのだろう。幸運にも被害を逃れたという所も、無いわけではなかった。

 

 だとしても、これでは……、

 

「死人も大量だったろうね」

 

「命、物、財産。損害は計り知れないな」

 

 ゲームだとは言え、攻撃によって命を落とした人間もいると思うと、なんとも言えない気分になる。

 プレイヤーであれば復活するが、NPCはどうだろうか。重要キャラクターであれば、なんらかの対処が行われそうなものだが。

 

 ぼんやりと思考しながら横を見ると、ケイもその様子を無表情で見つめていた。

 

 

 あの戦争から逃れた先の街で一泊した後に戻ってきたのだが、一晩でここまでの損害を被るとは……。争いとは恐ろしいものだと、つくづく思う。

 

 復興するまで別の街で過ごしていたほうが良いのではないか、とさえ思う。

 

「木材が運ばれてるね」

 

 建築に使うのだろう。大量の丸太が運び込まれている。

 

「……俺達も、なんかやるか?」

 

「そうだね。戦う力があったのに逃げたんだから、せめて手伝いぐらいはね」

 

「驚いた。ケイにも配慮するっていう発想があるんだな」

 

 と笑って言ってやると、ケイに鼻っ面を指で弾かれた。地味に強い。

 

「痛い」

 

「驚いた。人形にも痛覚があるだなんて」

 

「ぬう」

 

 ごもっともな反論を受け、不満気にうなった。

 いや、VR故に痛覚はないが、単に気分の問題である。

 

 

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「あ、ケっちゃーん!」

 

「おー、レイナ。昨日ぶり」

 

 小さな魔法使いこと、レイナが俺たちの姿を見つけ、駆けつけてきた。そして、イエーイと両の手でハイタッチ。

 ……また一層と友情度が向上していないか?

 

 まあ、仲がいいのは良いことか。

 

 周囲を見ると、一部損壊して記憶と一部一致しないが、ここは俺たちが泊まっていた年樹九尾の場所だった。

 レイナはここで復興の手伝いをしていたんだろうか。

 

「レイナは作業を手伝ってるの?」

 

「はい、えぐれた地面を魔法で埋めたりしてました。この辺りは大体終わったので、休憩中です」

 

「そっか、お疲れ様」

 

「はいっ!」

 

 ……俺も何か手伝えることがないだろうか。と思って、年樹九尾の全体を見渡す。

 二階部分はほとんどが崩れ、壁際が辛うじて残っているように見える。

 一階は比較的マシ、と言えるだろう。二階部分の残骸で埋もれてはいるが、それらを撤去して屋根を乗せれば、十分建物の役割は果たせる。といった感じだ。

 

 まあ、外側から見ても大雑把にしかわからない。一度入って見ようか。

 

「ケイ、ちょっと中の様子を見てくる」

 

 それだけ伝え、瓦礫の中へ踏み込んだ。

 

 

 しかし、だいぶボロボロだ。

 外から見ていてもそう見えたが、内側からだとより一層酷い。

 足の踏み場がない上に、瓦礫の上に一歩を乗せた途端、床が小さく崩れることもザラだ。

 

 俺がいつも弁当を作っている所、調理室の中を覗いてみるが、そこは比較的マシだった。

 普通ならライフラインが途絶え、まともに使えないだろうが……。ここではガスや電気といったライフラインを使用しない、魔結晶が動力源の調理器具やらが残っている。通常通りに使えそうだ。

 

「冷蔵庫の中身は……だいぶ残ってるな」

 

 ふむ……。

 

 

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 という事で、簡易的ではあるが、弁当業を再開するにあたっていくつか食べ物を作った。

 手のこんだ弁当は作れないが、サンドイッチやおにぎりと言った簡易的な食べ物を揃えた。

 事前に仕入れもしていないから、大した数を作れなかったが……身近な人物に配って回る程度には十分な数だ。

 

「作業で疲労したものどもに餌付け……。ふふ、我ながら俺の優しさに感心してしまう」

 

 と、悪役っぽく笑ってみる。

 声はケイにしか聞こえない上、ここにはそのケイが居ない。完全な言論の自由である。

 

「おい、誰か居るのか?」

 

「うおおっ?」

 

 と思ったら、誰かが部屋に入ってきて、誰も居ないと思って油断していた俺は驚き、振り返る。

 

「……不審者?」

 

 なんて事を言うのだ。俺はマネキンな体を隠すためにローブで身を隠しているが、不審者ではない。

 第一声から失礼なことを言う人物は、何処か見覚えのある男……トーヤだった。 

 

「トーヤ?」

 

「火事場泥棒……ってわけではなさそうだな。何を作ってるんだ?」

 

 なにって、食べ物なのだが。

 ポケットに手を入れると、簡単な自己紹介が既に書かれた紙を取り出す。俺も学習しているのだ。

 その紙を見ろと言わんばかりに、机の上に置いた。

 

『氏名:ソウヤ 特徴:呪いで姿と声を奪われている 好きなもの:ハンバーグ』

 

「え、なにこれ……」

 

 引かれた。何故だ。

 理解を得るために、メモ帳に弁明を記す。

 

『名刺みたいな物 一々自分のことを説明するのがメンドウだと思った。』

 

「なんて個性的な……。ああそうだ、僕の名前だな。トーヤだ」

 

『よろしく』

 

 うむ。

 思えば、筋肉の無いマトモな男性は貴重である。ケイのためにも、良好な関係を築くとしよう。

 

 さて、食い物を作ったは良いが、入れ物がないな。皿に載せても良いが、それで歩き回るには向かない。

 何か、タッパーみたいな容器でもないだろうか。無いだろうな。

 

「おーい、ソウヤー。……あ、さっきの人。どーもー」

 

「ケイか」

 

 丁度いい、ケイの力を借りよう。

 

「戻ってこないから何事かと思ったけど、料理作ってたんだね」

 

『景気付けにと思って』

 

 それに、食材を腐らせてはいけないしな。

 ここの宿が完全に機能するまで待っていたら、たとえ冷蔵されていても腐敗すること間違いなしだ。

 

「へえ、いつも作ってるのと同じか」

 

「いつも?」

 

「弁当を売ってたんだ。無名の弁当屋だけどね」

 

 NPCかプレイヤーかは知らないが、数人の同業者がいるのは確認している。

 彼ら彼女らに比べれば、こっちの弁当などシロートの所業だ。

 

「……へえ」

 

 トーヤは食べ物や料理に興味があるのだろうか、おにぎりとサンドウィッチを睨んでいる。

 

 まあそれはそれとして。

 

『ケイ。いつも使ってた鞄は何処に?』

 

「あー、アレね。残骸と一緒に落ちてた」

 

 やっぱりか……。

 

「見た感じはまだ使えそうだったし、取ってくるよ」

 

「頼む」

 

 

 ……で、ケイが鞄を取りに行ってからも、トーヤは俺のおにぎりを見つめていた。

 

「……サンドイッチは手強いが、おにぎりなら僕でもなんとか勝てるか……?」

 

 一体彼は何の事を言っているのだろう。

 目玉の無い瞳で彼を見つめてみるが、真剣そうな表情から何かを読み取ることはできなかった。

 

 

「取ってきたよー。って何やってんの君?」

 

「ああ、戻ってきたか。トーヤの様子が変なんだが」

 

 特に時間も経たずにケイが戻ってきて、俺は内心安心する。

 トーヤの様子がおかしくなって、少し不安になっていたところだったのだ。

 

 具体的にどうおかしいかと言うと……。

 

「この玉子の茹で加減はこうか?なるほど、挟む順番は……」

 

 俺が作ったサンドイッチを分解して、何やら分析し始めていた。

 分解されているのは一個だけだし、他の物に手を出す様子もないから放って置いてるのだが。

 

「……」

 

「どうかしたか?」

 

「いや、面白いねこの人」

 

 ……分析に集中していなかったら、今の言葉を聞き取った途端に、この言葉の真意を追求しそうなものだ。

 

 

 まあいい。無事な物を容器に詰めて、ケイ特製の鞄に入れていく。トーヤの手によって分解されている物は諦めよう。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

『お疲れ様。量は少ないが、賄いだ』

 

 という訳で、まず最初に俺はレイナにワンセットを渡した。彼女なら2個セットで十分だろう。

 

「え、頂いちゃって良いんですか?」

 

 無論である。

 イベントの報酬目当ての者が居るとは言え、こういった労いの言葉、あるいはそれに代わる物は大事なものだ。

 給料目当てでやっている仕事でも、一仕事終えたら皆はお疲れ様と言葉を掛け合う。それと同じだ。

 

「残念ながら、飲み物はないけどね」

 

「いえ、残念じゃないですよ。これだけでもすごく有り難いです」

 

 それなら良かった。

 

 

「……それにしても、ソウヤさんって本当に料理が上手なんですね」

 

 上手……と言えるのだろうか?

 レイナの褒め言葉を真っ直ぐ受け取れず、俺はハテナを浮かべる。

 

 俺が料理を練習し始めたのはつい最近からだ。その経緯はVR装置を購入した時にまで遡る。

 

 今使用しているVR装置を購入する際の出費は、主に両親からだ。2人は善意の上で俺に贈呈したということだが、当の俺は無職だから、大変恐縮した。

 しかしそうなってしまっては皿までと、結局は俺の意思でこのゲーム、ヴァーチャル・ファンタジーを購入したのだ。

 

 その代りに、僅かでもお返しにと思い、母の負担を減らすためにも料理の練習を申し出たのだ。

 ……まあ、足を引っ張るからと言われて、お手伝い許可はまだまだ出ていないのだが。

 

 レイナが言う通り、自分でもだいぶ上手になったと思うのだが、それでも許可が出ないのを見るに、母は相当の修羅場を経験してきたのだろう。

 未だに出ない許可が、それを示している。

 

『母が教えてくれた』

 

 なんなら師匠と呼んでも良いのだけれど、やんわりと断られている。

 

「そうなんですか、私は学校の部活で習いましたよ!」

 

 学校……それは彼女の学生時代の話という事だろうか。あるいは現役、つまり自己進行形の話だろうか。

 野暮な事を思考する俺に気づかないレイナは、話を続ける。

 

「最初はナベが噴水みたいになったりしましたけど、2年生になってからはそういう失敗も無くなりましたし!」

 

 ……んん?

 ああ、いや、気のせいだな! ただ、女の子が無警戒に自分のことを語るのはネット的に不適切だろうと思って――

 

「先輩方も沢山教えてくれたので、こうして成長できたんですけどね。でも今年入ってきた部員の」

 

「アウトォォォォォッ!」

 

「ぴゃっ?!」

 

 ピーーッ!という効果音を乗せる勢いで、俺は大きな身振りで言葉を遮った。俺の大声を聞き取ったケイは驚いて後ずさる。

 いや、見た目というか、日頃の態度や振る舞いから垣間見える精神年齢で薄っすら気づいていたけれども!!

 

「現役ッ!女子ッ!校ッ!生ッ!がっ!」

 

 インターネットパブリックの目前でそういう事を言うんじゃありません!

 

「あ、えっと……突然踊りだして、どうしたんですか?」

 

 踊りじゃねえです!

 目の前の女子高生のネットリテラシーに嘆いているだけだ!

 

「ちょ、ちょ、何言ってるのソウヤ。ゲンエキジョシコウセイ?」

 

「ケイもお口チャック!呪い移すからな!」

 

「えー」

 

 くっ、周囲に怪しい人物は居ないな?!

 いや、奇妙な舞を踊っている俺が一番怪しい人物じゃないか!

 

「いや踊りじゃねえ!」

 

 チクショウ!遂には自らの思考にツッコミを入れてしまった……!

 

 

「え?……あ」

 

 奇妙な舞によって、衝撃のJK発言を行ったレイナに代わって注目を集めている俺だが、それを不思議そうに見るレイナは、自らの失言に気づく。

 

「あー、えーっと……。ケっちゃんは優しいですし、その友達のソウヤさんも優しいですからセーフですっ!」

 

 レイナー。

 

 とでも言うと思ったのか?!

 言っても聞こえないだろうけども!

 

「えー?優しいだなんて、言い過ぎだって」

 

「そうですか?ケっちゃんは本当に優しいと思うんですけど」

 

「いや、私じゃなくてソウヤが」

 

「へっ?」

 

 ナチュラルで遠回しな悪口ッ?!

 

「……」

 

「で、そろそろ落ち着いてくれないかな?変人が視線を集めるものだから、私達も落ち着かなくなってきた」

 

 予想外の精神攻撃によって硬直していると、その攻撃を行った人間から精神クールダウンを呼びかけられた。

 言われて見ると、あちこちから興味の視線が送られている。その対象は俺だけでなく、ケイとレイナも含まれている。

 確かに、慌てすぎたかもしれない。俺は気を取り直そうと、ゆっくりとした呼吸を意識した。

 

 ……年下を前に、みっともない事をしてしまった。

 

 

「そ、そうだ!さっき管理人さんを見かけましたよ!」

 

 慌てるような話題転換に、これには乗るべきかと顔を合わせる。

 レイナが向こうの方を見て、方向を示していた。比較的損傷の少ない管理人の部屋である。

 

「個室は無事ですけど。建物が崩れたのがショックだったんだと思います。落ち込んだ様子で入っていきました」

 

「……そっか」

 

 カーテンが閉められているが、光が漏れ出ているし、確かに中に人がいるようだ。

 

 彼女が復興作業に加わっている様子が全く想像できないが、彼女にのみ賄いを配らずにいるのも変だ。と俺は納得の言い訳を自分に言い聞かせ、俺の奇行により集まった視線を避けるように向かう。

 その辺りの瓦礫はある程度退けられていて、楽にたどり着くことができた。

 

 賄いの渡し方だが、何時ものような方法は取れない。いつも食事を置いているカウンターが使い物にならないからだ。

 箱を地面に置くのもどうだ、とあーだこーだ扉の前で悩んでいると……。

 

「……あ」

 

 扉が開いた。

 俺が近づいてくる気配でも感じ取ったのか、管理人が自ずと開けてくれたらしい。

 思わぬパターンに驚きつつも、賄いをお裾分けする意思を伝えようと、メモ紙に言葉を記そうとする。

 

「……一日ぶりね」

 

 その通りである。

 こっちが戦争であたふたしている間、俺達は向こうで平和なひとときを過ごしていたのだ。胸のざわつきは収まらなかったが。

 再三言うようであるが、この賄いはその分の返上である。

 

『良かったら、小腹の足しにでも。イベントから逃げるような事をして、申し訳無い』

 

「ええ、気にしてないわ。それに、知り合いのギルドの建築士が、私の宿屋を立て直してくれるらしいわ」

 

『それは嬉しい』

 

「でしょう。私も……いや、むしろ愉快な気分よ」

 

 愉快、とは一体どういう意味だろうか。

 

「とにかく2つ貰うわ。ありがとうね」

 

 ……まあ、そういうことならむしろ良いことか、と思い、感謝の言葉に身振りで返事する。

 

「再建までは待って頂戴ね。じゃあ」

 

『了解』

 

「……さっきの踊り、愉快で気が紛れたわ。ありがと」

 

「はい?」

 

 ……はい?

 

 

 




これでこの章は終わり
次、幕間

しかし、ふざけすぎたかな。ソウヤの言動。

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