「どうしたの?」
「いや……なんでも」
俺の青ざめた人形面を見抜いたのか、俺の身を案じる言葉をかける。
管理人の恐ろしい様子を見て思わず撤退してしまったが、しかし管理人が心配だ。
不安定になった建物が崩壊したりしないだろうか。
「いや、管理人の事なんだけど」
「……そっとしておこう」
「え?」
「あ、いや、自分の建物が壊れてショックだったみたいだ。ハハハ」
「……私が?」
「ばっ」
後ろから管理人のボソリとした声が聞こえて、思わず飛び退くように離れた。
見ると、管理人は俺がさっきまで立って居た場所のすぐ後ろにいた。どうやら奇妙な状態から復帰したらしい。
しかし管理人を顔を直視できない。見てしまうと一瞬で心がときめいてしまいそうだ、恐怖で。
「か、管理人」
「大丈夫だった?」
「……ええ、まあ。そっちの彼はどうして怯えてるのかしら」
「なんでだろうね」
……管理人は、あの様子からは想像できないぐらいに平然としている。俺が聞いた管理人の呟き声は幻聴か何かだったのだろうか。
俺の記憶の正誤を確かめる術は無いか思案していると、周囲に人だかりができていることに気がついた。
この人だかりに、”何故”と疑問を持つことはなかった。この宿屋が突然の爆発でボロボロになれば、爆発音で誰かがやってくるのは当然だ。
しかも、その人だかりの雑音に混ざって、爆音が反響するように遠くから響いてくる。
「他の所も爆発が起きてるみたい……見て、あれ」
ケイが空を指さして言う。彼女の指が指し示しているのは、地上から空へと打ち上がる『光の弾丸』だった。
光、というと神聖な雰囲気が伝わってしまうかもしれないが、それは全くの誤解である。その光はまるで威力を、あるいはエネルギーの密度を体現しているようで、見る者に不安感を煽らせる。
その光は放射線状に飛び、この街を目掛けて落下してきている。
「魔法の曲射、と言った所みたい。弓兵大隊の一斉射撃を、魔法使いに置き換えた感じかな」
ケイは真面目に分析しているが、この事態を一体どうするつもりなのだろう。
「一体何が始まるんです?」
「第三次世界大戦だ」
こんな中、あの様を見たプレイヤーが緊張感の抜けたセリフを遠慮なく吐く。
世界、とまでは行かないだろうが、戦争が始まるということには間違い無い。
「戦争か」
「しかも初っ端から王都を直接攻撃。大きな打撃になるだろうね」
「ケイはどうするんだ?」
こんな時のケイはどの様に行動するのだろうと、問いかけた。
「……レイちゃんが心配。兵と鉢合わせたりしてないと良いんだけど」
「じゃあ、レイナを探すか?」
「……」
俺の提案に、ケイは黙り込む。
彼女の目はぼんやりと下に向けられる。意識は既に思考へと割かれているようだ。
レイナはプレイヤーだ。
しかし、ケイにとっては……。
【ピロピロン】
「……?」
メールだ。
こんな時に何事かと、俺はウィンドウを呼び出す。数回の操作の後に現れたメール欄の中には、一つの件名が書かれていた。
『送信者:ヴァーチャル・ファンタジー<GM>
件名:ダイナミックイベントについて』
『※このメールは、現時刻においてエリア「王都ミッド・センタル」に所在するプレイヤーへ送信されます。
ダイナミックイベントとは、予告や準備期間が無く、発生した時点でイベントが進行されるものです。
一定の条件下にあるプレイヤーは、自動的に『受注中クエスト』の一覧に、該当イベントが表示されます。
選択するとイベントの詳細が表示されますので、システムメニューからご確認ください。
なお、ダイナミックイベントは決して強制参加ではありません。
クエストの破棄や離脱に対するデメリットもありません。
それでは、ヴァーチャル・ファンタジーを心行くまでお楽しみください。』
……ダイナミックイベント。その単語を聞いて、ぼんやりと思い出す。確か初心者指導書に書かれていたはずだ。
これの意味はこのメールに書かれたもので殆ど説明されている。恐らく、あの本を読まない人向けのメールなのだろう。
ところで、ミッド・センタルとはこの場所のことを言うのだろうか。そういえば街の名前を全く知らなかった気がする。
今まで知らなかったことに疑問を覚えるが、しかし特に意識していなかったことだ。きっと気にならなかっただけだろう。
「ねえ、これって?」
後ろからケイが、俺が開くウィンドウを覗き込んで問いかける。
基本的に他人が開くウィンドウは目視することは出来ない筈だが。ケイと俺の間では例外が発生する。どういった
「……大したことのない物だ」
速やかにメールを閉じ、削除するとケイの方に向き直った。この文章はこの世界に生きる彼女が見るべきものではない。
「レイナを助ける、って事だったな」
「助ける。
「それは勘違いだな。
戒めるように、声調を強めて言った。
確かに”俺がケイだった頃”は、レイナと仲が良かったかもしれない。だが、女に化けている男が女の子とつるむ訳には行かない。
実際にやっていた俺が言うには、説得力など皆無だろうが。
「……いーや、違うね」
「何がだ?」
俺の反論の後、「しめた」と言った風な表情で言い放つ。
こういう時のケイは、大抵とんでもないことを言い始めるのだ。
「私とソウヤは、両方共レイナと友達って言う事」
……ほら、やっぱりだ。
「さ、ダイナミックファンタジーやらヴァーチャルイベントやら訳分かんない物読んでないで、探しに行こう!」
「読んでたのか……」
あまり理解していないだろうから、別にいいのだが。
……だが、わかった。
「言うまでもなく、助けに行くつもりだったんだが。ケイに説得させられるなんてのも癪だし」
「君が賛成なら万場一致だ、行くよ!」
俺の手を引いて、ケイは早速と路地裏へ向かって走り出した。
しっかりと掴まれてしまった俺は共に走り、路地裏の影に入った頃には、メールの告知に見入るプレイヤー達を後にして消えていった。
「……」
プレイヤー達がイベントの発生を知り、ざわざわとし始める頃に、管理人―――シェールは、空から落ちてくる光をじっと見つめていた。
「そう、イベント。イベントなのね。……そんな事で私の家が壊されたの」
大衆は空から落ちてくる光に恐れ逃れる
「…………赦さない。絶対に許さない。家を壊した奴らなんて、絶対―――」
「シェール殿ッ、無事か?!」
「……アイアン」
負の感情を溢れんばかりに漂わせている彼女は、ゆっくりと声の方へと振り返った。
・
・
・
「で、ここは?」
「あの弾が打ち上がってきた地点の辺り。目測で転移したから多少ズレはあるかもしれないけど、現場からはちょい遠いね」
「そうか」
「で、この辺りでレイナが行きそうな場所、知ってる?」
そう言われ、俺は首を横に振った。一度採集に同行した事があるとはいえ、その翌日には
ケイこそ、レイナの採集に付き合ったりしていないのだろうか。
「知らない。ケイは?」
「あんまり……」
ケイもわからないらしい。転移で手早く移動したものの、これではどうしようもない。
「どうすれば……いや、そうか」
メールという連絡手段があったではないか。
俺たちはプレイヤーだったというのに……どうやら、ケイから世界に対する認識が多少移ってしまったらしい。
「何か手があるの?」
「”プレイヤー”特有の連絡手段だ。ちょっと待ってくれ」
メールを作成するための画面を表示させ、同時に手元に現れたキーボードで手早く文字を打つ。
発生したイベントや、街への襲撃の事。あのような光が空に打ち上げられ、街へ降り注いでいるのだから、コレぐらいはレイナも把握しているだろう。そう遠くへ赴いていなければ、だが。
現在位置を教えて欲しいという事と、合流を求める節を最後に書き足し―――
「……あ」
そして、気づいた。送信者名が、この身体のキャラクター名……「D-Doll@alpha」となっている事に。
「どうしたの?」
周辺を警戒しつつ様子を見ていたケイが、俺が零した声に反応する。
駄目だ。この名前でメールを送ってしまったら、レイナを警戒させてしまう。それに俺達のことだと解ってもらえない。
ならばケイにメールを送信させるか?
それは無理だ。このウィンドウを呼び出したり操作する事は出来ても、キーボード等を使用して文章を書き起こすことは不可能だ。
「……ええい!」
こうなればヤケだ。解ってもらえなければ、それまでだ!
『人形のソウヤより』
この文を最後に付け足して、それで思い切って送信してしまう。送信処理を完了したという表示が出ると共に、俺は大きく溜息を付いた。
……落ち着いたら、更に面倒事がやって来るだろうな。俺の名前について、問い詰められるに違いない。これに関して何も言われないことを祈るしかない。
「プレイヤーって不思議な存在だよね。もっと詳しく知りたくなったかもしれない」
「勘弁してくれ……」
ただでさえ、ゲーム特有の単語の説明が面倒なのだ。そこにプレイヤー講習会なんかが加われば、俺は面倒の余り説明義務を放り投げるかもしれない。
「連絡の返事が来るまで探索するか?」
「なら、敵の様子をちょっと見よっか。アレをどうやって撃ってるのかも気になるし」
「アレね」
アレとは、今もなお町に降り注ぐ光の弾の事だろう。確かにどうやってあの攻撃を実現しているのか、俺も気になっている。
だが近づいて大丈夫なのだろうか。
「転移で撤退出来るから大丈夫。それまでは歩いて移動しよう、魔法使っても気づかれるかもだから」
「なら良いんだが……そう言えば矢の予備は?」
「心配ご無用、ちゃんと持ってるよ」
そう言って収納空間の口を開き、そこから一束の矢を取り出した。
いつの間に回収したのだろうと疑問に思うが、それならば好都合だ。
「良かった。それ貰っとく」
「はーい」
矢の束を受け取り、矢筒にしまっておく。
そのうちに目的地を定めたケイが歩き出すから、俺も弓を手に取ってついて行く。
「んじゃ、先導は任せなさい」
「頼んだ、大魔法使い」
ケイが持ち前の感覚でもって索敵しながら、俺の前方で進み続ける。
俺は矢を直ぐに撃てるよう構えながら、自分なりに警戒しながら彼女の後ろをついていく。
……未だにケイには伝えていないが、ケイの過去は大分把握している。例のラノベを読んでいったおかげだ。
ケイが男性として生きていた前世では、真面目な騎士として過ごして来た。しかし、恋人が死んだ日以降は仕事を止め、魔法の研究に専念。
女性として転生した今世では、何処に居るのかも解らない恋人を探し求めて冒険している。
というのが、おおまかな”ケイの旅路”の概要だ。
問題なのは、はたして”ここに居るケイ”と”ラノベの主人公のケイ”は、同一人物なのだろうか、という点だ。ラノベでは前世は騎士だったとのことだが、こちらでは冒険者をやっていたかもしれないのだ。
「ソウヤ、左前を警戒しといて」
「ん」
ぼんやりと思考していたら指示された。言われたからには従うが……。
しかしまあ、俺の個人的な意見を言うと、彼女が前世では騎士をやっていたということに「意外だ」という感想をどうしても抱いてしまう。
確かに、剣の扱いは素人目に見ても素晴らしい。全体的に見ても、状況判断に長けているように感じられる。
以前にもこうしてケイの戦闘力を称賛した記憶があった気もするが、何度もそうするほどには凄い。
ただしかし、何かが違う。
違和感をどうしても覚える。
【ピロピロン】
「……レイナからの返事か?」
警戒しつつ進んでいると、通知音が鳴る。
通知音はケイにも聞こえるからか、彼女は慣れない音にピクリと小さく跳ねる。
「やっぱりレイナだ」
「メール、っていうんだっけ?その音、すごく聞き慣れないんだけど……」
「と言っても音を変えられないんだから仕方ない。慣れれば良いな」
確かに電子音なんてのは、ケイが居たような世界には無いし、仕方ないと言えば仕方ない。
しかし、あの音に驚いて跳ね上がる様子のケイはなかなか面白い。何時かの機会に弄ってやろうか。
そう、嫌そうな顔をするケイの姿を想像しつつ、メールを開いた。題名は……
『助けてください』
「……!」
題名から見て取れる緊急性に、俺はドキリとして急いでメールを読む。
『変な人達に捕まりました
今は逃げてどうにか隠れてます
王都から港町への道の途中で逸れた所の森ですが、近くにあの兵器があります』
「け……ケイ!悪い予感そのままの事態が――」
「しっ」
「っ……」
「それ、見せて」
言われるままに、口を噤んだままウィンドウの位置を操作し、内容を見せる。
ケイの表情は、今まで以上に真面目だった。
「あの兵器って……アレのことかな」
「弾を打ち出してる……レイナの場所が分かるか?」
かなり近くの方から光の弾が打ち上がるのが見えた。
道のりから少し離れていて、森の中で、敵兵器の周辺。候補は絞られている。
「うん、大分絞れるけど、空から見ないとあんまり……」
悩んでいる様子だが、空を飛ぶなんてことが出来ない限りは完全に特定など不可能だろう。
それらしき所を捜索するべきなのだろうが……。
しばらく考える様に俯くケイだが、何かの接近に気づいたのか、ハっと目線を上げて警戒する。
「隠れて」
小さい声で言われるまでもなく、近くの木の影に隠れた。幸いな事に、この木は太いから身を隠すのには十分であった。
ケイと共に隠れ潜み、じっとする。そうすると、静かな空気の流れに混じった大人数の足音を、かすかに聞き取った。
足音だけでも分かるこの人数。二人だけで相手するなど、狂人かバカのやることだ。
より気配を消すように努め、自らの存在が露見しないようにする。
その為に一歩足をずらすと、ふと敵の姿が視界に入った。
あのアイアンと共に相手した魔法使いの集団と、全く同じ容姿だった。やはりあの集団と関係があるのか、と確信を得るが、彼らの手元にある獲物を見て、思わずその武器の名を口にしてしまう。
「――銃?」
時代錯誤にも程がある。というのが、あの存在に対してまず思った感想だった。
なぜそんなものがここにあるのか、というは疑問は、その次に現れた。
「知ってるの?」
「……銃は、危険だ」
弓と違い、比較的容易に使用することのできる遠距離武器だ。狙って撃つだけの、手軽に使えてしまう。それに加え、この人数だ。鉢合わせれば、数秒で決着がつく。
ケイと俺が一切の抵抗さえ赦されずに、大量の弾丸を受け止める様子を想像してしまった。
このままでは、まずい。
「ッ……ケイ、今すぐ逃げないと!」
「え、ちょっと、慌てないで!」
「慌てるも何も、あの人数相手じゃ」
「ああもう分かった!『転移』!」
・
・
・
「ご主人」
「ああ、これはとてもマズい。王都が機能しなくなるのが先か、王城が直撃を受けるのが先かと言える」
遠くから、双眼鏡を覗き込んで敵を観察する。
魔法使いの集団が魔法陣を取り囲み、その陣の中心にある砲が一瞬光った直後、弾が放たれる。
その周囲には、銃を持った連中が護衛していた。近づくのであれば、防弾チョッキでお洒落しなければならないだろう。
「ドラもん、弾丸で傷を負うかもしれない、隠れていてくれ」
「グア……」
この子はまだ子供だ。成長して大人となったならばまだしも、今のドラもんをあの戦場のド真ん中に送りたくない。
「どうするのデスか?」
「不幸なことに、あの王都には私の隠れ家がある。それを破壊されては困る。なら、戦うしかない」
「ドラお姉さん抜きで、デスか?」
「問題ない。前回の反省を活かし、今はこれを持ってきている。これであの魔法陣を破壊すれば、魔法による遠距離攻撃は無力化出来るだろう」
備えあれば憂い無し。とはよく言ったものだ。ドラもんにも荷物持ちを頼んでまで、多彩な小道具を用意した甲斐がある。
その道具のひとつを渡し、作戦を伝える。
「キャット。察知されずに接近し、プレゼントを置いていってやれ。頼めるか?」
「分かったのデス。けど煙突も暖炉も無いのでは、入り込みづらいのデス」
「安心すると良い、私が増設するのだからな。ドラもんも手を貸してくれるか?」
「グア!」
「良い返事だ。では、行動開始と行こうか」
「ホーホーホー、なのデス!」
――――――
クエスト一覧
『D-EV 火薬と鉄の傭兵と、魔法と杖の魔法使い』
『・概要
王都ミッド・センタルへ、謎の軍団が攻撃を始めている。
既に軍は動いているが、国は冒険者の協力も募っている。
しかし、一々手続きをしていては、この緊急事態に対応するのは難しい。
戦闘が開始されるのは街の東側だ。そこへ直接向かってみよう。』
『情報レベル:20
<<LOCKED>>』
『情報レベル:60
<<LOCKED>>』
『情報レベル:100
<<LOCKED>>』
『※クエスト進行度が情報レベルの値に達すると、新たな情報が開示されます』
・
・
・
『敵勢力の捕虜獲得により、新たな情報を入手しました(情報レベル+40)』
『情報レベル:20
敵は魔法と銃器を主力としているとの情報が入った。銃器に関しては我々にとっても未知の武器だが、私は君たちの叡智があの武器に対抗し得ると確信している。期待しているぞ、「プレイヤー」諸君。 ~ミッド軍・団長~』
ちょっとモチベーションがダウンべーしょん