ウチのキャラクターが自立したんだが   作:馬汁

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戦闘しか入ってねえ!
本編中、解説多めです。


02-ウチのキャラクターのレベル上げ

 このゲームのジャンルはVRA()MMOというものである。

 MMOの前にある”A”と言うのは、アクション(ACTION)の頭文字。要するに、このゲームは通常のMMOより反射神経等が求められるということ。

 

 例えば、回避率という数値。実はこのゲームには回避率という値は存在しない。

 敵の攻撃を見て回避する。という動作を、プレイヤーが行わなければいけないのだ。

 

 他にも、防具で保護されてない部分に攻撃を受ければ 防御力は適応されないし、首や心臓などの急所を狙えば、攻撃力以上の威力が見込める。

 戦闘システムは、リアル寄りになるよう調整されているのだ。

 

「あの、ケっちゃん?」

 

 頭の中で戦闘システムの復習をしていた途中、それを遮るように声をかけられる。

 考え事しながら歩いていたお陰か、いつの間にかレイちゃんの数歩後ろを歩いていたことに気づく。

 

「あ、ごめん、レイちゃん。少し考え事してた」

 

 と言うか先導を後衛がやっちゃダメだろ、歩調が遅れた俺が悪いんだろうけど!と心の中でツッコミつつ、俺は急いで駆け寄った。

 今俺たちは、レベル上げの為に野外を歩き回っている最中だ。

 

 意外と敵が見つからないため、戦闘システムのおさらいをしていた。

 

「いえ、そんなことよりホラ! 狼があそこに居ますよ!」

 

 見れば、確かに狼が木の下で丸まっていた。

 

 あの愛の工房で十分に恥を抱えた後、俺たちは早速レベル上げに出かけた。

 木がチラホラと見える草原だが、ふと、街の方を見返すと水色のモンスターの姿が……スライムが見える。

 

 普通、最初のレベル上げと言えばスライムとかだろうけど、私たちはそれらを無視して、あるいは通り際に斬って、ドロップした物だけ拾っていった。

 スライム狩りは戦闘職のレベリングには向かない。どっちかと言うと、戦闘スキルを新たに習得した生産職のレベリングに向いている。

 

 コレに関しては、レベルや技術レベル辺りの仕様が関係しているんだけど……。

 

「ケっちゃん?!」

 

「あ、ご、ごめん。また考え事……」

 

 うう、コレだから解説役は大変なんだよ。……解説役って何?

 

 い、いや、そんな事より意識を狼の方に向けないと。

 向こうは警戒を怠っていないのか、頭だけじっとこちらへ向けている。向こうは既に俺らに気付いている様子だ。

 

「じゃ、始めよう。さっきも言った通り、ピンチになるまでは待っててね」

 

「はい……、その、気をつけて下さい」

 

「うん、任せて」

 

 実は移動している最中に、戦闘中俺がピンチになるまで手を出さないで欲しい、という約束をした。

 聞けば、レイちゃんのレベルは25らしく、彼女が俺を差し置いて活躍してしまうと、俺が経験値を得づらくなるのだ。

 パーティというシステムは、このゲームに存在する。勿論、今も彼女と俺はパーティを組んでいる状態だ。

 

 けれど、パーティであろうと何であろうと、経験値分配などはされない。

 これもまた技術レベル辺りの仕様が……って、ヤメだヤメ! また意識が別の方に行くところだった。

 

 

 

 気を取り直してレイちゃんから10歩前に出ると、立ち止まって詠唱を始める。

 

 詠唱。

 それは任意のタイミングで開始でき、使用したい魔法に必要な”詠唱時間”以上になると、発動可能になる。それ以上に詠唱すると”追加詠唱”となり、威力や弾速が増す。

 

 だから、俺は使用する魔法に必要な詠唱時間を超えても、詠唱を継続させ続けた。

 向こうの狼は警戒を強める。俺の様子に異常を感じたのだろう。

 

 コレ以上の詠唱は先手を逃すだろうと判断した俺は、口を開き、唱える。

 

「『ファイヤアロー』」

 

 必要以上の詠唱時間を経て発動した初級魔法は、俺の目の前で出現し、飛んでいく。

 威力の向上した火の矢は、敵の胴体に突き立てられ、そこの毛を少しだけ燃やす。

 

「あ、あれ? ……あ、距離減衰です!」

 

「え、魔法にそんなのあったの?」

 

 確かに、随分と長い詠唱で放った割には軽傷である。現に、俺の攻撃を負った敵は元気にこちらへ走ってきている。

 遠すぎたのが原因だったら、遠距離からの攻撃はあんまり意味が無いか? と思いながらも再び詠唱をする。

 

「『サンダーアロー』」

 

 狼は流石に足が速い、あっという間に間合いが詰められるだろう。今度は詠唱時間が比較的短い魔法を放つが、流石に三度目の魔法は放つことは出来ないと察した。

 しかし、たった今放った雷の矢は狼に直撃した。一度目の魔法よりは大きなダメージを与えているように見えた。

 

「グルルオォォ!」

 

 敵は四本足で駆け、全身の毛並みを荒々しく揺らしながら、その瞳から放たれる鋭い眼光で俺を捉える。

 

「……」

 

 唸り声を上げる敵に反して、俺は静かに相手を見つめている。

 

 敵は狼、武器は牙と爪の二つだ。俺の持つ剣ならば、リーチで負けはしない。

 剣先を狼に向けると、俺は機会を待つ。

 

 狼が俺の間合いの外で駆け寄るのを止めると、相手もまた機会をうかがうように、俺を中心にゆっくりと円を描きながら歩き始めた。

 

「バウッ!」

 

 吠えられた。が、この程度の威圧は効かない。むしろ吠える動作が隙でしか無い。

 剣を向ける態勢を維持しながら、俺はまた詠唱を始める。

 

 その場から動かず、身体の向きを狼に向けながら詠唱を待つ。

 

「……」

 

 狼がさらに重心を低くし、警戒を強めた。俺が詠唱を始めた事に気付いているようだ。

 

 それなら、と頭のなかで小さな作戦を組み上げる。この作戦に引っかかってくれれば良いんだけど……。

 もし失敗したら、レイちゃんを更に心配させることになる。

 

 それなら、尚更気を引き締めないといけない。

 

「……()()()()ォッ!」

 

 同時に狼が大きくステップして回避、しかし狼が避けようとした魔法は現れなかった。

 どう考えてもふざけてる様にしか聞こえないけど、この掛け声はフェイントだ。

 余計な言葉を発したせいで詠唱はキャンセルされたが、それは作戦の内。

 

「ヴァン!」

 

 大きなステップの後に着地、続けて俺へ向けて飛びかかった。

 よし、この機会を待っていた。

 

「イッパーツッ!」

 

 俺の身に飛びかかる狼の身体を、この剣で縦に大きく切り裂いた。

 そう、俺が狙っていたのは、ファイト一発・カウンターだ。

 

「ギャンッ!」

 

 タイミングを間違えれば、相手の攻撃をもろに受けていただろう。しかし一振りの剣は狼の頭に襲いかかり、飛びかかる攻撃は俺に当たらずに済んだ。

 しかも、狼はこの反撃が重傷になったようで、弾かれた後も倒れているままだった。

 

 

「……勝ったかな」

 

 とは言え、未だ瀕死に留まっている様子だった。俺はさっさと剣を振り下ろし、とどめを刺す。

 

 敵の姿が光の粉となって、蒸気のように散っていった。

 初戦闘、初勝利だ。

 

 

 敵がいなくなり、レイちゃんがこっちへ駆け寄ってくる音が聞こえて、その方に向き直った。

 

「勝ったよー、レイちゃん!」

 

「す、凄いです! けど…、あの、何ですか? ファイトー、一発って…」

 

「あ、アレ? ……なんか勝手に出てきちゃった。フェイントのつもりだったんだけど」

 

 聞き覚えは無いんだけど、なんとなく、頭の片隅に残っているフレーズだ。

 きっと昔にどっかで聞いたんだろう。

 

「でも、狼は問題なく倒せたし良いじゃん! さ、次行こう?」

 

「あ、はい! ……って、ちょっと待って下さい!」

 

 他の敵を探しに行こうという所で、レイちゃんが何やら呼び止めてきた。

 一体何かと思ったら、敵を倒した所でごそごそと探し始めた。

 

「落とし物?」

 

「ドロップ素材です、ケっちゃんは回収しないんですか?」

 

 あれ? そんなものが落ちてたんだ。全然気づかなかった……。

 

「ごめん、すっかり忘れてた」

 

「あ、謝らなくても! 初めての狩りなんですから仕方ないですよ!」

 

「そう言ってくれると――」

 

 助かる、と言いかけた時。俺は何かしらの異変を感じ取り、思わず周囲を見渡した。

 

「?」

 

「ふぇっ?!」

 

 ……気のせい、だったのか?

 大きな”何か”が出てきた気がするんだけど、その正体が何か、分からない。

 

「あ、あの、何かすごくイヤな感じがしませんか?」

 

「レイちゃんもそう思うんだ。私もだけど」

 

 何の気配なのかは分からないが、とりあえず何か大きいものだと言うのは何となく分かった。

 

「向きはコッチだったよね?」

 

「はい、私もそっちから感じ取りました」

 

 うん、やっぱりそうか。

 

「じゃあ反対側行こう」

 

「賛成です」

 

 レイちゃんならまだしも、俺はレベルが低い。もし強敵が出現していたのなら、俺はそれこそ撫でるように潰されるだろう。

 警戒した俺たち二人は、そっとその場から離れていった。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 それからも、あの大きな”気配”が本当に何でもなかったかのように、狩りが順調に進んだ。

 戦闘系の技術レベルもそれなりに上がってきて、だいぶ戦いが楽になった。

 

 途中、調子乗って狼の群れに突入して、レイちゃんの魔法のお世話になってしまったりもした。

 うん、数の暴力とは恐ろしいものだった。

 

 しかし、3匹ぐらいまでは危なげなく対処できるようになってきた。

 

「……お腹すきませんか?」

 

 狼の毛皮を拾い、また次の獲物を探そうとすると、突拍子もなくレイちゃんがそんなことを言う。

 

「お腹……まあ、ちょっと空いたかもしれない。そろそろ戻っても良いかも」

 

 確か、空腹になるとスタミナの回復が遅くなるんだっけ。

 どれぐらい遅くなるかは聞いてないけど、一応満腹の状態にはしておきたい。

 街に戻って、食事でもしようかと思ったが……。

 

「やっぱりっ。もしよかったら……ほら、お弁当はどうですか?」

 

「弁当?」

 

 彼女がポーチをごそごそしたかと思うと、そこからニョニョっと二つの箱が出て来た。

 明らかにポーチに入り切らない量だったが……、まあゲームだし、ということで納得する。

 

 しかし弁当か。

 

「何が入ってるの?」

 

「開けてからのお楽しみですっ。それじゃあ一緒に食べましょう!」

 

「う、うん」

 

 テンションが高い。

 そこら辺の地面の上に座り、期待する目でこちらを見ている。私もその意思を察して、隣りに座る。

 

 まあ、外出して食べる手作り弁当の味は、なんとも言えない美味しさがあるんだろう。あまり外出しない俺には分からないが。

 

 弁当箱の一つを受け取ると、お互い目を合わせてから、同時に弁当箱を開いた。

 

「わああ! スパゲッティが入ってます!」

 

 うわ、本当に入ってる。コンビニ弁当じゃあるまいし。

 手作り弁当にも入ってる物なのかは知らないけど、彼女の反応を見るに、入ってても変ではないらしい。

 

 見たところ、二つの弁当は同じ中身みたいだ。半分ぐらいのスペースには白い米が、その余ったスペースに、ソースがたっぷり掛かったカツが少しのキャベツの上に乗っている。

 言うまでもないが、スパゲッティがメインなわけがなかった。

 

 ちなみに肉団子が入っていたり、タコさんウィンナーとかは入っていない。

 ……まんまコンビニ弁当じゃないか。

 

「えっと、美味しそうだ……ね?」

 

 母が仕事等で不在の時、いつもこんな感じの弁当で腹を満たしていた。

 だから随分と見慣れたメニューの弁当が、何時もの安っぽい容器ではなく、ちゃんとした弁当箱に入っているのが違和感モリモリだった。

 

 どうせモリモリにするなら、違和感じゃなくて中身の量にしてほしい。

 

「頂きます!」

「…頂きます」

 

 入っていた割り箸を割って、中身を口に運び始めた。

 

 VR世界で食べる弁当は、食べ慣れたコンビニ弁当より美味しかった……。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 その後も、俺らは狩りを続行していた。俺のレベルアップに伴い、少しずつ高レベルのエリアへ侵入していったりもした。

 

 狼と一緒に鷹なども狩っていたのだが、どうも弱かったから、思い切って今度はイノシシの生息地に踏み入る事になった。

 レベル的にはまだ足りないだろうが、このゲームの戦闘はアクション重視。戦い方次第でどうにでもなる筈だ。

 

「イノシシって何を落とすの?」

 

「イノシシですか? 確か……お肉と角を落とすんでしたっけ。お肉は食材としてよく使われているらしいですよ?」

 

「ま…まあ、うん。そりゃお肉だもんね?」

 

 むしろ食材以外の使い道があるの?

 肉食のペットの餌ぐらいにしかならないと思うんだけど…。

 

「と、見っけた。何か大きくない?」

 

「現実のイノシシの2倍くらい大きいらしいですけど…、あのやっぱり止めませんか? せめて装備を……」

 

「大丈夫。でも、いざとなったら助けてね」

 

 ともかく、獲物を見つけた俺は、即座に詠唱を開始する。レイちゃんは心配そうな顔をしながら、この場を離れていった。

 詠唱を開始して数秒、獲物がこちらに気づかない内出来るだけ詠唱を重ね……魔法を発動する。

 

「『ファイヤアロー』」

 

 発動と同時、炎の矢が飛んでいき、直撃する。

 発動の直後に再び詠唱を始める。

 

 獲物は俺の存在に気づくと、その大きな体をこちらに向け、走り出そうとしている。

 

 その様子を見捉えながら、二度目の魔法を放つための詠唱を続けるが……。

 

「『サ…ッ!はやっ!」

 

 思ったより突進の速度が速かった。魔法を放つ直前に、横に飛ぶように回避した。

 それに、あの巨体の突進はかなりの迫力がある。

 

 少しだけ、怖い。

 

「わ」

 

 回避すると、横を通り過ぎたイノシシによる風圧により、自分の服装がなびく。意外と風が強い。

 ……そういえば、スカートが捲れたらどうなるんだ?下着は謎の影で隠されるのか? そんな邪な考えが頭をよぎるが、一瞬で戦闘の方へ意識を向ける。

 

 あのまま魔法を放っていたら、俺はあの突進に巻き込まれ、重傷を負っていただろう。

 

 通り過ぎたイノシシを目で追っていると、回避された後も構わず突進し続けていた。

 車のごとく走る巨体は、また車のごとく急に止まれないようだ。

 

 回避直後に詠唱を開始して、十分に詠唱が積み重なるのを待つ。

 イノシシは突進の勢いを弱めると、大きくUターンして俺の方に向き直った。

 俺を正面に捉えると、直ぐにイノシシはスピードを上げて突進してきた。

 

「…ん 『ファイヤアロー』!」

 

 顔面に向けて放とうと思ったが、この際どいタイミングに生まれた()()に、半ば本能で従った。その閃きは、向きを少し下に向けて放つというもの。

 飛んでいった炎の矢は、獲物の前脚に突き立てられる。コレで多少は突進の速度が落ちるかもしれない。

 

 また詠唱を再開しながら、コッチに突進してくる獲物の様子をじっと見つめる。

 

 ……前脚に攻撃した俺の判断は正しかったようで、脚に傷を負ったイノシシはバランスを崩し、速度も少し落ちていた。

 

「ハァッ……『サンダーアロー』」

 

 緊張のせいか、詰まる息を無理やり押し出して、魔法を発動させる。今度もまた同じ部位……足に向けて放った。

 一箇所に集中して攻撃すれば、その部位は何時か使い物にならなくなる筈だ。

 

 3本足ではマトモに走れない筈……だ。

 

「ブゴオォッ」

 

 一本の足に集中して攻撃を受けたイノシシは、俺の願い通りにバランスを崩し、その巨体を勢いと重力のままに地面へと叩きつけた。

 

 ……だが、突進の勢いは止まらなかった。巨体は土や草を抉りながら、突進のスピードを保ったまま俺の身へと襲いかかる。

 魔法を発動した直後だった俺は、上手く動けないでいる

 

「うぐっ……」

 

 今からでも足を動かして、横に避けなければいけない。

 でも、何故か動かない。何故か、この場から動けば不幸が降りかかると予感しているような――

 

「『ウィンドハンマー』!」

 

 意識を割るように耳にから飛び込んできた声と同時、先程イノシシの突進を避けた時の風圧とは比べ物にならないぐらいの風圧を、俺はその身に浴びた。

 

「ッ……」

 

 踏ん張らないと飛ばされそうなほどの力だったが、その風圧はすぐに元通りになった。

 

「ケっちゃん!」

 

 見れば、あの風圧をまともに受けたイノシシが吹き飛ばされていた。

 どうやら俺が受けていたのはあの魔法の余波だったようだ。あの状態だったイノシシは踏ん張る余裕もなく、あの巨体が嘘のように吹き飛ばされてしまった。

 

「は……っ」

 

 礼を言おうとして、今度は喉が上手く動かなかった。

 声の代わりに吐息が出てきて、慌てて喉に手を当てる。

 

「まだ動いてます、気をつけて下さい!」

 

 その警告を受け、俺はギクりとするようにイノシシの方へ振り返った。イノシシは一本の足に傷を負ったにも関わらず、構わず突進しようとしていた。

 

「……!」

 

 詠唱するという事さえ、思考することは無かった。本能のままに立ち上がり、逃げた。

 元いた場所に、まるでエンジン音の様な声を鳴らすイノシシが通り過ぎた。

 

「は……はっ……『ファイヤーアロー』!」

 

 喉をなんとか動かして、魔法名を口にする。ちゃんと声として現れ出た言葉に、心の中で安堵する。

 

「もう一度……『サンダーアロー』l!」

 

 獲物の様子を見て、必要な詠唱時間を基準に魔法を選択し、そして放つ。

 余裕が無い時は詠唱時間が少なく済む魔法を選ぶ。

 

 そして相手が迫ってきたら回避する。そしてまた攻撃する。それを繰り返す。ただのルーチンだ。

 突進を繰り返すイノシシには有効な戦術のはずだ。

 

 だから、落ち着け。落ち着いて――

 

「ケっちゃん!」

 

 霞んだ視界が、近くまで迫るイノシシが映る。

 転ぶように横に避け、慌てて起き上がる。

 

 しかし、足元が覚束ない。詠唱を開始させるもふらついてしまい、詠唱がキャンセルされてしまう。

 

「トドメをさします、『アイススピア』!」

 

 横から飛んできた半透明の槍は、イノシシの首筋に突き刺さった。

 

 

 

 

「っはぁ……」

 

 首筋に一本の槍を受けたイノシシは、直ぐにピクリとも動かなくなった。

 

「……」

 

 死んだ……?

 その疑問に反応するように、イノシシは突然体勢を立て直そうともがき始めた。

 

「あ……!」

 

 驚いて、後ずさるように距離を離す。

 変わりに、後ろから誰かが―――レイナが俺の前に出て、唱えた。

 

「『アースハルバード』」

 

 鈍い刃を持った斧のような岩が、イノシシの首の上に落ちた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 蒸発するように散る光をぼんやり眺めていると、横から声を掛けられる。

 気づけば、肺を叩きつけるような心臓の鼓動も、言葉を上手く生み出せない喉も元に戻っていた。

 

「いや……、大丈夫」

 

 そう言って、立ち上がる。服についた汚れを払おうとする。

 なんだろう、手がうまく動かない。

 

「ケっちゃん」

 

 すると、レイちゃんが私の手を盗むように握った。

 いきなりの行動にどきりとするが、代わりになんとも言えない暖かさが手に伝わる。

 

「震えてますよ」

 

 ……確かに、震えている。レイちゃんに握りしめられた自分の手を見て、ようやく気づいた。

 だが、イノシシとの戦闘は上手く行っていた筈だ。まあ、その上手く行っていたのも途中までだが……。

 突撃が目の前に迫ってきたタイミングで、いきなり怖くなった。

 当たればかすり傷程度では済まないであろう攻撃に、恐ろしさを感じたのだろうか。

 

「大丈夫です。ここはVRゲームですよ」

 

 逆に言えば、VRだからこそ、これほどの恐怖を体感したのだ。

 安心させるための笑顔を出来るだけ意識して、頷いた。

 

「うん」

 

「……そろそろ街に戻って傷を癒やしましょう。無理をしてレベル上げをしても、効率は悪いですよ」

 

「分かった」

 

 言われた通りにしよう。この調子じゃ、上手くいく物も上手く行かない。

 

 

「ありがとね、レイちゃん。なんだか調子に乗っちゃってたみたい」

 

「え?……あ、はいっ」

 

 気づけば、私達の動きを写す影は、伸びに伸びていた、西を向けば黄昏色に染まった空が見える。

 もうこんな時間になっていたらしい。

 

「今日はかなりの成果があったと思いますよ。沢山の狼の毛皮とか、お肉とか!」

 

 確かに、拾った素材の他にも、俺のレベルやスキルレベルが上がっている。

 まだ最初の段階なだけあって、この数字の変化は結構大きい。

 

 最初のレベル1から、レベル7へ。戦闘系のスキルも勿論上がっている。

 

「……これぐらいなら、付き合えるのに十分なぐらいかも?」

 

「はい?付き合うって、何をですか?」

 

「あれ、忘れてた? 薬の素材集めでしょ?」

 

 その同行ができるようになるまでレベリングをするのだと思っていたが、もしかしたらそんな意図は無かったのだろうか。

 

「ああっ、そういえばそうでした!」

 

「さっきはちょっとアレだったけど、最初から一緒に戦えば問題も無いかもしれなかったし、私個人も多少は強くなったと思うんだ。どうかな?」

 

 レイちゃんが行くと言っていた、素材採集を行う場所。そこに生息するモンスターの強さを、俺は把握していない。

 もしかしたら、もう少し鍛えるべきだろうか。と思ったが……。

 

「……ケっちゃんはレベル関係無く強いので、何とかなると思います。それに、危なくても撤退すれば良いんです」

 

 それは遠回しに、私は十分に強くなっていない、とでも言っているんだろうか。

 

「でも、防具を整えたほうが良いと思いますよ。そしたら安心して採集も出来ると思うので!」

 

「なるほど、それが良いかもね」

 

「はい! 一緒に帰りましょう!」

 

 

 

 この後、街に到着するまで、ずっと手を繋いでいた事に気づく事は無かった。




他のVRMMOが舞台の作品との差別化、というわけではないですが、ゲーム仕様などを考えたら、変な感じになりました。

先に明記しますが、このゲームはモンスターを倒して経験値を得るのではなく、正しくは戦闘という経験をして経験値を得ます。
詳細は活動報告の方に。

……戦闘描写難しいっす。


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