前回のあらすじ:
母に黒歴史ノートを発掘される
黒歴史ノートに載っていたキャラクターを見て、「これだ!」とアイデアを得る
「ケイ」と言うキャラクターを作成。
01-ウチのキャラクターの街歩き
キャラクリエイトを完了し、名前に『ケイ』と入力。
そうすると、視界が暗転……、いや、キャラクタークリエイトルームから光が失われたように見えた。
俺が作ったキャラクターと、俺自身であるマネキンが漆黒に覆われる。
いつまでこの暗闇が続くのかと思ったら、そう長くない時間のうちに光が戻ってきたのに気づく。
同時に音が聞こえ……、って、聞こえるっていうレベルじゃない。物凄く騒がしい。
ほぼ反射的に耳をふさぎながら、光の戻ってきた目を使って辺りを見渡す。
人、人、人と、随分と人が多い、物凄く多い。
しかも観光地かよってぐらい、様々な種類の人が行き交っている。
エルフ、ドワーフ、ドラゴーナ、そして人間が。それは冒険者だったり、あるいは商人だったり。それらが話したりお店で取引したりと……。
そして再び言うが、騒がしい。良く言えば賑やかだが、言い繕っても耳が痛いと感じるのは変わらない。
「うぅ……」
確か、最初の拠点となる街にプレイヤーが集中するのを予想して、種族とか出身地で初期位置を変えたりしていると聞いたことがある。キャラメイクの時に出て来た情報だ。
だというのに、種族とかそういうの関係なく、ここは賑やかになっているようだった。
ふと、耳を強く抑える腕の力が、すっと抜けていく。
……これ以上の人混みは、ちょっとむり。気分が悪くなってきた。
ああ、そう言えばVR酔いとか言うのもあるんだっけ……?
多分、それの原因もあるんだろう。
仕方ない、人気の少ない所に移動しよう……。裏通りあたりが良いかもしれない。
ふらふらと歩いて数分ぐらいか、俺はようやく人混みから離れることが出来た。
裏路地の中、道の隅っこに誰が置いたのかよく分からない、ただの木箱に腰を下ろす。
俺は自分自身の身体を見下ろす。
さっきのキャラクタークリエイトで作り出した、ケイの身体である。後頭部あたりを手で探ってみると、確かにポニーテールがそこにあった。
……それに気づくと同時、さっきまで夢中で考えもしなかった、重要な事まで気付いてしまった。
思春期の男性が女性の体に乗り移った時、まず最初に試すものは何か。大抵の男なら決まっているものである。
「……」
自分の体を見下ろす。が、どうもそうする気になれない。
何というか、このキャラクターを作った過去の俺を裏切る様な気分になるのだ。
やって後悔するのなら、やらないでおくことにする。そもそも、俺は思春期とかいう歳じゃない。
……さて、欲を堪えた所で、これからどうしようかを考える。
ここにはガイドの人物が居るわけでもないし、天の声が俺に使命を与えてくれるワケでもない。
しばらく、これからの予定を考える。
初期のお金は5000Y。装備はキャラクタークリエイトの前に選択した職業によって変わるんだったか。
俺が選択したのは『魔法戦士』。初期装備は皮の防具と短剣だけだ。
ポーチの中を探ってみると、更に3個の回復薬が入っていた。それともう一つが……本?メモ帳?
表紙を見ると、初心者指導書と書かれていた。指導書と言う割には、かなりスケールの小さい物である。
まあ、とりあえず読んで見る。
「……最初の立ち回り方、スキルの使い方、魔法の使い方、移動手段……」
その小さな見た目に反して色々な項目があり、なにか分からないことがあっても、これで直ぐにわかるような内容だった。
……まあ、気が向いたときにでも。
そう思い、指導書をポーチの中にしまおうとした時……。
【………コトッ】
物音がこの裏路地に寂しく響くと同時、俺はハッと思い出す。何気なしに入ってきたが、ここは裏路地だ。
そんな所にある木箱に腰掛ける俺だが、そこに危険が全く無いとは言い切れない。
そう、裏路地はアウトローの世界、不良とか余裕で居るかもしれないのだ。
今すぐに、とはまでは行かないが、そろそろここから離れないと……。
「お嬢さん!ちょっと失礼!」
突然、声が左側から聞こえてきたかと思えば、その姿が目の前を通り過ぎていく。
何事かと思い、地面に足をつけて立ち上がる。すると、左の方から沢山の足音が迫ってきていることに気づく。
「え、なに?!」
見れば、沢山の人がこの裏路地を走ってきた。狭いのにも関わらず、それなりのスピードでやってくる彼らに対して多少の驚きを感じざるをえない。
早速なにかの厄介事か、ならば関わりたくないのだが……。
「そこの女、道を開けろ!」
「は、はい」
道の隅っこに移動して道を開ける。
見た感じ、彼らは街の兵士さんみたいな姿をしている。邪魔したら公務執行妨害とかになって、もっと厄介なことになりそうだった。
4、5人の兵士さんが通り過ぎると、直ぐに足音がパタリと止んだ。
「行き止まりだ!」
「くそっ、壁を登ったか?!」
どうやら、あの兵士さんたちは、さっきの男を追いかけていたのだろう。しかし失敗したらしい。
これは何かのイベントなのだろうか。もしそうだとして、俺が何かの条件でも満たしたのか?
「……まあいっか」
まだレベル1なのだし、変に関わり合いになったら嫌だ。そう思ってこの場を離れた。
・
・
・
さて、と。VR酔いも落ち着いたのか、大分調子が良くなってきた。
さっきまでとは違って軽い足取りで裏路地を出た後、俺は露店の並ぶ所、言わば市場の様な所を歩いていた。
耳にザワザワガヤガヤといった、騒音に近い話声が届いてくる。
ここも人々で賑わっているが、その人がNPCか、PCかはよくわからない。頭上に表示があるわけでもないから、どうにも判別がつかない。
NPCでさえ人間と大差ない言動をするものだから、なおさらだった。
折角の機会だ。一通り商品を見て回ってみた。見れば、もっと物色すればまた目新しい物が出てくるんじゃないか、って程に種類がそろっていた。
そうだ、先輩プレイヤーのお古を買うのも良いかもしれない。思わぬ掘り出し物を見つけることも出来るかも―――
「あ、そこの! ちょっと良いですか?」
ガヤガヤと混じった声の中に、一人の声が俺に向けられていることに気づく。
声の方向を見ると、この”ケイ”と同年代……と言うには少しばかり小柄の女性がいた。
確認のために、自分を指さして首をかしげてみるが、それに対して彼女は頷いて見せた。どうやら本当に俺へ宛てた言葉だったらしい。
「あの、お名前を訊いてもいいですか?」
「えっと」
この時、このVR世界での自分の声を初めて自覚したのだが、自分の喉から女の子の声が出てくることに違和感を感じた。
当たり前だ。本来俺は男で、このキャラは女なのだから
「……ケイって、呼んでくれるかな」
自分の声を確かめるようにしながら言葉を並べる。違和感がすごい。
けれど、頑張れば慣れてくるだろう。
それと、これはプライドでしかないが……。できるだけ、この『ケイ』というキャラクターを崩さないでコミュニュケーションを取りたい。
どういう意味かっていうと、”ケイになりきる”っていうこと。別の言葉にするなら、”ケイという役を演技”したいとも。
……まあ、これは努力目標なんだけど。
「ケイ、ですか? 素敵な名前です! あ、私はレイナと言います!」
「……レイナ、ね。 レイちゃんって呼んでもいいかな?」
俺が、いや、私がケイだったら、ということを考えながら言葉を選ぶ。無理に裏声を出さなくても元が女声だから、声に関しては気をつける必要がなかった。
だがそれを考慮したって、今の状況は台本も練習もなしに本番の演劇をやっている主人公のような物だ。
要するに、ちょいとピンチなのである。
「え……レイちゃん?」
俺が言うあだ名を耳にした彼女は、驚きのあまり、呟くようにおうむ返ししてしまう
……ほらこうなった。
初対面でそんな友好的な態度なんて、現代じゃありえないもの。あってクラスメイトの女子同士ぐらいしかない。
「……」
うぐぐ、完全に引いちゃってます。私も冷汗が頬を伝っている気がします。
ひょっとしたら悪質行為として報告されるかもしれないです。
「……レイちゃん……レイちゃん! そ、それじゃあ!是非そう呼んでください! レイちゃんって!」
ほら、私はこうなる事を恐れ……あれ?
「えっ? あ、ああ。よかった。嫌な思いさせたかと思ったよ」
……ああ、どうやらピンチを脱したようです。助かりました。九死に一生です。九回も死ぬのかよ。
ああもう、ログイン早々に心拍数が大きくなった気がする。それも加速度的に。
新しいゲームをやる時の高揚感による鼓動だといいんだけど。うん、きっと違う。
「私が嫌な思いだなんて!そんなわけ無いじゃないですか!」
その言葉を聞いた俺は、あからさまに安心した顔を見せたと思う。
男として情けない……。あ、今は”ケイ”だから良いのか。
と言うより、人見知りも警戒心も全く無い様子だし、俺も最初から気を抜いて行けば良かったのだ。
「それじゃ私も! ケイ、ケイちゃん……。ケっちゃん?」
「あ、私のあだ名?」
「……はい。でもなんか、微妙ですね」
ケっちゃん。俺は別に良いと思うのだけれど。と言うか、ムリにあだ名を考えなくてもいいのに。
初対面なのにヤケにフレンドリーに接してくるレイナは、何時ぞやの俺の様にうーんと唸って見せた。
「まあ、私はいい呼び名だと思うよ?」
まあ、お世辞なんだけど。
「そうですか?」
「うん」
「それじゃ、ケっちゃんで!」
うん。しかしケっちゃんか、なにかを蹴ってしまいそうなあだ名だ。
だが、”私”は特に文句を言ったり、不満を覚えたりしない筈だ。きっと。
さて、あだ名の話に移り変わってしまったが、赤の他人である筈の俺に声をかけた理由は、その話をするためではないだろう。
「それで、なにか用があるんだよね?」
「あ、そうだ、忘れてたっ」
やっぱり忘れかけていた。
「その、ケっちゃんって前衛でも大丈夫ですか?」
「前衛? 魔法戦士だから、まあ大丈夫だと思うけど」
さすがに盾役にはなれないけれど、まあ前衛としての役割を果すことは出来る、筈だ。
なんたって、魔法戦士だ。物理と魔法を両立しているわけで、その分突出した強さや堅さもない。
その事を訊くということは、きっと俺をパーティの一員にしたいという事だろうか。
「良かったぁ!私は魔法使いなので、前で戦ってくれる人が居ないと困るんです……」
答え合わせはしていないが、聞いた感じでは間違っていない様だ。
確かに魔法使いは大抵打たれ弱いし、詠唱時間を確保する必要がある。そして、その時間を確保するために必要なのが、俺の様な前衛職である。
しかしどうしたものか。今の俺は初期装備に加え、多少の回復薬がポーチに入っているだけだ。
その役割をマトモに果すには、今の初期装備よりはマシな装備へと乗り換える必要がある。
「……もしかして、これから何処かのモンスターを倒しに行くのかな?」
「あ、はい! これから、少し危険な所へ採集に行こう思ってまして」
「採集?」
と言うと、素材でも集めるのか。だから私をパーティに勧誘したのだろう。
それなら、適当なお店から幾らか買えば良いと思うんだけれど。
「買わないの?」
「……それが、この装備を買ったので殆ど無くなっちゃったんです、お金が。」
そう言って、手に持った杖を示すように挙げる。
確かに綺麗な宝石が先端にあって、能力も値段も高そうな見た目をしている。
「あー、なるほどね」
「はいっ。なのでお金を稼ごうと思ってるんです。丁度生産スキルのレベルも上げられますし!」
生産スキルという言葉を聞いて、またなるほどと頷く。
薬を作って、そのスキルを鍛えて、そして薬を売ってお金を得る。
ただ依頼をこなしてお金を稼ぐより、コッチのほうが高効率に見える。
「……あ、そうだ」
狩り、採集、生産、販売と、これからの予定を楽しそうに話し出すのかと思ったら、何か思い出したような仕草をして、改まった感じで問いかける。
「その、レベルは幾つぐらいなんですか? 目的地のモンスター、それなりに強いので……」
「1だよ」
「……いち?」
「うん、1、ワン。」
当然だ。ついさっき始めたばかりなんだから。
見ると、俺が言葉にした数字を聞いた彼女は、『人選を間違えた』とでも言う様な顔をしている。というより、実際にそう思っているだろう。
彼女の言う目的地とは、恐らく今の俺には手も出せないようなのレベルの領域なんだろう。
だから、俺が彼女に付き添うことは難しい。残念ながら、俺が行っても強敵に撫でられるように吹き飛ばされるに決まってる。
「……レベル上げ、付き合いましょうか?」
「え、良いの?」
「はい」
「……なんか、ごめんね」
「いえ、こちらこそ……」
彼女から『すごく気まずい!』オーラが湧いて出ている。
実を言うと、私も少し気まずい。
さて、レベル上げを行うという話だったが、その前に装備を購入することにした。未だに気まずい空気を従えたレイちゃんも連れて。
さっきも確認したけど、初期の資金は5000Y以上。以上というのは、装備の更新によって不要になるであろう装備の売却額を考慮しての事だ。
そこらの露天の商品を見て、今の資金では中古の装備を一つか二つ買えるぐらいだろうと分かった。
「その、どんな感じの装備を買うんですか?」
「ん、取り敢えず、この短剣よりは長い武器が良いかな。このぐらいの長さ」
そう言って、両手を添えて大体の長さを示す。
身近な物で例えるならば、この肩から手先ぐらいまでの長さか。
「あ、でも防具の方もいいかも」
武器を買わずとも、敵はレイちゃんに倒してもらえるかもしれない。その代わり、詠唱時間を稼ぐために、多少の防具が必要になる。
と、俺はそう思ったのだが。
「武器なら、オススメの所を知ってますよ!」
「オススメ?」
さっきから続いていた淀んだ雰囲気が突如として晴れた。
段違いの笑顔を見せる彼女だが、オススメの所とは一体何か。
「はい、この杖を買った所です! あそこはいろんな種類があるので、きっと見つかると思います!」
その杖を買った所……と言うことは、値段は高めなのだろうか。もしかしたら、装備一個でお金がなくなってしまうかもしれない。
……でもまあ、見るだけならタダ……かな?
「じゃあ案内してくれる?」
「はい、任せてください! こっちです!」
と、元気よく走り出した。市場を歩く
「……って、待って! ちょっと!」
数秒もせずに彼女の姿が人混みに紛れ、今にも見失ってしまいそうになった。
俺は出来るだけ距離を離さないように、泥沼を泳ぐように人々を掻き分けて彼女の姿を追いかけた。
人々の隙間から覗き出た彼女の表情は、なんだか楽しそうに見えた。
曲がり角で一度見失いかけたものの、なんとか追いかけていると、人の密度が少なくなってきたことに気づく。
彼女の姿を捉えるのも容易になって、ようやく彼女の直ぐ後ろにつくことが出来た
「ふうっ、疲れた……。先に行き過ぎだよ、レイちゃん」
「あ、あれ? ごめんなさい! そ、そう言えば途中から走り出したような……」
いや、最初から走ってたよ。元気に。
「まあ、別に怒らないしいいよ。それに楽しそうだったもんね」
ちらりとしか見えなかったが、鬼ごっこをする子供の様な笑顔なのが印象的だった。
『守りたい、笑顔』とでも言いたくなる程。
「……え、楽しそうでしたか?」
まさかの自覚なしだった。
「すごくね。子供みたいに楽しそうに走り回ってたよ」
そう言うと、少し迷ってから右手を彼女の頭の上に置いて、撫で回し始めた。
おっさんが子供にするような、ワシャワシャとした撫で方ではなく、お姉さんが子供にするような、優しい撫で方を意識する。身長的にも丁度いい。
「子供みたいで可愛かったよ」
「なでっ、こ、子供っ?!」
「うん。あ、嫌だった?」
「あっ、その……いえ。身長低いのは事実ですし」
そっか。
というか、今の行動は場合によっては危険だった気がしなくもない。女性らしく行動しようとして、行き過ぎた様だ。
ちょっと気をつけよう……。と、顔をほんの少し赤く染める彼女を見て、そう反省する。
「それより、お店まであとどれぐらいあるの?」
「あ、お店ですか? もう到着しましたよ、ここです」
「……えっと?」
「可愛いお店ですよね」
……ええっと。何この……何?
大きなハートマークの看板に、『愛の工房 byリーチェ』と言った文章が書かれている。
いかがわしい宿屋などではなく、工房らしい。愛の。
早速ピンク色の扉に手をかけるレイちゃんだが、待って欲しい。
異質な外装はまだ良いとして、中から聞こえてくる男の野太い掛け声は一体何なんだろうか。物凄く入りたくない。
「他の所にしようかな……」
「どうかしましたか?」
「う、ううん。何でもない! それじゃあ行こう」
深く考えなくても良い。きっと外装以外はマトモなんだ。
きっと、うん。多分。
そう思いながら、扉を開くレイちゃんの後をついていく。
「……パンドラの箱」
そんな単語をボソっと呟いてしまった俺は、何も悪くないと思う。
中に入ってみると、内装は案外普通だった。
カウンターの上にピンク色の奇妙な置物があったり、壁にかかる時計もまたもやハートマークの形をしていて、けれどそれ以外は普通だった。
「んらっしゃい! おっ、レイナじゃねえか!」
外に漏れて聞こえていた掛け声の主は、この男だとすぐに予想がついた。
オレンジ色になった刃を叩いている様子は、まさに職人という感じだった。
……ただ、職人とは言い難い。これって職人というより……。
「また来ちゃいました~!」
「えーと。初めまして?」
職人というより、ボディビルダーじゃないか。
だって筋肉しかないんだよ。実はボディビルなの?ってぐらい筋肉しかない。
と言うかなんで
いや女の子が工房を経営するのもどうかと思う。イマドキは女性が仕事をする社会なのだ、と言われてもどうかと思う。
「そっちの姉ちゃんは友達かい?」
「はいっ」
「ケイって名前……です?」
筋肉に威圧されて敬語が出てしまう。
不満を買ったら空き缶の如く握りつぶされそうです。その様子を想像したら冷や汗が出ちゃいます。
「怖がらなくてもいいですよ! これでも可愛いもの好きなんですよ!」
「へへ、実はそうなんだ。残念だが、この筋肉は飾りでな」
それの何処が飾りなんですか。抑止力という名の飾りじゃないですか。
これを目前にした鬼も、死闘を覚悟するに違いない。
……しかし、異常に怖がるのも失礼かもしれない。
ゲームだから大した事ない、と自分に言い聞かせて恐怖を振り払うと、目線を筋肉マンの目へ向ける。
「俺はリーチェって言うんだ。リーちゃんとでも呼んでくれ」
「りーちゃ……」
え、この人がリーチェ?
え?
「それでですね、リーちゃん! ケっちゃんが剣を買いたいらしいんです!」
……名前と見た目のギャップは兎も角。元々は剣を買いに来たんだ。筋肉工房の得意分野の筈だし、少しは期待して……。
「剣か? そうか、得意分野は魔法系の武器だから、あまり期待しないでくれよ」
「ええっ?!」
「えっ?!」
「おう、二人してそんなに驚くとは思わなかったぜ。そういえば言ってなかったな」
そら驚くに決まってる。
何その筋肉。本当に飾りなのかよ。
「だが、ヘタな所よりは良い武器を並べているとは自負しているぜ。よかったら見てってくれ」
……ツッコミどころが多いお店だ。
ハートの看板、店名、筋肉、姿と矛盾した名前。そして、この筋肉に反して、魔法系の武器を作るのが得意という点。
全て疑問もせずに受け入れるなんてムリだ。無理に決まってる。
「……そういえば、何で愛の工房なの?」
「ああ、そのことか?」
「うん」
流石に質問の一つぐらい許されるだろう。そう思って問いかけてみた。
命名に理由がないのなら、とりあえず”愛”は引っこ抜いて欲しい。
と、思ったのだが……。
「これだ」
と言い、左手の薬指を見せる。
「あ、結婚してたんですか!」
「ああ、愛……ね。なるほど……」
その指に嵌められていた結婚指輪を見て、俺はひどく納得した。
この人は、店名に愛を持ち出すほどのリア充だったようだ。
と、気を取り直そう。俺は買い物しに来たんだ。
雑談も良いけれど、そろそろ用事を済ませたい。
「それで、剣はココらへんかな。……これって値段はどれぐらい?」
「お、その剣は随分前に打ったやつじゃねえか。まだ売れ残ってたんだ。……そうだ、可愛らしいお前さんになら1000Yで売っても良いぞ?」
かわいらしい……、ちょっと、既婚者さんがそんなこと言っていいの? よりにもよって”俺”に……。
いや、これは俺が悪いけどさ。
「……浮気性の夫は長続きしないよ」
「おおっと、こりゃ参ったな」
辛うじて出てきた私の反撃に対し、リーチェはハハハと手を上げて言うが、私の方は乾いた笑いしか出ない。
「でもこれで1000って……。そこら辺の中古でも2000かそこらだよ?」
「そんなこと言っても俺の気は変えられないぜ。押し付けサービスだ」
その筋肉に押し付けられたら大変なことになる思うんだけど……。でも、そう言うのなら甘えようかな。
剣をもらうと、財布から1000Yの紙幣をそのまま渡す。
「おう、丁度1000Y。頂いたぜ」
「うん、ありがと。それとなんだけど、この短剣って再利用できる?」
鍛冶とかそういう知識はあまり無いのだが、一応と思って質問する。
「これか? 溶かせばその金属が素材になるが」
「ならあげる。値引きした分の代わりだと思って貰ってね」
初期装備の短剣を手渡そうとするが、文字通り固く拒まれる。筋肉に。
相変わらず色んな意味で強引なのだけど、これをどうしようか考える。
……にやっ。
「いや、女からタダで物をもらうのは気が引ける」
「い~や~? そうでもないよ?」
視界の隅で「ケっちゃんのその笑顔、初めて見ます……」と恐怖しているレイちゃんが見える。
私、そんなに変な笑顔をしているだろうか。
しかし、ケっちゃんか。
そう、今の私はケっちゃんだ。ちょっとお茶目な元男性の少女だ。
「私を可愛いって言ってくれたし……ネ!」
「お、おう……」
その数分後、買い物を済ませた俺らはお店を出ていった。
そして愛の工房から少し歩くと、俺は壁に寄りかかって。顔を手で覆う。
先程からずっと顔が熱い。この手の内にある表情は赤く染まっていること間違い無しだ。
「あの、恥ずかしいのにあんな事言ったんですか?」
「別に恥ずかしくないヨ」
「いや、でも」
「恥ずかしくないってバ」
……なんで俺、男なのにあんなことを言ったんだろう。
いや、簡単なことだ。私は『ケイ』だから、あんなことを言ったんだ。
過去の俺から貰った、ケイというキャラクター。その設定やキャラを無視することは、過去の俺を裏切ることと同義なのだ。
だから、うん。これは仕方なかったんだ。
……ごめん、やっぱり恥ずかしいです。
後付け設定。あります。まだ大雑把なストーリーしか無いので、仕方ないと思います。
不完全な表現、それと誤字。私もまだ未熟です。半熟卵のように、固まりきっていない部分がちらほらと見られると思います。
違和感のある展開。執筆している時間がバラバラなので、その境目で何かしらの”ズレ”があると思います。言うなれば、乾ききった粘土同士を張り付けたような感じでしょうか。
チラシ裏での投稿なので、これらは気にしないことにしていますが、直せる所は直そうと思っています。一応。
あ、タイトル詐欺(自立しない)はまだ続きます。
自立をする回は12話ほど先になります。
最低でもあと12話は更新停止の心配がないのですHAHAHA。
追記。29話でニョキッと生えてきた設定に合わせて編集