依頼処で、ドラゴーナのドラムスメ――驚くことに、これは人名だ――から、護衛依頼を受諾。その後は適当に飲み物を飲みながら、依頼主と世間話をしていく流れになった。
皆の手元には水があり、時々喉を潤しながら話をしていく。
「へえ、そのドラゴーナって鍛冶屋やってるんだ!」
「そうなんですよー、私達の種族は基本武器を使わないので、防具以外はお飾りになってるんですけどねー」
そのドラゴーナというは、あの筋肉ハート工房と違って普通なのだろうか。
もし機会があれば寄っていきたいものだ。
「もしその村に来たら、寄って良いかな」
「モチロン歓迎しますー」
さて、俺は先程武器を購入してあるが、これは本当に最低限の装備として用意しただけである。これではマトモな戦闘なんて出来ないだろう。
ケイが持っている様なポーチか、ポケットの無いこのローブにポケットを追加するなど、とにかく多数の持ち物が持てるようにしておきたい。
これは俺のステータスが低いから、小道具を持てるだけ持って、少しでも選択肢を増やしたいのだ。
「……ポーチか」
ポーチといった革や布の製品と言えば、あの変態痴女事件のトーヤが思い当たる。頼めば作ってくれるか、或いは既に作ってある品を買わせてくれるだろう。
そうそう、ポーチと言えば、ケイはあの初心者指導書を持っていたが、それは宿屋での会合の時に既に貰っている。
まあ、レイナの割り込みのせいで部屋に置きっぱなしなのだが……。
まあ、そんな感じであーだこーだとメモ帳にそんな感じの事を書きながら、今後の予定などをまとめている最中である。
やはり買っておいて良かった、メモ帳。ケイの情報やらコミュニュケーション以外にも、本来の使い方をするというのも便利だ。
しかしこうも用途が多いと、ページがすぐに無くなるだろうな。そう遠くない内に買い換えるかもしれない。
「何を書いているんデスか?」
「?」
その声に反応して横を向いてみると、キャットが背伸びしてメモの中身を見ようとしているのを見つける。
このページにはあまりヘンな事は書かれていないから、俺は特に隠そうとせずにそのまま言葉をメモ帳に書いた。
『情報とか、今後やるべきことを整理している』
「……なるほど。私もメモ帳を使って見ても良いかもしれないデス」
そうか。確かにメモ帳は情報を扱う人には持って来いなんじゃないかな。
まあ情報整理はこんなところかな。
メモ帳とペンを机に置くと、近くのコップに手を伸ばした。
「あ」
「……」
……?
なんだ、この圧倒的視線は……。
ここに入る時のケイへの視線とはワケが違う、強烈な”興味”か何かを込めて送られている。
フードでやや狭い視界を横にずらし、周囲の人間の顔を見る。
あ、やばい、ケイとキャットがめっちゃコッチ見てる。そしてドラムスメが二人の様子にハテナを浮かべてる。
「……ええと、どした?」
ケイに言葉を送ってみる。「お構いなく」のジェスチャーを返される。
こんなに注目されたら構うわ。
「……」
ま、まあ、俺が何か変な事になっている訳でもないだろう。
俺はケイの言うとおり、あまり気にしないように努めながら水を飲もうとする。
「じー」
「じー」
……。
俺はコップに口を付けないまま机に置く。
2人分の視線が興味を無くしたのを感じ取る。
2人の前では安心して飲食出来ないと確信した。
うん、帰ろう。
「ケイ、依頼についての話は十分でしょ。ほら、さっさとお会計済ませて帰る」
「えっ」
「ほらほら」
”もうこんな所に居られるか!”とか言う誰かさんの様に、そそくさと依頼処からケイを引っ張り出そうとする。
途中から抵抗を諦めたケイは、潔く代金を支払ってからキャットとドラムスメの2人に別れを告げる。
「それじゃあね」
「はい、明日の朝にまたー」
「またいつか、なのデス」
・
・
・
「ねえ、ちょっと小腹空い」
「すいてない」
……。
「そうだ! あのお菓子屋さ」
「俺甘いの苦手なんだ」
……。
「ねえ、ちょっと喉かわ」
「さっき水飲んだろ」
……。
「……ソ」
「ダメ」
……。
「……ソ」
「や」
……。
「……」
「お断りします」
「まだ何も言ってないってば!」
途端に大声で捲し立てるケイに、俺はため息を付きながら言い返す。
「人の飲食シーンをマジマジと見られても困る、あと迷惑」
それが嫌なのに依頼処からさっさと出たのに、野外でもそんなだとイヤになる。
「良いじゃん! 飲み物を一口飲むだけでいいんだよ?!」
「……それでもダメだ」
「ケチんぼ!」
「良い年してそんな言葉使ってるとアレだぞ。幼稚な感じ」
「ま、まだ21だし!」
精神年齢は70だろうに……、うん?
今なんて言った、21?
「年齢を聞いてそんな意外そうな顔されると少しアレなんだけど?! 何、どっちの意味で驚いてるの?!」
「んや、別に……」
確か黒歴史ノートには、彼女の年齢は16と書かれていた気がする。
どういう事だろう。あのノートに書かれた設定と彼女は、決して完全に同一というワケではないのだろうか。
……まあ、そこまで細かい所を気にするべきじゃあないか。
「話は変わるが、村に行ってどうするんだ? リザードを撲滅するって言っても、一騎当千とまでは出来ないでしょ」
「ちょ、話を変えるなら自然にやってよ!」
「くどい」
自分のローブが捲れないように抑えつつ、メモ帳で頭を叩いた。
ケイは小さく仰け反ってから、睨みを効かせた目でコッチを見てきた。あとそれ、フグみたいに頬膨らませない。
「うぐー……」
「で、どうするんだ?」
「……武器防具の調達がしたいかな。この武器の方は魔剣があるから良いとして……」
「魔剣?」
「これの事だよ、魔種化した剣とでも言い替えられるけど……。ああ、コッチでは違うのかな?」
彼女が戸惑うように疑問を口にするが、別に違うことはない。合っている。ただ、魔剣という言い方が妙に引っかかっただけだ。
しかし、俺は魔種とかの事を彼女に教えただろうか? そんな記憶はないが……。
「……そっちの”魔種化”って、どういう意味なんだ?」
「魔力が定着した状態になる事、かな。”魔種”だと、魔力に依存した種族の意味も混ざるけど」
なるほど。
このゲームのと全く同じだ。
「そういうのは同じらしいね」
「同じ……、共通点って事かな?」
「うん」
ケイの世界とこちらでは相違点が幾つもあるが、共通点も無いワケではなかったらしい。
過去の俺が作った世界と、どこかの開発者が作った世界の共通点。考えるまでもレアなものだ。
「それで話を戻すけど、欲しい防具と言ったら金属製がほしいね」
「金属か」
「まあ、それに関してはもうアテがあるから、気にしなくても良いよ」
「ドラゴーナの鍛冶屋の事か?」
「そそ」
メモしながら聞いていたが、そんな物が依頼主の移動先にあるとの事だった。
装備が整う目処が立っているのなら、後は小道具を用意するべきだろう。
小道具は……俺が管理するべきかな。全部ケイに任せるのもアレだし。
そう考えると、もしかしたら俺は敵と近接戦闘する機会は無いのかもしれない。
「……剣じゃなくて弓矢とか買うべきだったかな」
「うん?」
「いや、遠距離武器のほうが、強弱の差があってもどうにかなるかなって」
「確かに、安全な所からチクチクやられると面倒だよね」
ヤケに実感の篭った言葉だな。
まあ、ケイも俺の意見に賛成ならば、弓矢とかを買うことにしよう。
「じゃあ今から買おっか」
「ごめん、頼む」
弓矢はリーチェの店じゃ買えないだろうし、売ってる店を探していかないとな。
まだまだ準備するべきものは山積みだ……。
・
・
・
『スーパースーパー』
「……なんこれ」
「お店でしょ」
「あ、いやそれは……まあ、そうだけど」
なんだ、このネーミングセンスは。
一応、目を擦ってもう一度店の看板を見てみる。
『スーパースーパー』
うん、そりゃそうだよな。
このおかしいネーミングセンスに覆われた自身の運命に嘆いていると、ケイが看板に歩み寄って文章を読み始める。
「ねえ見て、『どんな武器、防具、道具も揃ってます』だって!」
「そりゃ……スーパーだもんな」
そう言う意図でのネーミングだったら文句は無いが……、無いが……!
もう少しどうにか出来なかったのか?!
「じゃ、入ろ」
「……ああ」
まあ、良い。良くはないけど、少なくとも実害はない。ちょっと周りが変なだけだ、名前とか。だったら問題ない、多分。
狼狽える俺とは正反対の様子で扉を開くケイに続いて、店の中に入ってみる。
先客が十数人見えるが、スーパーらしく店が広いおかげで窮屈さは感じられない。
「いらっしゃいませー! 何をお探しでしょうか?」
「弓矢が買いたいんだけど、何処にあるのかな」
「弓矢ですね、ご案内します!」
サービスも心なしか現実と似通っている。あれ、このゲームの時代設定って中世とかそこら辺じゃなかったっけ。
いや、まあ、考え過ぎか。うん。
「はい、こちらになります」
「ありがと」
「……これは」
案内されて弓が展示されるように並ぶ光景を見て、俺はほんの少し驚く。
それぞれの弓に、製作者の名前とかが一緒に付けられている。いわゆるブランドと言うものだろうか。
「へー、沢山の所から品を集めてるんだね。まるで商業ギルドみたい」
商業ギルド?
俺がその単語に気になった様子なのをケイは気づいたようで、説明を始めた。
「簡単に言えば……、商人の軍隊だよ」
「なんだその例えは」
「む、だって咄嗟に思いついたのがコレだけだったんだもん」
まあ、分からないでもない。
沢山の商人が寄って集ってお金稼ぎをするグループ。近いところだと組合という単語がそれだろう。
とは言え、ここには商業ギルドなどは無い。あるのはプレイヤーが設立するギルドぐらいだ。
……いや、まだそう言ったギルドがないだけで、プレイヤーが商業ギルドに近い物を設立する日が来るかもしれない。
もしかしたら既に存在するかもな。機会があればキャットにでも訊いてみよう。情報代を要求されたら諦めるけど。
「そういえば、ケイは弓とか使ったことあるか?」
「拾い物を試しに使った経験ぐらいしか」
拾い物って……ダンジョンの武器の事か?
まあ良いけど、ケイがそう言うのであれば、あまりケイの意見を求めるのもアレだろう。
「……まあ、安物かな」
「安物……なんかさっきから遠慮しすぎじゃない? 私はキミの財布なのに」
「おい、言い方。それメッチャ誤解する言い回しだから。あの人ちょっとコッチ見てるし」
店員さん、コレ違うからね。決して俺がヒモというワケじゃ無いからね。
「でも、本当に使って良いんだよ。生活に必要な分だけあれば十分だから」
確かに、あの仮面の依頼のおかげで、今のお財布は普通の生活を送ったぐらいでは軽くならない。何年とまでは持たないだろうが、少し食っちゃ寝を繰り返したぐらいじゃ尽きることは無い。
……少しだけ迷って、結局遠慮することは止めにした。
まあ、だからといって浪費するようなことはしないが。
「じゃあ平凡なやつで」
「うん、及第点」
という訳で、適当に平凡そうな物を手にとって見る。
大きさは、頭の天辺から膝ぐらいまでの長さだ。他の弓を見てみると、コレは平均よりやや大きいぐらいである。
「どう?」
「素人目にはわからないな」
例え学生時代に弓道部をやっていたとしても、肝心のその記憶がなければ未経験も同然だ。
試しに弦を引いて見るが、とても重い。頑張れば十分に引くことが出来るけど、数十回やると疲れるかもしれない。
「買ってもマトモに使えるか分からないかも」
「良いよ良いよ。そしたら私が代わりに使うし」
……そうまで言うのなら、甘えさせてもらおう。
「じゃあコレを買おう」
「おっけー、じゃあ私が会計してくる」
「あー、ありがとう」
……なんか、突然気遣いが多くなってきたな。
どういうつもりだろう。
「まあ、良いか」
あまり深く考える必要もないかと、思考を止めて出口の近くで待っている。
ケイが会計を済ませ、戻ってくる所を見つけると、俺はその姿に違和感を持つ。
「……ケイ? そのアレは一体」
「見て分からない? ポーチとロープに小型ナイフ、あと矢筒に肩当てに……」
「いやそれぐらい分かるよ。それよりそれって……」
「うん、コレ全部ソウヤの物だから!」
「……そうか」
「うん!」
……。
「……一応訊くけど、その花柄の肩当ても?」
「これもソウヤの物だよ!」
「」
……なんとも言えない絶望に打ちのめされている間、ケイは”してやったり”という表情だったそうな。
・
・
・
「これで明日の準備は全部出来たかな……」
大量の品物を宿屋の部屋に持ち帰り、そんな事を言う。
部屋にはケイも居るから、俺の呟いたような言葉は当然彼女に届いた。
「だねー」
「……所で、この肩当てとケイの胸当てと交換しないか?」
「却下」
俺は力なく俯いた。
やはりこの花がら肩当てを装備する運命なのだろうか。
「というかサイズ合わないでしょ」
「……裁縫覚えようかなあ」
「いや諦めてよ!」
まあ、そんなボケとツッコミはさておき。(花柄が嫌なのは本気だが)
あのスーパーは品揃えも売り文句同様に大量だったようで、この買物で明日の準備はだいたい終わってしまった。
弓矢だけ買って帰ろうと思っていた俺だが、ケイが買ってきたものを見ると、このスーパーの品揃えを甘く見ていたらしい。
ポーチのお陰でメモ帳を始めとした小道具を楽に持ち運べるようになったのは、特に嬉しい。
これを買うまでは全て手で持っていたのだ。このポーチと言うアイテムの利便性をより多く感じるのも当然だ。
それと、今回ケイが買ってきた物の中には新しいローブが混ざっていた。
なんと、腕を通す袖がある物だった。手袋も一緒にあったから、これで両手をローブの下に隠す必要が無くなった。
「ホントに便利だね、スーパースーパー!」
「……まあ、スーパーだしな」
あのネームセンスさえ無ければ100点満点のお店だった。
また今後、利用する機会が有るかもしれない。
「それにしても、剣と弓を一緒に持ってるとアレだよね。なんかヘン」
「ヘン?」
「何か役割がハッキリしないって言うか、パっとしないって言うか」
……まあ、言いたいことは分かる。
両手剣と弓矢を同時に持っていたら、”前衛後衛どっちだよ”だとかツッコまれそうだ。あいにくと俺はボケ役じゃないハズなんだけれども。
「それに重くないの?」
「正直言うとちょい重い」
矢筒の中に、再利用を前提として矢を10本程度入れているが、それでも剣が重い。軽いのを求めたとは言え、ステータスオールゼロの俺にはキツイものがある。
今は部屋の隅に置いているが、いざ装備して外を歩きまわれば、何時も以上にスタミナを消耗させていくだろう
「まあヘンに走ったりしなければ大丈夫だと思う」
「そう、でも逃げる時とかはそれ捨ててよね」
「……」
と言っても、死んでもリスポーンするからな。多少アイテムや経験値をロストする可能性があるが、大半のアイテムは持ち帰れる。
だがケイの方は……どうだろうか。システム的な要素を扱えるんだし、きっとリスポーンするかも知れない。
だからといっても、死んでそのままサヨウナラになる可能性だってまだ有る。そのリスクを考えると、あまり死なせたくない。ケイはゲーム外からやってきた存在だし、予想外の事が起きてもおかしくないのだ。
「え、そこで突然無言になると困るんだけど。まさか死に行くつもりじゃないよね?」
「いや、とんでもない」
まあ、囮になることは有るかもしれない。
「って言うか、ケイはとんでもなく強いんだから、逃げる必要は無いんじゃないか?」
「それは当然だよ」
俺の評価を”当然”と受け止めた。比較的遠慮がちな日本人にはあまり出来ない反応である。
すこしイラっとしたので、ケイで少し”からかう”事にしよう。
「確かに、魔法のレパートリーはとんでもないし、凄いよな」
「モチロン」
「剣の腕もかなりの物だ」
「ふふん」
「あとかわいい」
「へ、はぁっ?!」
驚く彼女に、俺の渾身のドヤ顔を見せてやる。多分フードで隠れても分かりやすいぐらいのドヤ顔になってる。
そんな俺の顔が見えたのだろう、ケイの顔がピクりと引き攣った。
「どうした? 普通の女の子ならフツー照れると」
「破ァッ!」
「ぶふうっ」
お、可笑しいな……、人形なのに、レバーブローが効くなんて……。
やっぱり、俺……内蔵、あるんだ……。
「ぐふっ、無念……」
「いや、立ったまま断末魔言われても」
「……そう?」
「そう」
「……そうか」
やっぱり俺にボケ役は向いてなかったのかな。
・
・
・
「……ふむ」
あのダンジョン探索から1日、ワタクシことイツミ・カドは、とある調査に力を入れ始めている。
と言うのも、件の探索の時に同行した”ケイ”お嬢の何気ない一言から始まった故、あまり成果は出ていない。
「”悪い魔力に蝕まれてモンスターになる人間は珍しくない”」
試しに口に出してみたものの、やはりピンと来なかった。
この世界、あるいはこのゲームには、”
だから、彼女のあの一言は、きっとその演技に基づいたものだった可能性がある。
しかし、この件を”デマ”で片付ける事は出来なかった。
情報収集を続けていると、とある情報が漂っているのを見つけたのだ。
『とある村のNPCが行方不明、あるいは死体で見つかり、代わりにその村の中の何処からかモンスターが出現した』と。
これはもう、言外に……いや、殆ど直接、”NPCがモンスターになった”と言っているようなものだ。
村や街の中にモンスターが発生する事案など、この
しかしこの情報には正確性が無い。
とある村とは何処だ?
現れたモンスターとはどんな物だ?
何時そんな事件が起きた?
「……難しいな、これは」
……仕方ない、単独行動はココまでにしよう。
キャットには各地の酒場……依頼処で情報収集してもらっている。何か情報を握っていないか、そろそろ合流して話し合っておこうか。
多いコメディ要素に、まるで取ってつけたようなシリアス要素……!
あ、次回はようやく村へ出発します。
追記・何故か本文の内容が変なことになって変なことになったから大変なことになった。修正済