ウチのキャラクターが自立したんだが   作:馬汁

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13-ウチのキャラクターと俺の初仕事

 仲良さげに食事するケイとレイナの二人を横目にしつつ、朝食を終えた俺は、宿屋の出口の横で待っていた。

 この周辺には宿屋が割と多い。住宅街ならぬ、宿屋街とでも言える地区だ。そのせいか、早朝に出発する冒険者が多く目につく。

 お陰でこの近くには、冒険者をターゲットにした露店が(見分けは付かないが)NPCやPC関係なく出店している。

 

 ローブで体を完全に隠していたとしても、そんなの関係なしとでも言うように、繊維の隙間から通り抜ける風が肌を撫でる。

 このマネキンの体でも、食事をしたり触感があったりと、見た目以外は人間と同じであるようだ。

 

 ただ普通と違うのは、俺のステータス画面だ。

 何時もは簡易ステータス画面を見るだけで気づかなかったが、全ての能力値が「0」になっていた。今までの状況からして有り得ないことではなかったが、コレは流石に驚いた。

 ゼロから始まるマネキン生活ってか。やかましいわ。

 

 序に言えば、名前は「D-Doll@alpha」に変化していた。

 何処と無く格好いい名前だと思ってしまったが、表向きでは「ソウヤ」と名乗っている為、この名を名乗ることは無いだろう。

 

「はあ……」

 

 誰にも聞こえないであろうため息を、やや大げさに吐いた。

 能力値がゼロでは、レベル上げをしてもどうにもならないだろう。これでは、ますますケイの旅に付いていける気がしない。

 

 何か対処法はないものかと一人悩んでいると、俺のすぐ横の扉が開いた。

 

「ケっちゃん、いってらっしゃい!」

 

「はーい、行ってくるね」

 

 レイナとケイの仲が、グイグイと良くなっている気がするのは考えすぎだろうか。

 まあ仲良しになっているのなら気にすることは無いか、と俺は壁に寄り掛かるのを止めた。

 

「よ、数十分ぶり」

 

「おー、元気してた?」

 

「まあ一応」

 

 そう言葉を返してケイの姿を見ると、ケイの腰辺りに見覚えのある物がぶら下がっているのを見つける。

 

「それは……ランタン?」

 

「あ、これレイちゃんがくれたんだよ」

 

「……ということは、魔道具?」

 

 ポーションの素材を採集しに行く時、魔結晶がドロップして喜んでたっけ。

 よく考えなくても分かることだが、きっとこのランタンは、あの魔結晶で作られたのだろう。

 

「油もなしに火を付けられるなんて、便利だね」

 

「ケイの世界には、こういうのは無かったのか?」

 

「無かったよ。油で火をつけるランタンはあっても、魔力で火を付ける物は聞いたこともない」

 

「そうか」

 

 黒歴史ノートでも登場していなかったし、そんなもんだろうな。

 

「これ、簡単な使い方の説明だけされて渡されたんだけど、どう言う仕組みなんだろう」

 

「仕組み?」

 

「うん。こっちの方じゃ”魔力は意思に従う”ものだった、まるで生き物みたいなものなの。けど、これじゃあまるで”魔力が燃料みたい”だよ」

 

 ……へえ。

 『ケイの世界の魔力は、意志に従う生き物のようなもの』か、覚えておこう。

 メモもしておきたいところだが、生憎とそんな物は持ち合わせていない。

 

「コイツの仕組みについては、製作者に聞くのが一番早いでしょうな。そうだ、ケイ。一つ頼み事を聞いてくれないか?」

 

「ん、どしたの」

 

「そのポーチの中の財布、元は俺の物だったんだから、すこしその中身で買い物させてくれても良いと思うんだ」

 

 

 

 

「ありがとうございました!」

 

 案外承諾してくれた。俺の言い分に大きく納得してくれたようだった。

 この調子で宿代も出してもらおうかと思ったが……、コレは流石に自分で稼ごうか。

 

「メモ帳?」

 

 買物に同行していたケイが、俺が買ったものに拍子抜けする。もう少し違うものを買うと思っていたんだろうか。

 まあ、買い物はコレだけじゃない。

 

「ケイ以外の人と会話する時に使う。あと、他にも俺の武器も買ってもらうから」

 

 紳士仮面による依頼による報酬で、結構な量の資金が手に入っている。

 安物の剣の一本や二本買ったぐらいで、懐は痛まないだろう。

 

 メモ帳に関しては、2つの用途がある。

 ケイから得られた情報を一字一句を聞き逃さないため。そして、筆談をするためだ。

 前者のことは、ケイの世界に興味があるとでも言っておけば納得してくれるだろう。

 

 

 さて、その武器を調達するお店は、既に決めている。

 ほら、俺が知っている武器屋と言ったら、アレしか無い。

 

 

 という訳で、道筋を思い出しながら道を歩んでしばらくすると、見覚えのある……と言うには些か強烈に記憶の中に刻まれているが、それほどに特徴的な建物の目の前に到着した。

 はい、リーチェ経営の愛の工房でございます。相も変わらず奇っ怪な建物である。

 それを目前にしたケイは、俺の予想した通りに目を点にして建物を見上げていた。

 

「ええっと、何この……何?」

 

「一応武器屋だ」

 

「これが?」

 

「これが」

 

「……これが、かぁ」

 

「これが、だよ。一応ここの職人とは知り合いだ」

 

 同じ単語でやり取りしても、意外とコミュニュケーションは取れるものなんだな。

 いつまでも扉の前で棒立ちする理由はないから、とりあえず入ろうとハートの扉へ歩み寄る。

 

「あ、知り合いなんだ。女の人?」

 

「いや、筋肉モリモリマッチョマンの男だよ。名前はリーチェ」

 

「はい?」

 

「筋肉モリモリマッチョマンのリーチェ」

 

 嘘は何一つ入っていない。

 いや、もう少し情報を付け足すならば、

 

「筋肉モリモリマッチョマンの既婚者、リーチェ」

 

 とでも言うべきか。

 

「いや、もう良いから!十分にわかった!」

 

「そうか」

 

 と、そういえばリーチェに合う前に口裏合わせしておかないとな。入る前に気づけてよかった。

 

「それじゃあケイ、『俺は武器を探していたから、ケイはそれを売っているお店に案内した』とでも言ってくれ」

 

 それだけ言って、返事の声を待つまでもなく扉を開く。

 やや人目があるから、ヘンに話し合ってたら怪しまれる。

 

「え? あ、ちょっと!」

 

 待ちません。

 

 という事でドアノブを開いて入れば、一度は見た光景が広がる。

 普通に武器が置いてあり、杖から斧まで揃ってあるのが見える。

 

 ドアが開いたことによって鈴が鳴り、それを聞きつけたのか向こうから(筋肉)付きの良い人影が現れた。

 さあ、俺にとっては2度目のご対面だ。

 

「おう、らっしゃい! ……おお、何時ぞやのお嬢さんじゃないか!」

 

「え、えーと、朝早くに失礼します」

 

「そんな態度されたら寂しくなっちまう。で、そっちの方は初見さんかい?」

 

「あ、えっと……」

 

 ケイの目線は、彼の筋肉(阻止力)に釘付けである。すこし配慮が足りなかったらしい。

 半ば予想していた様子に、俺は空かさず声をかけた。

 

「復唱して、『この人は武器を探しているらしいから、私がおすすめのお店を案内した』。ほら」

 

「こ、この人は武器を探してるらしいから、私がおすすめのお店を案内した、の」

 

「となると、お嬢さんのアヤしいお友達ってワケだ! ハッハッハ!」

 

「あ、あはは……」

 

 から笑いか、苦笑いか。そんな笑いをしつつ、ケイがこっちに助けを求める目線を向ける。

 最悪の状況というわけではないが、予想より動揺しているらしい、これじゃ大変だな。

 ケイがこのような状態では、マトモに商品の物色が出来ない。彼女の補助に徹する必要が出てしまう。

 

 ま、カバー出来る範囲内か。

 

「大丈夫か?」

 

 俺の言葉に、ケイはコクコクと頷く。見るからに大丈夫じゃない。

 心配だから、俺と1対1の会話になるように誘導する事に決めた。

 実のところ俺も未だにこの筋肉にはまだ慣れていないが、あの様子のケイよりかはマシである。

 

 先程買ったばかりのメモ帳を取り出すと、一つの文章をさっさと書いて、リーチェに見せた。

 

『名前はソウヤ 呪いでしゃべれない 姿もその呪いの影響で隠している』

 

「お、っと、そうだったのか。大変なもんだな」

 

『よかったら 何かオススメの剣を見繕ってほしい』

 

「おう、任されたぜ」

 

 そうして、リーチェは剣が置いてある棚の方に向かってった。

 ケイは筋肉が離れていったことに安堵している様子だった。ヘタしたら、同じ状況だった時の俺より動揺しているんじゃなかろうか。

 

「ケイ、悪いけど少しだけでも慣れてくれ」

 

「う、うん……」

 

 

「で、剣か。悪いが、コッチは魔法系が得意分野だからな」

 

『知ってる』

 

「おお、もう聞いていたのか。そりゃあオススメのお店に案内するんだからな、それぐらい説明のは当然だよな!」

 

 俺が男性として見られているおかげか、リーチェはレイナやケイに接する時以上にテンションがアゲアゲな気がする。

 確かに異性相手だと、あんまりテンションを上げづらいだろうな。

 

 とりあえず俺の要求を伝えておこうと、メモ帳に概要を書き始める。

 

『両手剣 あまり重くないと嬉しい』

 

「軽い両手剣か。それだとここらの物か?」

 

 羅列している剣を見るが、大半は何かしらの装飾が施されている。

 何かキレイなものが嵌め込まれているようだが……、これは魔結晶か?

 

「お、それが気になるのか?そいつはエンチャント付きだ。効果は”対霊強化”。実体がないモンスターにも効果が期待できる上に、普通のヤツらへのダメージも向上している。そしてそして、偶然にも”自動修復”っつーエンチャントも付いてきたんだぜ!」

 

 偶然って、何だそれ……。それは兎も角、話だけ聞くと随分と良さ気な剣である。

 だが……、

 

『お高いんでしょう?』

 

「おう、360‘000Yだ。この店で一番高い代物だぜ! 素材も製作時間もとんでもなかったからなあ!」

 

 マジかよ。

 以前値段を負けてくれた時のアレが、とても安かったことがよく分かる。

 しかしこれでは、ケイに確認を取らずに勝手に買うのはダメだろう。

 

『少し待って』

 

 その言葉をささっとメモ帳に書いて見せると、ささっとケイの方へ近寄る。

 

 彼女は、何もない空中をじっと見つめてぼーっとしている。

 なんか、こういうのどっかで見たことあるな。

 

「……フェレンゲルシュターデン現象?」

 

「へ?」

 

「いや、何でもない。と言うか大丈夫か?」

 

「あ、うん、割と大丈夫」

 

 相変わらず大丈夫じゃなさそうだ。

 見かねた俺は、適当に店から撤退するように進言する。

 

「俺の武器一本に出せる予算はいくらぐらいか教えてくれ。そしたらすぐに脱出しても良いぞ」

 

「ホント?! じゃあ全部使っていいから、じゃあね!」

 

「は?」

 

 ケイが財布を押し付けてババっと店を出ていった。

 1秒後には扉がバタリと閉まり、財布片手に固まる俺と筋肉だけが残った。

 

 

 

 

「まいど、次も来てくれよな!」

 

 結局、一番安い両手剣を購入することにした。

 いくらでも使って良いと言われると、必要以上に遠慮してしまうのは日本人の性だろうか。それとも日本人関係なく、個人的な性格だろうか。

 まあ高いの買っても使いこなせる気がしないからな、この選択が良かっただろう。うん。

 

 とにかく俺はリーチェにペコリと頭を下げると、扉を開いて店を出ていった。

 

 さて、ケイは何処に行ったのやら。と思って周囲を見渡そうとするが、

 

「おつかれ」

 

 と後ろの方から声をかけられる。俺が宿屋の扉の横で待っていた時と同じように、彼女はこのハート型の扉の横で待っていたようだ。

 

「落ち着いたか?」

 

「うん、やっぱりあの筋肉には慣れないなあ」

 

「……苦手なのか?」

 

「うん、小さな頃に剣を教えてくれた先生が怖い人でさ。その人も筋肉モリモリマッチョマンだったから」

 

「そうか」

 

 ちょっと嫌な記憶、と言うよりはトラウマに近い経験だったのだろう。前者で事を片付けるには、ケイの反応はちょっと尋常じゃなかった。

 

「お釣りは君に返す」

 

「あ、うん。……剣、幾らしたの?」

 

「3500Y」

 

「ん、なんか安くない? いや、この世界のお金の価値がどんな感じか分からないけど」

 

「一番安いものを買ったからな」

 

「……結構遠慮がちな性格だったり?」

 

「多分」

 

 もう少しマトモなヤツを買うべきだったかな、と思いつつ歩きだす。

 ケイはその後ろをついていく。

 

「次は何処へ?」

 

「依頼処。酒場も兼ねてるけど、まあ文字通りの所だよ」

 

「へえ、依頼処……」

 

「そっちには無い?」

 

「そういう施設は無かったね。ただ、酒場に頼み事が集まる傾向はあったと思う」

 

 なるほど、と思いながらメモ帳に情報を記す。

 俺のその行動にケイは不思議に思ったのか、首を傾げるようにしながらメモ帳を見つめた。

 

 別に隠すようなことはしないが、あまり注目されると書きにくい。

 

「……もしかして、私の世界に興味があるの?」

 

「それなりにね。なんたって異世界だし」

 

「そりゃそーか」

 

 それで納得したケイは、俺が持つメモ帳から目線を外した。それから少ししたタイミングで、俺はメモ帳を書き終える。

 それをポケットにしまおうとしたが、このローブにはそれが無いことに気付く。

 

「………ポケットが欲しい」

 

「ん、どした?」

 

「いや別に……。ちょっと市を見ていかないか?」

 

「良いよー」

 

「ありがとう」

 

 お古のポーチやら袋やらが売ってれば助かるんだが。

 

 

 

 

 無かった。悲しい。

 

 何も買わないというのも虚しかったから、ポーションなどの消耗品を購入しておく。なんだかんだ、消耗品は初期アイテムのポーションだけだったからな。

 

 そのほかにも、買いはしなかったが興味深いものを見つけたのだ。魔道具の一種らしいが、それはそれはメチャクチャ近未来的な見た目をしていた。

 大雑把に言うならば、手のひらサイズのコンパスのガラス面を、レーダー型のモニターっぽい奴に入れ替えたような見た目だった。

 

 売り手の話を簡単に聞いてみれば、同じアイテムを所有するパーティメンバーの位置を表示したり、敵を探知した仲間から敵の位置を共有したりできるのだとか。

 

 便利に見えるが、実際に使ってみないと分からない。

 だが買うにしても、これが物凄く高い。とても高い。少なくとも駆け出しの買うものではない。前日の報酬で買えないこともないが、買えば苦しくなるのは目に見えていた。

 

 ……お金に余裕があれば買いたいものだ。

 

 

 まあ、そんな感じで市を回ったわけだが、買い物を終えてから依頼処へ到着した。

 

「おー……、殆ど酒場だね」

 

「まあな」

 

 始めてきた時、酔っ払いに絡まれたからな……。そういえば、あの時だけ記憶が一瞬だけ飛んでいたっけ。

 俺の記憶障害による影響だと思っていたが、それにしてもあのタイミングは妙だったよな。と今にして思う。

 

 まあ、今更気にしないけどな。

 

 とりあえず入り口を開けて入ると、酒場特有の騒々しさが耳に入ってくる。

 

「……なんか、妙に注目されてる気がする」

 

「あ、それは」

 

 俺がケイとしてこの場を訪れた時、騒ぎを起こしたことが原因。と言おうとするが、それはとある人の登場によってその口は開かれなかった。

 俺の胸より下の身長の人が、俺と同じようにローブを纏って俺に駆け寄ってくる。

 何処か見覚えのある姿だと思い見つめるが、その姿が声を放ったところで、この人物の正体に初めて見当が付いた。

 

「お姉さん!」

 

「え、あ、キャットちゃん!」

 

 キャットである。

 そういえば、キャットとの初対面の場は酒場であった。まさか、また同じように出会うとは予想もしていなかった。

 

「そちらのローブの方は……あ、この気配はお人形さんの方デスね」

 

 コクリと頷く。猫又というものは、やはり気配とかの探知などといった方面に強いのだろうか。

 それは兎も角、何故キャットはここに居るんだろう。

 

「キャットちゃんはここで何してるの?」

 

「情報収集なのデス。ご主人はドラもんの食料調達兼討伐に出発してるのデス」

 

「ドラもん?」

 

 初めて聞く名だが……。

 

「ドラもんはへんt……イツミ君が使役してるドラゴンだよ」

 

「へえ、だからドラもんか」

 

 ケイは知ってるんだな。しかし相変わらず安着な名付けだな……。

 ……え、今なんつった? ドラゴン?

 

「ドラゴン?! マジ?!」

 

「マジだよー」

 

 マジか……。

 

「それにしても羨ましいなあ、ドラゴン。一目見てみたいかも」

 

 自前にそのことを知っていたケイは、ウットリとしながらそんな事を言い出した。

 確かにドラゴンというのは貴重な存在。それも友好的なのであれば、より貴重であるのは間違いなしだ。

 

「いやいや、アイツがドラゴンを飼ってるって……」

 

「実際に見たことは無いけど、本当だったら凄いよね」

 

「……意外だよな」

 

 意外も意外である。

 あの仮面がドラゴンの背中に跨っている姿を想像するが、その姿があまりにも似合わない、違和感しか無い。

 逆に仮面の肩か頭の上に猫が乗っかっている方が違和感が無い。またあの微笑ましい光景を見せてくれないだろうか。

 

 頼めばやってくれるかな?

 

「ところでさ、この注目の集まりよう、何か知らない?」

 

「それはこの前にお姉さんが来た時の騒ぎが原因なのデス。覚えてマスか?」

 

 ケイは黙って首を横に振る。しかし俺は覚えがアリアリである。

 気づけばエルフの大男がぶっ倒れていたと言う状況だったが、傍から見れば、俺がはっ倒したような様子だったのかもしれない。

 

「ケイ、多分俺がやらかしたせい。ここのエルフの男をはっ倒したのが原因だと思う」

 

「え、はっ倒したの?」

 

「それがなあ……詳しい話はメンドウだから省くけど」

 

「えー」

 

 だって仕方ないじゃん。

 と言うかそんな話はどうでも良いんだ。

 

「とりあえず依頼受けよう。適当な席にでも座って待ってくれ、俺が良さそうな依頼見つけるから」

 

「あ、うん。よろしく」

 

 俺はとっとと話を切り上げて、依頼が張り出されている板を見ていく。

 

 

 ケイは強いから、多少難しい依頼でもどうにかなるだろうが……、そう簡単には行かない。

 

 前提として、俺は記憶の為にケイと同行する。したい。これはワガママだが、これだけは譲れない。

 だがその場合だと、共に戦闘することになってしまうだろう。今の俺には能力値による補正が無い。スキルも魔法も無いから、今の俺は戦力としては数えられない。

 

 ……それは別に大丈夫か。戦闘に参加せず、少し離れていれば何の影響もない。

 

 討伐系の依頼を中心に探してみるが、あんまりピンと来るものがない。

 って言うか、彼女の細かい力量とかあまり聞いていない気がする。と言うか知らん。

 魔法方面に関しては、転移やらが出来るぐらいにはレパートリー豊富って程度しかわからないし……。

 

 強いっていうのは大雑把に分かっているが、やっぱり得意技とか戦術とかを聞いておきたい。

 

「……戻ろうか」

 

 一度ケイから意見をもらって、それを参考に依頼を選ぼう。

 俺はケイの方へ戻ろうと振り返ると、視界をそこら中に巡らせて彼女の居る席を探す。

 ……と言っても、大衆の視線が未だにケイへ集まっていることに気づけば、後は見つけるだけだった。

 

「おーい、ケイ。……ケイ?」

 

 彼女の居る席に歩み寄って話しかけようとした時、何か様子が変なことに気付く。

 ローブ姿のキャットが居ることはまだ良いんだが、3人目の人影がグループに混ざっているのが見える。

 

「あ、ソウヤ」

 

「……ドラゴーナか」

 

 きっとケイの世界にドラゴーナはいないんだろう、あの種族特有の姿を物珍しそうに見ている。

 大きな翼に、大きな尻尾。額には角が見える。豊満な胸を見るに、間違いなく女性だとわかる。

 

 ケイが色々と質問がありそうな表情をしているから、彼女のすぐ横に歩み寄って、簡単に耳打ちができる状態にする。

 

「おはようございまーす」

 

 俺に挨拶をする女性のドラゴーナ。それに対し俺は会釈だけすると、ケイにドラゴーナの概要について話す。

 

「彼女の種族はドラゴーナ、人とドラゴンの混血種。尻尾と翼が特徴で、女性には額に角がある。他にも、肌が鱗だったりナイフみたいな爪を持ってる人もいる。これは個人差」

 

「な、なるほど」

 

 一気に情報を吐き出したが、ケイは落ち着いて把握したようだ。

 とりあえずの説明が終わったので、俺はメモ帳を取り出して言葉を綴る。

 

『名前はソウヤ 呪いで声と姿を失った』

 

 それにしても、呪いに関する事を紙に書いて伝えることが多い。いっその事、そう言う名刺でも作ってしまおうか。

 

「あら、大変なんですねー。私はドラムスメと言いますー。ドラ」

 

「……は、ド、ドラムスメ?」

 

「ソウヤさんはケイさんのお仲間さんでしょうか、でしたら、もう一度依頼のお話をさせて頂きますねー」

 

 この明らかに奇妙な名前は今更だから気にしないが、依頼?

 その単語に、疑問を持ってケイに視線を送る。

 

「キミがやった騒動で目をつけられたみたい」

 

 ドラゴーナのドラムスメに聞こえないよう耳打ちするケイだが、それに俺はなるほどと納得した。

 ドラムスメの話を聞くと、彼女が故郷にいくまでの道中の護衛をするというのが、依頼の内容だということだ。

 

 初心者指導書で話だけは聞いていたが、この様に名指しで依頼をする人が居るというのは本当だったらしい。

 

「報酬は、25000Yでどうでしょう?」

 

「高っ」

 

「そうなの?」

 

「……あの筋肉工房の一番高価な武器が360'000だった」

 

「あー……いや分かんないよ?」

 

 アレを例にしてみたが、これじゃあ理解を得られないらしい。まあ比較するには差が広すぎたか。

 1Y=1円と考えるならば、この報酬は時給千円のバイトを25時間やって得られるぐらいの報酬である。

 

「私の故郷付近に、危険なモンスターが出るという話を聞きましてー。それが心配なので、一度帰ることにしたんですよー。この報酬もそれに相応した額にさせていただきましたー」

 

 なるほど、この報酬額にもそれなりの理由があったらしい。

 

「ほう、危険とな!」

 

 あ、なんか食いついてきた。

 そういえばケイは強敵を求めていたんだった。

 

「その危険なモンスターの事、詳しく聞かせて!」

 

「わかりましたー」

 

 ドラムスメはケイの食いつきようから、依頼を請けてくれると感じたようで、上機嫌でモンスターのことを話し始めた。

 キャットもそのモンスターの事を知っていたのか、合間合間に補足を挟んでいた。

 

 ドラムスメの故郷の平穏を脅かすモンスターの名は、リザードと言うらしい。

 名前からして大体は想像つくが、その姿は2足歩行の大トカゲと言うに相応しいとのこと。身長は成体で200cm程度と、トカゲと言って侮る事はできない。

 その種族はドラゴンの下僕であるといわれており、一部のリザードは炎を吐くことが出来るとのことだ。

 武器や魔法を扱う知識も有しているから、それを考えると危険度はとんでもないだろう。

 

「………危険っていうか、人間の軍隊以上の戦闘力だよな」

 

 それぐらいの知識があれば、戦力が統制とかされていてもおかしくない。

 そう考えると、もはやリザードの軍隊である。考えすぎかもしれないけど。

 

「良いじゃん良いじゃん、強そうで!」

 

「……ケイってそんな性格だったっけ?」

 

「うん?」

 

「いや、なんでも……」

 

 思った以上に戦闘を好むらしい。おそらく戦闘狂と言うほどではないと思うが。

 過去の俺は、何故ケイをこんなにしたんだろうか。いや、別に良いんだけどさ。

 

「私が知っているのはこれぐらいですー」

「これ以上の情報は有料なのデス」

 

 金払ったら教えてくれるのね。

 

「もう十分だよ、ありがとう! それで出発は何時ぐらいなのかな?」

 

「明日の朝はどうでしょうかー。行きは馬車で6時間ぐらいになるので、到着してすぐに帰るのでしたら、夕暮れには帰れるはずですよー」

 

「帰りは護衛しなくていいの?」

 

「私は数週間村にとどまるつもりなんですよー。帰るまで待ってもらうのも申し訳ないじゃないですかー」

 

「数週間かあ」

 

 ケイがそう呟くと、なにやら考え込むような仕草をとって、静かになった。

 ……もしかして。

 

「ケイ」

 

「はい?」

 

「まさかとは思うが、そのリザードを根絶やしにするとか考えてないか?」

 

「……流石異世界の私。わかってるじゃん」

 

「お前……」

 

 やっぱりこれ、ずっと多難だ。

 頭を抱えてこの困難を恨んでみるが、ケイはその様子を気にせずに話を続けた。 

 

「どうですー、請けてくれるでしょうかー?」

 

「モチロン! それと、明日の朝の集合場所って何処かな?」

 

「それはですねー……」




追記・冥土の名前を、ドラムスメに変更。VRゲーム内での人名は、全員カタカナにするという方針になりました。ネーミングセンスを疑われる名前であることには変わりない。

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