ウチのキャラクターが自立したんだが   作:馬汁

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11-ウチのキャラクターと俺の友達

 吾輩はマネキンである。名前はソウヤ。

 

 ……ゴホン。今の自分が人外だと言うわけで思い付いたフレーズだ、気にしないでくれ。

 

 今現在、街への道を俺が先導、ケイを連れて移動している所だ。

 狩りへ出向いているのであろうグループを一度見かけたが、それ以外はスライムや普通の狼を相手しただけだ。

 やはり、()()()()だった頃と比べてかなり強い

 

 剣を一振りするだけで狼が真っ二つ。一体どれ位剣を極めたら、狼が豆腐のように斬れるようになるのだろうか。

 いつの間にか剣も変わってるし、それも威力に拍車をかけているのかもしれない。

 

 少なくとも決定的に分かるのは、現代の日本人がアレを目指すのは、ほとんどの場合不可能だという事ぐらいだ。

現代の侍だって、命を持つ物を切る経験はないだろう。強いて言えば、果物や野菜しか切らない。

 

「むう」

 

「ん、どうしたの?」

 

「……いいや」

 

 むしろ文句はない。もし言うことが有るとすれば、「ある意味設定に忠実だ」と言うぐらいか。

 

 お茶目で、強くて、精神年齢はお爺さんお婆さん並。

 肉体年齢に関してはよく見ないと解らないが、それ以外はあの設定に則している事が現時点で確定している。

 

 なんとなくに近い感覚ではあるが、彼女は俺が書いた例のノートが元になっていると確信できた。

 

「街へはあと少し。歩き疲れてない?」

 

「んや?」

 

「そうか」

 

 スタミナも結構あるらしい。

 もしかすると俺のスタミナが少ないだけだろうか。

 

 よくよく考えたら、彼女はどういう存在なんだろう。

 今回のログインの時に現れたエラーメッセージを境に、ケイが出現した……いや、違うか。彼女は俺がログインする前から依頼を遂行していた。俺がオフの間に出てきたと見ていいだろう。

 

 だとしても、彼女がどのような存在かを知る手がかりになる情報ではないが。

 

 ……なら、あんまり深く考えなくても良いか。

 どのような存在であれ、俺の失われた記憶の事を知れる可能性があるのには違いない

 

 

「そういえばなんだけど、その見た目で街に入っても大丈夫なの?」

 

「……忘れてた」

 

 今まで気づかなかったことを、彼女はさらっと指摘する。

 確かにこの姿じゃゼッタイ目立つよな。いや、むしろ目立つだけで済めば良い方だろう。警察……衛兵を呼ばれて面倒なことになるかもしれない。

 ケイに初対面でモンスターだと言われたしな。

 

 

「なんか身を隠すものは……」

 

「狼の毛皮でも被れば?」

 

 狼のドロップ素材である毛皮を取り出して、言った。

 確かに、これを被っても野蛮なファッションという事で通ってしまいそうだ。

 同時にある程度体を隠せるし……。

 

「……もう少し大きいと丁度いいな」

 

「え、冗談だったんだけど」

 

「え?」

 

 いや、これを被るのではダメなのか?

 それとも他の方法でも用意しているのか?

 

「でもこれで十分じゃないか? すこし小さいけど」

 

「いや、そういうんじゃなくて。生の毛皮被って街を彷徨くんだよ?よく受け入れられるね」

 

 ……そう言われてみると、確かに皮を被るのはちょっとアレかも知れない。

 いや、ゲームだから多少の常識は覆しても良いかもだが。

 

「……それじゃあ、他に方法があったり?」

 

「うん、あるよ。首輪繋げば無害だって分かってもらえるし、ペットのモンスターなr」

 

「それは止めて!」

 

 俺にペットになるという選択肢はもとよりナイ! ナイったらナイのだ!

 

「ふふ。これも冗談」

 

「泣くぞ!」

 

 涙が出てくる目は無いけれども!

 

 ったくもう……。

 確かに彼女がこういう性格なのは設定として知っているし、演技したことだってあった。

 だが、こうして被害者側になると……。ああ、変態痴女事件の彼の気持ちがよく分かる。

 

「は~……。そうだ、街で適当に身を隠すものを買ってくれない? それまで街の外で待ってれば怪しまれないでしょ」

 

「私が? メンドウだなー」

 

「仕方ないだろう」

 

 俺は買いに行けないから、ケイ頼みだ。

 もし彼女が街に行ったきりで戻らなかったら、腹いせにポニテを引っ張ってやろうか。

 

 それから会話はこれっきりになって、無言のまま道を歩む。

 お、街が見えてきたか。

 

「……それじゃあ、この辺りで俺は待ってる」

 

「はーい」

 

 ケイは気軽な感じで返事して、そのまま街の方へ……。

 って、そうだ。

 

「待って、一つだけ言い忘れたことがあった」

 

「ん、何々?」

 

「もし、君のことを”ケッちゃん”って呼ぶ背の小さい女の子に会ったら、そいつは君の友達だ」

 

「はいはい……友達?」

 

「……ああ。”君の友達”だ。因みに、そのポーションの送り主もその子」

 

「へえ、意外と人望があったんだね。私」

 

「らしいね」

 

 彼女みたいな性格の人間に友だちがいなかったら、逆にびっくりだが。

 買い物で店員に話しかけたりして、ポンポンと知り合いを増やしていそうだ。

 

「じゃあ行ってらっしゃい」

 

「はーい」

 

 彼女は間延びした返事をすると、そのまま去っていった。

 

 俺は適当な所で座って、ケイが戻ってくるのを待つとしよう。

 

 

 ・

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 突然の話で悪いが、ちょっとだけ昔話をしよう。

 

 俺がこのゲームを始めた理由は、仮想現実の世界の中なら言語障害関係なく喋れるようになると聞いたからだ。

 リアルでの俺は言語障害を抱えており、会話手段は筆談が手話ぐらいだ。と言っても手話はメンドウだから習得していないが……。

 

 そうして言葉を求めてゲームを始めた俺だったが、その思いなど関係なしに様々なことが起きてしまった。

 肝心の言葉は今じゃケイ以外に伝わらないし、しかもマネキンになったと来た。

 

 だがバグ報告する気も起きない。

 万が一バグ修正されたとして、それでケイが消えてしまうかもしれないと思うと、なんだか報告しづらい。

 紳士仮面の彼にはバグ報告したと伝えたが、それはイツミが勝手に報告する可能性を潰す為であり、実際は報告はしていない。

 

 ……そう言えば。

 

「こんな姿になったっていうのに、まだ残ってるんだよなあ」

 

 フレンドリストを開いて、その中に一つだけある名を見る。

 

『レイナ 状態:オンライン』

 

「……はあ」

 

 何とも言えない気分だ。

 このゲームを始めた目的は”言葉”だったが、フレンドを増やすのも望んでいなかったわけじゃあない。

 だから……なんというべきか。

 

 言葉も、友達も、結局は無しになった。

 

 でも、まあ、そうだな。

もし俺が友達を作らずに過ごしていれば、彼女は独りだっただろう。少なくとも、彼女が新たに友達を作る手間は省けた。

 

 

 

 ・

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 ・

 

 

 

「おーい。私を買い物に行かせて、当のソウヤは昼寝だなんて、いい身分じゃないの」

 

「……?」

 

 ……ええっと、ケイ?

 

「……あ、寝てたのか」

 

「もう、適当に安っぽいの買ってきて正解だったかな」

 

「すまん……ふぁ」

 

 欠伸をしつつ、ケイの持ってきた服を見る。

 ケイは黒一色のローブを持っている。装飾も特になしだ。

 なんか、暗殺者が着てそうな感じのやつだ。

 

「うん、これで問題ない。向こうでレイナには会った?」

 

「いいや、会わなかった」

 

「そうか」

 

 会わなかったら会わなかったらで十分だ。

 演技の予定が延長された程度だ。むしろリハーサルの時間が取れるまである。

 

 ローブを受け取って、早速着用してみる。

 丈は長く、悪戯好きの風が発生しない限り、マネキンの足がチラ見えする事はないだろう。

 フードも結構深く被れるが、かえって深く被りすぎると視界がものすごく狭い。今のところ視界より顔を隠せることが重要なので、これは無問題。

 唯一不便な点といえば、腕を通す袖が無いから、両腕を常にローブの下に隠さなければいけないという点ぐらいだ。

 

「安いとは言うけど、結構良いものじゃないか?」

 

「要求された水準だけは満たしたの。感謝してよね?」

 

「うん、ありがとう」

 

「……思ったより素直に礼を言うんだね」

 

 レイの言葉に、「そうか?」と首をかしげる。

 まあともかく、これなら十分に身を隠せるだろう。そう確信すると、俺は街の方へ歩き出した。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 それにしても、人生というものは分からないもんだ。

 女の子としてゲームを楽しんでいたら、今度は身を隠して街を歩くことになるとは。

 指名手配でもされたわけじゃ無いというのに。

 

「ね、私らどこに行くの?」

 

「一先ず、君が住んでいた宿屋の年樹九尾だ。さっき言ったレイナもそこに住んでいる」

 

「ふうん」

 

「レイナの他に、そこに住む知り合いが一人居る。男のトーヤ、その防具を作った人だ」

 

 ケイの胴体を指差して言う。

 トーヤがケイの事を痴女呼ばわりしつつも、サイズ調整してくれた一品である。

 

「これを?」

 

「ああ。因みに仲は若干悪い」

 

「そうなんだ……」

 

 まあ、レイナの仲介のお陰で改善しつつある雰囲気は有るのだが。

 

「ああ、そういえば」

 

「?」

 

 宿について一つ重要な事が有ると思い出して、一つ質問を投げかける。

 

「料理は出来るのか?」

 

「……料理?」

 

「そうだ、調理とも言いかえてもいいんだけど」

 

 俺の問を聞いたケイが、十秒ほど沈黙する。

 

「まさかできn」

「あ、あそこの露店見てこうよ!」

 

 露骨に話をそらしたのを見て、俺は内心ため息を付いた。

 まあ、料理が苦手でも他の人が代わりにやってくれるらしいし、特段問題というわけでもないだろう。

 

 気を取り直して、ケイが駆けていった方をついて行ってみると、本来商品が並べられているはずの所がすっからかんの露店があった。

 他にあるものと言えば、『レイナの魔法店』と書かれた看板と、ちょこんと座る女の子……って、レイナ?!

 

「あ、ケッちゃん!」

 

「あっ」

 

 ……驚いた、偶然も有るもんだ。というか偶然すぎる。

 俺と同様にケイも驚いているが、俺は一足先に落ち着きを取り戻し、

 

「……君は彼女のことを”レイちゃん”と呼んでいた。俺は少し離れてる」

 

 一つだけ助言して、『自分は関係ないですよ』風に立ち去っていく。

 他の適当な露店でも冷やかしつつ、彼女たちの会話を盗み聞こう。

 

「や、やあ、レイちゃん。もしかして、これから店を畳むところだったの?」

 

「はいっ、魔力ポーションもすぐに売れましたよ! 他のは売れるのに少し時間がかかっちゃいましたけど」

 

「へえ、そうなんだね」

 

 そーっと視界の隅に彼女たちの姿を捉えようとするが、フードが邪魔で見えない。

 聞こえてくる会話からすると、ケイは上手くやっているようだ。

 

「ケッちゃんはどうでしたか?」

 

「あ、私? 私は……狩りをしてたら、人と会ったよ。真っ黒のローブ着た変な人」

 

 ……はっ?

 

「な、ちょ」

 

「もしかしてあの方ですか?」

 

「うん、なんだかんだ一緒になったの」

 

 慌ててケイの方に首を向けて、瞳の無い顔で睨みつける。

 

「おい、一体何を……!」

 

「……ふふ」

 

 く、このお茶目っ子が……。

 ああもう、良いや、仕方ない。俺は多少無理してでもケイと同行するつもりだったし、彼女に”ソウヤ”が知られるのは時間の問題だったろう。

 

「……聞こえてるかー? 聞こえてたら右手を上げてくれ」

 

 一応、という感じで歩み寄りながら言ってみるが、無反応である。

 そのことに寂しさを覚えながら、今度はケイの方を見る。

 

「ケイ」

 

「はいはい。この人は呪いやらなんやらで、言葉が他人に伝えられなくなったんだって」

 

「そうなんですか? というと……、イベントとかのNPCさんですか?」

 

「えぬぴーしー??」

 

 こういった単語がケイに通じないのをどうにかするのが、今後の課題か。などと思いつつ、俺は首を横に振ってNOを伝える。

 

「あ、ごめんなさい! プレイヤーさんだったんですね」

 

 言葉が無いと言うのがどれだけ不便か、リアルでも十分わかっていた事を、改めて思い知った。

 

「俺の名前を伝えて」

 

「あ、この人の名前は”ソウヤ”ね」

 

「はい、よろしくお願いします。ソウヤさん」

 

 会釈だけしてから、俺はもう他に話す事はないと言う意思を示す為に一歩下がる。

 

「あ……」

 

「えーっと、それじゃあ折角なんだし、一緒に宿に戻る?」

 

「あ、えっと……はい、是非!」

 

 レイナならば宿屋の位置は知っているだろう。

 先導せずに後ろからそっと付いていくことにする。

 

 さて、他に居るケイの友人や知人と言ったら、筋肉のリーチェと、変態痴女事件のトーヤぐらいだろうか。

 人数も少ないし、紹介の手間はあまり掛からないだろう。

 

 その紹介が終われば、俺は気兼ねなくケイの役割を任せられる。が、これは本来の目的ではない。

 ケイの記憶を取り戻すという面目で彼女と同行し、そして過去の俺の情報を得るのが本来の目的だ。

 

「……」

 

 俺は自身の目的を再確認すると、顔無き顔を深く隠すようにフードの裾を引っ張った。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 宿屋に着くと、レイナ、ケイ、俺という順番で扉を入っていく。

 殆どの人は外で活動しているのだろう。中はかなり静かである。

 

 レイナが適当な椅子に座ると、ケイもその近くの椅子に座った。

 女の子二人の空間を邪魔する気にはなれない、適当な壁に寄りかかっているか。

 

 

 見ていると、二人がなにやら盛り上がり始めた。リアルでの会話相手の大半が母である俺に、このガールズトークに割り込む勇気は湧いてこないだろう。

 なんか耳打ちとかしだしたし……。

 

 なんとなく話の内容が気になるが、声を潜めて行われている会話を盗み聞きするのは流石にムリだ。

 

 どうしても聞きたいというワケじゃないし、このままあの二人をじっと見つめているのもなんだ、と思って適当な方へ視線を漂わせてみる。

 

 そうして無作為に選ばれた視線の先は、カウンター越しに見える管理人の自室の扉である。

 意外に管理人は適当な性格なのか、扉が半開きになって……うん?

 

「……」

 

 ……なんか居る、というか居る。

 半開きの扉の向こうから誰かが覗き見ている。というか見てるの管理人だよな。

 俺がフードを被っているから視線に気づいていないようだが……。というか、管理人の姿を見るのは初めてだ。思えば性別さえも知らなかった気がする。

 

「……ふむ」

 

 少し迷って、あることをしようと結局カウンターの方へ歩み寄った。

 

 俺が何をやろうとしているのか、それはチェックインだ。

 言葉が通じないからコミュニケーションは難しいだろうが、筆談ぐらいは可能だろう。ならばケイの通訳を介する必要は無い。

 

 さあ、呼び鈴を鳴らして呼ぼうかと思ったが、その前にとあるものが視界に入って、その手が止まる。

 

 とは言え、それほど重要なものではなかった。それはカレンダーであるのだが、それぞれの日付に部屋番号が割り振られている。

 要するに、この部屋番号の住民がその日の”当番”なのだろう。当然、その当番とは料理の当番だ。

 

 まあ、そんなことは兎も角。今度こそ俺は呼び鈴に手を伸ばした。

 

『チリン』

 

 音がなって、俺は扉の方を見る。

 わずかな足音がそこから聞こえてくる。と言っても、気のせいかってぐらい音量が小さいが。

 

「……はい」

 

「え」

 

 意外、管理人は扉から出ず、向こうの部屋の中にいるまま返事して来た。

 というか、レイナから管理人のことは少ししか聞いていなかったが、どうやら女性の人だったらしい。

 女性特有の高い声だったのだ。実は男の娘だったなんて事になれば、俺の予想は大外れになるのだが……。

 

「……要件は?」

 

 扉を間に挟んで届いてくる声を受け取ると、俺はどうしようかと頭を捻る。

 ペンと紙さえあれば言葉を伝えることができるのだが。

 

「……」

 

 ふと、扉がゆっくりと開いた。

 無言でいる俺にしびれを切らしたのだろう。

 

 出てきた人物は、一見不健康な見た目をした女性であった。

 しかしその胸部は非常に豊かで……って、そうじゃない。そんな事より会話だ。

 俺はジェスチャーをしようとローブの中から手を出そうとするが、ある事を忘れていたことに気付き、手を出すのをやめる。

 

 今の俺の手は球体関節の組み合わさった、白い無機質な手だ。

 手袋が無ければ、俺の正体に気づき、騒がれる可能性がある。勿論、俺はそれを望んでいない。

 

 ……いや、そんな心配も適当(適切)に言いくるめすれば解消するだろう。

 気を取り直し、ローブの布の隙間をなくすようにしていた手を離し、その手をカウンターに乗せる。

 

「……それは?」

 

 彼女は少々驚きつつも、俺の顔を睨みつけるようにしている。

 見た目に反して中々肝が据わっているらしい。

 

 手をペンを持つ形にし、仮想のペンをを机に走らせるようなジェスチャーをする。

 管理人はそれで察したようで、カウンター下から紙とペンを取り出した。

 

 俺はペンを受け取り、そのまま文字を書き始めた。

 

『呪いでこの姿になった 部屋を借りたい 後払い希望』

 

「……声は聞こえる?」

 

 声は放てないが、受けとる事は出来る。

 頷いてイエスを示す。

 

「……料理は?」

 

『レシピがあれば大抵できる。覚えてるレパートリーは少ないけど』

 

「……十分」

 

 そう言うと、彼女は部屋に入っていき、なにやら軽い金属がぶつかり合う音がしてから、カウンターに戻ってきた。

 

「名前、あと顔」

 

 単語数の少ない言葉で要求され、少しだけ悩む。自分なりの解釈だが、「顔を見せろ」と言うことだろうか。

 周囲を見渡し、俺を見る目がないことを確認、速やかにフードを捲って顔を晒すと、紙に名前を記す。

 

『ソウヤ』

 

 ペンを置いて顔をあげると、管理人がじっとこちらを見つめていることに気付く。

 思わず目があったので、下に目をそらす。しかしそこには谷間があり、また右の方に目をそらす。

 

 今の俺に目玉があったのなら、目が泳いでいると評されるような様子だったろう。

 

「……これが鍵。迷惑をかけないように」

 

 鍵とともにその言葉を置いていくと、彼女はそそくさと部屋に戻っていった。もう少し手間がかかるかと思ったが、意外に早く終わった。

 俺はフードを戻すと、鍵を取ってからローブの布を掴み、さっきまでのように身体を包んだ。

 

 ……あの女性の事は以前レイナから聞いていた。確かに口数は少なく、なんとなく引っ込み思案……いや、めんどくさがりな感じを受ける。

 この人がこの年樹九尾を仕切っているとはとても思えないが、よく考えてみると幾つかの仕事を利用客に放任しているフシがある。だとすれば納得である。

 

 それは兎も角、宿代に関しては適当にやっていけば、どうにでもなるだろう。とりあえずモンスターさえ狩れれば、素材の売却やら依頼やらで十分賄える筈だ。

 そのために、また自分用の武器を買う必要があるが……。

 ……これは後で考えよう。

 

 カウンターでの用事を済ませた俺は、なんとなんとくケイの方へ目を向けた。

 その近くにレイナも座っているため、必然的にレイナも視界に入ってくるが、レイナの方は俺の方をじっと見つめていることに気付く。

 ケイもその視線につられ、俺の方を見た。

 

「ここに泊まることになった」

 

 そう言いつつ、鍵をローブの裏からチラつかせる。これ以上はマネキンの手が見えてしまうため、本当にチラっとだけ。

 しかしそれを見た二人は、片方は俺の言葉が聞こえるのもあって、成る程と納得する。

 

「どの部屋に泊まるの?」

 

 ん、意外な質問だ、俺の泊まる部屋を知りたがるなんて。

 なんだ、俺に興味でも?

 

「こんな怖い人が隣の部屋だったら、夜も眠れないよ」

 

「ああ、だろうね」

 

 やはり、俺に好意を持たれていたと言うワケでは無かったようだ。

 とりあえず自分の泊場所を知らせるために、カウンターに残された紙とペンで番号を書く。

 

「ほれ」

 

 自分の部屋番号を記した紙を、机の上においた。

 

「明日の朝。俺かケイの部屋で会って今後の方針を決めたい。記憶の事や、俺のこの身体の事も交えて。それじゃ」

 

 一通り伝えるべきことを伝えると、自分の部屋を確認する為、俺はさっさと階段を上がって行った。

 

 

「……ああ、ホントに隣だった」

 

 ケイが借りていた部屋の鍵に記された番号と見比べて、彼女はそう呟く。

 

「この宿屋は部屋数が少ないですからね」

 

「そうだったの……」

 

「はい」

 

 

「……それにしても、なんか雰囲気変わりました?」

 

「へ、そ、そうかな……?」

 

「そうです。なんか余裕があるっていうか……大人っぽい?」

 

「あはは……、確かにそうかも」

 

 レイナが当然のごとく図星を突いてきて、対してケイは苦笑するしかなかった。

 それから暫く、お互い友情を深めるように2人の談笑は続いた……。




(管理人)(ケイ)(レイナ)
他作者様の素晴らしい作品を眺めて、ウチの作品はチラ裏に相応しい完成度だと再確認するばかりでございます。

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