建物の影より這い出るようにだが何処か上品さと気品を感じるように現れたその女性に一瞬目が釘付けになり思考が停止すると同じく胸が高鳴ったような気がした。何故そう思ったのかは分からない、高っていない筈なのにそう思えるような不思議な感覚があった。煌びやかドレスに身を包んだ貴婦人は頬を朱に染めながら此方を甘美な物を喉の奥に通したように笑っている。
「レウス様……憧れの殿方……私が心から、魂から求めた御方……♡」
何やらぼぅっとこちらを凝視する貴婦人にレウスは居心地の悪さを感じる、全く知らない初対面の相手が自分の名前を知っておりただただ悦に入っているかのように此方を見つめ続ける。正直気味が悪いとしか言いようが無い筈、少なくとも理性はそう捉えており一刻も早く居酒屋の中に入ろうと身体に命令を送っているのにそれが受信されない。一方的な拒否をされているかのように弾かれている、本能が彼女を求めているかのようだった。次第に鼓動が高まり体温が上昇して行く、何故か理解出来ない。理性を超えた何かが求めているとしか言い表しようがない程に。
「何だこれ……何だ、なんなんだよ……!?」
理性すら凌駕し肉体が勝手に意志を宿しているかのような感覚、此方を見つめている貴婦人の事をまるで愛しい愛しい伴侶との長い時間の壁を越えての邂逅を待ち望んでいたように彼女の方を見つめ続けそれに浸り続けていた。
彼女が喜びの言葉を漏らす度に此方も
「ゃめろ……やめろっ……!!!」
掠れる声を振り絞り、唸り声を上げながら拳を腹部へと突き刺した。渾身の力、自分で自分の身体を突き破ってしまうのではないかという心配までしそうになるほどの一撃は身体を浮かして通路へと叩きつけた。後少しで水路に落ちかけながらも苦しげな息を漏らすレウスを貴婦人は何処か心配そうに見つめる、善意、彼女から感じられるのは明らかな善意だが先程の感覚は彼にとって恐ろしいの一言に尽きる。何者かも分からないものからの善意は恐ろしいものでもある。
「ゲッホゲホッ……ゴホゴホ……ハァッ……。アンタ、一体何者だ……?普通の人間って訳じゃないんだろ」
「はい勿論で御座います
「番……まさかリオレウスの番って言えば……」
「はい。私はレイア、リオレイアです」
リオレウスは飛竜リオスの雄であり雄である以上当然メスの個体も存在しその場合は名称が変わる。その名もリオレイア。空の王者たるリオレウスの番であり陸の女王と呼ばれる火竜、強靭な脚力を持つリオレイアと飛竜の中でも指折りの飛行能力のリオレウス。加えて二頭の関係は夫婦と呼ばれる。目の前のこの貴婦人は自分と同じ悪魔の実の能力者であり番である存在、故に自分の中にいるリオレウスがリオレイアを求めたのだろう。
「俺を、如何したいんだ……?」
青雉の言葉が脳裏に浮かぶ、自分を狙っている事と自分がいれば辿り着ける国。そう証言した能力者がいると、それは恐らくこの
「簡単ですわ。貴方と結婚したいですわ」
「……はっ?」
「結婚ですわ結婚!!マリッジをして指輪を交わして愛を誓い合いたいのですわ!!」
心の奥底から声を発しながらその場で舞踏会の踊りのように回りだしながら歓喜を表現する彼女に思わずレウスの表情が死んだ。それでも構わずにレイアは言葉を続ける。
「言葉を交わしたい、手を繋ぎたい、腕を組みたい、見つめあいたい、愛を交わしあいたい!最初こそリオレイアの本能でしかなかったのに何時しか私と一体になった竜の感情は私を支配し貴方と夫婦になりたいという思いに昇華して行った!ですがこれは洗脳ではなく私の意志であり私の感情!手配書を見た時に一目惚れし確信しました、この方こそ私の伴侶だと…貴方以外に伴侶など有り得ませんわ。さぁ参りましょう、私達の愛の巣へ♪」
「成程……詰る所俺が欲しいって事か……」
独占欲とも違う感情、最初こそ能力から受けた侵食だったのかもしれないがそれすら屈服させ自分の一部としそして理解し恋をし愛を深めてきたのが今のレイア。レウスへの愛は紛れもなく彼女自身の物、その愛に一切の不純無し。それはレウスも能力の中にある竜の本能で感じ取っている。
「俺に海賊をやめろと、政府に下れっつうのか」
「いいえ違います、私と一緒になって欲しいのです♪海賊なんてアウトローではなくもっと有意義で平和な世界へ♪」
「断る、アンタを信用できる材料が一つもないし海賊である俺にとってアンタは敵だ。そして俺は仲間と一緒にいる!!」
思わず能力を発動させようとするような勢いで拒否の態度を取った。瞬間、彼女の瞳からハイライトが消えた。黒い眼は闇その物、夜の帳ではなく暗黒その物を体現したような漆黒。瞬間、全身に怖気と冷たい殺気が走った。無意識の内にその手にランブルボールを持ち何時でも変化出来るようにしていたがなったとしても勝てるかは分からない。真っ黒い闇の中に月のように浮かび上がっている黄金の光と黒い靄の中に浮かぶ赤い瞳、自分にのみ発せられる殺気にレウスは身を凍て付かせる。
「仲間……伴侶の私ではなく仲間……。やはりあの女共ですか貴方を惑わせているのは……ならば近い内に消さねばいけませんね……フフッそうすれば貴方は私を見てくださる……―――ですわよね……?」
普通の声量のはずなのに一喝されたかのような重圧、同時に身体中に染み込んで来る黒い稲妻のような光が体を蝕んでくる。それに飲まれかけながらも必死に意識を保ちながらレイアを見つめながら口を開こうとした瞬間にレイアは迫りそっと頬を撫でた。
「―――近い内にお迎えに上がります、旦那様♡」
その言葉の直後に全身に襲いかかってきた重圧が消えレウスは思わず座りこんでしまった。初めて感じた形容し難い恐怖と感覚が未だに身体を震わせている。暫くそれに震えていると酒場から出て来たルフィがフランキーの話を一緒に聞こうと引っ張るまでレウスは何も考える事が出来ずにいた。